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嬉しき極み(10月下旬)

【リンドウ】

 

今年も専徳寺では、「お取り越し」が始まりました。
各家で、親鸞聖人の法事を前もって[取り越して]お勤めするので、
通称「お取り越し」。

 

どの家もお仏壇を掃除し、きちんとお飾りされています。
また生けてある仏花のお花も綺麗です。
松と菊が中心ですが、

 

「これは何の花ですか?」
「リンドウです。」

 

青色でないので分かりませんでした。
生けてあったのは赤っぽいリンドウ、と白いリンドウ。
調べてみると黄色いリンドウもあるようです。

 

花の名前を知ると、いよいよ花の美しさが魅力的になります。

 

「あれは何の花ですか?」
「吾亦紅(ワレモコウ)じゃないでしょうか。」

 

「あれは何という花ですか?」 「たしか、孔雀草です。」

 

「あれは?」 「……ケイトウです。知らないんですか?」

 

時々、聞かなければ良かったと思う時がありますが。

 

【新旧・秋の七草】

 

萩(はぎ)・尾花(おばな)・桔梗(ききょう)・撫子(なでしこ)・女郎花(おもなえし)
葛(くず) ・藤袴(ふじばかま) これぞ[秋の]七草

 

「秋の七草」です。
調べてみると、「新・秋の七草」というのがありました。
昭和10年(1935)、当時の東京日々新聞社(現在の毎日新聞社)が、
著名人七人に一つずつ挙げてもらいました。

 

@葉鶏頭(はけいとう)(長谷川時雨)、Aコスモス(菊池寛)、B彼岸花(斉藤茂吉)、C赤まんま(高浜虚子)、
D菊(牧野富太郎)、Eおしろい花(与謝野晶子)、F秋海棠(しゅうかいどう)(永井荷風)

 

選者の個性が出ているようにも感じます。

 

また昭和55年、今度は植物学者の本田正次、篠遠喜人らによって、
再び「秋の七草」が選ばれました。

 

@ホトトギス Aノギク Bカルカヤ Cヒガンバナ 
Dマツムシソウ またEワレモコウ Fリンドウの花

 

散歩していても、名前が分からない花がほとんどですが、
秋は花で満ちあふれています。

 

【淋しき極み】

 

そんな秋草を歌った短歌があります。

 

吾木香(われもこう) すすき刈萱(かるかや)  秋草の 
さびしききはみ 君におくらむ (若山牧水)

 

若山牧水の歌です。
恋人に贈った歌とされています。

 

この中で、
「さびしききわみ」という表現が印象的です。
恋人に会えない切なさを歌っているのでしょう。

 

そして「さびしききわみ」は、
人生という秋にも、垣間見えてきます。

 

果実が実る充実した、しかし収穫に多忙な秋。
40代から50、いや60、70代かもしれません。
そして、体力の衰えは拭えません。
知人との別れ、トラブルも増える時期でもあります。
秋に心と書いて「愁い」。
誰にも言い出せない愁いの心、憂いの時期でもあります。

 

【静寂の境地】

 

そんな秋に、
あらためてお仏壇を見つめます。
仏さまの世界を表現したお仏壇です。

 

『阿弥陀経』には「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光
(しょうしきしょうこう おうしきおうこう しゃくしきしゃっこう びゃくしきびゃっこう)」とあります。

 

青だけでなく、黄色、赤、白のリンドウのごとく、
仏さまの世界、お浄土は様々な色の花(具体的には蓮華ですが)が咲き誇っているとお経には示されます。
そしてそれぞれの色が、そのまま輝き、美しく調和する世界。
仏の心、あらゆるものを平等に見つめる心をあらわしています。

 

そんな仏の心だからこそ、
煩悩の雲に覆われた私の心に到り届きます。
その雲を全く碍(さわ)りとせず、突き抜け届く光です。

 

たった一人で生きる私、生まれて死んで行く私に、
最初から、いつまでも寄りそってある光がありました。
孤独でしかない、淋しき極みの私でありながらも、
お聞かせにあずかる時、
その「さびしさ」の中に、悟りをあらわす「寂静(じゃくじょう)」、
静かで煩悩に乱れない、静寂の境地を知ります。

 

【嬉しき極み】

 

ワレモコウやススキ、茅の咲く秋。
「さびしききわみ」といった、ある意味、私の現実を見せてくれる景色です。
しかし見渡せば、リンドウやキキョウ、コスモスの咲く秋。
色鮮やかで、「うれしききわみ」といった、
仏のお慈悲に出遇えた喜びも広がっています。

 

仕事や家庭(子育て)の現場で、
難しい選択に悩み、ジレンマに苦しむ私。
しかしどのような決断にも共に歩む仏さまが、
私の人生を仏道、これ以上ない道に仕上げんとされています。

 

「南無阿弥陀仏」
と、お念仏を称える時、
ワレモコウ(われも此におるぞ)」
と、仏の喚び声を聞きます。

 

仏に帰依、帰敬(キキョウ)し、
お仏壇の前でリンドウ、ではなくて「鈴(りん)」を打ち、
ヒガンバナ、ではなく「彼岸」の世界、お浄土のみ教えを読経します。

 

「お助けにあずかります。ありがとうございます」と、
今日も秋の一日、過ぎてゆきます。

 

ワレモコウ キキョウ・リンドウ 彼岸花 
うれしききはみ 君におくらん (みつお)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

二巻のはじまり(10月上旬)

 

前念命終 後念即生
(前念に命終して後念にすなはち生ず)

 

浄土真宗の「七高僧」の第五番目、善導大師(ぜんどうだいし)の言葉です。
念仏者は命が終われば、ただちに浄土に往生するという意味です。

 

【名言大賞】

 

高橋書店の「手帳大賞」は、
「コトバとアイデア」のコンテストです。
手帳をもっと身近に感じ、
毎日の暮らしに役立つ存在にしてほしいという想いから始まりました。
(ちなみに大賞は100万円です。)

 

思わず手帳にメモしたくなる名言が毎年誕生しています。

 

  • 「幸せ」って字、逆さにしても幸せなんだね。(第18回)
  • 富士山は上から見ると丸い。(第18回)
  • 芋だって昆布だって干されて味が出るんだぞ(第18回)
  • お茶わんを割るのは洗う人だけ(第9回)

 

個人的には、誕生日前夜の子の喜びを表現した言葉でしょう、

 

  • お母さん、おやすみー!五歳になってくるね。(第18回)

 

これが一番好きです。

 

【一巻の終わり】

 

そんな中、第11回の名言です。

 

  • 二巻のはじまり

私が仕事で大失敗し、「一巻の終わりだ」と嘆いていたら、
当時小学一年生だった息子が言った言葉。
「一巻の終わり?じゃあ、二巻の始まりだね」と。
 (橋立 英樹(はしだて ひでき))

 

「二巻のはじまり……何をのんきな事を!」
ですが子供に一本取られたことでしょう。

 

「一巻の終わり」は最上級の深刻な言葉です。

 

辞書には、
「(一巻の物語が完了する意から)物事の結末がついてしまって、
今から何かしようとしても手遅れであることにいう」(広辞苑)とあります。
そして、
「この高さで足を滑らせたら一巻の終わりだ」というように、
「特に、死ぬこと」を意味したりします。

 

もう死ぬしかないと思うほど辛い時の「一巻の終わり」。
しかしそれも見方によって、単なる手遅れではなくなります。

 

たとえば、12月31日23時59分59秒。
あと1秒で令和元年が終わります。
しかしそれは同時に「令和二年のはじまり」です。

 

仕事が大失敗して、全てが終わる時。
それは新しき素晴らしいものとであう出発かもしれません。

 

【さとり】

 

人生の物語も同様です。
いつか終わる時が来ます。
しかし二巻目を準備、誓われた仏さまです。

 

「いのちの終わりに即して、ただちに浄土でさとりの仏にする。」

 

さとりとは何か。
仏教ユーモアでいえば、
「差(さ)を取り(とり)除く」のだそうです。

 

生きている限り、完全にはわかり合えない心の距離を持つお互いです。
そんな心の「差(さ)」が取り払われ、
故に「あなたの悲しみはわが悲しみです」と感受し、
悲しみを克服せんと生きる存在、それが仏、さとり(差取り)の存在です。

 

前念命終 後念即生
(前念に命終して後念にすなわち[浄土に]生ず)

 

凡夫という人生の物語が終わるやいなや、
二巻目のはじまり、仏という物語が始まるのが、
お念仏に生きる人生です。

 

「それってどういう意味があるの?」

 

親鸞聖人は、次のように示されます。

 

【仏になってきます】

 

本願を信受するは、「前念命終」なり。(『愚禿鈔』)

 

いのちが終わる時だけではありませんでした。
信心を得た時、如来とであう時こそが「一巻の終わり」であり、
ただちに二巻の始まりなのです。
「いのちの終わりに即して、ただちに浄土でさとりの仏になる」事が、
今まさに決定したからです。
「自力」というはからいの人生は終わります。
真宗的セカンドライフの始まりです。

 

「二巻のはじまり」

 

逆境を即座に乗り越える大転換の名言です。
そんな大きな出来事が、
念仏する者には、今おこっています。
如来の「我にまかせよ」の声が身体に響きわたるお念仏です。

 

朝の目覚めとともに、
「南無阿弥陀仏(阿弥陀さま、おはようございます)」
そこには抜かりのないお慈悲のはたらきにあふれた景色が広がっています。

 

一日一日を「二巻目がはじまってるな」と目新しく生き、
そして時が過ぎ、いよいよ本当にいのちの終わる時、

 

「みなさん、お休みー! 仏になってくるね(涙)」

 

名残を惜しむ、悲しみの別れの中ですが、
最後まで前を歩ませていただきます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

同体の大悲(9月下旬)

【同体の大悲】

 

浄土真宗の聖典『仏説無量寿経』には、

「如来 無蓋(むがい)の大悲をもって三界(さんがい)を矜哀(こうあい)したまふ。」

とあります。
「無蓋(むがい)」とは「蓋(ふた)がない」ということ。
「無尽」と同じで、限界がない、「この上ない」という意味です。

 

仏さまはこの上ないお慈悲の心をもって、
「三界(さんがい:欲界、色界、無色界)」という迷いの世界に生きる者、
すなわち私を哀れみ悲しまれます。

 

どのように哀れんでおられるか。
私の苦しみを自身の苦しみと同心・同調されています。
「同体の大悲(※1)」ともいいます。
私と一心同体の仏さま。
私の痛みをわが痛みと受けとめ哀れんでおられます。

 

【八十とみすゞ】

 

先月の8月12日は詩人であり作詞家、
西条八十の50回忌でした。

 

戦後大ヒットした「青い山脈」、また村田英雄の「王将」、
またジョー山中「人間の証明」の原詩「帽子」等々、
たくさんの有名な曲があります。

 

また大正時代の童謡運動の中心人物でした。
「かなりや」「肩たたき」等、童謡もたくさん作り、
北原白秋、野口雨情と並ぶ、三大童謡詩人の一人でした(※2)。

 

同時に八十は、多くの新人を育てました。
その中の一人が金子みすゞ(本名:金子テル)です。

 

大正12年6月、当時20歳のみすゞは、
選者が八十(31歳)である『童謡』等へ初めて自らの詩を投稿します。
9月、有名な「お魚」を投稿。

 

「お魚」

 

海の魚はかわいそう。

 

お米は人につくられる、
牛は牧場でかわれてる、
こいもお池でふをもらう。

 

けれども海のお魚は
なんにも世話にならないし
いたずら一つしないのに
こうしてわたしに食べられる。

 

ほんとに魚はかわいそう。

 

私の下手な法話より、よっぽどズシンとこたえます。

 

八十もダイヤの原石を見つけたとばかりに、
みすゞを絶賛します。
「この感じはちょうどあの英国のクリスティナ・ロゼッタ女史のそれと同じだ」
以降、何度もみすゞの作品は『童謡』に選ばれ、
その度に、八十はみすゞを評価しました。

 

「今度も金子氏の作がいちばん異彩を放っていた。
……氏には童謡作家の素質として最も貴いイマジネーションの飛躍がある。
この点はほかの人々の一寸模し難いところである。」
(『童話』大正13.1(復刻版))

 

「金子みすゞ氏も今月は例によって光った作品を多数寄せられた。
中でも「大漁」以下の推薦作は私の愛誦措かないものである。」
(『童話』大正13.3(復刻版))

 

そんな八十の励ましに、金子みすゞはますます詩を書き続けます。
昭和5年3月10日に亡くなるまでに、512編の詩を書き残しました。
金子みすゞという詩人の生みの親、もしくは育ての親、
それが西条八十です(※3)。

 

【指の仏】

 

「怪我」 西条八十

 

ふいても ふいても 血が滲む
泣いても 泣いても まだ痛む
ひとりで怪我した くすり指

 

ほかの指まで 蒼白めて(あおざめて)
心配そうに のぞいてる
 ―「赤い鳥」大9・4(岩波文庫『日本童謡集』47頁)(大正9.4.1「赤い鳥」。作曲・中田喜直。中田の童謡第一作。)

 

八十の初期の作品です。
怪我したのは薬指ですが、
他の怪我をしてない四本指まで青ざめていることを、
ユーモラスに詩っています。

 

「痛いだろうな」どころではありません。
だって同じ手の指同士です。
自分が怪我したのと同じです。

 

そんな指の関係のように、
私と一心同体となってくださるのが仏さまです。

 

「さびしいとき」 金子みすゞ

 

私がさびしいときに、よその人は知らないの。
私がさびしいときに、お友だちは笑うの。
私がさびしいときに、お母さんはやさしいの。
私がさびしいときに、仏さまはさびしいの。

 

仏さまの心は、私の心と同じ言葉、同心でした。
一切の壁をなくし、私の心に飛び込んでくださいます。
同じ立場で涙し、憐れみむ仏さまは、
私の悲しみを一大事、
最も優先すべき解決事項とされます。

 

【回向】

 

故に「必ず助ける」と誓われた如来(法蔵菩薩)の行動は、
兆載永劫という果てしない時間をかけて積み重ね、
ついに完成した功徳を全部、
自らの名、「南無阿弥陀仏」の六字にこめて、
私に施し与えるものでした。
その功徳、私を往生浄土の道、
漏れずに仏道を歩む道へと仕上げます。
これを「回向(えこう)」とか「他力の回向」といいます。
私はいただくばかりです。
いただいたら私のものです。

 

「自分のもの」  西条八十

 

わたしのだいじな このお人形も
あなたにあげれば あなたのものよ。

 

あなたの好きな  その簪(かんざし)も
わたしに呉れれば わたしのものよ。

 

いままで自分の  ものだったのに
ちょいとわたせば むこうのものよ。

 

おもへばほんとに ふしぎだけれど、
自分のものとは  いえないものよ。

 

みすゞの自選詩集『ロウカン集』にもある八十の詩です。

 

本当に不思議な事で、勿体ない事ですが、
この度、阿弥陀さまの最も大事なものをいただきました。
南無阿弥陀仏のお六字、阿弥陀さまの功徳の全体です。
そして私の側なので、名前がかわります。
それを「信心」とか「他力の信心」と言います。

 

洗脳や催眠、または思い込みは、
いずれとけてしまいます。
けれども他力の信心は違います。
私と一心同体の大悲の仏さまが、
私に入り満ちた心です。
中身は「如来と等し」いが故、
決して揺れ動きません。

 

苦しみ悩みの止めどない人生。
だからこそ、仏さまがおられます。
薬指をみつめる親指のように。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

※1:「しかれば諸の衆生は即ち是れ我身なり。
衆生と我と等しく差別なし。
この大菩薩かくの如き同体の大悲、無礙の願を発起しおわりて……」
(『大乗本生心地観経』4巻(『大正蔵』3巻311c16-19)

 

※2:他にも西条八十の童謡をいくつか紹介します。

 

  喧嘩をやめさせる歌
喧嘩をするのはどこの子だ、
喧嘩をするのはやめにして
そろってらうかをごらんなさい。

 

ふたりが喧嘩をしてるまも、
かべのうへには青と白、
帽子は仲よくならんでる。

 

喧嘩をするのはどこの子だ、
喧嘩をするのはやめにして
そろってお庭をごらんなさい。

 

ふたりが喧嘩をしてるまも、
石の上には赤と黒、
おくつは仲よくならんでる。

 

 

  桃太郎と桃次郎
どんぶらこつこ どんぶらこ
どんぶら 流れる桃の実は
やさしいお婆さんにひろはれて
それから生まれた桃太郎

 

どんぶらこつこ どんぶらこ
そのつぎ浮いた桃の実の
なかに居たのが桃次郎
桃太郎の弟の桃次郎

 

桃太郎はひろはれて
日本の子供になりました
けれど 誰にもひろはれず
流れていった桃次郎

 

川から海へ どんぶらこ
兄さんと別れて ただひとり
どこで大きくなつたやら
誰(だアれ)も知らない桃次郎

 

  かあさん と わたし
はな の 中 には はち が ゐる。
川 の 中 には うを が ゐる。
もり の 中 には とり が ゐる。
うち の おへやには かあさん が、
そして かあさん の おひざ には 
いつ も わたし が だかれて る。

 

  ことば
やさしい ことば
よいことば には
きぬのきものを きせてやろ。
「ありがたう」
「おはやう」
「ごきげんやう」
そしてあそびに つれていこ。
わるい ことばや
いやなことば には
ぼろのきものを きせてやろ。
「いやだい」
「おくれな」
「おぼえてろ」
そしておやまへ すてにいこ。

 

 

  ホシ ト タンポポ
アッチ ノ ハウ ヘモ フウ フウ フウ、
コッチ ノ ハウ ヘモ フウ フウ フウ。

 

フイテ フカレテ タンポポ ノ
シロイ ワタゲ ハ ドコ ヘ ユク。

 

テン ヘ ノボッテ ホシ ト ナル、
ユフグレ コドモ ガ カヘル コロ。

 

アッチ ノ ハウ デモ ピイカ ピカ、
コッチ ノ ハウ デモ ピイカ ピカ。

 

 

  学者とさくらんぼ
フランスの大科学者で
いまは白髪のパスツール、
ブールゴーニユの別荘で
ある日、可愛い孫たちを
あつえて夕餐(ゆうげ)をとつてゐた。

 

たのしい夕餐の済んだあと
玻璃(がらす)の鉢に盛られたは
色うつくしい桜桃(さくらんぼ)、
大好物と孫たちは
小さい手に手につかみとり
直ぐにむしやむしや食べだした。

 

けれど主人(あるじ)のパスツール、
自分ひとりは、ひとつひとつ、
その桜桃をつまみだし、
コップの水であらつては
艶の出るほど叮嚀(ていねい)に
布巾で拭いて喰べてゐた。

 

孫の一人がそのわけを
小首かしげて訊いたとき、
威儀を正してパスツールは、
この桜桃はきれいだが
これには見えぬ黴菌(ばいきん)が
幾百千とついてゐる。

 

その証拠をば見せようと、
実験室から持ち出した
ぴかぴか光る顕微鏡、
孫にいちいちのぞかせて
眼には見えない黴菌の
その恐さをば講義した。

 

フランス一の科学者の
長い、こまかいお講義に
眼をまるくして孫たちは
残らず感心し切つたが、
さてその後で気がつくと
みんなはも一度驚いた。

 

あんまり長いお講義で
すつかり喉がかわいたが、
われを忘れたパスツール、
汗を拭きふき右の手で
コップを口にあててゐた
桜桃の黴菌を
さんざ洗つたその水を
グビリグビリと飲んでゐた。

 

 

※3:昭和2年夏、下関駅で八十とみすゞは初めて出会いました。

 

その日、下関駅の構内に八十は降りたったがそれらしい影はなかった。捜しまわって「やうやくそこの仄暗い一隅に、人目を憚るやうに佇んでゐる彼女を見出した」が、彼女は「二歳ばかりの赤児を背負つ」ていた。「いかにも若くて世の中の苦労にやつれたといつたような、商人(あきんど)の妻らしい人でした。」「しかし、彼女の容貌は端麗で、その眼は黒曜石のやうに深く輝いてゐた。」そして「『先生にお会ひしたさに、歩いて山を越してまゐりました。』と、さもなつかしさうに言って睫毛に涙の粒を宿らせました。」
「手紙ではかなり雄弁で、いつも『先生が読んで下さっても下さらなくともよいのです。私は独言のやうに思ふままをここに書きます』と冒頭して、十枚に近い消息を記すのをつねとした彼女は、逢っては寡黙で、ただその輝く瞳のみがものを言つた。おそらく私はあの時彼女と言葉を換した時間よりも、その背の嬰児の愛らしい頭を撫でてゐた時間の方が多かつたであろう。
 かくて私たちは何事も語る暇もなく相別れた。連絡船に乗りうつる時、彼女は群衆の中でしばらく白いハンケチを振つてゐたが、間もなく姿は混雑の中に消え去つた。」「汽車から連絡船へと乗り移るわづか五分間、それきり、私たちは永久に逢へずにしまひました。」
(※1 筒井清忠『西条八十』pp.126-127。)

 

 

 

月とウサギと阿弥陀さま(9月上旬)

【月見】

 

お月見の季節がやってきました。
今年の中秋の名月は9月13日。
天気が気になります。

 

「月では、ウサギが餅つきしている。」
満月を眺めながら、
私たち日本人は思います。

 

月に何故ウサギが?
その由来は古く、ジャータカといって、
お釈迦さまの前世(本生:ほんじょう)の物語を説く仏典の中にあります。

 

【ウサギ本生物語(ササ・ジャータカ)】

 

昔、ある森の中にウサギが猿とサイと獺(かわうそ)と共に棲んでいた。
ウサギはかれら三獣たちに常に説法し、
戒を守り布施を重んずべきであると勧めていた。
そこへ一老バラモンが来た。
かれら獣どもはバラモンに供養(くよう)しようと、
猿は山に入り種々果物を取り来り、
獺は河に行って魚をくわえ来り、
サイは肉や大トカゲなどを持ち来って、
それぞれそのバラモンに供養した。
しかるにウサギは、
供養するべき何物をも持ってくることができない。
やむなく自分の身を焼いて布施しようと、
枯木の枝などを集めてきて火を燃やしてもらって、
その火中にとびこんで自身を焼いて布施しようとした。
しかるに火は、ウサギの身を焼くことなく、
かえって雪の蔵の中に入ったようであった。

ウサギは不思議に思い、
バラモンにその由を尋ねた。
それに答えて、
「予はバラモンでない、帝釈天(たいしゃくてん)である。
汝を試そうとして来たのである」と。
ウサギはそれに対していわく
「何者でも自分の布施の心を妨げることはできないのです」と。
帝釈天は感嘆して、
そのウサギの徳を全世界に知らしめるために、
山を搾(しぼ)ってその液をもって月面にウサギの姿を描いて後、
天に上った。
ウサギを首(かしら)に四獣は、
その後も山中に仲よく楽しく暮らした。
(以上、山口益編『仏教聖典』310頁。語句一部変更。
原典の内容を簡潔に、しかも読みやすく編集してあります。)

 

……お釈迦様はこの話を終えられた後、
この話の獺は阿難、サイは目連、猿は舎利弗、
そしてウサギの賢者は自分であると明かされます。

 

【ウサギのすがた】

 

ウサギが自らの身体を施し、月に描かれる話「ササ・ジャータカ」。
秋の夜長、ドビュッシーの「月の光」をBGMに聞いてみたいものです。

 

これと似た話が、日本では『今昔物語』5巻・第13話にあります。
(『今昔物語』の場合、ウサギと狐と猿の三匹ですが。)

 

良寛さんもこのウサギの話は大好きで、
子ども達に聞かせていたようです。

 

夜の闇の中、やさしい光を放つ月。
地球から38万キロ離れたその星に描かれたウサギの姿は、
大いなる布施を完成させた主(あるじ)、仏の姿といただきます。

 

長きにわたる私の苦悩を漏らさず聞き受け、
悲しみの涙に、共に眼を赤くする仏さま。
故に人生の闇路を照らす教えを語ります。

 

「ナモアミダブツ。」

 

阿弥陀さまがご一緒です。
いつ、いかなる状況であれ、
見放すことのないお慈悲の光の存在です。

 

月の模様はいつでもウサギのすがたです。
月は自転と公転が同期し、常に地球に同じ側を向けているからです。
満ち欠けはしても、決して裏側を見せません。
それは決して背をむけない阿弥陀さまの姿勢と同じです。

 

阿弥陀さまの光……凡夫の私には見えませんが、
  見えぬけれどもあるんだよ
  見えぬものでもあるんだよ(金子みすゞ)

 

(おわり)    ※冒頭へ
(参照 http://home.kobe-u.com/lit-alumni/hyouronn19.html)

 

 

人生劇場のキャスト(8月下旬)

【一人四役】

 

アニメ「それいけ!アンパンマン」のジャムおじさん。
今月16日から声優さんが交代するそうです。

 

長年、アニメ「サザエさん」のフグ田マスオ役でも知られる、
増岡弘(ますおか ひろし)さんがジャムおじさんの声役でした。
けれども83歳というご高齢を理由に、声優を卒業されるそうです。
マスオ役は約40年、ジャムおじさん役は約30年努めました。

 

さて、ジャムおじさんの後任は、
山寺宏一(やまでら こういち)さんという声優です。
この山寺さん、
すでに「それいけ!アンパンマン」に出演されています。
「めいけんチーズ」、「かばおくん」、「かまめしどん」、
現在、全て山寺さんです。
他にも、「かびるんるん」の一人、ハンバーガーキッドの乗っている馬「ピクルス」、「ゆずじいや」…。
アンパンマンワールドになくてはならない方です。

 

かまめしどん 「助けてくれ〜!おらのかまめしが食べられちまうよ〜!」
かばおくん 「たいへんだ!かまめしどんがバイキンマンに捕まったよ〜!」
ジャムおじさん 「チーズ! 急いでアンパンマンを呼んできておくれ。」
めいけんチーズ 「アン!アン!」

 

一人で四役をこなす山寺さん。
アニメを観ている子は全く気づいていないでしょうが。

 

【人生という芝居】

 

お念仏の人生。
それは見渡す限りどこまでも、
阿弥陀さまの光が行き届いた人生です。

 

私の人生という芝居に出演している人たち。
脇役から敵役、ちょい役から、舞台の袖のスタッフ方まで、
みな阿弥陀さまと無関係ではありませんでした。
一人四役の山寺さんどころか、
主役の私以外、
あらゆる役に関わりつつ、
私を救いの道からもれないよう導く仏さまです。

 

人生の幕が終わるや、
救いどおり浄土へ往き生まれていく念仏者。
そこには生前のあらゆるご縁のあった人との再会が待っています。

 

「え、あの嫌な人とも会うの?」

 

そうではありません。
嫌な人のまま会うのではないのです。

 

【クイズ番組】

 

4年前の4月1日、
夕食の後、何気なくテレビをつけると、
『くりぃむクイズ ミラクル9』がありました。
くりぃむしちゅーの上田司会のもと、
有田キャプテン率いるメンバーとゲストキャプテン率いるチームとの、
9対9のクイズバトル番組です。

 

しばらく観ていると、当時4歳の息子がやってきました。
そして「あっ!」と叫んで、

 

「なんでドライブとチェイスの二人が一緒にいるの?」

 

どういうことかというと、
その時のゲストチームは、
息子が大好きなテレビ番組「仮面ライダードライブ」の俳優チームでした。
主人公の仮面ライダードライブ(竹内涼真)、そしてその仲間たちの他に、
チェイスという敵役の俳優(上遠野太洸 かとおの たいこう)が一緒にクイズをしているのです。

 

普段の仮面ライダーの番組では、
「死んでしまえ」とばかりにお互い斬り合ったり、撃ち合ったりする二人。
そのドライブとチェイスが笑顔で一緒にいます。
4歳には理解できないことだったでしょう。

 

【舞台裏】

 

「お浄土とは、この私の人生劇場の舞台裏である」と、
数年前、Sご講師のお説教を聴聞しました。

 

「あの人だけには会いたくない。」
「あの人を思うと、憎しみしか湧いてこない。」

 

という人が私たちには多かれ少なかれ何人かいるかもしれません。
それは私の人生という芝居、人生劇場の敵役です。

 

人生という戦場で、
どいういうわけかお互い戦い合った相手。
けれどもお念仏をいただく時、
それもご縁でしたと聞ける世界がありました。
阿弥陀さまの私を救うはたらきは、
あの手この手で私の人生を彩り、
時には厳しく、時には辛く、
けれども決してもらさずお浄土へいざないます。
そんな人生の幕が下り、
お浄土は舞台裏の打ち上げ会場です。
もうお互い斬り合ったり、撃ち合ったり、
悪口雑言を言い合ったりするセリフはありません。

 

「あの時は辛く言っちゃったね。」
「いや、こちらこそ。でもお陰でね…」

 

そしてお互い、いただいた仏の徳を喜び合い、
一緒になって、今度は超難問のクイズ番組に取り組みます。

 

「我々同様、どうやって迷いの衆生に阿弥陀仏のお慈悲を伝えていくか。」

 

無限の光を駆使して、共に迷いの境界へ戻っていきます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

よろしくお願いします。(8月上旬)

【英訳】

 

この間、こんな記事がありました。

 

「“よろしくお願いします”の英語はない。」

 

どういうことかというと、
「よろしくお願いします」を英語に直訳すれば、
「Please…」になります。
しかし実際、「Please…」は、ほとんど使いません。

 

たとえば「よろしくお願いします」は、挨拶に使います。

 

「初めまして○○です。よろしくお願いします。」
別れ際には、「ではまたよろしくお願いします。」

 

これを「Please…」で言うことはまずありません。

 

また「よろしくお願いします」は、
「人にものを頼む時」、よく使います。
しかしこの場合も、英語では「Please…」ではありません。

 

では何を使うかというと「サンキュー」です。

 

気楽に「Thanks!」とか、
少し丁寧に「Thanks for taking care of it.」(お願い事をしてくれてありがとう)、
もしくは、「Thank you for doing this.」(これをやってくれてありがとう)。

 

また、仕事などをお願いした時によく使う表現が、
「Thank you in advance.」(先にありがとうを言います)

 

日本語の「よろしくお願いします」、
海外だと感謝で表現されるようです。

 

【領解文】

 

「もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて、
一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生、
御たすけ候へとたのみまうして候ふ。
たのむ一念のとき、往生一定御たすけ治定と存じ、
このうへの称名は、御恩報謝と存じよろこびまうし候ふ。」

 

浄土真宗でよくお勤めの最後に唱和する、
「領解文(りょうげもん)」の前半です。
お寺でお聴聞したお互いが、
会得した内容を、
きちんと口に出して述べられるように、
第八代のご門主・蓮如上人が作られたものとされています。
500年前の言葉ですが、今でも大切にしたいものです。

 

ただし注意点があります。

 

「御たすけ候へとたのみまうして候ふ」とあるので、
「どうか阿弥陀さま、私をお助けください。よろしくお願いします」、
といった請願文・祈願文にしてしまいがちなのです。

 

【聴聞】

 

まず、阿弥陀さまという仏さまの話を聴聞します。

 

悪業に染まった凡夫の私の将来を憂え、
「そのまま救う」と誓われ、私に到り届き、
「そのままゆくぞ」と喚び続ける声の仏。
いついかなる今生の最後であっても、
決してむなしく終わらせまいと、
この私に唯一はたらきつづける光のおすがたです。

 

私が「お願いします、たすけてください」と思う前に、
「われにまかせよ、必ずたすける。」
すでに喚んでおられる仏さまでした。

 

その声を聞き受けた者は、
自力、自らの計らい心をはたらかせません。
「仏教とは何か。どうしたら将来は安泰なのか。いや未来なんて考えても仕方ない…」と、
阿弥陀さまの誓いや声を無視して思考をはたらかせません。
ましてや、
「阿弥陀さま、どうしたら良いのかわかりません、助けてください。お願いします!」と、
祈願もしません。
阿弥陀さまの「必ず救う」とすれ違っているからです。

 

【許諾】

 

「御たすけ候へとたのみまうして候ふ。」

 

たしかに現代の読み方でいけば、
「たすけてくださいと頼む」という祈願です。
しかし聴聞して領解した意味からいえば、
「『必ずたすける』の仰せの通り、おまかせいたします(助かります)。」
これを許諾(こだく)(聞き入れて承諾する)といいます。

 

祈願文でも請願文でもなく、領解文。

 

「このうへの称名は、御恩報謝と存じよろこびまうし候ふ。」

 

お念仏は「ありがとうございます」のお礼です。
ただし英語のように、
「Thank you in advance.」(先にありがとうを言います)でもありません。

 

すでにいただいた如来のご苦労、
それにたいする感謝の表明です。

 

【葬儀の依頼】

 

「ご院さん、私もいつ何が起こるやらわかりません。
その時は、よろしくお願いします。」

 

お盆参りの途中、ご高齢の方に時々、言われます。
この「よろしくお願いします」、
おそらく「きちんとお葬式を勤めてください」という気持ちなのでしょう。

 

もちろんご本人は承知しています。
浄土真宗はお葬儀の有無、
僧侶の読経の良し悪しで、
浄土へ生まれたり、そうでなかったりするのではありません。

 

「『未来や、まして死後など考えても仕方ない。今を真剣に生きる』。
そういう考え方もあるだろう。
だがこの度、お念仏に出遇った。
未来の見えぬ私のために、
いのちの行く末を心配して、決して離さぬ仏がここにおられた。
仏が共に歩んでくれるこの身体。今日も大切に生かさせてもらおう。

 

そしていよいよ自分の葬儀。
この念仏の喜びを子ども達にも相続してもらいたい。
「なぜ爺ちゃんはあんなに念仏していたのか」を間違えずに知ってもらいたい。
遺産相続だけでなく、
み教えも同じく、いやそれ以上に相続してほしい。
決して争いの起こらない、お念仏の喜びを子や孫に。
ご院家さん、よろしくお願いします。」

 

そう聞かせてもらっています。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

指か月か(7月下旬)

【卒業式】

 

7年位前、ラジオでこんな話を聞きました。
高校3年生の双子をもつ母親の投稿でした。

 

二人の子どもは別々の高校へ通っていたので、
それぞれの高校の卒業式に出席したそうです。

 

一人目の卒業式で、校長先生はこう激励されました。

 

「これから君たちは社会に出たら、たった一人です。
 すべて自己責任です。しっかりやりなさい。」

 

確かにその通りですが、
少し寂しいなと思ったそうです。

 

その後、二人目の卒業式へ。
そこの校長先生は、こう激励されました。

 

「これから君たちは社会に出たら、たった一人です……でも、
そこにはたくさんの君たちの先輩がいます。一人ではありません。」

 

涙がこぼれたそうです。

 

「二人の息子の通ったそれぞれの学校。
公立と私立の違いこそあれ、見た目はとても似ていたけれど、
中身はずいぶん違うなと感じました。」

 

【葬式】

 

さて、最近の葬儀にはたいがい司会者がいてくれます。
通夜、そして葬儀を厳粛にすすめてくれます。

 

H葬儀社の司会者は丁寧です。
読経前に故人の人柄を偲ぶナレーションをしてくれます。
しかし読経後、献花が終わり、棺を閉めた後、
その司会者は棺に向かって、

 

「人は記憶の中で生き続けると申します。
皆様の中で、故人がずっと生き続けますよう念じまして……合掌。」

 

気持ちは分かりますが、
少し違うなと思いつつ聞いています。

 

さて、先日、自坊で葬儀がありました。
B葬儀社の司会者。
棺を閉めた後、

 

「それでは皆様、正面を向かれまして……合掌。」

 

その言葉に、全員、棺ではなく、本尊に向かって礼拝します。
余計なものはありません。
まさに司会者の仕事をしてくれました。

 

浄土真宗の礼拝の対象、
どんな時も阿弥陀さま一仏です。
他に手を合わせ、頭を下げてはならないのではありません。
礼拝の中身です。
あくまで「南無阿弥陀仏」一つです。

 

【月をさす指】

 

「なぁ、見てごらんよ。」
「ほぉ、太い指だね。」
「違う。指の先だ。」
「ツメが伸びてる。」
「その先。月が見えるだろ!」
「いや、ツメの先には、垢が見える。」

 

本人は月を指し示しているのに、
落語の与太郎は指ばかり見ています。

 

葬儀の場面の故人も同じです。

 

「人は記憶の中で生き続けると申します。」
……大切な故人の記憶ですが、
悲しいかな、この脳は刻々と記憶が不鮮明になります。

 

今生の最後を通し、
仏の救いを身にかけて示す故人です。
棺の中の動かない手は、
お荘厳の中心にご安置するみ仏を指しています。
「あなたも、見てごらん」と、
穏やかな顔から、故人の願いを聞きます。

 

「すべて自己責任です。しっかりやりなさい。」
……自業自得の道理に則り、
日々の殺生の結果、
天国どころか地獄への着実な道を歩む私を今、
月の光、摂取不捨の光がつつんでいます。

 

「一人ではありませんよ。」

 

一人生まれ、一人死ぬ私と思っていました。
しかしそんな私の側に、常に弥陀の大悲がある事をあらためて、
故人は示してくださいます。
どこにあるのか。
「南無阿弥陀仏」のお念仏です。

 

【指を照らす月】

 

「“南無阿弥陀仏”は単なる言葉で、
それ自体に何も力はありませんよね?
譬えるなら言葉は『月をさし示す指』ですよ。
指は月を教えてくれますが、
指では闇は破れませんよ。
同様に、「ナモアミダブツ」と仏を称えたって、
それだけでは意味がない、足りないのではないですか?」(※1)

 

そんな問いに対して曇鸞大師は答えられます。
「確かに言葉は月を指し示す指です。
けれどもナモアミダブツは、指でなく月です。」

 

単なる言葉ではなく、
すでに私の闇を破る光、
揺るぎない真実を持った姿です。

 

「言葉=意味」ではありません。
漢文を読経しても一つも意味が分からないようなものです。

 

けれども教えてもらえば、話は別です。

 

「南無阿弥陀仏」と、
仏の名(名号)を称える念仏。
その念仏は、
「どのような者も救わずにはおれない」と誓われた仏の言葉、
「乃至十念」とある第18願の唯一の行です。

 

闇の中で指が月を示してくれます。
同様に、「南無阿弥陀仏」とお念仏する事は、
私に弥陀の存在を示してくれます。

 

しかし見上げても月は見えません。
私の心の中には煩悩という厚い雲があり、
仏という月を覆っています。

 

けれども何故、闇の中で指が見えたのか。
月の光が指を照らしているからです。

 

お念仏は、
それこそが凡夫の私にとっての月でした。
阿弥陀さまがすでに誓っておられた、
私を救うお慈悲の姿なのです。
(参考:上村文隆師「指月の譬」)

 

 

(※1)
問ひていはく、名をば法の指となす。
指をもつて月を指すがごとし。
もし仏の名号を称するにすなはち願を満つることを得といはば、月を指す指、よく闇を破すべし。
もし月を指す指、闇を破することあたはずは、仏の名号を称すとも、またなんぞよく願を満てんや。
(『浄土真宗聖典』(註釈版・七祖篇)104頁)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

宇宙飛行士との交信(7月上旬)

【宇宙旅行】

 

先月の11日、「朝日こども新聞」にこんなタイトル記事がありました。

 

「宇宙ステーションに泊まれます」

 

NASA(アメリカ航空宇宙局)が、ISS(宇宙ステーション)の商業利用を解禁。
来年から年2回、
計12人程度の旅行者がISSに滞在できるそうです。
宇宙飛行士でなくても、
地球を飛び出し、夢の無重力の世界へ行けるのです!

 

「でもいくらするのだろう?」

 

すると一人一泊3万5千ドル、日本円にして約380万円とあります。

 

高い!……けれども決して不可能ではないような気もします。
地道にコツコツお金を貯めれば私もいつかあの宇宙の世界へ。

 

「……でも、一泊?」

 

記事を確認しました。
30日間の滞在のようです。
つまり「380万円×30日=1億1400万円」。
加えて、交通費がありました。
往復のロケットや宇宙船の運賃など、およそ60億円以上。

 

不可能です。

 

【三願】

 

宇宙行きは不可能ですが、
この度、念仏者は浄土へ往きます。

 

阿弥陀さまは自らの誓い(本願)の中で、
「念仏する者を必ずわが浄土へ往生させん」(第18願)と誓われました。
また別の願では、
「浄土で必ず仏にする」(第11願)と誓われました。

 

そしてさらに別の願でこうお誓いくださいました。

 

「仏の力を得た後、ただちに迷いの世界に再び戻り、
あらゆる者を教え導き、みな仏道に向かわせん。」(第22願)

 

お念仏申す人生の臨終は、
浄土へ往生し、仏果を得て、再びこの世に還ります。
浄土へ往って還る一連の流れ……すべて仏の本願の力、回向のはたらきです。
弥陀の願船に搭乗するだけです。
これを往相回向(おうそうえこう)、還相回向(げんそうえこう)といいます。

 

【報告会】

 

先月22日の土曜日、広島県坂町へ行きました。
目的は坂町サンスターホールでの、

 

「〜JAXA・被災地応援〜 金井宇宙飛行士ミッション報告会」

 

宇宙飛行士の金井宣茂さんに会いに行きました。

 

いまだにブルーシートが山肌のあちらこちらに点在する坂町。
一年前、平成30年7月豪雨の影響です。
そんな町へ、ブルースーツの宇宙服に身を包んだ金井さんが登場した時は感動しました。

 

「この人が宇宙へ行って戻ってきた人か。」

 

滞在したのはISSに隣接する日本の実験棟「きぼう」。
できてまもなく10年だそうです。

 

ちなみに地球からISSまでの距離は400キロ。
東京から大坂までの距離と同じです。
意外に近いのに驚きました。

 

約一時間、168日間滞在した宇宙の話を聞きました。
健康長寿につながる高品質なタンパク質結晶生成実験の話。
船外活動の話、美味しい食事の話。

 

面白かったのはマジックテープの話。
宇宙空間では大変重宝するそうです。
「無重力の世界なので、物を固定するため、いろんな所にあります。」
宇宙用のブルースーツにも、いたる所にマジックテープがついているそうです。

 

【交信】

 

報告会の最後は、

 

「あなたもフライトディレクタになってみよう!」

 

宇宙にいる金井さんと交信するという、疑似体験の企画です。

 

まず交信の冒頭、こちらの所在を言います。
そして交信の最後は、「Copy(了解)」という業界用語。

 

※※「Station, Hiroshima, 金井さん聞こえますか?
金井「Hiroshima, Station. I can hear you loud and clear. よく聞こえますよ。」
※※「(きょうの感想)」
金井「ありがとうございます。」
※※「Copy」(了解)

 

もちろん金井さんは宇宙ではなく会場、目の前です。
けれども気分は宇宙との交信です。

 

小学生の子が、金井さんとこう交信していました。

 

「Station, Hiroshima, 金井さん聞こえますか?
「Hiroshima, Station. I can hear you loud and clear. よく聞こえますよ。」
「金井さん、いつも僕たちのために宇宙での大変なお仕事をありがとうございます。
 僕もいつかあなたと同じように、宇宙へ行きます!」
「ありがとうございます。」
「コピー!」

 

最後は全員で記念撮影。
楽しい一時でした。

 

【Copy】

 

阿弥陀さまの誓い通り、お浄土で仏となられた故人。
ただちにこの娑婆に還り戻り、
阿弥陀さまと同様、
“この私”を仏道歩む者にせんと目的に励まれています。

 

そういった様々なご縁、何よりも阿弥陀さま自身によって、
気づけば私もお念仏申す身になっていました。

 

私「Station, Iwakuni(岩国). 阿弥陀さま、聞こえますか?」
仏「Iwakuni, Station. I can hear you loud and clear(よく聞こえますよ)。」

 

それはそうです。
金井さんが、宇宙ではなく目の前にいた報告会のように、
阿弥陀さまも、浄土にいながら、この私の所におられます。

 

私「今日は、いえ今日もありがとうございます。
  途切れることのない大悲の誓い。
  誓い通りに私も、お浄土へ往き、仏とならせていただきます。」
仏「私にまかせてください。必ずお浄土へ生まれさせます。」
私「Copy(おまかせします)。」

 

今日もお念仏相続。
西方浄土の阿弥陀さまとの交信の日々です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

交通ルール(6月下旬)

 

食べ物は身体の栄養 本は心の栄養 
食べないでは体が育たない 読まないでは心が育たない(いのちの言葉プロジェクトブログより)

 

【安全運転】

 

免許更新の為、
市内の警察署へ行きました。

 

「中国自動車道の○○あたりはジェットコースターです。充分スピード落とすように。」
「事故率県内トップクラス市民としての自覚を。」

 

たっぷり講義を聞いた後、
新しい免許証に加え、一冊の本をいただきました。

 

 『安全運転BOOK』(平成30年四月改訂)

 

タイトル通り、安全運転を心がけるための本です。

 

第一章の冒頭は「飲酒運転の点数の引き上げ」でした。
ほんのわずか飲んでも、13点の一発免停。
酒酔い運転にいたっては35点。
事故を起こしたひき逃げ犯と同レベルです。
厳しいとは思っていましたが、点数を見ると実感します。

 

そんな道路交通法の話から、
「エコドライブ」等、安全に運転するためのマナーやテクニックの話が続き、
最後は、
 「第10章 被害者遺族の手記」
たった1頁。
当時16歳だった男子高校生の母親の手記です。

 

【あれから19年経って】

 

「高校2年生だった拓也が、事故に遭って亡くなってから19年が経ちました。

 

何年たっても時々名前を呼んでしまう、決して忘れることのできない事故でした。

 

当時の私はノートに気持を書きなぐっていました。
下記のように、

 

『もう帰ってこないのは解っているのに、今日も帰宅途中の高校生の中に拓也を探している。
「腹減った、今日は何」と言う声をもう一度聞きたい。
平成9年4月24日、横断歩道で事故に遭い、「覚悟をしてください」と何度言われても、我が子が死ぬとは思わなかった。
意識は戻るとお守りを手に巻き付け、頭をなで足をさすり「苦しいと言ってごらん」と何度呼びかけても意識は戻らず、5月8日に逝ってしまったね。
その日は弓道場で連続15射して、道場の壁に拓也の札が掛けられた。
貴方は自分の力で生きた証を残していったね。
加害者は免許停止にも関らず、親が「あの車は縁起が悪いから」と言って新しい車を買い与えられていた。
初めて加害者が憎いと思った瞬間でした。』

 

拓也が命に代えて伝えたかったことは、憎しみではなく「社会のルールを守ろう」と伝えたかったのだと。
ルールを守れば被害者は出ないのだと。

 

誰もが被害者や加害者にはなりたくないです。
ルールを守って生きたくても生きることが出来なかった人の分まで「いのちは皆の宝物」だと伝える事で、
悲しみのない明るい社会が出来ると私は考えます。」

 

筆者の鷲見三重子さんは、
現在、「いのちの言葉プロジェクト」として、
積極的に人形劇・講演活動をされています。

 

「亡くなった息子は、私たちに憎しみではなく、
『法を守って』と願っている。」
そう自ら受けとめ、
社会に発信されています。

 

【仏法のルール】

 

仏教は葬儀で故人から、
釈尊の遺言を受け継ぎます。

 

「自灯明 法灯明(貴方自身、仏法を心の灯火に)」

 

故人は何を願っておられるのか。
釈尊と同様、
憎しみではなく、
「仏法を聞き学び、仏法をたしなむ生き方をしてほしい」と、
縁ある方なら願われているはずです。

 

そんな仏法のルールとしては、
たとえば五戒(不殺生、不偸盗など)、
また八正道(正しく見る、正しく思惟する……)という教えもあります。
無財の七施という実践もあります。

 

しかし浄土真宗で何より一番大切にすべき法は、
“他力の法”、
弥陀の本願力です。

 

事故を起こしていようといまいと、
血中のアルコール濃度がわずかでもある時、
車に乗ってはならない交通法。

 

同様に、
悪事を起こしていようといまいと、
煩悩の酒の酔いが覚める事なき凡夫の私たちは、
自ら運転してはいけません。
心中の煩悩濃度がわずかでもある時、
自力で仏道を歩んではならないのです。

 

弥陀のタクシーに乗って我が家に帰ります。
安心してください、料金(供養料)はありません。
南無阿弥陀仏のお慈悲は、いつでも側で待っています。

 

【弔問と聴聞】

 

大切なのは二つです。
タクシーに乗ること。
それはお念仏です。
そして弥陀の運転を邪魔しない事。
すなわち無視しない事です。

 

「死んだらどうなるのか……」
「健康は大事……、体重は……」

 

自然と思い浮かべる事ですが、
そこに弥陀の本願を聞き受けた形跡はありません。

 

「われに任せよ、必ず救う。」

 

浄土真宗のルール。
それはどこまでも阿弥陀さまの本願を聞きまかすことです。
それを聞信(もんしん)と言います。
具体的には、お寺で「聴聞(ちょうもん)」する事でしょう。

 

「もう迷うなよ。尊いいのちを生きてくれよ。」
知人の葬儀の弔問で、
そんな故人の思いをご縁として、
仏法聴聞を始めます。

 

「われに任せよ、必ず救う。」

 

弥陀の本願力のルールにのっとり、
「南無阿弥陀仏(ありがとうございます)」の、
お礼の生活を心がける今日一日です。

 

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

相聞歌からの聴聞歌(6月上旬)

 

・相聞歌(そうもんか):恋の歌。恋人同士の間で詠みかわされた歌。

 

【つきてみよ】

 

手マリをいつも懐に入れ、
里に下りては日暮れまで子供たちと遊んでいた良寛禅師(1758-1831)は、
短歌の達人でした。

 

そんな禅師の弟子になりたいと、
ある尼僧が短歌を送ります。

 

これぞこの 仏の道に 遊びつつ つくや尽きせぬ 御法なるらむ(尼僧)
(いつも手マリをついては、子ども達と遊びながら、
それはまさに仏の道、「尽き」る事なき御法の中を歩んでおられるのでしょう。

それを見た良寛さん、返歌を送ります。

つきてみよ 一二三四五六七八九十(ひふみよいむなやここのとを) 十とをさめてまた始まるを
(尽きることのないマリ遊び、あなたついてみますか。)

マリをくり返しつくことに掛けて、仏法の尽きることのない無量寿の世界を示し、
また自分の弟子に「就く」ことを認めたのでしょう。

 

喜んだ尼僧は禅師に会いに行きます。
尼僧の名は貞心尼。
禅師70歳、貞心尼は30歳。
以降、二人の恋のような深い関係が始まります。

 

【烏はからす】

 

ある時、与板という里へ良寛禅師がおられると聞き、
貞心尼はすぐに向かいます。
すると明朝出発する禅師との別れを惜しんで、
里の人々が禅師と談笑していたそうです。

 

誰かが冗談でこう言いました。
「禅師、あなたは色も黒く衣も黒いですから、
今日から「からす」と申されてはどうでしょう。」
禅師は笑いながら、
「本当に、私に相応しい名ですね。」
そして歌を詠みました。

いづこへか 立ちてぞ行かむ 明日よりは 烏てふ名を 人のつくれば
(明日からどこへ行こう。人がくれた烏という名をもって。」)


その歌に対し貞心尼も歌を詠みました。

山がらす 里にい行かば 小烏も いざなひ行けよ 羽よわくとも
(山の烏が里に行くなら、小ガラスも誘ってください。羽が弱くても。)


「自分も連れて行ってほしい」という貞心尼を、良寛さんは断ります。

誘ひて 行かば行かめど 人の見て あやしめ見らば いかにしてまし
(誘って行けば、人々が「あの二人の関係は怪しい」と見るかもしれない。)


貞心尼は言いました。

鳶はとび 雀はすずめ 鷺はさぎ 烏とからす なにかあやしき
(鳶がトビと、雀がすずめと、鷺がサギと一緒にいて何かおかしいですか?
同様に烏とカラス、あなた様と私、一緒にいて何が怪しいでしょうか?)


禅師は根負けしました。
「では、明日会いましょう。」

【青色は青光】

 

「鳶はとび 雀はすずめ 鷺はさぎ 烏はからす なにかあやしき」

 

「世間の目など気にしないで生きましょう」といった、
生きるヒントが垣間見られます。

 

世間体を気にする私たちです。
しかし仏法を聴聞する時、
ありのままに生きる見方をもらいます。

 

お釈迦さまは『阿弥陀経』にこう示されました。

 

「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光
(しょうしきしょうこう おうしきおうこう しゃくしきしゃっこう びゃくしきびゃっこう)」

 

「阿弥陀さまのお浄土の蓮は、
青い蓮の花は青く輝き、黄色い花は黄色く輝く……」、
各々が各々の輝きを放っていると説かれます。

 

浄土は差別がない世界を示しています。
鳶はとびとして、烏はカラスとして、
それぞれが最も輝きあう世界が仏さまの境界です。

 

【智慧の方便】

 

そして、仏さまが私をみつめる眼差しも同様です。
私のすべてを「青色青光……」とありのままに受けとめ、
そのまま浄土に生まれさせると誓われました。
仏の苦心。
それが阿弥陀仏の心であり、
法蔵菩薩の本願に示される大慈悲の心です。

 

そんな仏の心に出遇う時、
「長生きしたい、死んだらおしまい。」
「楽に死にたい……、死後の世界はあるのか?」
そんな世間でいう“本願なるもの(願い、希望、本音)”、
私の側の思いは片隅に追いやられます。
「浄土へ生まれさせる」「助ける」という仏の本願です。
それは凡夫の浅知恵・悪知恵ではなく、
仏の智慧から出た“方便”(ウソではなく、私にわかる形での表現)(※1)の声です。
仰せを仰せのまま聞き受け、
「浄土へ参ります」「助かります」といただきます。

 

いつでも永遠の仏、阿弥陀さまと一緒。
生死を超えた世界を歩みます。

 

【散るもみじ】

 

仏法を語り合い、また歌を詠み合った良寛禅師と貞心尼。
相聞歌(恋愛の歌)のような歌のやりとりは4年間続きました。

 

禅師が臨終の時、
貞心尼はやはり歌を詠みました。

生き死にの さかひはなれて すむ身にも さらぬわかれの あるぞかなしき(貞心尼)
(生死を超えた仏法をいただいていますが、やはり避けられない別れは悲しいものです)

すると禅師は歌を詠むことはなく、
ただ一句、

うらを見せおもてを見せてちるもみぢ
(私はあなたにおもてもウラもすべてを見せました。何も思い残す事はありません。)

 

良寛禅師は74歳の生涯を閉じます。
その四年後、貞心尼は『蓮の露』を著し、
良寛さんの生涯、歌をまとめます。
おかげで今日まで、
たくさんの禅師の名歌が残りました。

 

【散るもみじ】

 

「うらを見せおもてを見せてちるもみぢ」(良寛)

 

貞心尼への愛情がうかがえる歌ですが、
同時に、
仏法と共に生きた生涯も簡潔に表現しています。

 

仏法に出遇い、仏に出遇った私は、
どこまでも仏の光のまっただ中、
いつまでも仏の心の舞台の上です。
「私の外面も内面も、
すべてご覧になったにも関らず、
“そのまま救う”と、今でも喚び通しの仏がいる。
南無阿弥陀仏に、私のすべてを見せることができた。
いのちの最後、何も心配する事はなかった。」

 

念仏者は一人であって、一人ではないのです。

 

※1 「浄土なんて方便だ(ここではウソ、まやかしの意味)」
と主張(著作)する人。
お寺に参らず、世間に染まった仏教用語しか知らないのかも知れません。
まだ仏に出遇っていない人、他力の信心を得ていない人。
そんな人こそ、いつか、お寺で仏法を聴聞するご縁にあってもらいたいものです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

命日と勅命(5月下旬)

【命の日】

 

NHKのテレビ番組「今夜も生でさだまさし」は、
ミュージシャンのさだまさしさんが、
90分間語りまくる深夜の生番組です。
毎月、全国のNHK放送局を会場に放送されています。

 

先月4月は山口放送局が会場でした。
観覧希望のメールを出しましたが、
定員30人に対して450人の申し込み。
落選して、テレビでの観覧となりました。

 

山口の興味深い話や楽しい話題、
さださんの歌も終わった番組の最後、
二枚の葉書が読まれました。
家族を失い、
今の淋しさを告白していました。
読み終わった後、さださんは次のように番組を閉めていました。

 

「一生懸命生きても、思い通りにいかないし、イライラすることもあるし…、
本当にわけのわからない事ばかりだけれども、
そんな中で、せっかく生まれてきた理由について考えます。
ことに四月は僕が生まれてきた月であり、
母を亡くした月でもありますので、
いのちについて、また考える月でした。」

 

人間としての命をもらった「誕生日」、
そして大切な人の命が終わった「命日」。
かけがえのない日は、
私たちに人生で何が大事かを考え、気づかせてくれます。

 

【永生の楽果】

 

4月がさださんにとって特別な月であるように、
5月は真宗にとって特別な月です。
宗祖・親鸞聖人ご誕生の日(5月21日)、
そして蓮如上人ご命日(5月14日)がある月です。 

 

今年で521回忌となる蓮如上人は、『御文章』でこう言われます。

 

「人間に生まれる事は、
五戒(不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒)という厳しい戒律を守った功徳によるもので、
本当に滅多にないことです。

 

けれどもその人生は短くはかない。
たとえ栄華をほこっても、
「盛者必衰会者定離」、
久しく続くものではありません。
また老少不定、
長生きの人もいますが、
条件そろえばあっという間に終わる人生です。
人の世はあてにはなりません。

 

ですから私たちは今、
本当にあてになる阿弥陀仏の救い、
すなわち他力の信心をいただいて、
浄土往生を願うべきなのです。」(※1)

 

人間のいのちの勿体なさとはかなさを、
生涯私たちに、喚起された蓮如上人です。

 

【勅命】

 

あと4年で「誕生850年」を迎える親鸞聖人は、
お念仏についてこう説明されました。

 

しかれば、「南無」の言は帰命なり。……「帰命」は本願招喚の勅命なり。

 

言葉の上からいえば、
念仏は「私は阿弥陀仏に帰依・信順いたします」です。

 

しかし本質からいえば、
念仏は阿弥陀仏の「そのまま(わが国に生まれて)来いよ」という勅命、
仏さまの招き喚ぶ声というのです。

 

私があれこれ考えるはるか前から、
仏さまの方に長いご思案がありました。
どうやっても正しい道どころか、
死ぬまで煩悩(むさぼり・いかり・愚痴)に振り回される私と見抜かれ、
そんな私の為に浄土を完成し、
浄土往生の道を完成されました。
そして今、常に私に寄り添い、
「そのまま人生を歩んで来い。煩悩まみれのまま終ってこい。浄土に往生する功徳はしあがったぞ」と、
私を喚び続け、
私を「そこにおられたのですか」と、
「聞き開く者」に仕上げてくださるのが、
今生、私たちが出遇えた仏さまです。

 

煩悩の眼によって、生涯、仏を見ることのない私。
故に、えてして仏さまの本願を無視し、
自分勝手に「どうすれば良いのか」と力みがちな私たちです。
聖人はその間違いを正すべく、
お念仏は逆に仏さまの側、
「われにまかせよ」という仏の勅命そのものであると、
前代未聞の解釈を示されました。
その勅命の仰せを仰せのままに聞いた心、
「私の行為、ましてあれこれ思う心に用事はありませんでした。おまかせ一つでした」といった心持ちを、
他力の信心といいます。

 

故人の命日を“いのちの日”といただき、
人間に生まれてきた命の勿体なさについて考える私たち。
加えてまた、
命日を“勅命の日”といただきます。
「そのまま来いよ。」
仏の言葉、これ以上ないお慈悲の心を聞きます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

※1 しづかにおもんみれば、それ人間界の生を受くることは、まことに五戒をたもてる功力によりてなり。
これおほきにまれなることぞかし。
ただし人界の生はわづかに一旦の浮生なり、後生は永生の楽果なり。
たとひまた栄華にほこり栄耀にあまるといふとも、
盛者必衰会者定離のならひなれば、ひさしくたもつべきにあらず。
ただ五十年・百年のあひだのことなり。
それも老少不定ときくときは、まことにもつてたのみすくなし。
これによりて、今の時の衆生は、他力の信心をえて浄土の往生をとげんとおもふべきなり。
「易往而無人章(いおうにむにんしょう)」

 

 

 

ひさかたの国より(5月上旬)

【観梅】

 

今月から始まる新年号「令和」の典拠は、
『万葉集』巻五、「梅花(うめのはな)」の歌三十二首の「序文」と発表されました。

 

時に初春の令月にして、気淑(よ)く風和ぎ…

 

空気はよく風爽やかな正月、
主人大伴旅人による観梅の宴が催されました。

 

当時、外来から持ちこまれた貴重な「梅の木」を愛でつつ、
お酒を酌み交わし、
そこで歌会が始まりました。
その中に、

 

わが園(その)に梅の花散るひさかたの天(あめ)より雪の流れ来るかも
(巻五・822)
(私の園に梅の花が散る。はるか遠い天から雪が流れてくるのだろうか)

 

旅人による「梅花」を代表する歌です。
優雅な会の雰囲気を表しています。

 

新しい時代の幕開けです。好ましき良き時代を念じます。

 

【貧窮】

 

ところで『万葉集』巻五には、もう一つ大変有名な歌があります。
良かったら声に出してみてください。

 

 天地(あめつち)は 広しといへど
吾(あ)が為(ため)は 狭(さ)くやなりぬる 
 日月(ひつき)は 明(あか)しといへど 
吾(あ)が為(ため)は 照(て)りや給(たま)はぬ 
 人(ひと)皆(みな)か 吾(あ)のみや然(しか)る 
わくらばに 人とはあるを 
 人(ひと)並(なみ)に 吾(あれ)も作(な)れるを(巻五・892)

 

(天地は広いというけれど、私にとっては狭くなるようだ。
日月は明るいというけれど、私には照ってはくれないようだ。
人はみんなこんなものなのだろうか。
それとも私だけがこうなのだろうか。
たまたま人間として生きているのに。人並みに私も働いているのに……)

 

山上憶良(やまのうえのおくら)による「貧窮問答歌(びんぐもんどうか)」の一部です。
生活が貧しく、寒い夜を震えながらすごしている、二人の男の告白の歌です。

 

貧しさの直接の原因は税金です。
しかし歌全体をみると、物理的・生理的な飢寒だけでなく、
人間のもつ精神的な貧しさ、満たされない心の窮状までうかがえます。

 

わくらばに 人とはあるを…

 

たまたま人に生まれ、普通に生きてきたつもりなのに、
なぜこんな目に遭わなければならないのか。
老いの悩み、病の苦しみ。惜別、孤独、人間関係の苦しみ…。

 

物が豊かな現代。しかし今でも多くの人がこの歌に共感せずにはいられません。

 

【大施主】

 

わが口に念仏こぼれ ひさかたの国(浄土)より慈悲の流れ来るかな
(私の口から念仏がこぼれる。お浄土より仏のお慈悲が私に流れこむことだなぁ)

 

満たされない心、貧しい窮状の私……と知り抜いた仏さまは、
立ちあがらずにはおられませんでした。
本願を建て、その誓い通り、
自らの功徳をまんべんなく「南無阿弥陀仏」の名号にこめられました。

 

「ナモアミダブツ」。声に出して下さい。
それは「大施主」(重誓偈)たる阿弥陀さまの「かならず救う」という功徳全体が、
あなたにふり向け与えられた答えです。

 

令和の新時代。あらためてお念仏の勿体なさをかみしめる事です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

何のために生まれて(4月下旬)

【葬儀の現場】

 

お葬式は悲しみの現場です。
しかしその悲しみの別れを通して、
大切なものに出遇うのが葬儀です。

 

「故人が命をかけて何かを伝え残そうとしてくださってる。」

 

各々がそのように受けとめていけるのが、
葬儀の重要な意義です。

 

何を伝え残そうとされているか。
それは永遠のテーマへの、
確かな道しるべです。

 

【遅咲きの作家】

 

「アンパンマン」の生みの親、
やなせたかしさんは今年、
生誕100年、そして七回忌(10月13日、94歳)です。

 

34歳でようやく念願の漫画家としてデビューしますが、
漫画だけではとても生計が立たず、
舞台美術やテレビの司会など様々な仕事に携わります。

 

50歳の時、絵本『十二の真珠』に初めて「アンパンマン」を執筆。
けれども、この大人向けのヒーローは話題にもなりませんでした。

 

4年後、子ども向けに改作した「あんぱんまん」を出版します。
やはり大人達から批判の声が上がります。
「顔が食べられるなんてグロテスクだ!」

 

しかし現場の子どもたちには受け入れられました。
大変な人気となり、
15年後の昭和63年(1988年)、ついにテレビアニメ化が決定。
やなせさんは69歳でした。
「それいけ!アンパンマン」は30年経った今も放映されています。

 

【インタビュー】

 

やなせさんはアニメの主題歌「アンパンマンのマーチ」の歌詞を書きました。

 

なんのために生まれて 何をして生きるのか
こたえられないなんて そんなのはいやだ

 

「……子どもには難しいのではないですか?」
「難しいです。難しいけれども、大切な事です。」

 

時は流れ、やなせさんが92歳の時、東日本大震災が起きました。

 

「ラジオで流してほしい曲はありませんか?」
被災地の方に尋ねると、
なんと「アンパンマンのマーチ」へのリクエストが一番多かったそうです。

 

高齢にも関らず、やなせさんは被災地の現場に向かいました。
各地で、アンパンマンを描き、
「ぼくが空をとんでいくから。きっと君をたすけるから。」
必ず、励ましのメッセージを書き添えていました。

 

被災者支援から戻ったやなせさん。
こうインタビューに答えられました。

 

「今度の震災の時にですね、
いちばん多く歌われたのがアンパンマンのテーマソングであったというのを聞いた時はね、
本当にうれしかった。
役に立ったと思いましたね。
僕も長い間ね、自分は、いったい何のために生まれたのか、
何をして生きるのか、ずいぶん悩んだんですけど、
やはり、だから自分は子どものためにお話を書いたり、
絵本を描いたりするのが自分の天職だなあと、このごろになって思うようになった。」

 

【永遠のテーマ】

 

私が生まれてきた訳は
 何処かの誰かに救われて
私が生まれてきた訳は
 何処かの誰かを救うため
(さだまさし 「いのちの理由」より)

 

「なんのために生まれて 何をして生きるのか」

 

各々がもつ永遠のテーマです。

 

「こたえられないなんて そんなのはいやだ」

 

その通りです。
けれども実際には難しい。
日常に追いまくられる私たちです。

 

悩んだり、「こうだ!」と思ったり、
「いや、そうではないのでは」と思い返したり。
さださんの『いのちの理由』の歌詞のように、
数え始めたらキリがありません。

 

それに……日常生活中は、余裕があります。
永遠のテーマに悩み不安であっても、
分からないものを分からないまま受け入れていけます。
または思考停止。
しかし最後まで、それで良いのか。

 

【生まれてきた理由】

 

長い間、悩まれたやなせさんが、
しかし奇しくも震災をきっかけとして一つの答えに出遇ったように、
葬儀という悲しみの現場で、
故人を偲びつつ、経典を開く時、
聞こえてくるお釈迦さまのみ教えは一つでした。

 

「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」(正信偈)
([釈迦]如来、世に興出したまふゆゑ(理由)は、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。)

 

娑婆にお出ましになったお釈迦さま。
その生涯を一言でいうなら、
私を永遠なるもの、アミダさまに遇わせるため。

 

長さの大小、水質の清濁を問わず、
全ての川を引き受け同じ塩味にする海のように、
アミダさまの「必ず救う」という願いは、
生き様の大小、心の清濁をまるで問題にせず、
私をまるごと引き受け、
同じ浄土の世界の者、無上の仏にする力(はたらき)です。

 

故人同様、私にも救いがありました。
「何のために生きているのか。」
永遠のテーマを前に、ああだこうだと自力、
自らの知識や経験の枠内で解決を試みる私に、
他力という逆方向の答えが現れます。

 

「弥陀に出遇えよ。」

 

釈尊同様、かけがえのない道しるべの故人です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

一番はいつ?(4月上旬)

【記念講演会】

 

岩国の名誉市民第一号、広中平祐さんは世界的な数学者です。

 

ハーバード大学名誉教授、京大の理数解析研究所所長も経験、
また1996年から6年間、山口大学の学長も勤められました。

 

数学のノーベル賞といわれる「フィールズ賞」を受賞。
昭和生まれで初の文化勲章を受章されています。

 

そんな広中博士の名誉市民記念講演会「生きること学ぶこと」が、
平成26年3月8日、岩国市民文化会館で開かれました。

 

講演内容は難解な数学理論とは無関係で、
昔の思い出話を語ってくださいました。
大学時代、留学時代の恩人の話、
そして家族の話、母親の話。
「15人兄弟の私たち……お母さんには本当に感謝しています。」
80過ぎて恥じらう事なく、
何度も「お母さん」と口にされるのが印象的でした。

 

予定より30分も早く終了した講演は質疑応答の時間に。
「何か質問はありませんか?」
会場の半分近くが挙手していました。

 

「学長の頃の思いでは?」
「研究ではどのような……?」

 

残り10分だったと思います。
子ども達からの質問を受けつけました。

 

「どうしたら英語が出来るようになりますか?」
「勉強しましょうね。」
「アメリカに行くにはどうしたら良いですか?」
「パスポートが必要ですね。」

 

可愛いらしい質問ばかりで会場から笑いが。
広中博士も笑顔で答えられていました。

 

最後にこんな質問がありました。
「数学をして一番嬉しかったことはいつですか?」

 

「それは勿論、文化勲章を受章、いやフィールズ賞を受賞した時です。」
そう思っていると、
「それは……」と少し間を置いて、
真面目な顔になった広中博士は、

 

「それは、今ですね。
若い頃は劣等感がありました。
法学部や工学部の友人達は法律を学び、技術を学び、
卒業してすぐ弁護士になったり、ダムを設計したりと。
社会の役に立つ法律や工学に比べ、数学は何の意味があるのか。
けれども数学を続けているうちに、そんな気持ちも消えていました。
そして現在、80過ぎた私は、紙と鉛筆さえあれば今でも数学ができます。
いつでもどこでも数学の美しさを考えることができるのです。
法律やダムではそうはいかないのではないでしょうか。」

 

おおよそ、そんな風に答えられました。
一番心に残った言葉でした。

 

【180度と18願】

 

「三角形の内角の和は、180度である。」

 

米粒みたいな小さな三角形だろうと、
町のような大きな三角形だろうと関係ありません。
中学校の数学で学ぶ定理の一つです。

 

お念仏も同様です。

 

「阿弥陀仏の救いの中心は、第18願である。」

 

「南無阿弥陀仏」の阿弥陀さまは、
どのような者であっても、光の中に摂め取って決して捨てず、
必ず浄土へ往生させると誓われました。
それは老いも若きも、力持ちも病気持ちも、
善人であろうと悪人であろうと関係ありません。
「摂取不捨(せっしゅふしゃ。摂め取って捨てない)」
お寺の法座で聴聞する、教理の一つです。

 

最初の内は、聞いてもピンときません。
社会の役に立たないからです。
商売繁盛や祈願成就に比べ、阿弥陀さまの本願は何の意味があるのか。
まだ道徳倫理や先祖崇拝の方が分かりやすいです。

 

けれども聴聞を重ねるうちに、そんな気持ちも消えていきます。
そして現在、
特に何かを準備しなくても、どこでもお念仏を申せます。
いつでもどこでもお慈悲の有り難さを味わうことができるのです。
浄土真宗という仏教徒、念仏者が育っていく一過程です。

 

「お寺にご縁ができて一番嬉しかった事はいつですか?」

 

それは、今です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

仏法の不思議(3月下旬)

 

いつつの不思議をとくなかに 仏法不思議にしくぞなき(曇鸞讃)
(五種の不思議が説かれている中で、仏法不思議に勝るものはない。)

 

【あれから20年】

 

かつて中学の数学の先生だったKさんは、
円周率(π)の小数点以下、30桁まで覚えています。
授業でこのπの説明の後、

 

「3.1415926535 8979323846 2643383279」

 

と暗唱すると、教室からどよめきが。
それがきっかけで数学が好きになった子もいたそうです。

 

「すごいですね。」
すると後日、覚え方を紙に書いて渡してくれました(※)。
それと一緒に昔の記事をもらいました。
1997年8月4日の朝日新聞で、
「円周率計算で世界新」というもの。

 

東大の金田教授が、
515億ケタを達成したというのです。
世界最高速レベルのコンピューターを使い66時間計算しました。

 

記事の最後には、
「コンピューターの性能がさらに大幅によくならなければ、
当分の間、記録更新は望めそうにないという。」

 

……あれから20年。
2017年現在、πの世界記録は22兆桁です。
20年前の400倍以上です。
計算には100日から1年かかるとか。
人類の進歩のすさまじさを思う今日この頃です。

 

それにしても規則性がなく無限に続く数、π。
不思議な数字です。

 

【仏法不思議】

 

ところで、仏教では「五つの不思議」と言います。

 

@衆生多少不可思議……衆生が無数にいること。
A業力不可思議…………衆生の行為の結果が様々であること。
B龍力不可思議…………風雨等、自然現象の不思議。
C禅定力不可思議………精神統一による超能力の不思議。
D仏法力不可思議………仏の力、阿弥陀仏の本願力の不思議。

 

私たちの周りには数えきれない衆生(いのち)が存在します。
人間の数は一応、75億と知らされていますが、
人間以外の種の数、想像もつきません。
目の前の森一つとっても、どれほどの植物・生物がいるのか。

 

そんな衆生の数も驚かされますが、
それらの衆生が行う行為(業因)も不思議です。
行為には必ず結果がともないます。
因果応報、「為せば成る」です。

 

また逆にいえば、
結果の裏には種々の行為(業因)が関わっています。
目の前の机やパソコン、種々の本……、
それらの果報(結果)には、どれほどの技術、力が関わっているか。
どれほど人の想いや苦労があったか。
22兆ケタのπの計算も、その一つです。

 

さらに予想もつかないのが自然現象です。
台風や地震、また種々の神秘的な現象、
衆生がどんなに頑張っても作れません。

 

そしてもっと不思議な事が、
科学でも説明できない不思議、奇跡です。
超能力……にはお目にかかった事はありませんが、
私が今、人間に生まれ、生きている事も、ある意味、奇跡かもしれません。

 

しかしながら、
そんな奇跡よりもっと不可思議なものが「仏力の不思議」なのです。

 

【仏力の不思議】

 

蓮如上人にはこんなエピソードが残っています。

 

法敬坊(ほうきょうぼう)が蓮如上人に、
「上人のお書きになった六字のお名号が、
火事にあって焼けたとき、六体の仏となりました。
まことに不思議なことでございます」と申しあげました。
すると上人は、
「それは不思議なことでもない。
六字の名号はもともと仏なのだから、
その仏が仏になられたからといって不思議なことではない。
それよりも、罪深い凡夫が、
弥陀におまかせする信心ただ一つで仏になるということこそ、
本当に不思議なことではないか」と仰せになりました。
(『蓮如上人御一代聞書(現代語版)』(第77条))

 

「文字から仏の姿があらわれ出た事」は奇跡です。
法敬坊は、「蓮如上人、あなたは生き仏を書かれました」と、
褒めたかったのかもしれません。
しかし蓮如上人は取り合いません。

 

仏教における最大の不思議、
それは他でもなくこの悪人の私が、
真逆の仏になる事であり、
それは、私が浄土に生まれる事です。

 

「浄土に生まれたい」と、
心で願った所で、
行動がなけれが実現はありえません。
しかしこの度、
仏さまの願い、そして行動に出遇います。
「わが呼び名を呼べ」という、
仏の誓い通り、「南無阿弥陀仏」と念仏し、
「我にまかせよ、必ず救う」という、
その誓い通り、浄土に参らせていただきます。

 

【不可思議なる世界】

 

私が浄土に生まれ仏となる不思議。
そのための力、弥陀の本願力は、
私を救うため片時も離れません。
見渡す限り、全て仏の本願力です。

 

無量の衆生がいる不思議。
それはそのまま、私を仏にするため、
無量の如来がいる不思議といただきます。

 

無数の行為があるという不思議。
それはそのまま、私を仏にするため、
無数のお育てがある不思議といただきます。

 

広大な自然や宇宙の不思議。
それはそのまま、広大な仏の心を、
その他、様々な不思議も、
私を仏にするため、
全て弥陀大悲の出来事です。

 

不思議な感動、
不思議な喜びに包まれた、
今日という私のいのちがあります。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

(※)
「妻子異国に、老後(の)産後厄無く、見にみやしむに、無視散々、闇に泣く」
(さいしいこくに(3141592)。ろうご(65)、さんごやくなく(358979)、
みにみやしむに(3238462)、むしさんざん(6433)、やみになく(83279))

 

 

 

何が書いてあるか(3月上旬)

 

「如来の本願を説きて経の宗致とす。」(親鸞聖人)
(浄土真宗の教えの中心は、阿弥陀仏の本願である。)

 

【讃仏偈】

 

祖父が往生し、まもなく49日になります。

 

……20年近く前の大学在学中、
夏休みに帰省し、盆参りを手伝っていた時です。
居間でたまたま祖父と二人で話をしていて、
話題が盆参りで読む「讃仏偈(さんぶつげ)」になりました。

 

「『讃仏偈』って案外、分かりにくいよね。」
「そうだな。」
「法蔵菩薩のセリフの部分だけど、ご門徒さん、分かってるかな?」
「そうね。」
「インドのサンスクリットの原本も残ってるよ。」
「ほぉ。」
「ずいぶん成立も古い偈文らしいよ。」
「なるほど。」

 

祖父の相づちに調子にのった私。
「ところで(爺ちゃん)、どんな事が書いてあるか、知ってる?」

 

一瞬沈黙した後、
祖父は淡々と語り出しました。
私は青ざめました。
祖父の話が理解できません。

 

「どんな事が書いてあるか」と言った私が、
用意していた答えは「あらすじ」でした。

 

冒頭「光顔巍々(こうげんぎぎ)」から、法蔵菩薩が師である世自在王仏の徳を讃嘆する。
次に「願我作仏(がんがさぶつ)」から、菩薩の願いが述べられる。
最後「幸仏信明(こうぶつしんみょう)」から、自らの願いの真実であるという証明を諸仏に求める。

 

しかし祖父は「仏とは何か」について、
自分の味わいを語ってくれました。
「大学に行ってるし、このぐらいの仏教用語でも分かるだろう」と。
……ついていけませんでした。

 

お経を研究対象として眺めていた私。
「法蔵菩薩が阿弥陀仏になる」という、
物語のあらすじばかり気にしていました。
「木を見て森を見ず。」
木ばかり見ていた自分に気づかされました。

 

【本願】

 

「普段お勤めする讃仏偈やお経には、
どんな事が書いてあるのか、さっぱり分かりません。」

 

漢文ですから逐一分からなくて当然です。

 

宗教生活は受験勉強ではありません。
あらすじを覚えたり、
文言を調べたりするのは、
余裕がある時で結構です。

 

不可思議な仏さまの話です。
しかしポイントは1つ、
「本願」です。
この仏さまは特別な願いを建てられました。

 

「どのような者も救いたい。」
私の外見や振る舞い、問題発言も関係ありません。
私の性分も、過去の行為や罪も全部承知した上で、
それでも見放す事ができませんでした。

 

何とかして迷い落ちる私を救いたいと願われ、
その結果、私には一切の条件を提示されず、
「私があなたと離れない。
そうでなければ自分は仏にはならない。」
と誓われます。
無条件の救い、広大なお慈悲の心です。

 

僧侶のお説教の中心テーマ、
私たちが聴くべき肝要は、
いつも「本願」です。
仏さまの「われにまかせよ、必ず救う」という願いの話です。

 

【名号】

 

阿弥陀さまに丸まかせの浄土真宗。
そんな私がする事は、
お念仏一つです。

 

「南無阿弥陀仏」

 

願い通り、功徳を完成された仏さまの名号(呼び名)です。
呼び名ですから、名を呼びます。

 

願いが願いのまま虚しく終わらず、
果てしないご苦労の末、
私を救うはたらきの仏さまの名です。

 

「南無阿弥陀仏」

 

“阿弥陀”は翻訳すれば、「無量寿(アミターユス)・無量光(アミターバ)」。
時間的無限、空間的無限を指します。
いつまでも離れず、
どこまでも共にいてくださる方。
それがこの仏さまです。

 

「南無阿弥陀仏」

 

客観的には、私が仏の名を呼んでいます。
しかし阿弥陀さまに出遇った時、
主観的には、仏さまの方が、
「我にまかせよ」と、
私を喚び続けておられる事に気づかされるお念仏です。
そして私の方は、
「ありがとうございます。
 おまかせいたします。」
そのご恩へお礼を申す「南無阿弥陀仏」です。

 

【お礼】

 

「光顔巍々(こうげんぎぎ)♪」

 

「讃仏偈」のおつとめが始まります。

 

どんな事が書いてあるか。
注意深く読むのも大事かもしれませんが、
一言でいえば、“ありがとうございます”。

 

「仏さまの大きな願い、
無条件の救いに包まれていました。

 

……死んで迷って当然のわが身。
しかしこの度の人間境涯、
「落とさない」という仏さまに、
長い長い迷いの末、
ようやく出遇えました。

 

「南無阿弥陀仏」という名号(名前)となって
今、私の口元からあらわれ出てくださる仏さまです。
それほど私の身を案じ、
既に私に入り満ちて、
私からこぼれ出てくださる。

 

勿体ない今日の一日です。」

 

お経に書いてある事、
それは最初から最後まで、
「いつまでも、どこまでもあなたを離さない仏はここだよ。」
という仏さまの願い心です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

今づくし(2月下旬)

【後生の一大事】

 

後生の一大事」という言葉があります。

 

“一大事”とは一般に、
「大変、一大事だ!」といった“大事件”を意味しますが、
本来の仏教用語では、“仏さまの最も大事な用事”を指します。
お釈迦さまがこの世に現れた一番の目的・理由です。

 

仏さまの目的は何か。
言うまでもなく、
私たち凡夫に教えを説き示し、
理解させ、仏道に入らしめ、
ついに仏にする事です。

 

いつ仏になるか。
「後生の一大事」とあるように、
後の生まれ、今生の後です。
この度の人生の終った後、仏となる事を指します。

 

お釈迦さまはこの世に現れ『仏説無量寿経』、
阿弥陀さまの本願を説かれました。
「我にまかせよ、必ず救う」という弥陀の誓いは、
具体的には、
「今生の後、必ず浄土に往生させる」とあります。
その誓いのままに生きる者は、
命の行く末、浄土往生し、仏となります。
ですから“後生の一大事”です。

 

「死んだ後に仏となるなんて、消極的な。」
「後生の一大事より、今生の一大事だろ。」

 

そうではないのです、
親鸞聖人はこう仰せになられました。

 

臨終一念の夕べ、大般涅槃を超証す。

 

いのちが終った後(後生)、間髪いれずに“一大事”、これ以上ない仏となります。
それは即ち、
いのちが終わる迄(今生)、絶える事なく“一大事”、
これ以上ない仏さまの活動にであっていた結果なのです。

 

【ひまつぶし】

 

昨年の秋、仏婦の日帰り研修バス旅行をしました。
長戸・角島を巡った帰り道、
添乗員がDVDを流してくれました。
某有名人の漫才ライブでした。

 

「あれから40年……。」

 

「奥様、夫婦は別れちゃいけません。
別れたって、その下取りのきかない体、返品のきかない顔じゃないですか。」

 

「……損な性格です。冗談が言えないのです。」

 

下ネタも多かったですが、
楽しい二時間でした。

 

二時間のライブの後、おまけの映像が流れました。
日常のトレーニング風景や、
全国でのライブのハプニング集。
そして最後、
その方が色紙に文字を書きます。
座右の銘です。

 

「人生ひまつぶし。」

 

最後まで苦笑いさせられました。

 

とかく「人生はこうあるものだ」といった名言の多い中、
「人生ひまつぶし」、
そんな肩肘を張らずに生きましょうと。
ホッとします。
笑いと癒やしを届けるお仕事の人らしい言葉です。

 

しかしもしも本当に、
冗談ではなく、
何もする事がない、
目的がないという意味で、
残りの人生が「ひまつぶし」なら淋しいです。

 

【今づくし】

 

祖父の葬儀から、
四七日経過しました。

 

90過ぎても法務を手伝ってくれた祖父でした。
しかし徐々に体も弱り、
最後、ケアハウスで五年過ごしました。

 

100歳過ぎてから、毎年のように入院。
最後の一年は、目もみえずほとんど動けず、
口をあけ、眠ってばかりの祖父でした。
老いの厳しさ、人生の辛さを見せてもらったように思います。
しかし又、
「長い間のご苦労でした。ようこそお寺をまもり続け、幼稚園の子供達を育て続けてくれました」と、
であうたびに感謝する事でした。

 

そんな寝てばかりの祖父は、
「人生ひまつぶし」、時間をもてあそんで生きていただけなのか。

 

祖父はこう言うと思います。
「暇ではなく、今です。聖典に『摂取心光常照護』とある通り、
今、仏のお救いの光に護られ、お浄土をもって生きているではないですか。
人生は、どこまでも今、お慈悲のおはたらきづくし、最後までお念仏と共にあるいのちです。」

 

「私の人生、ひまつぶし」と思いたくなる時も確かにあります。
しかしそんな時、お念仏の心を頂戴してみると、
「仏との人生、今、お慈悲づくし」と気づかされます。
最後の最後まで油断なく、
仏さまの最も大事な目的の中に生かされていました。

 

もう一度言います。
浄土真宗は後生の一大事です。
「死んで仏となるまで、残りの人生ひまつぶし」と誤解はしません。
「死んで仏となるまで、今、如来の間断なきおはたらきの中でした」と、
喜びの余生です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

やさしい真宗の法話(2月上旬)

【一山服喪】

 

先月の21日、祖父がお浄土往生いたしました。

 

専徳寺第十二世住職であり、日照学園前理事長。
法名月光院釈聡明。
偶然ですが、満月の日の往生でした。

 

大好きだったカープの三連覇を見届け、
寺内の報恩講が終わって一息した直後の往生。
享年103歳。
「堪能した」という口癖通りの人生でした。

 

【通夜】

 

「仏事は“わたし事”ですよ。」

 

そのように法話を聞き、また法話をいたします。
葬儀や仏事を通じて、死をわが事とうけとめ、
「本当の悲しみの解決にであいたい」と、
あらためて仏法のかたじけなさを味わいます。

 

「他人ではなく、家族の葬儀。“わたくし事”と聞かせてもらおう。」

 

しかし23日の通夜は想像と違いました。

 

目の前の棺を見ながら、
「私は今、何をしているのか?」
「誰の葬儀? なぜ祖父は亡くなったのか?」
気持ちが混乱します。
沸き起こってくる故人の思い出、口癖、惜別の情。
整理するのが精一杯で、
家族の通夜の仏法聴聞とはかくも難しいものかと教えられました。

 

【密葬】

 

24日の密葬は、
17人いるひ孫の内、14人が集まり、
ひ孫の泣き声の中、棺は閉じられました。

 

火葬後の納骨をする時です。
湯かんの時も、棺へ献花する時も、
ずっとニコニコしていた4歳の娘が、
突然泣き出しました。
ようやく事の重大さに気づいたのでしょう。

 

「ひいおじいちゃんはどうなったの?」
分かりやすく母親が、
「あのね、骨になったのよ。」
「なんで、骨になったの?」
「亡くなったのよ。」
「なんで、亡くなったの?」
ボロボロ泣き出しました。

 

葬儀が終わった一週間後の夜、
またもや娘は母親に泣きついたそうです。

 

「カナは死にたくない!」
「もうカナはお誕生日はいらない!」

 

相当にショックだったのでしょう。

 

【故人との縁】

 

4歳の娘の方が、死を“わが事”としていました。
けれども引き受けられません。
その通りです。

 

煩悩凡夫である人間は、
死を受けとめられません。
歳を重ね、理屈を並べられるようになると、
多少、死ぬのは怖くなくなりますが、
けれども完全には無理です。

 

生まれたからには死んでいかねばならない私たち。
簡単なようであって、
人間の知恵では越えられません。

 

故に亡き方をご縁として、お経に出遇わなければなりません。
このご縁もなかなか難しい事です。
しかし、やはり故人の行く末を通して
お経の文字、お経の言葉、お経の心、仏さまの心に出遇うのです。

 

4歳の娘には「仏(ほとけ)さま」と言ってもピンときません。
むしろ神様の方が好きなようです。

 

「神さまはすごい! だって願いごとかなえてくれる。」

 

テレビで知った知識を披露してくれる娘。
いずれテレビには決して登場しない、
この“お念仏さま”が好きになってくれると良いのですが。

 

【浄土往生】

 

祖父は往生しました。

 

立ち往生のように困った事でも、
大往生のように良かった事でもありません。
浄土真宗のみ教え、「浄土往生」とは、
今、御仏にいだかれて、
現実に目を背け、
テレビの話等ではぐらかしがちな私が、
真実に目が開き、
報恩のお礼に生ききった人生、
その今生最後を言うのです。

 

27日の本葬の栞には、
前住職(父)が祖父の法話を掲載しました。

 

「やさしい真宗のお話」

 

満40歳の法話です。
今の私とほとんど変わらない頃の祖父の、
何とかして、真宗のみ教えに出遇ってもらおうという気持ちがよくあらわれています。

 

12世の志を受け継ぎ、
専徳寺をお念仏あふれる道場にしていきたいものです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

追記:やさしい真宗のお話は全部で55回あります。
    よろしければご覧ください。

 


「やさしい真宗のお話(1話〜30話)」


「やさしい真宗のお話(31話〜55話)」

 

 

 

撞木はつき折れ(1月下旬)

【撞木事件】

 

前回の法話にも書きましたが、
先月、鐘撞き堂の撞木(しゅもく)が折れました。
12月31日の除夜の鐘(除夜会:じょやえ)の時でした。

 

行く年・来る年の節目を知らせる除夜の鐘。
その最後の「ゴ〜〜ン」という音と共に、
大鐘とは反対側の撞木がポトリと落下。
お手伝いの人の後頭部に危なく当たる所でした。

 

そんな撞木事件をfacebookで報告した所、
ある方からこんな慰めをいただきました。

 

「通津のみなさんの煩悩が全て打ち消されたことでしょう。」

 

大晦日の夜を意味する「除夜」。
新らしい年を迎えるにあたって、
家や身体の汚れを綺麗にするだけでなく、
心の汚れ(煩悩)も落とそう意味で、
煩悩の数である「108」回、鐘をつきます。

 

ちなみに今年は平成最後だったせいか、
例年は100人もこないのに、大幅に増えて128人。
撞木が折れたのはまさに128回目でした。
耐えられなかったのかもしれません。

 

【法座案内】

 

ところで、
こんなメッセージもいただきました。

 

「『本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶれ』、そして『撞木は撞き折れ』ですね。」

 

「本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶれ」とは、
蓮如上人のお言葉です。
「ご本尊のご絵像は破れるほど掛けなさい。聖典は破れるほど読みなさい」と、
上人はよくお示しだったようです。
朝夕の礼拝、また勉学を忘れないようにしたいものです。

 

そして「撞木は撞き折れ」です。

 

お寺の大鐘は、撞木が折れるほど撞きます。
それは時報の役割や、
煩悩を退治するのが目的ではありません。

 

真宗の鐘は、行事を知らせるためです。
「一時間後に法座が始まりますよ」という合図を町中に知らせます。
毎座ごとに十回。
年間二百回撞きます。

 

お寺の行事の中心は法座です。
み教えを共に聴聞します。
朝夕の鐘(専徳寺はしませんが)、除夜の鐘などを通して、
「何が一番大切か」をあらためて感じつつ、
いよいよ法座へ参ります。

 

【つきやぶる】

 

お寺の鐘の音を通して、
如来のよび声を聞きます。

 

どんなに掃いても払っても鐘をついても、
すぐに湧いてくる煩悩の雲に覆われた私がいます。

 

愚痴のでた日はさみしい(渡辺俊明)

 

哀しいかな、油断すれば愚痴まみれの私。
平成30年どころか、
これまで過ぎ去った日々、
どれほど多くの愚痴の悪業を果たしてきたか。

 

しかし、
そんな暗雲をつき破って届いてくださる声がありました。
仏の声。
十方世界に響き渡る大音声です。
飛行機や雷鳴のような物理的な音ではなく、
声なき声、
あらゆるものを通して、
いつでもどこでも聞こえてくる声です。

 

「ただ一筋に念仏してただちに来ておくれ。あなたを必ず護らん。」

 

煩悩まみれにかわりはないものの、
わが身の行く先の安心を知ります。
平成31年の来たる年も、
変わらず仏の先手のはたらきに包まれています。

 

【仏のご恩】

 

愚痴のこの身に お念仏
ありがたい お恥ずかしい
  (直枉カレンダー・2018年12月)

 

わが事ながら、
わが身ではどうしようもできない苦悩があります。

 

「どうしたら良いのか……」とこぼす口元からも、
お念仏は出てきます。

 

「引き受けたぞ」と喚ぶ声は、
時も所も条件も選ばず、
365日、お念仏の所にあります。

 

「ゴ〜〜ン」という鐘の音。
「なんだろう?」と思う人、
「ああ、お寺の行事か」と思う人がいます。
「カルロス・ゴーン」を想像する人……(?)
しかしまた、
「(仏の)ご恩」を思う人、
さらに、「来いよ」という仏の喚び声に聞こえる方、
「すぐ参ります」とお念仏する方がおられます。
法座でお聴聞した耳を持つ人、
十方世界に満ちあふれている声を知った人です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

イノシシと仏と私(1月上旬)

【除夜会】

 

昨年も紅白歌合戦は白組が勝ちました。
勝ち負けはどうでもよく、
楽しい4時間半……観るのは無理なので、録画で。
毎年、10時半頃から除夜会の準備です。

 

平成最後の除夜会。
HPを見て遠方から来てくださった方、
また今年は久しぶりに外国人の方もお見えでした。
お陰で今年の目標に、「英語でお寺を説明・案内できるように」が一つできました。

 

深夜0時から「讃仏偈」(さんぶつげ)のお勤め・法話で、
いつも通り無事終了……と思ったら最後(128人目)で撞木が折れました。
来年、○○元年の除夜会は新品で望みます。

 

【サビ】

 

その反省会にて、
「外国の人、お経の本を渡されて戸惑ってたね。」
「読めないですしね。申し訳なかったかな。」
「でも私たちも意味は分からないしね。」
「……。」

 

確かに読経は漢字ばかりです。
お経を「あれは呪文だ」という人の気持ちも分かります。
……でも考えてみたら、英語の歌もそうです。

 

ビートルズ等、外国の歌の意味はほとんど分かりません(分かる人は勿論おられるでしょうが)。
けれどもビートルズは英語の苦手な私も聴きますし、口ずさみます。
どこを口ずさむかというと、大体、サビです。

 

「In my life...I love you more〜♪」
  (ビートルズ“In my life”より)

 

そこがメッセージの中心です。
聴き所であり、歌い所です。

 

「じゃあお経の場合、サビはどこですか?」
「どこを口ずさむ……ではなくていただいたら良いのですか?」

 

お経にサビはありませんので、どこでも構いません。
その人その人が法話を聴聞し、
何かキッカケができて、
不思議に思ったり、調べたり、読んだりして、
好きな御文(言葉)をいただいたら良いのです。

 

【救いの光】

 

「そう言わずに……どこか一つを。」

 

では親鸞聖人の「正信偈」、

 

摂取心光常照護(せっ しゅ しん こう じょう しょう ご)
(摂取の心光、つねに照護したまふ)

 

この言葉をご紹介します。
「摂取」とはお救いの事です。
「あらゆる者を救わん」という弥陀の心は光となって、
たえず私を照らし護ってくださいます。

 

そして紹介の理由はもう一つ。
この語の後に、今年の干支の「イノシシ」が。

 

【本文(読経での読み方)】
摂取心光常照護(せっ しゅ しん こう じょう しょう ご)
已能雖破無明闇(い のう すい は む みょう あん)
貪愛瞋憎之雲霧(とん ない ん ぞう うん む)
常覆真実信心天(じょう ふ しん じつ しん じん てん)

 

譬如日光覆雲霧(ひ にょ にっ こう ふ うん む)
雲霧之下明無闇(うん む し げ みょう む あん)

 

【書き下し】
摂取の心光、つねに照護したまふ。
すでによく無明の闇を破すといへども、
貪愛・瞋憎の雲霧、
つねに真実信心の天に覆へり。

 

たとへば日光の雲霧に覆はるれども、
雲霧の下あきらかにして闇なきがごとし。

 

【現代語訳】
阿弥陀仏の光明はいつも衆生を摂め取ってお護りくださる。
すでに無明の闇ははれても、
貪りや怒りの雲や霧は、
いつもまことの信心の空をおおっている。

 

しかし、たとえば日光が雲や霧にさえぎられても、
その下は明るくて闇がないのと同じである。

 

年始めのダジャレ(?)です。
お許しください。

 

【年賀】

 

今年の年賀状です。

 

年賀2019

 

イラストは花札です。
猪が煩悩の雲を見上げています。
猪が私です。

 

猪突猛進、周りが見えていない私。
自分の欲望に目がくらみ、
勝ち負けにこだわり、
怒りで我を忘れがちな日暮らしです。

 

払っても振り切っても私を覆う煩悩の雲。
正しい道、清らかな生活とはほど遠い有り様。
しかしその雲を貫いて届く光がありました。

 

私(猪)の方から仏(太陽)は見えません。
しかし仏の方からは常に私に到り通し、照らし通し、
そして「われにまかせよ」と喚び通しです。

 

今年もご一緒にお聴聞いたします。
仏の「ほ」の字も、さとりの「さ」の字も、
聴いても聞いても、
そのスケールの広大さ故、ある意味、意味不明です。

 

しかし「おかげさまでした」といえる世界があります。
私を離さない光がある。
これ一つで充分かもしれません。
充分いただいたからこそ、
安心してお聴聞を繰り返すのです。

 

見えずとも、
堂々と人生を歩み、突き進める道。
それがお念仏の日暮らしです。

 

明けまして南無阿弥陀仏。

 

今年も少しずつ、法話を書かせていただきます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

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