山口県は岩国にある浄土真宗寺院のWebサイト

過去の法話

 

有名の仏(12月上旬)

水仙

【合同誕生会】

 

歌手のさだまさしさんと作詞家の永六輔さんは同じ4月10日生まれです。
そこで昔、映画評論家のおすぎさんの発案で、
4月10日生まれの合同誕生会があったそうです。

 

集まった4月10日生まれは、
まず永六輔さん、
その他に映画評論家の淀川長治(よどがわながはる)先生、
イラストレーターの和田誠さん、
そして、歌手のさだまさしさん。
おすぎさんや、和田さんの奥さんも加わり、
東京駅の近くの寿司屋さんで開催されたそうです。

 

4月10日生まれの者同士が、4月10日にお互いを祝う。
面白い企画です。

 

その乾杯の発声の時、
当時おそらく80歳近い淀川先生がこう仰ったそうです。

 

「……辛いことも、哀しいことも、悔しいことも、
それはそれは本当に一杯あったけれど、
僕はやっぱり生まれてきて良かったと思うの。
だからね、
誕生日は自分が生まれたことをお祝いする日なんかじゃなくてね、
僕を命懸けで産んでくれたお母さんを思って一日過ごす日、って決めてあるの」(さだまさし『酒の渚』より)

 

ぐっと、思わず一同静かになったそうです。

 

【感謝と悔恨】

 

十億の人に十億の母あらむも
わが母にまさる母ありなむや (暁烏敏)

 

母を思う歌です。

 

誕生日は子どもの頃楽しいお祝いでした。
しかし大人になって気づきます。
第一回目の誕生日。
母の生涯で最も苦難した日です。

 

「お母さん、私を産んでくれてありがとう。」

 

自分の誕生日に母にお礼を。
どれだけ言っても言い過ぎることはありません。
……でも、言えません。
一言も。
どうしても言えません。

 

そして母と別れます。
もう本人に向ってお礼は言えません。

 

「お母さん、ありがとう。そして申し訳ない。」

 

心の中で、感謝と悔恨が入り交じる大人の誕生日です。

 

【生死(せいし)と生死(しょうじ)】

 

そんな親との別れを通して、
あらためて仏さまに出遇います。

 

私を無事に生まれさせようと願った親、
自分と同じ一人前にせんと育てた親。
そんな親と同様、
一生涯、私を何とかしてさとりの国、浄土に生まれさせたいと願い、
生涯に渡って、自分と全く同じ、これ以上ないさとりの仏にせんとはたらく仏さま。
その仏さまに出遇うのです。

 

死は向こうにあると思っていました。
生死(せいし)と言います。
生きている事と死んでいる事。
今自分は生きているから、死は関係ない。

 

しかし真実は生死(しょうじ)、生即死です。
今、まさに生まれがたきを生まれ、同時にいつ死んでもおかしくない身の上でした。
死とは今、ここにいる、まさしく私の事。
向こう側ではありません。

 

「お寺さんは死の準備、死の問題を解決する所でしょ?
もうすぐお世話になります。」

 

少し違います。
「今」を外して死はないのです。
仏教とは、今の問題なのです。
死んでからでは手遅れです。

 

【有名の仏】

 

先ほどの合同誕生会は、その後、大いに盛り上がったそうです。
話の上手なさだまさしさんも、
いろんなエピソードを話して、会場を盛り上げました。

 

会の途中、仕事があった為にさださんは退席しました。
そして後日、永六輔さんから葉書をもらいます。
おそらく、こんな文面で。

 

「君が中座した後も、淀川先生は大層喜んでおられたよ。
ただし『いやあ、さっきの人、面白い青年だねえ。あの人、何する人?』
一同大爆笑でした。
まさし。君はまだまだ無名です。」

 

……忘れられない親の名前があるように、
仏さまにも名前があります。
「お母さん!」と同様、「仏さま!」でも良いのですが、
十億の母の名とわが母の名は違うのです。

 

十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなはし
摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる
(現代語訳:十方の数限りない世界にいる、念仏の衆生をご覧になり、
その者たちを光明の中に摂め取って捨てることがない。
それゆえに阿弥陀如来と申し上げるのである。)

 

今まさに死にゆく私を決して捨てない仏さま。
だからその仏さまの名は阿弥陀さまです。
「南無阿弥陀仏。」
無名のまま終わらせません。

 

(おわり)


 

 
境内案内 内陣 歴史 ◆納骨堂・永代供養墓◆ 地図