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「法座の言葉」について

専徳寺では昭和55年より、
法座が終わるたびに参詣者に葉書を送って来ました。
葉書には参詣へのお礼に続いて、講師の法話の肝要部分、
またそれを承けての住職の法語等を書いてきました。

 

当ページではこれらの言葉を紹介いたします。

 

過去の法話

No.299 菅原昭生師 (令和6(2024)5/16-17)

弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまえり
法身の光輪きはもなく 世の盲冥をてらすなり

【十劫】

阿弥陀如来がこの私を目当てとして、
いつでもどこでも私の上に届く仏さまとなられて、
あれから十劫という、途方もない長い時が経過しました。

 

はるか昔にお浄土参りのご用意を準備万端にしてくださったにも関らず、
それに気づかず迷い続ける私でした。
それでも「はやくお浄土へ参ってくれよ」と、
待って待って待ち続けておられます。

【身業説法】

……ご案内してからたっぷり30分経過して、
ようやく登場された某布教使さんは、
「すいません」の一言もなく、
開口一番、「皆の衆……待ったか?」

 

前に座っていた方が、「えっと待ちました!」

 

「おお、そりゃ良かったの。」

 

「何が良かったですか!
お説教だからと思って畑仕事を切り上げて参ってみたらこんなに待つなんて。
腹が立って腹が立って、やりきれませんでした!」

 

「なおのこと良かった。」

 

「何が良かったですか!
これ以上待っても出て来なかったから帰ろうかと思ってました!」

 

「……何分待ったか知らないが、
如来さまは、5分、10分、30分じゃない、
『十劫をへたまえり』、
待って待って待ち続けてくださっておられた。
待つ身のご苦労、待つ身の辛さが、
如来さまの万分の一でも受け取れたらそれは良かった。
では、今日はおしまい。」

【お待たせしました】

30分でも待とうものならイライラする現代人。
そして最後は腹が立って「もう待ってはおれん」と相手を見捨てていく私です。

弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまえり

十劫という途方もない間、待たせっぱなしでした。
それでも大きな大きな思いをかけ、この私を待って待って待ち続けてくださったのが阿弥陀さまでした。

 

待つ身のご苦労、待つ身の辛さを味わうお念仏です。

 

ある和上は色紙に書かれました。

 

弥陀成仏のこのかたは
今に十劫をへたまへり
お待たせいたしました
すみません (藤永清徹)

 

(おわり)
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