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過去の法話

 

撞木はつき折れ(1月下旬)

水仙

【撞木事件】

 

前回の法話にも書きましたが、
先月、鐘撞き堂の撞木(しゅもく)が折れました。
12月31日の除夜の鐘(除夜会:じょやえ)の時でした。

 

行く年・来る年の節目を知らせる除夜の鐘。
その最後の「ゴ〜〜ン」という音と共に、
大鐘とは反対側の撞木がポトリと落下。
お手伝いの人の後頭部に危なく当たる所でした。

 

そんな撞木事件をfacebookで報告した所、
ある方からこんな慰めをいただきました。

 

「通津のみなさんの煩悩が全て打ち消されたことでしょう。」

 

大晦日の夜を意味する「除夜」。
新らしい年を迎えるにあたって、
家や身体の汚れを綺麗にするだけでなく、
心の汚れ(煩悩)も落とそう意味で、
煩悩の数である「108」回、鐘をつきます。

 

ちなみに今年は平成最後だったせいか、
例年は100人もこないのに、大幅に増えて128人。
撞木が折れたのはまさに128回目でした。
耐えられなかったのかもしれません。

 

【法座案内】

 

ところで、
こんなメッセージもいただきました。

 

「『本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶれ』、そして『撞木は撞き折れ』ですね。」

 

「本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶれ」とは、
蓮如上人のお言葉です。
「ご本尊のご絵像は破れるほど掛けなさい。聖典は破れるほど読みなさい」と、
上人はよくお示しだったようです。
朝夕の礼拝、また勉学を忘れないようにしたいものです。

 

そして「撞木は撞き折れ」です。

 

お寺の大鐘は、撞木が折れるほど撞きます。
それは時報の役割や、
煩悩を退治するのが目的ではありません。

 

真宗の鐘は、行事を知らせるためです。
「一時間後に法座が始まりますよ」という合図を町中に知らせます。
毎座ごとに十回。
年間二百回撞きます。

 

お寺の行事の中心は法座です。
み教えを共に聴聞します。
朝夕の鐘(専徳寺はしませんが)、除夜の鐘などを通して、
「何が一番大切か」をあらためて感じつつ、
いよいよ法座へ参ります。

 

【つきやぶる】

 

お寺の鐘の音を通して、
如来のよび声を聞きます。

 

どんなに掃いても払っても鐘をついても、
すぐに湧いてくる煩悩の雲に覆われた私がいます。

 

愚痴のでた日はさみしい(渡辺俊明)

 

哀しいかな、油断すれば愚痴まみれの私。
平成30年どころか、
これまで過ぎ去った日々、
どれほど多くの愚痴の悪業を果たしてきたか。

 

しかし、
そんな暗雲をつき破って届いてくださる声がありました。
仏の声。
十方世界に響き渡る大音声です。
飛行機や雷鳴のような物理的な音ではなく、
声なき声、
あらゆるものを通して、
いつでもどこでも聞こえてくる声です。

 

「ただ一筋に念仏してただちに来ておくれ。あなたを必ず護らん。」

 

煩悩まみれにかわりはないものの、
わが身の行く先の安心を知ります。
平成31年の来たる年も、
変わらず仏の先手のはたらきに包まれています。

 

【仏のご恩】

 

愚痴のこの身に お念仏
ありがたい お恥ずかしい
  (直枉カレンダー・2018年12月)

 

わが事ながら、
わが身ではどうしようもできない苦悩があります。

 

「どうしたら良いのか……」とこぼす口元からも、
お念仏は出てきます。

 

「引き受けたぞ」と喚ぶ声は、
時も所も条件も選ばず、
365日、お念仏の所にあります。

 

「ゴ〜〜ン」という鐘の音。
「なんだろう?」と思う人、
「ああ、お寺の行事か」と思う人がいます。
「カルロス・ゴーン」を想像する人……(?)
しかしまた、
「(仏の)ご恩」を思う人、
さらに、「来いよ」という仏の喚び声に聞こえる方、
「すぐ参ります」とお念仏する方がおられます。
法座でお聴聞した耳を持つ人、
十方世界に満ちあふれている声を知った人です。

 

(おわり)


 

 
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