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法座の言葉(101-200)

目次

 

内容

NO.200 中島 昭念師  平成21(2009)05/22-23

 

【讃題 「正信偈」(註釈版聖典p.203)

 

如来世に興出したもう故は
ただ弥陀の本願海をとかんとなり
五濁悪時のぐんじょうかい
如来如実のみことを信ずべし
世間の物の見方は、「有用性」という見方である。
すなわち、勝ったか負けたか、役に立つか立たないか、損か得か……。
それはそれで結構だが、
宗教的な世界も、同様に「有用性」という次元で見るとおかしくなる。
すなわち、ご利益が有るか無いか、病気が治るか治らないか、家庭が平穏無事になるかならないか……。
これは全て偽の宗教である。
しかし悲しいかな、偽の宗教ばかりみているとそれが本物の宗教に見えてくる。
偽物を偽物と気づかなくなる。

 

本当の宗教に出遇えとおっしゃってくださったのが親鸞様である。
親鸞聖人のみ教えは「真実性」でみていく。
何が真実で、何が仮で、何が偽か。

 

お寺では「有用性」という見方を捨て去る。
そして本当の宗教を聞き、「真実性」という見方を養う所である。
真実を見る目を養うことで偽の宗教が偽と分かるのである。
このたびの人生、真実なる尊い教えに出遇えて良かった!

 

 

 

 

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NO.199 若林 真人師  平成21(2009)03/12-13【2009年 春讃仏会法要】


【讃題 「正信偈」(註釈版聖典p.203)
「よく一念喜愛の心を発すれば、煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。」

 

【語句】
喜愛の心:大安堵心。もう変わらない身に仕上げられた安心を言う

 

阿弥陀様の教えを聞く身になれて良かったですね。
阿弥陀様の願いは、
「あなたの人生をむなしくは終わらせない!」、
こう言い切ってくださる。
その願いを“聞く”一つにともなって、
広大な利益が恵まれます。

 

親鸞聖人はそのご利益を五種、正信偈に詠ってくださいました。

 

@得大涅槃の益
 「能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃」
 (よく一念喜愛の心を発すれば、煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。)

 

A転悪成善の益
 「凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味」
 (凡聖・逆謗斉しく回入すれば、衆水海に入りて一味なるがごとし。)

 

B心光常護の益
 「摂取心光常照護 已能雖破無明闇
  貪愛瞋憎之雲霧 常覆真実信心天……」
 (摂取の心光、つねに照護したまふ。すでによく無明の闇を破すといへども、
  貪愛・瞋憎の雲霧、つねに真実信心の天に覆へり。……)

 

C横截悪趣の益
 「獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣」
 (信を獲て見て敬ひ大きに慶喜すれば、すなはち横に五悪趣を超截す。)

 

D諸仏称讃の益
 「一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願
  仏言広大勝解者 是人名分陀利華」
 (一切善悪の凡夫人、如来の弘誓願を聞信すれば、
  仏、広大勝解のひととのたまへり。この人を分陀利華と名づく。)

 

@得大涅槃の益とは何か?
今ここに、捨て去るべき煩悩を捨て切れない迷いの境界の私がいます。
しかしこのたび阿弥陀さまのはたらきによって仏になります。
この欲深い煩悩の心が涅槃の悟りを得る邪魔にはならないとおっしゃるのです。

 

その涅槃の悟りを得るのはいつか?
親鸞聖人は「臨終の一念の夕べ大般涅槃を超証す」とお説きくださいました。
つまり「息の切れたその時」です。
その瞬間、
お浄土へ生まれてお悟りの仏様に仕上げられるのです。
蓮如上人は
「かならずかならず極楽へまゐりて、うつくしきほとけとは成るべきなり」
  (御文章5-7)
とやさしくお示しくださいました。

 

つまり、このたびが「迷いの境界の打ち止め」なのです。

 

「死出の旅路」は世間の言葉。
私どもは申しません。
ならばどう思うか?
こう思う稽古をしてみてください。
「亡き方は迷いの世界へ旅立っていかれたのではないのだ。
旅は終わったのだ。
今ここに姿はあるけど、もう“迷いの境界の打ち止め”。
もう迷いの世界を経巡る心配はないのだ。
お浄土でまたお遇いいたしましょう」と。

 

今こそが旅の真っ最中です。
迷いの旅ですが、
同時に阿弥陀様の摂取不捨の光に照らされた道中です。
そして今この娑婆の縁がつきたら旅は終わりです。
迷いの境界とはサヨナラです。

 

ならばこの世界、
よく眺めておこうではありませんか!

 

娑婆の世界、
これからも様々なものを見聞きしていくことでしょう。
長生きをすれば、娑婆に滞在すればするだけ、
別れの涙にあっていかねばなりません。
思うようにいかない自分に向き合っていかねばなりません。
だまってそれを受けていくしかありません。

 

しかしそれも最後!
この煩悩の身、煩悩の悲しみを触れていくのはこれが最後なのです。
「長い間さまようてきたが、
なんとこのたび阿弥陀様の願いに聞き触れ、
これが迷いの最後であったか……」。

 

このたびの人生の旅路、
「これが見納め」と聞き、
一事々々を名残惜しく大切に頂いて歩む毎日です。

 

 

 

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NO.198 舟川 宏顕師  平成21(2009)01/22-24 【2009年 報恩講法要】

 

【讃題『報恩講私記』(註釈版聖典p.1065)
『弟子四禅(でししぜん)の線(いとすじ)の端に、
たまたま南浮人身(なんぶにんじん)の針を貫き、
曠海(こうかい)の浪(なみ)の上に、
まれに西土仏教の査(うきぎ)に遇へり。
ここに祖師聖人の化導(けどう)によりて、
法蔵因位(ほうぞんいんに)の本誓を聴く、
歓喜胸に満ち渇仰肝に銘ず。
しかればすなはち報じても報ずべきは大悲の仏恩、
謝しても謝すべきは師長の遺徳なり。』

 

【語句解説】
  四禅:四禅天の略。四種の禅定を修して生ずる色界の四天処をいう。
  南浮:閻浮提のこと。

 

【前住職和訳】
人に生まれるのは難しい。
それは、天からおろされた糸がたまたま地上の針の穴に通るほどの難である。
浄土のみ法に遇えるのは難しい。
それは、盲亀(両目を失った深海亀で腹底に一つ目があるという)が、
たまたま浮き上がり、
たまたま広海に漂う小さな板切れにぶつかり、
たまたまひっくり返って、
たまたまその板にあいていた小さな穴から初めてまぶしい光が見れたほどの難しさである。
そのように、親鸞聖人のお導きなしには、
私たちは御本願の由来を聞くことができなかった。
  「道」
私は目的に向かって人生の道を歩みます。
この私が歩む道は何か?
成仏道(じょうぶつどう)、すなわち仏に成る道です。
それがお念仏の道です。

 

いまだ私が歩んだ事のない道ですから聞かないと分かりません。
自分勝手に闇雲に歩いても駄目です。

 

そして特に重要なのが聞く相手。
誰でも良いかというとそうはいきません。

 

得道の人、その道を歩きその道を究めた人の話を聞くのです。
この度、不思議なご因縁で、
私は殊にご開山親鸞さまを得道の人といただき、
私が仏になる道を聞かせていただきます。

 

……そうです、私が聞いていくのです。
私の問題だからです。
他に代理が聞かないのです。
「お腹が痛い!」と言って、
代わりにお腹が痛くなってくださる方いますでしょうか?
いるはずありません。
代理の聞かない話故、
私がご縁に遇わなかったら意味をなさないのです。

 

そういうご法義であるということを腹を据えて聞かせていただきます。

 

 

 

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NO.197 深川 宣暢和上  平成20(2008)11/01, 02(住職継職奉告法要)

 

 

前に生れんものは後を導き、後に生れんひとは前を訪へ、
連続無窮(むぐう)にして、願はくは休止せざらしめんと欲す。
無辺の生死海を尽さんがためのゆゑなり
  (教行信証 後序)

 

【二つの眼(まなこ)】

 

パイロットの免許をもらったばかりの頃、
こういう話を聞くのだそうだ。

 

飛行機を安全に飛ばすためには二つの眼が必要である。
一つは「インサイドアウト」の眼。
自分の内側から外側を見る眼。
要するに自分自身の眼である。

 

離陸時、着陸時、
全て操縦する自らが周囲の状況を見て判断しないといけない。

 

しかしそれだけでは飛行機は安心して飛んでいけない。
もう一つの眼が必要なのである。
それが「アウトサイドイン」の眼。
自分の操縦する飛行機を外側から見ている眼である。

 

雲の中を飛ぶ時、雲の上を飛んでいる時、
自分の飛行機がどこを向いてどっちへ飛んでいこうとしているのか、
自分の眼ではさっぱり分らない時がある。
そんな時、
「○○に向いて飛んでいますよ」と、
アウトサイドインの眼が助けてくれるのである。

 

【仏様を持つ意味】

 

二つの眼をもって飛ぶ飛行機。
私達も同様である。

 

一生涯、
私という五体を飛ばして行かなければならない。

 

そのほとんどはインサイドアウト、
内側から外側を見て動かしている。

 

よく周りが見える晴れの日は良い。
しかし人生晴れだけではない。風、雨、嵐…。
たとえ身体は元気であっても内側から見たのでは分らない時がある。
今、自分はどっち向いて飛んでいるのか?
昇ろうとしているのか?
降りようとしているのか?

 

そんなとき外からこの私を確かにみてくださる眼、
アウトサイドインの眼が必要なのである。

 

飛行機の場合、
アウトサイドインの眼の一つは管制塔である。
そしてもう一つはGPS(人工衛星)。

 

私達の場合、
管制塔に代わるものは、先祖、親、そしてお寺のご住職。
そしてGPSに代わるものは、
如来様(仏様)である。

 

如来様がこの私を常に見てくださっている。
如来様と上手に交信しながらの人生航路。
それが仏様を持つことの大きな意味、
お聴聞で知り得る尊い利益である。

 

「私はこれからどうするのか? どうなのか?」
今既に伝えてくださっています。

 

如来様の話を聞き、
お互い大きな安堵の心をいただき、
日々、仏恩報謝のお念仏の生活をいたしましょう。

 

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NO.196 深川 倫雄和上  平成20(2008)09/19, 20

 

 

如来興世之正説 (にょらいこうせ し しょうせつ) 
奇特最勝之妙典 (きどくさいしょう し めうでん)
一乗究竟之極説 (いちじょうくきょう  ごくせつ)
速疾円融之金言 (そくしつ えんにゅう し こんごん)
十方称讃之誠言 (じっぽうしょうさん  じょうごん)
時機純熟之真教 (じき じゅんじゅく し しんけう)
  (『教行信証』教巻 註釈版p.138)
これは「頌讃(じゅさん)」と申します。

 

ご開山様は、
一番基本になるお書物としてご本典(ほんでん)、
『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』という六巻からなるものをお書きになりました。

 

その一番最初が「教の巻(きょうのまき)」。
これはお経の話であります。
何のお経か。
『無量寿経』と掲げられてあります。
その『無量寿経』を「教の巻」の最後に六句で誉め称えてござる。

 

@「如来興世の正説」。
このお経はお釈迦如来がこの世にお出ましになった目的のお経である。

 

A「奇特最勝の妙典」。
滅多に無いことだから「奇特」。最も勝れているから「最勝」。

 

B「一乗究竟の極説」。
「一乗」というのは大乗仏教です。
“この道一つ”というのが我々が聞く大乗仏教なのです。
「究竟」とは究極。

 

C「速疾円融の金言」。
我々如き愚か者、罪深い者が、
このお念仏のご法義である『無量寿経』のご法義に帰したら、
速やかに円満なお覚りにいたる、
そういう仏様の金のようなお言葉である。

 

D「十方称讃の誠言」。
砂の数程の十方の諸仏様が、
「何と立派なみ教えである、お念仏は素晴らしい」と、
誉めていなさる。

 

E「時機純熟の真教」。
お釈迦様がこの世を去り時代も下がるにしたがって
世の中は乱れ汚くなってくる。
しかしどれだけ乱れ汚くなっても
その愚かな罪深い世の中に恰度良いようにできておるのが
この『無量寿経』というお念仏のみ教えであります。

 

 

 

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NO.195 松月 博宣師  平成20(2008)08/20,21

 

「いはんやわが弥陀は名をもつて物(※1)を接したまふ。
ここをもつて、耳に聞き口に誦するに、
無辺の聖徳、識心(※2)に攬入(らんにゅう。※3)す。
永く仏種となりて頓に億劫の重罪を除き、
無上菩提を獲証す。
まことに知んぬ、
少善根にあらず、これ多功徳なり」と。
(元照律師『弥陀経義疏』(『教行信証』行巻引文), 『浄土真宗聖典』p. 180))

 

  ※1 物:衆生のこと
  ※2 識心:衆生の心。
  ※3 攬入:入り満ちること。
浄土真宗のお念仏は、称えたら救われる念仏ではありません。
聞いたら救われる念仏であります。
では何を聞くのか?
阿弥陀さまの「そのまま救う」というお声を聞かせてもらうのです。

 

ところが私たちは時として、
この「“そのまま”救う」を、
「自分は“このまま”で良いのだ」と、
自己肯定として聞き喜びがちです。
それは正しいお念仏を聞いた喜びではありません。

 

たとえば、
お友達のお宅へ訪れてお茶をいただいたとします。
帰り際、
お茶碗を片付けかけると、
お友達が「“そのまま”お帰りください」とおっしゃった。
「そうですか。それでは不調法ながら」と言って帰る私。

 

「やれやれ良かった。私は“このまま”帰って良いのだ」ではないのです。
お友達は何故、
「“そのまま”お帰りください」とおっしゃったのか?、
私のことを案じ、
自分が茶碗を片付け元に戻そうと決意されたからです。
その決意と実際に片付けてくださったご苦労に対して、
「ありがとうございます」と感謝する。
それが“そのまま”を聞くということです。

 

私たちはお念仏を通して何を聞くのでしょうか?
「阿弥陀さまがこの私を“そのまま”救う、
“そのまま”浄土の仏にしようとおっしゃるからには、
相当なご苦労をかけたのだろうな」
と、
阿弥陀さまのご苦労を聞かせていただくのです。
そしてご苦労を聞かせていただいたということは、
ご苦労かけている私がいるわけです。
その両方をあわせて聞かせてもらい、
それが聞こえてきた時の姿を、
親鸞聖人は「ご信心」とお示しくださいました。

 

 

 

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NO.194 中村 英龍師  平成20(2008)06/23(仏婦法座)

 

 

われ今幸いに
まことのみ法を聞いて
限りなきいのちをたまわり
如来の大悲にいだかれて
安らかに日日をおくる
謹んで
深きめぐみをよろこび
尊きみ教えをいただきまつらん
  (礼讃文、日常勤行聖典5頁)
私たちの生活に情報は不可欠です。
情報を知ることで、
自分はこれから何をどうすれば良いか分かります。
「今日は快晴です」という「天気の情報」を聞けば、
傘を持たずに外出できます。

 

お釈迦さまは《人生》の情報を「生老病死」とお示しくださいました。
すなわち「人間は生まれた限り、年をとって病気になって死んでいくのだ」と。
厳しい現実です。
けれどもその人生の情報に目を背けず、
「その通りでした」と受けとったからこそ、
私たちはお念仏もうすのです。

 

阿弥陀さまの大いなる慈しみは、
常にこの私を包んでくださっています。
「心配しなくていいよ。あなたの生死の問題は全て私が引き受けました」と、
お念仏を通してこの私に語りかけてくださいます。
人生で最も大事な問題に応えてくださる方(阿弥陀仏)と私は一緒です。
虚しい人生であろうはずがありません。

 

今日も如来の大悲にいだかれて、
厳しい現実、
でも安らかな日々です。

 

 

 

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NO.193 和田 俊昭師  平成20(2008)05/23, 24

 

弥陀の名号となへつつ
信心まことにうるひとは
憶念の心つねにして
仏恩報ずるおもひあり

 

誓願不思議をうたがひて
御名を称する往生は
宮殿のうちに五百歳
むなしくすぐとぞときたまふ
  (浄土和讃 註釈版, p.555)
仏さまの悟られた道理、それを「縁起(えんぎ)」と云います。

 

縁起(えんぎ)とは何か。
「物事はそれぞれ自らの外側から支えられて成り立っている」ということです。
つまり、
あらゆる物事は依存しあっていて、
関係ないものは何一つないのです。

 

けれども凡夫はその縁起(えんぎ)の道理が分かりません。
「自分は外から支えられて成り立っているのだ」とは、
決して納得しません。

 

それ故、
自分に満足できない凡夫は、
自らの中に、
《少し背伸びをした理想的な自分》(これを「我(が)」と言います)を作り出します。
その少し背伸びをした自分が大好きなのです。
それを「我執(がしゆう)」といいます。

 

困ったことに私たち凡夫はその我執(がしゆう)に決して気づきません。
我執(がしゆう)の中に生きている者は我執(がしゆう)に気づかないのです。

 

我執(がしゆう)の願い通りに動く凡夫(ぼんぷ)は、
他に対して、
自分に都合が良ければ欲が、
不都合ならば怒り・憎しみが湧き起こります。
自分の都合・不都合による欲と怒り(貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに))の心……
根本は縁起(えんぎ)の道理が分からないということ(愚痴(ぐち))なのです。

 

南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)とお念仏をいただく事、
それは如来さまのお呼び声を聞く事です。
そのお呼び声は、
ちょうど鏡のように、
私の身が、
我執(がしゆう)に満ちた凡夫(ぼんぷ)の身であることを気づかせてくださいます。

 

凡夫(ぼんぷ)であることに気づき、恥ずかしいと思う……
そこから自然に、
私たちの歩みは仏さまの世界に向けられて参ります。

 

お念仏相続していただきたいと思います。

 

 

 

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NO.192 天岸 浄円師  平成20(2008)03/11, 12

 

『ああ、弘誓の強縁、多生にも値(もうあ)ひがたく、
真実の浄信(じょうしん)、億劫(おっこう)にも獲がたし。
たまたま行信(ぎょうしん)を獲ば、遠く宿縁(しゅくえん)を慶べ。
もしまたこのたび疑網(ぎもう)に覆蔽(ふへい)せられば、
かへつてまた曠劫(こうごう)を経歴(きょうりゃく)せん。
誠なるかな、摂取不捨(せっしゅふしゃ)の真言、
超世希有(ちょうせけう)の正法(しょうぼう)、
聞思(もんし)して遅慮(ちりょ)することなかれ。』
  (『教行信証』総序 註釈版聖典 pp. 131-132)
この度は、善導大師の「二河白道(にがびゃくどう)」の喩えを通してのご法味でした。

 

 

 

二河白道とはおおよそ以下のようなお話です。

 

ある人が西という目的に向かって歩み始めると、
眼前に突然、底なしの「火の河・水の河」が現れました。
もう先へは進めないのかと思った時、
その二河の間にかすかに一筋の「白い道」が見えたのでした。
その人は勇気を奮い起こしてその道を歩みました。
そして見事、目的地に辿り着いたのでした。

 

この喩えは何をお示しなのでしょうか。

 

善導大師がご在世の時代、
他の高僧方は一様に、
「〈悟り〉という目的を遂げるためには、
憎しみの心を切り捨て、貪りの心をなくして、自惚れの心を浄化して、
心を安らかな境地にすることだ」
とお考えでした。
ですから火の河(憎しみ)、水の河(貪り)を消滅することに邁進したのでした。

 

しかし善導大師ただお一人だけは、
「火の河、水の河」に届いた「白い道」をお説きくださいました。
火の燃え盛るまま、水の逆巻くままに、
この白い道によって二河を超えるという、
新しい仏道をはっきりと示されたのでした。
それは煩悩具足の凡夫に与えられた阿弥陀さまのお念仏のみ教えでした。

 

このように善導大師は、
それ以前の高僧方には領解することができなかった、
煩悩を抱えた凡夫が、煩悩をなくすことなく、
煩悩の中に届いたお念仏によって水火二河の障りを超え、
浄土の悟り、怨親平等(おんしんびょうどう)のお悟りの身を実現することができるという、
当時では前代未聞の仏法を明らかにしてくださいました。
そのことを「正信偈」には、

 

「善導独明仏正意(善導独り仏の正意をあきらかにせり。)」
と示されています。

 

浄土真宗のご法義は仏法の中でも「前代未聞の仏法」であります。

 

 

 

 

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NO.191 成 照星師  平成20(2008)01/24, 25, 26

 

 

『世尊、われ一心に尽十方無礙光如来に帰命したてまつりて、
安楽国に生ぜんと願ず。
われ修多羅の真実功徳相によりて、
願偈を説きて総持し、仏教と相応せん。』
  (『浄土論』 註釈版聖典(七祖篇) pp. 29)
  (世尊よ、わたしは一心に尽十方無碍光如来に帰命したてまつり、
  安楽国に生まれようと願うのである。
  わたしは大乗の経典に説かれている
  真実の功徳をそなえた名号の相により、
  この願生偈を説き、阿弥陀仏の本願のはたらきを示して、
  仏の教えにかなうことができた)

 

仏教の目的とは、世の中を立派(政治・経済・教育)にするとか、
貧しき者を救済(福祉・医療)するとかではなく、
「私」の生死の問題の解決が目的なのです。

 

確かに、世の中を平和にするとか立派にするのは素晴らしいことです。
又そのことに努力することも立派なことでしょう。

 

しかしどれだけ立派な世の中になろうとも、
その世の中で暮らしている私には、
最後の最後まで「死んでいかねばならない」という問題が結局残るのです。

 

その「私の死」の心配を絶えて無き有り様にしようというのが仏教です。

 

 

親鸞聖人がお説きくださった「私がお浄土へ参る」という第十八願の法は、
まさに私の後生の心配というものを用事無きものとしてくださる法です。

 

後生に何の心配もないという「後生の安心(あんじん)」こそ、
聖人が生涯ご苦労して明らかにしてくださったものです。

 

そのご苦労を無駄にしない身になることこそ、
いや身になってこそ報恩(恩に報いる)講をつとめる意味なのです。

 

 

 

 

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NO.190 溪 宏道師  平成19(2007)11/01, 02

 

『ああ、弘誓(ぐぜい)の強縁(ごうえん)、
多生にも値(もうあ)ひがたく、
真実の浄信(じょうしん)、
億劫(おっこう)にも獲がたし。
たまたま行信を獲ば、
遠く宿縁(しゅくえん)を慶べ。
もしまたこのたび疑網(ぎもう)に覆蔽(ふへい)せられば、
かへつてまた曠劫(こうごう)を経歴(きょうりゃく)せん。

 

誠なるかな、
摂取不捨(せっしゅふしゃ)の真言、
超世希有(ちょうせけう)の正法(しょうぼう)、
聞思して遅慮することなかれ。』
  (『教行信証』総序 註釈版聖典 pp. 131)

 

  (ああ、この大いなる本願は、
  いくたび生を重ねてもあえるものではなく、
  まことの信心はどれだけ時を経ても得ることはできない。
  思いがけずこの真実の行と真実の信を得たなら、
  遠く過去からの因縁をよろこべ。
  もしまた、このたび疑いの網におおわれたなら、
  もとのように果てしなく長い間迷い続けなければならないであろう。

 

  如来の本願の何とまことであることか。
  摂め取ってお捨てにならないという真実の仰せである。
  世に超えてたぐいまれな正しい法である。
  この本願のいわれを聞いて、疑いためらってはならない。)
  (『顕浄土真実教行証文類(現代語版)』、p. 5)
「愛別離苦(あいべつりく)」
愛しい人との別れの苦しみ。
仏教にこんな言葉があります。

 

人生とは厳しものです。
大切な人との別れの苦しみが必ずあります。
惜別の悲しみほどつらいことはありません。

 

けれども月日がたてばその悲しみも薄らいでいくでしょう。
そしていつしか、
「もう昔のことです。すっかり忘れてしまいました。」
と、笑っていくようになるかもしれません。
これも自然なりゆきかもしれません。

 

けれどもお願いです。
「忘れる」ことでその悲しみの「解決」となさらないでください。

 

それはどれほど言い訳しようとも「ごまかしの解決」でしかありません。

 

本当の解決の道があります。
その道が今ここに届けられています。
そのことをお示しくださった方が親鸞さまです。

 

親鸞さまのお示しくださったお念仏のお法(みのり)。
その教えにであった時、
初めて、あの亡くなった大切な人に対してまで、
「あなたのおかげでありました。大切なものにであわせていただきました。」
手を合わさずにはいられなくなる世界が開かれてくるのです。

 

別れを忘れるのではなく、
あの別れがあったからこそ、
「生死(しょうじ)の解決」という最も大切なことにであわせていただきました。

 

亡きあの方からこの尊いご恩をいただいていくことが、
この度の永代経法要のご縁にあうということでした。

 

 

 

 

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NO.189 深川 倫雄師  平成19(2007)09/25, 26

 

『大無量寿経 真実の教 浄土真宗
つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。』
   (『教行信証』 註釈版聖典 pp. 134-135)

 

深川和上は昭和52年3月のお彼岸法要から毎年専徳寺へ御出講くださっています。
今年は31回目の御縁を頂戴いたしました。
「ここ(お寺)は御法義のお風呂です……。」
いつものように阿弥陀さまのお話を淡々とお話くださいました。

 

私達は温泉が好きです。
あのゆったりとした時間の流れが良いのです。
温かい湯舟の中で、目をつむり、じっくり時の流れに身をまかせます。
側にいた人とのんびり話をして帰ります。

 

「折角だからここの温泉の成分と効能を覚えて帰らねば。」
は余計なこと。
「ほほぅ、ここの温泉には○○が入っていて△△に効くのか。」
聞いて忘れて帰ります。
案じる前にじわりじわりと効果は身にしみこんでいます。

 

お寺へ来た際、「折角の聴聞だから何か一つ得てやろう」と構える必要はありません。
頭ではなく、身体を阿弥陀さまのお話に浸します。

 

「……法蔵菩薩は五劫もの間この私一人のために心労され、「南無阿弥陀仏」、聞こえる仏になってくださいました。」
「……私があれこれ思うはるか前より、如来さまの方が「南無阿弥陀仏」となって、私へ救いのはたらき(他力の回向)を届けていてくださいました。」
聞いて忘れて帰ります。
お慈悲のぬくもりに浸り、“法悦”という極上の湯煙を吸っての家路です。

 

 

 

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NO.188 加藤 一英師  平成19(2007)08/20, 21

 

『如来の尊号は、はなはだ分明(ぶんみょう)なり。
 十方世界にあまねく流行(るぎょう)せしむ。
 ただ名を称するのみありて、みな往くことを得。
 観音・勢至おのづから来り迎へたまふ。』
  (『唯信鈔文意』 註釈版聖典 p. 699)

 

浄土真宗の信心は「唯信」ともいいます。
「唯」について聖人は、「「唯」はただこのことひとつといふ、ふたつならぶことをきらふことばなり」(註釈版聖典p. 699)と註釈されました。
他に代わるものは何一つない如来さまの絶対的な真実心を説明しようとされたのです。

 

この「唯」という漢字は、口偏(くちへん)に隹(ふるとり)で作られています。
これは親鳥が子鳥に口から口へ餌を与える場面をあらわしたといわれます。

 

親が目の前にいるのに口を開けようとしない幼弱な山鳩のヒナ。
それに対して親鳥はくちばしでヒナの頭をすっぽりくわえこみます。
息苦しさからヒナが口を開けた瞬間、親鳥は腹にあった餌を子供の口に流し込むのだそうです。

 

子の餌を欲する気力がないことを見抜き、是が非でも餌を食べさせ育てようとする親鳥。
そのような親の子に対する必死な思いが、「唯」という漢字なのです。

 

煩悩にまみれ、如来さまの真実を欲する気持ちさえない私です。
そのことを見抜かれた如来さまの方が、全勢力、智慧と慈悲のありったけを「南無阿弥陀仏」を通して私に流し込んでくださいます。
この如来さまからの力強いおはたらきをそのまま頂戴する心、それが「唯信」という信心です。
私の信心ではありますが、全て如来さまによって育てられた信心です。
そのことを聖人は端的に「他力の信心」(註釈版聖典p.699)とおっしゃってくださいました。

 

 

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NO.187 安方 哲爾師  平成19(2007)06/18

 

『念仏を信ぜん人は、たとひ一代の法をよくよく学すとも、一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智のともがらにおなじくして、智者のふるまひをせずして、ただ一向に念仏すべし。』(『一枚起請文』 註釈版聖典 p. 1429)

 

私たちのご法義は阿弥陀さまという仏さまのご法義であります。

 

この仏さまは「南無阿弥陀仏」という言葉となって私の所へ来てくださり、「あなたを救う仏はもう届いているよ」とおっしゃるのです。
私たちはその仏さまの声となったお慈悲をお聞かせに預かり、お浄土へ参らせていただきます。

 

ところがこのご法義、聞いて分かるかというと、よく分かりません。
なぜなら私たちはお浄土を見たことがありません。
そのため「命終わってお浄土へ参る」という話を、私たちは聞いてもよく分からないのです。

 

けれども阿弥陀さまの方がその事を先刻ご承知でした。
ですから阿弥陀さまは、「分かれ」ではなく、「分からないだろうけれど聞いておきなさい。私が南無阿弥陀仏と出向いて行ってあなたを救うのだから」とおっしゃるのです。

 

つまり私たちのご法義は、「分かる・分からない」を問題にするのではありません。
「聞いたか聞かないか」を問題と致します。

 

現代人は自分を賢いと思い、また物事は「理解し納得する(分かる)」ことが大事と考えます。
そのためお浄土の話も「分かる・分からない」を問題にしようとします。
しかしながら方向性がまるで違うのです。
賢くなって分かって救われるのではなく、愚か者に立ち返ってお浄土へ参らせてもらうのが浄土真宗です。

 

 

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NO.186 中島 昭念師 平成19(2007)05/15,16

 

『如来、世に興出したまふゆえは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。五濁悪世の群生海、如来如実の言(みこと)を信ずべし』
  (『教行信證』行巻 正信偈 註釈版聖典 p.203)

 

今日の恵まれた時代、お金と物と暇さえあればいくらでも「楽しみ」は手にはいるようになりました。
しかしその「楽しみ」は、はたして「喜び」でしょうか?
わが身を育てるということがなかったならば、本当の「喜び」は湧き上がってこないのではないでしょうか。

 

お寺に参って仏法を聴聞するということは、わが身を育てんとする如来さまのお慈悲を聞くと言うことです。
そこには多くの「喜び」があります。今三つ挙げれば、

 

  @死すべき命である私が、今日まで生かされたという喜び。
  Aささやかながら施しが出来るほど恵まれた環境にいるという喜び
  B親鸞さまより後の時代に生まれ、お聖人の教えに遇うことのできた喜び

 

とりわけBはかけがえのない喜びとしていただきたいものです。
如来さまのお慈悲につつまれ、今日も“喜び”のお念仏を称える日暮らしです。

 

 

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NO.185 若林 真人師  平成19(2007)03/12, 13

 

『舎利弗よ、われいま阿弥陀仏の不可思議の功徳を讃歎するがごとく、東方にまた、阿シュク仏・須弥相仏・大須弥仏・須弥光佛・妙音佛、かくのごときらの恒河沙数の諸仏ましまして、おのおのその国において、広長の舌相を出し、あまねく三千大千世界に覆ひて、誠実の言を説きたまはく、〈なんぢら衆生、まさにこの不可思議の功徳を称讃したまふ一切諸仏に護念せらるる経を信ずべし〉と。』
  (『仏説阿弥陀経』六方段 註釈版聖典 p. 125)

 

『阿弥陀経』六方段において、お釈迦さまは何度も同じお言葉を繰り返し説かれます。
ご讃題の下線部がそのお言葉です。

 

お釈迦さま同様、ありとあらゆる仏さま方も阿弥陀さまの功徳をほめたたえていらっしゃいます。
そして私たち凡夫に対して、「@念仏を勧め、A往生する身となったことを讃え、B救いの真実を証明し、C念仏もうす私たちを護る」ことをお示しくださいました。

 

今日この私の口から出るお念仏の後ろには、前後・左右・上下、あらゆる諸仏が総動員してのご苦労がありました。
もったいないことです。

 

 

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NO.184 上原 泰教師  平成19(2007)1/23,24,25

 

「大師聖人[源空]もし流刑に処せられたまはずは、われまた配所におもむかんや。もしわれ配所におもむかずんば、なにによりてか辺鄙(へんぴ)の群類を化せん。これなほ師教の恩致(おんち)なり。」
  (覚如上人『御伝鈔』 註釈版聖典p.1045)

 

承元の法難、それは親鸞聖人三十五歳の時でした。
時の朝廷は念仏の教えを禁止します。
その結果師の法然上人、そしてその弟子であった親鸞聖人等八名の者が罪を得て、流刑、すなわち追放の刑に処せられます。
法然上人は讃岐の国へ、そして親鸞聖人は越後の国へと追放されました。

 

厳しい現実が襲いかかりましたが、聖人はこの法難を念仏教化(念仏を伝え広める事)の尊いご縁といただかれました。
師との別れ、教えの停止という大きな悲しみを逆にご恩の世界と受け止められたのです。
それを示したのがこのたび上原先生がご讃題に述べられた『御伝鈔』のお言葉です。

 

今年はその流刑から八百年目の節目の年です。
聖人のご苦労をあらためて偲びつつ、今日まで伝わり私の口から「ナモアミダブツ」と響き出てくださるお念仏の尊さをかみしめたく思います。

 

 

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NO.183 松月 博宣師  平成18(2006)10/30,31

 

「いはんやわが弥陀は名をもつて物を接したまふ。ここをもつて、耳に聞き口に誦 するに、無辺の聖徳、識心に攬入す。永く仏種となりて頓に億劫の重罪を除き、無上菩提を獲証す。まことに知んぬ、少善根にあらず、これ多功徳なり。」
  (『教行信証』行巻 註釈版聖典 p. 180)

 

浄土真宗とは何か。
二種の回向(往相と還相)です。

 

往相とは、お浄土へ往く相(すがた)という意味です。
お浄土に往くとは仏に なるということです。
念仏の道とは仏になることを目指すのです。
親鸞さまは「成仏道」とおっしゃいました。

 

仏になる、さとるともいいますが、さとったら今度は他の者をさとらす姿に身をやつします。
身をやつしてこの煩悩世界に還り来る。
あの手この手と催促をしながらさとらそうとする。
そのためには南無阿弥陀仏の心を受け取らそうとする 。
そのためには寺へ参り、お聴聞の場に座らせようとするのです。

 

私たちは相当な強情者です。
自らすすんでお寺に参り聴聞するお互いではありません。
それが今日こうしてお寺に馳せ参じて如来さまに頭を下げるのは、尋常 ならざる出来事がわが身に実現していることなのです。

 

この私がお寺に参り聴聞する背後には大きなものがはたらいています。
その大きなものがはたらいてくださって、今日私たちは御堂に座っているのです。
お寺に参らしたものがある、それを還相(お浄土から還る相)といいます。

 

私どもが浄土へまいるということは、さとりをいただくということ(往相)。
さとったならば、今度はさとりを拡大するために娑婆に戻ってきて衆生を済度するということ(還相)。
そういうところまでも南無阿弥陀仏という阿弥陀様は、仕事を仕上げてくださっている。
その仕上げられた南無阿弥陀仏を受け入れる一 つで、私どもは浄土へ参り、還って衆生済度いたすのです。

 

 

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NO.182 深川倫雄和上  平成18(2006)9/15,16

 

「信は仏智の大悲にすがり、報謝は行者の厚念に励むべし」

 

〈名号摂化(名で救う)〉

 

弥陀は一切の衆生に対して、「この弥陀がいるぞ!救いの仏がいるぞ!」と告げなければなりませんでした。

 

そこで弥陀は、「どのようにして衆生に知らせたらよいか」と、衆生が外の世界を知る所をご覧になられました。
すると私たちは、六根(感覚器官のこと。眼・耳・鼻・舌・身・意)で外の世界を知っていました。

 

ではその六根に感知される仏として何仏が良いでしょうか。
見える仏になるのが良いでしょうか。
聞こえる仏になるのが良いでしょうか。
においの良い仏、あるいは味の良い仏、はたまた触り仏になるのが良いのでしょうか。

 

普通に私たちが考えた場合、見える仏が良さそうです。
何故なら私たちは「見たがり」なのです。
ことわざに「百聞は一見にしかず」とも言います。
けれど仏さまは我々の見る能力を全く信用しませんでした

 

そこで仏さまは聞こえる仏になったのです。
「ナモアミダブツ」と称えられる仏になったのです。
称えると十センチ隣りの耳に聞こえます。
私に称えさせて私を救うのです。

 

眼に見えるご本尊は何か。
あれは“遊び”です。
宗教生活という遊びなのです。
本当の仏さまではありません。
本当の仏とは、称えて聞こえてくる「ナモアミダブツ」です。

 

ところで、「称える」という行為は私の仕事ですが、その称える私の仕事は「手柄」にはなりません。
仏さまが私たちを称えさせる力をもっているのです。
称えられる功徳をもっておられるのです。
昔の和上さんはこう歌われました。
  わが称へ わがきくなれど 南无阿弥陀 われを助くる弥陀の勅命
と。
私が称え私が聞くのだけれど、全て仏様の功徳なのです。

 

〈目的は今〉

 

このようにして念仏を称え信心の者となることで、私の仏道は目的を達しました。
「我々の宗教の目的は何か」ではなく、今が目的なのです。
すでに目的の中だった、これが大切です。
すぐ「何のために…」と問う人がいるけれど、それは下の下です。

 

花見に行く時を考えてみてください。
前日は花見の準備に大忙し。
当日は良い席を取らなければと、これまた大急ぎで荷物を車に積め、四十キロ制限の道路を六十キロ出したり…。
着いたら今度は陣取り合戦。
ござを敷いて、ざぶとんを置いて、お酒を準備して…。

 

さあいよいよ花見が始まります。
そこまできて誰が‘急いで’お酒を呑もうとするでしょうか?
道中は急ぎもしたけれど、目的地に着いたら悠然としているのが目的の中というものなのです。
ご開山は、
  しかれば大悲の願船に乗じて光明の広海に浮びぬれば、至徳の風静かに、衆禍の波転ず。
  すなはち無明の闇を破し、すみやかに無量光明土に到りて大般涅槃を証す、普賢の徳に遵ふなり、知るべし。
  (『教行信証』行巻 註釈版聖典p. 189)
とおっしゃいます。
これは目的地の風光です。
この娑婆で信心称名の人となったらもう目的を達しているのです。
慌てることはないのです。
これから先は、私にやどってくださった名号功徳が私の上に逐次あらわれていくのだからそれを歓んでおけばよいのです。

 

今まさに私の五体の上に、名号功徳による合掌礼拝という姿があらわれ、称名という姿があらわれているのです。
やがて息がとまったら西方極楽への往生という事実があらわれ、大般涅槃をさとるという事実があらわれ、還相の菩薩としてはたらく事があらわれます。
そのことが「今」決まっているのです。

 

 

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NO.181 松林 行円師  平成18(2006)8/24,25

 

「西の岸の上に、人ありて喚ばひていはく、〈なんぢ一心に正念にしてただちに来れ、われよくなんぢを護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ〉と」
  (『教行信証』信巻 註釈版聖典p. 224)

 

このたびは「名号摂化(みょうごうせっけ。「名で救う」という意味)」についてのご縁でした。

 

凡夫の私のために、弥陀は姿かたちをかえて、声のほとけとなって届いてくださいます。
私の口から「なもあみだぶつ」とお念仏が出るところに、弥陀は「親がここにおるぞ」と名告りをあげられます。

 

「そのままたすける親がここにおるぞ」と呼びかけ、私をゆり動かして、共に呼吸をしながら人生を歩んでくださり、私の人生をむかえとってくださる……このように私が如来さまのひとりばたらきの中にあるのを知らされることを、名号摂化、弥陀の救いともうします。

 

弥陀は自らの声で呼ばずに、わざわざ私の声をかりて呼ぼうと考えてくださいました。
何故か。
この私という生き物は、他人の声にはすぐ飽きがくるのに対して、自分の声だけには飽きがこないのです。

 

カラオケで歌っている人を誰が一番聞いているかというと、他でもない、歌う本人がよく聞いています。
他は自分が歌う曲を探して全く聞いていません。

 

人の声は飽きがくるが、自分の声は何べん聞いても飽きがこない。
そういう生き物であることを知り抜いた如来さまは、如来さまの声だとすぐ飽きがくるから、わざわざ私の声をかりて私を呼びつづけようと考えてくださいました。
阿弥陀さまの方が私よりも私のことをよくご存じでありました。
それ以外に「如来がここにおるぞ」ということを気づかせるありようは他にはないと見抜かれたのでした。

 

 

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NO.180 佐々木 高彰師  平成18(2006)6/28

 

『重誓名声聞十方 (重ねて誓う、わが名を十方に聞かしめんことを)』
  (『正信偈』 註釈版聖典 P.203)
『わが弥陀は名を以て物を接っしたもう  阿弥陀様はそのお名前を聞かして人々をお救いとられます』
  (『教行信証』註釈版聖典 P.180)

 

原爆直後の極限状態における生と死の様を描いた詩「生ましめんかな」の著者栗原貞子さんは世界にも名を知られた広島の偉大な詩人です。(2005年3月6日寂92才)
「こわれたビルディングの地下室の夜だった…」
こう始まる詩は、原爆投下の夜、死傷者がひしめきマッチ一本のあかりすらない地下室で、突如産気づいた若い女性が、自らも瀕死の状態で呻いていた産婆に助けられ赤ん坊を産むすがたを描いています。
「…私が産婆です。私が生ませましょう。」
産婆との名のりを聞いて地下室には安堵の空気が流れます。

 

このように、名前とはそのまま働きをあらわします。
名を聞きなさいとは、働きを聞きなさい、という意味です。
阿弥陀とは、凡夫を救わんと働きあらわれ出たみ仏のお名前です。

 

 

 

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NO.179 武田 公丸師  平成18(2006)5/16,17

 

『無惨無愧のこの身にて
 まことのこころはなけれども
 弥陀の廻向の御名なれば
 功徳は十方にみちたまふ』
(『愚禿悲嘆述懐讃』 註釈版聖典p.617)

 

 時代小説などで、薄汚れた浪人侍が立派な日本刀を腰に下げていると、
「身分不相応な身なりであった」などと表現される。
 凡夫の私には仏となれるほどの智慧も真実の心もない。
その私が『南無阿弥陀仏』と念仏を申すことは、
ボロ着を身にまといながらも国宝級の日本刀をさしている浪人侍と同じようなもの。
 届いた南無阿弥陀仏の値打ちを知れば知るほど、
もったいなさとそれに不相応なわが身に恥ずかしさ…。
宗祖85歳の時の和讃です。

 

 

 

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NO.178 天岸 浄円師  平成18(2006)3/12,13

 

『そもそも親鸞聖人の一流においては、平生業成の義とうけたまわり候。
また、不来迎なんどの義をも、くわしく聴聞つかまつりたく候ふ。』
(蓮如上人 『御文章』註釈版聖典p.1087)

 

 『平生業成』とは浄土真宗の教えの肝要を言いあらわした言葉です。
蓮如上人は、この言葉で人々に、親鸞聖人の教えをわかりやすく伝えられました。
それは、
 「今、阿弥陀様に救われている、それが一番肝要なのです。
お浄土の救いは、その延長にあるのですよ。
ましてや、臨終にお浄土から阿弥陀様がお迎えに来られるという教えではありません。」と。 
浄土の教えは簡単であって簡単ではないのです。
「阿弥陀様はお浄土に救う教えであっても、お浄土で救う教えではありません。」
 健康に気をつけて、平生、大切にお聴聞させていただきましょう。

 

 

 

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NO.177 舟川 宏顕師  平成18(2006)1/26~28

 

『娑婆は苦界なり。雑悪同居して八苦焼く。
六賊常に随い、三悪の火坑臨々として入りなんと欲す。
足を挙げて迷ひを救はずは、業繋の牢、何によりてか勉るることを得ん。
この故に、阿弥陀如来は立撮即行す。』
(善導大師『観経疏』)

 

 仏壇を綺麗にすることやお花や食物をお供えする事をお飾りといいます。
それは、お浄土が光や花や食物の充ち満ちて麗しい世界であることを表し、
お浄土の素晴らしさを喜ぶご縁とするためです。
(故人の好みをお供えする為ではありません。
飾る事こそ故人を最も尊重する方法です)
 その如来を、善導大師は
立撮即行(りっさつそくぎょう・立ちあがり駆け行く)
と教えてくださいました。
苦悩の尽きない娑婆に執着してお浄土に心が向かない凡夫に、
立あがって私に迫り「我が名を呼べ」
と働き通しの仏様との意味です。
お仏壇とはそんな如来の心に会う場所です。
専徳寺のお内陣も皆様のおかげで立派なお飾りとなりました。
※八苦=四苦八苦。
六賊=目耳鼻舌身意の六つの感覚器官が心を惑わす。
三悪=貪欲・瞋恚・愚痴の根本煩悩。火坑=火山の口

 

 

 

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NO.176 上原 泰教師  平成16(2004)1/29~31

 

『智慧光のちからより
 本師源空あらはれて
 浄土真宗をひらきつつ
 選択本願のべたまふ

 

曠劫多生のあひだにも 出離の強縁しらざりき
 本師源空いまさずは このたびむなしくすぎなまし』
(『高僧和讃』 註釈版聖典p.595)

 

 恩師…何といういい響きでしょう。
宗祖は自分の人生の最大の喜びはこれにつきると
恩師(法然上人)をたたえられます。
 ただ念仏を申すことの喜びに生きられた法然上人。
その姿、その態度に「永遠なるもの」に包まれて生きる
身の安らぎを受け取られた宗祖。
その安らぎの実践こそ、親鸞聖人と恵信尼様の家庭生活そのものでした。
法然上人の念仏生活の安らかさを夫婦生活において実証すること、
ここに史上初めて家庭における信仰生活の幕が下ろされたのです。
ち切出離の強縁…迷いを断ち切るための強い因縁。むしろ唯一の縁の意味。
弥陀仏の本願力を宗祖はこのように味わい喜ばれた。

 

 

 

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NO.175 松月 博宣師  平成15(2003)10/30,31

 

『来迎は諸行往生にあり、自力の行者なるがゆゑに。
臨終といふことは、諸行往生のひとにいふべし、
いまだ真実の信心をえざるがゆゑなり。
また十悪・五逆の罪人のはじめて善知識にあうて、
すすめらるるときにいふことなり。
真実信心の行人は、摂取不捨のゆゑに正定聚の位に住す。
このゆゑに臨終まつことなし、来迎たのむことなし。
信心の定まるとき往生また定まるなり』
(『御消息』 註釈版聖典p.735)

 

 『大往生』という本が百万部以上も売れました。
現代人も自分の死にざまに関心が高いようです。
でも親鸞聖人は、それは自力の人の思うことだと一笑にふされます。
浄土真宗の教えに遇うことは、
死にざまの善し悪しに用事がなくなることです。
平生の今、如来とともに生きる身と知らされ安らがせていただいていることです。
 われに「救いとって捨てず」(摂取不捨)の如来あり、
たのもしきかな。…と。

 

 

 

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NO.174 深川倫雄和上  平成15(2003)9/24,25

 

『ここをもつて知恩報徳のために
宗師(曇鸞)の釈(論註)を披きたるにのたまはく、
「それ菩薩は仏に帰す。孝子の父母に帰し、忠臣の君后に帰して、
動静おのれにあらず、出没かならず由あるがごとし。
恩を知りて徳を報ず、理よろしくまづ啓すべし。(中略)
このゆゑに仰いで告ぐ」とのたまへり。以上
 しかれば大聖(釈尊)の真言に帰し、
大祖の解釈に閲して、仏恩の深遠なるを信知して、
「正信念仏偈」を作りていはく』
(『教行信証』 註釈版聖典p.202)

 

 この人生最大の喜びは
「恩を知ってその徳に報いたい!」という喜びではないでしょうか。
 ものを手に入れることが喜びではない、
欲望が満たされることが嬉しさじゃない、
報いても報いても報いきれないほどの
御恩があったことに気づかされる喜び…。
かって漂白の俳人山頭火は
「いれものが ない 両手でうける」と
あふれるほどの御恩に包まれて天地に生きる自身の姿を絶唱しましたが、
お正信偈は親鸞さまの知恩報徳のあふれるほどの絶唱であり讃歌なのです。

 

 

 

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NO.173 松林 行円師  平成15(2003)8/28,29

 

『普勧衆生常憶念 行住坐臥令心見 
 仏身円満無背相 十方来人皆対面 
 普く衆生にすすむ、常に憶念して、
 行住座臥、心をして見せしめよ。
 仏身、円満にして背相なし。
 十方より来れる人みな対面す。』
  (善導大師『般舟讃』)

 

 善導大師(613~681)は『観経疏』など五部九巻の書物を著された
中国浄土教の大成者です。
法然上人は「ひとえにこの一師による」と
大師の教えを拠り所に日本に浄土宗を開かれました。
その法然上人が唯一ご覧になれなかった大師の書が『般舟讃』です。
上人没後十年目に京都で発見されました。
 親鸞聖人は亡き師の無念を晴らすかのように、
『教行信証』に十三カ所もこの『般舟讃』を引用されます。
 如来に背相なし。
阿弥陀さまに裏切りはないぞ。
お浄土に生まれさすの言葉に嘘はないぞ!!
そのことを繰り返し伝え味わうかのように。

 

 

 

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NO.172 斉藤 芙蓉師  平成15(2003)6/27

 

『しかれば大聖(釈尊)の真言に帰し、
大祖の解釈に閲して、仏恩の深遠なるを信知して、
「正信念仏偈」を作りていはく』
(『教行信証』 註釈版聖典p.202)

 

 批判する事がみんな上手になりました。
一億総評論家時代などと言われます。
政治が悪い、社会が悪い、○○が悪い…となかなか手厳しい。
 それに反比例して、「私が悪い」とは誰も言わなくなりました。
外を批判する目は持っていても
自身を厳しく内省する目を失ってしまいました。
また、「ありがたい」と御恩を語る人が少なくなりました。
御恩と言わずに、当り前になりました。
 批判上手と喜び下手は、根は同じです。
人間相手にしか生きていません。
それに反して如来を持つとは、如来に見抜かれた自身を知ると同時に、
如来に抱かれてある自分を発見する者です。
…人の目は誤魔化せても如来さまの目は誤魔化せない、
人は裏切っても如来さまは裏切られない。
 すなわち仏恩を信知した人には、
「おはずかしい」「ありがたい」

という矛盾した言葉がいつも同時にこころに成り立つのです。

 

 

 

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NO.171 武田 公丸師  平成15(2003)5/22,23

 

『天親菩薩造論説 帰命無碍光如来
 依修多羅顕真実 光闡横超大誓願
  天親菩薩『浄土論』を造りて説かく、
  無碍光如来に帰命したてまつる。
  修多羅によりて真実を顕して、
  横超の大誓願を光闡す。』
(『正信偈』 註釈版聖典p.205)

 

 降誕会とは、「おめでとうございます」
と宗祖をお祝いする集いではなく、
「あなたのお誕生があればこそ、
私は、如来の本願に正しく遇うことが出来ました」
と慶ぶ集いです。
つまり、私にとって大事な意義があるからこそ
お祝いを申し上げるのです。
「あなたのおかげで誠の親に会えました…」と。
 その聖人が自らの名前に一字いただかれた天親菩薩は
何よりも修多羅(お経)の思し召しを大切になさいました。
 たとえば、「お浄土があるかないか」
といったことでもお経に聞かずに
人間同士がいくら論じても意味がありません。
人間の知恵ではあるという証明もないという証明も出来ないのですから。
それは色盲の犬同士が何匹集まっても
色の美しさを明らかに出来ないようなものです。

 仏法は智慧を開かれた釈尊の言葉、
すなわちお経に依って教えをいただきます。
昭和55年、若きご門主に新聞記者がお浄土を尋ねたとき、
『お経さまにあるとおしゃってあるのですから、
それでいいのではありませんか』
ご門主は淡々と、けれどもきっぱりと、そうお答え下さいました。

 

 

 

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NO.170 天岸 浄円師  平成15(2003)3/13,14

 

『元久乙丑の歳、恩恕を蒙りて『選択』を書しき。
同年の初夏中旬第四日に、「選択本願念仏集」の内題の字、
ならびに…略…と「釈綽空」の字と、
空の真筆をもつて、これを書かしめたまひき。
同日、空の真影申し預かりて、図画したてまつる。
同二年閏七月下旬第九日、真影の銘は、真筆をもつて
「南無阿弥陀仏」と「若我成仏〜不取正覚」
の真文とを書かしめたまふ。
また夢告によりて、綽空の字を改めて、
同日、御筆をもつて名の字を書かしめたまひをはんぬ。』
(『教行信証』 註釈版聖典p.472)

 

親鸞聖人にとって名前を変えると言うことは、
生き方を変えるということでした。
 29歳、法然上人に出会われ、
範宴の比叡山時代の名を綽空と改められました。
自力修行の仏道から、本願他力の仏道への転換の決意でありましょう。
 33歳、法然上人の姿を絵師に書かせ
、それを所持されるとき、綽空から善信と改名されます。
そこには、僧俗・男女をこえてただ弥陀の平等の救いをいただくものとして
正式に恵信尼様を妻と迎えて生きる決意の表れが思われます。
 35歳、しかしそのことが法難として罪人となり、
藤井善信という俗人として遠流の罪をかぶせられたとき、
「われは非僧非俗、姓は愚禿(グトク)名は親鸞」と名のられます。
「僧ではない、しかし俗でもないぞ!
ただ弥陀平等のお慈悲を生きる。」として、
その後生涯名のられたのが、最後の親鸞のお名前でありましょう。

 

 

 

 

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NO.169 舟川 宏顕師  平成15(2003)1/27~29

 

『弥陀大悲の誓願を
 ふかく信ぜんひとはみな
 ねてもさめてもへだてなく
 南無阿弥陀仏をとなふべし』
(『正像末和讃』 註釈版聖典p.609)

 

 小学校5年の担任の先生が、
交通事故で母を失った少年の詩のことで相談した。その詩は、
  お母さんが車にはねられた
  お母さんが病院の霊安室にねかされていた
  お母さんを火葬場につれていった
  お母さんが骨になった
  お母さんをはこの中にいれた
  お母さんをほとけさまの前にすえた
  お母さんを毎日毎日拝んでいます
というもの。
お母さんの繰り返しが多すぎるので削るように言っても、
この子が聞きいれないんですよ…と。
相談を受けた詩人は答えた。とてもいい詩です。
削る必要なんかありません。
お母さんと言いたかったら千返でも万返でも言わしてあげて下さい。
お母さんと書きたかったら千返でも万返でも書かしてあげて下さい。…と。

 人は育てられた者の名を呼びたくなるのです。
真宗は南無阿弥陀仏を申さねばならないと、
念仏を強要する教えではありません。
南無阿弥陀仏を申さずにはおれないと、
育てられた喜びを語る教えなのです。

 

 

 

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NO.168 溪  宏道師  平成14(2002)11/2,3

 

『…名残り惜しくおもへども、
娑婆の縁尽きて、
力なくして終わるときに、
かの土(浄土)へは参るべきなり。』
(『歎異抄』第九条 註釈版聖典p.837)

 

 五百年前、さびさびと参詣者もなかった本願寺を
今日の日本一の大教団にしたのが蓮如さまでした。
その蓮師五百回遠忌、『浄土=また会う世界』と講題をいただきました。
 なぜなら、今お浄土が大変見えにくくなったからです。
科学万能の考えに生きる現代人は、
目に見える世界しか信じようとしません。
けれども、それで本当にかけがえのない人生が
豊かに安らかに全うできるのでしょうか。
 人は皆幸せを求めて生きていきます。
不幸せを求めて生きていく人など一人もありません。
そして、最後その幸せのよりどころであった、
愛しい人と皆別れていくのです。
 お浄土をいただかない人生は、最後は愛しい者同士が、
「うそ」と「ごまかし」で別れねばなりません。
「本当の病名を告げずにうそをついて人を送る事を世間は立派といいます」
「本当の病気に気づきながら、家族に黙って死ぬ事を世間は皆立派と言います」

そうでしょうか。それは、ただ交わす言葉がなかっただけではありませんか。
 『ありがとう、待ってるよ。』
…そんな、念仏を申しお浄土をもつ人生の尊さを思いおこしてこそ、
蓮師を偲ぶ大きな意味があると思います。

 

 

 

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NO.167 深川倫雄和上  平成14(2002)9/19,20

 

『弥陀をたのめば南無阿弥陀仏の主に成るなり。
南無阿弥陀仏の主に成るといふは信心をうることなりと云々。
また、当流の真実の宝といふは南無阿弥陀仏、
これ一念の信心なりと云々』
(『蓮如上人御一代記聞書』237条 註釈版聖典p.1309)

 

 われわれは何でも外から学ぶと思う。
だから、浄土真宗であなたにはもう阿弥陀さまが届いています、
と言うとすぐに、どこからかと問う。
そうではない。これからどこかからやってくると言う話ではない。
もう届いている、他人事の話ではないということです。
それも、…長い長い迷いの生死の始めから、
あなたを仏にせずにはおかんと阿弥陀さまが届いていたのですという話。
 また話を聞くのに、
いつも何をしろと言うのかと聞いていく癖がある。
その、@外から学ぶA何を為すか
…その人間の知恵をはずさずに聞くと真宗がわからない。
 真宗は仏様の話で何の要求もない。
仏は人の力の程度を見抜いたゆえに何の要求もされない。
要求されないのなら何をすればいいのか?
…また問うた。もう、問うな!
 たのむ力もない私ゆえに、

たのむ事も皆南無阿弥陀仏に仕上げたぞ、
と仏は我をたのめとおっしゃる。
 …いまやわれにある南無阿弥陀仏が
他人事じゃない私の事だと受け取れた、南無阿弥陀仏の主となる。
それが、浄土真宗なのです。

 

 

 

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NO.166 福間 義朝師  平成14(2002)8/26,27

 

『清浄光明ならびなし
 遇斯光のゆゑなれば
 一切の業繋ものぞこりぬ
 畢竟依を帰命せよ』
(『浄土和讃』 註釈版聖典p.180)

 

 仏教語とも知らずによく使われる言葉のひとつが…「業」。
これはカルマという仏教語を翻訳したもので、
「行い続けることでその行いが習性化する。
習性化したことで、そうせずにはおれなくなる」こと。
性分という意味に近い。私はパターンと受けとっている。
 「わかっちゃいるけどやめられない。」のが人間の業繋、
それに繋がれ縛られ、いつものパターンで迷い暮らしていく凡夫の私。
 如来の遇斯光(斯の光に遇う)を出遇ってみれば、
人それぞれのパターンをご承知で
そのままと呼びかけられていたと知られる。
如来こそわが畢竟依(終のよりどころ)。
帰命したてまつります。

 

 

 

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NO.165 松月 博宣師  平成14(2002)6/28

 

『いはんやわが弥陀は名をもつて物を接したまふ。
ここをもつて、耳に聞き口に誦するに、
無辺の聖徳、識心に攬入す。
永く仏種となりて頓に億劫の重罪を除き、無上菩提を獲証す。
まことに知んぬ、少善根にあらず、これ多功徳なり』
(『教行信証』 註釈版聖典p.180)

 

 宗教哲学者であり住職である星野元豊師は、
「私にとって浄土とは実在的存在の前に作用的存在である。」
と言われた。
私の上に信心となり念仏となっているはたらいている存在であると。
 損得・善悪・是非にしか生きていない私が、
それらを超えた浄土の教えを聴聞にお寺に参る、という奇跡。
…もうそこに、阿弥陀さま、お浄土のはたらきある。
いや、おはたらきがあればこそ…ではないのか。南無阿弥陀仏

 

 

 

 

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NO.164 久堀 勝敏師  平成14(2002)5/16,17

 

『煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、
よろづのこと、みなもつてそらごとたはこと、まことあることなきに、
ただ念仏のみぞまことにておはします」
(『歎異抄』 註釈版聖典p.854)

 

 宗教を、
「わけのぼる麓の道はことなれど同じ高嶺の月を見るかな」と、
よく山登りに譬えます。
道は違っても到達点はみな同じだと。
しかしこの譬が間違っています。
 宗教を譬えるなら、駅のホームに譬えるべきです。
目的地に着くためには、乗る列車を間違ったら大失敗です。
宗教もその通り。
 念仏しかない…、念仏のみでよい…、
親鸞さまの喜びは、仏道の唯一の道を念仏に見いだしたところにあったのです。

 

 

 

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NO.163 若林 真人師  平成14(2002)3/14,15

 

『故法然聖人は、
「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と候ひしことを、
確かに承り候ひしうへに、
物も覚えぬあさましき人々の参りたるを御覧じては、
「往生必定すべし」とて、笑ませたまひしを見まゐらせ候ひき。
文沙汰して、さかさかしき人の参りたるをば、
「往生はいかがあらんずらん」と、確かに承りき。』
(『御消息』 註釈版聖典p.580)

 

 文応元年(1260)11月13日、宗祖88歳のこの手紙は、
現存する宗祖の御消息中、年月日の明記されている最後のものである。
全国的な大飢饉と悪疫におそわれ、死者が甚だ多かった…
との書き出してはじまり、故法然聖人の思い出で終わります。
 35歳で恩師法然聖人と別れられて50年余り、
親鸞さまの胸に響きつづけ流れつづけて下さったのは
恩師の面影とそのお言葉でした。
「お念仏をいただいて、またお浄土で会おうね」と。

 

 

 

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NO.162 中島 昭念師  平成14(2002)1/24~26

 

『本願力にあひぬれば
 むなしくすぐるひとぞなき
 功徳の宝海みちみちて
 煩悩の濁水へだてなし』
(『高僧和讃』 註釈版聖典p.580)

 

 世間の話は、
@A勝ったか負けたか
BC美味いか不味いか
DE役に立つか立たんか
FG面白いか面白うないか
HI損か得か、まずこの10通り。
この10通りの中の話なら人間はよろこんで聞く。
しかしお聴聞はこの中に入らない。
だからお寺に参ってお聴聞するのは難しい。
世間の価値観と違うから。
 お寺にはなぜ参るのか。
それは「ほんとうのことを聞きに参る。」
真実が分かれば偽物がわかる。
真実が分かるまでは偽物はわからない。
真実に遇ってこそ唯一、人生は空しく終わらない。

 

 

 

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NO.161 松林 行円師  平成13(2001)10/29,30

 

『聞といふは、衆生、
仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、
これを聞といふなり。』
(『教行信証』 註釈版聖典p.251)

 

 お聴聞に参りなさいと勧めると、
お聴聞したらどうなるのかをまず教えてもらいたいと返答された。
宗祖なら、お参りしたら阿弥陀さまのお心が見えますと
…教えてくださるに違いない。
見えると言っても、宗祖は眼見と聞見と
二種類の見え方があると教えてくださった。
 人は百聞は一見に如かずと聞くことよりも見た方が確かという。
しかし、泣いている子どもを見ても、
その子がなぜ泣いているのか心までは見えようがない。
どうしたのと聞いたとき、その子の心がはじめて見えてくる。
 見えてますか…あなたに、
阿弥陀さまのやるせない無背相のお慈悲のお心が。

 

 

 

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NO.160 深川倫雄和上 平成13(2001)9/19,20

 

『それ真実の教えを顕さば、
すなはち『大無量寿経』これなり』
(『教行信証』 註釈版聖典p.135)

 

 親鸞聖人は正信偈に「如来如実の言を信ずべし」といわれるように、
何よりも仏語・仏説に信順された。
その聖人が、仏説中の仏説として、あえて大の字までつけて
呼称されるお経が大無量寿経である。
 このお経が他のお経と異なるのは、
凡夫の救いが説かれる点である。
そのことを、このお経には、
阿弥陀さま自身による、
私のためゆえの御苦労が説かれると読みとられたのが親鸞聖人。
その大いなる感動が、
経名にない大の字をあえてつけさせたものとうかがわれる。

 

 

 

 

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NO.159 岡村 謙英師  平成13(2001)8/27,28

 

『後の代のしるしのために
 かきおきし
 法の言の葉かたみともなれ』
(蓮如上人『御文章二帖第一通』 註釈版聖典p.1109)

 

 親鸞聖人のほんとうのお心を誰にでもわかるように伝えたい。
この思い一つで生涯を生き抜かれた方が蓮如上人です。
そのために、あみ出されたのが御文章でした。
それは、のちのよ…@今の人にも後の世の人にも、又
…A世渡りのためではなく、生死を超える道を示す指針として
…書き残されたものでした。
 その中で、南無阿弥陀仏とは
「マカセヨカナラズスクウ」の意味だと繰り返されます。
今某和上はこのことを、
南無阿弥陀仏を初めて日本語に翻訳された方が蓮如上人だと讃えられています。

 

 

 

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NO.158 桑羽 隆慈師  平成13(2001)6/27

 

『今日のお聴聞は初事と思うべし
 今日のお聴聞はわれ一人のためと思うべし
 今日のお聴聞は今生最後と思うべし』
(博多 万行寺 七里恒順和上)

 

 仏教の教えとは基本的には何を言うかといえば
…生老病死(しょうろうびょうし)、これだけは何人も例外がないと言う。
ここに今参詣の人々は、年齢も家も思いも境遇も皆違うはずです。
が、老いの道を歩み、病へと進み、やがて死に向かっていく。
これは誰も例外がない。これは祈ったぐらいで解決するほど甘くはないし、
願ってぐらいでうまくいく程簡単ではない。
だから浄土真宗には、祈祷もお札もお守りもないのです。
 その生老病死の輪廻の苦果に沈む
あさましい身のためにおこされたのが如来の本願。
その本願のお心を受け入れたのがお念仏の姿です。

 

 

 

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NO.157 武田 公丸師  平成13(2001)5/17,18


 生
 死の苦海ほとりなし
 ひさしくしづめるわれらをば
 弥陀弘誓のふねのみぞ
 のせてかならずわたしける』
(『高僧和讃』 註釈版聖典p.579)

 

 生死の苦海とは煩悩のこと。
煩悩の海に漂いそこから抜け出すことが出来ないのが私の人生。
しかし、その煩悩の海が弥陀の救いのはたらき場所だと示される。
 たとえていえば、船に乗るには切符がいります。
その切符とは煩悩のこと。だから私には弥陀の願船に乗る切符はあるのです。
しかし、切符があっても船を眺めていて乗らないのでは、
いつまでたってラチがあきません。
乗るとは、船(念仏)を私のためにご用意下さったと受け止めること
…それを信心と呼ばせていただくのです。
だから、信心とは救いの事実が今実現することを言うのです。

 

 

 

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NO.156 天岸 浄円師  平成13(2001)3/16,17

 

『本師源空は、仏教にあきらかにして、
善悪の凡夫人を憐愍せしむ。
真宗の教証、片州に興す。選択本願悪世に弘む。
生死輪転の家に還来ることは、決するに疑情をもつて所止とす。
すみやかに寂静無為の楽に入ることは、
かならず信心をもつて 能入とすといへり。』
(『正信偈』 註釈版聖典p.207)

 

 建仁元年(1201年)、29歳の親鸞さまは
生涯の師と仰がれた法然房源空上人の庵を訪ねられました。
「どんな者もわけへだてなく救うとお誓い下さった阿弥陀さまは、
その誓いを完全に完成して、今私の所に『南無阿弥陀仏』と、
お念仏として届き表れ出でて下さっているのですよ」
たったこの一つのことを疑いなく受け取らせていただくのに
百日かかりました。
 今年は、二人のお出遇いの年からちょうど
八百年目という記念年になります。受け取れてますか、この一つが…。

 

 

 

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NO.155 上原 泰教師  平成13(2001)1/25~27

 

『弟子四禅の線の端に、たまたま南浮人身の針を貫き、
曠海の浪の上に、まれに西土仏教の査に遇へり。
ここに祖師聖人の化導によりて、法蔵因位の本誓を聴く、
歓喜胸に満ち渇仰肝に銘ず。
しかればすなはち報じても報ずべきは大悲の仏恩、
謝しても謝すべきは師長の遺徳なり。』
(『報恩講私記』 註釈版聖典p.1065)

 

 これは宗祖のひ孫覚如上人が宗祖の33回忌にあたって制作されたものです。
上人は宗祖没後8年後に誕生されました。
亡き聖人のひ孫として、お弟子方から伝えられる御事績、
残された著述、そこから見えてくる宗祖の偉大さ。
それを24歳の若き心で書き上げられたのがこの文章です。
声に出して読んでみて下さい。本当に名文です。
読むこちらまで若き上人の仏法への熱い思いが届いて若返ります。

 

 

 

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NO.154 岩崎 正衛師  平成12(2000)11/13,14

 

『金剛の真心を獲得すれば、横に五趣八難の道を超え、
かならず現生に十種の益を獲。なにものか十とする。
一つには冥衆護持の益、二つには至徳具足の益、
三つには転悪成善の益、四つには諸仏護念の益、
五つには諸仏称讃の益、六つには心光常護の益、
七つには心多歓喜の益、八つには知恩報徳の益、
九つには常行大悲の益、十には正定聚に入る益なり。』
(『教行信証』 註釈版聖典p.251)

 

 親鸞聖人はお浄土参りが決まった人には現実生活の上に
十種の大きな御利益を賜ると述べられました。
その中での中心が現生正定聚(げんしょうしょうじょうじゅ)です。
この現実の浮き世の中に生きながら、
まさしく仏となるに決定した身の上になるという意味です。
これが味わえたら、それは大乗仏教の究極の喜びが味わえたことです。

 

 

 

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NO.153 深川倫雄和上  平成12(2000)9/19,20

 

『仏法には世間のひまを闕きてきくべし。
世間の隙をあけて法を 聞くべきやうに思ふこと、
あさましきことなり。
仏法には明日といふことはあるまじきよしの仰せに候ふ。』
(『蓮如上人御一代記聞書 第155条』 註釈版聖典p.1280)

 

 人は生きるに忙しい。悩みも苦労も多い。
そんなせわしい境涯を離れて、安気に暮らせるようになったら
お寺にでも参りましょうか。
いえいえ、それは違います。
むしろ仏法に心がけると、不思議と時間が空くものです。
きっと、際限のない世間の用事に、
何が必要であり何が不必要であるかの物差しを仏法示して下さるからでしょう。
『法の道 ただひとすじに 渡りなば
 仮の浮き世も 住みよかるべし』(法如上人ご消息)

 

 

 

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NO.152 福間 義朝師  平成12(2000)8/24,25

 

『帰命無量寿如来 南無不可思議光』
(『正信偈』 註釈版聖典p.203)

 

 自分の生まれた家、
何十年と過ごした家でありながらも、
親が亡くなると、家は昔のまま少しも変わりがないのに、
何だかよその家のようで、敷居が高くなる。
 …ただ一人残った親が死んだと知らせを受けた。
駆けつけた故郷の懐かしい家、
しかしもう何だか他人の家のような気がした。
玄関を開けたら、兄嫁さんが「ハッ」と察したのか、
「ようお帰りなさいました。」と声をかけてくれた。
うれしかった。この家が、またもとの懐かしい家に思えてきた。
 帰命無量寿如来…お浄土とは親さまが「お帰り」と待っていて下さるところ、
私の故郷ですと宗祖は喜ばれた。
「故郷とは、こちらが覚えている場所ではなく、
向こうがこちらを覚えていてくれるところだ。」(俳句歳時記)

 

 

 

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NO.151 森田 義見師  平成12(2000)6/23

 

『煩悩具足の凡夫、
火宅無常の世界は、
よろづのこと、
みなもつて空言(そらごと)戯言(たわごと)、まことあることなきに、
ただ念仏のみぞまことにておはします。』
(『歎異抄』 註釈版聖典p.853)

 

 歎異抄の後序にある有名な言葉です。
ある和上は、この言葉をもって理解しないと浄土真宗がわからないとおっしゃいました。
すなわちここには、
私とは何者なのか→(煩悩具足の凡夫)である。
私の生きる世界とはどんな世界であるのか→(火宅無常の世界)である。
この世界で一体何が末通った真実なのか→(ただ念仏のみぞまこと)である。
すなわちこの短い言葉の中に、
浄土真宗の全てが言い尽くされているとおっしゃいました。

 

 

 

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NO.150 渓  宏道師  平成12(2000)5/24,25

 

『たとえ法然聖人にだまされて地獄に堕ちても
決して後悔いたしません。』
(『歎異抄』 註釈版聖典p.832)

 

 法然聖人は他力の救いを念仏往生と示されましたが、
師亡き後ご門弟の受け止め方は三つ分かれました。
他力の救いではあるがやれることは自分でやらねばという
助縁他力(浄土宗鎮西派)。
自分が出来るくらいなら如来のご苦労は必要ない、
全てを仕上げた如来にまるまるお任せするんだという
全分他力(浄土宗西山派)。
如来の救いは我が気づく前に届いていたぞ、
任せる称えるも如来のお育てのご苦労だったという
他力回向(浄土真宗)です。
「覚めてより抱きし手とは思うなよ宵よりまもる母の手枕。」
 法然聖人と親鸞聖人、このお二人の力によって
ついに念仏往生とは無条件お救いであることが明らかになったのです。

 

 

 

 

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No.149 若林 真人師  平成12(2000)3/16,17

 

『しかるに愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す。』
(『教行信証』 註釈版聖典p.472)

 

 二十九歳の時、
宗祖は法然聖人から念仏往生の奥義をねんごろに承り、
疑いの闇が晴れられました。
念仏はこの私のために阿弥陀如来が選択して下さった
往生のための唯一の因行だということ。
それに思い定まったことを、宗祖は終生、
雑行を棄てて本願に帰す、
私は生まれ変わりましたと、喜び讃嘆し続けられました。

 

 

 

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No.148 舟川 宏顕師  平成12(2000)1/18~21

 

『たとひ罪業は深重なりとも、
かならず
弥陀如来はすくいましますべし。』
(蓮如上人『御文章』 註釈版聖典p.1189)

 

 子どもが出て、母と夫婦の三人の平穏な暮らしは、
母の痴呆症の後ズタズタになりました。
家の介護にも限界がきて施設に母は入りました。
夫婦二人となったわが家は何だか苦い味のする平穏でした。
その時ふと、たとひ罪業は深重なりともの御文章が思い出されました。
家族からも伴侶からも子どもからも毛嫌いされる痴呆…、
愛しい身内からも突き放された母の姿が、
あらゆる諸仏からその罪の深さに「とても私の手に余ります」
と突き放された自分の姿を映し出してくれました。
痴呆の母によって罪業深重の言葉の意味を初めて本当に教わりました。
母は入院半年後、「ありがとう、次も同じ家族になりたいネ」
の言葉を我々に残してお念仏の中に静かに息を引き取りました。

 

 

 

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No.147 井上 正見師  99,11/4~5

 

『弥陀仏の本願を憶念すれば、
自然に即のとき必定に入る。
ただ よくつねに如来の号を称して、
大悲弘誓の恩を報ずべし。』
(『正信偈』 註釈版聖典p.205)

 

 世界的に著名な宗教学者 岸本英夫氏は、宗教とは
「@人生の究極的な意味を明らかにする。
 A人間の問題の究極的な解決をする。この二つの役割を果たすこと」
と述べられた。
やさしく言いかえれば、生きる意味と死の解決を明らかにする役割が宗教。
 親鸞聖人は日本に生まれ鎌倉時代に生きられた方には間違いないが、
国や時代を超えて、人生の究極的な二つの問題に対して
浄土真宗という答えを明らかにした方である。
「ただ念仏して弥陀にたすけられるべし…」と。

 

 

 

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No.146 深川倫雄和上  平成11(1999)9/24,25

 

『親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、
よきひと(法然)の仰せをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。』
(『歎異抄』 註釈版聖典p.832)

 

 二十九歳の時に法然聖人のお弟子になられた親鸞聖人。
わずか六年間の師との交わりでありましたが、
その年月の中で師の「念仏往生」の真意を完全に体得されました。
それは、「わたしはいかにして如来さまに救われるか。」
の方向ではなく
「如来さまはいかにして私を救いたもうか。」
の願力回向の方向のご法義でありました。
 すなわち、出来上がった阿弥陀さまに寸法を合わせるのではなく、
私に寸法を合わせたご苦心が
法蔵菩薩のご苦労の物語であったと聞き開くことであります。
それが、この身に結実して南無阿弥陀仏と届いた姿です。

 

 

 

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No.145 久堀 勝敏師  平成11(1999)8/24,25

 

『専修念仏のともがらの、
わが弟子、ひとの弟子といふ相論の候ふらんこと、
もつてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたず候ふ。』
(『歎異抄』 註釈版聖典p.835)

 

 初日の物故者法要に遺族の半分が欠席され、
内心がっかりしました。
肉親を亡くされたご遺族のために、
故人の死を仏法聴聞の尊い出会いとさせていただくために
折角準備させていただいたのにと…。
でも、お聴聞の中でご講師が「弟子一人ももたず」
と話される中に気がつきました。
この度の法要は誰よりも
私がお聞かせいただくために開催させていただいたんだと。
 とかく住職は聞法者ではなく指導者になりがちであること、
この度の御縁ほど痛く身に刻ませていただいた御縁はありませんでした。

 

 

 

 

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No.144 桑羽 隆慈師  平成11(1999)6/15

 

『たとひ大千世界に
 みてらん火をもすぎゆきて
 仏の御名をきくひとは
 ながく不退にかなふなり』
(『浄土和讃』 註釈版聖典p.561 )

 

 終わりゆくいのちを抱えて生きていることは誰もが知っているけれども、
そして何処に行くのか…誰も問わない。
元気な時はまだ良かった。
けれどもいよいよ刻々とその日が近づいて、
人は身悶えしながら、「われ誤まてり」と悔恨の思いにさいなまれる。
 ここに仏法に会えり。何の準備・仕度もできない私たちに、
「必ず救う、わが名を称えよ。」と向こうから名乗って下さった。
これでいい、これだけでいいと、心満たされ、南無阿弥陀仏とただ念仏。
そんな世界を宗祖は
「念仏者は不退(フタイ…その心境は退かない。ひっくり返らない)
の位の尊い者ぞ。」とお示し下さいました。

 

 

 

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No.143 武田 公丸師  平成11(1999)5/17,18

 

『摂取の心光、つねに照護したまい、
すでによく無明の闇を破すといへども、
貪愛・瞋憎の雲霧、つねに真実信心の天に覆へり。
たとへば日光の雲霧に覆はるれども、雲霧の下あきらかにして
闇なきがごとし。』(『正信偈』 註釈版聖典p.203 )

 

 この言葉は、お正信偈の名所の一つです。
仏さまに抱かれていると聞いても、
愛憎と欲望に振りまわされる暮らしであることに
私は少しも変わりがありません…、と悩む人への親鸞聖人のご回答です。
 雲に覆われ雨に悩まされる日であっても、夜の暗闇とは違います。
闇の中では方向がたたず、一歩も歩くことさえ出来ないではありませんか。
お念仏に生かされるとは、
いつでも自分の思い通りにことが運ぶことを願うのでもなく、
絶望して動けなくなるのでもなく、
雨に濡れ風に吹かれながらも、
お浄土に向かって一歩一歩着実に人生が歩めることなのです。

 

 

 

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No.142 天岸 浄円師  平成11(1999)3/11,12

 

『されば御りんずはいかにもわたらせたまえ、
疑い思いまいらせぬうえ…』(『恵信尼消息』 註釈版聖典p.813」)

 

 京都で親鸞聖人のご臨終を看取ったのは末娘の覚信尼さま。
父親が何の不思議もない平凡な往生だったと
母の住む越後に手紙で知らせる娘に対して、
「娘よ、あなたのお父さんは古い仏教から訣別されたお方…、
仏教を死に道具や祈祷に堕落させた古い仏教を捨てたお方なんですよ。」
「念仏は安らかに死ぬ為の道具でも、
死んでから安らかであるための道具でもありません…、
悩めるまんまを・オロオロ迷い生きるを、
南無阿弥陀仏と支えて下さる世界…。
お父さんは南無阿弥陀仏の中に生き、
賢愚・正邪・善悪・禍福などの人間の計らいを超えて
お浄土へと参られたお方なのですよ。
臨終の善し悪しなど計らうのは古い仏教のお話です。」等、
説示されたのが今日残っている恵信尼消息です。

 

 

 

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No.141 中島 昭念師  平成11(1999)1/19~22

 

『如来大悲の恩徳は
 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も
 ほねをくだきても謝すべし』(『正像末和讃』 註釈版聖典p.610」)

 

 親鸞聖人の教えは一体どこが違うのかと尋ねられたら、
それは「仏さまにお礼を申す教えです。」と答えたら間違いないでしょう。
しかし何事でもお礼とは、頂いてこそ初めて申せる世界です。
その頂くと言うことで、世間の御恩と出世間(仏)の御恩の
けじめが立っていない人が多いようです。
祖先や自然の恵み、それを有り難がっても仏の御恩がわからない
…それでは仏教がその人の力となり支えとなることはないでしょう。
如来大悲の恩徳はと…仏の御恩が喜べてこそ、
仏の心を聞き得て頂いた人であり、
お念仏のすばらしさを真に味わえる身になっている人のことです。

 

 

 

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No.140 弘中 英正師  平成10(1998)11/16,17

 

『聖人の御流はたのむ一念のところ肝要なり。
ゆゑに、たのむといふことをば代々あそばしおかれ候へども、
詳しくなにとたのめといふことを知らざりき。
しかれば前々住上人の御代に、『御文』を御作り候ひて、
「雑行をすてて後生たすけたまへと一心に弥陀をたのめ」と、
あきらかに知らせられ候ふ。しかれば御再興の上人にてましますものなり。』
(『蓮如上人御一代聞書』 註釈版聖典p.1290)

 

 たのむとは信順するということ。
その信順とは向こうのままを受け取ること。
そこのところを蓮師は、「たすけたまえ」と受け取ることこそ
「必ずたすけたもう」と向こうの心を受け取った姿ぞ
…と、われわれに簡略にして的確に御教化下さったのです。

 

 

 

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No.139 深川倫雄和上  平成10(1998)9/24,25

 

『 機法一体の南無阿弥陀仏といへるはこのこころなり…
これすなはちわれらが往生の定まりたる
他力の信心なりとは心得べきものなり』(蓮如上人『御文章』 註釈版聖典p.1182)

 

 蓮如上人は、
信心というのは阿弥陀仏の願力がわたしの信心となるのであって、
わたしのたのむの信心は阿弥陀仏のたすくる法(ハタラキ)のほかにないことを、
たのむの信(機)とたすくる法とが、
一つの南無阿弥陀仏に成就せられているという意味で、
機法一体の南無阿弥陀仏と示されました。
これによって、信心が他力回施の信心であるということを
いよいよ明らかにされたのです。

 

 

 

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No.138 福間 義朝師  平成10(1998)8/27,28

 

『 唯除五逆誹謗正法(唯だ五逆と正法を誹謗するものとをば除く)』
(『大無量寿経』本願文・本願成就文末尾 註釈版聖典p.18・p.41)

 

 誹謗正法とは
仏の正しき教法を誹る者の意、
 五逆とは@父を殺すA母を殺す
B阿羅漢を殺すC仏身より血を流す
D和合僧を破るの意。
 どちらにしても仏法におけるもっとも重い罪ということ。
それを除くと阿弥陀様の本願に誓われたとは、
人々を裁き捨てる意味ではなく、
それこそ阿弥陀様の救いのお目当ての人々が、まさしくそのような者が相手と、
むしろ救いの対象と救わねばならないとの誓いの深さを
言い表わされたと大悲の御言葉なのです。
信心とは、そのことをわが事とお聞きした世界です。

 

 

 

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No.137 和田 俊昭師  平成10(1998)6/19

 

『南無阿弥陀仏の回向の
 恩徳広大不思議にて
 往相回向の利益には
 還相回向に回入せり』
  (『正像末和讃』 註釈版聖典p.609)

 

 『正像末和讃』親鸞聖人が八十六歳に完成された宗教詩。
 回向とは「如来さまから与えられた」という意味。
 往相とは「お浄土に往く相」、
 還相とはお浄土にとどまらないで
 「縁ある相(すがた)、縁ある所に還る」という意味。
 親鸞聖人は老境の彼方に、
そんな往相と還相の永遠なる活動相を感得されて、
日常のままならぬ身を抱えながらも心は遙かお浄土へ、
先に往かれた師・法然上人や法友のお側にましました。

 

 

 

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No.136 久堀 勝敏師  平成10(1998)5/25,26

 

『往生一路平生決 今日何論死与生 
 非好蓮花界裡楽 還来娑界化群萌
 ( 往生の一路は平生に決す
  今日何ぞ論ぜん死と生と。
  蓮花界裡(お浄土)の楽を好むに非ず、
  娑界(この世)に還来(帰る)して群萌(人々)を化せん。
(寛保元年10月18日 日渓法霖和上『臨末偈』)

 

 本願寺第16世湛如上人は寛保元年(1741年)26歳で自毒死されました。
 わずか2年間のご在位でした。
 自死のそのわけは、その年の当初より、
上人が病に伏せられたのを心配して
お裏方やその親戚の宮様方が
祈祷所に病気回復の祈願を参られたことによります。
 たとえ病気が回復しても、
これでは祈祷によって病気が回復したと考えられ
いかなることがあっても
加持祈祷にたよらないという
真宗の法義を傷つけることをおそれられたためです。
命をかけて大事な法義を護るためでした。
 相談を受けその毒を用意したのが、
湛如上人の師であった法霖和上です。
 和上はその後、湛如上人の百カ日を済ませ、
自坊近くで後を追って割腹されました。

そのとき遺偈として残されたのが右の偈です。(
後の二句は高弟の作)
最後の力を込めて書かれた直筆は、
今の滋賀県日野の正崇寺の残っています。

 

 

 

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No.135 若林 真人師  平成10(1998)3/16,17

 

『当流をみな世間に流布して、
一向宗となづけ候ふは、
いかやうなる子細にて候ふやらん、不審におぼえ候ふ。
答へていはく、あながちにわが流を一向宗となのることは、
別して祖師(親鸞)も定められず、
おほよそ阿弥陀仏を一向にたのむによりて、みな人の申しなすゆゑなり。
…略…
開山はこの宗をば浄土真宗とこそ定めたまへり。
されば一向宗といふ名言は、さらに本宗より申さぬなりとしるべし。
されば自余の浄土宗はもろもろの雑行をゆるす、
わが聖人は雑行をえらびたまふ。このゆゑに真実報土の往生をとぐるなり。
このいはれあるがゆゑに、別して真の字を入れたまふなり。』
(蓮如上人『御文章』 註釈版聖典p.1105)

 

 蓮如上人はわが宗を浄土真宗と名乗ることを明確にされました。
空から降りそそぐ雨(弥陀の救い)も蓋のある器には入りません。
またすでに水がいっぱい入っている器では雨は皆はねつけられます。
そんな蓋のことを、真宗では疑いと呼び、
水の入っていることを自力・雑行と呼ぶのです。
「真」の字を加えられてのはそれを明確にせんがためです。

 

 

 

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No.134 弘中 英正師  平成10(1998)2/8

 

『聖人(親鸞)のつねの仰せには、
「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
ひとへに親鸞一人がためなりけり。
されば、それほどの業をもちける身にてありけるを、
たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」
と御述懐候ひし。』
(『歎異鈔』 註釈版聖典p.853)

 

 「仏教の特徴は?」
「仏教はどんな性格の宗教なの?」、
あまりに身近すぎて問われても答えることができないのが、
今日の仏教徒の姿。知ってるつもりで案外知らないのが仏教の教えです。
しかしその教えは、あらためて再発見しなければ勿体ないほど、
混迷の現代社会を救う智恵に満ち満ちています。
お釈迦様のご遺言は
「自らを灯とせよ、法を灯とせよ」。
仏と私との絶対的な相依相関関係、
この中に人智を超えたまことの人生の灯を明示したのが仏教です。

 

 

 

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No.133 上原 泰教師  平成10(1998)1/21~24

 

『真宗紹隆の太祖聖人(源空)、ことに宗の淵源を尽し、
教の理致をきはめて、これをのべたまふに、
たちどころに他力摂生の旨趣を受得し、
あくまで凡夫直入の真心を決定しましましけり。』
(『御伝鈔』 註釈版聖典p.1044)

 

 『御伝鈔』は本願寺第3代覚如上人(親鸞聖人の曾孫)が
二十六歳の時に書かれた親鸞聖人の一代記です。
その第二段目に親鸞聖人の一生を決定ずけた
法然上人との出会いを右のように書かれました。
 それは宗の淵源(阿弥陀さまはなぜこの私を救わねばならないのか)
教の理致(阿弥陀さまはどのようにこの私を救われるのか)
をつくしたご説法でした。
そのことを聖人は百日間、来る日も来る日も聞かれた示されます。
そして、凡夫の身のままの救いという、
未曾有の真心(信心)を決定されたとのこと、
これこそ親鸞聖人の誕生の瞬間であり、
浄土真宗の誕生の瞬間であり、
私の誕生の歴史でもあります。

 

 

 

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No.132 弘中 英正師  平成9(1997)11/6,7

 

『無量寿如来に帰命し、
 不可思議光に南無したてまつる。』
(『正信偈』 註釈版聖典p.202)

 

 『正信偈』は読んで字のごとく、正しい信心の歌の意味です。
その信心と言うことを示されたのが最初の帰命と言う言葉です。
帰命とは@「帰せよの命令」の意。
「どうか私の心を受け取っておくれという」如来のみ心の意味です。
それと同時に、
A「命令に帰す」その心が受け取れた私の心という意味です
とご開山が教示されたものです。
また帰命とは南無阿弥陀仏の漢訳ですから、
結局信心とは、南無阿弥陀仏をその本当の意味通りに「受け取れた」事です。
あなたは受け取れてますか。

 

 

 

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No.131 深川倫雄和上  平成9(1997)9/19,20

 

『それ、南無阿弥陀仏と申す文字は、
その数わづかに六字なれば、
さのみ功能のあるべきともおぼえざるに、
この六字の名号のうちには無上甚深の功徳利益の広大なること、
さらにそのきはまりなきものなり。
されば信心をとるといふも、この六字のうちにこもれりとしるべし。
さらに別に信心とて
六字のほかにはあるべからざるものなり。』
(『御文章』 註釈版聖典p.1200)

 

 私たちは阿弥陀仏とどこで出会うのか。
心に思うのか、目で見るのか。
仏の願心をうかがえば、
声で出会うと案じだしてくださったと知られる。
そんな理屈がよくわからんと反論する前に、
この声がみほとけ様自分を一生かかって育て抜くことの方が大切なのです。
その自己を育てる努力こそ、何物にも代え難い私たちの信仰生活なのです。

 

 

 

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No.130 桑羽 隆慈師  平成9(1997)8/28,29

 

『しかれば常没の凡愚、流転の群生、無上妙果の成じがたきにあらず、
真実の信楽まことに獲ること難し。
なにをもつてのゆゑに、
いまし如来の加威力によるがゆゑなり、
博く大悲広慧の力によるがゆゑなり。
たまたま浄信を獲ば、この心顛倒せず、この心虚偽ならず。
ここをもつて極悪深重の衆生、大慶喜心を得、
もろもろの聖尊の重愛を獲るなり。』
(『教行信証』 註釈版聖典p.211)

 

 親鸞聖人は、念仏との出会いを語られるときはいつも
「たまたま」と述べられます。
私が求めて念仏にあったのではなく、
巡り会わされたとの感慨からでしょうか。
考えてみれば私もそうでした。
人生の出会の喜びと別れの悲しみから、ついに巡り会わされました。
仏法に会わされてみたら、私の人生に無駄なものは何一つありませんでした。

 

 

 

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No.129 藤本 唯信師  平成9(1997)6/20

 

『聖教をすきこしらへもちたる人の子孫には、
仏法者いでくるものなり。
ひとたび仏法をたしなみ候ふ人は、
おほやうなれどもおどろきやすきなり。』
(『蓮如上人御一代聞書』第123条 註釈版聖典p.1270)

 

 感動がなければ
人の一生はたとえ百年生きようとも一睡の夢です。
仏法に会うと、今まで当たり前に考えていたことを
有り難しと味あわねばすまなくなります。
人に生まれたこと。
いろんな人に出会ったこと。
仏法に会い得たこと。
お念仏も申せる人間になり得たこと。
 蓮如上人はおっしゃいました。
念仏者は世間のことにはおおまかであるけれども
仏法のことには感動する力をもっている…と。

 

 

 

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No.128 武田 公丸師  平成9(1997)5/14~16

 

『我らが今度の一大事の後生、
御たすけそうらへとたのみもうしてそうろう。』
(蓮如上人『領解文』 註釈版聖典p.1227)

 

 親鸞聖人の教えの核心である「信心」ということを、
蓮如上人は、「たすけたまえとたのむ」
ことだと具体的に言い換えてくださった。
たのむとは、仰せに従うこと。
どんな仰せかと言えば、
「たすかるほどの値打ちがない故に、間違いなくすくい取るから、
そのままを如来にまかせなさい」とのこと。
 その仰せのまんまが届いているのが南無阿弥陀仏。
南無阿弥陀仏を、私のわかる言葉に戻して、
「たすけたまえとたのむ」と示されたことで
蓮如上人を御再興の上人と呼び立てまつるのです。

 

 

 

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No.127 天岸 浄円師  平成9(1997)3/13,14

 

『ひそかにおもんみれば、難思の弘誓は難度海を度する大船、
無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり。
しかればすなはち浄邦縁熟して、
調達(提婆達多)、闍世(阿闍世)をして逆害を興ぜしむ。
浄業機彰れて、釈迦、韋提をして安養を選ばしめたまへり。』
(『教行信証』 註釈版聖典p.131)

 

 われわれの人生境涯は難度海、
平穏無事にはなかなかすまない境涯です。
その難度海を支えると働いていてくださるのが南無阿弥陀仏。
何もない日を喜ぶのではなく、
何かあって不思議でない難儀な日々を、
良しにつけ悪しきにつけお念仏に支えられて生ききっていきます。

 

 

 

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No.126 舟川 宏顕師  平成9(1997)1/20~23 

 

『頂上を忘れて登る富士の山。
…結果がどうなるということを思わずに、
その日その日の仕事に精魂を打ち込んで働こう。
急がずに怠らずに、ただ念仏して…。』

 

 昭和五十六年の大分教区仏壮大会で阿部克己会長は、
「今、大きなお育てをいただいております。
…この春、ガンの手術を受けました。胃を切り取りました。
制ガン剤を飲みながらどうにか働いておりますが、
もう残された時間がありません。
それでこのたびは同じ仏法のお育てをこうむっておられる皆さんに
是非ともお会いしたくてやってまいりました。
今はこうして、仏縁深き皆さんのお顔を見ただけで満足です。
なまんだぶつ、ありがとうございました。」と挨拶。
会場は大きな感動に包まれた。
自分の製材工場には右の言葉が大書してあった。
亡くなるまで、「ゆかいですな…、ありがたいですな…、不思議ですな…」
の口癖は変わらなかったという。
昭和五十七年往生。享年五十八歳。昭和の妙好人の一人である。

 

 

 

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No.125 森重 一成師  平成8(1996)10/29,30

 

『舎利弗、汝が意においていかん、
かの仏をなんのゆえぞ阿弥陀と号する。
舎利弗、かの仏の光明無量にして、
十方の国を照らすに障礙するところなし。
このゆえに号して阿弥陀とす。
また舎利弗、かの仏の寿命およびその人民〔の寿命〕も、
無量無辺阿僧祇劫なり。ゆえに阿弥陀と名づく。』
(『佛説阿弥陀経』 註釈版聖典p.123)

 

 阿弥陀という佛名はみずからが名のられたのでお経には号すという。
その名の理由を書かれたのが、お経のこの一段。
光明無量・寿命無量…「いつでも」「どこでも」あなたの側にいるぞ!
…つまり「いま」「ここ」に『南無阿弥陀仏』と
側にましまして下さるみ仏さまが、阿弥陀様です。

 

 

 

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No.124 深川倫雄和上  平成8(1996)9/26,27

 

『弥陀仏の御ちかひの、もとより行者のはからひにあらずして、
南無阿弥陀仏とたのませたまひて、
むかへんとはからはせたまひたるによりて、
行者のよからんともあしからんともおもはぬを、
自然とは申すぞとききて候ふ。
ちかひのやうは、「無上仏にならしめん」と誓ひたまへるなり。
…これは仏智の不思議にてあるなり。』
(『自然法爾章』 註釈版聖典p.621)

 

 如来様の救いの極意は、
私を如来自身と同じ無上仏とまで至らしめるとのお誓いです。
無上仏とは、智恵を極め・慈悲自然とあふれ、
衆生済度、自由自在の身のこと。老いゆく生身の中に、
そんな広大なお誓いのお徳の名号をいただいています。南無阿弥陀仏

 

 

 

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No.123 福間 義朝師  平成8(1996)8/27,28

 

『仏光照耀最大一
 光炎王仏となづけたり
 三塗の黒闇ひらくなり
 大応供を帰命せよ』
(『浄土和讃』 註釈版聖典p.558)

 

 阿弥陀様は三塗の黒闇をひらいて下さいます。
三塗とは地獄・餓鬼・畜生の悪道。
しかしこの三塗は罰が当たって落ちる世界ではないのです。
凡夫が好んでおもむく世界なのです。
地獄(自分が可愛いばかり)
餓鬼(要求することしか知らない)
畜生(楽ばかりを望む)の世界しか生きれない、
それが危ないぞと働いていて下さるのが光炎王仏(阿弥陀様)です。
 宗祖は光の中に生き、己が影を悲しみながら生きられたお方です。

 

 

 

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No.122 吉崎 哲真師  平成8(1996)6/17

 

『前に生まれんものは後を導き、
後に生まれんひとは前を訪へ、
連続無窮にして願はくは休止せざらんと欲す。
無辺の生死界を尽さんがためのゆえなり。』
(『教行信証』 註釈版聖典p.474)

 

 宗祖は『御本典』の末尾を、
道綽禅師の『安楽集』のこの言葉で結ばれた。
 私は御仏によってお浄土に救われゆく者であるとともに、
お浄土に生まれついたら即座に、
人々をお浄土に救いゆく御仏の側に立たしめられるという喜びで結ばれるのです。
 連続無窮…。無辺の生死界を尽さんがため。
宗祖のお浄土に生まれゆくという喜びは、
とかく閉ざされがちな凡夫の心をはね破るような、
生命躍動のお喜びでした。

 

 

 

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No.121 上原 泰教師  平成8(1996)5/14,15

 

『無始流転の苦をすてて  無上涅槃を期すること
 如来二種の回向の 恩徳まことに謝しがたし

 

 南無阿弥陀仏の回向の 恩徳広大不思議にて
 往相回向の利益には 還相回向に回入せり

 

 如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も ほねをくだきても謝すべし』
(『正像末和讃』 註釈版聖典p.608)

 

 宗祖86歳に書かれた正像末和讃には、
48首.51首.58首にそれぞれ恩徳の言葉が連続する。
御仏様・恩師を思うとき、「ご恩」の感情があふれ、
こみ上げて、止まない。
この方々があればこそ、会えるはずのない仏法に会わせていただいたと。

 

 

 

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No.120 若林 真人師 平成8(1996)1/18,19

 

『十方微塵世界の
 念仏の衆生をみそなはし
 摂取してすてざれは
 阿弥陀となづけたてまつる』
(『浄土和讃』 註釈版聖典p.609)

 

 阿弥陀経の中程に「名義段」とよぶこの経の名所がある。
「 舎利弗、なんぢが意においていかん、
 かの仏をなんのゆゑぞ阿弥陀と号する。
 舎利弗、
 かの仏の光明無量にして、
 十方の国を照らすに障礙するところなし。
 このゆゑに号して阿弥陀とす。」
 この所を宗祖は、最初の和讃のように讃えられた。
「私を摂取してすてない」という名前の仏様ですよ…、と。
 この御仏に救われていくのだとまで聞きえたのが、
 仏法のお聴聞なんですね。

 

 

 

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No.119 中島 昭念師  平成8(1996)1/22~25

 

『阿弥陀大悲の誓願を
 深く信ぜん人はみな
 寝てもさめてもへだてなく
 南無阿弥陀仏を称ふべし』
(『正像末和讃』 註釈版聖典p.609)

 

 お寺のご法座と大相撲の取り組みは似ています。
今回はいわば報恩講場所でした。
ただ相撲と違う点は、取り組み相手は阿弥陀様一仏という事。
もっと違うのは、このお寺の法座場所は、阿弥陀様に負けることが大切なのです。
阿弥陀様に負けることを信心をいただくと言います。
阿弥陀様に勝つ人を、自力の人・邪見驕慢の人と言います。
お聴聞とは、阿弥陀様と相撲を取って負けることなのです。
 阿弥陀様と相撲を取らない人(お聴聞しない人)は、もっと問題です。
阿弥陀様と相撲を取って負けた人には、お称名があります。
負けるが勝ちなのです。

 

 

 

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No.118 深川倫雄和上  平成7(1995)9/25,26

 

『たきぎは火をつけつれば、
 はなるることなし。
 「たきぎ」は行者の心にたとふ、
 「火」は弥陀の摂取不捨の光明にたとふるなり。
 心光に照護せられたてまつりぬれば、
 わが心をはなれて仏心もなく、
 仏心をはなれてわが心もなきものなり。
 これを南無阿弥陀仏とはなづけたり。』
  (『安心決定抄』 註釈版聖典p.1410)

 

朝、目が覚めて一番に何をするか。
布団の中で、「南無阿弥陀仏」とお称名をする。
一日の最初にお称名をしておくと、
その日一日お称名が申しやすい。

 

如来様はどこにいなさるか。
称えてくれよ称えてくれよと、私にかかりっきり。
…薪に火をつければ離るることがないように。

 

今日も、称えさせたい称えさせたいの親のお慈悲に聞き負けて、
お称名するばかりの1日。

 

 

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No.117 瀧渕 孝文師  平成7(1995)8/24

 

『たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。』
  (『教行信証』 註釈版聖典p.132)

 

人間は眺めておったときにはなんともないように思いますが、
我が事となりますと…。
別れがたい人と別れ、もう二度と会うことがない、
頭では分かっていてもいざ現実となると、ただ狼狽自失するのみでございます。
 そうした死の問題ほど深刻で大事な問題でありながら、
人はこのくらい我が事としない問題もありません。
それ故に、「如来かねて知ろしめして…」
のお慈悲がナモアミダブツとはたらき出した由縁がございます。
 その由縁を浄土真宗というのです。
浄土真宗に遇えたという事、このこと一つ喜ばせていただきます。

 

 

 

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No.116 橋本 明宣師  平成7(1995)7/12,13

 

『仏法には世間のひまを闕きてきくべし。
世間の隙をあけて
法をきくべきやうに思ふこと、あさましきことなり。
仏法には明日といふことはあるまじきよしの仰せに候ふ。
「たとひ大千世界に
 みてらん火をもすぎゆきて
 仏の御名をきくひとは
 ながく不退にかなふなり」
と、『和讃』にあそばされ候ふ。』
(『蓮如上人御一代記聞書』第155条)

 

 昔広島のお同行から、
「間がないんじゃない気がないんよ」と聞かされたことがあります。
 暇があっても参らない人は山ほどあります。いろいろある中を、
また懈怠に逃げ込もうとする自分をむち打って参ろうとする
身に成れたことは幸せなことです。
 蓮師のこの言葉は、参詣を強要した言葉ではなくて、
そういう尊い身に成れたことの幸せを教えて下さった言葉ではないでしょうか。

 

 

 

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No.115 渓  宏道師  平成7(1995)6/19

 

『弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、
往生をばとぐるなりと信じて
念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、
すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。
弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばれず、
ただ信心を要とすとしるべし。
そのゆゑは、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生を
たすけんがための願にまします。』
(『歎異抄』 註釈版聖典p.831)

 

 歎異抄の第一条から第十条まで、
暗記しようと何日も何日も声に出して読んでみました。
おかげで今では原文をそのままに、
空に口にかけることが出来るようになりました。
そうして初めて気がついたことですが、
字を目で追いかけて読んでいた時とまるで違ってきました。
目の前で直にご開山からおさとしを受けている…と味わえるのです。
ご開山の口を通して、直に如来様のお慈悲が身にしみます。
「心配ないよ」と

 

 

 

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No.114 武田 公丸師  平成7(1995)5/16.17

 

『法蔵菩薩因位地 在世自在王仏所
 覩見諸仏浄土因 建立無上殊勝願』
(『正信偈』 註釈版聖典p.203)

 

 正信偈のこの所は、
親鸞聖人が『大無量寿経』のお心を詩にして下さったものですが、
これは浄土真宗という教えはなぜ興されたのか
という理由を示されたものです。
それはしかし、
私達の常識的な宗教観とは真反対のものでした。
すなわち、
「仏さまがおられて、それを私が信じて救われる」
ということではなく、
「私がいて、その愚かさに居ても立っても居られない
如来さまが私を救うために動き出された」というお示しです。
 この所のお正信偈を、そう味わいつつ明日から拝読下さい。

 

 

 

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No.113 天岸 浄円師  平成7(1995)3/14,15

 

『恩徳広大釈迦如来
 韋提夫人に勅してぞ
 光台現国のそのなかに
 安楽世界を えらばしむ』
(『浄土和讃』 註釈版聖典p.1066)

 

 お経とは釈尊のご法話です。
しかし漢文のまま拝読していますので、
その心を解りやすく受け取らせたいと宗祖は
『和讃』という形で親しく説き残して下さいました。
しかしそこからが又問題なのです。
 仏教のお話には二カ所わからんところが出て来るんです。
@は言葉の意味です。日頃使いなれない仏教用語だからです。
Aはそのことの説明を聞いても納得できないと言うことです。
@も大事ですが問題はAなのです。
 仏法とは、私の頭では納得できないお話なのです。
そこがもっとも難しいことです。
往生にしろ、極楽にしろ、念仏にしろ、納得して解る世界ではなく、
仏法のお言葉のまま、素直に頂く世界なのです。
自力を捨てて……とはそのことです。

 

 

 

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No.112 上原 泰教師  平成7(1995)1/26~29

 

『蘿洞の霞のうちに三諦一諦の妙理を窺ひ、
 草庵月の前に瑜伽瑜祇の観念を凝らす。
 とこしなへに明師に逢ひて大小の奥蔵を伝へ、
 広く諸宗を試みて甚深の義理を究む。
 しかれども色塵、声塵、猿猴の情なほ忙はしく、
 愛論・見論、痴膠の憶いよいよ堅し。』
  (覚如上人『報恩講私記』 註釈版聖典p.1066)

 

歴史を学ぶとは、
歴史上の事件を興味本位に知ることではなく、
その場にいたら私ならどうしたかと学ぶことである。

 

比叡山の二十年の学問修行を私なら捨てることができたろうか。
良き師法然上人を本当に選んだだろうか。
あの貧しい短かき命の時代に、
「念仏一つ」と安住しただろうか。
と自分に問いかえすとき、
親鸞聖人はそのまま私と同じ今日を歩いて下さるお方と知られます。
聖人ようこそ私とご一緒下さいます。

 

 

 

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No.111 深川倫雄和上  平成6(1994)9/19,20

 

『西岸上に人あって喚ぼうていわく。
 汝一心正念にして直に来たれ、我よく汝を 護らん』
  (善導大師『観経四帖疏』)

 

南无阿弥陀仏を呼び声という。
どなたが教えて下さったか。
それは善導大師。

 

お経には、阿弥陀様のお心として、願いとして、
「わが名をとなえよ」としか書かれていない。

 

なのになぜ呼び声とされたのか。

 

それは、「私はお浄土で親様に待たれているのだ。」
という善導大師のお喜びからほとばしり出たご解釈なのです。

 

宗教とは私の実践なのです。
親様を聞き、お浄土を聞き、お念仏を実践者として聞いた大師ならばこそ、
「となえよ」を「お呼び声」と示されたのです。

 

お念仏をしてごらんなさい。
あなたはもしかして親様抜きのお念仏をしてませんか。
それではお念仏の温かさがわかりませんよ。
ナンマンダブツ、親様がご一緒、ご一緒。

 

 

 

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No.110 福間 義朝師  平成6(1994)8/25,26

 

『無量光・無辺光~(略)~超日月光を放ちて塵刹を照らす。』
  (『正信偈』 註釈版聖典p.203)

 

お経には阿弥陀様のお徳・おはたらきを、
十二の光に譬えて示され、
宗祖もそれを正信偈に喜んで書き示されています。
その最初の無量とは限りのないこと。
有量=限りある我々に対して、限りなき如来様のことです。

 

私は何もかも有量の存在です。この命も有量です。
その有量の人生に、無量の命を知らされます。
念仏申す身は、有量のままに、無量の命を賜ります。

 

宇宙に飛び立った向井さんは、無限の宇宙に浮かぶ有限の地球に感動しました。
「普放無量無辺光…」と正信偈を読む私は、
無限の命(ナモアミダブツ)に包まれる、有限の我に感動します。

 

 

 

 

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No.109 稲田 静真師  平成6(1994)7/8,9

 

『聖人の御流はたのむ一念のところ肝要なり。
 ゆえに、たのむということをば代々あそばしおかれ候へども、
 くわしくなにとたのめということをしらざりき。
 しかれば蓮如上人の御代に『御文章』を御作り候いて、
 「雑行を捨てて後生たすけたまえと一心に弥陀をたのめ」
 と、明らかに知らせられ候。』
  (『蓮如上人御一代記聞書』 註釈版聖典p.1290)

 

「たのむ」とは「おまかせする」の意味。
甘い自己採点や辛い他人の評価に右往左往するのではなく、
私の評価はお慈悲の如来様に一途(いちず)におまかせする意味。
お念仏して生きるとは、そんな晴れ晴れとした
「まっすぐの道(一心)」だと蓮如上人は教えて下さった。

 

 

 

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No.108 溪 宏道師  平成6(1994)6/13

 

『弥陀他力の信をもって凡夫の信とし、
 弥陀他力の行をもって凡夫の行とし、
 弥陀他力の作業をもって凡夫往生の正業として、
 この穢界を捨ててかの浄刹に往生せよと
 しつらいたまうをもって真宗とす。』
  (『改邪鈔』 註釈版聖典p.941)

 

現在日本には認められているだけで十四万八千の宗教団体があります。
しかしどれほどの数の宗教団体があろうとも、
宗教というものがその本尊と人間との結びつきとの意味から言って、
@本尊←私
A本尊→←私
B本尊→私。の三通りの宗教しかこの世にはありえません。

 

真宗とは、B本尊→私の宗教。
親様の絶対のお慈悲にふれていく宗教です。

 

無条件の救い、いや無条件と聞き得てもそれを疑い拒む私をかなしみて、
そのお前を救うと、私に働きづめに働きどおしの親様のみ教えです。

 

 

 

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No.107 田中 誠証師  平成6(1994)5/13~15

 

『遠慶宿縁 遠く宿縁を慶べ』
  (『教行信証』 註釈版註釈版聖典p.132)

 

昭和63年、私は念願の本堂を建立いたしました。
その落慶法要にお越し下さった大阪の稲城和上、
お寺に着くやいなや早速私に問答をふっかけて、
「立派な本堂が出来たのう、いくらで出来たか」
と尋ねられたので、
平素のお育ての通り即座に指を六本突き出して、
「これで立ちました。」と答えました。
すると、「六千萬円か」と念を押されたので、
「いえ和上、お六字で立ちました」と答えると、
和上は嬉しそうに「田中君、これからはお六字で護持して行きなさい」
とおっしゃて下さいました。
今もこのことが忘れられません。(お六字=南無阿弥陀仏のこと)

 

 

 

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No.106 若林 真人師  平成6(1994)3/17,18

 

『またいまこの観門は等しく
 ただ方を指し相を立てて
 心を住せしめて境を取らしむ。』
  (善導大師『観経四帖疏』)

 

右の線の所を指方立相(しほうりっそう)と言います。
凡夫は無色透明なお浄土ではわからないのです。
如来様は凡夫の心を知ろしめして、
お浄土を西方と定め指さし、
凡夫の国土と同じ相(すがた)を立てて、
ここにまいらすと示されたという意味です。
「お浄土とはあなたの思えるように思っていいですよ。
あなたの行きたくなる所のように思っていいですよ。
あなたの一番会いたい人に会える所ですよ」と。
お浄土の一つ一つの姿の底には、如来様のお慈悲があふれているのです。

 

 

 

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No.105 福田 康正師  平成6(1994)1/25~28

 

『みほとけに召さるる良き日近づきて
 誰にも言わずひとり微笑む』
  (島根県六日市 故 安永正)

 

なもあみだぶつの心はその本願に示されます。
その心を聞き得てこそ念仏者なのです。
本願は命終わりゆく私に、そのまま心配ないよと告げて下さいます。
命の帰りゆくお浄土まで用意して。

 

安永さんは平成四年九月、熊に襲われて大怪我をして入院生活。
翌年の一月心筋梗塞で亡くなりました。
その入院中に詠み残されたのが右の歌です。
命終わりゆくことを微笑んで受け取る人。
この世界を持たせていただいてこそ行きつくした証(あかし)。
本願を聞き得た念仏者に空しい終わりはありません。

 

 

 

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No.104 天岸 浄円師  平成5(1993)3/12,13

 

親鸞聖人の一生は闘いの一生でした。
その相手は、自分に最も近いところにあり、
最も頼りとし、最も親しい相手でした。
すなわち自分との闘いでした。
自分の中に頑固として巣くう、
「人間の智慧−世の常識、人の常識」との闘いでした。
それはやさしいようで、最も難しい闘いでした。

 

人がお念仏を信じないのではない。
自分の中に、お念仏をはねつけるがおります。
自分の中にこそ、最もお念仏を笑って、背を向けている奴が居ます。

 

しかし、「とうとう如来様に負けました」と。

 

 

 

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No.103 中島 昭念師  平成5(1993)1/25~28

 

『弟子四禅の糸すじの端に
 たまたま南浮人身の針を貫き、
 広海の浪波の上に
 希に西土仏教の浮き木に遇えり』
  (覚如上人『報恩講私記』註釈版註釈版聖典p.1065)

 

現代人の口癖は忙しい。忙とは心がほろぶと書く。
まこと忙しいから、相手の身になって話を聞いたり、口をきこうとしない。
忙しいから何でも簡単にすまそうとする。
簡単にすましたいから物を深く考えたり味わおうとしない。
作家の井上ひさし氏は
「親鸞聖人やら道元禅師よりも我々ははるかにたくさんの本を読みものを知っている。
しかしあれほどの思索の深さには到底及ばない。」

 

仏法は人間を物知りにするのでなく、深くする。

 

 

 

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No.102 深川倫雄和上 平成4(1992)9/25,26

 

『本願を信受するは前念命終なり 
 即得往生は後念即生なり』
  (『愚禿抄』 註釈版聖典p.509)

 

ご法義は世間と少し違います。
仏教の言葉で性(ショウ)と修(シュウ)と言いますが、
性とは「なま」、修とは「手入れ済み」の意味です。

 

性(ショウ)は不変、一生涯変わりません。欲や怒りです。
如来さまは私の性を地獄行きと見抜いて胸を痛めて下さいました。
だからもうそう聞いて、それ以上わが性を詮索いたしません。

 

修(シュウ)はわが努力、それをご報謝といいます。
お寺に参るのは修です。なまでは有りません。
お寺の近くに住んでも参らない人がいます。それはなまのままの人です。

 

お寺とは修、手入れの出来た人が参ります。
如来さまから育まれ、如来さまの手入れが及ぶ人生、
どこまで自分が変えられるのか、長生きしてみましょうか。

 

 

 

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No.101 鈴木 善隆師  平成4(1992)8/24,25

 

遠慶宿縁(遠く宿縁を慶ぶ)』
  (『教行信証』 註釈版聖典p.232)

 

新発意の得度披露が無事すみました。

 

はからずも新門さまと一緒の得度となりました。
なんとめぐり合わせのいい子どもだなと感心しました。
その披露のことを書くお礼状は、これを始めて101回目の礼状となりました。
実は前回の100回で丁度切りがいいのでここで打ち切りにしようと思っていました。
が新発意の得度披露を機会に再出発のつもりで書くことにしました。

 

門前に今丁度「順縁に育てられ/逆縁にも育てられ」と書いています。
今まで割と順調でしたが、この子もこれからきっと様々な苦い経験をするでしょう。
それらを仏縁とし、遠慶宿縁と育って欲しいと願っています。

 

皆さま宜しくお育て下さい。

 

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