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「法座の言葉」について

専徳寺では昭和55年より、
法座が終わるたびに参詣者に葉書を送って来ました。
葉書には参詣へのお礼に続いて、講師の法話の肝要部分、
またそれを承けての住職の法語等を書いてきました。

 

当ページではこれらの言葉を紹介いたします。

 

過去の法話

【法座の言葉(265)―松林行圓師 (2018/08/29-30)】

 

【ご讃題(さんだい)】 ※法話のテーマ

 

亡くなられた方々のご恩に対し、あらためて思いを寄せるのがお盆です。

 

親鸞聖人は仰せになりました。

 

願土(がんど)にいたればすみやかに
無上涅槃(むじょうねはん)を証(しょう)してぞ
すなはち大悲(だいひ)をおこすなり
これを回向(えこう)となづけたり

 

浄土へと往生した人は、
阿弥陀如来の願力によってすみやかにさとりをひらき、
大いなるお慈悲の心をおこすのです。
迷いのこの世に還り来て、
私たちを常に真実の道へ導こうとはたらいているのです。

 

仏の国に往き生まれていった懐かしい方々。
仏さまのはたらきとなって、いつも私とともにあり、
私をみまもっていてくださる……そのようにいただくのです。

 

     (『拝読 浄土真宗のみ教え』より)

 

【死にさえすれば】

 

「死にさえすれば天国にいける」と思う人が、
今の日本人には増えてきたように思います。

 

しかしどの経典やバイブルにも、
死にさえすれば天国にいけるとは書いてありません。

 

死にさえすれば地獄へいけます。何の努力もいりません。

 

生まれてこのかた、どれほど多くの命を食らってきたか。
どれほど多くの命を獲ってきたか。
そのことを考えてみたら、
人はごまかせても、自分の心をごまかすことはできません。

 

地獄へ落ちていく……そんな私をみつけた阿弥陀さまが、
「オレが助けてみせる」と誓われます。

 

お浄土へ迎え取って仏にする以外、
あの者を幸せにすることはできないと見切ってくださり、
すがた形をかえて、南無阿弥陀仏という声(みこえ)となられます。
遠くから見ておられるのでなく、
「親がここにおるぞ」と、この私に届いてくださいます。

 

すでにあなたをお浄土へ迎える算段をぜんぶ整えて、
仏さまが名告りをあげてくださっておられます。
その事に、
お念仏を通してに気づかせていただくお互いでありたいものです。

 

(おわり)


 
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