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過去の法話

 

分っているなら(4月上旬)

水仙

【出る時間】

 

午前10時に七日参りが一件ありました。
そこで時間になるまで、
「花まつり」の案内葉書を作成していました。

 

しかし始めると、
なかなか出来あがりません。
「なんとか印刷まで…」
必死にパソコンの前でもがいていました。

 

すると坊守が、
「もうすぐ10時ですよ。」
「うん。」
言いながらもパソコンと格闘中。

 

とうとう坊守が部屋まで来て、
「もう出る時間ですよ!」
「分かってる!」

 

どうにか印刷ボタンを押して、
着替えてお参りへ。
案の定、3分の遅刻でした。
間に合わず。

 

【命終の時間】

 

「もう出る時間ですよ!」
「分かってる!」

 

自分でそう言いましたが、
分かっていませんでした。
本当に分かっているのなら、
仕事をやめて、すぐに着替え始めるはずです。

 

……仏事も同様です。
読経の中で、
お釈迦さまや有縁の故人が、
口をそろえて無常の道理を述べられます。
条件そろえば、
あっという間に死んでしまう我が身の事実です。

 

しかしそれに対して無関心をよそおってしまいます。
「まもなく、あなたは死ぬよ!」
「はい、分かっています」と、
苦笑いしながら微笑んでしまう凡夫の私。

 

「仏法には明日と申すことあるまじく候ふ」(蓮如上人)

 

「わかりました!」と言うだけなら、
分かっていません。
本当に分かっているのなら、
行動が伴うはずです。

 

お参りの「出る時間」が分かっているなら、
仕事をやめて着替えます。
無常の道理が分かっているなら、
私のする行動はただ一つです。

 

「南無阿弥陀仏。」
仏事は結局、あらためて私自身が、
お念仏を申すご縁をいただく事につきるのです。

 

【念仏の真価】

 

お念仏は、いつでもどこでも口から申せる、
阿弥陀さまの救いの喚び声です。

 

「それなら今となえなくても。」
たしかにお念仏はいつでも称えられます。
それこそ息絶える直前でも間に合います。
しかし息絶える直前に称えても、
お念仏の真価はありません。

 

「はやくしないと大人になっちゃうよ。」

 

昔、ある文庫の帯にこんな「キャッチフレーズ」が載っていました。
10代向けの小説でした。

 

若いうちに読んでおかないといけない本があります。
若い時に読む事によって、真価を発揮するのです。

 

歳をとってからでも、もちろん読めるでしょう。
しかしその当時に読んでいるからこそ、深い感動があるのです。
下手をすると、「なんでこれが名作なんだ」と疑問に思うかもしれません。

 

本を読むタイミングがあります。
お念仏も同様です。
逃さないようにしたいものです。

 

お念仏を申すタイミングがあります。
「なぜお念仏一つなのか」を知る、
法座で聴聞をするタイミングがあります。
それは仕事を引退してから、
趣味ができなくなってから、
病院で寝たきりになってからではありません。
まさに今です。

 

【お念仏の例】

 

生きる意味は 一生を生きぬくこと
今日がある奇跡 今日という幸せ

 

ある展示会でもらった作者の言葉です。

 

「そうですね。」
「わかっていますよ。」
ではありません。
きちんとお念仏をもっていただきます。

 

作者は10代で難病を発症し30代前後で亡くなられました。
イラストを描くのが好きで、
特に蟻をモチーフにした作品をたくさん描いていました。

 

作品の一つ一つから、
阿弥陀さまの救いをいただきます。
蟻一匹にも、阿弥陀さまのお慈悲の光はしみこんでいる事を。
作者の言葉から、
お釈迦さまの教えを再確認させてもらいます。
今という瞬間が二度とない事を。
まさに今が正しい道、お念仏の道を歩むべき時である事を。

 

「ありがとうございます。南無阿弥陀仏」

 

図書館を後にしました。

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 
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