山口県は岩国にある浄土真宗寺院のWebサイト

 

他力の三猿

【羊と猿】

 

今年も残すところ半月となりました。
様々な事を反省する……暇もなく、ひたすら法務の日々。

 

そんな中、お参りに行ったあるお家の玄関に、
手のひらサイズの「羊」の人形が置いてありました。
「そういえば、今年は未年だったな。」
すっかり忘れていました。

 

その羊の斜め後ろを見ると、
同じ大きさの「猿」の人形が鎮座しています。
来年の準備なのでしょう。

 

家の人が出てくるまで、両者を眺めていました。
猿「お前の年はもう終わりだよ。」
羊「いや、まだ半月以上は僕の年だ。『一日々々を「美」しく、大「義」を持ち、良い「着」眼点を持って生きる』年だ(※1)。」
そんなやりとり聞こえてきそうな両者の配置でした。
申年、まもなくです。

 

【心の三猿】

 

ところで猿といえば有名な「三猿」を思い出します。
「見ざる・聞かざる・言わざる」の三種類の猿です。
栃木の日光東照宮、左甚五郎作の三猿は世界的にも有名です。
また山口なら俵山温泉の「三猿まんじゅう」を思い出します。

 

この三猿は世界的にも有名で、
人間のすぐれた行為を示しているとされます。
すなわち、

見ざる :see no evil(悪いものを見ない)
聞かざる:hear no evil(邪な話を聞かない)
言わざる:speak no evil(悪い事を言わない)

なのです。

 

テレビやインターネット等で簡単に買い物できる便利な時代。
しかしそれ以上に誘惑も多い時代です。
「見ザル、聞かザル」の二匹の猿、心に飼っておきたいものです。

 

また、仏教では具体的に四種類の「言わザル」がいます。

不妄語(ふもうご):嘘をつかない。
不綺語(ふきご) :中身の無い言葉を話さない。
不悪口(ふあっく):乱暴な言葉を使わない。
不両舌(ふりょうぜつ):他人を仲違いさせるようなことを言わない。

これら四匹の「言わザル」、心に飼っておきたいものです。

 

【他力の三猿】

 

ところで、仏さまも心に三猿を飼っておられます。
その三猿とは「見てござる・聞いてござる・喚んでござる」。

 

見てござる……、
はるか過去から続く、四苦八苦なる私の人生をすべて見ておられます。

 

聞いてござる……、
決して他人には打ち明けられない、私の心に潜む、苦悩の本音を聞いておられます。
そしてお慈悲の願いを建てられました。

 

喚んでござる……、
果てしないご修行の末、願いを仕上げられ、
“南無阿弥陀仏”という声の仏さまになり、
「我にまかせよ、必ず救う」と喚び続けておられます。

 

「サ行の阿弥陀」にも五匹の猿が出てきます。

 

サ行の阿弥陀  みつお

 

さ:支えてくださる。
し:知ってくださる。
す:救ってくださる。
せ:背中を押してくださる。
そ:育ててくださる。

 

他にも、阿弥陀さまの飼っている猿は、
「守ってくだサル(猿)」「照らしてくだサル(猿)」。

 

阿弥陀さまは猿を一杯飼っておられます。
猿の王様です。
だから『正信偈』には、ちょっと分かりづらいですが、
「むーげーむーたいこうえんのう」(無碍無対光猿王)とあります。
…………勿論、冗談です(本当は「無碍無対光王」です)。

 

【思わざる】

 

「見ざる、聞かざる、言わざる」
素晴らしい猿ですが、なかなか飼えない私です。
何故か。
「思はザル」がいないからだそうです(※2)。
表面には見えませんが、
私の心が常に煩悩渦巻いています。

 

私の心は誰のものでもありません。
「人間とは〜なものだ」と古来から多くの賢者・哲学者の方が打ち出してきました。
「人間は神によって〜〜というさだめに決定しているのだ」という宗教もあります。
しかし「空」を説く仏教はそれを否定します。
『運命』はあるかないか、問題にしません。
人生は私が選び決めます。
徹底的に自由な存在です。

 

けれども決める私の心は煩悩の海でした。
心が常にザワザワしています。
見てなくても、聞いてなくても、
正しからざる事を思ってしまいます。
それゆえ、
仏さまの心など全く関係ないとばかりの「愚痴」や「自慢」、
世間話ばかりが口から出てきます。
仏の心とはおよそ正反対です。

 

だから阿弥陀さまは、
私のむさぼり・いかりの心を「見てござる」、
私の愚痴を「聞いてござる」、
そして私へ「南無阿弥陀仏(そのまま救う)」と「喚んでござる」。

 

「猿を飼っているのは阿弥陀さまの側だよ」と、
お釈迦さまがお経で教えてくださいました。

 

「(阿弥陀さまが)見てござる、聞いてござる、喚んでござる。」
来年の申年、いよいよこちらを心がけます。

 

今日も、
仏壇の前に座り、礼拝します。
仏さまは見ておられます。
お経を読み、仏さまの願いを聞いていきます。
仏さまも聞いておられます。
そして心の中、「ありがとうございます」と、仏さまを慕います。
仏さまは知っておられます。
決して離れない仏さまです。

 

たとえそれらができない慌ただしい年の瀬、
寒風の中、「南無阿弥陀仏」とお念仏は出ます。
自由なるが故に孤独であり、
自由なために愚かな弱い私を、
「一人にはさせない」と、喚んでおられる仏さまです。

 


 ※1 「美」「義」「着」は羊編。
 ※2 説話集『沙石集』「言はざると 見ざると聞かざる 世にはあり 思はざるをば いまだ見ぬかな」

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

心のあらわれ

【文字でなく】

 

幕末の志士を育てた吉田松陰に、
こんな言葉があります。

 

本は文字ではない。本は人である

 

今年の大河ドラマ「花燃ゆ」でも、初回放送で登場しました。

 

本は表面の文字に示された事柄が全てではありません。
文字の背景にある、作者の思い、人の心があります。
それに出会って、初めて読書です。

 

文字の裏にある、人の心。
俳句なんか顕著でしょう。

 

古池や 蛙とびこむ 水の音

 

「古池、小さいのかな?大きいのかな?」
「蛙、かわいい蛙かな?イボかな?」
いろんな情景が各々浮かんで良いのです。

 

しかし問題は、作者の句にこめた思いです。
それは静寂です。
あの小さな蛙がとびこむ「ポチャン」という音がはっきり聞こえる程の静寂さ。
それは寂しさではありません。
心の落ち着いた境地です。
仏教で「涅槃(ねはん。さとりの事)は寂静(じゃくじょう)なり」という言葉がありますが、
それを表現したとも感じ取れます。

 

【音でなく、映像でなく】

 

このことは書物だけではなく、
音楽にも、映画にもあてはまるかもしれません。

 

音楽は音ではない、音楽は人である。

 

毎日毎日僕らは鉄板の♪
  上で焼かれていやになっちゃうよ…

 

「およげ!たいやきくん」の冒頭です。
かつて大ヒットした歌です。
子供は純粋に「たいやきくん」が好き…で良いのでしょう。
しかし作者の思いは単なる「たいやき」ではないと思います。

 

働いて、猛烈に働いて、働き疲れて、終わる人生。
まるで機械と変りません。
当時の世相を語り、
「これで幸せといえるのか」と問うているようです。
そこが共感されたのでしょう。

 

映画は映像ではない、映画は人である。

 

「忘れものを、届けに来ました。」 」

 

アニメ「となりのトトロ」のキャッチフレーズでした。

 

子供はトトロという不思議な生き物が大好きです。
しかし作者が届けたかったのは、トトロだけではないと思います。

 

映画の最初から最後まで描かれたのは、緑なす豊かな自然でした。
文明の発展によって環境破壊がすすむ現代。
公害の深刻さについて、映像をもって警鐘しているようでした。

 

【風景でなく】

 

文字には心があります。
そしてそれはお経も同様です。
お経は文字ではなく、仏の心を知ります。

 

これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、名けて極楽といふ。
その土に仏まします、阿弥陀と号す。いま現にましまして法を説きたまふ。

 

『阿弥陀経』の最初、お釈迦さまのお説法冒頭です。

 

極楽(浄土)は美しい世界です。
宝樹がそびえ、宝華が咲き乱れます。
池も美しく、鳥はさえずり、建物も立派です。
そんな内容がお経には説き述べられています。

 

しかし、実は、お浄土を讃えながらも、
お釈迦さまは単なる風景ではなく、
阿弥陀如来の心を讃えられているのです。

 

親鸞聖人には次の和讃があります。

 

(27) 安楽仏土の依正は 法蔵願力のなせるなり
 天上天下にたぐひなし  大心力を帰命せよ

 

この仏さまは法蔵という菩薩の時、
五劫という長い間をかけて、
あらゆる者を、ひとりももらさず救う手だてを思案されました。
煩悩にまみれた深刻な私です。
どうするか。
結果、うち立てた願いは、
他の仏さまとは全く異なる特別な誓願でした。
救いの条件を一切出さない誓願でした。

 

どのような者の苦悩も救う力の完成が、
ナモアミダブツという言葉の意味です。
「わたしに身をゆだね、安心してお浄土へ参ってこいよ」と、
一心に私に声をかけてくださる仏さまがアミダさまです。

 

その仏さまのこの上ない心ぶり・お助けぶりを、
読経する中、
お浄土の一々の美しい様子からいただきます。
どこを読んでも、仏さまの心は「あなたを必ず助ける」と一貫しています。
そんな仏さまの願いの力に出遇ってこそ、初めて読経なのです。
決して、お経は死んだ人へ鎮魂歌ではないのです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

寝てもさめてもへだてなく

 

こちらは本願寺山口別院テレフォン法話です。
本日は、岩国組 専徳寺 弘中 満雄(083−973−0111)がお取り次ぎいたします。

 

「不断煩悩得涅槃」。
煩悩を断ぜずして涅槃を得る。
親鸞聖人のお書きになられた「正信偈」の一句です。
信心を得た者には、煩悩を断じないまま、必ず浄土でさとりの境地を得るというご利益があります。

 

4歳の息子はアトピー性皮膚炎です。
息子の場合、臂や膝あたりの皮膚が特に荒れて、激しいかゆみが起きます。
乾燥してきたこの時期、息子は寝ながら体中を掻きむしり出します。
時には血だらけになって朝起きてきます。

 

掻きむしった息子を見て母親が叱ります。

 

「そんなに掻いてから…困るのはメイ君よ!」

 

すると息子は言いました。

 

「違うよ、ママでしょ。」

 

息子はさぞ自らのアトピーに辛い思いをしているだろうと思いきや、全く気になっていません。
掻くのはむしろ気持ちいいのです。

 

困っているのは母親の方でした。
子どもの体質を悩み心配し、日々、子どもの痒みがでないよう、食事を考えます。
掻きむしらせないような服を選び着せます。
昼も夜も、息子に目を向けています。

 

今夜も掻きむしり防止の包帯を無意識で外し、「ガリガリ」とひっかく息子の側には、黙って息子をさすっている母親がいました。

 

アミダさまは法蔵菩薩となって五劫の間、ただひたすら私のすくいを思案されました。
むさぼり・いかり・ねたみという煩悩だらけの私です。
しかし問題はその煩悩を、苦悩の種と気づいていないのです。

 

煩悩に迷い、結果、失敗を繰り返す愚かな私を、そのままでよいのだよ、と言ってくださるお慈悲の仏さまがおられます。
子どものアトピーに奔走する母親同様、煩悩まみれの私の心を、わが問題と受け止めた仏さまは、
夜昼常に、私に働き続けられる方になって下さいました。
寝ても覚めても変ることなく私に寄りそい、煩悩まみれの私を丸ごと受け止め、
必ずお浄土へ導いて下さる仏さまです。

 

親鸞聖人は、このおろかな煩悩を、黙って抱いてくださる、お慈悲のアミダさまがおられることをお喜びになったのです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

徹底した大慈

【仏弟子道】

 

「武道」「剣道」「茶道」。
「道」がつくものに共通なものがあります。、
それは師匠の存在です。
自らは弟子となり、師匠から大切な手ほどきをうけます。
はじめから我流ではどうしようもありません。

 

仏教も仏道です。
徹底的に仏弟子道なのです。
師匠の存在を意識、敬愛したいものです。

 

では仏教で師匠は誰か?
まずもってお釈迦さまです。
宗派共通の師匠です。

 

そして宗派の開祖。
浄土真宗の場合は親鸞聖人があげられます。

 

もちろん親鸞聖人は、
「親鸞は弟子一人ももたずさふらう。」(『歎異抄』第六条)
と仰せられましたが、
聖人の教えを聞く私たちにとって、
親鸞聖人はどこまでも師匠です。

 

他にも蓮如上人、歴代のご門主、和上、ご講師…、
教えを聞く身になっていくと、師はだんだん増えていきます。
こんな言葉があります。

 

  頭を下げるような師匠がおらんと人は言う。
  頭が下がる身になれば、師匠はそこら中にいる。

 

様々な方が私の師となり、お念仏の味をお取り次ぎくださいます。
仏の恩、師の恩をいただくお念仏の生活です。

 

今回の法話は、
今から30年前(9.30)にご往生された、
岩国広瀬の広兼至道師よりお聴聞賜ります。
((「仏弟子道」という語も広兼師より聞かせていただいた言葉です)

 

【徹底した大慈】

 

「念仏もうすのみぞ 末徹(すえとう)りたる大慈悲心にて候(そうろう)」
  (念仏を称えることだけがほんとうに徹底した大慈の心、すなわち愛の真実である。)

 

「忌日とて集い来たれど子らみなが、語らずなりし妻を哀しむ」
(千葉、矢島翠峰、『週刊文春』三月九日号)

 

妻よ、
今日はお前の命日だ。
私はこうして生き残っておまえの亡きあとを見てきた。
かって、
おまえが亡くなったころ、
命日に集い来た子らは、
おまえのことばかり話していたものだった。
妻よ、
よかったなあ、
精一杯情愛かけて育てたほどのことはあったなぁ、
とおまえのためにもよろこんだものだ。
今日も子供たちが、
おまえの命日だと集まって来たよ。
だが、
なんとしたことか。
時がたてば、

命日にやって来た子供達は、
今はもう、
語ることといえば自分達の生活ばかり。
妻よ、
妻よ、
おまえのことなどひとことも言ってはくれぬ。
ひとことも聞くことはできなかったぞ。

 

おまえのあれほどの労苦は、
今となっては、
もう意味がなくなったのだろうか。
妻よ、
このことを知ったら、
おまえも悲しかろう。
私もまた、
その悲しみを分け荷(にな)って悲しんでいる。

――そういった歌であろうかと思います。

 

血肉を分け、
情愛をつなげる者のことは、
とりわけ気にかけて生きるのが、
私たちのあけくれでしょう。
しかし、
終には、
永く離れ離れの流転にふみだしてゆかねばなりません。
ひと握りの土となる命だと、
思い知らされて喘(あえ)がねばなりません。
愛情が深ければ深い程、
悶(もだ)えも激しいことでしょう。
そこに人間の(う)(ひ)悩苦(左訓:うれいかなしみ・なやみ・くるしみ)がありました。

 

アミダと申す仏の本願(左訓:ねがいのこころ)は、
これあるが故におこされたと、
お釈迦さまは仏説無量寿経に示されます。
その願が成就(じょうじゅ。左訓:しあがった)した……
……別れゆく者同志のなげきをすくう働きが完成したのが、
ナモアミダブツ・名号(みょうごう)だとお釈迦さまが教えられました。

 

愛が深ければ、
たとえば、
たとえ仲違(なかたが)いしても、
相手のことが気がかりでしょう。
たとえ医者が見放しても、
さじは投げられないではありませんか。
私の流転の事実に揺(ゆ)すぶられて、
徹底した愛の真実(左訓:まこと)を求めるとき、
阿弥陀さまのお慈悲が興起したのです。

 

(広兼至道 門徒通信『響流』71頁)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

書いてはないが

【このことひとつ】

 

私たちの教えは「お念仏」、このことひとつです。
なぜお念仏一つで良いのでしょうか。
親鸞聖人はこのお念仏の裏に、
仏さまの広大がお徳が満ちあふれていることをお示しくださいました。

 

【言ってないこと】

 

先日、あるテレビ番組で『万葉集』の話をしていました。

 

  田児の浦ゆ、うち出でて見れば、真白にそ、富士の高嶺(たかね)に、雪(ゆき)は降りける

 

山部赤人の有名な歌です。
百人一首にも出てきます。
意味は、

 

田児の浦の山道を馬で歩いて、
見渡しの良い所に出てみたら、
純白の雪を抱いた富士山が見えたのです。

 

「どうです、綺麗な歌でしょう?」
「はぁ……でも、普通ですよね。」
という伊集院さん。
正直です。
すると講師の佐々木さんが説明されました。
「この歌は自然をとてもドラマティックに詠んでいます。」
バッと純白の富士山が出てくるのです。

 

「そして何よりもこの歌のすごい所は、
“空”のことを書いていない。」
純白の富士山が出るということは、
後ろに広大は青空が広がっているのです。
つまり、書いていない空がバッと見えてくる歌なのです。
「短歌はその名の通り短いので、
『言わないで言うところが多いのが良い歌』なんです。
それがこの歌の人気のあった一つの理由でしょう。」

 

言わないけれども、そこには写真以上の立体感があらわれる。
それが歌の素晴らしさです。

 

【願い通りの力】

 

「南無阿弥陀仏」のお念仏。
たった六文字です。
光り限りない仏さま、いのち限りない仏さまを讃える言葉です。
しかしそこには、
阿弥陀さまが「南無阿弥陀仏」という仏さまになられた広大な「願い」の話があります。
私の心の奥底の澱みを見抜き、
私のいる厳しい現実を知り抜いた仏さまは、
即座に起ち上がられました。
私の方から仏さまの扉をたたくものでないと承知し、
逆に、私の心の扉をたたく者になる事を願われました。

 

その願い通りの力をそなえた仏さまです。
「我にまかせよ、かならず救う」と常に私を喚び通しの仏さまです。

 

  われ称え われ聞くなれど 南無阿弥陀仏
  必ず救うの 弥陀の喚び声

 

お念仏は私が集中して一生懸命となえるから、
仏の教えとして「このことひとつ」となったのではありません。
私がお念仏を行ずる前に、
お念仏を行じさせる仏さまのご苦労がありました。
その仏さまの努力の結実より以外、私が救われる手だてはありませんでした。
お念仏ひとつ、それは仏さまの一人働きひとつという意味です。
それが浄土真宗の「このことひとつ」という意味です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

迷惑をかける

 

大谷光真前門主の新しい本『人生は価値ある一瞬(ひととき)』(php出版)が出ました。

 

「人生は空しく終わってはならない、終わらせてはならない」(大谷光真)

 

やさしい言葉で、現代の一つ一つの悩みに丁寧に、でも簡潔に述べています。
コンパクトな大きさで、持ち運びやすく、
むしろ旅先の途中、ふとした時に読んだ方が良い内容かもしれません。

 

このたびはその中の一つの話をご紹介いたします。

 

【迷惑をかける】

 

「家族に迷惑をかけて申し訳ない。何もできず、何の役にも立たないのだから、早く死にたい」

 

年を取って身体が不自由になり、
家族の介護を受けている人の中には、
そう漏らす方がおられます。
あるいは、
若い人の中にも、
重い病気にかかって寝たきりになり、
家族に迷惑ばかりかけてどうしようもない人間だ、
と自分を責めている人もおられるでしょう。

 

なるべく家族や人さまに迷惑をかけたくないと思うのは、
人間として率直な気持ちであり、
可能ならそうできるに越したことはないと思います。
しかし、
たとえ迷惑をかけていたとしても、
生きていて意味のない人間は一人もいません。
たとえば第三者が、
介護している家族を見て、
睡眠時間を削るなど生活のほとんどを犠牲にして、
さぞつらい思いをしているだろう、
大変な苦労をしているだろうと映っても、
被介護者が亡くなったあとで、
世話をしていた家族の方に話を聞くと、
「いえ、何の苦労も、つらい思いもしていません。
むしろ精いっぱいやったという充実感があります」
との答えが返ってきたりします。

 

介護(看護)を受けている方が、
「家族に迷惑をかけている」と心苦しく思う気持ちはわかりますが、
このように、
一面では生きがいのきっかけや貴重な体験の機会を家族に提供している場合もあるのです。
プラスのはたらきにも目を向け、
「何の役にも立たない」などとあまり卑屈になる必要はないでしょう。

 

人間は、親のもとにオギャーと生まれ、
母乳をもらい、
おむつを替えてもらうなどの世話を受けながら育ちます。
自分では何もできず、
夜泣きなどで親は眠れないなど、
それこそ迷惑をかけてばかりです。
やがて立って歩き、
言葉を覚え、
大きくなっていきますが、
親にとっては、
夜泣きで眠れなかった夜までもが大切な思い出となります。

 

大きくなる過程で、
時には親に反発したり、
親とケンカをしたこともあったでしょう。
うれしいこと、
楽しいこと、
悲しいことなど、
その人の生きてきた人生は、
親や兄弟、
親戚と培ってきた何ものにも代えがたい年月であったはずで、
たくさんの人々の思い出が詰まっています。

 

人間は、
広いつながりの世界で支えあって生きています。
そうであるかぎり、
家族という小さな社会においてさえ、
誰にも迷惑をかけずに生きることは根本的にできません。

 

もしこころから周囲に迷惑をかけて申し訳なかったと思うのであれば、
その気持ちを率直に表現すればよいのです。
家族の世話にならないといけないとしたら、
「ありがとう」と素直に言って世話になる。
感謝の気持ちを表すことで、
周りの方と新たな何かが生まれてくるでしょう。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

摂取のお腹

【生まれなかったら】

 

先日の夜の事。
6歳の娘が突然言い出しました。

 

「やっぱり、死ぬのって嫌よね。」
「? なんで?」
「だって、骨しか残らんもんね。お墓に入るの嫌だし」
その日は葬儀があり、お寺で灰葬参りが行われた日。
6歳なりに、何か思う所があったのでしょう。

 

「…でもねぇ、生まれたら死なないといけないんだよ。」
すると、娘は言いました。
「生まれんかったらよかった!
 お母さんのおなかの中におればよかった!」

 

ちょっと笑いました。
子どもはいろんな事を教えてくれます。

 

【天国の正体】

 

娘とのやりとりの後、
数年前のある法事を思い出しました。

 

その家の奥様のご法事でした。
お灯明をつけていると(あまり人様の家でマッチをすらない方が良いのですが)、
お孫さんがやってきて、じっと私の様子を眺めながら、
「おばあちゃん、天国へ行ったんよ。」
「?」
ちょっとビックリしましたが、
「そうなんだ」と、相づちをうつ私。
すると、今度は線香をつけている時に、
「おばあちゃん、天国へ行ったんよ。」
「……へぇ、そうなんだ。」
そしてお荘厳が整った頃、また、
「おばあちゃん、天国へ行ったんよ!」
あんまり言うので、ふり向いて、
「……それで、おばあちゃんはどうなったの?」
と聞くと、
「骨になった!」

大きな声でした。
両親は思わず、下を向いておられました。
「それは違うよ。あのね、おばあちゃんはののさまの国へ行ったんよ。ののさまになられたんよ。」
その子はキョトンとしながら聞いてくれました。

 

  天国の 正体みたり コウホネ(河骨)の花 (みつお)

 

その子に教えてもらいました。
テレビの影響なのか、仏教徒、ましてや浄土真宗の方でも、
死後は「天国へ行く」と言います。
しかしその実態は何もないのです。
所詮、「天国へ行った」は「死んで逝った」と何も変りません。

 

キリスト教でも誤解のないように、「天国」と「神の国」は明確に分けるそうです。

 

そしてお浄土はお釈迦さまのみ教えであらわされます。
仏さまの道理にのっとった世界です。

 

【摂取の手】

 

天国があるかないか、それは私には分かりません。
でもお浄土があるかないか、それには私は答えられます。
なぜか。
私がお浄土への道を歩ませてもらっているからです。
その道とは、○○の山中にある険しい道…というものではありません。
何か特別な修行をしたり、深い境地になるといった「道」でもありません。
阿弥陀さまと共に歩む生活が、お浄土への道です。

 

阿弥陀さまの立像をみた時、
手がそれぞれ親指と人差し指で輪をつくっているのが目につきます。

 

余談ですが、先ほどのわが娘と一緒に朝おつとめをしていました。
お仏飯をお供えして、仏さまを眺めながら、
「きれいなお姿だね。」というと、
「三歳?」
「?……!」
確かに右手の指を三本あげておられます。

 

……

 

この手の形(印相といいます)は「摂取不捨(せっしゅふしゃ)の印」です。
摂め取って捨てない。
そのお慈悲の活動を「阿弥陀さま」とおよびします。

 

逃げるものを追ってつかまえるというお慈悲です。
落ちる私、仏とは真逆の行動をとる私をつかむ仏さまです。
そして二度と落としはしないとおっしゃいます。
その声を姿にしたのが仏さまの手の形なのです。

 

【仏の中】

 

以前、
「私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません…」
という歌が流行りました。

 

  「人は死んで(天国に生まれ、)骨になる。」

 

科学の世界のみに生き、
実証的な眼しかもたなければ、その通りです。

 

けれども仏教の世界に生き、
転迷開悟の眼をいただいた時、
見えない心のはたらきにであいます。
そしてお念仏に出遇う時、
迷い落ちる私を落とさない仏さまの手の広大さが知らされます。

 

娘の言うとおり、
私たちはもう母親のお腹の中には戻れません。
しかし仏のお腹の中に生きていることは知ることができます。
すくすくと私を仏にすべく、へその緒ならぬお念仏で、私をしっかりとお育てくださいます。

 

  「人は死んでも教えは残る。」

 

そのようにお釈迦さまはおっしゃられたそうです。
亡きあの方は仏さまの教えを残してくださいました。
それがこの度、「浄土真宗」(教え)でした。

 

  「お念仏に出遇う時、人は死んでお浄土に生まれ、仏になる。」

 

お寺で仏法を聴聞し、いつのまにやら気づかされます。
亡き方は、みな阿弥陀さまと同様のお姿、はたらきをされています。

 

阿弥陀さまはもちろんの事、あらゆる仏さまも、
どこか遠方におられるのではありませんでした。
今、私の周囲で、私を救うため様々な「はたらき」となっておられます。
私を阿弥陀さま、
「南無阿弥陀仏」という生の仏さまとの遭遇に邁進くださっていました。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

つながり・つらなり・つたわり

【つながり】

 

ティク・ナット・ハンはベトナム出身の禅僧です。
ダライラマ14世に並ぶ世界的に有名な仏教者です。
そんな彼にこんな言葉があります。

「この一枚の紙のなかには雲が浮かんでいる」

 

白い紙に雲の様子が見えるというのです。
どういうことか。
紙は木からできます。
木は水を水いこんで成長します。
そして水は雨から。
雨は雲から降ります。
木と雲はみえないけれどもつながっているのです。

 

一枚の紙のなかには、雲だけでなく、
木が繁り、水が流れ、雨が降っているのです。

 

「見えないつながり…それは私の一日の中にあふれています。
朝、一杯のアイスコーヒー。
たくさんの人の手によって育ち、届いたコーヒー豆です。
多くの自然の恵みを吸い込んでいるコーヒー豆です。
砂糖も同様、ミルクも同様です。
またコーヒーカップの中にも、氷の中にも、ストローの中にも数え切れないつながりがあります。
さらには着ている服の中に、座っているイスや机の中にもあります。

 

【つらなり】

 

人間の細胞は60兆個という果てしない細胞の数でできているそうです。
けれどもそれ以上に私たちには先祖がいます。

 

1代前は両親の2人、
2代前は祖父母も合わせて6人、
3代前は曾祖父母も合わせて14人。
45代前は約70兆人、細胞の数を超えます!

 

ちなみに45代とは何年ぐらい前でしょう。
仮に一代30年とすると、45代前は1350年前。
私の場合、“大化の改新”頃です。
そんな遠い過去でもありません。

 

さらに人類が誕生したといわれる700万年前までいくと……計算不能です。
それだけのいのちの連なりの結果、登場したのが“私”なのです。

 

遠い過去より、計り知れないいのちが連なり、今の私がいます。
そして今も、数え切れない存在とつながり、生活している私です。

 

【つたわり】

 

仏教はある意味、「仏さまとのつながり」に出遇うみ教えです。

 

この仏さまが私と共に歩まれます。
「何のための人生なのか…」
たとえどのようなつながりが見えなくなった苦悩の境界でも、
この仏さまは「ここにいるよ」と喚ばれます。
さらに普段の生活で不意に迫ってくる、
 「私の人生、何に向かって歩んでいくのか」
 「冷たい言葉をいわれ、辛い仕事をこなしながらも、生きる理由は…」

そんな不安に、間髪入れずに呼応してくださるのが「南無阿弥陀仏」の仏さまです。

 

地球上のどこにも引力という法則の力があるように、
どんな境遇の私をも導かんとする法の力があります。
それは「お慈悲」と呼ばれます。
私の心の中にも外にも、仏さまは姿形をかえはたらきかけてくださいます。

 

仏さまの法にであえた者は、
「つながり」が単なる「結びつき」でなくなります。
電話線が人の「声」を伝えるように、
あらゆる「つながり」は「南無阿弥陀仏」という声の仏さまを伝える線となります。
いつでもどこでもお慈悲が私に流れ込んでいることに気づかされます。

 

「あの人も、あの物も、私に仏さまを伝えてくださっている。」

 

「南無阿弥陀仏」のお念仏申す者は、
あらゆる「つながり」「つらなり」を通して、
お慈悲の「つたわり」を知るいとなみです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

真宗の音

【合同法要】

 

「ご院さん。来月の初盆ですが、○月○日でお願いできませんか?」
「わかりました。では○時にうかがいます。」

 

「それとその時、“100ヶ日法要”が近いですがどうしましょうか。」
「そうですね……では合同にしましょうか。」

 

「ありがとうございます。それと、あの〜」
「何か?」

 

「この際、古いお仏壇を新しくしたいのですが、“入仏式”はどうしましょうか?」
「いつ頃になりそうですか?」

 

「たぶんお盆前には。」
「では……入仏式も合同にしましょう。」

 

「それと、あの〜」
「まだ何か?」

 

「○○の年回忌が近いのですが、どうしましょう?」
「そうですか……ではその日に合同に。」

 

「それと、あの〜」
「あと何ですか?」

 

「納骨がまだなのですが。」
「合同にしましょう!」

 

Mさんの家の初盆は、実に賑やかでした。

 

【夏の音】

 

お盆参りの移動中、ラジオをよく聞きました。
その中、こんなCMを聞きました。

 

  「夏の音って何だろうなぁ?」
  「やっぱり、“チリン、チリン♪”(風輪の音)でしょう!」
  「いや、“ミーン、ミーン♪”(セミの音)や!」
  「僕は、“ザブーン、ザブーン♪”(波の音)だなぁ!」
 そういった三人が、
  「でもやっぱり、夏の音といえば!」
  「……“パカッ、パカッ、パカッ♪”(馬の音)」

 

「夏競馬」の宣伝でした。
最後を聴いて、「やられた!」と。
競馬はしませんが、実にうまい。

 

このCM、三人のイメージする「夏の音」は具体的にどれも違います。
しかし夏を代表する音です。
そこには共通する内容があります。
「暑い」ということです。

 

“夏”そのものを目で見ることはできません。
また“夏”に「音」なんてありません。
けれども「その音」を通して、「夏が来ている」ことを実感できます。

 

ところで、お勤めも同様です。

 

浄土真宗のお勤めといえば何でしょう?

 

  「やっぱり、“きみょ〜むりょ〜じゅにょ〜ら〜い〜”(正信偈)でしょう!」
  「いや、“こうげんぎ〜ぎ〜”(讃仏偈)や!」
  「僕は、“にょーぜーがーもん”(阿弥陀経)だなぁ!」

 

いろいろ仏壇の前でお勤めをします。
それぞれ文句の意味は違います。
けれども共通するものがあります。
「他力」ということです。
阿弥陀様の一人ばたらきです。
始めから最後まで、お慈悲のまっただ中にいるという事です。

 

阿弥陀さまのお慈悲は見ることもできませんし、
ましてやテープに録音できるような仏さまの「喚び声」なんてありません。
けれども「お勤め」を通して、「仏さまのお慈悲が届いている」ことを感じます。

 

【他力の音】

 

  「でもやっぱり、浄土真宗のお勤めといえば!」
  「“なまんだーぶつ、なまんだーぶつ”(お念仏)!」

 

お勤めの中心は「お念仏」です。
お念仏の無い「お勤め」はありません。
最も阿弥陀さまの他力をあらわしたものです。
「乃至十念(お念仏申して浄土へ生まれる身とさせる)」と、
阿弥陀さまの願いの中に誓われたものだからです。

 

南無阿弥陀仏は、阿弥陀さまの名号、お名前です。
名前は相手との関係の第一歩です。
他の何を知っていても、「名前」を知らないと何も始まりません。

 

阿弥陀さまの関係もまず「名前」から始まります。
しかしそれが全てです。

 

賢くなって、知恵を磨いてお浄土に生まれるのではありません。
阿弥陀さまの内実や救いの構造を知ったから生まれるのではありません。
お聴聞して、阿弥陀さまの話を聞き、
今「阿弥陀さまが、この私を救う」事が疑いのない身に育った時、
お浄土参りが成立します。
それを他力の救いといいます。

 

【言葉と、】

 

あとこんなラジオCMも聞きました。

 

  「おばあちゃん」という言葉が最初嫌だった女性。
  けれどもだんだん孫の「おばあちゃん」を通して、
  いろんな気持ちが芽生え、「おばあちゃん」と言われることにホッとするように。

 

  最後の言葉、
  「言葉は人を変えていく、言葉と共に生きていく、○○新聞」

 

某宗教団体の「新聞」の宣伝でした。
最初から雰囲気で分っていましたが、
しかし最後を聴いて、やられました。
「実にうまい」と感心。
浄土真宗にもこんなライターがいれば……。

 

「念仏は、私を変えていく。
念仏と、共に生きていく。  浄土真宗」

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

……

 

第二部 対話と他力

 

【ピカドン】

 

もう一つ。
今年はラジオから、多くの被爆者、戦争体験者の話を聞きました。

 

今でも、目の前で銃撃を受けた父親の姿が目に浮かびます。
戦争は二度とあってはなりません。

 

「人間の世界から戦争なんかなくならない。」
戦争を知らない人の中には、そういう意見もあるかもしれません。
また原爆廃絶を訴える8月6日に、
「人間の世界から原爆なんかなくならない。」
という意見も聞かされました。
確かにそうかもしれません。

 

「紛争なき世界なんて歴史上一度も存在しない。」
「相手が攻めてきたらどうするのだ!」
「戦争は仕方がない。」
しかし戦争体験者の方々が言う「二度と戦争をしてはならない」という声は、
戦争の是非について討論する段階と、次元が違うと思います。

 

「原爆」がそうです。
原子爆弾・核兵器……実際は「ピカドン」です。
爆弾とか兵器といった人間が扱い得る代物ではありません。
化け物なのです。
人間、そして地球を飲み込んでしまいかねない。
それが原爆の正体、「ピカアアアアアッ、ドーン」です。
有る無しではありません。
この世に存在してはならないものです。

 

「二度と戦争をしてはならない。」
現代の「戦争」とは背後にピカドン(核)が潜んでいます。
「あの化け物の目を覚まさせてはならない」のです。

 

戦後70年を迎えました。
日本人があの悲劇を体験し、
70年間「非戦」を刻んできた努力の根柢は、
そこに求められるのではないでしょうか。

 

【対話】

 

けれども現実に核は悠々と存在します。
ならばどうすればよいでしょうか。
国の内外問わず、積極的な「対話」、交流です。

 

他の民族、他の宗教、他の思想の人との交流。
無関係と思わず話しかけ、共通点を見つけていきます。
一つ、また一つと絆が増えていく時、世界の新たな展開が見えるのかもしれません。

 

言葉や思想が同じでも、トラブルが起こるのが私たちです。
正直、言葉や考え方が大きく異なる相手とのやりとりは、
不安や疲れる面が多い仕事です。
けれども“気にせず”にコミュニケーションし、伝え合い、共通項をみつけ合わないとなりません。
「核を持つ時代」に生きる身の一つの責務です。

 

今日は終戦記念日です。
終わりなき戦いの世界。
けれどもいつか終わっていける道を歩みます。

 

【別離なき世界】

 

今夏も葬儀にずいぶん参りました。

 

「この世に生を受けた以上、別れていくのは当然だ。」
「その年齢だったのだから、亡くなるのは仕方ない。」
「泣いてても何も始まらない!」
傍観者の慰めや励ましは、当事者と大きくずれています。

 

喪主は、当然、〈別れ〉とか〈寿命〉とか知っています。
けれども涙が流れます。
別れを引き受けられないのが私たちの本音なのです。
葬儀なんてしたくないのです。

 

けれども現実には淡々と葬儀が執り行なわれていきます。
恩師と別れ、友人と別れ、家族と別れ、
そして最後はあらゆる人と別れて自分がいのち終っていきます。

 

ならばどうすればよいか。
葬儀を通して、〈別れ〉なき世界に出遇います。
仏さまの世界、「倶会一処(くえいっしょ)(再会)」というお浄土の世界に出遇います。
それは“生死一如(しょうじいちにょ)”の世界です。
すなわち、分別なき世界、
出会いと別れという分別もない世界です。

 

今、仏さまの方からその門戸は開かれています。
「われにまかせよ、必ずすくう」という声なき声です。
それは故人の声なき声を通してかもしれません。
「またお浄土で会いましょう。」
別れを単なる悲しみのまま終わらせない道がそこにあります。

 

愛別離苦(あいべつりく。愛しい人との別れの苦しみ)の体験者の唯一残された道、
それは別離なき世界の実現です。
そしてそれが可能なのは、別離を超えた仏さまとの出遇いです。
お念仏を通して、出遇うことのできる仏さまに出遇わせていただきます。

 

(第二部 おわり)    ※冒頭へ

 

 

切り換え

【扇風機】

 

お盆参り真っ最中です。
とにかく今年は連日猛暑。
ご門徒の方も部屋を冷たくしてくださったり、
冷たい飲み物を準備くださいます。
けれども時々ハプニングが。

 

……

 

その家の仏間は部屋がしめきってありました。
「日射しが強いものですから。」
仏壇の前に坐ると、右手に扇風機がありました。
でも動いてません。

 

お勤めしながら汗がジトッと流れます。
しばらくして後ろで、
「おい、扇風機がついてないぞ。」
そして右手で「パチッ」という音がしました。
ホッとしたのもつかの間、いつまでたっても風がきません。
チラッと右を見ると、扇風機は確かに回っています。
けれども首をふっているのです。
ちょうど私の背中にあたる直前でおりかえしています。
後ろのご門徒さんの方へは気持ちよい風が。

 

【クーラー】

 

さて、その家の仏間に入るとやっぱり部屋がしめきってありました。
「開けてください」とは言いません。
現状を受け入れ、汗をダラダラかきながらお勤めが終了しました。

 

家の方が冷たいお茶を出してくださいました。
しばらく話をしていると、
「それにしてもこのクーラー、全然きかないわぁ。」
視線の先を見上げると、そこには新しいクーラーがありました。
「あんまり暑いから、22度まで下げたのに…。」
「……ちょっとそのリモコンいいですか。」
見ると確かに設定温度は大きく「22度」です。
が、そのとなりの小さな矢印が「暖房」を指しています。
「設定切替」で「冷房」にしました。
すぐに心地のよい風が吹いてきました。

 

【自力と他力】

 

クーラーは便利です。
しかし設定温度をどんなに下げても、
「暖房」のままでは暑さの解決にはなりません。
夏の時期は、「冷房」なのです。
ここを間違っているといつまでたっても暑いままなのです。

 

お念仏も同様です。
お念仏にも自力のお念仏と他力のお念仏があります。
迷いの世を生きる私に、
縁あって「お念仏」という行が届けられました。
しかしどんなに称え易い、行じやすいものであっても、
自力の念仏では台無しなのです。
自らの身心の力をたのみ、
「これだけお念仏をしているのだから、自分は大丈夫。ご先祖は大丈夫」
といった心持ちでは、
本当の解決にはなりません。

 

夏場は虫の多い季節です。
「夏だなぁ」と悠長にしていられたら良いですが、
「ぶ〜ん」と近づいてきたら、ピシャリとする私。
どの季節もそうですが、
特に夏の間は、どれほど殺生を行うか分かりません。
そんな罪業の私がはげんだ「自力」にどれほどのものがあるでしょう。

 

「他力のお念仏」とは、聞きもののお念仏です。
お念仏は称えるものですが、
聞いて受けとる「南無阿弥陀仏」の仏さまの側に全ての手柄があります。

 

仏さまの話を聞きます。
耳で聞くのではなく、“腹”で聞きます。
仏さまの願いを聞き、
仏さまの名号・光明として活動される姿を聞きます。
何故願われたのか、何故光明・名号なのか。
聞くばかり、いただくばかりです。

 

お念仏を申し、
他力の世界に出遇う事、
それこそが本当の意味で、私の苦悩の解決となるのです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

あなたへ

【健さん】

 

ある落語家さんの、“あの世”を題材にした落語にこんなワンシーンがあります。

 

それぞれの宗教のお店(?)に行くことになった2人。
「念仏屋」の前に行くと、そこにどこかでみたような人がいました。

 

「……もしかして、高倉健さんじゃないですか?」
「……はい。」
「まあ! 健さんと遇える事ができるなんて、嬉しいなぁ。
 時に健さん、あなたのご宗旨は何ですか?
 神道ですか?クリスチャンですか?」
「自分、仏教ですから。」
「……は?」
「…………ぶっきょう(不器用)ですから(※1)。」

 

……

 

高倉健さんは昭和31年の生まれです。
24歳で俳優にスカウトされます。
最初は「網走番外地」などの任侠映画が大ヒットし、
若者に絶大な人気を得ました。

 

九州男児だった健さん。
「自分は〜」という言い方に男気が感じられ、魅力的な俳優さんでした。

 

その後、「八甲田山」や「幸福の黄色いハンカチ」などに出演。
数々の映画に出演し、
90年代以降は作品の数こそ減ったものの、
「鉄道員(ぽっぽや)」、「ホタル」など存在感ある演技を見せました。

 

2012年、205本目の映画「あなたへ」に出演。
その翌年、文化勲章を受章。
そこで次のようなコメントを発表されました。

 

「大学卒業後、生きるために出会った職業でしたが、
俳優養成所では「他の人の邪魔になるから見学していてください」と言われる落ちこぼれでした。
それでも「辛抱ばい」という母からの言葉を胸に、
国内外の多くの監督から刺激を受け、
それぞれの役の人物の生きざまを通して社会を知り世界を見ました。

 

映画は国境を越え言葉を越えて、
“生きる悲しみ”を希望や勇気に変えることができる力を秘めていることを知りました。……」

 

映画俳優59年で幕を閉じた高倉健さん。
去年の2014年11月10日、悪性リンパ腫にて亡くなられました。
享年84歳でした。

 

【恩】

 

「辛抱ばい」

 

母が言ってくれた六文字の言葉。
高倉健さんが生涯大切にした言葉です。

 

「辛抱ばい」

 

誰が一番辛抱していたかを健さんは知っていると思います。
子どもを養い育てるため、わが身をけずり辛抱した人。
その人が言ってくれた言葉だからこそ、血が通っています。

 

母がくれた励ましの言葉であり、
また逆に母への恩を感じる言葉でもあったと思います。

 

こんなエピソードがあります。

 

「かつて、日中友好条約が結ばれましたおり、
その記念事業として日中合作映画を撮ることが決まり、
ロケ地とスタッフは中国。
俳優は日本からという話から白羽の矢が高倉健さんに回って参りました。
早速、ロケに入り、現地で順調に撮影が進む中、一通の電報が届きます。
「母危篤、すぐ帰れ」。
しかし、俳優の職業を選んだ時点で、親の死に目に会えないと心に決めていたので破り捨てました。
が、どこから漏れたのか監督の耳に入り、
「健さん、すぐ帰ってあげなさい。」と。
本人が拒むのを無理やりトラックに乗せ、町から汽車へ、飛行機へと送り届けたそうです。
羽田空港に着いた時には、すでに葬儀も済み、火葬しているとのこと。
タクシーで直接火葬場へ。
到着した時は、ちょうど収骨の場面でした。
突然何を思ったか、お母さんの遺骨を口に頬張ったそうです。
後に、著書で、「自分としては、当然のことをしたまで。」と回想しておられます。
戦後、物の無い時代を女手一つ幼い姉弟を育てた母親の苦労を思うと、

何も恩返しができなかったと後悔されたそうです。
親を想う心が、この行動を起こさせたのでしょう。」
(平成23年直枉カレンダー(7月)
「動物は「育ててやったのに」とは言わない。」の一口法話より)

 

【他力の恩】

 

「あなたへ」を残しひそかに消えた人 我行精進忍終不悔と(岩国市 釈深念)(大乗2015-2)

 

健さんにはもう一つ座右の銘があります。

 

「行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」

 

酒井雄哉大阿闍梨から教えていただいた言葉だそうです。
母親の言葉と同様、
ただまっすぐに俳優の人生をつきすすんで行く大きな支えとなった言葉です。

 

そして同時に阿弥陀さまの喚び声でもありました。
何故ならこの言葉は『無量寿経』の讃仏偈の最後に出てくるからです。

 

 仮令身止 (けりょうしんし)
 諸苦毒中 (しょくどくちゅう)
 我行精進 (がぎょうしょうじん)
 忍終不悔 (にんじゅうふけ)
  【書き下し】たとひ身をもろもろの苦毒のうちに止くとも、
         わが行、精進にして、
         忍びてつひに悔いじ)

 

それは次のような内容です。
阿弥陀さまがかつて法蔵菩薩という仏の道を歩む者であった時、
宣言されます。
「自分は、
あらゆる者を救う事のできる仏となります。
たとえわが身が“苦毒”の中にあろうとも、
決して精進をおこたらず、
決して後戻りすることなく、
必ず“功徳”を果たし遂げ、その者を救います。」

 

「行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」

 

私を救うための行為を、
片時としてやめることのなかった事を示す阿弥陀さまの言葉です。

 

阿弥陀さまは、
私の煩悩という国境を越え、
言葉を超えて、
名号「南無阿弥陀仏」と至り届きます。
“生きる悲しみ”に絶望しようとする私を、
“生きる喜び”に転じかえることができる力をもっているのが、
他力の名号である、南無阿弥陀仏です。

 

  「われ称え われ聞くなれど 南無阿弥陀仏 必ず救うの 弥陀の喚び声」

 

南無阿弥陀仏は自分が生涯称えていくものです。
自分の道は自分で歩まなければなりません。
しかし同時に、それは生涯にわたって私を後ろから支え続けてくださる、
阿弥陀さまの喚び声でした。

 

「あなたへ。
見えないものを見る生き方。
他力の仏と共に歩む人生を知ってください。」

 

健さんの生き様に、
私にも届いてくださる阿弥陀さまの生き様を
併せて重ねて感じさせていただき、
今日も「讃仏偈」をお勤めさせていただきます。

 

 我行精進 (がぎょうしょうじん)
 忍終不悔 (にんじゅうふけ)
  【書き下し】わが行、精進にして、
         忍びてつひに悔いじ)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

※1 「不器用ですから」は高倉健さんの日本生命のCMの言葉です。

 

 

 

心おこせよ

【FB】

 

先日、お参りにこられたご門徒さんから、
一枚の紙を渡されました。

 

「これ、何て読むのですか?」

 

それはある歌でした。

 

蓮如上人の歌

 

どこかのお寺の講師控え室でもみかけた歌です。
しかし恥ずかしながら、こういう達筆は読めません。

 

困ったなと思いながら、
何気なくFACEBOOKに投稿しました。

 

ご存じな方がおられたら教えてください。

 

「……我を……あらば ……弥陀たのむ……をこせよ」
…駄目だ。

 

すると3時間後、ある友人が、
教えてくれました。
そしてその一分後には別の友人が、詳細な読み方を連絡。

 

本当にビックリしました。
私だったら、何年かかっても、はたして読めたか……。

 

Nさん、Mさん、ありがとうございました!恐れ入りました。大変勉強になりました。

 

<(_ _*)> アリガトォ

 

【法歌】

 

蓮如上人の歌

 

な幾後尓 我をわ素連ぬ 人もあらハ
堂ゝ弥陀たの無 古ゝ路をこせよ  兼寿

 

兼寿とは蓮如上人のことです。
読みやすくすると、

 

なき後(あと)に 我をわすれぬ 人もあらば
たゞ弥陀たのむ こころ をこせよ

 

明応六年(1497)、蓮如上人が83歳の時の歌です。
ご往生される2年前の歌。

 

「私(蓮如)が亡くなった後、もしも私を思い出す事があったならば、
私の事よりも、
私が生涯説き続けた、阿弥陀さまの事を慕い、
お救いを喜び、
「後生おまかせいたします」と憑(たの)む心を忘れないでほしい。」

 

そんな内容の歌です。

 

自分の事を思い出して、お花やお供えをしてくれる事も少しは嬉しいけれども、
それよりも、
自分が一生涯かけて歩んだ道をあなたも一緒に歩んでもらいたい、
それが蓮如上人の本音でした。

 

【今という事】

 

「ただ弥陀たのむ心」
簡単でいて難解な事です。
他力の雨は、いつでも私に降り注いでいますが、
そのあまりにも広大なお徳のため、
かえって受け入れを拒否しがちな私です。

 

「いや、は他力よりも自力の方が…」
「結局、死ぬ話でしょ……は暗い話はちょっと……」
「そんな事よりは仕事が…」

 

他の事に目が移りがちな私たちです。

 

けれども現実の「」をきちんと見つめてほしいのが蓮如上人の願いでした。
「仏法には明日といふことはあるまじき」(『蓮如上人御一代聞書』註釈版1280頁)といわれました。
、私の進むべき道が定まる事、これが何よりも大きな問題なのです。
ある人は言われました。
「あなたは絶望に向かってすすんではいませんか?」
そうはさせないと立ち上がられているはたらきを、阿弥陀さまといいます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

追記:

 

故I和上はよくおっしゃっていました。
  “浄土真宗の肝はいつでも臨終法話です。
  ですから、が最後でも間に合います。
  明日いのちがない、それでも充分に間に合っているのが、阿弥陀さまの話です。”

 

「ならば別にきかなくても…」

 

そういう話ではありません。
」聞かない人は、臨終になっても聞きません。
それこそ臨終の時になったら、それが「今」だからです。

 

どんなに今、法の雨が降っていても、レインコートをしている人は濡れないのです。
今、レインコートを脱ぐ。
お聴聞ください。
「これからの若い者はどうなっていくのか…」
とつぶやく前に、どうぞあなたが。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

残したいもの

【人は死んでも】

 

最近、あるお経をテーマにしたテレビ番組を観ました。
そのサブタイトルが「(人は)死んでも教えは残る」。
そのお経はお釈迦さまの晩年の様子を示したものでした。

 

お釈迦さまは苦しい息の中でこう説かれます。
「自分の死後、お花や供物をお供えする事よりも、
自分の残した教えを大切にする事、
そちらの方がよっぽど供養として嬉しい」と。

 

ご法事も同様です。、
ご法事は亡き人を偲ぶと同時に、
亡き人が伝え残してくださったみ教えをいただきます。
「自らを灯火とせよ、法を灯火とせよ」(お釈迦さま)。
お釈迦さまから脈々と伝わる仏法を、私事として、私自身が聴聞いたします。

 

【子どもニュース】

 

先月、岩国市民会館で池上彰さんの講演会「21世紀の子どもたちに何を残せるか」(国際ソロプチミスト岩国認証35周年記念文化講演会)がありました。
始まる1時間前から長蛇の列。
大変な人気でした。
近辺の駐車場が空いておらず、少々、焦りました。

 

 

元々、NHKの記者だった池上さんですが、
1994年、業務命令(たぶん冗談でしょう)により、
NHKのテレビ番組「週刊こどもニュース」の編集、同時に“お父さん”の役を仰せつかりました。
一週間のニュースを、模型を使ってお母さんや子供たちへ分かり易く説明されました。

 

「週刊こどもニュース」は生放送の番組です。
子どもから容赦ない質問がきたそうです。
「“安全性に問題”ってどういう意味?」
「だから〜〜なんだよ。わかった?」
「だったら最初から言ってよぉ。」
「……はい、すいません。」

 

毎週、どういう言い方をすれば子供にきちんと分ってもらえるのか、準備が大変だったそうです。
しかしまた、思わぬ収穫もありました。
子供に丁寧に話すことによって、
自分たち大人が意味不明なまま終わらせていたことが、
はっきりするようになったのです。
大人がお互い暗黙の了解のように曖昧にしていたことが、
結果としてよく分るようになりました。

 

「こどもニュースを見ると、“なるほどそうだったのか”と分かるので、毎週楽しみに見ています。」
大人にも好評な番組になりました。
(ちなみに、池上さんはこの番組を11年続けられました。)

 

分っているようで細部まできちんとわかっていなかった問題がありました。
「子供のための説明」は、結局、大人にも有用でした。

 

【還暦すぎたら】

 

「21世紀の子どもたちに何を残せるか」。
私たちは何を子供たちに残したらよいのでしょう。
それは別の言い方をすれば、
「他でもないこの私は一体、何を一番大切にしているのか」ということです。
私事なのです。
「私の人生で一番大切なものはなにか」。
人に教えてもらう前に、私が考えなければなりません。

 

東日本大震災のテーマソング「花は咲く」にもあります。

 

  「花は 花は 花は咲く わたしは何を残しただろう♪」

 

今生だけでなく、来世にわたって、
自らの“いのち”において最も大切な教え、それを宗教(かなめの教え)といいます。
私の人生に筋を通すものです。
浄土真宗の場合、それは阿弥陀さまの教え、お念仏の教えです。

 

けれども子どもにそれを言えば、すぐに返答がくるでしょう。
「阿弥陀さまって何?」
「他力本願って何?」
「お浄土って何?」
「なんだかわからんけど……とにかく大切!」では子どもは許してくれません。

 

「なんで阿弥陀さまは救ってくれるの?」
「なんで他の仏さまじゃないの?」
「なんでお浄土へ行くことができるの?」
思ったよりも阿弥陀さまの事が分かっているようで分かっていない自分に気づかされます。

 

それで良いのです。
それがお聴聞を聞く励みにも、楽しみにもなると思います。

 

またお子さんと、お孫さんとご一緒にお寺参り(お聴聞参り)されると、
さらに励みになるかもしれません。
たとえば、
「○○ちゃん、一緒に“お聴聞”に行こうか」。
「え〜〜やだ〜〜、遊びたいのに?」
「…帰りに妖怪メダル買ってあげるから」。
「あ、それなら、行く!」
子どもを自分のために誘ってみましょう。
意外と法話が耳に入るかもしれません。
また将来の子どものためにもきっと良い思い出になります。

 

還暦を過ぎ、退職され、世間という荷物が少し軽くなった皆さま。
どうぞお近くのお寺でお聴聞されてみてはどうでしょう?

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

本当の出会い

※これは『宝章』27号に寄稿したものです。

 

 「倶会一処(くえいっしょ)(ともに一処にて会う)」という言葉が『阿弥陀経』にあらわれるのは、お釈迦さまがお浄土の様子、仏・聖衆方についてひとしきり語られた直後です。

「舎利弗、衆生聞かんもの、まさに発願してかの国に生ぜんと願ふべし。ゆゑはいかん。かくのごときの諸上善人とともに一処に会することを得ればなり。」(『仏説阿弥陀経』、註釈版聖典一二四頁)

 お釈迦さまは私たちに、この阿弥陀さまのお浄土へ生まれたいという願いをおこすようすすめられます。そしてその理由が「お浄土は今は亡き多くの方々とまた出会うことのできる世界だから」とお示しくださるのです。
 お念仏を喜ぶ者は、命終って往生した時、先に往生された懐かしい人たちとお浄土で必ず再会します。皆ともに同一の場所、真実のさとりの世界において和やかに集うのです。
 お浄土が間違いなく出会える世界、心通じ合える世界である事を「倶会一処」は説いています。それは逆に、今私たちが生きている境涯の悲しみ、厳しい〈別れ〉の現実を教えてくれてもいるのです。

 

 かつて僧侶になるための研修を受けていた時のことです。最終日、ある先生が「一期一会」という事を話されました。
 「君たちはまだ高校生です。この二週間でたくさんの難しい事を学んだけれども、全部覚えていられるか、僧侶としてうまくやっていけるか不安も多いことでしょう。だから一つだけ、一期一会という言葉を忘れないでください。お参りに行く時も、また法座でご門徒さんと会う時も、『今、この機会は二度とない、一生に一度の大切な出会いなのだ』という気持ちを持つ事。そうすれば大丈夫です。」
 ありがたい激励の言葉でしたが、二十数年経った現在、この一期一会の気持ちこそ最も難しく、忘れがちになる事を思い知らされます。
 多忙な時、お参りをしていても「これがこの方との最後の勤行かもしれない」という気持ちは、いつの間にやら抜けています。お茶をいただきながら、たわいもない話をして帰ります。その方が亡くなられたという訃報を聞いて、初めて「あれが生涯最後の時だったのか」と反省する次第です。

 

 別れは突然やってくるものだと頭では分っていても油断している私がいます。むしろ親しければ親しい人ほど、今ここで出会っている事のかけがえのなさはおろそかになるのかもしれません。
 お通夜の最後、喪主であったMさんが次のような挨拶をされました。
「その晩、いつものように学校の仕事が終わってから父の見舞いに行きました。すると父が病室のベットで寝たまま、手をさしのべてきました。何気なくその手を取ると、ギュッと強く握ってきました。『何か言いたいのでは』と思ったのですが、次の日の期末テストの試験がまだできていませんでした。『仕事があるのでもう帰ります』と言って手を振り切り、帰宅しました。それが父との最後の時間でした。何十年と一緒に過ごしてきて、なぜ、あの時、父の気持ちを察することができなかったのか。」
 Mさんは涙をこぼしつつ、「もうお浄土がなければ生きていけません。お浄土で父と会わなければなりません」と言って、挨拶をしめくくられました。
 すれ違いのまま終わらない世界がある事を、Mさんはお念仏を通して聞いておられました。お念仏を称えても、別離の涙はこぼれます。しかし「また出会う世界があるぞ。まだ間に合う世界があるぞ」という仏の声を聞く時、後悔の涙は止まるのです。そして「今度はお浄土でお会いします。その時を楽しみに、お念仏を大切にしていきます」と、故人を追慕できるのです。

 

 出会っているようで、本当の出会い、一期一会の出会いとは成り難い世界を生きている事を「倶会一処」は教えています。本音を語り合い、心を通じ合わせるどころか、すれ違い、更には憎しみ妬みがわき起こり、遂には争いにまで発展しかねないのが私たちの出会いです。
 Kさんからこんなお話を聞きました。数年前にあったKさんの祖母の葬儀の時、長男であるKさんの父親が、「婆さまはやっと、爺さまと一緒になれた」とつぶやいたのだそうです。
 離婚があったのは、Kさんの父親が中学生の時だったそうです。なぜ両親は別れて暮らさなければならないのか。女手一つで自分たち三人の子供を育ててくれた母親に、別れた理由を強くは尋ねられなかったそうです。
 「祖父が亡くなって数十年、今度は祖母が往生の素懐を遂げました。ようやく二人はお浄土という心を通じ合わせられる場所で一緒になれた……そんな思いから出たのがあの葬儀の時の言葉だったと思います。」
 南無阿弥陀仏を通して、他でもないこの私を全力で救い取ろうとされる仏の心と出遇った時、同時にあらゆる出来事が自身のお浄土参りの尊いご縁であった事に気づかされます。
 Kさんの祖父母は生前に別離され、また共にもうこの世にはおられません。しかしお念仏申す時、そこにはお二人が一緒になって、お釈迦さま同様、お浄土のお徳を讃えておられることが知らされます。もう決してすれ違うことのない世界、二度と別れる事のない世界がお浄土なのだと二人揃って語りかけておられるのです。
 お浄土への道。それは本当の出会いに向かって歩む道であり、あらゆる別れが別れのまま終わらない道です。子供の頃の記憶のかなたにある出会いから、今まさに失った絶望的悲しみの別れまで、私の邂逅と別離の全人生を包み込むお浄土があることを、お釈迦さまの「倶会一処」のご教導よりお聞かせにあずかります。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

動機と極意

【動機】

 

合気道を習っている某哲学者U氏が、
入門当初、師匠にたずねられたそうです。

 

「なぜ合気道を習いたいの?」
「喧嘩に強くなりたいからです。」

 

すると先生はニコッと笑い、
「そういう動機で合気道を始めてもいいよ」
とおっしゃったそうです。

 

今になって分るそうです。
師匠の「そういう動機でもいいよ」とは、
「そのままでは駄目だよ」という事でした。
そして、
「そんなものがこの世に存在するとは思っていなかったようなものを、
これから君は私から学ぶであろう」
と言う事でもありました。

 

師匠はたくみにU氏を合気道に導き、
今まで知らなかった合気道のすばらしさにであわせたのでした。

 

【方便】

 

親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、
よきひと(法然)の仰せをかぶりて信ずるほかに別の子細なきなり。(『歎異抄』第二条)

 

浄土真宗の真実の行は、お念仏ただひとつです。
ということは言い方をかえると、
他の行には用事がないという事です。

 

では、お念仏以外の行はお経に説かれていないのでしょうか?
書いてあります。
「修諸功徳」とか「植諸徳本」とか。
これはお念仏も含めたあらゆる行のことです。

 

「やっぱりお念仏ひとつなんて、偏っている。」
「たくさんの行をお説きくださったお釈迦さまを、批判している!」
「お釈迦さまの教えを否定している。仏弟子として一番やってはいけないことだ!」

 

至極もっとも…のようにも聞こえますが、実はお経の大切な読み方を忘れています。
お経は真実の内容の他に、もう一つの内容があります。
それを方便といいます。
方便とは「ウソ」ではありません。
私たち凡夫を真実に導くためのすぐれた教化方法です。
お念仏以外の行は方便の行なのです。

 

お念仏ではもの足りなく、もっと難易度の高い行にひかれている人がいます。
またそれまでそういう行をしてきた人がいます。
お釈迦さまは「それではお浄土に参れないよ」と拒絶するのではなく、
一端その方々の言い分を受け入れて、
お浄土の話の座に座らせ、
阿弥陀さまに出遇わせるのです。

 

阿弥陀さまの真意に出遇った時、
「そんなものがこの世に存在するとは思っていなかった」と驚かされるのです。
他力の教えです。
そしてお念仏一筋になります。
そのためにお経には、わざとお念仏以外の行が説かれてあるのです。
お釈迦さまの巧みな教育的手段です。

 

【極意】

 

  「基本」というものがたいていの場合そうであるように、これは同時に「極意」でもある。(U氏)

 

何事もまず第一歩が一番大切です。
そしてその基本がきちんとできたということは、すべてが出来た事にもなるのです。

 

お念仏も同様です。
お念仏とは最初の行であり、
その中身がきちんとしていれば、最後の行になりうるのです。

 

念仏とは、単に「仏さまを念ずる(名を称える)」ものではありません。
ましてや、
 「(私が)念仏し、仏さまを拝んだ結果、
 功徳が積まれ、浄土で仏となる」
というのであれば、
それは念仏の誤解です。
それを自力の念仏といいます。

 

念仏は仏心の結晶です。
阿弥陀さまが選んだ行、
阿弥陀さまの願いが凝縮された行です。
これを他力の念仏といいます。

 

私の奥底にある苦悩を、わが事としてに誰よりも向き合われた方がいます。
そして五劫という長い間、ご苦心され、その苦悩の解決へ向けて苦労をされました。
結果、私がどのような生き様であろうと、決して見放さない仏さまとなられました。
どれほど苦悩の闇が広く深かろうとも、間違いなく打ち破るはたらきの方です。
光明無量の仏さま、阿弥陀さまです。

 

仏さまの目には、
どれほど戒めを守り、修行を積み重ねても、
清らかな仏どころか、煩悩がいよいよ色濃く見えてしまう私の姿が映っていました。
「わたしは正しくやっている」という驕慢心、ぬぐいがたいものがあります。
それこそ油断すれば、一瞬で極重の悪人に成り下がりかねない、
いやもうすでに成りきっている私を、見捨てずにはおれない仏さまでした。
仏の光にさえ目を閉じようとする私の心に、
「かならず救う」という声のひびきとなって、飛び込まれます。
その声が名号「南無阿弥陀仏」です。

 

名号をもって、閉じこもった闇の中の私をする仏さまがいます。
聞きもののお念仏、それがお念仏の極意です。

 

【恥じない生き方】

 

お念仏もうす時、ひそかに自らの浅はかさも聞こえます。
仏道を歩むにはあまりにも弱く、非力な自分でした。
しかし決して「私は駄目なんだ。あきらめて勝手気ままな人生を」とはなりません。
どうどうと仏道を歩みます。
何故なら「そのまま来いよ、必ず救う」という阿弥陀さまの声が聞け、
決してくずれない支えに出遇っているからです。

 

「どうすれば阿弥陀さまが喜ばれるだろうか。」

 

支えを喜び、支えに恥じない生き方・努力をします。
お念仏もうしつつ、日常を仏法化していきます。
生活がそのままお浄土への一直線の道に。
そう為さしめるはたらきにであっているからです。
念仏以外の行、自力の行は全く用事がありませんでした。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

動き通しの阿弥陀さま

 

 

こちらは本願寺山口別院テレフォン法話(083−973−0111)です。
本日は、岩国組 専徳寺 弘中 満雄がお取り次ぎいたします。

 

私事ですが、現在4人の子供がいます。
「子育ては自分育て」と言いますが、様々な事を学ばせてもらいます。

 

一昨年でしたが、お参りから帰ると、娘と弟が兄弟喧嘩をしていました。
そしてきっかけをたずねると、「仏さまだ」というのです。

 

最初に3歳の弟が本堂の阿弥陀さまの物まねを始めました。
右手を上げ、左手を下げ、ニコニコしながら家中を歩きます。
それを見たお姉ちゃんが「ののさまは動かんよ!」と言ったのです。
しかし構わず弟は歩きます。
いうことをきかないので無理に立ち止まらせようとして、とうとう喧嘩になっていたのでした。

 

仲直りさせながら思い出したのが、
今年の2月に亡くなられた児童文学作家である松谷みよ子さんの「ののさま だいすき」という詞でした。

ののさま いくつ 十三 七つ
どこまで いっしょ ずうっと いっしょ
ふうちゃんが あるけば ののさまも あるく
ふうちゃんが とまれば ののさまも とまる
ののさま だいすき あしたも またね

 

ふうちゃんがどこで何をしていても、ののさまは一緒です。
どこでつまずこうと、必ず側にいてくれます。
常に私と同じ歩調の方がいる。
子供にとってこれほどの安心はないでしょう。

 

そしてそれは私たち大人も同様です。
何もかも嫌になって、孤独の空しさをかみしめている時、
「かならずあなたに到り届くよ」と喚んでくださるのが、光かぎりない仏さまです。
しかし、その仏さまからさえも、どこまでも逃げ続け、罪を作ってきたのが煩悩だらけの私です。
それなのに、「決して離しはしない」と叫んで、
変らず私を抱きしめてくださるのが、やはりこの仏さまなのです。

 

南無阿弥陀仏…称えれば声の響きとなって、仏さまは今あなたの所へ現れ出てくださいます。
どこまで逃げ続けていっても、「あなたを一人にはしない」と喚び、決して立ち止まらず、動き通し、働き通しの仏さま。
今日も仏さまと二人三脚の道を歩んでまいります。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

みそつぼ

 

私たちのみ教えはお念仏一つです。
他に何の目的もありません。
どうぞこの法話を聞きながら自分の声でお念仏してみてください。
「南無阿弥陀仏」。そこにはお救いの全体が説き述べられています。

 

昔、あるお笑い芸能人が、テレビで初めてクイズ番組の司会を担当しました。
それは10分のコーナーでしたが生放送でした。
初めてでかなり上がっていた彼は、
「一体、この壺の中には何が入っているでしょう?」
と言う所を、
「この味噌壺の中には何が入っているでしょう?」
と言ってしまいました。

 

答えを出してしまったのです。
生放送ですからもうどうしようもありません。
会場が騒然、本人も「しまった」。
けれども心の中で
「まあいい。みんなが『味噌』と答えた時、『よく皆さん答えをご存じで』とボケれば、笑いがとれる」
と、気持ちを切り換えました。

 

「答えをどうぞ!」
案の定、回答者の答えは味噌、味噌、味噌…塩?
何と一人が気を遣ってわざと間違えたのでした。
これで本当に彼はパニックになりました。
もうどうやってまとめたらよいのか分らず、どうにかこうにか番組を終え、その方は気絶しました。

 

実は、「味噌壺」と同様、今、私たちが称えるお念仏にも既に答えが出ています。
「南無阿弥陀仏」、それが私に真正面から向き合ってくださる仏さまであり、これ以上ない私のよりどころです。

 

「阿弥陀」とはお釈迦さまの生まれられたインドの言葉です。
かぎりない光、かぎりないいのちという意味です。
永遠の光であり、永遠のいのちの仏さま。その方が私を支えてくださいます。

 

どこまで真実から遠く離れた煩悩まみれの私であっても、
この光の仏さまは
「かならず到り届くよ」
と喚んでくださいます。
どこまでも長い間、仏さまから逃げ続け、罪を作ってきた私であっても、
このいのちの仏さまは
「決して離しはしない」
と叫んでいます。

 

何の気遣いもいりません。
普段から、嬉しい時もそして辛くてどうしようもない時でも、
「南無阿弥陀仏」と声に出してください。
一生涯、煩悩にまみれ、罪を作り続ける私ともう既に見抜かれたからこそ、
「必ず救う」「一人にはしない」
と全力で活動しておられるお慈悲の仏さまが、
今、あなたのいるその場所におられます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

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【匂いと臭い】

 

朝、家で珈琲を飲んでいた時の事。
側にあったお菓子を一口食べました。
「おい、これ腐ってるよ…」
生クリームが、臭い。
「昨日いただいたものなのになんで腐ったんだろう?」
すると妻が、
「クリームチーズですよ。」
「なんだ、チーズかぁ。」
「ティラミスと同じチーズの匂いですね。」
落ち着いて食べると、確かに大人向けの良い匂いです。
「うん、上手い!」
さっきまで「これは食べられない!」と思っていたのに…。

 

……

 

腐敗と発酵は、同じ過程です。
食べ物に菌がとりついてできるわけです。
けれども腐敗は人間にとって悪い物に、発酵は人間にとって良い物ができます。
牛乳がチーズに、ヨーグルトに、バターになります。
またキュウリ等、様々な野菜も漬け物になります。

 

腐敗した物は捨てるしかありません。
しかし発酵した物は口にでき味わい深いのです。

 

法を聞くということは発酵に似ています。
かつて経験した様々な悲しみ・苦しみが味わい深いものに変るのです。
「あの別れも法に出遇うご縁でした。」
「あの病気も、この見えない物を見させていただくご縁でした。」
そして“死”も同様です。
必ずおとずれる私の死。
「死はどうせいつかくるんだし。考えたくないし」と放っといて腐敗させるか、
「死は終わりではなかった。○○だった。大切な事を教えてくれた」と発酵させるか。
生と死は紙の表と裏です。
死の腐敗はそのまま生の腐敗ともいえるのではないでしょうか。

 

腐敗の臭いと発酵の匂い、同じ「におい」ですが全然違います。
何度も聞法するうちに発酵されていくわが身があります。
発酵させるはたらきである「法(おみのり)」、それを浄土真宗では「お念仏一つ」とします。

 

【祈りではない】

 

加藤辯三郎さんは、京大卒業の発酵の研究者です。
同時に、協和発酵工業(現協和発酵キリン)の創業者・経営者でもあります。
戦後、ストレプトマイシンという技術をアメリカから導入し、
日本を結核から守ったという功績があります。

 

そんな科学者・経営者の加藤さんは、仏教者・念仏者でもありました。
若い頃は「社会と何の役に立つのか、科学から目をそらしている」と馬の耳に念仏状態。
仏教は厭世的、逃避的という先入観もあり、どうしても馴染めなかったそうです。
しかし実に最初の聞法のご縁から20年、ようやく念仏の有り難さにであったそうです。

 

「在家仏教協会」の初代会長である加藤辨三郎さん。
亡くなられて、今年は33回忌です。

 

……

 

在家仏教協会に入る前、こんなエピソードがあります。
昭和25年頃、NHKの「朝の訪問」という番組に出演中、アナウンサーが質問したのです。
「この間の事故は大変でしたね。」
それは先日、加藤さんがアメリカへ出張した際に遭遇した列車脱線転覆事故の事でした。
加藤さんは幸い軽傷ですみ、すぐに帰国できました。
「(事故の時、)念仏は称えましたか?」
「事故の瞬間も、傷を負ったと知ったときも念仏はなかったです。ただ、痛いだけでした。」
「…大事故に遭いながらも、軽傷ですんだのも、念仏を称えていたからではないでしょうか?」

 

すると加藤さんは答えられました。
「念仏をそういうふうに利己的に考えるのは、大きな間違いです!
自分も仏教を知るまえはそう考えていたが、
この考えが、自分の仏教に対する考え方を大きく誤らせていていました。
念仏を称えたから怪我をしないといか、病気が治ると考えるのは大きな間違い。
念仏とは、こうした考えとは逆で、どんな病気、怪我をしようが、
責任はだれにも転嫁しないで、いっさいの責任を自分に感ずるような世界です。
そして、どんな境遇にあっても、つねに感謝する、そういう心の境地です。」
そう答えられました。(児玉識『加藤辨三郎と仏教』65頁 一部編集しています)

 

また加藤さんはこうも言われています。

 

「私は、また宗教を、事業に利用しようなどとは、つゆほども思わない。
利用されているような宗教があったら、ニセモノと思ってよろしい。
宗教は、個人の頭の中に革命を起こさすものであるが、
事業の繁栄や、世界の平和に直接の関係はない。
若し、あるとしたら、それは各個人個人の、
ものの考え方の転換からくる間接的、或いは相互的な影響からくるのであろう。
私は、率直に言うが、
協和発酵が栄えますようにとか、ここにはストライキがおこりませんようにとかと仏に祈っているのではない。
もともと、仏教には祈りというものがないのである。
祈りたいというような、その不足感を、みな自分自身の責任だと内省するのが、仏教である。
会社の成績が上がらないのも、ひととの和合ができないのも、ことごとくこれ、自分に責任ありと深く反省する、
それが仏教に教えられてあることなのだ」(「所感 私の宗教観」『協和』第25号)

 

【批判】

 

またこんなエピソードもあります。

 

ある超大物宗教学者が、ラジオで、
「キリスト教の天国とおなじように、
極楽と称するものが西方十万億仏土のかなたにあり、
そこに阿弥陀仏という仏がいて、死んだらそこへ行くという説法をする」と話しました。
東大の宗教学教授たる人が、あまりにもあっさりと「天国と浄土は同じ」と言われたので、
加藤さんは「天国と同じように、浄土教を固定的に言ったのでは困る」と伝言。
その方も「私が間違っていた」とあやまったそうです。

 

ところが後日、その方が皮膚癌で亡くなられました。
そして葬儀の際、「わが生死観」という遺稿が会葬者に配布されました。
そこには闘病の苦悩が切々と語られ、けれどもこんな事が書かれてありました。

 

「(極楽が信じられたらどんなに楽か…)
しかしわしはこの信じられないことを喜ぶ。
わが知性の強靱さにわれながらあきれておる。
そして、満足しておる。」

 

この「わが生死観」は当時かなり反響を呼んだそうです。
無宗教を標榜する知識人には大いに共感されたことでしょう。
長年多くの宗教を研究した者の結論として、
「無宗教こそが素晴らしいのだ」と誤解を受けかねない内容でした。

 

加藤さんは、まずもってその方の誠実さと勇気に心から尊敬の念をあらわします。
しかしその影響力の大きさを懸念して、あえて「仏教を誤解している」と批判しています。
亡くなった者への批判とは失礼極まりないと思いつつもです。
それは仏教が直接問題にしているのは、死後の世界ではなく、
「わが知性」だからです。

 

「先生は極楽を信ずることはできない。
したがって来世を信ずることはできないとおっしゃるのですが、
わたくしは逆にそれでは、後のことはわからぬとしても、
あなたは、いったいどこからおいでなさいましたか、と聞きたいのであります。
そして、それをほんとうにおかんがえになったかどうか。
死んだあとのことばかりかんがえていらっしゃるように見受けられるけれども、
生まれない先をかんがえてごらんになったことがあるか。
わたくしには死んだあとよりは生まれないときのことの方が深い思惟をあたえてくれる。
(児玉前掲書87頁)」

 

私が生まれる前、無限の過去があったはずです。
それならば、未来は何もない、「さよなら」しかないと言えるのか。
「信じられない」ことこそ素晴らしい人間の知性ではなく、
「なぜ信じられないのか」と「わが知性」という事に疑問してみるべきではないかと言うのです。
そしてその時、わが知性といわれているべき物の正体、仏教でいう「煩悩」に突き当たるのです。

 

また加藤さんは、ある講演会で
「ある高名な科学者が、人間も死んでしまえば無に帰するだけで、何も残るものはないと言っていたが、あなたはどう考えるか」
と質問されました。
その時も次のように答えています。
「私も若い頃はそのように考えていました。
しかし、それは全く驕慢のほかの何物でもありませんでした。
みずからのおろかさを暴露したばかりでなく、その考えは科学的でさえなかったのです。
死んで無に帰するなら、私たちは無から生じたことになりませんか。
無から有を生ずるという事実を科学が証明したことがあるでしょうか。
一方で、科学者のはしくれを以て任じていた私が、
他方では死んだら無に帰するなどと幼稚なことを言って得々としていたとはなんという恥ずかしいことでしょう。
……私のいのちはまるまる如来からたまわったいのちなのです。
……それは科学的証明とはいえますまい。
しかし、少なくとも死は無に帰することだとの説よりはずっと科学的だと私は感じます。」(「家郷」『日々新たに』)

 

【在家者の法話】

 

…僧侶が「宗教(仏教)に祈りはありません」とか、
「お浄土があります」といっても、
ご縁のない方には、「はい、はい、そうですね。」と軽くあしらわれる時があります。
「お坊さんが、仕事上、お決まりの通り言っているのだ」といった態度です。
けれども、一般の方でこのような方がおられると心強いものがあります。

 

お浄土の仏さまが、今、私のいのちのうえにはたらき続けてくださいます。
今日も一日、感謝の日々です。

 

合掌

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

今現に私の所で

【叔母のお寺】

 

先日、ある方からお電話がありました。
「○○という者をご存じないでしょうか?」
自分の叔母だというのです。

 

叔母さんは二ヶ月前に亡くなられました。
葬儀は取り急ぎ葬儀社の関係あるお寺さんにお願いしました。
けれども生前、あるお寺と法事や法座でのご縁があることを聞かされていました。
叔母のためにも、何とかそのお寺を見つけたいのだそうです。

 

「それでお寺の名前は?」
「…それが聞いていませんでした。
玖珂駅からタクシーで大体30分の距離という事だけは分かるのですが。」

 

確かに私のお寺は玖珂駅からタクシーで30分です。
けれどもそんなお寺はいくらでもあります。
錦帯橋方面のお寺、北河内、由宇、下松の方にもたくさんお寺があります。
30はあるでしょう。

 

「申しわけありませんが、○○という方は存じ上げません。」
「そうですか。」
叔母から何故、一度でもお寺の名前を聞いておかなかったのか。
残念そうに電話を切られました。

 

【第一声】

 

○○さんのご縁のお寺の名前は分かりませんが、
私とこの度ご縁のお浄土の名前は分かります。

 

『阿弥陀経』でのお釈迦さまの第一声はこうあります。

 

従是西方、過十萬億佛土有世界、名曰極楽。
其土有佛、号阿弥陀。今現在説法。
  これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、名づけて極楽といふ。
  その土に仏まします、阿弥陀と号す。いま現にましまして法を説きたまふ。

 

極楽はここから西の方角、十万億の仏国土を過ぎたところにあり、
そこには阿弥陀さまがおられ、現在、法を説いてくださっているといます。

 

「何故他の方角ではないのか?」
「十万億土なんてばかげてる!」
科学の視点で読むとそのような疑問が当然出てきます。

 

疑問を働かせる前に、何度も何度も噛み味わいます。
するとその言葉の“私のためにこめられた”メッセージが窺えます。

 

【西方十万億土】

 

西方…それは太陽が没する方向です。
没すると夜がやって来ます。
それはつまり、やがて私もいのち尽きる事を示しています。

 

しかし太陽が消滅したわけではありません。
同様に、私という存在も霧散してしまうわけではないのです。
西方とは、私が目を背けようとする死を暗に見つめさせ、
しかし「死んだらおしまい」ではなく、
死後に大切な問題があるという事、
「後生の一大事」に目を向けさせる手始めの言葉です。

 

十万億土…これを計算された方がおられます。
大阪工業大学の元教授の山内俊平さんです。
結果は、およそ「十京光年」!

 

十京(けい)とは10の17乗です。
つまり光の速さの乗り物で進んだとしても、たどりつくのに1億年の10億倍かかります。
人工衛星だったら300兆倍…。
数値が大きすぎて驚きすらわきません。

 

山内さんいわく、「どんなにもがいても、行けない距離」というのがよく分かったそうです。
そして、お浄土参りは「仏さまにおまかせする」事を再確認されました。
その仏さまを「阿弥陀仏」といいます。

 

【今現在説法】

 

お浄土におられる阿弥陀さまですが、
決してそこにとどまっておられるわけではありません。

 

「今現在説法」…今現に“私の”存する場所でかれているのです。
いつでもどこでも私を喚んでおられます。
喚ばずにおれない事情があるのです。

 

喜怒はげしいわが人生です。
「今日は心安らかに」と朝思っても、その一時間後には夫婦げんか勃発させるわが身です。

 

罪業深きわが人生です。
窓辺でウロウロするハネアリを逃がした後、突然出てきたムカデの子を指で押しつぶしています。

 

悪因悪果の道理を突き進む私…。
そのような私の行き着く先を憂えたのが仏さまでした。
「変りようのないお前ならば、私が変わる」と本願を誓い、
その誓いを成し遂げる力を得た仏となられました。
「南無阿弥陀仏」の名に功徳の全体をこめて、
私のいのちに全力であらわれ出てくださいます。

 

「こうしなさい、ああしなさい。生き方をあらためなさい。」という説法ではありません。
お念仏を通して、「共に歩む仏がいるぞ。
必ず生まれさせるぞ」と喚んでくださいます。

 

それが多くの方に喜びを与えてやまない、
『阿弥陀経』冒頭の「今現在説法」のお言葉とお聴聞にあずかります。 

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

【追記:丸呑み禁止】

 

「本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶ」(蓮如上人御一代聞書5より)

 

仏法は噛めば噛むほど味がでるものです。
私たち僧侶は365日、同じお経を勤行しますが、飽きがきません。
人間の次元を超えた話は、何度聞いても新鮮なものがあります。
「漢字ばっかりで難しそう。噛みきれない」とか、
「おとぎ話めいている。味もそっけもない」とか、
放り出すのは早いです。

 

また逆に噛まずに丸呑みするのも危険です。

「噛むとはしるとも、呑むとしらすな」(聞書79)

そのように蓮如上人は言われました。
僧侶はご門徒に仏法を鵜呑させてはいけないのです。

 

お聴聞して、「結局、死んだら救われる」とか、
「何やっても救われるから大丈夫なんだ。もう聴聞しなくても…」と思われた方、
仏法を噛まずに丸呑み・鵜呑みにしています。
きちんと味わっていないのではないでしょうか。
何故、救われるのか。
何故、お念仏一つなのか。
何度も聴聞し咀嚼したいものです。

 

お彼岸の時期です。
お聴聞日和のこの時期、
お近くの法座で、共々に読経し、聞法しませんか?

 

たのしみは月に一度の寺まいり 声を揃えて読経する時(岩国市 松井孝子)(『大乗』平成26年9月号より)

 

 

真砂の光

【粗茶】

 

「ソチャって何?」と息子がたずねてきました。

 

よく聞くと、落語の話でした。
「粗茶ですが」と言われて出されたお茶を、
「ああ結構な粗茶で。私は粗茶が大好物でして…」
というかけ合いの意味が分からないのだとか。

 

「粗茶っていうのは、粗末なお茶っていう意味だけど、
実際に粗末じゃないよ。
これはけんそんして言っているの。
だから受けとった方が「粗茶」なんて言ってはいけないのに、
それを知らないで「美味しい粗茶で…」と言っているからこの話はおもしろいんだよ。」
「ふーん」と、納得したようなしないような息子。

 

さて、謙遜ではありませんが「他力本願」もこちらの気持ちではありません。
本願とは、私の願いにつかえるようなものではありません。

 

親鸞聖人は、「他力とは如来の本願力なり」と言われました。
如来さま側の話です。
私側の話、自力の話ではありません。
自力がすたったという話です。
聞き受けてしまえば簡単なのですが。
「なぜ自力がダメなの?」
なかなか最初は分かりづらいものがあります。

 

【私のための光】

 


真砂なす数なき星のその中に 吾に向かひて光る星あり

  ―海辺にある無数の美しい砂のように、夜空に広がる無数の素晴らしい星々。
    その中に一つ、私に向かって輝いている星がありました。―

 

34歳で夭折した正岡子規の歌です。
亡くなる七年間、結核のためずっと病床であったそうです。
残した書き物の中で、
「死は恐ろしくはないのであるが、苦が恐ろしいのだ。」
日々、病の恐怖と向き合いながらも歌を詠みました。

 

昼間のように明るく元気な間は、星のようにどうしても見えにくいものがあります。
けれども愛する人を失った時、そしてわが身が不死の病と宣告された時、
「一体、私は何のために生きてきたのか。」
自らをふり返ります。
真っ暗な気持ちの中、「私は何を残しただろう」(『花は咲く』より)と自問自答です。

 

夜だからこそ見えてくるる星の輝きがあります。
私の生まれてきた理由、私の今いる場所、
そして私の進むべき未来を照らし出す星の光です。

 

けれども大事な問題があります。
“どれほど道があろうと、自分が登るとなるとひとつ”なのです。
深遠で、素晴らしい教えは星の数ほどあります。
しかしどれほど正しい教えがあっても、私が歩み進めなければ意味がありません。

 

「吾に向かひて光る星あり。」
一つの光が私に届いています。
私が歩めるたった一つの道です。
親鸞聖人は、それを凡夫の教え、他力の教えとお示しくださったのです。

 

【あおいくま】

 

自力で頑張るのは社会の常です。
ある芸能人が、芸能界を登り切ったコツは「あおいくま」と言っていました。

 

  「あ」せるな:慌てず。騒がず。
  「お」こるな:冷静に。笑顔で。
  「い」ばるな:謙遜して。自惚れず。
  「く」さるな:コツコツ、努力。
  「ま」けるな:ねばりをみせて。頑張れ。

 

すばらしい言葉です。
子供の頃、母親に教えてもらったのだそうです。
この言葉を励みに、人は人生を切り開いていけます。
歯を食いしばって、自力で登っていきます。

 

しかし「あおいくま」では解決できない問題がやってきます。

 

  「死んだらどうなるの?
   私を揺さぶる幼子の問い。」(2015.3 直枉カレンダー)

 

目の前で死を待つやせ衰えた愛する子に、
「あおいくま」はもう役目を終えています。
「よくがんばった、がんばった……(涙)」
でもまだ幼子の不安には応えられていません。
「死ぬのはもう怖くありません。でも死んだ後はどうなるの?」
進むべき目的が見えない。その不安が苦しみなのです。

 

【薫り高い】

 

「死ぬ事なんて仕事中、くよくよ考えていられません」、
「無常の話……結構です。抹香くさい」
敬遠する気持ちわかります。

 

しかし違うのです。
他力の教え、慈光に照らされたわが身と知った時、
死ぬ話は、死なない話に変わります。
無常の話は、常住の話に変わります。
“抹香臭い”か“薫り高い”かは、紙一重です。

 

  弥陀観音大勢至 大願の船に乗じてぞ
  生死のうみにうかみつつ 有情をよぼうてのせたまう
                  (正像末和讃)

 

・弥陀観音大勢至:阿弥陀さまの事。
 観音、勢至菩薩は、阿弥陀さまの智慧・慈悲の徳をあらわす。
・有情:私たち衆生のこと。それぞれ様々な感情、そして事情をそなえた私たちです。

 

四苦八苦……思い通りにいかない世界に溺れる私です。
しかしその事をすでに案じて、一大決心をし、
「対策ととのったから安心せよ」と呼び引き上げてくださる方がおられます。

 

三毒(むさぼり・怒り・無知)の病に冒され、当てにならない自分に染みこみ、
逃げる私をつかまえて離しません。
あの手この手で、「我にまかせよ」という他力の救いに引き込みます。
その方を、無量の光をもった方と讃え、阿弥陀仏とお念仏します。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

法、聞けよう

【訪う】

 

  「山鳥のほろほろとなく声きかば 父かとぞ思う 母かとぞ思う」(『玉葉』)

 

奈良時代の僧侶、行基さんの歌です。
「ほろほろ」と鳴く山鳥のさえずりに、
突然、両親の懐かしい言葉が思い浮かんだのでしょう。
「亡き父が(母が)何かおっしゃっている」、そう味わったのでした。

 

…………

 

ご法事は各々、亡き人の面影を偲ぶ一時です。
「あんな事を言っていた」「こんな事をしていた」と、
懐かしい場面・言葉が蘇ると共に、
故人から大切なことを聞かせていただく時間でもあります。

 

親鸞聖人は次の言葉を『教行信証』に引用されています。

 

「前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪(とぶら)へ。」(道綽)

 

すなわち故人は浄土へ生まれ仏となって、
後に生まれるべき私たちを導いてくださっています。
「あなたも、このたび人間として生まれた本当の喜びに出遇ってくださいよ」と。

 

「弔う(悲しむ、死者をなぐさめる)」のではなく「訪(とぶら)う」のです。
故人の言葉を胸に、
「私もお浄土を訪ねて参ります」と。

 

どのようにしたらお浄土を訪ねることになるのか。
それがお聴聞です。

 

【鶯籠】

 

ウグイスの鳴き声といえば、「ホー、ホケキョ」。
「法華経」とも聞こえますが、こんな歌があります。

 

  春くれば、梅にとまり、鶯の法きけようの、こえをたのしむ (小川仲造)

 

この「法聞けよう」というウグイスの鳴き声について、
次の蓮如上人のお話が有名です。

 

……蓮如上人が病気で休んでいた時の事。
弟子の空善坊という方がウグイスを入れた籠を持参してお見舞いにこられました。
「ホー、ホケキョ♪」
美しく鳴く鳥の声を聞いて、少しでも上人の心が和めばという願いであったのでしょうが、
上人は鳥を籠から解き放ちました。
そして言われたのが、
「鳥類だに『法を聞け、法を聞け』と鳴く。なんぞ同行聴聞せざるや」。

 

法とは仏法のこと、仏さまのお話です。
蓮如上人は「この度、仏法に出遇わなかったら、
私たちはいつまでも籠の中の鳥と同じだよ」と言われたのでした。

 

【籠を破る】

 

ある人がおっしゃいます。
「宗教・信仰なんて、今の時代はナンセンス(無意味)さ。
 所詮、弱い者の逃げ、病人の麻酔薬、年寄りの慰めものに過ぎない。
 それに何と言っても人間は自由でなければならない。
 宗教や信仰、教義や法事で縛られるなんておかしい」。
ご意見、至極もっともに聞こえますが本当にそうでしょうか?

 

「縛られたくない。私は自由になりたい」と言いつつ、
自らの狭い了見で物事を見定めていく私たち。
「あれは善、これは悪」と勝手に枠にはめ、
気づけば自ら籠をつくってとじこめられています。

 

自分にとらわれて身動きできない自分がいます。
知恵あるが故に「一人でやれる」と驕り高ぶり、
陥ってしまう悲しい結末です。

 

籠…それは自分自身も気づいていない自己中心的な情動、煩悩です。
知らず知らずに自ら編みつづけた脱出不可能な籠です。

 

仏法はそんな籠からの解放を目的としています。
逃げ口上や麻酔薬、慰め物では決してないのです。

 

そして蓮如上人がすすめる仏法とは、阿弥陀さまの法です。
生涯、籠編みをやめられない私と見抜いて、
「籠を破ってあなたに到り来く」と誓われた仏さまの話、他力の教えを聞きます。
仏の光との出遇い、
束縛が束縛でなくなるという道理の話です。

 

【聞きなし】

 

「ホー、ホケキョ♪」。
あのウグイスは故人が仏となって私を導いている姿かもしれません。
「法、聞けよう」と鳴いています。

 

また時にはコノハズクとなって「ブッポウソウ(仏法僧の三宝を大切に!)」、
またある時はホトトギスとなって「ホンゾンカケタカ(本尊掛けたか。礼拝は大事だよ)」と鳴いています。
今だって近所の犬が「ウォン、ウォン(恩、恩。仏さまの恩を忘れるな)」と……聞こえませんか(笑)?

 

あらゆるご縁に導かれ、
お浄土の道、念仏の道を歩ませていただく今日一日です。

 

補足:先ほどの「鶯籠」にちなんだ像が、
京都山科にある西宗寺にあります。
蓮如上人ご往生の地とされるお寺ですが、
その境内の一角にあるのが「蓮如上人放鶯(ほうおう)の像」。
蓮如上人の左肘の側に、鳥籠が見られます。
妙好人大和の清九郎さんは、この鶯の話を聞いて、
お聴聞を始めたそうです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

難はあっても

【困難】

 

先月下旬の報恩講打ち上げの時でした。
ある総代さんが、
「私は、あなたの曾祖父の説教を覚えてます。」
「! どんな事を言っていましたか?」
「私が若い頃だから今から65年くらい前です。
『難ある事は有難きかな』……その言葉以外は、忘れてしもうた(笑)」
「へぇ!」
曾祖父の説教……聞いたことがないだけに新鮮でした。

 

「難ある事は有難きかな」、面白い言葉です。
困難があるからこそ人は成長することができる、という意味でしょうか。
若い社員への激励にもつかえそうです。
けれどもここでは法話です。
「人生に苦難はつきものです。けれどもお念仏は、その苦難を受け止め乗り越えていける法です。」
そんなお話を曾祖父はしていたのでしょうか…。

 

【混乱】

 

ところで先月初めのテレビ番組でした。
『笑点』レギュラーの某独身落語家さんが、
「昨年の反省、今年の抱負」というテーマで、こんなを話していました。

 

飛行機に乗っていた際、生まれて初めて落雷を受けました。
すごい揺れで機内は大混乱。
CAの人が「ご安心ください」とマイクで叫んでいても、
そのマイクの音がガクガク揺れるものですから、ますます不安に。
「もうダメだ」と思った時、何を一番に思ったか。
「あの◆○▼な雑誌、捨てとけば良かった……」
しばらくして飛行機は揺れがおさまり、無事に到着したそうです。
平静さを取り戻した後、考えました。
「自分は死を覚悟した時、あの程度の事しか思えないのか」と。

 

「今年は、もう少しまともな事を考えられるような生活・仕事をしていきたい」、
そんな風に語っておられました。

 

人間の最大の「難」、死に直面した時、私は何を思うのでしょうか。
「〜しとけばよかった」といった後悔もあるかもしれません。
でもそれ以上に、「有り難うございました」といったお礼を思いたいものです。

 

【返しきれない恩】

 

『如来大悲の恩徳は
 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も
 ほねをくだきても謝すべし』
  (『正像末和讃』 註釈版聖典p.610)

([私訳] 阿弥陀如来さまの大悲のご恩は、
わが身を粉にしても報じきれないほど大きなものです。
お釈迦さま、またその他多くの浄土の祖師方のご恩も、
わが骨を砕いてまでも感謝できないほどたくさんあります。

 

親鸞聖人晩年の和讃、「恩徳讃」です。

 

聖人の苦難は私たちには容易に推し量れないものがあります。
9歳で家族との別れ。
20年の比叡山の修行、
そして35歳からの流罪生活。
晩年は穏やか……いえ、息子善鸞の義絶という厳しい出来事もありました。

 

しかしそのような苦難の思い出など微塵も感じさせない和讃です。

 

私を今、生かしめる阿弥陀如来の願心があります。
極悪最下のわが身を、そのまま極上最高の大悲の仏に変えなさんという如来の願い。
その願いが力となって私の心にそそぎこまれています。
これ以上ない頂き物です。
「身を粉にしても…」、返そうにもとても返しきれないご恩です。

 

またこの度の私と仏との出遇いには、
数え切れない多くの人々が、関わっていたはずです。
そうでなければ、こんな私がどうしてめぐり遇う事ができたでしょう。

 

それこそ、今まであったあらゆる出来事の意味。
一つ残らず、この度の「如来大悲の恩徳」との邂逅に集約されます。
それほどこの恩徳との出遇いは大きな事件です。

 

「南無阿弥陀仏」と、
今私が口から申す念仏は、
生まれてから、いや生まれる前からの数え切れないご縁の結晶、仏心の結晶といただきます。

 

【忍土】

 

仏教でこの世は娑婆といいます。
「忍土」ともいいます。
自分の思い通りには決してならない世界、
じっと耐え忍ばざるを得ない世界という意味です。

 

故に苦難はいつでも降りかかってきます。
けれどもその苦難を単に耐え忍ぶのではなく、
それどころか「有り難う」と申せる人がいます。
若いときに局らず、
どんなに年を取っても、人生の最後の最後でも、
同じ気持ち・同じ態度で「有り難うございます」と、お礼申す人、
それが「お念仏」と出遇った人と、お聴聞にあずかります。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

七音の力

 

【義理の席】
  • もの忘れ 日々感動で 新鮮だ(下田祐子)
  • 免許証 散歩行くのに 持たされる(酒井具視)

     (『シルバー川柳4』(2014)より)

 

老人ホームに住む祖母。
まもなく二年です。

 

日々コツコツと日記をつける祖母。
また「一週間の献立表」下に掲載される川柳も書き写します。
会いにいくたびに、その日記・川柳を見て歓談・談笑します。

  • まっすぐに 生きてきたのに 腰まがる
  • 忘れえぬ 人はいるけれど 名を忘れ

上手いものです。

 

川柳といえばご門徒に「大河遊歩」さんという柳人がおられます。
2年前、4頁の作品集をみせていただきました。

  • 支えたと 思った人に 支えられ

この初めて詠んだ川柳が新聞の柳壇で絶賛され、それからのめりこんだのだとか。
「素晴らしいですね」と、次の頁を開くと、

  • 法話など 聞いてはいない 義理の席

上手いものです。ちょっとショックでしたが。
でも確かに法事でそういう人みかけます。
法事のいよいよ最後の法話になると、ひたすら下を向いたり、上を向いたり、そわそわしている人。

 

でも……それでも結構です。
法事に来ないよりは、よっぽど良い。

  • しぶしぶと 聞いたのがご縁で のめりこむ (みつお)

20年かかった加藤辨三郎さんのように、
いつかその義理参りが花開く……はず。

 

【裂けた】

 

八年前に亡くなられた時実新子(ときざね しんこ)さん。
当時の川柳界の第一人者でした。

  • 空に雲 この平凡を おそれずに
  • 咳きこめば 遠くで沈む 船がある
  • やみくもに おのれかなしく 鳴く蛙
  • うららかな死よその節は ありがとう

     (『時実新子自選百句』より)

 

そんな時実さんにこんな句があります。

  • 平成七年一月十七日裂ける

阪神淡路大震災での被災体験を詠った一句。
亡くなった犠牲者、6434人。
当時はものすごいショックだったそうです。

 

……余談ですが、当時の私は受験生でした。
3月初め頃、山口から京都へアパート選びに行きました。
当時はまだ新幹線が不通だった為、姫路で降りて臨時バスへ。
バスは被災地をゆっくり通りました。


町が壊れているショック。
バスの中からどよめきが。
私も口を開けていました。
ビルの多くの一階部分がペチャンコになっているのを今でも思い出します。

 

1月17日から一ヶ月以上経過していてあの状況。
被災当時は、相当過酷であったことでしょう。

 

「平成七年一月一七日裂ける」……大地が裂ける。
あり得ない事が起こった衝撃がうかがえます。

 

【生きる】

 

時実さんは、自分に出来ることはと、
仲間と一緒に句集『悲苦を越えて』を出版。
多くの方々を勇気づけられました。

 

インタビューでこんなことを言われていました。
被災生活は過酷だったが、良いこともみえました。
大都会の皆さんが手を取り合っている姿。
普段は絶対に声をかけあうことのない見知らぬ者同士が協力している。
普段は近づきがたい金髪の若者たちが、必至で瓦礫を運んでいる。
見えないものがみえたのだとか。

 

そしてこんな句を詠まれました。

  • 平成八年一月一七日生きる

胸が裂けるようなつらい一年でもありました。
死にたいと思う人も多かったことでしょう。
しかし“生きる”理由をみつけた一年でもあったのでした。

 

今年で阪神淡路大震災、20年です。

 

【葬儀の学び】

……東北の震災から1年たちました。
「震災を忘れない」「震災から学んだ」…被災地以外からもたくさん聞こえます。
素晴らしい事ですが、その震災からの「学び」、“防災”だけで終わっていたら淋しくないですか……

 

葬儀は亡き人を失う悲しみの場です。
けれども悲しみが悲しみのまま終わらない場でもあります。
大切な学びがそこにあります。

 

「亡き人の為にも健康に気をつけて長生きしなければ」というのもあるでしょう。
けれども、“健康”だけで終わっていたら淋しくないでしょうか。
「……わかっていますよ、諸行無常と言いたいのでしょう。
 人間いつか死ぬということ。『死を自覚せよ』と言いたいのでしょう?」
違います。
死を自らがまるごと受け止めていけるのならば、凡夫の宗教である「お念仏」の教えはいりません。

 

故人が生前喜んだことを、私も聞くのです。

 

何の為に人間に生まれて、何の為に“生きる”のか。
その答えは大きな喜びです。
「自分も故人同様、本当の答えにであっていきます、
もしくはいよいよその答えを噛みしめていきます。」
それが葬儀の意義であり、
その答えを私たちは「お念仏」で味わいます。

 

故人のいのちをかけての教え、
大切に聞き学んでいきたいものです。

 

【七音】

十七音字は縮まるためにあるんじゃない。
膨らむために一度縮んでいるだけ
感性で触れれば、パット十七音字は、
一編の小説にもなりうる力を持っている。(時実新子)

「なもあみだぶつ」
七音のお念仏。
短い、称えやすい行として、単に縮まっているのではありません。
それは一編の小説ならぬ、『無量寿経』一経に示された、阿弥陀さまの救いの教えがつまっています。

  • わが弥陀は 名をもつて物を 接したまふ(元照)

つめこんでくださった阿弥陀さまがご一緒です。

 

※追記:
時実新子さんにはこんな歌もあります。

  • 平成九年一月一七日微笑
  • 平成十年一月一七日虚脱
  • 平成十一年一月一七日起立
  • 平成十二年一月一七日光

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

真実のお念仏

 

今から七年前、副住職の時に書いた法話です。
千両をたくさんお供えしている法事に出遇い、懐かしくてアップします。

 

千両も 南天そして万両も
同じ赤い実 されどことなる (みつお)

 

【僧侶もの知らず】

あるお家でおつとめの後、
珈琲をいただいていた時です。
何気なく庭をみると、
葉のきれいに色づいた庭木が目にとまりました。

 

 「あれは何の木ですか?」
 「あれは、千両(せんりょう)です。」
 「センリョウ。」

 

小さな赤くてまるい実がとても印象的でした。
その日の午前中最後のお家でも玄関先でセンリョウに出遇いました。

 

 「きれいなセンリョウですね。」

 

 知ったかぶって、話題に出してしまいました。

 

次の日。
朝ご飯の後、
珈琲をのみながら何気なく窓をみると、
隣りのお家の庭木が目にとまったのでした。
若坊守に言いました。

 

 「みてごらんよ。きれいなセンリョウだね。」
 「……あれは南天ですよ」
 「え、ナンテン?」

 

冬の赤い実の庭木はセンリョウだけではないのだと、この時初めて知ったのでした(恥)。

 

センリョウとナンテン。
同じ低木でも高さが全く違います。
知ったかぶりはいけないと反省しました。

 

さて次の日。

 

おまいりにいったお家の庭に、
またもや低木にして赤い実のついた庭木が。

 

 「あれは……千両(せんりょう)ですよね?」
 「いいえ、万両(まんりょう)です」
 「マンリョウ!?」

 

これまた初耳でした。
おつとめ終了後、
そこのお家の方に千両(せんりょう)、万両(まんりょう)、
そして南天の違いについて懇々とご説明いただきました。本当に有難うございました。

 

【真実のお念仏】

 

千両(せんりょう)、万両(まんりょう)、南天(なんてん)……
三種の赤い実は見た目ではほとんど区別がつきません。
けれどもそれらは各々、別の種が入っていて、それぞれ別の植物になります。

 

同様に、念仏にも大きく三種あります。

 

一つは未信の人の念仏です。
二つ目は自力の念仏です。
両者はつまるところ自分勝手なお念仏です。
ですからその結末は「自分勝手な救い」です。

 

そして三つ目が、他力のお念仏です。
阿弥陀さまのご本願のお心をしかと聞き受けた、
ご恩報謝のお念仏です。
真実のお念仏です。
ですからその結果として、「間違いのない救い」があります。

 

このお念仏のみ教えこそ、親鸞聖人のご生涯にわたるご苦労の結晶です。

 

どうぞお寺に足をおはこびください。
そしてどうぞ仏さまのご本願のお心を、お聴聞ください。 

 

手を合わす 自力も他力も外見は 
同じ念仏 されどことなる

 

(おわり)    ※冒頭へ

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