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過去の法話

 

ひさかたの国より(5月上旬)

水仙

【観梅】

 

今月から始まる新年号「令和」の典拠は、
『万葉集』巻五、「梅花(うめのはな)」の歌三十二首の「序文」と発表されました。

 

時に初春の令月にして、気淑(よ)く風和ぎ…

 

空気はよく風爽やかな正月、
主人大伴旅人による観梅の宴が催されました。

 

当時、外来から持ちこまれた貴重な「梅の木」を愛でつつ、
お酒を酌み交わし、
そこで歌会が始まりました。
その中に、

 

わが園(その)に梅の花散るひさかたの天(あめ)より雪の流れ来るかも
(巻五・822)
(私の園に梅の花が散る。はるか遠い天から雪が流れてくるのだろうか)

 

旅人による「梅花」を代表する歌です。
優雅な会の雰囲気を表しています。

 

新しい時代の幕開けです。好ましき良き時代を念じます。

 

【貧窮】

 

ところで『万葉集』巻五には、もう一つ大変有名な歌があります。
良かったら声に出してみてください。

 

 天地(あめつち)は 広しといへど
吾(あ)が為(ため)は 狭(さ)くやなりぬる 
 日月(ひつき)は 明(あか)しといへど 
吾(あ)が為(ため)は 照(て)りや給(たま)はぬ 
 人(ひと)皆(みな)か 吾(あ)のみや然(しか)る 
わくらばに 人とはあるを 
 人(ひと)並(なみ)に 吾(あれ)も作(な)れるを(巻五・892)

 

(天地は広いというけれど、私にとっては狭くなるようだ。
日月は明るいというけれど、私には照ってはくれないようだ。
人はみんなこんなものなのだろうか。
それとも私だけがこうなのだろうか。
たまたま人間として生きているのに。人並みに私も働いているのに……)

 

山上憶良(やまのうえのおくら)による「貧窮問答歌(びんぐもんどうか)」の一部です。
生活が貧しく、寒い夜を震えながらすごしている、二人の男の告白の歌です。

 

貧しさの直接の原因は税金です。
しかし歌全体をみると、物理的・生理的な飢寒だけでなく、
人間のもつ精神的な貧しさ、満たされない心の窮状までうかがえます。

 

わくらばに 人とはあるを…

 

たまたま人に生まれ、普通に生きてきたつもりなのに、
なぜこんな目に遭わなければならないのか。
老いの悩み、病の苦しみ。惜別、孤独、人間関係の苦しみ…。

 

物が豊かな現代。しかし今でも多くの人がこの歌に共感せずにはいられません。

 

【大施主】

 

わが口に念仏こぼれ ひさかたの国(浄土)より慈悲の流れ来るかな
(私の口から念仏がこぼれる。お浄土より仏のお慈悲が私に流れこむことだなぁ)

 

満たされない心、貧しい窮状の私……と知り抜いた仏さまは、
立ちあがらずにはおられませんでした。
本願を建て、その誓い通り、
自らの功徳をまんべんなく「南無阿弥陀仏」の名号にこめられました。

 

「ナモアミダブツ」。声に出して下さい。
それは「大施主」(重誓偈)たる阿弥陀さまの「かならず救う」という功徳全体が、
あなたにふり向け与えられた答えです。

 

令和の新時代。あらためてお念仏の勿体なさをかみしめる事です。

 

(おわり)


 

 
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