住職備忘録

※住職推薦。覚えておきたいお聖教等の言葉(僧侶向け)
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- 本典�@後序
慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念(おもい)を難思の法海に流す。 深く如来の矜哀を知りて、まことに師教の恩厚を仰ぐ。 慶喜いよいよ至り、至孝(しこう)いよいよ重し。 これによりて、真宗の詮を鈔し、浄土の要をひろふ。 ただ仏恩の深きことを念うて、人倫の嘲(あざけ)りを恥ぢず。 もしこの書を見聞せんもの、信順を因とし、疑謗を縁として、信楽を願力に彰し、妙果を安養に顕さんと。 - 蓮如上人御一代聞書�@
(237) 一、弥陀をたのめば南無阿弥陀仏の主に成るなり。 南無阿弥陀仏の主に成るといふは信心をうることなりと[云々]。 また、当流の真実の宝といふは南無阿弥陀仏、これ一念の信心なりと[云々]。 -
本典�A教巻・真宗大綱
【1】 つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。 一つには往相、二つには還相なり。 往相の回向について真実の教行信証あり。 -
本典�B教巻・出体/大経大意/大経宗体
【2】 それ真実の教を顕さば、すなはち『大無量寿経』これなり。 この経の大意は、弥陀、誓を超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れんで選んで 功徳の宝を施することを致す。釈迦、世に出興して、道教を光闡して、群 萌を拯ひ恵むに真実の利をもつてせんと欲すなり。 ここをもつて如来の本願を説きて経の宗致とす、すなはち仏の名号をもつて経の体とするなり。
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歴代ご門主
ご開山 親鸞 (1173 - 1262) ※宗祖
第2代 如信 (1235 - 1300)
第3代 覚如 (1270 - 1351)
第4代 善如 (1333 - 1389)
第5代 綽如 (1350 - 1393)
第6代 巧如 (1376 - 1440)
第7代 存如 (1396 - 1457)
第8代 蓮如 (1415 - 1499) ※ 中興の祖
第9代 実如 (1458 - 1525)
第10代 証如 (1516 - 1554)
第11代 顕如 (1543 - 1592) ※戦国時代に織田信長などと対立
第12代 准如 (1577 - 1630) ※東西本願寺に分立
第13代 良如 (1612 - 1662)
第14代 寂如 (1651 - 1725)
第15代 住如 (1673 - 1739) ※寂如の養子で実父は九条兼晴
第16代 湛如 (1716 - 1741)
第17代 法如 (1707 - 1789)
第18代 文如 (1744 - 1799)
第19代 本如 (1778 - 1826)
第20代 広如 (1798 - 1871)
第21代 明如 (1850 - 1903) ※海外開教を実施
第22代 鏡如 (1876 - 1948) ※大谷探検隊を派遣
第23代 勝如 (1911 - 2002) ※ 『正信偈』を改譜
第24代 即如 (1945 - ) - 現門主
新門 専如(1977 - ) - 和讃�@
(3) 弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまへり 法身の光輪きはもなく 世の盲冥をてらすなり
(4) 智慧の光明はかりなし 有量の諸相ことごとく 光暁かぶらぬものはなし 真実明に帰命せよ
(5) 解脱の光輪きはもなし 光触かぶるものはみな 有無をはなるとのべたまふ 平等覚に帰命せよ
(6) 光雲無碍如虚空 一切の有碍にさはりなし 光沢かぶらぬものぞなき 難思議を帰命せよ
(7) 清浄光明ならびなし 遇斯光のゆゑなれば 一切の業繋ものぞこりぬ 畢竟依を帰命せよ
(8) 仏光照曜最第一 光炎王仏となづけたり 三塗の黒闇ひらくなり 大応供を帰命せよ - 本典�C総序
�@ひそかにおもんみれば、難思の弘誓は難度海を度する大船、無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり。 �Aしかればすなはち浄邦縁熟して、調達(提婆達多)、闍世(阿闍世)をして逆害を興ぜしむ。 �B浄業機彰れて、釈迦、韋提をして安養を選ばしめたまへり。 �Cこれすなはち権化の仁、斉しく苦悩の群萌を救済し、世雄の悲、まさしく逆謗闡提を恵まんと欲す。 �Dゆゑに知んぬ、円融至徳の嘉号は悪を転じて徳を成す正智、難信金剛の信楽は疑を除き証を獲しむる真理なりと。
�@しかれば凡小修し易き真教、愚鈍往き易き捷径なり。 �A大聖一代の教、この徳海にしくなし。 �B穢を捨て浄を欣ひ、行に迷ひ信に惑ひ、心昏く識寡く、悪重く障多きもの、ことに如来(釈尊)の発遣を仰ぎ、かならず最勝 の直道に帰して、もつぱらこの行に奉へ、ただこの信を崇めよ。 �Cああ、弘誓の強縁、多生にも値ひがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。 �Dたまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。 �Eもしまたこのたび疑網に覆蔽せられば、かへつてまた曠劫を経歴せん。 �F誠なるかな、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ。
�@ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしいかな、西蕃・月支の聖典、東夏・日域の師釈に、 遇ひがたくしていま遇ふことを得たり、聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。 �A真宗の教行証を敬信して、ことに如来の恩徳の深きことを知んぬ。 �Bここをもつて聞くところを慶び、獲るところを嘆ずるなりと。 -
和讃�A
(9) 道光明朗超絶せり 清浄光仏とまうすなり ひとたび光照かぶるもの 業垢をのぞき解脱をう
(10) 慈光はるかにかぶらしめ ひかりのいたるところには 法喜をうとぞのべたまふ 大安慰を帰命せよ
(11) 無明の闇を破するゆゑ 智慧光仏となづけたり 一切諸仏三乗衆 ともに嘆誉したまへり
(12) 光明てらしてたえざれば 不断光仏となづけたり 聞光力のゆゑなれば 心不断にて往生す
(13) 仏光測量なきゆゑに 難思光仏となづけたり 諸仏は往生嘆じつつ 弥陀の功徳を称せしむ
(14) 神光の離相をとかざれば 無称光仏となづけたり 因光成仏のひかりをば 諸仏の嘆ずるところなり -
一枚起請文�@
念仏を信ぜん人は、たとひ一代の法をよくよく学すとも、 一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智のともがらにおなじくして、 智者のふるまひをせずして、ただ一向に念仏すべし。 -
本典�D大行釈(元照『弥陀経義』:名号接物義)
「いはんやわが弥陀は名をもつて物を接したまふ。 ここをもつて、耳に聞き口に誦するに、無辺の聖徳、識心に攬入す。 永く仏種となりて頓に億劫の重罪を除き、無上菩提を獲証す。 まことに知んぬ、少善根にあらず、これ多功徳なり」と。 -
和讃�B(宗祖讃仰作法[音楽法要]より)
・十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなはし 摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる(82:弥陀経讃)
・煩悩にまなこさへられて 摂取の光明みざれども 大悲ものうきことなくて つねにわが身をてらすなり(95:源空讃)
・五濁悪世のわれらこそ 金剛の信心ばかりにて ながく生死をすてはてて 自然の浄土にいたるなれ(76:善導讃)
・弥陀の本願信ずべし 本願信ずるひとはみな 摂取不捨の利益にて 無上覚をばさとるなり(1:夢告讃)
・弥陀の回向成就して 往相還相ふたつなり これらの回向によりてこそ 心行ともにえしむなれ(34:曇鸞讃)
・弥陀大悲の誓願を ふかく信ぜんひとはみな ねてもさめてもへだてなく 南無阿弥陀仏をとなふべし(54:三時讃) -
消息�@:第26通
(26) 尋ね仰せられ候ふ念仏の不審の事。
念仏往生と信ずる人は、辺地の往生とてきらはれ候ふらんこと、おほかたこころえがたく候ふ。 そのゆゑは、 弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、 ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。 信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。 また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。 されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。 詮ずるところ、名号をとなふといふとも、他力本願を信ぜざらんは辺地に生るべし。 本願他力をふかく信ぜんともがらは、なにごとにかは辺地の往生にて候ふべき。 このやうをよくよく御こころえ候うて御念仏候ふべし。
この身は、いまは、としきはまりて候へば、さだめてさきだちて往生し候は んずれば、浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候ふべし。あなかしこ、あ なかしこ。 親鸞※有(ゆう)阿弥陀仏への返事。 念仏往生を否定することの誤りをただし、 信心と念仏が不離の関係であると述べる。 『末灯鈔』(12) - 歎異鈔�@:第一条
一 弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をばとぐるなりと信じて 念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、 すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。 弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし。 そのゆゑは、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にまします。
しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆゑに。 悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑにと[云々]。 - 和讃�C
(15) 光明月日に勝過して 超日月光となづけたり 釈迦嘆じてなほつきず 無等等を帰命せよ
(16) 弥陀初会の聖衆は 算数のおよぶことぞなき 浄土をねがはんひとはみな 広大会を帰命せよ
(17) 安楽無量の大菩薩 一生補処にいたるなり 普賢の徳に帰してこそ 穢国にかならず化するなれ
(18) 十方衆生のためにとて 如来の法蔵あつめてぞ 本願弘誓に帰せしむる 大心海を帰命せよ
(19) 観音・勢至もろともに 慈光世界を照曜し 有縁を度してしばらくも 休息あることなかりけり
(20) 安楽浄土にいたるひと 五濁悪世にかへりては 釈迦牟尼仏のごとくにて 利益衆生はきはもなし - 本典�E行巻・一念結嘆
【78】 しかれば大悲の願船に乗じて光明の広海に浮びぬれば、至徳の風静かに、衆禍の波転ず。 すなはち無明の闇を破し、すみやかに無量光明土に到りて大般涅槃を証す、普賢の徳に遵ふなり、知るべしと。 - 蓮如上人御一代記聞書�A
(180) 一、ある人いはく、前々住上人(蓮如)の御時、南殿とやらんにて、人、蜂を殺し候ふに、思ひよらず念仏申され候ふ。 そのとき「なにと思うて念仏をば申したる」と仰せられ候へば、 「ただ、かわいやと存ずるばかりにて申し候ふ」と申されければ、 仰せられ候ふは、「信のうへはなにともあれ、念仏申すは報謝の義と存ずべし、みな仏恩になる」と仰せられ候ふ。
(181) 一、南殿にて、前々住上人(蓮如)、のうれんを打ちあげられて御出で候ふとて、 「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」と仰せられ候ひて、「法敬この心しりたるか」と仰せられ候ふ。 「なにとも存ぜず」と申され候へば、仰せられ候ふ。 「これはわれは御たすけ候ふ、御うれしやたふとやと申す心よ」と仰せられ候ふ[云々]。 (2019/10/25) - 歎異鈔�A12条より
「学問せば、いよいよ如来の御本意をしり、悲願の広大のむねをも存知して、いやしからん身にて往生はいかがなんどあやぶまんひとにも、本願には善悪・浄穢なき趣をも説ききかせられ候はばこそ、学生のかひにても候はめ。」
(学問をするのであれば、ますます深く如来のおこころを知り、本願の広大な慈悲のおこころを知って、「自分のようなつまらないものは往生できないのではないか」と心配している人にも、「本願においては、善人か悪人か、心が清らかであるかないかといったわけへだてがない」ということを説き聞かせてこそ、学問をするものとしての値うちもあるのでしょう。) (2020/04/29)
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