山口県は岩国にある浄土真宗寺院のWebサイト

法話2011

内容

《家族の絆(12月後半)》

 

今月、知人からこんなメッセージが届きました。
とても心に響く内容だったので、
ここに掲載いたします。

 

【生まれました】

謹啓……

 

このたびの三男 ◆◆の誕生に際しまして、
過分なお祝いを頂戴し、
誠に有難うございました。

 

◆◆は二人の兄たちに負けない存在感で、
よく飲み、よく寝、
大声で泣き、元気いっぱいです。

 

まだ澄んだ目をしているこの子の人生に
これから色んなことが起こるでしょう。

 

しかしどんなことがあったとしても、
同じ仏さまに手を合わせ、……
家族五人とも、大きなお慈悲の中に
生きていこうと心新たに思っております。

 

だんだんと寒さが厳しくなっております。

 

お身体ご自愛くださいませ。

 

合掌

 

……同じ仏さまに手を合わせ、
「南無阿弥陀仏」とお礼が言えるしあわせ。
同じ仏さまの「南無阿弥陀仏(大丈夫だよ〜。必ず救うよ)」
というお喚び声を聞いていけるしあわせ。

 

前生は別人であったお互いが、
この度、不思議なご縁で家族となりました。
喜怒哀楽の様々な人生を歩みながら、
見えない絆を大切にし、
同じ「仏(ほとけ/おさとり)」の道を歩みます。

 

単なる今生だけの縁ではありませんでした。
それが仏教の家族観、浄土真宗の家族です。

 

私も子供が三人。
あらためてこの身の上のしあわせを教えてもらった一時でした。

 

合掌

 

(おわり)

 

 

 

《往生浄土への道(12月前半)》


先々月(10月)、京都の西本願寺へお参りにいった際、
ご門主(第24代 大谷光真門主)が次のようなことをおっしゃいました。
とても有り難いお話でしたので、
ここに掲載いたします。

 

【ご門主のおことば】

「皆様、ようこそご参拝になりました。
(親鸞聖人750回忌の)大遠忌法要は、
宗祖親鸞聖人のご命日にちなんだ仏事という意味では、
毎年の報恩講と共通ですが、
50年ごとの区切りとして、
一生に一度か二度のご勝縁、貴重なご縁です。
この機会に、私にとって親鸞聖人とはどういう方かを確かめ、
そのみ教えを深く味わい、
更には、ご本願に出遇えた喜びを行動に移し、
後の世代に伝えたいと思います。

 

まず東日本大震災、またその後の災害で被災された方々にお見舞い申し上げます。
親鸞聖人の時代にも大きな地震があり、
気候不順からたびたび飢饉がありました。
若くして命を失った人、
生きるために大小さまざまな罪を犯した人は少なくないはずです。
そういう人々こそ見捨ててはおけないというのが、
親鸞聖人のお心であり、阿弥陀如来のご本願です。

 

ご「和讃」(親鸞聖人作の詩)に、

 

   「如来の作願をたづぬれば
    苦悩の有情をすてずして
    回向を首としたまひて
    大悲心をば成就せり」(正像末和讃(38))

 

とあります。
悪人が救われると聞くと、
それでは世の中の秩序が保たれない、
と思う方がおられますが、
治療を受ける病人の喩えをかりると分かり易いと思います。

 

阿弥陀如来が私をご覧になった時、
悪は処罰の対象ではなくて、
迷いの姿であり、
救いの対象です。
現代の私たちには、
直接犯す罪と共に、
知らず知らず犯していく大きな罪があります。

 

豊かさになれて、命の尊さや、
人間同士支え合うことの大切さを見失いがちであった時、
大震災にあいました。
ご本願を信じ、念仏申す者にとって、
人生は往生浄土の道であり、
阿弥陀如来のお救いに応える場です。

 

如来の救いを私一人の感得に終わらせることなく、
複雑につながった他のいのちにも開かねばなりません。
亡くなった方も生き残った私たちも
ひとしく阿弥陀如来のお慈悲の中にあります。
いのちを失われた方の無念さ
大切な人を亡くされた方の悲しみを
少しでも受け止めるようつとめたいと思います。

 

宗門としては義援金・支援金の募金や
支援の活動が続きますよう願っております。

 

原子力発電所の事故は、
人間の知恵や能力を超え、
私たちの欲望が広がったことを示しています。
それは後の世代に犠牲を強いることになるでしょう。
かぎりある存在、
「凡夫」という考え方の中身を深める必要を感じます。
仏法を伝えられ、
この御影堂を託された私たちが、
子孫に何を残していくことができるでしょうか。
南無阿弥陀仏、
お念仏申しつつ、精一杯、過ごさせていただきましょう。

 

 

※ 他の「ご門主の法話 おことば」については、西本願寺のHPに掲載されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《トマトの美味しさ(11月後半)》

 

【トマトは好き?嫌い?】

トマトは16世紀、スペイン人によって新大陸からヨーロッパに入りました。
当時は食用ではなく鑑賞用でした。
その鮮やかな赤色は、美しいのですが、食べるには抵抗感があり、
またナス科の植物には毒性のものが多く、
トマトも有毒と思われていたのだそうです。
ヨーロッパ人がトマトを食し始めたのは17世紀。
実に百年かかったのです。

 

ところで、ある企業のアンケートによると、
「あなたの好きな野菜」の1位は「トマト」で、
逆に「あなたの嫌いな野菜」でもトマトは5位にランクインでした。
好き嫌いがはっきりでる野菜、それがトマトなのです。

 

【キャラ弁当】

こんな話を聞きました。
幼稚園に通うある男の子はトマトが苦手でした。
ケチャップにすると問題はないようですが、
生は難しいようです。
食感がどうも駄目なのです。

 

何とか楽しく生の美味しさを味わえる方法はないかと、
その子の親は考え、
そして良いアイデアをおもいつきました。

 

その子の通っている幼稚園では、
月に1度、お弁当の日があります。
お弁当の日当日。
お母さんは朝早く起き、キャラ弁を作ったのでした。

 

キャラ弁とは
弁当の中身を漫画やアニメ等のキャラクターの形に模したものです。

 

アンパンマンのキャラ弁です。

 

 

鼻の部分にプチトマトを丸ごと使用。
ドキドキしながら息子に見せると、
子供は大喜び。
嬉しそうに幼稚園へ行きました。

 

さてお昼休み。
「あの子はちゃんとトマトを食べただろうか」。
不安に思ったお母さんは幼稚園に行きました。
教室の窓から息子をのぞくと、
子供もそれに気づいて、手を振ります。

 

  「お母さん、アンパンマンはもったいないから、食べてないよ。」

 

その後、アンパンマンをその子が食べたかどうかは、知りません。

 

【金の獅子】

仏教に「金獅子の譬喩」というお話があります。

 

子供は金塊をもらっても、あまり喜びません。
金の値打ちが分からないからです。

 

ではどうすれば、子供に金塊を受け取らせることができるか。
金塊を細工しておもちゃの形にすれば良いのです。
「金獅子」とはおもちゃです。
おもちゃならば、子供はそれで遊べるのです。
単なるトマトでも、キャラ弁になると喜ぶ子供のように。

 

同様に、
仏様は私たち凡夫に受け取りやすい形で「真実」を届けてくださっています。

 

仏様はお悟りの人です。
そしてお浄土はお悟りの世界です。
お悟りは真実の世界です。

 

しかしお悟りをお悟りのまま、
真実のまま届けられても、私たちには意味不明です。

 

「真如」「法性」「般若」「実相」「空」「妙有」等、
どれも仏教的真実を説明する言葉です。
しかしどれもピンときません。

 

真実を味わうことができず、
真実に向かう人生を歩まないのが凡夫の私。
そんな私と承知した仏様は、
仏様の側から真実の姿を変え、
私の耳目にかかるように、現れてくださいました。
それが「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)」。
名号(みょうごう)と言います。
その名号を口にかけることを「お念仏」と言います。

 

 

【トマトが教えてくれる】

こんな言葉があります。

 

「トマトの味はトマトが教えてくれる」(灘本愛慈)

 

「このトマトは美味しいよ」と教え、
「食べてみなさい」と勧める人がいます。
その人にうながされトマトを食べます。
すると美味しい。

 

このトマトの美味しさを教えてくれたのは誰でしょう?
実は、トマト自身です。

 

何が言いたいかというと・・・・

 

私たち僧侶はお念仏の尊さを説明します。
このHPでも、あの手この手で「お念仏はこのようにに奥深いのです」
「だからお念仏を申しましょう」と言います。

 

しかしそれはどこまでもきっかけにすぎません。
本当の念仏の美味しさ、
それは
あなた自身がお念仏申してみて、
あなたが本堂でお聴聞してみて、
そのことによって、
あなたがお念仏の中から仏の救いの声を聞き、
あなたがお念仏を信受し生きるしかないのです。

 

「念仏は耳で食べるんだよ」(徳永道崇和上……だと思います)

 

お念仏は美味しいですよ。

 

(おわり)

 

 

 

《光の名号(11月前半)》

 

【名号とは】

浄土真宗はとりもなおさず声に出してお念仏をします。
このお念仏「南無阿弥陀仏」を、浄土真宗では「名号」と言います。
阿弥陀如来の名前と受け止めるからです。
六字なので「六字名号」と言います。

 

さて、この名号は他にもあります。

 

【御影堂の両脇】

本願寺内にある御影堂(ごえいどう)は、
親鸞聖人を偲ぶお堂です。
内陣中央は親鸞聖人のお木像(ご真影といいます)。
そしてその両脇には巨大な名号が掛けてあります。
右が十字名号、左が九字名号です。

 

  (十字名号) 帰命尽十方無碍光如来

 

  (九字名号) 南無不可思議光如来

 

十字名号は天親菩薩、九字名号は曇鸞大師があらわされました。
聖人は天親菩薩から「親」を、
曇鸞大師から「鸞」の字をいただいて「親鸞」と名告られたと言われます。

 

なおこの名号、ともに「正信偈」にあります。
「帰命無碍光如来」、「南無不可思議光」です。

 

さて、この2つの名号にはともに“光”が示されています。

 

  無碍光:何ものにもさえぎられることのない光

 

  不可思議光:決して誰にも思いはかられない光

 

阿弥陀如来の徳を示した光です。
この「何もの」や「誰にも」とは・・・・・・凡夫の私の事です。

 

【戦隊ヒーロー】

4歳の子供は、日曜日を楽しみにしています。
それは「海賊戦隊ゴーカイジャー」という子供番組があるからです。
日曜日は朝からサービス満点です。
「お父さん、何か手伝おうか?」
照れくさいものがあります。

 

 

 

 

時々、一緒にその番組をみます。
自分も子供の頃、こういった番組は観たことがあり、懐かしいものがあります。
しかし観ながら、
子供の頃には決して分からなかった事に気づきます。
それはCMです。

 

番組で新しい武器(ロボット)が登場する時、
必ず直後のCMではその武器(ロボット)のおもちゃが宣伝されます。

 

ひどい時には、
番組でまだ登場していないのに、
途中のCMでその武器が宣伝される時もあります。
番組後半に何の武器が登場するか丸わかりです。
子供には言いませんが。

 

かつて玩具屋につとめていた義理の姉いわく、
「年末の時期になると、
絶対に超強力な新しい武器が登場する」
のだそうです。
クリスマス前は高額なおもちゃが登場しても売れるのだそうです。

 

今の息子がそうですが、
子供の頃はただ番組を観て楽しんでいただけでした。
新しい武器やロボットが出るたびに、ただ喜んで興奮していました。
決しておもちゃ会社と番組制作会社との関係など、考えもしませんでした。
子供には思いはかることのできないもの。
大人になると自然に見えます。

 

【2つの光】

如来様と私もこの大人と子供の関係です。
智慧が違うのです。

 

不可思議光。
凡夫の私には思いもはかられない智慧を持つのが如来様です。
そしてその智慧が、単に智慧のままとどまらないのが阿弥陀様でした。
無碍光。
この私がどのような罪深い煩悩に覆われていようと、
必ず到り届く仏、それが阿弥陀様でした。

 

御影堂に入り、
ご真影の親鸞聖人に手を合わせます。
そして両脇の十字名号、九字名号にも。

 

「見えねども
  仏は既に
   届きたまう」

 

大人の智慧の如来は、
子供の私のために、
「名号」という声の仏となり、
思いはかることのできない私に、
はかることのできる「かたち」となって届いています。

 

お念仏申しましょう。
如来が私のために、選びに選び抜かれた末の「行」です。

 

 

(おわり)

 

 

 

《大音声 (10月後半)》

 

あなたにあえてよかった  あなたには希望の匂いがする
(歌詞 阿久悠)

【大法要へ】

10月13〜15日、
岩国10ヶ寺のご門徒160人と一緒に旅行に行ってきました。
団体参拝。
親鸞聖人の750回忌大遠忌法要に参拝するのが目的です。

 

専徳寺は35人参加くださいました。
2年間待っていた日でした。

 

朝5時半に集合し、バスで一路高速道路を東へ。
途中、伊丹から吹田のJC付近で渋滞に巻き込まれながら、
お昼に「信楽」に到着。
たぬきの置物、信楽焼を見学しました。

 

 

その後、三重県桑名市にある「なばなの里」「ベゴニアガーデン」を見学。
視界一杯に広がる世界一美しい花ベゴニアと、
見渡す限りのコスモスの花畑を堪能しました。

 

 

 

長島温泉での一夜が明けて、
本日はいよいよ本山参拝。
車窓に本山「西本願寺」の壮麗な景色が映ると、自然に興奮してきました。

 

午後2時、聖人の御真影がある御影堂(ごえいどう)に全員着座。

 

3000人を超える人が一同に静まります。

 

総局挨拶、記念布教の後、
大きな太鼓の音が堂内に鳴り響きました。
縁儀(えんぎ)です。
法要に出勤する多くの僧侶が堂内を行進します。
その数は100人をゆうに超えていました。
15分に亘る縁儀。
太鼓の音、雅楽の音色……いよいよ大法要の始まりです。
ご門主・新門様が出勤の音楽法要。
厳かな素晴らしい法要でした。

 

【法要が終わって】

三日目は旅行最終日です。
聖人ご修行の地、比叡山を参拝し
昼食後、さいごの観光地、三井寺を訪れました。
蓮如上人ゆかりの地です。

 

観音堂で話を聴き、
金堂(国宝)、
三天皇の産湯井戸(左甚五郎作の龍の彫刻)、
弁慶鐘などを見学。

 

そして三井晩鐘です。
荘厳な音色で有名な鐘です。
一回300円。
誰かが思いきって払い、突きました。

 

(※左は延暦寺の鐘突きの様子。無料です)

 

ゴ〜〜〜〜〜ン

 

趣深い、しみじみとする音色。
ああ、これで旅行は終わりだな、
意義深い旅行だったなと、
一人感慨にふけった一時でした。

 

さて、帰りのバス。
「時間がありますから」と、
釣りバカ日誌20・綾小路きみまろライブを鑑賞。

 

 

 

「中高年の旅行 三日行って 四日寝込む」(きみまろ)

 

大爆笑の車中。
……「このビデオが一番印象に残ったよ」と、
感想を言う人がいそうな程盛り上がりました。

 

 

【鐘を鳴らすのは】

旅行後の次の日。
自坊でおつとめをしながら、
ふと和田アキ子さんの“あの歌”が頭をよぎりました。

 

  あなたにあえてよかった
  あなたには希望の匂いがする
  つまずいて 傷ついて 泣き叫んでも
  さわやかな希望の匂いがする

 

ご存じ、「あの鐘を鳴らすのはあなた」。

 

今回の旅行で、改めて「あなた=親鸞聖人」に出遇いました。
絶望の中を生きる私に、
他力という希望の光を伝えてくださいました。

 

比叡山での壮絶な修行、
流罪という苦難を乗り越えた姿は、
生涯煩悩に悩む私を一筋に救うため苦労された
阿弥陀如来を彷彿とさせるものでした。

 

  町は今 砂漠の中
  あの鐘を鳴らすのは あなた
  人はみな 孤独の中
  あの鐘を鳴らすのは あなた

 

親鸞聖人は一生涯、
「阿弥陀様と共に歩む人生を」とおっしゃいました。
孤独であって孤独ではないのです。
阿弥陀様がご一緒です。
そして、親鸞聖人もご一緒です。

 

念仏は、
岩のように乾いた心にしみいる、
阿弥陀様の大音声。
大法要での念仏の大合唱は、
そのことを改めて味わった大きな法縁でした。

 

(おわり)

 

 

 

《カラスが鳴く理由 (10月前半)》

 

【本堂の表裏】

 

最近、本堂の屋根上に、カラスがよく留まっています。
二羽のカラス。

 

朝、山門を開ける時、振り返ると、本堂の上に留まっていました。
仲の良い雰囲気に心が和みます。

 

夕方、子ども達と山門を閉めて、振り返ると、やっぱりいました。
しばらく眺めていると、「カアカア」と鳴いて山の方へ飛んでいきました。
「あのカラスは結婚してるのかもね、南歩ちゃん」とつぶやく私。
「結婚してるよね」と、2歳の娘も真似します。

 

「本願寺には、たくさんの平和の象徴、鳩がお参りに来るけれど、
専徳寺には、つがいのカラスがお参りに来る。
「ペアで参拝・お聴聞するお寺、専徳寺」
うん、それいいな。

 

『お〜い、いつでも来ていいよ〜!』」
と心の中でカラスにエールする私。

 

 

ところが、先日、カラスが本堂にいる理由が分かりました。
お参りではありません。

 

本堂の裏は幼稚園で、そこに鳥小屋があります。
時々、園長が扉を解放。
チャボは喜んで外に散歩。
その隙を狙って、卵をいただこうというのが、
カラスが本堂に留まっている理由でした。

 

「カア、カア」
山門を開け、振り返ると本堂の上にいます。
お互い身体をくっつけて留まる、仲むつまじいカラス。
心の中でエールします。
「早くどこかに他の場所に行ってくれ〜」

 

 

【反哺の孝】

「カラスの悪行」でインターネット検索をすると、
124,000件ヒットしました。

 

卵を食べるだけではありません。
生ゴミをあさるのは当たり前、
車のガラスに糞をする。
干していた食べ物を盗む。
エアコンの排水ホースを壊す。
手水舎で水浴びをする。
動物園、牧場ではカラス対策に追われているそうです。

 

人間にとって都合の悪いことばかりのカラス。

 

しかし、そんなカラスが「親に恩をつくす鳥」であることを知りました。

 

  カラスに反哺(はんぽ)の孝あり

 

ことわざです。
カラスは成長してから年をとった親鳥の口にえさをふくませて親に恩返しをするというのです。
(実際に自然界でそういう行為をしてるかは疑問なようです)

 

カラスは迷惑をかける鳥です。
しかし受けた恩を大事にする。
私たちは、どうでしょうか。
迷惑をかける私。
これで恩まで忘れてしまったら、カラス以下です。

 

 

【カラスと一緒に】

「夕焼小焼けで 日が暮れて 山のお寺の 鐘が鳴る〜♪」

 

時々、0歳の子供に歌って聴かせます。

 

「お手々つないで みな帰ろ カラスと一緒に 帰りましょう」

 

カラスを「恩」といただきます。

 

私たちは人生でたくさんの大切な方を失っていきます。
そして私もいずれこの世を去ります。
人生の日暮れ。
いよいよお浄土に参ります。
やり残していた事ができるのです。
お世話になった限りない人にお礼ができます。

 

カラス同様、
様々な人に迷惑をかけてきました。
そしてその人たちとまたお遇いします。
「ごめんなさい。ご迷惑おかけしました。
そして、ありがとうございました。
勿体ない仏縁に溢れた人生を歩ませていただきました」
と申します。

 

「カア、カア」と、
夕日に向かって飛ぶ二羽のカラス。

 

「ナマンダブツ、ナマンダブツ」と、
人生の帰趨を味わい、お念仏する私。
その隣りにはいつでも阿弥陀さまがご一緒です。

 

 

(おわり)

 

 

 

《茶碗 (9月後半)》

 

【内祝いの決め方】

 

この間、妻と子供がデパートに買い物に行きました。
出産の内祝いを何にしようか探していた時、
ベビーカーに座っていた子供が目の前のカップに手を出しました。

 

ガチャン!

 

見事に壊れたティーカップ。

 

「すいません……。」

 

すぐに店員さん3人が駆けつけ、掃除を始めました。

 

呆然とその様子を見る妻。
落ちたカップの値段表を見ると「4000円」。

 

「すいません。弁償します」
すると店員さんは笑顔で、
「気にしないでください。
私どものお店のシステムでは、こういう事態で代金はいただいていません。
どうぞそのままお帰りください。」

 

「そうなんですか。すいませんでした。」
奥さんは御礼を言ってそこを立ち去り……はしませんでした。
内祝いは、全部、その店の品物に決定しました。

 

【落ちる茶碗】

そのことを妻から聞いた時、
東井義雄(1912〜1991)さんの詩を思い出しました。

 

  おとせば壊れる茶碗が 今ここにあると気づけば
  茶碗のいのちが 輝いて拝めます
    (『いのち』より。本多静芳『いのち見えるとき』30頁参照)

 

 

人生「まだまだ」と思っている私。
しかし私は茶碗なのです。
無常の風は吹いています。
いつ落ちて壊れてもおかしくない私のいのち。
それが、今、ある。
そう気づけば逆に、自分、そしてあらゆるいのちが尊く、
光輝き、手を合わさずにはいられません。

 

いのちの大切さに気づかされる、茶碗です。

 

【壊れない茶碗】

ところで、阿弥陀様は
「落ちる者をそのまま救う」
と言います。

 

この場合の「落ちる」とは、いのちが終わることではありません。
煩悩の業によって迷いの世界へ落ちていくことです。

 

あらゆるいのちに等しく、手を合わさずにはいられない……
と言いながら、現実のほとんどを私はどうすごしているか。
いのちの尊さを忘れ、
光の輝きに目を瞑り、
欲と怒りの日暮らし。

 

それは仏の道を昇るどころか、
真逆の方向、真っ逆さまに落ちて壊れる結果の方向でした。

 

阿弥陀様は、
その私の方向を見抜き、
その私の結果に心痛し、、
その様にはさせないと、
声の仏となって私に到り届くのでした。

 

  落ちる茶碗を壊さぬ法が 今ここにあると聞けば
  茶碗のいのちが また輝いて拝めます

 

お念仏を称える時、
いのちの輝きに目をつむる私、
間違いなく落ちていく私
しかし、
間違いなく壊さぬ法に出遇います。

 

  「すべてのいのちは弥陀の慈光に照らされている」

 

そのようにお聞かせにあずかる時、
再び、
自分、そしてあらゆるいのちが尊く、
光輝き、手を合わさずにはいられないのではないでしょうか。

 

法の尊さを聞かされる、茶碗です。

 

 

(おわり)

 

 

 

《現世利益 (9月前半)》

 

【雑誌】

先日、義兄がある雑誌の取材を受け、カラー写真が載っているという話を聞き、
すぐさまその雑誌を購入しました。

 

  「震災後、私たちはいかに生きるべきか」

 

というタイトルで、
2頁、義兄のとてもわかりやすい話が掲載されていました。

 

◆一日を無事に過ごせる。それはありがたいこと◆

 

……今回、私たちは未曾有の大震災を経験しました。
人の命、家族、健康、
そしてテクノロジーや、自然豊かな故郷への想い……
これまで当たり前だと思っていたことが、
実は当たり前ではなかったということに気づかされたと思います。

 

朝起きて子どもに“おはよう”と挨拶できること。
愛する人がいつもそばにいること。
ちゃんとご飯が食べられ、仕事ができること。
そして1日を無事に過ごしていること。
これらすべてが当たり前ではなく、
ありがたい出来事なのだと、
感じたのではないでしょうか。
こういうことに気づけば、
他人のことをもっと思いやり、
大事にいたわりながら生きていけます。
そうすると、これまでは自己中心的な言動をしていた人も、
反省の気持ちなどがきっと芽生えてくる。
このように、ちょっとした自分の中の変化を大切にできる人生を、
ぜひ過ごしてもらいたいですね。

 

 

◇ 余計なことは言わない。相手の悩み・苦しみに ただ寄り添って◇

 

……今回、大震災被災地の方々にも“がんばれ”と声をかける人がいっぱいいましたね。
でも、身内を亡くされ、容易にぬぐい去れない悲しみを抱いておられる方々に、
“がんばれ”という言葉はキツイ。
時間が経っても、被災された方々は辛いと思います。

 

……私たちは、辛い境遇におかれた人に対して、
つい“元気を出して”とか“しっかりして”などと言ってしまいます。

 

でも、そうではなくて
“どう?”って聞いたら、あとは相手の話を聞くことに徹する。
これがいちばんいいと思います。
“うん、うん”、“おう、そうか、そうか”と言って、相槌を打つ。
余計なことは一切言わず、その人の苦しみや悲しみにただ寄り添うだけでいいんです。
話をすべて受け止めてあげることで、
相手は癒されるのです。

 

震災からもうすぐ半年になろうとしています。
被災地の爪痕は未だにひどいもの。
少しずつ、共に復興を目指しつつ、
その中から大切な事を聞かせてもらおうと思います。

 

【りえきとりやく】

さて、そんな義兄の記事を読み終えた私。

 

「仏教の法話を掲載してくれるとは、何と良い雑誌だろう。」

 

感心して雑誌の前の方をパラパラめくりました。
すると、そこには大きな「ご利益(りやく)」の文字が。

 

「収入減/家庭不和/就活……に効く! ●●●の数珠のご利益」というタイトル。
なんと3頁もある!
あきれてしまいました。
前言撤回です。

 

科学、道理のあふれる現代。
しかし世間では、未だに「病気が治るご利益」「収入が増えるご利益」に、
惹かれる人が多いのだなと感じました。

 

しかし、どうなのでしょうか。

 

 

玄侑宗久さんの「さすらいの仏教語」の「利益」にこんな事が書いてあります。

 

◆利益:「りえき」と「りやく」

 

「りえき」は商行為によって人為的に得られ、
誰かが損することで廻ってくるものだが、
「りやく」は神仏から戴くのだから誰も損をしない。

 

……お金が入り、病気が治り、良縁も成就するというように、
軽々しく現世利益を説く宗教も多いが、
これではまるで「りえき」である。
誰かの功徳を横取りでもするに違いない。
「りやく」とは、「りえき」を忘れた無私の心に、
ふわりと蝶のように舞い降りるものではないだろうか。
神仏に祈願して病気が治る、お金が儲かる、大学に合格する、長生き……そういうものを
世間では「ご利益(りやく)」と言います。
しかしその道理は「りやく」ではなく、「りえき」なのです。

 

※利益…
1 りえき=始めから求めるもの
2 りやく=求めざるに賜るもの

 

自らの欲、身勝手な都合を求め「ご利益(りやく)」を期待する祈願(祈祷)。
それは最初から間違っています。
ボタンを掛け違っているのです。

 

利益(りやく)とは、こちら(人間)から請うものではありません。
利益(りやく)とは、向こう(如来)から蒙るものなのです。

 

【信心の徳】

浄土真宗のご利益について、
親鸞聖人はこの世に10の利益(※)があると言われました。

 

しかしその利益は、全て、如来様から恵まれた信心にそなわるお徳です。
物質的なもの(病気が治る、お金が儲かる、大学に受かる)ではありません。
物質的な福利はどうなるのか。
この信心の目覚めの上に、自分で努力精進して困難をきりひらき、
獲得していかねばなりません。
これは生活において当然のことです。
信心すれば物質的な望みをいきなりかなえられるように説く教えもありますが、
そういう因果の道理にはずれたことは浄土真宗では説かないのです。(参照『浄土真宗 必携』)

 

念仏をしても、背おった荷の重さが軽くなるわけではない。
行き先までの道のりがちぢまるわけではない。
だが、自分がこの場所にいる。
この道をゆけばよい、そしてむこうに行き先の燈(ひ)が見える、
そのことだけでたちあがり、歩きだすことができた。
念仏とは、わたしにとってそういうものだった
   (『親鸞(激動篇)』(第237回。平成23年8月31日)より)
煩悩まみれの私に、如来様は同行してくださいます。
「ガンバレ」とはおっしゃいません。
ただ寄り添い、「必ず救う」と喚んでくださっています。

 

「一人じゃなかもん。」(佐藤キナ)

 

そうお聞かせにあずかった時、
何気ない日常、当然と思っていた一々が光輝いてきます。
そのことも、真宗のご利益なのです。

 

 

(※)
一 冥衆護持の益:目に見えぬ方々から護られる
二 至徳具足の益:この上もなく尊い功徳が身にそなわる
三 転悪成善の益:罪悪を転じて念仏の善と一味になる
四 諸仏護念の益:諸仏に護られる
五 諸仏称賛の益:諸仏にほめたたえられる
六 心光常護の益:阿弥陀如来の光明につつまれて、つねに護られる
七 心多歓喜の益:心が真のよろこびで満たされる
八 知恩報徳の益:如来のご恩を知らされ、報恩の生活をする
九 常行大悲の益:如来の大悲を人に伝えることができる
十 入正定聚の益:やがて仏になると定まった正定聚の位に入る

 

(おわり)

 

 

 

《物よりみ教え(下) (8月後半)》

 

【石ころ】

先日、こんなたとえ話を本願寺新報で見かけました。

 

 

小学生の兄弟が博物館へ見学に行った時のこと。
弟が
「なんでみんなこんな石ころを一生懸命みてるのだろう」
と一人言。

 

それを聞いていた兄が、こう言いました。
「これは石じゃない。
化石だよ。
僕たちが生まれる、何億年も前にいた生き物なんだよ。
だからこれはただの石じゃないんだよ。」

 

弟にはたんなる石。
しかし兄にとってはただの石ではありませんでした。
その違いは何か。知恵です。

 

【智慧をいただく】

私たちは亡き家族から様々なものを受け継ぎます。
遺産、遺品、そして遺風(教え)。
故人は私のために、大切な教え、知恵を伝え残してくれました。

 

 

私たちはお念仏を称えます。
しかし、
他人には呪文や祈りと同じ類の物にしかみえないかもしれません。
けれども、先人は、
「これは呪文・祈りじゃない。
名号(みょうごう)だよ。
阿弥陀如来様のお名前なんだよ。

 

そして“聞きもの”なんだよ。
何を聞くか。
阿弥陀様の願い、
親様の救いのはたらきを聞くのだよ。」
そう伝え残してくださいました。

 

私たちは人間です。
忘れ屋です。
大切な故人の思い出、今は脳裏に焼き付いていても、
いずれは忘れてしまうかもしれません。
また幼年時代にお世話になった人、
さらに会った事のない人(大切な故人の大切な故人)、
脳裏に浮かびづらいものがあります。

 

遺品があれば思い出すかもしれません。
写真は重要です。
でも不注意で失ってしまうかもしれません。

 

物よりみ教え。
思い出を通して「おみのり(法)」を受け継ぎます。
ずーっと、先祖から伝わってきたみ教えがあります。
人間の根源的な問題と、確かな答えある道、

 

  「いのちの行く末 生きる意味 み仏に聞く 念仏の道」

 

を聞き受けていきましょう。

 

お盆です。
墓参をします。
墓前でお念仏を称えましょう。
お念仏を称える時、
あらゆる故人からの遺風(み教え)をいただきます。

 

本当の意味で、あらゆる先祖・先人に、
「人間に生まれさせてくれて、ありがとう」
「み教えを伝えてくださって、ありがとう」
と御礼申していきたいものです。

 

(おわり)

 

 

 

《物よりみ教え(上) (8月前半)》

 

【プリキュア】

娘2歳はアニメ「プリキュア」が大好きです。
現在、毎日、プリキュアの話をします。
「ハートキャッチプリキュア」の歌を何度も歌ってくれます。
気づけば私も、兄も、妻もプリキュアを口ずさんでいます。

 

調べると、プリキュアは平成16年からずっと放映されています。
「ふたりはプリキュア」から始まり、
「yes! プリキュア」、「フレッシュプリキュア」、「ハートキャッチプリキュア」、
そして現在は「スイートプリキュア」です。

 

子ども会でたずねると、
小学校6年生でもプリキュアを観ている女の子がいました。
プリキュア、人気があるみたいです。

 

そんなプリキュアの数ある映画に、
「ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー…ですか!?」があります。
内容は、知りません。
しかしその映画のプロデューサーが、ラジオ番組に出ていました。
その方はルーマニア人でした。

 

 

【カリメロ】

ギャルマト・ボグダンさんは、ルーマニアのブカレスト出身です。
大学時代、ルーマニア革命に参加。
チャウシェスク政権を打倒しました。
その後、日本へ留学。
東映アニメーションに所属し、
去年、映画『ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー…ですか!?』をプロデュースしたのでした。

 

ボクダンさんの子ども時代、ルーマニアは社会主義でした。
最低限の保証はあったものの、大変貧しかったそうです。
全てが配給制。
仕事も家も国の者でした。
国に言われるがままの両親に、子どもの頃、ずっと疑問を持っていました。

 

しかしボクダンさんの母親は違いました。

 

個人の物は何も持てない国。
当然、子どもに財産は残せません。
ただ1つ残せるもの。それは「知識」でした。
ボクダンさんの母親は、そこで教育に力を入れました。
その結果か、ボクダンさんは7ヶ国語を話せます。

 

そんなボクダンさんの子どもの頃の思い出。
それは「カリメロ」。
社会主義の国で、なぜか日本のアニメ「カリメロ」が放送されていたのです。
アニメが始まると、町から子どもは消えます。
みんなテレビにかじりついたのだそうです。

 

ところが問題がありました。
アニメ「カリメロ」は、ルーマニア語吹き替えではなかったのです。
日本語そのままで、下に字幕がついていました。
そしてボクダン兄弟はまだ字が読めなかったのでした。
そんな兄弟のために、
両親はアニメが始まると仕事をやめ、
演技つきで字幕を読んでくれたのでした。

 

カリメロを必至で子どもの為に演じる父。
敵役を、これまたひょうきんに演じる母。
それをみて笑い楽しむボクダン兄弟。
楽しい一時。家族が一緒だった時。
「私にとっての家族の団らん風景、それはカリメロです。」
日本のアニメがルーマニアに家庭の温もりを送っていたのでした。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

《焦らず急げ お寺参り (7月後半)》

 

【盆栽の極意】

 

 

何年か前のお正月、狂言師の茂山宗彦(しげやま もとひこ)さんが出演していた番組がありました。

 

番組名は『趣味の園芸』、
タイトルは、「盆栽園へようこそ」

 

最初、茂山さんに興味があり見ていたのですが、
盆栽のおもしろさにすっかり魅了されてしまいました。
盆栽があんなに奥深いものだとは知りませんでした。

 

その番組の講師は、盆栽家の山田香織さん。
とてもきれいな方でした。

 

 

さて番組の後半、
茂山さんが山田さんに「何か盆栽家として大事にされている言葉がありますか?」と質問。
すると、
山田さんは父から家業を受け継ぐ際、次の言葉を言われたのだそうです。

 

  「焦らず 急げ」

 

盆栽は植物です。
そんなにすぐに成長するものではありません。

 

日ごとに変化があるわけではありません。

 

焦って、手をいれすぎてはかえって駄目になってしまいます。

 

けれども盆栽は生き物です。
見えないけれども、日々刻々と変わっているのです。

 

タイミングを逃してはならない時があるのです。

 

つねによく見ている必要があります。

 

だから「焦らず 急げ」

 

番組をみながら、この言葉、いろんな場面にも通じるなと思いました。
勉強にしろ、運動にしろ、仕事にしろ、「焦らず 急げ」です。
そして人生そのものについても。

 

【お寺へ急ごう】

人生は長い。
少々、失敗したから、寄り道したからといって焦る必要はないのです。
でも確実に時間は過ぎています。
無常の風は吹いています。

 

この人生には目的があるとおっしゃったお釈迦様です。
過ぎゆく人生の結論は何か?

 

  何のために生まれて 何をして喜ぶ♪(アンパンマンのマーチ)

 

その問いの答えに出遇える時間は、あまりないかもしれません。
急ぎましょう。
お寺の法要へ参り、阿弥陀様のご本願のお話を聴聞しましょう。

 

ちなみに本願の教えは、
「焦る必要も、急ぐ必要も全くなかった」大安堵心のみ教えでした。

 

(おわり)

 

 

 

《人生の調和 (7月前半)》

 

【数学者の部屋】

 

 

 

先日、テレビで某数学者が紹介されていました。
その人は40年、「リーマン予想」という未解決の問題に取り組んでいるとか。
リーマン予想は何か? さっぱり分かりません。

 

さて、カメラがその数学者の研究室に入った時のことです。
数学を扱う人、さぞ部屋は整然としているのか、と思いきやものすごく雑然ぶりです!
部屋中に書類が積み重なっていて、何がどこにあるのやら。
しかしその人は「これで良いのです」と。
「どこに何があるか、私は分かっています。」

 

その人はこう言っていました。
自分がやっていることは「調和(美)」を見出すこと。
一見してバラバラにしかみえない数の並び、
しかしそこには必ず法則がある。
その法則によって、バラバラだった諸々の数が一本の線でつながっていく。

 

「あなたにはこの部屋が雑然としているようにしか見えないでしょうが、
私の中にある法則からみれば、これは整然と調和がとれているのですよ。」
半分、負け惜しみのように聞こえましたが。

 

 

 

【本願の法則】

お釈迦さまの説いた「本願」の教えは、私の人生に道筋をつけてくださいます。

 

人生は山あり谷あり。
様々な出来事が突発的にやってきます。
平穏な道に突如おとずれる出遇い、そして別れ。
喜びも突然、悲しみも突然ふりかかってきます。
誰にも自分の人生、予想できません。

 

いえ、予想してくれるものもあります。
占いです。
星占い、血液占い、手相、タロット、世間には溢れかえっています。
しかし全て迷信。
その占いが「当たった」のではなく、
その占いのお酒に酔い(洗脳とも言います)、自分で当たったように解釈するのです。
「当たった」のではなく「当てた」のです。

 

お釈迦さまは、本願を聞いた人生に、一滴として無意味なものは何も無いと告げられました。
すべて阿弥陀様の救いの法が、筋を通すのです。
どのような道を私が歩もうとも、そこに寄り添い、仏になるという目的に向かわせるはたらきです。

 

  本願力に遇いぬれば 空しくすぐる人ぞなき(親鸞聖人)

 

本願力に出遇った人生、
すなわち阿弥陀様の光に照らされた私の人生は、
全ての出来事にお念仏という一本の糸筋が通り、
それは絶望ではなく、お浄土という未来に向かって伸びています。

 

その本願の教えは数学のように難解ではありません。
日々称えやすい「南無阿弥陀仏」のお念仏を申し、
そこにある仏の心、
「必ず救う、我にまかせよ」と誓われた仏のお慈悲を味わう毎日です。
人生の美しき調和を聞く日暮らしです。

 

 

(おわり)

 

 

 

《第五の馬 (6月後半)》

 

【茹でガエル】

 

先日出講してくださった中島先生が、
こんなたとえ話を紹介してくださいました。
外国で伝えられてきた古典的有名な話だそうです。

 

水の入った鍋の中に蛙をいれて泳がせて、下から火をたいたらどうなるか?
だんだん熱くなるので蛙は「こりゃおかしい」と思います。
いつでようか。
そう思いながら出ない。
とうとうのびてみな死ぬ。

 

熱い湯の中にいれたら、蛙はすぐに飛び出るのです。
しかしゆっくり熱が上がると、逃げ出すチャンスを失うカエル。

 

この話は、主にビジネスセミナーで
「茹でガエルになるな」「茹でガエル現象への対応」等の趣旨で講演されることが多いそうです(ウィキペディアより)。

 

しかしこれは法要(お寺参り。お聴聞)にも言えます。

 

「いや〜、まだ若いですから。年をとったら参ります。」
そして年を取ったら、
「いや〜、今日は忙しいのでまた今度」
暇になったら、
「いや〜、身体の調子が……」「大事なテレビ番組が……」「孫が…」「ネコが…」
……そして結局、人生終了。
せっかく人間に生まれたのに。

 

【四馬の喩】

これを聞いて思い出した話があります。
去年、組内の連研でご講師が紹介してくださった、『雑阿含経』に出るたとえ話です。

 

「この世には4種類の馬がいる。
最初の馬は、鞭(むち)の影を見ただけで、驚き、走りだす敏感な馬。
次の馬は、鞭が毛に触れて、初めて走りだす馬。
三番目の馬は、鞭が皮や肉に当たってから、走りだす馬。
最後の馬は、鈍感で、鞭が骨に達してようやく走りだす馬。

 

これらの馬は人間をあらわしている。
最初の馬はアカの他人の死を見て、無常を観じ、仏道を求める人のこと。
次の馬は、知人(親戚)の死を見て、仏道を求める人。
三番目の馬は、自分の親兄弟・妻子の死を見て、仏道を求める人。
最後の鈍感な馬は、自らの老病死の苦しみに出合って、仏道を求める人。」

 

皆さんはどの馬になりますか?

 

【第五の馬】

しかし昨今は
第五番目の馬がいるのです。
すなわち鞭が骨に達しているにもかかわらず、まだ走らない馬。
最初は走りつつ、やがてその痛みに慣れて走るのをやめる馬。
まさに茹でガエルと同じです。

 

どこにそんな馬がいるか。
テレビに出てくる犯罪者?
いえ、今この文章を書いている私です。
如来の光に照らされて見える私の姿は、
毎日、仏道を歩むどころか真逆の道を歩みつつ、
それを恥とも思わない煩悩をかかえた身でした。

 

それに対して如来は、
諦めるどころか、
南無阿弥陀仏の名号にありったけの功徳をこめて、
私にふりむけてくださいました。
極重の悪人の私を救い出す最初で最後の方法でした。

 

茹でカエルのように、第五の馬のように頑なに動かない私。
だから「私の方からいたりとどかなければ救えない」と、
如来は結論づけられたのでした。
ですから浄土真宗の仏様は立ち姿なのです。

 

 

(おわり)

 

 

 

《気づかされる (6月前半)》

 

【見えない力】

泥のなかから 蓮が咲く。
それをするのは 蓮じゃない。
卵のなかから 鶏(とり)が出る。
それをするのは 鶏じゃない。
それに私は 気がついた。
それも私の せいじゃない。
(蓮と鶏)
金子みすゞの歌です。
みすゞの歌は見えない力、
見えないはたらきを歌ったものが数多くあります。

 

蓮、鶏、私、みなそれぞれが咲き、誕生し、気づきます。
しかしどれもそうさせた「見えない力」があるのです。
その大きな縁に生かされ、生きる私。
仏の教えをやさしく伝えてくれる、金子みすゞの歌です。

 

【お風呂で】

4歳の息子は時間・数字に興味があるようです。
よく質問してきます。
「今日は何日?」
「いつ京都へ行くの?」
「あと何分で9時?」等。

 

幼稚園のクラスの子の誕生日を全て知っていた時はビックリしました。

 

 

さてその息子とおふろに入っていた時のことです。
息子が突然、質問してきました。

 

「お父さん、何歳?」

 

「34歳だよ。慈生くんは4歳だね。」

 

「じゃあ(僕が)5歳になったら、お父さん35歳?」

 

「そうね。」

 

「6歳になったら、36歳?」

 

「そうよ。」

 

「7歳になったら、37歳?」

 

「そうよ。」

 

「8歳になったら、38歳?」

 

「そうよ。」

 

「9歳になったら、39歳?」

 

「そうよ。」

 

「10歳になったら、30、10歳?」

 

「いや、40歳。」

 

そんなたわいもないやりとり。

 

するとしばらくして息子が、今度は、
「じゃあお父さんが80歳の時、(僕は)何歳?」

 

「50歳だね。」

 

「100歳の時は?」

 

「……70歳」

 

「110歳の時は?」

 

「………80歳」

 

「120歳の時は?」

 

「……慈生くん、120歳はないんよ。」

 

「なんで?」

 

「お父さん、もうここにいないから。」

 

「何しよるん?」

 

「お浄土に行っとるんよ。仏さまになっとる。」

 

「なんで?」

 

「そんなにずーっとはおれんのんよ。」

 

「ふーん」

 

そう言って息子は湯船から上がりました。
「そしたら、マツラ先生と同じになるんじゃね」
そう言ってシャワーで遊び始めました。

 

 

 

【他力の念仏】

息子に教えられました。
私の限界を
私はいつか老い、そして死んでいくということを。
人間には寿命・限りがある、と他人には言い(説教し)つつ、
みずからの問題にしていなかった事に気づかされました。

 

マツラ先生……去年亡くなった熊本のご住職です。
妻が大変可愛がってもらいました。
私もその方に触発されて、子ども会の参加者に誕生カードを配るようになったのでした。

 

「そうか。私はもうすぐマツラ先生と同じになるんだ」

 

嬉しいかというと、そんなに驚くほど嬉しくはありません。

 

 

「また浄土へいそぎまゐりたきこころのなくて、
いささか所労(病気)のこともあれば、
死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、
煩悩の所為なり。」(歎異抄第9条)
浄土があると聞き受けつつも、それを喜べない煩悩まみれの私がいます。

 

しかし、
「そんなあなただからこそ南無阿弥陀仏の仏となったのだ」、と、
仏は私の口からお念仏となって喚んでくださるのでした。

 

知らない内に、今、私は老い、死に向かってすすんでいました。
でも、
見えない力が、今、私を包み、浄土へ生まれ仏にさせようとしています。

 

それに気づいたのも私のせいじゃありません。
他ならぬお念仏のお育てです。
他力のお念仏、あらためて大切にいただきます。

 

(おわり)

 

 

 

《老いの喜び (5月後半)》

 

 

(ガチャ) はい、こちらは本願寺山口別院テレフォン法話です。

 

本日は、岩国組 専徳寺 弘中 満雄がお取り次ぎさせていただきます。

 

【長生きの苦労】

 

 

私の祖父は大正5年生まれ。
もうすぐ95歳になります。

 

お参りにこられた方は、
祖父をみると口をそろえてうらやましがります。

 

「お元気ですね!うらやましい!私もそんな歳まで長生きしたい。」

 

その人たちの気持ちはよく分かります。
しかし、
祖父と毎日生活している私は、
すなおに「そうですね」とは言えないのです。
何故なら、老境の生活の苦労をしかと見せられているからです。

 

かつては楽しく外出、旅行していた祖父。
しかし今は買い物を除いてほとんど外出はしません。

 

「おじいちゃん、花見でも行きませんか?」

 

誘っても遠慮します。
長い外出をすると調子が悪くなるのだそうです。

 

食事も毎日ほとんど同じです。

 

「おじいちゃん、これ美味しいですよ?」

 

ほとんど口にしません。
食べ慣れないものを食べると、
夜、寝苦しいのだそうです。

 

行きたいところへも行けない祖父。
食べたいものも食べられない祖父。
毎日ほぼ同じ生活。
長生きして何か良いことでもあるのか?

 

【噛めば噛むほど】

そんなある日、
いつものように家族でお夕事をしていました。
おつとめが終わってみんなは食卓へ。
ふと見ると祖父がまだ座っていました。

 

「ナマンダーブ、ナマンダーブ」

 

お念仏している祖父。
その姿をじっと見ながら思いました。
このお念仏は、
私には想像もできないくらい喜びの味で一杯なのだろうなと。

 

年をとれば、
身体は言うことをきかなくなります。
一番頼りにしていたわが身が当てにならなくなる情けなさ。
それを南無阿弥陀仏の親様は先刻ご承知で「それでいい」とおっしゃいます。
「故に、われ南無阿弥陀仏の名の仏となり、必ずあなたを救う」と私を喚び通しの仏様です。

 

み仏を 呼ぶわが声は み仏の われを喚びます みこゑなりけり

 

年を重ねる程、お念仏の味は深みを増します。
噛めば噛むほど喜びの味が深くなっていくのです。
単に「死にたくない」ではなく、
本当の意味で長生きしたい理由がありました。
その事を身をもって示してくれる祖父。
今日も一緒にお念仏いたします。

 

(おわり)

 

 

 

《8人の名前 (5月前半)》

 

【トレーニング】

今年、私の祖母は米寿(88歳)です。
元気ではありますが、物忘れが多いこの頃。
本人も、「困ったことだ」と嘆いています。
 「忘れっぽくなった」。
 「情けないことだ」。
……少々、聞き飽きました。

 

先日、2人でお茶を飲んでいる時も、
「最近、よく忘れるんよ」
と一人言。
また始まったなと思う私。

 

その時、良いことを思いつきました。

 

「お婆ちゃん、そこまで言うなら、トレーニングしないと。
ひい孫何人いるか知ってる?」

 

「いや……」

 

「お婆ちゃんには14人のひい孫がおるんよ。
良い機会だから名前覚えんさい!
孫の名前は覚えられるし、
脳は活性化するし、一石二鳥だよ。」

 

すぐにずらっと14人の名前を広告チラシの裏に書き出しました。

 

1 ナオヤ
2 アヤノ
3 コウタ
4 ジン
5 キホ
6 ノノミ
7 ホホミ
8 ジショウ
9 ナホ
10 メイジ
11 モモ
12 ユイシン
13 ユノ
14 サワ
「ここからここまでが◆◆の子供、こっちが◆の子供……
14人覚えるんよ! いい? わかった?」

 

「はぁ……まあ、やってみます」(苦笑)

 

愚痴をこぼさなければ良かったと思う祖母。
少しスッキリした私。

 

【三代前】

その日の夕方、
ふと思ったのでした。

 

「まてよ、逆に私は知っているのか?」

 

自分の曾祖父母の名前でした。
8人。
……愕然とする私。
そうです、ほぼ分からないのでした。

 

あわてて家族に尋ねました。
昼間、困らせた祖母も喜んで両親の名前を教えてくれました。

 

1義啓(ギケイ)
2 タカ
3 清和(キヨカズ)
4 清子(キヨコ)
5 竜三(リュウゾウ)
6 ユタ
7 宇三吉(ウサキチ)
8 ナミ
「三代前までの名前は、自分の手帳に書いておけ」
とどこかで聞いたことがあります。
今まで考えもしなかった事です。
ついでに2代、1代前はというと、

 

 

9 ソウメイ
10 スミエ
11 ホウリュウ
12 アサコ
13 ヒデマサ
14 キョウコ
私には三代前までに14人の人間がいます。
この1人でも欠けていたら私はいません。

 

理屈は分かっていました。
3代前には8人の先祖、
10代前には1024人の先祖がいて、
その1人でも欠けていたら私はいない。
理屈はその通りです。
しかしその数字に驚きはあっても感動はありませんでした。
「ああ、すごいですね。そんなにいるのですね。
先祖って多いですね。」
よそ事なのです。

 

しかし名前は違います。
「タカさん、あなたがいたから私がいるのですね。」
「トメキチさん、あなたがいたから私がいるのですね。」
名前を聞くと、何かずっしりとしたものがあります。
単なる“先祖”から、ただ1人の私にとってかけがえのない人物になるのです。
名前とは不思議なものです。

 

【名のいわれ】

親鸞聖人の『教行信証』に、元照律師の次の言葉が引用されています。

 

 

わが弥陀は名をもつて物を接したまふ。
ここをもつて、耳に聞き口に誦するに、
無辺の聖徳、識心に攬入す。永く仏種となりて頓に
億劫の重罪を除き、無上菩提を獲証す。 (教行信証)

 

 (阿弥陀仏は名号をもって衆生を摂め取られるのである。
  そこで、この名号を耳に聞き、口に称えると、
  限りない尊い功徳が心に入り込み、
  長く成仏の因となって、
  たちまちはかり知れない長い間つくり続けてきた重い罪が除かれ、
  この上ない仏のさとりを得ることができる。)−現代語版 教行信証 p. 97
他に何の用事もないのです。
ただ南無阿弥陀仏を称えさせていただきます。

 

南無阿弥陀仏とは何か。
阿弥陀さまの名前です。
この仏は名前で救うとおっしゃるのです。

 

 

……はるか前から罪をつくってきた私がいます。
そして今もそうです。
今後もその点は間違いないのです。
そのこと、理屈で分かっていても、
「ああ、そうですね」と、
よそ事のようにどこ吹く風と生きる私がいます。

 

そんな私と見抜き、
こんな私の悩みを真正面から受けとめたいと願われた仏は、
「わが名のもとに、あなたを救う」と誓われました。

 

阿弥陀、それは「無量の光」、そして「永遠の寿(いのち)」という意味です。
あらゆる存在を照らし、私が仏になるまで絶えることなくはたらき続ける仏、
それが阿弥陀仏という名のいわれです。

 

私がどこでどのような生き様をしていようとも離さず、
また、そのことを私に聞かせ、気づかせ、安堵させ(信じさせ)ようとしているはたらき。
そのはたらき、私の口からこぼれます。
南無阿弥陀仏と。
名号です。
仏の名前、仏が私を号する(喚ぶ)声です。

 

【手帳ではなく】

「この人間というものは、名前というものに特別な感情をいだいてくれる」
そうふんだ仏様は、
「南無阿弥陀仏」という名前に救いの功徳をありったけこめて、
私に届けてくださいました。

 

南無阿弥陀仏、この名前は手帳に書きません。
日々、大切に口にかけさせていただきます。
感謝と共に。

 

(おわり)

 

 

 

《レクイエムと仏教讃歌(下) (4月後半)》

 

(前回のつづき)

 

 

【祈りのない宗教】

葬儀はつらいものです。
亡き人のたくさんの思い出がよみがえります。
惜しみつつ、別れを申していきます。

 

けれども、真宗に鎮魂歌(レクイエム)はありません。
亡き人のあの世の幸せを願いません。
「故人の天国(浄土)での元気な生活を」と神(仏)に祈ることはありません。
「祈りのない宗教とは、浄土真宗とは何と薄情なのか!」
世間の人は言うかもしれません。

 

【言うまでもない世界】

浄土真宗は阿弥陀様との邂逅です。
「南無阿弥陀仏」にこめられた仏心を聞く宗教です。

 

この仏は「われにまかせよ。必ず救う」と、私を抱き取ってくださっています。
無条件の救いをかかげています。
煩悩まみれの私と見抜いたからこそです。

 

阿弥陀仏と出遇ってしまった真宗者(しんしゅうもの)。
鎮魂、祈り、その私の心がどこまでも煩悩まみれと知らされました。
私の願い、私の神(仏)への祈り、
それはどこまでも当てにならないものであり、
自己満足の延長であり、
簡単に、「私は祈ったんだ!」という驕った心に変わり得るものと気づかされたのでした。

 

今度は私の番なのです。

 

条件整えば、
あっという間に私の葬儀です。
だからこその「われにまかせよ 必ず救う」でした。
もう既に間に合っているはたらきを聞くのでした。

 

そう聞かせていただく所に、おのずから、
亡き方の行く末を、
この私が案じる必要のない事であったと知らされます。
もちろん煩悩まみれの私です。
「亡き人は今どこへ?」というせつない気持ちは自然にわき起こり得ます。
しかし同時に、
「言うまでもないことでした。勿体ないことでした」と喜び、
お念仏申させていただきます。

 

【み仏に抱かれて】

「み仏に抱かれて」という仏教讃歌があります。
最近でも時々、葬儀の時に流れます。
とても悲しいメロディーです。

 

20代半ばの頃の私は、この歌が大嫌いでした。
「ただでさえ悲しい時に、なんでこんな悲しい歌を!」
そう言っていた自分をおぼえています。

 

でも今は違います。
本当に別れを悲しむ人の心に、
そっと寄り添う美しい旋律です。
歌詞も良い。

 

み仏に抱かれて 作詞 日曜学校同人 作曲 野村成仁

 

1 み仏に抱かれて 君(きみ)逝(ゆ)きぬ 西の岸
懐かしき 俤(おもかげ)も 消えはてし悲しさよ

 

2 み仏に抱かれて 君逝(ゆ)きぬ 慈悲の国
み救いを身にかけて 示します畏(かしこ)さよ

 

3 み仏に抱かれて 君逝(ゆ)きぬ 花の里
尽きせざる楽しみ 笑みたもう嬉しさよ

 

4 み仏に抱かれて 君逝(ゆ)きぬ 珠(たま)の家
美しきみ仏と 成りましし 尊さよ

 

(住職語)

 

1 阿弥陀様に抱き取られ、もうあなたは参ったのですね、
  西の岸、お浄土へと。
  もう懐かしい面影を見られないと思うと、
  悲しいことです。

 

2 阿弥陀様に抱き取られ、もうあなたは参ったのですね、
  お慈悲の世界、お浄土へと。
  ご往生されたあなたの姿、それは私に本当の救いの道を示してくださっています。
  かたじけないことです。

 

3 阿弥陀様に抱き取られ、もうあなたは参ったのですね、
  美しい花が咲き乱れる故郷、お浄土へと。
  これ以上のない喜びの世界で、あなたはほほえんでおられます。
  私も嬉しく思います。

 

4 阿弥陀様に抱き取られ、もうあなたは参ったのですね、
  宝石がまばゆい親(阿弥陀仏)のいる場所、お浄土へと。
  あなたも阿弥陀様と同じ美しい仏に成られたのですね。
  尊いことです。
思い出が消えた悲しい別れ。
ただし、「悲しい」けれど「寂しく」はないのです。
亡き人はお浄土に生まれ仏となられました。
そして今、私を導いています。
私の最も恐れる不安を、不安なきものへと仕上げるはたらき、
すなわち「南無阿弥陀仏」に出遇わせようとしてくださっています。
そこには喜びがあります。
「私も、み仏にいだかれているのですね。1人ではないのですね」と。

 

レクイエム、
それは私が亡き人の為につとめる葬儀。
しかし、
浄土真宗の葬儀の本旨は、
どこまでも、私が私の為の救いの法に出遇う事につきるのでした。

 

(おわり)

 

 

 

《レクイエムと仏教讃歌(上) (4月前半)》

 

【第2の故郷】

 

大学4年間、仙台市にいました。

 

太平洋を初めて実際に見たのは大学1年生。
若林区の海水浴場でした。

 

「島がない!」

 

私の生まれ故郷、瀬戸内海は島ばかり。
太平洋のはるかに長い水平線をみた時は感動しました。

 

仙台市にはたくさんの思い出があります。
私にとって第二の故郷です。

 

東北大地震から20日経過しました。
仙台もこのたびの被災地です。
「若林区は200から300の遺体が」と報道されました。
被災地の映像、
今なお増えつづける死者の数。
大変ショックです。

 

今私にできることは何か。
日々考えさせられます。

 

【10年ぶりの再会】

さて話は変わって、半年前の夏のことです。

 

「さて、突然、手紙を書かせていただきましたのは、
来週の30・31日と(広島県)福山市にて会議に出席します。
前日から現地入りするもので、
貴君にお会いできたらと思った次第です。
29日の午後、夕方でも、もしお時間がございましたら、
貴君のお寺に訪問させていただけたら大変うれしく存じます。」
富山に住むT先輩から手紙がきました。
約10年ぶりの再会。
喜んで承諾しました。

 

その日の夕方に再会。
感動でした。
一晩、お寺に泊まっていただき、
夜遅くまで呑みました。

 

T先輩とは同じ混声合唱団でした。
合唱素人の私を懇切丁寧に指導してくださいました。
素晴らしい声の持ち主。
合唱への造詣も深く、頼りがいのある方でした。
お互いの現況を話しました。
忙しい市役所勤務にも関わらず、
宗教音楽を歌う合唱団を立ち上げ、
積極的に海外公演に行かれたりとご活躍の様子。
ただ脱帽したことです。

 

 

【レクイエム】

そんなT先輩がこんな話をしてくださいました。

 

「最近、知り合いの葬儀によく参列するんだ。
北陸は、君のお寺と同じ浄土真宗が多いから、
通夜で真宗のお坊さんのお話を聞くんだよ。」

 

「ああ、そうですか。」

 

「ところで……ひょっとしてあの話は、僕たちに向けて話してるの?」

 

「?
ええ、そうですけど。
どうかしたんですか?」

 

「やっぱりそうか。
おもしろいと思ってさ。

 

キリスト教では葬儀の際、レクイエムを歌う。
あれは鎮魂歌。
亡き人に捧げる歌だよね。
だから葬儀もそういった亡き人の為だと思っていた。

 

でもお坊さんたちは、そういう話をしないんだ。
むしろ今、葬儀と向き合っている私たちはどうあるべきか、そんな話をされるよね」

 

『広辞苑』にはこうあります。

 

 

鎮魂曲:キリスト教で死者の魂をしずめるために捧げるミサ。また、その音楽。レクイエムという。
レクイエムは私も好きな音楽です。
学生時代、ヴェルディのレクイエムを歌ったことがあります。
かつてモーツアルトのレクイエムは自分の葬儀で流してもらいたいと思った程です。
でも、レクイエムが鎮魂歌、恥ずかしながらそんな事考えもしませんでした。

 

あらためて浄土真宗の葬儀の奥深さを考えさせられました。

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

《災害に聞く (3月後半)》

 

【お母さんに御礼を言う】

昔、子ども会で、ふとこんな質問を子ども達にしました。

 

 「もしも明日、地球が爆発するとしたら、どうしますか?」時間つぶしの何気ない質問でしたが、

 

みんな真剣に紙に書いてくれました。

 

 「たくさん遊んで、好きな物をたくさん食べる」

 

 「爆発を止める」

 

 「宇宙船に乗って脱出」

 

いろいろ出ました。
そんな答えの中、1人の女の子がこう書いていました。

 

 「お母さんに御礼を言う」

 

鳥肌が立ったのを思い出します。
とても心打たれました。
今まで子ども相手の子ども会と思っていた私。
けれどそこには大人がいたなと感じたのでした。

 

【無常の証明】

今月11日、東北関東大地震発生。
2週間前に起きたNZ地震(M6.3)の悲しみが吹き飛んでしまうほどの大事件です。

 

いまだに連絡がつかない町。
死者1万人超え確実。
たくさんの行方不明な方達。
ご無事なことを願わずにはおれません。
同じ日本人として、少しでも早い復興に向けて協力したいものです。

 

それにしても、何と私たちが住む国は地震が多いことか。

 

 ・関東大震災(1923年。M7.9。死者・行方不明者14万2800人、負傷者 10万3733人)

 

 ・阪神淡路大震災(1995年。M7.3。死者:6,434名。負傷者:43,792名)

 

 ・芸予地震(2001年。M6.7。死者2名。)

 

 ・新潟県中越地震(2004年。M6.8。68名死亡。4800人負傷)

 

 ・新潟県中越沖地震(2007年。M6.8。死者15名 負傷者2,345名)

 

 

あらためて過去の震災を振り返ると、
この度の地震がいかにすさまじかったかがうかがえます。

 

いついのちが終わってもおかしくない世界。
地震は、「明日はわからない」という無常の道理の真実性を、いやが上にも私に見せつけます。

 

 

【救いの証明】

町中でこんな声を耳にしました。

 

「やっぱり自然には人間勝てない。今のうちに自分の好きなことを楽しくおもしろくしなければということがよく分かった。」

 

正直な人だなと思いました。
でも大人の言うことではないなとも思いました。
先ほどの「明日地球が爆発するとしたら何をするか?」という問いに対する子どもの答えと同じです。

 

災害をわが事として受けとめたいと思います。
災害は明日わが身に降りかかるやもしれない、として今私のすることは何か。
まさに今いただいている「わが身」を深くみつめることではないでしょうか。

 

9歳の親鸞聖人が詠ったといわれる有名な歌があります。

 

「明日ありと 思う心の あだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」

 

無常の風がふいている。
明日はどうなるか分からない。
だからこそ人間に生まれた本当の喜びに出会いたい、
一時でもはやく仏門に入り、「迷いを超える道」を歩みたいという誓いの歌です。

 

災害はつらいものです。
被災者にはくじけないでもらいたいものです。

 

「あなた達と共に歩みます。」

 

できるだけの協力をさせてもらいながら、
共々に、大切な事を学びたいと思います。
それは「生かされている」という事。

 

先祖のおかげで いのちがある.

 

社会のおかげで くらしがある.

 

念仏のおかげで よろこびがある
      (ある掲示板より)
災害では、
平凡な時には忘れがちなご恩の大切さが分かります。
災害では、
平穏な時には気づかない福祉の恩恵に気づきます。
そして災害は、
お念仏の尊さを再発見する時でもあります。
親の恩を恩とも思わない、
社会の福祉を福祉とも思わない、
そんな心の自分に、阿弥陀の光は届いている。
その証拠がお念仏であると、親鸞聖人は喜ばれました。
本当に恥ずべき事を知り、本当に喜ぶべき事を知らせていただきます。

 

【光と教えを】

被災地では物資が極端に不足しています。
食糧・水不足は深刻です。

 

しかしまた電気がないのも大きな問題です。
暗闇では人は何もできません。「あかり」がないと。
また同じく昼間でも「正しい情報」がないと動きが止まります。
どっちへ逃げたらよいのか、何をしたら良いのかわからないのです。

 

早急に、電気(あかり)と正しい情報が届くことを願います。
そして私も、自らに届いた情報(教え)とひかり(救い)を大切にいたしたく存じます。

 

(おわり)

 

 

 

《浄土への手紙 (3月前半)》

 

【岩国組お待ち受け法要】

 

先月20日、浄土真宗本願寺派の岩国組における、
「親鸞聖人750回大遠忌お待ち受け法要」が盛大につとまりました。

 

シンフォニア岩国は1100人の満員でした。
法要の内容ですが、

 

岩国の33ヶ寺の僧侶による荘重なるオリジナル「宗祖讃仰作法」
法話「感動できるということ」
広島音楽高校による華麗なる「ミュージカル しんらんさま」
盛りだくさんの意義深い法要となりました。

 

どれも素晴らしかったのですが、
個人的にはミュージカルに大変感動しました。

 

どこに感動したか。
ラストです。

 

親鸞聖人を殺害せんとしてやってきた山伏弁円(べんねん)。
しかし親鸞聖人の言葉を聞いて、
刀を捨て、
  「大変失礼いたしました」
と詫びるのです。
真剣に山伏として求道していたからこそ、
他力の教えが通じた、そんな脚色でした(そう見えました)。

 

大変よくできていました。
山伏を演じた高校一年生も、音量抜群で良かった!

 

その後、弁円は明法房(みょうほうぼう)と名のって念仏者となります。
弁円の話は、親鸞聖人の生涯でもっともドラマチックな所です。
見事にそれをミュージカルにしていました。

 

【うれしいんじゃけえ!】

その6日後でした。
岩国組のお念仏者が、1人、ご往生されました。
Tさん。
享年65歳。

 

大工職を営む気丈な方でした。
お寺の高座や、また庫裏の改修も出がけておられました。
もともと錦町の方でしたが、縁あって岩国の中心へ。
そこから自然にお寺とのご縁が出来たのでした。
ご両親の影響もあったのでしょう、
専徳寺を含め、
岩国の様々なお寺でお聴聞されていました。

 

一昨年にガンの手術を。
「あと、3〜4年のいのち」とは自覚されていたようでした。
その事を露とも知らなかった私。
最後にお会いした時も、当然また会えるものと。
浅はかでした。

 

「わしゃ、うれしいんじゃけえ!」
という言葉をよく口にされていました。

 

「仏さんの話に出あえたことが、うれしいんじゃ。
阿弥陀さんの話を聞けたことが。」

 

職人らしいちょっと無愛想な雰囲気の方でしたが、
仏法の話をするのがお好きな方でした。

 

またこんなアドバイスをくださった事も。
「法座の時、お寺さんが最後、帰るわしら一人々々に声をかけてくれる。
あれがみんな嬉しいんよ!
たったそれだけでお寺はぐっと身近になるんだよ」
こちらが気づいていない貴重な事をおっしゃってくださる方でした。

 

岩国組「聞法の会」の第4代会長でした。
その所信表明にこんな事を書かれていました。 

 

念仏に出逢うということは、
本来の人間の姿に還る(解放された自己の確立)
事なのだと思わされます。
……
一歩一歩極楽浄土への歩みと思えば、
毎日毎日が大切で楽しいものになりました。……
「聴聞は食事の様にする」をモットーに頑張ります。
お念仏を、お浄土(阿弥陀仏)を、
普段の食事のよう、自然に味わい喜ばれた方でした。

 

【うれしく候】

親鸞聖人のお手紙に、こんなお言葉が残されています。
大切な法友、あのかつて山伏弁円であった明法房(みょうほうぼう)
が亡くなった時の言葉です。

 

「明法御坊(みょうほうおんぼう)の往生のこと、
おどろきもうすべきにはあらねども、かえすがえすうれしく候う」(親鸞聖人)

 

(現代語 明法房が浄土に往生なさったということは、
驚くようなことではありませんが、本当にうれしく思っております」
別れが悲しくない筈はありません。
ましてや死別。
けれども出てきた言葉は「うれしい」の一言。

 

何故か。

 

それは共に、
“同じ”お念仏に出あい、
“同じ”おみ法(のり)に出あい、
“同じ”如来様に出あい、
“同じ”お慈悲に出あった仲間だから。
真実に出あった喜びを分かち合った仲間だからです。
「明法房はただ死んだ、ただ人間の境界を終えたのではない、
お浄土へ行き仏となられた、
目的を達成された、
そう確信できるからこそ「うれしい」とおっしゃるのです。

 

 

【お浄土への手紙】

Tさんのお通夜から戻って、自分なりにこんなお取り次ぎをさせていただきました。

 

 

お浄土のTさんへ。

 

あなたがお浄土に往生なさったということは、
驚くようなことではありません………いえ、正直ひどく驚きました。
まだまだお釈迦さまの「無常のことわり」が身につかず、お恥ずかしい事です。
でも、今の気持ちは、……“本当にうれしく思っております”。

 

南無阿弥陀仏。

 

お念仏の声、阿弥陀様の声に、今、あなたの声も聞かせていただきます。
あなたは今、阿弥陀様とご一緒なのですね。
そして阿弥陀様と同様、
あなたはこのお念仏が聞こえる今ここに、はたらいてくださっているのですね。
生前同様、
相変わらずお念仏の喜びを伝えてくださり、
相変わらず励ましてくださいます。
だから私はうれしくて、お念仏申さずにはおれないのです。

 

お浄土での再会を楽しみにしています。
それまでこの娑婆に残った者として、
精一杯、阿弥陀様のお給仕、
真実という名の喜びをいただく日暮らしを続けて参ります。
あなたの好きだったご法義のおみやげ一杯持って行きますから。
お楽しみに。

 

法友へ

 

合掌

 

(おわり)

 

 

 

《道は多けれど(下) (2月後半)》

 

(前回のつづき)

 

キリスト教でもよいし、禅宗でもよいし何宗でも結構と思います。
しかし、ほんとうの宗教を求めてほしいと思います。

 

私の地方でも非常に迷信が多いのですが、
神仏は病気を治して下さるものではありません。
また神仏に、自分の手足を元々どおりに治してください、
と祈ることが決して宗教ではございません。
何者にもすがらない“安心(あんじん)”の境地の到達点が真の宗教です。
  (中村久子のことば、『中村久子の生涯』282頁)

【やさしい人】

親方・設計士・母親の意見を全部とりまとめ、
3つのトイレを作った夫。
そんな彼の気持ち、私たちは何となく分かります。

 

私たち日本人は「折衷」が好きです。
和洋折衷、いろんな具が入った幕の内弁当は、日本人の好みをよく表しています。

 

日本語もそうです。
漢字・ひらがな・カタカナ。
もともと全く違う文化を見事に詰め合わせています。

 

小さな島国に住む日本人。
できるかぎり相手と価値観をぶつけ合わない体質です。
私たちは本当に“やさしい”のです。

 

【折衷教】

そういうものが宗教への姿勢にも反映しています。
日本人に多い無宗教者。
その多くは、「宗教を(持た)無い」のではなく、いわゆる折衷教です。

 

  「年末に クリスマスして 除夜の鐘 新年祝う 初詣かな」(住職)

 

キリスト教、仏教、神道……見事に混ぜます。
様々な宗教行事の良いとこ取り、楽しいとこ取りです。
葬儀の時でも、こうおっしゃる方がいます。

 

「私の家は仏教で◆◆です。
 だからお葬式は◆◆で行いました。
 でも別に◆◆でなくても良かったのです。
 というか仏教でなくても良かったのです。
 だって興味ないですから」
どの宗教にも属さない折衷教。

 

楽しい所どりの明るい折衷教。

 

特定の信仰をもたない折衷教。

 

テレビ教、ネット教の折衷教。

 

折衷教は日本から世界に発信できる思想とまで言う方がおられます。

 

【人生の柱】

さて、突然ですが質問です。
あなたは昨日の夜、何を食べましたか?
また今日は、どんな服を着ていますか?

 

…………はい、ありがとうございます。
ではもう一つ。
何故、その食事、洋服にしたのですか?

 

え? 特に理由はない?

 

「私、夕飯は◆◆を食べました。
 でも別に◆◆でなくても良かったのです。
 他の食事でも」

 

「私、今日は★★を着てます。
 でも別に★★でなくても良かったのです。
 他の洋服でも

 

……理由がなければならないですか?」
…………はい、ありがとうございます。
そうですね。
普段の食事・洋服にいちいち理由はいりません。

 

ところで、
そんな具合に仕事について言う人がいたらどうでしょう?

 

(A)
「私、今、●●会社につとめて○年です。
 でも別に●●でなくても良いのです。
 他の会社でも。」
これに近い考え、若者には多いかもしれません。
しかしこう思って出勤している人の毎日に喜びはあるのでしょうか。

 

家庭ではどうでしょうか?

 

(B)
「私、■■さんと結婚して○年です。
 でも別に■■さんと結婚していなくても良いのです。
 他の方でも。」

 

(C)
「私、▲▲の子供(親)となって○年です。
 でも別に▲▲の子供(親)じゃなくても良いのです。
 他の子供(親)でも。」
この(B)(C)を聞いて、あなたはどう思いますか?
「この人は今時の、器の大きい、自由な発想の人だ」と思いますか?
それとも「なんだか寂しい人だな」と思いますか?
私は後者です。

 

仕事、結婚、家庭。
これらは人生の大切な柱となるものです。
他にも、学校(母校)、友人なども大切な柱です。
普段は、食事や洋服同様、当たり前すぎて気づきません。
つらい時、苦しい時、それらの柱の存在を感じます。
たよれるのです。

 

この柱に対して「別に他のものでも良かった」と考える方にとって、
それは柱、支えになっていないのです。
そこには気づかない何らかの不満(不安)があるか、無感動なのでしょう。

 

勿論、人間は考える動物です。
「別にあの“仕事、結婚、家庭”でなくても……」と考えるのは当然です。
しかしそれらが柱になっている人は、
そう思いつつ、その考えの不快さに気づきます。

 

【最後の柱】

毎日の食事、洋服に決める理由はいりません。
しかし同様に仏教に対しても、

 

「お葬式は◆◆で行いました。
 でも別に◆◆でなくても良かったのです。」
と食事・洋服と同じ感覚では困るのです。
なぜなら宗教の本質は仕事、結婚、家庭と同様、「人生の柱」なのです。
もっといえば、
それら「人生の柱」を柱たらしめているもの。
つまり、
他の柱と違って最後まで倒れない柱、
それを本物の宗教と呼びます。

 

限られた人生を生きる私です。
「何のために生きているのか」
そう思わずにはいられない不安は必ず来ます。
その苦難に本物の宗教は大黒柱となり、たよれるのです。

 

どうか共に、折衷的なやさしい人間でありつつ、
自分の宗教、本物の◆◆を決めてください。
そして他宗教を許容しつつ、
◆◆を歩んでください。
それこそが本当に世界に発信できる日本の思想です。

 

【道は多けれど】

一休禅師に次の有名な歌があります。

 

  「分け登る 麓(ふもと)の道は多けれど 同じ高嶺の 月を見るかな」

 

「同じ高嶺の月」
本物の宗教であるならばどちらも間違いなく真実に到達できます。
だからこそ、
あなたが「1つの道」を歩んでください。
この歌は、実際に道を歩まんとする人への応援歌です。

 

「宗教は結局どれも同じですよね?」

 

「どのような葬式でも別に構わないのだ」
という宗教に関心のない人の考えを援護する歌ではありません。

 

道は多けれど、その中から1つを決めて歩む。
他の道を否定するのではなく、他の道の歩み方も参考にしつつ、1つの道を歩む。

 

たより所は1つにしておきましょう。
3つの薬を同時に服用し慣れていると、いつか痛い目をみますよ。

 

(おわり)

 

 

 

《道は多けれど (2月前半)》

 

【3つのトイレ】

(妻)「どーすんの! トイレばっかり作って!」
(夫)「それしか道はなかったんだよ……」
(妻)「2Fのは?」
(夫)「あるよ]
(妻)「なんで2人暮らしなのにトイレがが3つも4つもあるのよ!」
(夫)「3つだよ」
(妻)「イヤよ、そんなトイレだらけの家!」
(夫)「ハハ……これはちょっとした自慢になるね(苦笑)」
これはある映画のワンシーンです。
なぜこんな会話を夫婦がしているかというと……。

 

ある夫婦がマイホームを建てる計画をたてました。
設計は妻の同級生の設計士に、
施工は大工の棟梁をしている妻の父にお願いしました。
しかしこの設計士と棟梁、共にプライドが高く、家の建て方がまるっきり合わないのでした。
加えて、夫の母親は風水好き。

 

当初、家のトイレは2階に1つだけの予定でした。
ところが風水好きの母親は「2階にしかトイレがない家は3代で滅びる」と主張。
母親に弱い夫はしかたなく1階にもトイレを作ることにしました。
後日、夫は設計士と棟梁に相談します。

 

 

 

( 棟梁 )「トイレは……ここ(北側)だな。ここなら玄関も近い」
( 夫 )「なるほど」
( 棟梁 )「お客さんも入りやすい」
( 夫 )「そーですね。(設計士に対して)どう?」
(設計士)「トイレは、南側の廊下の隅!」
( 棟梁 )「……便所を南側に作ってどーすんだよ。素人はこれだからな、ハハ(笑)」
     「便所に日差しなんか入らなくて良いんだよ」
(設計士)「ちがうんだよな〜〜。トイレこそ明るい所が良いんですよ!」
( 棟梁 )「便所は北側って相場が決まってんだよ!!」
(設計士)「トイレは薄暗くするって発想が、古いんだよ!!」
どっちも主張をひっこめません。

 

   ( 夫 )「まいったなー」
   (設計士)「どーすんだ!」
   (棟梁の知り合いの建築士)「あなたが決めてください。あなたの家なんだから」
   (夫)「…………わかりました。 2つ作りましょう。北と南」

 

こうして3つのトイレのある“自慢の”家が出来たのでした。

 

【3つの薬】

上の映画をみて、ある話を思い出しました。

 

 

「ご院家さん、病院は気軽にあちこち変えてはいけないよ。」
「どうしてですか?」
「仕事をやめてストレスがたまったんだ。
それで不眠症と鬱に。
つらいから病院に行って薬をもらったんだ。

 

けれどいまいち治ったような気がしなかった。
つい別の病院へ行ったんだ。
そしたら別の薬をもらった。

 

けどまだいまいち治らない。
最初と次の病院のどちらの薬を服用すべきか、
そう思ってさらに別の病院へ。
するとまた全然違う薬をもらったんだ。
結局、どの薬を飲んだらよいか分からなくなってしまった。

 

お医者の先生は、それぞれプライドがあるんだ。
他の病院と同じ薬は出さない。
つくづく思ったよ。
「担当医」の大切さを。

 

自分がいけなかった。
自分で勝手に判断していろんな病院へ行ったのが。
一つの先生にじっくりまかせていれば、こんなに悩み苦しむ事はなかったのに」
トイレをたくさん作ってしまった夫。
どの薬をとるべきか分からなくなった方。
二人はなぜおかしくなってしまったのでしょう。

 

それは主治医、監督がいなかったのです。
すなわち、
本当に自分がたよれる人が決まっていなかった。
そのために、マイホームや重病の際、混乱したのです。
「決めるのは、私だ!」
でも、その私は素人でした。

 

(つづく)

 

 

 

《弥陀に聞く (1月)》


本年も少しずつお取り次ぎ申しあげます。

 

 

【質問】

最近、お参りにいくと、いろいろと質問を受けます。

 

  「お仏壇のおかざりはこれで良いのでしょうか?」
  「浄土真宗では、位牌はなぜ用いないのでしょうか?」

 

仏様のことに関する質問はとても嬉しいものです。

 

ところで、このような質問もあります。

 

  「自分は養子だが、
  姓が違っても、死後、生みの両親には会えるのだろうか?」

 

  「17年ぶりの今日のご法事に、
  祖母はお仏壇にちゃんと戻っておられるのでしょうか?」

 

「そうですね……」
お答えしながら、
私の頭には次の話が思い出されるのでした。
それは、妙好人、庄松(しょうま)さんの話です。

 

 

【阿弥陀様に聞いたら、はよ分かる】

(以下、梯実圓『妙好人のことば』(本願寺出版)、86-90頁を参照)

 

あるとき庄松は、
5、6人の念仏仲間と一緒に、京都の本山「興正寺(こうしょうじ)」へ参りました。

 

  ※興正寺は西本願寺の南隣のお寺です。
   そのころの興正寺は、まだ西本願寺に所属していましたが、
   事実上は本寂上人を中心にして独立しているような観がありました。
   それが完全に独立して真宗興正派を名のるのは明治9年のことで、
   庄松がなくなった後のことです。

 

さて興正寺へ参拝した庄松は、
同行たちといっしょに帰敬式(おかみそり)をうけることになりました。

 

  ※帰敬式というのは、
   仏前で、
   「南無帰依仏、南無帰依法、南無帰依僧」ととなえ、
   「今日からわたしは仏陀(仏)を心の依り所として生き、
   仏陀の説かれたみ教え(法)を人生の指針とあおぎ、
   仏陀のみ教えを実践する人びとのなごやかな集い(僧)を心のささえとして生きていきます」
   と誓って、
   仏弟子となっていく入門の儀式のことです。
   そのとき法主が、一人ひとりの頭に三度カミソリをあてて、
   剃髪(ていはつ)の儀礼をされますから「おかみそり」とよぶのです。

 

法主の本寂上人が庄松の「おかみそり」をすませて、
次へ移ろうとされた時でした。
突然、庄松がふりむきざまに上人の衣の袖をひきとめました。
ハッとしてかえりみられた上人。
その上人に庄松はこう言ったのです。

 

  「アニキ、覚悟はよいか」

 

それは低い声でしたが、静寂な本堂にひびきました。

 

式が終わると大騒ぎ。
「無茶をするにも程がある、何という御無礼をしでかしてくれたか」
「これにはきっとおとがめがあるにちがいない」
仲間は心配しました。

 

すると奥から取りつぎの僧侶がでてきました。
「いま善知識(ぜんじしき。本寂上人のこと)の法衣をひっぱった同行はどこにおるか、
ご前へ出られよとのおおせじゃ」

 

御前へつれていかれた庄松。
しかしそこで庄松はぺったりとあぐらをかいてすわりこむのでした。

 

本寂上人が言いました。
「さきほどわたしの袖を引っぱったのは、その方であったか」

 

「ヘエ、おれであった」

 

「何と思って引っぱったのじゃ」

 

「ヘエ、それは、そんな赤い衣を着ていても、赤い衣で地獄をのがれることならぬで、
後生の覚悟はよいかと思うて云うた」

 

「さあ、それじゃ!
その心持が聞きたいためにそなたを呼んだのじゃ。
わたしを敬うてくれる人はたくさんいるが、
親身になって後生の意見をしてくれたものは、
そち一人じゃ。
よう意見をしてくれた。
しかしそちはどうじゃ、信をいただいたか」

 

「ヘエ、いただきました」

 

「その信の得られたすがたを一言もうしてみよ」

 

「なんともない」

 

「それで後生の覚悟はよいか」

 

「それは阿弥陀さまに聞いたら早ようわかる。
われの仕事じゃなし、われに聞いたとてわかるものか」

 

「よういうた!
弥陀をたのむというもそれより外はない。
多くはわが機をたのんでおるでいかぬ。
お前はまことに正直な男じゃ。
今日は兄弟の杯をするぞよ」

 

本寂上人は非常によろこばれて、
さっそく召使いをよんで酒をとりよせ、
上人みずからお酌で兄弟分のさかずきをかわしたそうです。
このとき庄松は上人から「釈正真」という法名をいただいています。

 

 

【浄土真宗はお聴聞につきます】

(私)「『旧姓のご両親と、あの世で再会できるか?』
そうですね……」

 

(私)「『今日のご法事で、亡き人はお仏壇にちゃんと戻っておいでだろうか?』
そうですね……」

 

僧侶の仕事は伝道です。
伝道とは、阿弥陀様のみ教えのお取り次ぎです。

 

ですから、
私に「あの人と会えますか?」「あの人はここ(お仏壇)にいますか?」
と亡き「あの人」の事を質問されても、答えられません。
私は「あの人」が見えないですから。

 

私の味わいは答えられます。
しかし、それをどんなに述べたとしても、
その人の本当の答えにはならないのです。

 

その人が阿弥陀様をたよりとし、
その人が阿弥陀様にたずねていくのです。

 

(私)「そうですね……実に大切な質問ですし、
切実な事だと思います。
思いますが、
どうぞこの場で私の答えを聞くよりも、
お聴聞くださいませんか?
お寺で阿弥陀様の話を聞いてください。
後生の一大事の話を聞いてください。」

 

(質問者)「わかりました!
今度のご法要には是非、参らせていただきます!」
そんな会話をした夢を見ました。
現実は、なかなかこうはいきません。

 

(おわり)

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