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過去の法話

 

言葉にならない(1月前半)

水仙

【称えられず】

 

あなたに会えて ほんとうによかった
嬉しくて 嬉しくて 言葉にできない
(小田和正「言葉にできない」)

 

明けまして、南無阿弥陀仏、おめでとうございます。
今年も、少しずつ法話を掲載させていただきます。

 

 

今年は戌年、干支でいえば11番目の年です。

 

11番目といえば、
阿弥陀さまの光の名を十二光といいますが、
11番目の名は「無称光仏(むしょうこうぶつ)」といいます。

 

大いなる阿弥陀さまの光は、
どれだけ言葉を並べても説きつくすことができません。
「称える事ができない光の仏さま」故に、
阿弥陀さまを無称光仏というのです。

 

どのような表現方法も及ばない仏さま。
言葉にならない、言葉にできない仏さま。
「無称光仏」とは、
仏さまが私たちの智慧を超えた存在であることを示しています。

 

そして同時に、
そんな大いなる仏に出遇った者の“喜びの心境”でもあります。
姿も形もなき光の仏、遇いがたき仏に、
今、出遇っている感動の言葉なのです。

 

【何もいえねぇ】

 

今から10年前の2008年北京オリンピック。
水泳の北島康介選手が100m平泳ぎで新記録・金メダルを獲得しました。
アテネオリンピックに続く二連覇です。
その時のインタビューで言った言葉が、
「なんも言えねえ」
新語・流行語大賞にもノミネートされました。

 

「お世話になった方々への感謝を口にしようとしていたが、
こみ上げてくる思いで言葉が出なかった」のだそうです。

 

周りから受けるの重圧は相当なものだったと思います。
それがこれ以上ない結果になりました。
自分も相当苦しいトレーニングを積んだことでしょう。
しかしだからこそふり返れば、
そんな自分が精一杯精進できるように、
陰日向で支えてくれた多くの人達がいました。
どのような感謝の言葉を口にしたらよいのか。
言葉で言い尽くす事ができないと知らされ、
こみ上げてくる喜びの涙を必死で抑えるため、
言葉が出てこなかったのだと思います。

 

【光の道】

 

私たちには動物には沸き起こらない疑問があります。

 

・なぜ人間として生まれたのか。
・なぜ人間として生まれなければならなかったのか。
・人間として真摯に生きていくとはどういうことか。

 

その全ての疑問に答えるのが仏教です。
すなわち、迷いの境涯からさとり(ブッダ・仏陀・仏)の境涯に向かうための教え。
そのために、
この私をさとりの境涯へ変えなす功徳をふり向ける存在、
智慧と慈悲の仏さまに出遇います。
それが仏教徒です。

 

「南無阿弥陀仏」という言葉は、
仏さまの救いのはたらきを意味します。

 

わが煩悩を碍りとせず、
一直線に私に届いた光の仏さま。
その光のお徳をいただく私は、
どれほどの煩悩・罪障という障害があろうとも、
全く碍りとならないお浄土で仏となる道を歩みます。

 

この人間境涯には目的がありました。
この人間境涯には意味がありました。
正しい道、揺らぐことのない道でした。

 

「南無阿弥陀仏」

 

たった一言のお念仏ですが、
そこには阿弥陀さまとの一心同体の道、
言葉にならない程の喜びあふれる光の道を聞かせていただきます。

 

無称光。
称えつくすことができない光。
逆にいえば、生涯、語り尽くしてもあくことなき仏さまの話。
今年もそんな仏法を讃嘆して参りたいと思います。

 

(おわり)


 

 
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