山口県は岩国にある浄土真宗寺院のWebサイト

 

呼びかけの誓願(10月前半)

【法蔵物語】

 

親鸞聖人のひらかれた浄土真宗とは、阿弥陀さまの宗教です。

 

阿弥陀さまはたくさんの経典に説かれる仏さまです。
その中、
浄土真宗が中心とする経典は『仏説無量寿経』。
そこには阿弥陀さまが阿弥陀さまになられる物語が詳しく説かれます。

 

阿弥陀さまはかつて法蔵という名の菩薩さまの時、
師である世自在王仏によって、
あらゆる仏さまの浄土という浄土をご覧になられました。
お浄土の成り立ち、
またその国土や人間や神々の善し悪し…。

 

五劫という果てしなく長い思惟され、
48の誓いをたてられた法蔵菩薩。
兆載永劫の修行の末に誓願は成就され、
阿弥陀仏という名の仏になられます。
西方に誰もが生まれていくお浄土をひらかれます。
今から十劫の昔のことです…。

 

この阿弥陀さまが阿弥陀さまとなられる話、
法蔵菩薩物語といいます。
浄土真宗以外の宗派もご存じの物語です。
しかし物語の見方はというと、大きく異なってきます。

 

【桃太郎経営】

 

今年の七月下旬、
品川で一泊二日の幼稚園の研修会をうけていました。
事業承継を考える園経営者の研修会。
様々な業種の人や園長7人の人生論や経営論を聞きました。

 

そんな中、二人の人が桃太郎経営という事を口にされました。
桃太郎の物語をヒントに、経営を考えるというもの。

 

最初の方はこういわれました。
犬、猿、雉はみな全く個性のことなる動物です。
それぞれが個性を生かして、鬼退治します。
私たちの会社経営も同様に、
社員の個性を尊重して、適材適所に役割分担しながら運営することを心がけます。

 

ところが次のコカコーラやバドワイザーの会社経営にも携わった方は、
こう言われました。
犬、猿、雉は視点が違います。
地面を歩く犬は数メートル、
気に上った猿は数十メートル、
空中を飛ぶ雉は数百メートル、
視ている視野が違います。
会社経営もこの三つの視点が必要なのです。
年内の短期目標、数年内の中期目標、そして数百年先の長期目標。
これが経営には不可欠です。

 

同じ犬猿雉で解釈が大夫違います。
他にも帰って調べると、
犬は勇気、猿は知恵、雉は情報力、そんな解釈もありました。

 

【三つの心】

 

法蔵菩薩の物語の中心は第十八願です。
第十八願を和訳すれば次の通りです。

 

「私(法蔵菩薩)が仏になるとき、
すべての人々が、
@まことの心をもって、
Aわたしを信じて、
Bわたしの国に生まれたいと願い、
わずか十回でも念仏して、
もし生まれることができないようなら、
わたしは決してさとりを開きません。
ただし、五逆の罪を犯したり、
仏の教えを謗るものだけは除かれます。」

 

@を「至心」、Aを「信楽(しんぎょう)」、Bを「欲生」といいます。

 

親鸞聖人以外の多くの方は、
この@・A・Bを「救いの条件」とみました。
すなわち、
「私自身が、迷いの心を打ち払い、
@真剣な気持ちで、
Aただ一筋に「間違いなく救われる浄土はあるのだ」と仏の救いを確信して、
Bそんな浄土へ生まれたいと切望する。
そうすれば阿弥陀さまは必ず救ってくださる。」

 

あるいは、都合良く、
「まごころなんて凡夫には無理な話。
だから、阿弥陀さまは、
『@少しでも真面目になっておくれ、
A少しでも信じておくれ、
B少しでも浄土を願っておくれ』と促しているのだ。」

 

さらに、都合良い解釈は、
「人間にだって第一希望、第二希望、第三希望というのがある。
だから、阿弥陀さまは、
『@煩悩に左右されない真っ直ぐな心をもってくれよ。
それが無理なら、
A仏の教えを素直に信じる心をもってくれよ。
それも無理ならせめて、
Bせめて「いのち終わったらお浄土へ生まれたい」と期待してくれ。』と願っているのだ。」

 

どれも自らの力、自らの心の変革をあてにする解釈です。
それに対して、親鸞聖人は、
@・A・Bの三つの心を、
他力の三心、また他力の「三信」といただかれました。
三心全て一様に、仏さまの誓いが私にいたりとどいた心。
一つの心、疑いようのない心、信心といただかれました。

 

【他力の三信】

 

先ほどの桃太郎の話。
犬・猿・雉はどれも素晴らしい活躍をして鬼を退治します。
しかしそこには、キビダンゴの存在が。
鬼をまさしく倒したのは、
一見、何の変哲もないキビダンゴにあるのかもしれません。

 

キビダンゴからみる桃太郎経営。
適材適所の職員ですが、誰もが忘れてはならない一つの理念。
短期・中期・長期目標、どれもなければならない一つの方針。
そんな事を想像します。

 

阿弥陀さまの物語にも、キビダンゴがあります。
それは南無阿弥陀仏の名号です。
わずか六字の名前ですが、
阿弥陀さまが阿弥陀さまとなられる物語の肝要であり、
阿弥陀さまという仏さまの功徳全体の結晶です。

 

@まこと心も、A疑いのはれた心も、B往生を願う心も、
すべて南無阿弥陀仏の名号をいただいた心持ちです。
この私のためにあらゆる手だてをつくして、
決して離れない仏さまがおられる事をいただいた心です。
救いの条件ではないのです。

 

【呼びかけの誓願】

 

(58)至心・信楽・欲生と
  十方諸有をすすめてぞ
  不思議の誓願あらはして
  真実報土の因とする

 

親鸞聖人の和讃です。

 

第十八願を成就した阿弥陀さま。
故に第十八願の心は、
「あなたを救うまことの功徳はできあがりました。
わたしの真実心(至心)を信じて(信楽)、
わが浄土に生まれんと願っておくれ(欲生)」と、
あらゆる迷いの衆生に勧めておられます。
凡夫が浄土に往生する因は、ひとえにこの他力の信心(信楽)一つです。

 

私の心中に入り満ちる、まことの仏さまがおられました。
「お前の悲しみはわが悲しみ」と共に泣いてくださる仏。
その仏さまが全功徳をかけて救わんとはたらいています。
「この度こそは、迷いの境界で終わらせはしないぞ」と。
「浄土への道は、もうすでにわが足下でした」と気づいた時、
疑いようのない心は自然とお浄土参りを心待ちにしています。
これを他力の三信といいます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

長い間知らなくて(9月後半)

【フクロウ】

 

まもなく敬老の日が来ます。

 

先日、あるお菓子屋にいくと、
フクロウの形をした最中(もなか)が売っていました。
敬老の日にあわせた「ふくろう最中」だとか。
そしてそこに「不苦労」の文字。
「へぇ、フクロウは“不苦労”なのね。」
長い間、知りませんでした。

 

勝手に「フクロウ」は「福の老」だから人気と思っていました。
「不苦労」という当て字もあったとは。
勉強になりました。

 

【彼岸とあの世】

 

さて、敬老の日の次は秋分の日。
先日の子供会で「彼岸」について聞きました。

 

子「知ってるよ。昼と夜が同じ長さの日でしょ。」
私「それは科学の話。」
子「はい知ってます! おはぎ食べる日!」
私「それは食事の話。
  お彼岸は仏さまの話です。
  仏さまのいるお浄土の世界、それが彼岸です。
  反対に今いる私たちの世界は此岸(しがん)といいます。

 

  私たちは、命終わったらお浄土へ参ります。
  浄土はこの時期、太陽の真西に沈む方向にあります。
  とても綺麗な美しい国です。
  私たちはお浄土で仏さまになります。
  それが彼岸です。」

 

するとまた前の子が言いました。
「要するに、死んだら行くところでしょ?」
「天国だよね?」

 

この子の言いたいことはわかります。
私たちのいのちの分け方、それは生(せい)と死(死)です。
生きている世界と死んだ世界、この世とあの世。
此岸(この岸)と彼岸(かの岸)も同じこと。
つまり彼岸は死んだ所…。

 

「確かに『死んだら』とは言ったが、彼岸は死んだ所じゃないよ。」
「?」
「死んだ所が彼岸なら、天国だって、地獄だって、みな彼岸だろう?」

 

【輪廻とこの世】

 

「(黒板に書きながら…)ここが私たち人間の世界。
そしてここから西の方角にあるのが、いつも話す仏さまの世界、お浄土です。
ところで…この辺に“天界”というのがあります。
この世界は楽しい世界なんだ。
具体的にたとえば、@すごく長生き、A神通力が仕える、B快楽に満ちて苦労することがありません。」
「いいな〜。」

 

「私たち人間の願いがかなえられる世界です。
ところで、天界の他にまだ“あの世”はあります。
地獄界。苦痛やまない世界です。
餓鬼界。飢えの苦しみの世界です。
畜生界。倫理道徳なき獣の世界です。
阿修羅。喧嘩ばかりの残酷な世界です。
これに今いる人間界を含めてで六つの世界…これを六道(ろくどう)っていいます。

 

私たちはその心の善し悪しでグルグルとこの世界を回り続けています。
自業自得っていうでしょ?
今の私の心の行いが、いずれ私を天界へ、また地獄へ連れて行きます。
この終わることなく六道を周り続けていること、これを六道輪廻(ろくどうりんね)っていいます。

 

仏さまはこの六道輪廻を「迷いの世界」と見抜かれました。
そしてそこから抜け出す「悟りの世界」を苦労の末、作られました。
だから彼岸は死んだ世界じゃない、おさとりの世界です。
ここは生きている世界じゃない、まよいの世界です。
分かった?」
「先生…そんなことより早く外で遊びたい。」

 

【二つの生死】

 

生きているか死んでいるか。
それを「生死(せいし)」といいます。
私たちの、ごく当たり前な目線です。

 

そんな私をみつめる仏さまの目線。
それを「生死(しょうじ)」といいます。
生まれ変わり死に変わり、迷い続けている境界です。

 

私たちの眼差しは、生きている間の事しか考えられません。
それも1年先、せいぜい10年先くらいか。
…年金は35年先まで考えてするのかもしれませんが。

 

死んだ後の事なんて、あまり考えられません。
国の行く末、子や孫の行く末は思っても、自分自身の死後はピンときません。
ましてや自分の生まれる前なんて考えたこともありません。

 

仏さまの眼差しは、私たちの生まれるはるか前、
そして命終った後の「後生(ごしょう)」までごらんです。
自業自得の因果の道理どおり、
生まれかわり死に変わりの私の生死(しょうじ)の道、
それは迷いを迷いとも思わずすごす何十年、何百年、いや何億・何劫年の道でした。

 

煩悩に眼をさえぎられたわが心です。
主張違えば、相手を敵と憎む修羅の心。
敵に、憐れみ一つおこさない畜生の心。
どこまでも、欲望がつきない餓鬼の心。
長寿・超能力・快楽を求める天界の心。
すべてカビのように奥底に張り付いて、
そこから抜け出せません。

 

【念仏と名号】

 

ぐるぐる迷いの因果を周りつづける私。
そんな輪廻の境涯の私とみた仏さまは、
今、その徳すべてを迷いの私にふり向けられます。
それを廻向(えこう)といいます。

 

輪廻(りんね)の私と廻向(えこう)の仏。
迷いを迷いとも気づかず、
「なぜこんな目に…」と知らずに迷いの苦悩をしつづける私に、
「さとりの世界があるよ」と呼びかけ、
浄土へ生まれさせんと、今ここにはたらいている仏さま。

 

どこどこまでも離さない、無量の光のようなはたらき、
いついつまでも離さない、無量のいのち持つ存在、
故に「無量光仏」とも「無量寿仏」ともいいます。
そしてそれら全ての意味を含めて〈阿弥陀仏〉といいます。

 

「南無阿弥陀仏」に仏さまのはたらきぶりをいただきます。
「南無」は「帰命」です。
この二文字に阿弥陀さまの「帰せよの命」、
「われにまかせよ。迷いからさとりへの道は届いているぞぞ」という命令、活動を聞きます。
南無阿弥陀仏のお念仏は、
目の前で私に喚び通しの仏さまの声です。

 

仏さまの話を聞いてみると、
お念仏は私が称えるものでなく、仏さまに称(かな)うものでした。
天秤ばかりのように、
仏さまの広大なお徳と重さがぴったりあっているのです。
私から見れば単なる音声ですが、
そのまま勝れた仏さまのお姿にあてはまるのです。

 

【六道から念仏道へ】

 

「秋分の日は、科学の話でも食事の話でもなく、お彼岸でした。
お墓参りだけでなく、仏さまの話を聞く日でした。
長い間、忘れていました。

 

生死(せいし)ではなくて、生死(しょうじ)の私でした。
南無阿弥陀仏は、呪文じゃなくて、仏さまでした。
長い間、知りませんでした。
ようやく“南無阿弥陀仏”の仏さまと出遇えました。」

 

地獄道、餓鬼道、畜生道。
そんな迷いの世界から、
お浄土の世界へ。
それがお念仏の道、お念仏をいただく世界です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

返景、深林に入る

【漢文】

 

私たちの読むお経は“漢訳”経典です。
インドの仏さまの教えを中国で翻訳したもの。
けっしてまじないでも呪文でもありません。

 

かといって、
「お寺さんは普段からお経を読むから、漢文には強いのでしょう?
ちょっと、これ読んでもらえませんか?」
と中国旅行でのおみやげ、掛け軸になった漢詩をみせられますが、
……読めるような、読めないような。
意味も…分かるような、分からないような。

 

【六歳】

 

今年の初めの頃、
五歳の息子が大声で何か言い出しました。

 

「ろくさい おおい!」

 

六歳?多い?
何を言っているのか分かりません。
確かに五歳に比べれば六歳は多いが、何のことやら。

 

次の日、やはり大声で「ろくさい おおい!」と。
そしてその後、こう言い出しました。
「くうざん ひとをみず ただじんごのひびきをきく…」

 

どうやら、漢詩のようです。
幼稚園で習ってきたのでしょう。
「よく覚えたね」と褒めながら、「でも『ろくさい』って何?」

 

数ヶ月後、一緒に市民図書館へ本を借りに行きました。
長男に頼まれた本を探すため、児童図書の棚を見ていると、

 

『声に出そう はじめての漢詩 一(自然のうた)』

 

日本で昔からよく読まれた有名な漢詩が十編紹介されてありました。
もしやと目次をみると、八番目に『鹿柴』(王維)

 

「六歳」でなく、「鹿柴(ろくさい)」。
「多い」でなく、「王維(おうい)」。
教養のなさを痛感したことです。

 

【一瞬の景色】

 

空山不見人  - 空山(くうざん) 人を見ず
但聞人語響  - 但だ人語の響くを聞く
返景入深林  - 返景(へんけい) 深林に入(い)り
復照青苔上  - 復た照らす青苔(せいたい)の上

「鹿砦(ろくさい)」の全文です。
ようやく読めましたが、意味がよく分りません。
そこで日本語訳をみると、

「だれもいない静かな山の中、
どこかからか人の話し声だけが聞こえてきます。
夕日の光が深い林にさしこんで、
青いこけの上を照らしだします。」

意味は分かりました。
でも、なぜこの歌が素晴らしいのか分かりません。
すると本にはこんな説明が。

この詩は、「人の話し声だけが聞こえてきます」といって林の静けさを強調し、
その静かな林に夕日がさしこんで青いこけをうかびあがらせた、
ほんの一瞬の美しい景色をとらえた、絵のような美しい詩です。

後の詩人の中には、
「詩の中に絵があり、絵の中に詩がある」と評したそうです。
一枚の絵画を思わせる漢詩なのだそうです。

 

【空山の私】

 

自然がみせる美しい情景の一瞬を見事によんだ「鹿柴」。
その情景を通して弥陀の大悲のご恩をいただいたことです。

 

空山、人を見ず

「空山」とは人気のない、静かな山という意味です。

 

若さのピークも終わった中高年。
人生の夕暮れにさしかかると、
おのずからわが身のいのちの静けさが見えてきます。

 

どんなに家族と一緒でも、
この心の中、誰も入ってこられません。
静かな空山、たった一人の心中です。

 

但だ聞く 人語の響くを

人混みので、周りの人の話し声を聞けば聞くほど、
わが心の孤独を知らされます。
一人生まれ、一人死ぬ私。
誰もついてきてはくれません。

 

ただ問題は、孤独だけではありません。
この心は煩悩という林に覆われています。
自分の都合によって、
周り好意を受けつけたり、はねつけたり。
やっかいなわが思いです。

 

【返景の仏さま】

 

返景(へんけい) 深林に入(い)り

そんな私と知った仏の願いは、
「私の方が離さない仏になろう」という誓いでした。
私があなたを信じさせ、念仏もうさせ、お浄土へ救うという誓い。
永劫の修行の末、
誓い通りの仏になられた名を「南無阿弥陀仏」といいます。
六字名号ともいいます。

 

「“南無阿弥陀仏”は念仏であって、“阿弥陀仏”が名前なのでは?」
阿弥陀仏も正しい仏名です。
しかしこの仏さまの願いの心をいただいた時、
「南無(帰依します)」をこしらえたのも、仏さまの側と知らされます。
ですから、
「南無阿弥陀仏」という名こそが、
この仏さまに相応しいのです。

 

「返景」とは、夕日の光です。

 

如来のまこと(信、真実)の光は、
「無礙光(むげこう)」とお経にあります。
何ものにも障げられない光。
西方からの夕日となって、
煩悩の林を突き抜け、
私の奥深い心の孤独に届きます。

 

【深林の青苔】

 

復た照らす青苔(せいたい)の上

夕日は光線となって林の間を突き抜け、地面を照らします。
同様に、如来の大悲も一直線に私の心の奥底に到ります。
そこにうかびあがってきたのは、
お慈悲という青々とした苔です。

 

苔とカビは違います。
じめじめしたところや薄暗いところにできるのがカビですが、
青苔は美しい緑色の植物です。

 

私の心の奥底は、カビの世界だと思っていました。
見たくもない罪悪というカビがびっしりと生えた世界。
しかし如来の光に照らされて見ると、
お慈悲の苔に彩られていました。

 

「信は仏辺(ぶっぺん)に仰ぎ、お慈悲は罪悪の機(き)の中に味わう」といいます。
浄土真宗の信心は、わが身ではなく、「南無阿弥陀仏」の仏さまの側の中から聞き、
浄土真宗の慈悲は、仏さま側でなく、罪悪深重のわが身の心の中からいただきます。

 

罪作らずと思っても罪作る日々の生活。
虫でも何でも、無関心に殺してきました。
積もり積もった罪悪の業は、
私の奥底にへばりついています。

 

けれども如来のお慈悲もそこで活動しています。
その罪を私以上に悲しみ、
「償う事ができないのか」と悩み、
見捨てることができないからです。

 

【身体の声帯】

 

漢詩「鹿柴(ろくさい)」は、
漢字二十字の中に、
夕暮れの一瞬の美しい景色を封じ込めました。
詩の中に絵があり、絵の中に詩があるのだとか。

 

漢詩は甚だ不勉強です。
けれども「南無阿弥陀仏」のお念仏は、
漢字六文字の中に、
“今”という一瞬、
この私に向かって到り届く仏の姿であると聞き受けました。
念仏の中に仏の姿があり、
仏の功徳はまるごと「お念仏」の中身です。

 

共に歩まんとする仏は、
遠く西のかなたでも、仏壇の中でもありません。
私という深林の青苔(せいたい)の上です。
今、私の身体の声帯(せいたい)の上に、
「南無阿弥陀仏」と現れ出て下さっています。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

池の鯉と氷の柱

【われ称え】

 

初盆のお参りがようやく終わりました。
読経は『阿弥陀経』の六方段。
何度となく読ませていただきました。

 

六方段。
東西南北と上下…六方におられる諸仏が、
「念仏往生こそ真実の教えだ」と、
それぞれの国で証明くださっています。

 

そして何よりも阿弥陀さま自身が、
南無阿弥陀仏の念仏となって、
「お前が浄土へ往生する準備は整ったぞ」と喚んでくださっています。

 

「われ称え われ聞くなれど なもあみだ  つれてゆくぞの 親の呼び声」(原口針水和上)

 

お念仏は私自身が行じ、
私自身が聞くものですが、
そのまま如来さまの喚び声です。
そして聞いた通りにいただいた故、
私が起こすのは報恩感謝以外、残っていません。
お念仏は「ありがとうございます」のお礼です。

 

【鯉のエサ】

 

先月、妻の友人家族が久しぶりに遊びにきました。
昼前に新岩国駅に到着するというので、
妻は駅へ迎えに、
私と子ども達は先に昼食の店へ向かいました。

 

日曜日の昼時。
岩国で人気のSというお店は案の定、満席でした。
店の前にはボードがあり、
「こちらに名前と人数を書いてください。」
5組ほど待っていました。
ボードに名前と人数を書きました。

 

しばらくして3歳の娘が、「トイレ。」
戻ると今度は「ジュースが飲みたい。」
暑い日だったので、
少し離れた自動販売機へ。

 

戻る途中、
「鯉のエサ10円」という立て札がありました。
近くに広い池があり、鯉がたくさん泳いでいます。
「まだ時間はあるだろう」と3袋買いました。

 

子ども達は、楽しそうに一粒一粒、鯉にエサをやります。
一粒一粒……。
だんだん焦ってきました。
「そろそろ店に戻らないと。」
3歳の娘をどうにか納得させ、
急いでお店へ戻りましたが手遅れでした。
順番を飛ばされていました。

 

【氷柱】

 

待ち時間も含めて長い昼食が終わり、
駐車場へ移動する途中、再び「鯉のエサ10円」の場所が。

 

さっき中途半端だった子ども達は再びエサやりを主張。
子ども達の事は妻や友人にまかせ、
自分は周囲を散策。
すると池の側の庭木の向こうに氷柱がありました。
縦横50センチ、高さ1メートル50センチ位でしょうか。

 

何気なく触りました。
「おお、冷たい。気持ちいいな。」
しばらく触ったり撫でたりしながら、
「見た目は涼しいけど、この暑さに氷柱一本ではあまり効果がないなあ。」

 

そこへ後ろから一組の親子がやってきました。
父親が慣れた手つきで氷柱を触ります。
そして今度はその触った手で、
子どもの首や手を触ります。
「気持ちいいか?」
また手で氷柱をさわり、
自分の首筋や手を撫でます。
「じゃ、いこうか。」

 

さっそく試してみました。
しばらく氷を触った手で、自分の首を撫でます。
実に気持ちいい!
初めて氷柱の使い方を知りました。

 

【口から耳へ】

 

み仏のみ名を称えるわが声は わが声ながら尊かりけり(甲斐和里子)

 

氷柱を見てるだけでは、体は涼しくなりません。
触って、しかもその手で首や腕を触ります。
手から首へ。
とたんに涼しくなります。
それは手が冷たいから。
氷の冷たさがわが身に伝わったからです。

 

今、自ら「南無阿弥陀仏」とお念仏をします。
そして自らがお念仏を聞きます。
口から耳へ。
わが声ですが、そこにお慈悲の涼しさがあります。
それは私の知恵から出たものではありません。
仏の智慧を聞き、仏の慈悲に出遇ったからです。

 

天国どころか、
地獄にまっすぐ歩む暮らししかできない私です。
蚊をたたき、カニを蹴飛ばす殺生の夏。
日々、煩悩の炎に晒されています。
「釣りは殺生ですよ」と他人に説教しておきながら、
朝、大量のハネアリが死んでいるわが家の防犯灯。

 

煩悩の熱気に満ちるわが心と見抜いた故、
仏は救うための一心で、
名の声の仏、南無阿弥陀仏の仏になられました。
それはどこまでも私を離さない、
仏さまの誓いの力、功徳の相(すがた)でした。

 

【遇法のよろこび】

 

み仏を呼ぶわが声は み仏のわれを喚びますみこゑなりけり(甲斐和里子)

 

「見た目は涼しいが、この暑さでは、氷柱一本はあまり効果がない。」
というのは氷柱の意味が分かっていない時でした。
氷柱は気休めではありませんでした。

 

「なんとなく有り難いが、こんな時代に、お念仏一つなんて…。」
というのが、
お念仏に出遇う前の私の心だったのかもしれません。

 

とくに犯罪も犯してないし、
死んでも良いところへ生まれられると安易に思っていた頃。
逆に、「死を考えたりするのは時代遅れ、
死を恐れず、死を怖がらない工夫をするのが現代だ」と、
天国も浄土も区別せずごちゃまぜにしていた私。

 

そんな私が、様々なご縁を通して、
南無阿弥陀仏の法義を聞き、
お念仏申す身に。
それは他人事ではなく、
ひとえに私自身の遇法の喜びの発露です。

 

南無阿弥陀仏の中に、仏さまの声を聞きます。
それはかつて
「池の鯉」とお聴聞しました。
「“行け!”の“来い!”」です。

 

「念仏往生の道を行け!」と喚ぶのが、
お釈迦さまをはじめとした六方、または十方のあらゆる如来さま。
「救うはたらきは完成したぞ。わが浄土に生まれて来い!」と喚ぶのが、
南無阿弥陀仏の阿弥陀さま。

 

如来の仰せの通りに生きます。
お念仏という氷柱を、
わが人生の柱にしていきます。

 

涼しさや 弥陀成仏の この方は(小林一茶)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

名号という光

【六方段】

 

初盆のお参りが続く昨今です。

 

読経は『阿弥陀経』の六方段です。

 

六方段。
東西南北と上下…六方におられる諸仏が、
「念仏往生こそ真実の教えだ」と、
それぞれの国で証明くださっています。

 

「阿シュク仏・須弥相仏・大須弥仏・須弥光仏・妙音仏…」

 

具体的な仏さまの名前は、全部で38登場します。

 

「大焔肩仏……大焔肩仏(南方世界でも出たな)」

 

「名聞光仏……名聞仏、名光仏(さっきと似てるな。)」

 

いろんな事を思いながらお勤めします。

 

恒沙の諸仏…ガンジス河の砂の数のように数え切れない仏さま。
その中に故人を見つけます。

 

浄土に往生して仏となられた故人です。
それはただちに私の教化活動をされる故人を意味します。
わが念仏の声の中に、故人の声を、
「あなたを離さない仏がおられるよ」と聞きます。

 

私を離さない仏。
その仏の名を南無阿弥陀仏と言います。
闇から光へ、孤絶の世界から一如の世界、
あらゆるものと連なりあった世界へと門戸をひらいてくださる法の名です。

 

【50回忌】

 

今年は「ヘレン・ケラー」の50回忌です。

 

彼女の出身は、アラバマ州のタスカンビアです。
一歳の時に胃と脳髄の急性充血で高熱を発症します。
熱はしばらくして下がりますが、
それが原因で失明し、聴力も失います。
故に会話・言葉というものを知る術(すべ)をうしない、
話すこともできなくなりました(晩年は片言の言葉は言えたようですが)。
見えない、聞こえない、話せないの三重苦。
生まれて19ヶ月目の事です。

 

だんだん大きくなるにつれて、
自分の意志を人に伝えたいと思うようになります。
しかしわずかな手まねでは相手に思っていることをわかってもらえません。
その都度、泣き崩れたりカンシャクを起こしました。

 

6歳の時、なんとか治らないかと、
ボルチモア(アメリカ東海岸。デラウェア州。タスカンビアから車で12時間程度)
にいる眼医者チゾム博士に会いに行きます。
チゾム博士は、診断の結果、
「治ることはありません。でも教育はうけられますよ。」
「タスカンビアみたいな田舎へ来てくださる方がおられますでしょうか?」
「教師を指導してくれる人がいます。」
ワシントンのベル博士、電話の発明家として有名な方を紹介されます。
ワシントンでベル博士に会ったヘレンケラー。
ベル博士はボストンの盲学校へ教師を問い合わせてくれました。
翌年3月、ボストン(東海岸。マサチューセッツ州。タスカンビアまで車で19時間)
からサリバン先生がこられます。

 

名前という光

 

サリバン先生は、ヘレンに「しつけ」と「指文字」、そして「言葉」を教えた恩師です。
それは偶然やってきました。

 

いつものように指文字を教える先生ですが、
「湯呑み(mug)」と「水(water)」の区別がどうしてもヘレンは分りません。
それ以前に|sp;

【初日】

 

5月16日の早朝、
82名の参加者はバス2台で京都へ出発。
車窓から眺める山陽道の新緑は美しく、
ガイドさんの楽しい話を聞きながら、
7時間後、京都の西本願寺に到着。

 

2時に西本願寺の阿弥陀堂へ。
ご本尊の真正面に座れました。
amidadou

 

喚鐘、そして雅楽の音色と共に、
ご門主がご本尊前に着座されました。

 

「新しい門主として、
正しく宗祖のみ教えを伝えてまいります。」
ご門主が本尊の前で決意表明されます。
真後ろで聞きながら、こちらも身が引き締まる思いでした。

 

さて、
2時間の法要が終わると、
すぐさまバス移動。
約80分後、関西一の温泉である有馬温泉につきました。

 

六甲の山々に囲まれた有馬。
素晴らしい場所でした。

 

本願寺第八代蓮如上人も文明15年、69歳の時、
山科本願寺建立の疲れをとるべく湯治に来られました。

 

さかこえて ゑにし有馬の 湯舟には
けふぞはじめて 入ぞうれしき(蓮如、御文章集成128, 『浄土真宗聖典全書』3-410)

 

上人同様、ゆっくり温泉につかり、夕飯の懇親会へ。
余興で専徳寺メンバーは、
「365日の紙飛行機」を熱唱させていただきました。

 

【有馬山】

 

次の朝、再び温泉へ。
湯につかり、窓から見える有馬の山々を眺めていると、
ふと、小学生時代に覚えた百人一首が頭に浮かびます。
「有馬山・・…?」
…覚えていない時は、ネット検索。

 

有馬山 猪名(ゐな)の笹原 風吹けば
いでそよ人を 忘れやはする

 

紫式部の娘の歌だそうです。

有馬山の近く、猪名(いな)にある笹原に生える笹の葉が、
「そよそよ」と葉音をたてながら、
「そうですよ、そうですよ」と告げています。
全くその通りですよ。
どうしてあなたのことを忘れたりするものですか。
(忘れているのは、あなたの方でしょ?)

 

「あの歌に出てくる山とは、この事か。」
30年前にカルタ大会に勝つために覚えた歌で、
ほぼ忘れていましたが、
ようやく意味を知りました。

 

湯から上がり、朝食を済ませ、有馬を出発。

 

日数えて 湯にやしるしの 有馬山 やまひもなをり かへる旅人(蓮如、前掲書3-412)

 

蓮如上人は約14日間、退屈されるほど逗留されたようですが、
私たちは半日で出発です。

 

【夕日】

 

2日目の午前中は、
「1000万ドルの夜景」で有名な六甲ガーデンテラスへ。
素晴らしい眺望。
神戸の町を見下ろしました。
六甲ガーデンテラスより
新緑の風が心地よい場所でした。
その後、一気に山を降りて、
神戸タワーの近くから、旅客船「ルミナス神戸」に乗船。
昼食をとりつつ、
明石海峡大橋、神戸の町を海上から眺めました。
海風が心地よい2時間でした。
ルミナス神戸から

 

そして夕方。
バスは岩国に向かって、高速道路を走っています。
福山SAを過ぎる頃には、
車内はひっそりとしていました。
映画「RAILWAYS」を観ている人もいましたが、
疲れて寝ている人も多く。

 

にわか雨も上がり、
車窓から美しい夕日がみえます。
西からの温かい光です。

 

“西”は、浄土真宗にとって特別な方角です。
お浄土がある方向。

 

日が沈む方向、
一日の終わりを示す方向に浄土があります。
私たちは、息が絶える時、人生が終わるその時に浄土へ、
阿弥陀さまの開かれた世界へ生まれます。

 

それは他でもなく、
阿弥陀さまの存在が依りどころです。
浄土へ生まれさせんと、今、「南無阿弥陀仏」のお念仏となって、
この身に、招き喚び続けておられます。

 

【西の風】

 

京都を出る時、ガイドの来栖さんが菅原道真の歌を紹介してくれました。

「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 
主なしとて 春を忘るな」

 

京の都を離れる名残惜しさを歌いました。
「大事な梅の木よ、私と別れても、春を忘れず、香りを届けておくれ。」

 

一泊二日の旅行。
初めての方とたくさん出会いました。
名残惜しいですが、あと数時間すれば解散です。

 

「また会いましょう。」
ですがあれから数日すぎ、もうすでに忘れかけている私がいます。
82名、とても覚えきれません。
けれど誰もがみな、お念仏者です。

 

「西風(にし)吹かば 思いをこせよ 南無阿弥陀仏
別れありとて 弥陀を忘るな」

 

「かけがえのないご縁をご一緒しました。
お互い別れても、お念仏を大切にしましょう。
西からの風、お浄土の話を、
各々ご縁のお寺で、お聴聞しましょう。
西の光、阿弥陀さまのお慈悲の光を、
各々の生活の中で、『ぬくいなぁ、明るいなぁ』と味わいましょう。
そして必ず、お浄土で再会いたしましょう。」

 

そんな帰路でした。

 

【そよそよ】

 

様々な人と別れ忘れていく人生。
しかしどこで何をしていても、
お互いお念仏をいただき、
仏の声に耳をすまします。
海にいれば海風、
山にいれば山風が。
それは西風かもしれません。
そしてそこから、
「お前を救う」という仏さまの喚び声をいただく事があっても良いかもしれません。

 

「いでそよ人を忘れやはする」
(まったくそう、あなたをどうして忘れましょう!)

阿弥陀さまを忘れず、
…いえ、そうです、最も大事なこと。
忘れていないのは阿弥陀さまの方です。
だからこの浄土への道は、
崩れません。

 

お浄土での再会を楽しみに、
各々の普段の生活に精進していきたいと思います。

 

人生の意味を知る“他力”の教え、浄土真宗。
この救済教、後の世に大切に伝えていきたいものです。
それはとりもなおさず、
今、私自身が、西の風に吹かれ、
「そよそよ」という音を聞く事。
「そうでしたよ、そうでしたよ。仏さまはここでしたよ」と、
お念仏申す事かもしれません。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

声を聞くとは

【声を聞かせて】

 

ある落語家の母親。
80歳すぎても元気ですが、
昔から、少々ぼんやりした所があるようで…。

 

ケーキを買いに行ったそうです。
しかし戦前生まれ、カタカナ表記の洋菓子の名前が言えません。
「モンブラン」、「ガトーショコラ」、「フルーツタルト」、「ミル・クレープ」、「レアチーズケーキ」、
「マルモールグーゲルフプフ」なんて絶対に言えません。

 

「これと、これ、ください。」
「どれですか?」
「これと、これです。」
「お婆ちゃん、こちらからは見えづらいので名前を言ってください。」
「ヨネです。」
「いえ、ケーキの名前を。」

 

ようやく購入しました。
すると開封後、慌てて口に入れています。
何故だろうとケーキの箱を除くと。
「“おはやめ”にお召し上がりください。」

 

……

 

親子でデパートへ買い物に行ったそうです。
昼食をご馳走しようと食堂街へ行くと、どこも一杯でした。
仕方なく店の前で並んで待っていると、
母親がトイレへ。
戻り際、向こうで何かに向って叫んでます。
何をしているのかと近付くと、
大きな箱が置いてありました。
その箱には「あなたの声を聞かせてください」の張り紙。
ご丁寧にマイクの絵まで書いてあります。
箱に向って「アー、アー」と喚ぶ祖母。

 

こういうお婆ちゃんが、
10円玉を池に放り込むのでしょう。
「鯉の餌、10円」と書いてある札を見て。

 

【南無阿弥陀仏のみ名】

 

阿弥陀如来の 本願は
かならず救う まかせよと
南無阿弥陀仏の み名となり
たえず私に よびかけます

 

『拝読 浄土真宗のみ教え』の「救いのよろこび」の冒頭です。
よければ覚えてください。
そういうための七五調です。

 

本願…それは仏さまの心です。
「どうすれば皆を救えるか」と悩んだ仏さま。
結果、この私を救うべき功徳のありったけを、
自らの名前、お念仏にこめました。

 

阿弥陀さまの功徳の全体が、お念仏です。
故にお念仏は仏さまそのものです。
単なる音声ではありません。

 

たとえば、
デパートで「あなたの“声”を聞かせてください」とある箱に向って、
「アー、アー」と大声で叫ぶお婆ちゃん。
市役所前で「私たちの“声”を聞いて」と叫ぶ市民団体に、
窓から「大丈夫、よく聞こえるよ」という市長。
両名、勘違いしてます。
なぜならこの場合の“声”とは、
人間の意見を意味しているからです。
音声ではありません。

 

また、
「師走の声を聞く」といったって、
「え〜、今年も残すところあと一ヶ月……」と、
師走が落語家みたいにしゃべっているわけではありません。
北風の肌寒さ、町の活気、何ともいえないせわしなさ……。
そんな周りの状況から聞こえてくるのが師走の声です。

 

ナモアミダブツは仏さまのご意見、そしてお招きです。
「諸行無常……二度とない、大切な今日という一日だよ。」
「他力本願……あなたを迎える浄土の世界は仕上がっているよ。」
お念仏をする方がヨネさんなら、
「ヨネよ、ヨネよ。揺るぎないお浄土があるよ。
焦らなくても心配ないよ。
慌ててケーキを食べなくても大丈夫だよ」とお招きです。

 

別に、ヨネさんの両耳に聞こえるわけではありません。
苦悩や悲しみなどの種々を縁として、
お寺でお聴聞し、
お慈悲の温もりに出遇います。
たった一人歩む人生ですが、
決して一人ではなかったと気づきお念仏申す時、
そんな自らの心境から聞こえてくるのが、
如来の喚び声です。

 

我(われ)称(とな)え 我聞くなれど 南無阿弥陀仏 必ず救うの 弥陀の喚び声

 

昔から有名な歌ですが(原作は少し違いますが)、
覚えるに値する歌です。

 

(補足)

 

『拝読 浄土真宗のみ教え』の「救いのよろこび」は、
現代版「領解文」です。
領解文と同様、できれば暗唱してもよいと思います。
七五調で覚えやすいです。
五段に分かれています。

 

(1)
阿弥陀如来の 本願は
かならず救う まかせよと
南無阿弥陀仏の み名となり
たえず私に よびかけます

 

(2)
このよび声を 聞きひらき
如来の救いに まかすとき
永遠に消えない 灯火が
私の心に ともります

 

(3)
如来の大悲に 生かされて
御恩報謝の よろこびに
南無阿弥陀仏を 称えつつ
真実の道を 歩みます

 

(4)
この世の縁の 尽きるとき
如来の浄土に 生まれては
さとりの智慧を いただいて
あらゆるいのちを 救います

 

(5)
宗祖親鸞聖人が
如来の真実を 示された
浄土真宗の み教えを
共によろこび 広めます

 

おおよそ、

  1. 第一段は「他力の本願」について。
  2. 第二段は「真実の信心」について。
  3. 第三段は「報謝の念仏」について。
  4. 第四段は「浄土の人生」について。
  5. 第五段は「同朋の生活」について。

です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

 

仏のご沙汰

【35年後】

 

昨年、初めて1泊2日の人間ドックを受けました。
血液検査・尿検査から始まり、
視力検査、聴力検査、心電図検査、肺機能検査、
胸部X線検査、胃部内視鏡検査、腹部超音波検査……。
そして大腸検査、直腸検査、肛門検査と、
上から隅々まで調べていただきました。

 

最後、副院長から結果説明をうけました。
「これがあなたの結果通知票です。赤い所が、2,3ありますよね。
これが問題の箇所です。
…私、この赤い数字に関しての専門医です。
あなたの年齢なら運動をして減量すれば問題はないでしょうが、
念のため、薬を出しましょう。」
「私、このままではダメなのですか?」
「はい、35年たった時、困ります。」
「35年!?」

 

一瞬、ポカンとしました。
自分の35年先など考えた事もありませんでした。

 

薬の処方箋をもらいます。
「どこも痛くもないのに、なぜ毎日こんな薬を飲まなければ…。」
そう思いながら薬局へ。
しかし、考えてみればすごいことかなと。
私には想像もつかない未来を見ている先生にお会いしたのでした。

 

【仏の沙汰は僧が知る】

 

「もちはもち屋」という諺があります。
「何事においても、それぞれの専門家にまかせるのが一番良い」という事のたとえですが、
専門家というのは、すごい眼を持っています。

 

納骨の際にお会いする石材店の方。
墓地にある墓石の産地、すぐ分かります。
「これは?」
「四国です。」
「これは?」
「柳井ですね。もう出てきませんよ。」
「これは?」
「外国からきたのでしょう。」
この石はどこからやって来たのか。
石の過去が見えるようです。
私には、みな同じに見えます。

 

お世話になってる皮膚科の先生。
診察にいくとすぐ病名を言われます。
「先生、これは?」
「アトピーですね。」
「これは?」
「水いぼですよ。」
「これは?」
「…漆かぶれじゃないですか?」
「これは?」
「帯状疱疹ですね。」
「これは?」
「バラ疹(ジベルばら色粃糠疹)!」
一発です。
私には、みな虫刺されに見えます。
当然、処方される薬も違います。

 

ちなみに、「もちはもち屋」に関連して、
「仏の沙汰は僧が知る」という諺があるのだとか。
仏さまのことは僧侶が一番よく知っているという意からできたそうです。
……この諺に恥じぬよう、勉強したいものです。

 

【仏の眼差し】

 

普放無量無辺光
(あまねく無量・無辺光……を放ちて)
  (正信偈より)

 

南無阿弥陀仏の仏さまは、
光の仏さまです。
どこまでも輝き、いつまでも私を照らし出します。
今の心は勿論、過去も、そして未来も照らします。

 

何気なくパソコンを見ている私。
数日前の悲しみから、数億年前の喜びまで、
種々の出来事がありました。
そんな種々の要素から成り立っている事を、
仏さまはご承知です。

 

煩悩まみれの私の心を認知した仏さま。
加えて私の行く末も目に浮かんでいます。
35年どころではありません。
35億、いや「百千億那由他」という先まで。
どこまでも迷い続ける私の姿です。

 

結果、仏様が私にくだしたお沙汰は、
「これからは精進せよ」ではなく、
「われにまかせよ」の本願でした。

 

「仏心は大慈悲これなり。」

決して見捨てられない仏さまだからこそ、
私の罪業をわが罪業と断ちきり、
私の煩悩をわが煩悩と抱えきり、
必ず浄土へ生まれさせ、
どこまでも救い続ける仏にすると誓われました。

 

【僧が知る事】

 

摂取心光常照護
(摂取の心光、つねに照護したまふ)
  (正信偈より)

 

私を摂め取って捨てない仏さまです。
常にお慈悲の光を照らしております。
私の過去から未来まですべて承知され、
故に過去から未来まで決して離れないと、
本願を建てられました。
その本願通りの功徳が、
南無阿弥陀仏という名号、
仏さまのみ名に施されています。

 

どのような経歴の方であろうと、
どのような悩みの方であろうと、
どのような行く末であろうと、
お念仏さまの沙汰は同じです。
「あなたを助ける」と。
「お浄土があるぞ」と。
「一人ではないぞ」と。
真宗の僧侶が知っているのは、
そんな仏さまの喚び声です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

 

本物の仕事

 

「戦場カメラマンの一番の願いは、失業することなんだよ。」(ロバート・キャパ)

 

【消滅のために】

 

6年前くらい昔、
ラジオであるタレントさんが、
自分の入院生活について話をしていました。

 

ドキドキの心臓手術や長い入院生活について語られた後、
自分の担当医(執刀医)について話していました。
自分より若いけれども、とてもよく診てくれたのだそうです。

 

物静かな先生でした。
技術をひけらかすわけでもなく、
「仕事だから」と冷たく割り切った様子もありません。
感謝されることを望むのでもなく、
ただ温かく接してくださった先生。
その雰囲気に感動したのだそうです。

 

「…俺はその人から仕事の流儀みたいなものを学んだよ。
それは『自己の消滅をもって事業の完成となす』。
そのお医者さんは心の底からそう思っているんじゃないかな。」

 

自己の消滅をもって事業の完成となす。
私利私欲を捨てた、究極の滅私の人です。
たとえていえば、
「もう誰も歯の事で悩んでないから、先生はいなくても良いよ」
といわれる事を待ち望んでいる歯医者。
自分が失業すれば良い。
悩む人がいなくなれば良い。
そう思って仕事をしている人こそ本物ではないか。

 

すると、もう一人の方が言われました。
「自分はどうなってもいい…そう思って仕事している人は確かにすごいと思いますが、
現実には、難しいですよね。」
「いや、たくさんいるよ。」
「そうですか?」
「親という仕事は、まさにそうじゃないか。」
「……なるほど。」

 

【本物の仕事】

 

 子は親を踏台にして成長する。
 だからしっかりした踏台が必要である。
    (佐々木正美)

 

冷静に考えてみると、
親ぐらい割りに合わない仕事はないかもしれません。
あれだけ働いて、給料はゼロ。
しかし、
「仕方ない、これも仕事だ」と思って子育てはしません。
子どもに洗濯や食事の苦労をひけらかすわけでもなく、
感謝されることを望む事もありません。
淡々と子どもを見守り続けます。

 

子育てに時間も労力も財力も全て注ぎ込みます。
それなのにいつか子は、
「あなたはいらない」と言わんばかりの姿をとります。
その事を親は知っています。
承知の上で、何ら見返りを求めず、日々励むのが親です。
まさに親という仕事は、
自己の消滅をもって事業の完成としています。

 

ある意味、わが子に全生涯をささげる仕事です。

 

【若不生者】

 

 若不生者(にゃくふしょうじゃ)のちかひゆゑ
 信楽(しんぎょう)まことにときいたり
 一念慶喜(いちねんきょうき)するひとは
 往生かならずさだまりぬ

 

親鸞聖人の詠まれた阿弥陀さまの讃歌です。

 

「若不生者」とは、阿弥陀さまの第十八願の言葉で「もし生まれずば」と読みます。

 

阿弥陀という仏さまは、「若不生者」と誓われました。
「もしあらゆる者を浄土に生まれさせる事ができないなら、私は仏とならない」という意味です。

 

あらゆる者を自分と同じ仏にする、
そうでなかったならば、自分は仏をやめる。
自らの全存在をささげての救済事業です。
私が阿弥陀さまと同じ仏になるまで終わりません。

 

阿弥陀さまと私の関係。
それは親と子の関係です。
はるかかなたから子育ては始まっていました。
子育てをひけらかすわけでもなく、
感謝や恩返しを望むのでもなく、
「必ず生まれさせる」と夜昼つねに見守ります。

 

何も知らなかった私です。
しかしその誓い通り、
この度というこの度は、
この如来さまの真心(まごころ)を聞き信ずる時節となりました。
真心を聞き受ける心、それをお経には「信楽(しんぎょう)」とあり、
これが浄土真宗でいう信心です。
決して自らの力を信じる心でも、他人まかせの心(お気楽な心)でもありません。

 

この信心が生じた喜びある人には、
「ようやく往生(行き先)が定まりました。迷わない道の真っただ中を歩いていました」
という大きな安堵の心が恵まれます。
どこもかしこも、
阿弥陀さまの導きの光明に照らされている事を、
いつでも確認できる日々です。

 

【産むために生まれた】

 

もう十年近く前の事ですが、
Tさんの結婚披露宴に招待されました。

 

大変勉強熱心な方で、
以前、「学べば学ぶほど、親鸞聖人が遠くなっていきますね。」
と書かれた年賀状には大変驚かされたのを覚えています。
現在も飽くなき探究心で、浄土真宗の心髄を追い求められています。

 

けれどもそんな勉学、研究に没頭していたためか、
婚期が遅れました。
このたびの披露宴、年齢は三十半ば過ぎていました。

 

広島のホテルでの披露宴は盛大でした。
交流の広いTさんの披露宴に、
多くの友人、知人が集まっていました。
そんな披露宴の最後、
Tさんは、次のようなスピーチをしてくださいました。

 

「……三十過ぎても学生だった頃、
正直、自分はよく歎いたり妬んでいました。
知り合いが車を買った、家を建てたと聞くと、
『それに比べ、自分は何ももっていないなぁ』と。

 

けれども今日、
そうではなかったと気づかされました。
自分にはかけがえのない仲間や恩師がいる。
お金では買えない思い出がたくさんある。
こんなご縁もあった、あんなご恩もいただいた。
「ないな、ないな」ではなく、
「あった、あった」という思いをかみしめています。

 

そして何より、両親に感謝したいと思います。
ここまで私のようなものを、育てて下さいました。
……かつて母はこんな事を言ってくれました。
『お母さんはね、あなたを産むために生まれてきたのよ。』
本当にありがとうございました。」

 

『あなたを産むために生まれてきた。』
会場の中から、少し苦笑も聞こえました。
私も正直、笑っていたかもしれません。
「それは言い過ぎだろう」と。

 

けれども後から考え直させられました。
言い過ぎではなかったと。
たぶんTさんもそんな心境だったと思います。
子どもの頃、そう言われた時は何となく嬉しかった。
しかし時が経って、
「そんな馬鹿な。」
「子どもを喜ばせる言い方だ」と反発していた事もあったと思います。
しかし、ようやくその意味の真実に出遇いました。
母というものは、
その生き方を、生きる目的を全てかえてこそ母であり、
それほどの大きな仕事なのです。

 

【生まれ往く道】

 

第十八願の言葉。

「若不生者、不取正覚。」(もし生まれずば、正覚を取らじ。)

 

阿弥陀さまが阿弥陀さまとなられた理由。
南無阿弥陀仏という声の仏となられた理由。
それはどこまでも、
この私をお浄土に生まれさせるためです。

 

どこまでも土に帰って終わる人生としか思えなかった私。
どこからやって来たかも知らず、
終わりゆく人生を諦め、
半ば忘れるがために、
「できることは歴史を残すことだけ」と、
今を精一杯生きてきた私。

 

しかし、このたび「精一杯生きる」意味が変わりました。
本物の仕事。
私を救うために一心に仕事をされる方に出遇いました。
人生の不安、苦しみには意味があり、
その不安が消える、苦しみが喜びにかわる世界に、
身を浸らせていただきます。
故に、今この一瞬も、勿体なく
大切に生きさせていただくのです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

形は滅べど

【健康】

 

Sさんのお見舞いに行った時のことです。
持参したお寺の新聞を見ながら、
「また法座が近付いたのですね。
法座までに退院できたら良いのですが。」
いろいろな話をした後、
急にSさんが、こんな事を言われました。

 

「入院して1ヶ月以上になります。
つくづく思うことは、
健康の大切さです。

 

初めて、こんなに長くベッドの上で生活をしています。
今まで仕事一筋でしたが、
一ヶ月近く熱もさがらず、目の前が逆さまに見えるのは辛かった。
身体が落ち着いているのは本当に有り難いです。

 

けれどもう一つ。
それは、心の健康とでもいいましょうか。

 

…失礼ですが、こうしてお見舞いに来られたのは、
私が回復に向かっている事を耳にされたからでしょう。
もちろん入院当初は、
とても話なんかできる状態ではなかった。
故に皆さん避けられたのでしょう、一ヶ月くらい一人でした。

 

人間は結局、一人なんですね。
仕事がある間や家族といる間は実感がありませんでした。
でも一人になったお陰で分かりました。
お聞かせに預かっていた通りでした。
如来さまがいつでも私とおられると聞けるのは有り難いですね。」

 

お念仏は、
お慈悲のはたらきを“声”としていただきます。
法座や法事などのお聴聞を縁として、
お念仏の意味、声となった仏さまの“おいわれ”を聞きます。
肉声としては私の声ですが、
そのまま、たった一人の私を、
決して一人落としはしないと誓いを立てられた仏さまの声です。
今まさに、
「落ちない功徳は仕上がったぞ」と命じられる仏さまに、
思わず「ナモアミダブツ」とお念仏する私がいます。

 

心の健康。
それは心の落ち着き、心の平安の事でした。
「一人であって一人ではなかった。」
身体は苦しくも、
目の前の風景は決して灰色ではありません。

 

【花は散らない】

 

「花びらは散っても花は散らない。形は滅(ほろ)びても人は死なぬ」(金子大栄)

 

ここでの「花」とは、やはり桜でしょうか。
花見が待ち遠しい時期になってきました。

 

花見をしながら上から降ってくるもの。
それは花びらです。
しかし大概の人は「花が散った」と思います。

 

花とは「たねをつくるはたらきをする、植物の一部」です。
花は「花びら」だけでなく、
「おしべ」、「めしべ」、「がく」(花びらの外側の緑色のもの)などがそろって「花」です。

 

「そんな細かいことを……」
そうかもしれません。
私もこの歌を知るまではそう思っていました。
しかし花びらは散っても、花は散ってないという見方があります。
目に見えませんが、種はすくすくと育っているという見方です。

 

それは人も同様です。
「形は滅(ほろ)びても人は死なぬ」
心臓が止まれば肉体は滅びます。
しかしまだ人は滅んでいないという見方があります、。
仏教の見方です。
人には心があり、それは肉体以上に、
“私一人という世界”において重要な役割を担っています。

 

【念仏の花】

 

お通夜の晩、
故人の面影を偲びます。
明日、肉体は火葬され消滅します。
しかし生前、心を通じて、
遺族に伝わったものがあります。

 

その方の性格、
その方の生き様。
故人と語った様々な話。
その明るい声の響きは、
故人の思い出の記憶と共に、
残された人々の心に刻まれます。
消えない思い出。
そういう意味で人は死んでいません。

 

けれどもうひとつ。
故人は念仏者でした。
お念仏の花をさかせた人でした。

 

不思議なご縁で、
阿弥陀さまという「まこと」のはたらきに出遇いました。
阿弥陀さまの「我にまかせよ。必ず救う」という、
仰せの通りに生きました。
その結果、「まこと」故に「くずれない」安堵の心を賜り、
今生の最後まで、それは続きました。

 

私の心は水の上に書く文字のようなものです。
すぐにくずれ、消えていきます。
しかしこの度、
その水の味、値打ちに気づかされました。
如来さまが注ぎ込んでくださった水。
如来様からいえば「助ける」という味。
私たちからいえば「助かる」という味。
これは決して消えたり、変ったりしません。

 

お念仏の花の中で、
お浄土参りの種はすくすくと育っていました。
当然、今生が終われば、
阿弥陀さまの願い通り、
お浄土へ往生します。
その人の姿はもう二度と見られません。
しかし阿弥陀さまの世界で生きておられます。

 

残された私たち。
故人の声と同様、
故人の往生浄土という行く末も心に刻みます。

 

特別な刻み方はありません。
お念仏申すだけです。
仏さまの声を、
今度は私自身の経験の記憶と共に、
心に刻みます。

 

故人と同様、
今、刻々と崩れていく私の健康、そして肉体。
しかし、
崩れない心がありました。
私もお浄土への種が育てられていた事。
その時、
その種に水をかけてくださっている故人に出遇えるはずです。

 

仏教の要は、
生きる上での役立つ教えではありません。
死んだ後の安心の教えでもありません。
死なない教え、無量寿・永遠の教えです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

みすゞさんのお仏壇

【7回忌】

 

東日本大震災。
今月11日で6年たちます。
亡くなられた方、行方不明者、
そして関連死をあわせると2万人近くにのぼります。

 

七回忌の今年。
思い出す津波などの映像。
多くの方々を偲びつつ、それを機縁として、
み教えを味わわせていただきます。

 

【88回忌】

 

思い出せば六年前、
こんな言葉がACのコマーシャルで盛んにながれていました。

 

「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。
「ばか」っていうと 「ばか」っていう。
「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。
そうして、あとで さみしくなって、
「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、 いいえ、だれでも。

 

金子みすゞさんの詩「こだまでせうか」です。

 

人間関係もこだまのようなものです。
「やさしく話しかければ、やさしく相手も答えてくれる。」

 

鏡のように笑顔をむければ、笑顔がかえり、
怒りをむければ、怒りがかえります(※1)。

 

被災された方への励まし。
日本人の絆の再認識。
そんな思いも込められたACのCMだったと記憶しています。

 

金子みすゞさんの命日は昭和5年3月10日。
震災の一日前です。
享年28(26歳)。
今年は88回忌です。

 

【ひな壇】

 

さて、3月といえば雛まつり。
施設や旅館、空港など、
様々な場所でひな壇をみかけます。

 

みすゞさんの残されている512編の詩の中にも、
「雛まつり」という詩があります。
桃の節句を祝う詩かと思いきや、
随分、雰囲気が違います。

 

  雛まつり

 

雛のお節句来たけれど、
私はなんにも持たないの。

 

となりの雛はうつくしい、
けれどもあれはひとのもの。

 

私はちひさなお人形と、
ふたりでお菱(ひし)をたべませう。
(『美しい町 新装版金子みすゞ全集・T』, 14頁)

 

切ない詩です。
もう一つ、こんな詩もありました。

 

  初あられ

 

あられ あられ 手に受けて、
春の夜の お雛まつりを ふとおもふ。

 

おなじみの隣の雛は こんな晩、
暗いお倉の片隅の
ひとりびとりの箱のなか。
ぱら、ぱら、と きれぎれに
樋(とび)うつ音を聴いてゐよ。

 

あられ あられ 初あられ。
(『さみしい王女 新装版金子みすゞ全集・V』, 98頁)

 

季節はいつでしょうか。
降ってきた霰(あられ)に雛あられを重ねます。
隣家の雛人形たちの心境を詠んでいます。
「倉の中はさみしいな」
「はやく桃の節句がこないかしら」
そんな心の声が聞こえてくるようです。

 

【仏壇】

 

ひな壇やおひな様は、
金子家にはなかったのかもしれません。
しかし金子家には、
美しいお仏壇がありました。
とても大切にしていた様子が、
詩「お仏壇」にあらわれています。
長いので、区切りながら、引用すると、

 

  お仏壇

 

 お背戸(せど)でもいだ橙(だいだい)も、 ※背戸:家の裏手。
 町のみやげの花菓子も、
 仏さまのをあげなけりや、
 私たちにはとれないの。

 

 だけど、やさしい佛さま、
 ぢきにみんなに下さるの。
 だから私はていねいに、
 両手かさねていただくの。

 

仏さまからの「おさがり」。
どんなものも、
仏さまからのかけがえのないものとして、
「有り難うございます」と、
大事にいただきます。
昨今、忘れがちな行為です。

 

 家(うち)にやお庭はないけれど、
 お仏壇にはいつだつて、
 きれいな花が咲いてるの。
 それでうち中あかるいの。

 

 そしてやさしい佛さま、
 それも私にくださるの。
 だけどこぼれた花びらを、
 踏んだりしてはいけないの。

 

お仏壇といえば、お花。
それはお慈悲の姿です。
お慈悲の光が家をつつみます。

 

 朝と晩とにおばあさま、
 いつもお燈明(あかり)あげるのよ。
 なかはすつかり黄金(きん)だから、
 御殿のやうに、かがやくの。

 

とても大切にしていた、
金箔仏壇だったのでしょう。

 

 朝と晩とに忘れずに、
 私もお礼をあげるのよ。
 そしてそのとき思ふのよ、
 いちんち忘れてゐたことを。

 

 忘れてゐても、佛さま、
 いつもみてゐてくださるの。
 だから、私はさういふの、
 「ありがと、ありがと、佛さま。」

 

みすゞさんも毎日、お仏壇にお礼をしていました。
その時、
阿弥陀さまの事なんか気にせず一日すごしていた自分に、
初めて気づきます。
同時に、
私を忘れず常に見守ってくださっていた阿弥陀さまに、
改めて気づきます。

 

昨今、「お仏壇のひな壇化」を耳にします。
夏や冬、お坊さんが来る時だけご開帳。
きれいにお飾りしたら、あとはおしまい。
お礼するのは、仏間で寝起きする家の代表者1名のみ。

 

忙しい現代ですが、
時々、みすゞさんの詩にあらわれるような、
素敵なお仏壇生活を心がけたいものです。

 

【ご門】

 

ところで、みすゞ詩「お仏壇」は、
もう一つ最後に、こんな一節があります。

 

 黄金の御殿のやうだけど、
 これは、ちひさな御門なの。
 いつも私がいい子なら、
 いつか通つてゆけるのよ。

 

真宗のお仏壇は先祖をまつる「御殿」ではありません。
教えに入るための入り口、「門」です。

 

真宗の檀家を「門徒」とか「門信徒」といいます。
門徒とは門下の徒輩。
師をもつこと、仏弟子の意味です。
み教えの世界に入り、み教えに生きる生活をする、
そんな意味がうかがえます。

 

今、お仏壇を通して、
阿弥陀さまのみ教えを聞きます。

 

阿弥陀さまは本願を立てられました。
「どんな悪人をも落とさない浄土の世界をしあげる」と願い、
「どんな者も離さない、寄り添い続ける仏となる」と誓い、
その誓いを遂げるため、
兆載永劫という果てしない間、
功徳を積み仏となられました。

 

どのような者も光照らす仏さまです。
老いも若きも、男も女も、善人も悪人も関係なく、
その人の気持ちにぴったり寄り添います。

 

阿弥陀さまと共にいる者は、
一人ひとり、その人らしく常に光輝いています。
みんな光輝く仏さまの子。
みんなみんな「いい子」です。

 

【浄土の入り口】

 

「この娑婆はお浄土ではありません。
しかしお浄土のの入り口は
この娑婆に
この現実に
この現前の一念にひらかれております。
あらためて申しあげます。
あの世にはもはや お浄土の入り口はありません。」
(西元宗助)

 

お仏壇に手を合わせながら何を思うか。
「死んだらお浄土へ。」
間違ってはいませんが、
勘違いしてはいけません。
救いは今です。
「心配するなよ」と、
お浄土の阿弥陀さまは、
ここにおられるのです。

 

お仏壇はお浄土の門、入り口を示しています。
そしてお仏壇の前で手を合わせる時、
その入り口が常に私のために、
開かれている安心を聞いていきます。
「いつか私もお浄土へ参らせていただきます。」
お礼をつとめずにはおれない場所です。

 

※1
笑顔で鏡をのぞいたら
鏡の顔も笑ってた
怒って鏡をのぞいたら
鏡の顔も怒ってた
人間も鏡のようなもの
あなたが笑ってむかうなら
相手も笑ってこたえるだろう
あなたが怒ってむかうなら
相手も怒ってこたえるだろう
はたして どうか 
試してみよう
(『日々の糧』「20日 朝」より)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

一秒の教え

【二つの食事】

 

先月の法要の最終日、
K総代が次のような挨拶をされました。

 

「ご参詣ありがとうございます。
さて、エピソードを一つ。
我が家の近くには野良猫が多く、
昼時になると餌をねだってきます。
餌をやると、ボス猫が食べ始めます。
その間、周りで他の猫は「まだかな」と待っています。
ボス猫が去り、他の猫たちが食べ始めると、
近くの木々に、雀がよってきます。
「早くご飯をいただきたい」とピーチクパーチク鳴きながら待っています。
(今、降りると自分たちが食事になりますから)。
猫たちが去ると、降りてきてチュンチュンと食べ始めます。

 

…動物はそこまでです。
食事をいただければ生きていけます。
だが人間はもう一つ、
み教えもいただいていきます。
食事と仏事をいただいて、初めて人間かもしれません。
ご一緒に、親鸞聖人のみ教えをいただきましょう。」

 

最初は固唾を呑みながら聞いていましたが、
有り難かったです。

 

同時に仏教徒の合い言葉である「三帰依文」の冒頭を思い出しました。

 

 人身(にんじん)受け難し、いますでに受く。
 仏法(ぶっぽう)聞き難し、いますでに聞く。

 

プランクトンからシロナガスクジラまで、
地球にいる数え切れない生命体の中で、
今、人間の生命をいただいています。
有り難いことです。

 

誰もが喜怒哀楽、波乱万丈の得がたい人生です。
そんなこの度の命、
不思議なご縁で仏法に出遇えました。
あっという間に過ぎ去る人生に、
正しい道を示されます。
迷いを迷いと知り、
迷いを超える道です。

 

【信心発得】

 

 仏道人身得がたくしていますでに得たり。
 浄土聞きがたくしていますでに聞けり。
 信心発しがたくしていますでに発せり。
  (『法事讃』より。『教行信証』化巻引用、註釈版p.412

 

親鸞聖人の仰ぐ七高僧の一人、
善導大師の言葉です。

 

仏さまの教え、
しかし中身は様々です。
「十三宗五十六派」
日本の古来の仏教の宗派の数です。
この数からもよく分かります。

 

数ある教えの中、
阿弥陀さまの話、
お浄土の教えを聞く人間はわずかです。
「お浄土?そんな聞いたこともない世界、死んだ後の世界なんて。」
しかし自らの大切な方が亡くなる等の経験を通して、
お浄土を聞くご縁の人があらわれます。
「世の中」でなく「世の外」、
この世を超えた世界を聞く人です。

 

阿弥陀さまが本願を立て、
あらゆるものを浄土へ生まれさせると誓い、
その誓い通り、
お念仏という行をもって、
お浄土へ生まれさせます。
浄土の世界は、まるで夢物語のような話ですが、
その教えを聞いて、お念仏申す人は、
本当にわずかです。

 

しかしそんな念仏行者で、
さらに「他力の念仏」、「他力の信心」を得る人は、
極めて稀です。
「他力? 私の心ぶりを問わない仏さま? そんな無茶な…」
「じゃあ、あんな悪い人も救われるのか? そんな馬鹿な…」
しかしお聴聞を通して、
他力に出遇う人がいます。
阿弥陀さまの一人働きでしたといただける人。
迷い悩む人生、愚かなわが身のまま、
ゆるぎない仏の心をいただき、
ただご恩を報じる生活をする人です。

 

他力の信心の人。
いただく前も後も、私の本性は何も変わりません。
言動も、行動も、外目には全く同じかもしれません。
ただ一つ、
仏さまの名のいわれ、
お念仏の値打ちには気づいた人です。
ある意味、「なんまんだぶ」、
それを見えない仏さまの声といただける人です。

 

【一秒の仏】

 

 「はじめまして」 この1秒ほどの短い言葉に、一生のときめきを感じることがある。

 

 「ありがとう」 この1秒ほどの言葉に、人のやさしさを知ることがある。

 

 「がんばって」 この1秒ほどの言葉で、勇気がよみがえってくることがある。

 

 「おめでとう」 この1秒ほどの言葉で、幸せにあふれることがある。

 

 「ごめんなさい」 この1秒ほどの言葉に、人の弱さを見ることがある。

 

 「さようなら」 この1秒ほどの言葉が、一生の別れになるときがある。

 

 1秒に喜び、1秒に泣く。

 

 一所懸命、1秒。

セイコーの1秒CMに出てくる「一秒の言葉」という詩です。
作者は「ブッタとシッタカブッタ」の4コマ漫画で有名な小泉吉宏さん。
一秒の大切さを表現しています。
たった一秒ですが、そこに言葉があることで、
とてつもない価値が生まれます。

 

お念仏も同様です。

「なまんだぶ」 この1秒ほどの短い言葉に、一生のときめきを感じます。

かけがえのない仏さまと出遇えました。

「なまんだぶ」 この1秒ほどの短い言葉に、仏さまのやさしさを知ります。

大悲の温かさに触れます。

「なまんだぶ」 この1秒ほどの短い言葉に、勇気がよみがえってきます。

見えない仏さまの苦労と功徳をいただきます。

「なまんだぶ」 この1秒ほどの短い言葉に、幸せがあふれます。

大悲の仏さまと出遇えた喜びです。

「なまんだぶ」 この1秒ほどの短い言葉に、私の弱さを見ます。

煩悩まみれのわが心があります。

「なまんだぶ」 この1秒ほどの短い言葉が、一生の別れを受けとめます。

名残惜しいですが、たとえ今日が最後であっても心配のない日暮らしです。

 

仏さまの夜昼休むことのない活動。
決して離さないお慈悲の光。
厳しい別れをいただきながら、
お念仏申しつつ、
「またお浄土で遇いましょう」と、
涙こぼす方もおられるかもしれません。

 

「なまんだぶ」
この1秒ほどの言葉が、私の一生を支えています。
この1秒ほどの言葉が、私を支える仏さまの姿です。
「なまんだぶ」
この1秒に、私の一生が入っています。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

夢のような人生

【成人式】

 

先日、小学校の「2分の1成人式」に参列しました。
私たちが子どもの頃にはありませんでしたが、
10歳を迎えたことを記念して行われる行事です。

 

最初、校長先生が子ども達に質問していました。
「この10年間、長かった人?」
誰もいません。
「短かった人!」
半分が挙手。
意外でした。

 

まだまだいろんな事がしたかったのに、
いつの間にか10年、
早かったなぁ…そんな思いでしょうか。

 

ところで、
参列者の私はというと、
ショパンの年齢を超え、
40になりました。
つまり「2分の4成人式」です。

 

ふり返ると様々な事が。
しかし子ども達同様、あっという間です。

 

少年老い易く学成り難し。
もっと学ぶべきことが沢山あるのですが、
手遅れです。
光陰矢のごとし。
月日の流れのはやい事に驚かされます。

 

限られた残りの人生。
その残りもすぐ終わります。
だからこそ何をすべきか。
はっきりと見定めたいものです。

 

【夢のごとし】

 

「月日の流れのはやさ」に関して、
親鸞聖人の著された『教行信証』には、
張倫(人偏→手偏)(ちょうりん)という人のこんな言葉が引用されています。
私訳すれば次のようです。

 

「『ナモアミダブツ』。
この阿弥陀さまの名ほど、身心ともに、
持続しやすい行はありません。
故に本来、お浄土ほど往きやすい処はありません。
お釈迦さまのあらゆる教えの中で、
これ以上、さとりの近道はないのです。

 

ですから清らかな朝のわずかな時間を割いて、
この「永遠に朽ちることのない功徳」をいただくべきです。
全く力のいらないお念仏。
それでいて得る功徳は量り知れません。

 

しかし人々は何の苦しみがあって、
この尊い法を捨て、
修めようとしないのでしょう。

 

ああ、人生は夢幻のようで、
真実(まこと)のものは何一つありません。
寿命ははかなく、長く保つことは困難です。
たった一度、呼吸が止まる事で来世となります。
人間の境界に戻れる見込みはほとんど不可能です。

 

今、人間であるこの時、真実の教えに目覚めなかったなら、
仏さまでも、どうすることもできないのです。
どうか、深く無常を考え、
いたずらに悔いを残さないでください。(※1)」

 

張リンさんは中国の南宋時代の在家の人です。
厚く念仏を敬い、
人々に念仏をすすめらえました。

 

「人生は夢のごとし。」
はかないです。
だからこそ、今ここに間に合う法を、
お釈迦さまは遺してくださいました。
「南無阿弥陀仏」のみ教えです。

 

【夢の人生】

 

阿弥陀さまは、
はるか前からの私をご覧になり、
その生き様に涙を流し、
「どうか救われてくれよ」と、
南無阿弥陀仏の名となって、
私から一時も離れない仏となられました。

 

何をしでかすか、
何を口に出すか、
何を心に思うか見当もつかない私。
たとえ積み上げた善業があっても、
悪業で一瞬にして灰になり、
罪業の山は途方もない高さになっています。

 

故に心配な仏さまは、
お慈悲の光を絶やすことなく、
常に私を照らし続けます。
「一人にはさせないよ。必ず浄土へ往生させるよ。」
と絶えず私の口から、
「南無阿弥陀仏」の声となって寄り添います。

 

南無阿弥陀仏の中に私の一生涯があります。
そして、
南無阿弥陀仏の中に私の未来があります。

 

それこそ吹けば飛ぶような価値の私です。
はかない人生。
しかしこのたび、
これ以上ない方に出遇いました。
かつての人生ではありえない貴重な人生。
それが念仏生活です。

 

「人生夢のごとし」。
しかし同じ夢でも、
「夢のような人生」が念仏生活です。
お念仏は、人生の価値を変えるのです。

 

【決意表明】

 

先ほどの2分の1成人式。
メインは決意表明です。
一人ひとりが体育館の壇上で、
元気よく声を出していました。

 

「私の名前は○○といいます。
両親につけてもらいました。
○○という願いがこめられているそうです。
将来は○○のような人になりたいと思います。
お父さんお母さん、今までありがとうございました。
これからも宜しくお願いします。」

 

大体、こんな形式が多かったです。
台本があるのか。
少し恥ずかしいですが、
堂々としたものです。

 

聞きながら考えました。
もしも2分の4成人式というのがあれば、
何と決意表明しようかしら。
以下の台本を考えました。
宜しければお使いください。

 

「私の名前は○○といいます。
そして、
私の仏さまの名前は「南無阿弥陀仏」といいます。
親様(仏さま)が自らつけられました。
「どこまでもいつまでもあなたを離さない」という願いと、
その願い通りの功徳が具わっているそうです。
将来は、お浄土へ参り仏さまにならせていただきます。
阿弥陀さま、本当にありがとうございました。
これからも罪深い私ですが、宜しくお願いします。」

 

(おわり)

 

※1:原語では、
「仏号はなはだ持ち易し、浄土はなはだ往き易し。
八万四千の法門、この捷径(せっけい)にしくなし。

 

ただよく清晨俛仰(しょうじんめんごう)の暇(いとま)を輟(や)めて、
つひに永劫不壊(ようごうふえ)の資(たすけ)をなすべし。
これすなはち力を用ゐることは、はなはだ微(び)にして、
功を収むることいまし尽くることあることなけん。

 

衆生またなんの苦しみあればか、みづから棄ててせざらんや。

 

ああ、夢幻にして真にあらず。寿夭(じゅよう)にして保ちがたし。
呼吸のあひだにすなはちこれ来生なり。
ひとたび人身を失ひつれば万劫にも復せず。

 

このとき悟らずは、仏もし衆生をいかがしたまはん。
願はくは深く無常を念じて、いたづらに後悔を貽(のこ)すことなかれと。」
   (『浄土真宗聖典(第二版)』, p. 176)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

垢を落とす酉年

 

【酒年?】

 

先日、ようやく年賀状の整理が終わりました。

 

友人、仕事関係、ご門徒、お同行…。
字だけのシンプルなものから、
家族の写真が綺麗に写っているもの。
嬉しいものです。

 

その多くに、鳥のデザインが。
今年は酉年だからです。
鶏、鶴、白鳥、ドナルドダック…。

 

一枚、大きく「酒」が印字された年賀状がありました。
「今年は酒年ではありませんよ(笑)」と書いてあります。
逆に、一緒にたくさん呑もう、
たまには会おうという意味でしょう。

 

ちなみに、私はというと、
ご多分にもれず、鶏の絵画を使わせていただきました。

 

【御俗姓】

 

今年の2017年、干支は丁酉(ひのととら)です。
540年前の1477年も丁酉でした。
文明9年。
この年、蓮如上人は『御俗姓』(ごぞくしょう)を著しました。
親鸞聖人のご事績を述べ、
門徒の心得を説いたものです。

 

親鸞聖人の俗姓は藤原氏です。
9歳で出家し、比叡山の横川(よかわ)で、
20年間、悩みながら修行を続けられました。
29歳の時、法然上人と出遇い、比叡山を下りる決心をされます。
天台宗の学問・修行をやめ、法然上人の弟子になられたのです。

 

  「建仁辛酉(けんにんかのとのとり)の暦、雑行を捨てて本願に帰す」(教行信証)

 

浄土のみ教え、阿弥陀さまの本願に帰依されました。

 

それから90でご往生されるまで、
ひたすらお念仏を伝え、
人々を浄土に往生するよう勧められました。

 

酉年の今年、
聖人同様、
あらためて阿弥陀さまの本願に、
身と心を浸らせていただきます。

 

【木石にあらず】

 

「このご正忌(しょうき)をもって
 報謝の志を運ばざらん行者においては、
 まことにもって木石(ぼくせき)にひとしからんものなり」(『御俗姓』)

 

「親鸞聖人のご正忌(祥月命日)に、
報謝の志を運ばないものは木や石と変わらない。」
きつい表現です。
お礼ができない人間は、
心がないのと同じと言いたいのです。

 

木石ではありません。
心を持ったお互いです。
ましてや犬猫でもありません。
仏という真実に出遇える境界です。

 

お寺の法座へ足を運びましょう。
それが浄土真宗、門徒のたしなみです。

 

【垢を落とす】

 

「いかなる志をいたすといふとも、
 一念帰命の真実の信心を決定せざらんひとびとは、(略)
 『水入りて垢おちず』といへるたぐひなるべきか。」(御俗姓)

 

「どんな理由でお参りしても、
『一念帰命の真実の信心』
つまり『他力の信心』をいただけなかったら甲斐がない。
つまるところ、風呂に入ったのに垢が落ちていない。
垢が落ちてなければ、風呂に入った意味がない。」
これも厳しい言葉です。
お聴聞せよ、
阿弥陀さまの話を聞けと言いたいのです。

 

阿弥陀さまの救いは一瞬ですが、
わが心は、
お聴聞して一夜で変わるものではありません。
ですがおのずから自然と、
気づけばいつの間にやら、
垢は落ちていきます。

 

垢とは何か。
他力の反対。
「自力心(じりきしん)」です。

 

【要するに?】

 

「自力心の何がいけないのか?
自力心は、自らの力をたよる心。
自らを信じる心、つまり自信の事じゃないか。」

 

「自信は人間にとって大事な心の要素だ。
世の中で生きるためには、
必要不可欠な勇気だ。」

 

おっしゃる気持ちは分かります。
でもそういう意味の「自力心」ではありません。

 

世の中を生き抜く為、
自信や勇気を持つ事は素晴らしい事です。

 

しかし仏教の人生観は、
世の中だけでなく、
「世の外」まで視野に入れます。
損得、勝ち負けを超える道です。

 

悲しみの涙たえないわが身、
たった一人死んでいくわが孤独の解決の道です。
そんな仏道を歩む場合、
大きな障害になるもの、
それが自力心です。

 

自力心は、自らのはからい、おごりです。
言い換えると、
他力をはねつける心です。
阿弥陀さまの力を、
「ありのまま」に聞こうとしない心の作用です。
お慈悲をはねつける心。
またお慈悲を、
煩悩でふるいにかける心。
自ら都合良く聞く心です。

 

「要するに、浄土真宗とは阿弥陀さまが救ってくださるという事だ。」

 

その「要するに」という言葉に、
自力心がよくあらわれています。
仏さまのご恩を要約するのです。
短くまとめて、自分が合点します。
その合点した心の自信で、
人生の不安を克服しようとします。
人生の最後、その自信は壊れていきます。

 

【湯煙吸って】

 

法座は、ご法義のお風呂です。
世の中と違い、ゆったりとした時間が流れます。

 

世間体という服を脱ぎ捨て、裸になり、
お慈悲の湯船につかります。
お聴聞し、
法悦の湯煙を吸って帰ります。
お湯の成分とか効能は聞いて忘れます。
効能はじっくり入っているものです。

 

「ナンマンダブ。ナンマンダブ。
 阿弥陀さまが、この私を助けると言われる。」
以上、終わりです。

 

「(私、)心が癒やされた」、
「(私、)何か少し善い心になった」といった、
“私”中心、“自己中心”の心、
“自力心”の垢を落として帰るのです。

 

ヒントとしては、
お聴聞の後、
「良い話を聞いた」ではなく、
「有り難い話を聞いた」とつぶやきます。
私の“良い・悪い”という判断を入れないのです。
工夫してみてください。

 

聖人のご命日は、新暦で1月16日です。
当山では、1月26〜28日、「ご正忌報恩講」(ごしょうきほうおんこう)を勤めます。
ご門徒も、また近隣の方もどうぞお参りください。
一緒に、お風呂で垢を落としましょう。
法座の後の垢の掃除は住職のつとめ。
たくさんの垢が落ちている程、
住職は嬉しいのです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

念仏の道

 

【日本のペスタロッチ―】

 

東井義雄(とういよしお)さんは、
小学校の教師です。
日本のペスタロッチ―とよばれ、
常に子どもの側にある教育を目指し、
命の不思議、いのちの素晴らしさを説いてきた方です。

 

「一番はもちろん尊い、しかし一番より尊いビリだってある。」

 

多くの著作があり、多くの「ことば」が残されています。

 

また兵庫県豊岡市の浄土真宗、
東光寺住職でもありました。

 

「拝まない者も
 おがまれている
拝まないときも
おがまれている」

 

阿弥陀さまの心を、
学校と同じく、
子ども達に語るようにやさしく説かれました。

 

豊岡市にある「東井義雄記念館」。
いつかお寺の旅行で行ってみたいものです。
(きれいなホームページがあります。
よかったら閲覧してみてください)

 

【念仏とは】

 

お念仏の道

 

 新年に
 よいことばかりやってくるように
 つらいこと
 苦しいことはやってこないように
 そんなことを願っても
 それは無理というもの

 

 どんなことがやってきても
 おかげさまでと
 それによって
 人生を耕させてもらう道
 人生を深め
 豊穣にさせていただく道
 それが
 お念仏の道
     (『東井義雄 一日一言』12/30、214-215頁)

 

今年も新しい年が始まりました。
除夜会、元旦会と多くの方が本堂へ参詣くださいました。

 

「今年はこんな年にしたい。」
「○○を頑張ろう。」
それぞれの思い、願望があることでしょう。

 

どんなことがあろうとも、
見捨てない仏さまがおられます。
一直線に私に向けて、
「南無阿弥陀仏(なんじを離さぬ)」と、
喚びかけ、寄り添う仏。
その仏さまを“阿弥陀さま”と言います。

 

「拝まないときも おがんでいる」

 

阿弥陀さまは、
私が願い拝むはるか前から、
法蔵菩薩という名の下、
途方もない「本願」を建てられました。

 

「拝まない者も おがまれている」

 

煩悩から抜けきれない私です。
損得から離れられない私。
結果、仏さまの心なんて忘れっぱなしです。
いかに楽に、楽しく生きるかばかりに、
眼が向きがちです。

 

阿弥陀さまの目当ては、そんな私でした、
仏とは真反対の私の心。
罪悪深重の凡夫人。
通称“悪人”。
その悪人を「何としても救う」と、
“おがまれている”仏さまがいました。

 

今年も、365日、
お念仏と共に、
生かされた毎日を過ごさせていただきます。

 

阿弥陀さまの願いの風に吹かれ、
「われにまかせよ」という風の音を聞きながら、
正しき方向へ、
間違いのない道を進んで まいります。

 

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

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