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「法座の言葉」について

専徳寺では昭和55年より、
法座が終わるたびに参詣者に葉書を送って来ました。
葉書には参詣へのお礼に続いて、講師の法話の肝要部分、
またそれを承けての住職の法語等を書いてきました。

 

当ページではこれらの言葉を紹介いたします。

 

過去の法話

No.268 溪 宏道師 (平成31(2019)01/17-19)

 

磁石のたとえ

 

仏教の目的は何と言っても「私が仏になる事」です。

 

人間が立派な人間になる事なら、倫理道徳で良いのです。
しかし仏教は目的が違います。
人間が仏になるのです。

 

それはどういう事か。
喩えれば「鉄が磁石になるという事」です。

 

私たちは鉄です。哀しいかな才能なきくず鉄です。
だから努力して磨きます。

 

天才親鸞聖人も9歳から20年、
比叡山で心身を磨きました。
生き仏ともいうべき、輝くような鉄になられました。
けれども鉄は鉄のまま、磁石にはなれませんでした。

 

29歳の時、
磁石になれない鉄が磁石になれる世界がたった一つある事を、
法然上人から聞かされます。

 

鉄を磨くのではなかったのです。
磁石の磁気の方が中に入ってくださいます。
くず鉄だろうがきれいな鉄であろうが関係ありません。
磁石の磁気が入った途端に、
くず鉄であろうと磁石に転じかえられていくのです。

 

「お前をしあわせにできない限り、私は仏にならない。」
と誓われるお慈悲の仏さまは、
「かならず救う」と今すでに私に宿りこんでおられました。

 

自力の教えから他力の教えにひっくり返った親鸞聖人。
そして今、
私たちもひっくり返ります。
如来の大きなお慈悲(磁気)に包まれていたことに驚き、
お慈悲がこぼれでるがごとき、
お念仏を申すばかりです。

 

(おわり)


 
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