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「法座の言葉」について

専徳寺では昭和55年より、
法座が終わるたびに参詣者に葉書を送って来ました。
葉書には参詣へのお礼に続いて、講師の法話の肝要部分、
またそれを承けての住職の法語等を書いてきました。

 

当ページではこれらの言葉を紹介いたします。

 

過去の法話

No.259 成 照星師(平成29(2017)9/29-30)

 

【讃題】
世尊、
われ一心に尽十方無礙光如来に帰命したてまつりて、
安楽国に生ぜんと願ず。
われ修多羅の真実功徳相によりて、
願偈を説きて総持し、
仏教と相応せん。

 

南無阿弥陀仏の私

 

「南無阿弥陀仏」は、おはたらきの相(すがた)です。
どんな所にも行き渡り、
相手を自らの性質と同じく、
「他者とさまたげのないありさまにする」という功徳のはたらきです。

 

ここにもナンマンダブツという阿弥陀さまの功徳が満ちています。
阿弥陀さまの中に暮らす私です。

 

迷いの境涯(穢土)からは一歩も出られない私です。
しかし阿弥陀さまの境涯から離れているわけでもありません。
阿弥陀さまの境涯は私の所にずっと行き渡っています。

 

迷いの境涯が終わる時、
私が暮らしている阿弥陀さまの境涯(浄土)があらわれます。
それを「往生」といいます。

 

ではお浄土の私とは何か?
南無阿弥陀仏です。
もみだねがイネになるように、
至極必然の道理です。

 

(おわり)


 
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