「法座の言葉」について
専徳寺では昭和55年より、
法座が終わるたびに参詣者に葉書を送って来ました。
葉書には参詣へのお礼に続いて、講師の法話の肝要部分、
またそれを承けての住職の法語等を書いてきました。
当ページではこれらの言葉を紹介いたします。
No.300 岡村遵賢師 (2024/6/17)
如来、世に興出したまふゆゑは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。
五濁悪時の群生海、如来如実の言を信ずべし。
【生まれた目的】
「何のために生まれたの?」
どう答えるか?
なかなか難しい問題です。
しかし、お釈迦さまがお生まれになったおいわれは一つですと、
親鸞聖人は「正信偈」にお示しです。
「唯説弥陀本願海」
(ただ弥陀の本願海を説かんとなり)
沢山のご説法も、とどのつまりはご本願、
私たちを阿弥陀さまに帰入(きにゅう)させるためでありました。
そうなると、私たちの生まれた目的はこうなります。
「唯聴弥陀本願海」
(ただ弥陀の本願海を聴かんとなり)
お聴聞し、わが人生のすみずみまでいき渡っているお慈悲に遇い、お念仏します。
「ナンマンダブのお救いに間違いはなかった」と。