山口県は岩国にある浄土真宗寺院のWebサイト

「法座の言葉」について

専徳寺では昭和55年より、
法座が終わるたびに参詣者に葉書を送って来ました。
葉書には参詣へのお礼に続いて、講師の法話の肝要部分、
またそれを承けての住職の法語等を書いてきました。

 

当ページではこれらの言葉を紹介いたします。

 

過去の法話

【法座の言葉(264)―渡辺崇之師 (2018/06/18)】

 

【讃題】
「いはんやわが弥陀は名をもつて物を接したまふ。
ここをもつて、耳に聞き口に誦するに、無辺の聖徳、識心に攬入す。
永く仏種となりて頓に億劫の重罪を除き、無上菩提を獲証す。
まことに知んぬ、少善根にあらず、これ多功徳なり」と。
(本典行巻・元照律師『弥陀経義』引文)

 

(わが弥陀は名をもって接す)

 

阿弥陀さまという仏さまは、
南無阿弥陀仏の名前となって私にぴったりと接しておられます。

 

生老病死のわが人生。
しかしその苦しみにおいて、
自分の間違えには気づかず、
逆に腹を立て、
最後は「なんでこんな目に」と愚痴の涙をこぼす私です。

 

その私を放っておけない阿弥陀さまでしたから、
「ナモアミダブツ」の名号となって、
この私のいのちに宿りこまれ、
涙の中に住み込んでくださいます。

 

私どもの耳に聞こえの良い、称えられる仏さま。

 

親鸞聖人は、
「仏さまなんてなれはしない私を、
何としても仏さまにするぞと誓い、
ぴったり離れずおられるのが我々の仏さまだ」とお話をくださいます。

 

(おわり)


 
境内案内 内陣 歴史 ◆納骨堂・永代供養墓◆ 地図