山口県は岩国にある浄土真宗寺院のWebサイト

宇宙飛行士との交信(7月上旬)

【宇宙旅行】

 

先月の11日、「朝日こども新聞」にこんなタイトル記事がありました。

 

「宇宙ステーションに泊まれます」

 

NASA(アメリカ航空宇宙局)が、ISS(宇宙ステーション)の商業利用を解禁。
来年から年2回、
計12人程度の旅行者がISSに滞在できるそうです。
宇宙飛行士でなくても、
地球を飛び出し、夢の無重力の世界へ行けるのです!

 

「でもいくらするのだろう?」

 

すると一人一泊3万5千ドル、日本円にして約380万円とあります。

 

高い!……けれども決して不可能ではないような気もします。
地道にコツコツお金を貯めれば私もいつかあの宇宙の世界へ。

 

「……でも、一泊?」

 

記事を確認しました。
30日間の滞在のようです。
つまり「380万円×30日=1億1400万円」。
加えて、交通費がありました。
往復のロケットや宇宙船の運賃など、およそ60億円以上。

 

不可能です。

 

【三願】

 

宇宙行きは不可能ですが、
この度、念仏者は浄土へ往きます。

 

阿弥陀さまは自らの誓い(本願)の中で、
「念仏する者を必ずわが浄土へ往生させん」(第18願)と誓われました。
また別の願では、
「浄土で必ず仏にする」(第11願)と誓われました。

 

そしてさらに別の願でこうお誓いくださいました。

 

「仏の力を得た後、ただちに迷いの世界に再び戻り、
あらゆる者を教え導き、みな仏道に向かわせん。」(第22願)

 

お念仏申す人生の臨終は、
浄土へ往生し、仏果を得て、再びこの世に還ります。
浄土へ往って還る一連の流れ……すべて仏の本願の力、回向のはたらきです。
弥陀の願船に搭乗するだけです。
これを往相回向(おうそうえこう)、還相回向(げんそうえこう)といいます。

 

【報告会】

 

先月22日の土曜日、広島県坂町へ行きました。
目的は坂町サンスターホールでの、

 

「〜JAXA・被災地応援〜 金井宇宙飛行士ミッション報告会」

 

宇宙飛行士の金井宣茂さんに会いに行きました。

 

いまだにブルーシートが山肌のあちらこちらに点在する坂町。
一年前、平成30年7月豪雨の影響です。
そんな町へ、ブルースーツの宇宙服に身を包んだ金井さんが登場した時は感動しました。

 

「この人が宇宙へ行って戻ってきた人か。」

 

滞在したのはISSに隣接する日本の実験棟「きぼう」。
できてまもなく10年だそうです。

 

ちなみに地球からISSまでの距離は400キロ。
東京から大坂までの距離と同じです。
意外に近いのに驚きました。

 

約一時間、168日間滞在した宇宙の話を聞きました。
健康長寿につながる高品質なタンパク質結晶生成実験の話。
船外活動の話、美味しい食事の話。

 

面白かったのはマジックテープの話。
宇宙空間では大変重宝するそうです。
「無重力の世界なので、物を固定するため、いろんな所にあります。」
宇宙用のブルースーツにも、いたる所にマジックテープがついているそうです。

 

【交信】

 

報告会の最後は、

 

「あなたもフライトディレクタになってみよう!」

 

宇宙にいる金井さんと交信するという、疑似体験の企画です。

 

まず交信の冒頭、こちらの所在を言います。
そして交信の最後は、「Copy(了解)」という業界用語。

 

※※「Station, Hiroshima, 金井さん聞こえますか?
金井「Hiroshima, Station. I can hear you loud and clear. よく聞こえますよ。」
※※「(きょうの感想)」
金井「ありがとうございます。」
※※「Copy」(了解)

 

もちろん金井さんは宇宙ではなく会場、目の前です。
けれども気分は宇宙との交信です。

 

小学生の子が、金井さんとこう交信していました。

 

「Station, Hiroshima, 金井さん聞こえますか?
「Hiroshima, Station. I can hear you loud and clear. よく聞こえますよ。」
「金井さん、いつも僕たちのために宇宙での大変なお仕事をありがとうございます。
 僕もいつかあなたと同じように、宇宙へ行きます!」
「ありがとうございます。」
「コピー!」

 

最後は全員で記念撮影。
楽しい一時でした。

 

【Copy】

 

阿弥陀さまの誓い通り、お浄土で仏となられた故人。
ただちにこの娑婆に還り戻り、
阿弥陀さまと同様、
“この私”を仏道歩む者にせんと目的に励まれています。

 

そういった様々なご縁、何よりも阿弥陀さま自身によって、
気づけば私もお念仏申す身になっていました。

 

私「Station, Iwakuni(岩国). 阿弥陀さま、聞こえますか?」
仏「Iwakuni, Station. I can hear you loud and clear(よく聞こえますよ)。」

 

それはそうです。
金井さんが、宇宙ではなく目の前にいた報告会のように、
阿弥陀さまも、浄土にいながら、この私の所におられます。

 

私「今日は、いえ今日もありがとうございます。
  途切れることのない大悲の誓い。
  誓い通りに私も、お浄土へ往き、仏とならせていただきます。」
仏「私にまかせてください。必ずお浄土へ生まれさせます。」
私「Copy(おまかせします)。」

 

今日もお念仏相続、
西方浄土の阿弥陀さまとの交信の日々です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

交通ルール(6月下旬)

 

食べ物は身体の栄養 本は心の栄養 
食べないでは体が育たない 読まないでは心が育たない(いのちの言葉プロジェクトブログより)

 

【安全運転】

 

免許更新の為、
市内の警察署へ行きました。

 

「中国自動車道の○○あたりはジェットコースターです。充分スピード落とすように。」
「事故率県内トップクラス市民としての自覚を。」

 

たっぷり講義を聞いた後、
新しい免許証に加え、一冊の本をいただきました。

 

 『安全運転BOOK』(平成30年四月改訂)

 

タイトル通り、安全運転を心がけるための本です。

 

第一章の冒頭は「飲酒運転の点数の引き上げ」でした。
ほんのわずか飲んでも、13点の一発免停。
酒酔い運転にいたっては35点。
事故を起こしたひき逃げ犯と同レベルです。
厳しいとは思っていましたが、点数を見ると実感します。

 

そんな道路交通法の話から、
「エコドライブ」等、安全に運転するためのマナーやテクニックの話が続き、
最後は、
 「第10章 被害者遺族の手記」
たった1頁。
当時16歳だった男子高校生の母親の手記です。

 

【あれから19年経って】

 

「高校2年生だった拓也が、事故に遭って亡くなってから19年が経ちました。

 

何年たっても時々名前を呼んでしまう、決して忘れることのできない事故でした。

 

当時の私はノートに気持を書きなぐっていました。
下記のように、

 

『もう帰ってこないのは解っているのに、今日も帰宅途中の高校生の中に拓也を探している。
「腹減った、今日は何」と言う声をもう一度聞きたい。
平成9年4月24日、横断歩道で事故に遭い、「覚悟をしてください」と何度言われても、我が子が死ぬとは思わなかった。
意識は戻るとお守りを手に巻き付け、頭をなで足をさすり「苦しいと言ってごらん」と何度呼びかけても意識は戻らず、5月8日に逝ってしまったね。
その日は弓道場で連続15射して、道場の壁に拓也の札が掛けられた。
貴方は自分の力で生きた証を残していったね。
加害者は免許停止にも関らず、親が「あの車は縁起が悪いから」と言って新しい車を買い与えられていた。
初めて加害者が憎いと思った瞬間でした。』

 

拓也が命に代えて伝えたかったことは、憎しみではなく「社会のルールを守ろう」と伝えたかったのだと。
ルールを守れば被害者は出ないのだと。

 

誰もが被害者や加害者にはなりたくないです。
ルールを守って生きたくても生きることが出来なかった人の分まで「いのちは皆の宝物」だと伝える事で、
悲しみのない明るい社会が出来ると私は考えます。」

 

筆者の鷲見三重子さんは、
現在、「いのちの言葉プロジェクト」として、
積極的に人形劇・講演活動をされています。

 

「亡くなった息子は、私たちに憎しみではなく、
『法を守って』と願っている。」
そう自ら受けとめ、
社会に発信されています。

 

【仏法のルール】

 

仏教は葬儀で故人から、
釈尊の遺言を受け継ぎます。

 

「自灯明 法灯明(貴方自身、仏法を心の灯火に)」

 

故人は何を願っておられるのか。
釈尊と同様、
憎しみではなく、
「仏法を聞き学び、仏法をたしなむ生き方をしてほしい」と、
縁ある方なら願われているはずです。

 

そんな仏法のルールとしては、
たとえば五戒(不殺生、不偸盗など)、
また八正道(正しく見る、正しく思惟する……)という教えもあります。
無財の七施という実践もあります。

 

しかし浄土真宗で何より一番大切にすべき法は、
“他力の法”、
弥陀の本願力です。

 

事故を起こしていようといまいと、
血中のアルコール濃度がわずかでもある時、
車に乗ってはならない交通法。

 

同様に、
悪事を起こしていようといまいと、
煩悩の酒の酔いが覚める事なき凡夫の私たちは、
自ら運転してはいけません。
心中の煩悩濃度がわずかでもある時、
自力で仏道を歩んではならないのです。

 

弥陀のタクシーに乗って我が家に帰ります。
安心してください、料金(供養料)はありません。
南無阿弥陀仏のお慈悲は、いつでも側で待っています。

 

【弔問と聴聞】

 

大切なのは二つです。
タクシーに乗ること。
それはお念仏です。
そして弥陀の運転を邪魔しない事。
すなわち無視しない事です。

 

「死んだらどうなるのか……」
「健康は大事……、体重は……」

 

自然と思い浮かべる事ですが、
そこに弥陀の本願を聞き受けた形跡はありません。

 

「われに任せよ、必ず救う。」

 

浄土真宗のルール。
それはどこまでも阿弥陀さまの本願を聞きまかすことです。
それを聞信(もんしん)と言います。
具体的には、お寺で「聴聞(ちょうもん)」する事でしょう。

 

「もう迷うなよ。尊いいのちを生きてくれよ。」
知人の葬儀の弔問で、
そんな故人の思いをご縁として、
仏法聴聞を始めます。

 

「われに任せよ、必ず救う。」

 

弥陀の本願力のルールにのっとり、
「南無阿弥陀仏(ありがとうございます)」の、
お礼の生活を心がける今日一日です。

 

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

相聞歌からの聴聞歌(6月上旬)

 

・相聞歌(そうもんか):恋の歌。恋人同士の間で詠みかわされた歌。

 

【つきてみよ】

 

手マリをいつも懐に入れ、
里に下りては日暮れまで子供たちと遊んでいた良寛禅師(1758-1831)は、
短歌の達人でした。

 

そんな禅師の弟子になりたいと、
ある尼僧が短歌を送ります。

 

これぞこの 仏の道に 遊びつつ つくや尽きせぬ 御法なるらむ(尼僧)
(いつも手マリをついては、子ども達と遊びながら、
それはまさに仏の道、「尽き」る事なき御法の中を歩んでおられるのでしょう。

それを見た良寛さん、返歌を送ります。

つきてみよ 一二三四五六七八九十(ひふみよいむなやここのとを) 十とをさめてまた始まるを
(尽きることのないマリ遊び、あなたついてみますか。)

マリをくり返しつくことに掛けて、仏法の尽きることのない無量寿の世界を示し、
また自分の弟子に「就く」ことを認めたのでしょう。

 

喜んだ尼僧は禅師に会いに行きます。
尼僧の名は貞心尼。
禅師70歳、貞心尼は30歳。
以降、二人の恋のような深い関係が始まります。

 

【烏はからす】

 

ある時、与板という里へ良寛禅師がおられると聞き、
貞心尼はすぐに向かいます。
すると明朝出発する禅師との別れを惜しんで、
里の人々が禅師と談笑していたそうです。

 

誰かが冗談でこう言いました。
「禅師、あなたは色も黒く衣も黒いですから、
今日から「からす」と申されてはどうでしょう。」
禅師は笑いながら、
「本当に、私に相応しい名ですね。」
そして歌を詠みました。

いづこへか 立ちてぞ行かむ 明日よりは 烏てふ名を 人のつくれば
(明日からどこへ行こう。人がくれた烏という名をもって。」)


その歌に対し貞心尼も歌を詠みました。

山がらす 里にい行かば 小烏も いざなひ行けよ 羽よわくとも
(山の烏が里に行くなら、小ガラスも誘ってください。羽が弱くても。)


「自分も連れて行ってほしい」という貞心尼を、良寛さんは断ります。

誘ひて 行かば行かめど 人の見て あやしめ見らば いかにしてまし
(誘って行けば、人々が「あの二人の関係は怪しい」と見るかもしれない。)


貞心尼は言いました。

鳶はとび 雀はすずめ 鷺はさぎ 烏とからす なにかあやしき
(鳶がトビと、雀がすずめと、鷺がサギと一緒にいて何かおかしいですか?
同様に烏とカラス、あなた様と私、一緒にいて何が怪しいでしょうか?)


禅師は根負けしました。
「では、明日会いましょう。」

【青色は青光】

 

「鳶はとび 雀はすずめ 鷺はさぎ 烏はからす なにかあやしき」

 

「世間の目など気にしないで生きましょう」といった、
生きるヒントが垣間見られます。

 

世間体を気にする私たちです。
しかし仏法を聴聞する時、
ありのままに生きる見方をもらいます。

 

お釈迦さまは『阿弥陀経』にこう示されました。

 

「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光
(しょうしきしょうこう おうしきおうこう しゃくしきしゃっこう びゃくしきびゃっこう)」

 

「阿弥陀さまのお浄土の蓮は、
青い蓮の花は青く輝き、黄色い花は黄色く輝く……」、
各々が各々の輝きを放っていると説かれます。

 

浄土は差別がない世界を示しています。
鳶はとびとして、烏はカラスとして、
それぞれが最も輝きあう世界が仏さまの境界です。

 

【智慧の方便】

 

そして、仏さまが私をみつめる眼差しも同様です。
私のすべてを「青色青光……」とありのままに受けとめ、
そのまま浄土に生まれさせると誓われました。
仏の苦心。
それが阿弥陀仏の心であり、
法蔵菩薩の本願に示される大慈悲の心です。

 

そんな仏の心に出遇う時、
「長生きしたい、死んだらおしまい。」
「楽に死にたい……、死後の世界はあるのか?」
そんな世間でいう“本願なるもの(願い、希望、本音)”、
私の側の思いは片隅に追いやられます。
「浄土へ生まれさせる」「助ける」という仏の本願です。
それは凡夫の浅知恵・悪知恵ではなく、
仏の智慧から出た“方便”(ウソではなく、私にわかる形での表現)(※1)の声です。
仰せを仰せのまま聞き受け、
「浄土へ参ります」「助かります」といただきます。

 

いつでも永遠の仏、阿弥陀さまと一緒。
生死を超えた世界を歩みます。

 

【散るもみじ】

 

仏法を語り合い、また歌を詠み合った良寛禅師と貞心尼。
相聞歌(恋愛の歌)のような歌のやりとりは4年間続きました。

 

禅師が臨終の時、
貞心尼はやはり歌を詠みました。

生き死にの さかひはなれて すむ身にも さらぬわかれの あるぞかなしき(貞心尼)
(生死を超えた仏法をいただいていますが、やはり避けられない別れは悲しいものです)

すると禅師は歌を詠むことはなく、
ただ一句、

うらを見せおもてを見せてちるもみぢ
(私はあなたにおもてもウラもすべてを見せました。何も思い残す事はありません。)

 

良寛禅師は74歳の生涯を閉じます。
その四年後、貞心尼は『蓮の露』を著し、
良寛さんの生涯、歌をまとめます。
おかげで今日まで、
たくさんの禅師の名歌が残りました。

 

【散るもみじ】

 

「うらを見せおもてを見せてちるもみぢ」(良寛)

 

貞心尼への愛情がうかがえる歌ですが、
同時に、
仏法と共に生きた生涯も簡潔に表現しています。

 

仏法に出遇い、仏に出遇った私は、
どこまでも仏の光のまっただ中、
いつまでも仏の心の舞台の上です。
「私の外面も内面も、
すべてご覧になったにも関らず、
“そのまま救う”と、今でも喚び通しの仏がいる。
南無阿弥陀仏に、私のすべてを見せることができた。
いのちの最後、何も心配する事はなかった。」

 

念仏者は一人であって、一人ではないのです。

 

※1 「浄土なんて方便だ(ここではウソ、まやかしの意味)」
と主張(著作)する人。
お寺に参らず、世間に染まった仏教用語しか知らないのかも知れません。
まだ仏に出遇っていない人、他力の信心を得ていない人。
そんな人こそ、いつか、お寺で仏法を聴聞するご縁にあってもらいたいものです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

命日と勅命(5月下旬)

【命の日】

 

NHKのテレビ番組「今夜も生でさだまさし」は、
ミュージシャンのさだまさしさんが、
90分間語りまくる深夜の生番組です。
毎月、全国のNHK放送局を会場に放送されています。

 

先月4月は山口放送局が会場でした。
観覧希望のメールを出しましたが、
定員30人に対して450人の申し込み。
落選して、テレビでの観覧となりました。

 

山口の興味深い話や楽しい話題、
さださんの歌も終わった番組の最後、
二枚の葉書が読まれました。
家族を失い、
今の淋しさを告白していました。
読み終わった後、さださんは次のように番組を閉めていました。

 

「一生懸命生きても、思い通りにいかないし、イライラすることもあるし…、
本当にわけのわからない事ばかりだけれども、
そんな中で、せっかく生まれてきた理由について考えます。
ことに四月は僕が生まれてきた月であり、
母を亡くした月でもありますので、
いのちについて、また考える月でした。」

 

人間としての命をもらった「誕生日」、
そして大切な人の命が終わった「命日」。
かけがえのない日は、
私たちに人生で何が大事かを考え、気づかせてくれます。

 

【永生の楽果】

 

4月がさださんにとって特別な月であるように、
5月は真宗にとって特別な月です。
宗祖・親鸞聖人ご誕生の日(5月21日)、
そして蓮如上人ご命日(5月14日)がある月です。 

 

今年で521回忌となる蓮如上人は、『御文章』でこう言われます。

 

「人間に生まれる事は、
五戒(不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒)という厳しい戒律を守った功徳によるもので、
本当に滅多にないことです。

 

けれどもその人生は短くはかない。
たとえ栄華をほこっても、
「盛者必衰会者定離」、
久しく続くものではありません。
また老少不定、
長生きの人もいますが、
条件そろえばあっという間に終わる人生です。
人の世はあてにはなりません。

 

ですから私たちは今、
本当にあてになる阿弥陀仏の救い、
すなわち他力の信心をいただいて、
浄土往生を願うべきなのです。」(※1)

 

人間のいのちの勿体なさとはかなさを、
生涯私たちに、喚起された蓮如上人です。

 

【勅命】

 

あと4年で「誕生850年」を迎える親鸞聖人は、
お念仏についてこう説明されました。

 

しかれば、「南無」の言は帰命なり。……「帰命」は本願招喚の勅命なり。

 

言葉の上からいえば、
念仏は「私は阿弥陀仏に帰依・信順いたします」です。

 

しかし本質からいえば、
念仏は阿弥陀仏の「そのまま(わが国に生まれて)来いよ」という勅命、
仏さまの招き喚ぶ声というのです。

 

私があれこれ考えるはるか前から、
仏さまの方に長いご思案がありました。
どうやっても正しい道どころか、
死ぬまで煩悩(むさぼり・いかり・愚痴)に振り回される私と見抜かれ、
そんな私の為に浄土を完成し、
浄土往生の道を完成されました。
そして今、常に私に寄り添い、
「そのまま人生を歩んで来い。煩悩まみれのまま終ってこい。浄土に往生する功徳はしあがったぞ」と、
私を喚び続け、
私を「そこにおられたのですか」と、
「聞き開く者」に仕上げてくださるのが、
今生、私たちが出遇えた仏さまです。

 

煩悩の眼によって、生涯、仏を見ることのない私。
故に、えてして仏さまの本願を無視し、
自分勝手に「どうすれば良いのか」と力みがちな私たちです。
聖人はその間違いを正すべく、
お念仏は逆に仏さまの側、
「われにまかせよ」という仏の勅命そのものであると、
前代未聞の解釈を示されました。
その勅命の仰せを仰せのままに聞いた心、
「私の行為、ましてあれこれ思う心に用事はありませんでした。おまかせ一つでした」といった心持ちを、
他力の信心といいます。

 

故人の命日を“いのちの日”といただき、
人間に生まれてきた命の勿体なさについて考える私たち。
加えてまた、
命日を“勅命の日”といただきます。
「そのまま来いよ。」
仏の言葉、これ以上ないお慈悲の心を聞きます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

※1 しづかにおもんみれば、それ人間界の生を受くることは、まことに五戒をたもてる功力によりてなり。
これおほきにまれなることぞかし。
ただし人界の生はわづかに一旦の浮生なり、後生は永生の楽果なり。
たとひまた栄華にほこり栄耀にあまるといふとも、
盛者必衰会者定離のならひなれば、ひさしくたもつべきにあらず。
ただ五十年・百年のあひだのことなり。
それも老少不定ときくときは、まことにもつてたのみすくなし。
これによりて、今の時の衆生は、他力の信心をえて浄土の往生をとげんとおもふべきなり。
「易往而無人章(いおうにむにんしょう)」

 

 

 

ひさかたの国より(5月上旬)

【観梅】

 

今月から始まる新年号「令和」の典拠は、
『万葉集』巻五、「梅花(うめのはな)」の歌三十二首の「序文」と発表されました。

 

時に初春の令月にして、気淑(よ)く風和ぎ…

 

空気はよく風爽やかな正月、
主人大伴旅人による観梅の宴が催されました。

 

当時、外来から持ちこまれた貴重な「梅の木」を愛でつつ、
お酒を酌み交わし、
そこで歌会が始まりました。
その中に、

 

わが園(その)に梅の花散るひさかたの天(あめ)より雪の流れ来るかも
(巻五・822)
(私の園に梅の花が散る。はるか遠い天から雪が流れてくるのだろうか)

 

旅人による「梅花」を代表する歌です。
優雅な会の雰囲気を表しています。

 

新しい時代の幕開けです。好ましき良き時代を念じます。

 

【貧窮】

 

ところで『万葉集』巻五には、もう一つ大変有名な歌があります。
良かったら声に出してみてください。

 

 天地(あめつち)は 広しといへど
吾(あ)が為(ため)は 狭(さ)くやなりぬる 
 日月(ひつき)は 明(あか)しといへど 
吾(あ)が為(ため)は 照(て)りや給(たま)はぬ 
 人(ひと)皆(みな)か 吾(あ)のみや然(しか)る 
わくらばに 人とはあるを 
 人(ひと)並(なみ)に 吾(あれ)も作(な)れるを(巻五・892)

 

(天地は広いというけれど、私にとっては狭くなるようだ。
日月は明るいというけれど、私には照ってはくれないようだ。
人はみんなこんなものなのだろうか。
それとも私だけがこうなのだろうか。
たまたま人間として生きているのに。人並みに私も働いているのに……)

 

山上憶良(やまのうえのおくら)による「貧窮問答歌(びんぐもんどうか)」の一部です。
生活が貧しく、寒い夜を震えながらすごしている、二人の男の告白の歌です。

 

貧しさの直接の原因は税金です。
しかし歌全体をみると、物理的・生理的な飢寒だけでなく、
人間のもつ精神的な貧しさ、満たされない心の窮状までうかがえます。

 

わくらばに 人とはあるを…

 

たまたま人に生まれ、普通に生きてきたつもりなのに、
なぜこんな目に遭わなければならないのか。
老いの悩み、病の苦しみ。惜別、孤独、人間関係の苦しみ…。

 

物が豊かな現代。しかし今でも多くの人がこの歌に共感せずにはいられません。

 

【大施主】

 

わが口に念仏こぼれ ひさかたの国(浄土)より慈悲の流れ来るかな
(私の口から念仏がこぼれる。お浄土より仏のお慈悲が私に流れこむことだなぁ)

 

満たされない心、貧しい窮状の私……と知り抜いた仏さまは、
立ちあがらずにはおられませんでした。
本願を建て、その誓い通り、
自らの功徳をまんべんなく「南無阿弥陀仏」の名号にこめられました。

 

「ナモアミダブツ」。声に出して下さい。
それは「大施主」(重誓偈)たる阿弥陀さまの「かならず救う」という功徳全体が、
あなたにふり向け与えられた答えです。

 

令和の新時代。あらためてお念仏の勿体なさをかみしめる事です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

何のために生まれて(4月下旬)

【葬儀の現場】

 

お葬式は悲しみの現場です。
しかしその悲しみの別れを通して、
大切なものに出遇うのが葬儀です。

 

「故人が命をかけて何かを伝え残そうとしてくださってる。」

 

各々がそのように受けとめていけるのが、
葬儀の重要な意義です。

 

何を伝え残そうとされているか。
それは永遠のテーマへの、
確かな道しるべです。

 

【遅咲きの作家】

 

「アンパンマン」の生みの親、
やなせたかしさんは今年、
生誕100年、そして七回忌(10月13日、94歳)です。

 

34歳でようやく念願の漫画家としてデビューしますが、
漫画だけではとても生計が立たず、
舞台美術やテレビの司会など様々な仕事に携わります。

 

50歳の時、絵本『十二の真珠』に初めて「アンパンマン」を執筆。
けれども、この大人向けのヒーローは話題にもなりませんでした。

 

4年後、子ども向けに改作した「あんぱんまん」を出版します。
やはり大人達から批判の声が上がります。
「顔が食べられるなんてグロテスクだ!」

 

しかし現場の子どもたちには受け入れられました。
大変な人気となり、
15年後の昭和63年(1988年)、ついにテレビアニメ化が決定。
やなせさんは69歳でした。
「それいけ!アンパンマン」は30年経った今も放映されています。

 

【インタビュー】

 

やなせさんはアニメの主題歌「アンパンマンのマーチ」の歌詞を書きました。

 

なんのために生まれて 何をして生きるのか
こたえられないなんて そんなのはいやだ

 

「……子どもには難しいのではないですか?」
「難しいです。難しいけれども、大切な事です。」

 

時は流れ、やなせさんが92歳の時、東日本大震災が起きました。

 

「ラジオで流してほしい曲はありませんか?」
被災地の方に尋ねると、
なんと「アンパンマンのマーチ」へのリクエストが一番多かったそうです。

 

高齢にも関らず、やなせさんは被災地の現場に向かいました。
各地で、アンパンマンを描き、
「ぼくが空をとんでいくから。きっと君をたすけるから。」
必ず、励ましのメッセージを書き添えていました。

 

被災者支援から戻ったやなせさん。
こうインタビューに答えられました。

 

「今度の震災の時にですね、
いちばん多く歌われたのがアンパンマンのテーマソングであったというのを聞いた時はね、
本当にうれしかった。
役に立ったと思いましたね。
僕も長い間ね、自分は、いったい何のために生まれたのか、
何をして生きるのか、ずいぶん悩んだんですけど、
やはり、だから自分は子どものためにお話を書いたり、
絵本を描いたりするのが自分の天職だなあと、このごろになって思うようになった。」

 

【永遠のテーマ】

 

私が生まれてきた訳は
 何処かの誰かに救われて
私が生まれてきた訳は
 何処かの誰かを救うため
(さだまさし 「いのちの理由」より)

 

「なんのために生まれて 何をして生きるのか」

 

各々がもつ永遠のテーマです。

 

「こたえられないなんて そんなのはいやだ」

 

その通りです。
けれども実際には難しい。
日常に追いまくられる私たちです。

 

悩んだり、「こうだ!」と思ったり、
「いや、そうではないのでは」と思い返したり。
さださんの『いのちの理由』の歌詞のように、
数え始めたらキリがありません。

 

それに……日常生活中は、余裕があります。
永遠のテーマに悩み不安であっても、
分からないものを分からないまま受け入れていけます。
または思考停止。
しかし最後まで、それで良いのか。

 

【生まれてきた理由】

 

長い間、悩まれたやなせさんが、
しかし奇しくも震災をきっかけとして一つの答えに出遇ったように、
葬儀という悲しみの現場で、
故人を偲びつつ、経典を開く時、
聞こえてくるお釈迦さまのみ教えは一つでした。

 

「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」(正信偈)
([釈迦]如来、世に興出したまふゆゑ(理由)は、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。)

 

娑婆にお出ましになったお釈迦さま。
その生涯を一言でいうなら、
私を永遠なるもの、アミダさまに遇わせるため。

 

長さの大小、水質の清濁を問わず、
全ての川を引き受け同じ塩味にする海のように、
アミダさまの「必ず救う」という願いは、
生き様の大小、心の清濁をまるで問題にせず、
私をまるごと引き受け、
同じ浄土の世界の者、無上の仏にする力(はたらき)です。

 

故人同様、私にも救いがありました。
「何のために生きているのか。」
永遠のテーマを前に、ああだこうだと自力、
自らの知識や経験の枠内で解決を試みる私に、
他力という逆方向の答えが現れます。

 

「弥陀に出遇えよ。」

 

釈尊同様、かけがえのない道しるべの故人です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

一番はいつ?(4月上旬)

【記念講演会】

 

岩国の名誉市民第一号、広中平祐さんは世界的な数学者です。

 

ハーバード大学名誉教授、京大の理数解析研究所所長も経験、
また1996年から6年間、山口大学の学長も勤められました。

 

数学のノーベル賞といわれる「フィールズ賞」を受賞。
昭和生まれで初の文化勲章を受章されています。

 

そんな広中博士の名誉市民記念講演会「生きること学ぶこと」が、
平成26年3月8日、岩国市民文化会館で開かれました。

 

講演内容は難解な数学理論とは無関係で、
昔の思い出話を語ってくださいました。
大学時代、留学時代の恩人の話、
そして家族の話、母親の話。
「15人兄弟の私たち……お母さんには本当に感謝しています。」
80過ぎて恥じらう事なく、
何度も「お母さん」と口にされるのが印象的でした。

 

予定より30分も早く終了した講演は質疑応答の時間に。
「何か質問はありませんか?」
会場の半分近くが挙手していました。

 

「学長の頃の思いでは?」
「研究ではどのような……?」

 

残り10分だったと思います。
子ども達からの質問を受けつけました。

 

「どうしたら英語が出来るようになりますか?」
「勉強しましょうね。」
「アメリカに行くにはどうしたら良いですか?」
「パスポートが必要ですね。」

 

可愛いらしい質問ばかりで会場から笑いが。
広中博士も笑顔で答えられていました。

 

最後にこんな質問がありました。
「数学をして一番嬉しかったことはいつですか?」

 

「それは勿論、文化勲章を受章、いやフィールズ賞を受賞した時です。」
そう思っていると、
「それは……」と少し間を置いて、
真面目な顔になった広中博士は、

 

「それは、今ですね。
若い頃は劣等感がありました。
法学部や工学部の友人達は法律を学び、技術を学び、
卒業してすぐ弁護士になったり、ダムを設計したりと。
社会の役に立つ法律や工学に比べ、数学は何の意味があるのか。
けれども数学を続けているうちに、そんな気持ちも消えていました。
そして現在、80過ぎた私は、紙と鉛筆さえあれば今でも数学ができます。
いつでもどこでも数学の美しさを考えることができるのです。
法律やダムではそうはいかないのではないでしょうか。」

 

おおよそ、そんな風に答えられました。
一番心に残った言葉でした。

 

【180度と18願】

 

「三角形の内角の和は、180度である。」

 

米粒みたいな小さな三角形だろうと、
町のような大きな三角形だろうと関係ありません。
中学校の数学で学ぶ定理の一つです。

 

お念仏も同様です。

 

「阿弥陀仏の救いの中心は、第18願である。」

 

「南無阿弥陀仏」の阿弥陀さまは、
どのような者であっても、光の中に摂め取って決して捨てず、
必ず浄土へ往生させると誓われました。
それは老いも若きも、力持ちも病気持ちも、
善人であろうと悪人であろうと関係ありません。
「摂取不捨(せっしゅふしゃ。摂め取って捨てない)」
お寺の法座で聴聞する、教理の一つです。

 

最初の内は、聞いてもピンときません。
社会の役に立たないからです。
商売繁盛や祈願成就に比べ、阿弥陀さまの本願は何の意味があるのか。
まだ道徳倫理や先祖崇拝の方が分かりやすいです。

 

けれども聴聞を重ねるうちに、そんな気持ちも消えていきます。
そして現在、
特に何かを準備しなくても、どこでもお念仏を申せます。
いつでもどこでもお慈悲の有り難さを味わうことができるのです。
浄土真宗という仏教徒、念仏者が育っていく一過程です。

 

「お寺にご縁ができて一番嬉しかった事はいつですか?」

 

それは、今です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

仏法の不思議(3月下旬)

 

いつつの不思議をとくなかに 仏法不思議にしくぞなき(曇鸞讃)
(五種の不思議が説かれている中で、仏法不思議に勝るものはない。)

 

【あれから20年】

 

かつて中学の数学の先生だったKさんは、
円周率(π)の小数点以下、30桁まで覚えています。
授業でこのπの説明の後、

 

「3.1415926535 8979323846 2643383279」

 

と暗唱すると、教室からどよめきが。
それがきっかけで数学が好きになった子もいたそうです。

 

「すごいですね。」
すると後日、覚え方を紙に書いて渡してくれました(※)。
それと一緒に昔の記事をもらいました。
1997年8月4日の朝日新聞で、
「円周率計算で世界新」というもの。

 

東大の金田教授が、
515億ケタを達成したというのです。
世界最高速レベルのコンピューターを使い66時間計算しました。

 

記事の最後には、
「コンピューターの性能がさらに大幅によくならなければ、
当分の間、記録更新は望めそうにないという。」

 

……あれから20年。
2017年現在、πの世界記録は22兆桁です。
20年前の400倍以上です。
計算には100日から1年かかるとか。
人類の進歩のすさまじさを思う今日この頃です。

 

それにしても規則性がなく無限に続く数、π。
不思議な数字です。

 

【仏法不思議】

 

ところで、仏教では「五つの不思議」と言います。

 

@衆生多少不可思議……衆生が無数にいること。
A業力不可思議…………衆生の行為の結果が様々であること。
B龍力不可思議…………風雨等、自然現象の不思議。
C禅定力不可思議………精神統一による超能力の不思議。
D仏法力不可思議………仏の力、阿弥陀仏の本願力の不思議。

 

私たちの周りには数えきれない衆生(いのち)が存在します。
人間の数は一応、75億と知らされていますが、
人間以外の種の数、想像もつきません。
目の前の森一つとっても、どれほどの植物・生物がいるのか。

 

そんな衆生の数も驚かされますが、
それらの衆生が行う行為(業因)も不思議です。
行為には必ず結果がともないます。
因果応報、「為せば成る」です。

 

また逆にいえば、
結果の裏には種々の行為(業因)が関わっています。
目の前の机やパソコン、種々の本……、
それらの果報(結果)には、どれほどの技術、力が関わっているか。
どれほど人の想いや苦労があったか。
22兆ケタのπの計算も、その一つです。

 

さらに予想もつかないのが自然現象です。
台風や地震、また種々の神秘的な現象、
衆生がどんなに頑張っても作れません。

 

そしてもっと不思議な事が、
科学でも説明できない不思議、奇跡です。
超能力……にはお目にかかった事はありませんが、
私が今、人間に生まれ、生きている事も、ある意味、奇跡かもしれません。

 

しかしながら、
そんな奇跡よりもっと不可思議なものが「仏力の不思議」なのです。

 

【仏力の不思議】

 

蓮如上人にはこんなエピソードが残っています。

 

法敬坊(ほうきょうぼう)が蓮如上人に、
「上人のお書きになった六字のお名号が、
火事にあって焼けたとき、六体の仏となりました。
まことに不思議なことでございます」と申しあげました。
すると上人は、
「それは不思議なことでもない。
六字の名号はもともと仏なのだから、
その仏が仏になられたからといって不思議なことではない。
それよりも、罪深い凡夫が、
弥陀におまかせする信心ただ一つで仏になるということこそ、
本当に不思議なことではないか」と仰せになりました。
(『蓮如上人御一代聞書(現代語版)』(第77条))

 

「文字から仏の姿があらわれ出た事」は奇跡です。
法敬坊は、「蓮如上人、あなたは生き仏を書かれました」と、
褒めたかったのかもしれません。
しかし蓮如上人は取り合いません。

 

仏教における最大の不思議、
それは他でもなくこの悪人の私が、
真逆の仏になる事であり、
それは、私が浄土に生まれる事です。

 

「浄土に生まれたい」と、
心で願った所で、
行動がなけれが実現はありえません。
しかしこの度、
仏さまの願い、そして行動に出遇います。
「わが呼び名を呼べ」という、
仏の誓い通り、「南無阿弥陀仏」と念仏し、
「我にまかせよ、必ず救う」という、
その誓い通り、浄土に参らせていただきます。

 

【不可思議なる世界】

 

私が浄土に生まれ仏となる不思議。
そのための力、弥陀の本願力は、
私を救うため片時も離れません。
見渡す限り、全て仏の本願力です。

 

無量の衆生がいる不思議。
それはそのまま、私を仏にするため、
無量の如来がいる不思議といただきます。

 

無数の行為があるという不思議。
それはそのまま、私を仏にするため、
無数のお育てがある不思議といただきます。

 

広大な自然や宇宙の不思議。
それはそのまま、広大な仏の心を、
その他、様々な不思議も、
私を仏にするため、
全て弥陀大悲の出来事です。

 

不思議な感動、
不思議な喜びに包まれた、
今日という私のいのちがあります。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

(※)
「妻子異国に、老後(の)産後厄無く、見にみやしむに、無視散々、闇に泣く」
(さいしいこくに(3141592)。ろうご(65)、さんごやくなく(358979)、
みにみやしむに(3238462)、むしさんざん(6433)、やみになく(83279))

 

 

 

何が書いてあるか(3月上旬)

 

「如来の本願を説きて経の宗致とす。」(親鸞聖人)
(浄土真宗の教えの中心は、阿弥陀仏の本願である。)

 

【讃仏偈】

 

祖父が往生し、まもなく49日になります。

 

……20年近く前の大学在学中、
夏休みに帰省し、盆参りを手伝っていた時です。
居間でたまたま祖父と二人で話をしていて、
話題が盆参りで読む「讃仏偈(さんぶつげ)」になりました。

 

「『讃仏偈』って案外、分かりにくいよね。」
「そうだな。」
「法蔵菩薩のセリフの部分だけど、ご門徒さん、分かってるかな?」
「そうね。」
「インドのサンスクリットの原本も残ってるよ。」
「ほぉ。」
「ずいぶん成立も古い偈文らしいよ。」
「なるほど。」

 

祖父の相づちに調子にのった私。
「ところで(爺ちゃん)、どんな事が書いてあるか、知ってる?」

 

一瞬沈黙した後、
祖父は淡々と語り出しました。
私は青ざめました。
祖父の話が理解できません。

 

「どんな事が書いてあるか」と言った私が、
用意していた答えは「あらすじ」でした。

 

冒頭「光顔巍々(こうげんぎぎ)」から、法蔵菩薩が師である世自在王仏の徳を讃嘆する。
次に「願我作仏(がんがさぶつ)」から、菩薩の願いが述べられる。
最後「幸仏信明(こうぶつしんみょう)」から、自らの願いの真実であるという証明を諸仏に求める。

 

しかし祖父は「仏とは何か」について、
自分の味わいを語ってくれました。
「大学に行ってるし、このぐらいの仏教用語でも分かるだろう」と。
……ついていけませんでした。

 

お経を研究対象として眺めていた私。
「法蔵菩薩が阿弥陀仏になる」という、
物語のあらすじばかり気にしていました。
「木を見て森を見ず。」
木ばかり見ていた自分に気づかされました。

 

【本願】

 

「普段お勤めする讃仏偈やお経には、
どんな事が書いてあるのか、さっぱり分かりません。」

 

漢文ですから逐一分からなくて当然です。

 

宗教生活は受験勉強ではありません。
あらすじを覚えたり、
文言を調べたりするのは、
余裕がある時で結構です。

 

不可思議な仏さまの話です。
しかしポイントは1つ、
「本願」です。
この仏さまは特別な願いを建てられました。

 

「どのような者も救いたい。」
私の外見や振る舞い、問題発言も関係ありません。
私の性分も、過去の行為や罪も全部承知した上で、
それでも見放す事ができませんでした。

 

何とかして迷い落ちる私を救いたいと願われ、
その結果、私には一切の条件を提示されず、
「私があなたと離れない。
そうでなければ自分は仏にはならない。」
と誓われます。
無条件の救い、広大なお慈悲の心です。

 

僧侶のお説教の中心テーマ、
私たちが聴くべき肝要は、
いつも「本願」です。
仏さまの「われにまかせよ、必ず救う」という願いの話です。

 

【名号】

 

阿弥陀さまに丸まかせの浄土真宗。
そんな私がする事は、
お念仏一つです。

 

「南無阿弥陀仏」

 

願い通り、功徳を完成された仏さまの名号(呼び名)です。
呼び名ですから、名を呼びます。

 

願いが願いのまま虚しく終わらず、
果てしないご苦労の末、
私を救うはたらきの仏さまの名です。

 

「南無阿弥陀仏」

 

“阿弥陀”は翻訳すれば、「無量寿(アミターユス)・無量光(アミターバ)」。
時間的無限、空間的無限を指します。
いつまでも離れず、
どこまでも共にいてくださる方。
それがこの仏さまです。

 

「南無阿弥陀仏」

 

客観的には、私が仏の名を呼んでいます。
しかし阿弥陀さまに出遇った時、
主観的には、仏さまの方が、
「我にまかせよ」と、
私を喚び続けておられる事に気づかされるお念仏です。
そして私の方は、
「ありがとうございます。
 おまかせいたします。」
そのご恩へお礼を申す「南無阿弥陀仏」です。

 

【お礼】

 

「光顔巍々(こうげんぎぎ)♪」

 

「讃仏偈」のおつとめが始まります。

 

どんな事が書いてあるか。
注意深く読むのも大事かもしれませんが、
一言でいえば、“ありがとうございます”。

 

「仏さまの大きな願い、
無条件の救いに包まれていました。

 

……死んで迷って当然のわが身。
しかしこの度の人間境涯、
「落とさない」という仏さまに、
長い長い迷いの末、
ようやく出遇えました。

 

「南無阿弥陀仏」という名号(名前)となって
今、私の口元からあらわれ出てくださる仏さまです。
それほど私の身を案じ、
既に私に入り満ちて、
私からこぼれ出てくださる。

 

勿体ない今日の一日です。」

 

お経に書いてある事、
それは最初から最後まで、
「いつまでも、どこまでもあなたを離さない仏はここだよ。」
という仏さまの願い心です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

今づくし(2月下旬)

【後生の一大事】

 

後生の一大事」という言葉があります。

 

“一大事”とは一般に、
「大変、一大事だ!」といった“大事件”を意味しますが、
本来の仏教用語では、“仏さまの最も大事な用事”を指します。
お釈迦さまがこの世に現れた一番の目的・理由です。

 

仏さまの目的は何か。
言うまでもなく、
私たち凡夫に教えを説き示し、
理解させ、仏道に入らしめ、
ついに仏にする事です。

 

いつ仏になるか。
「後生の一大事」とあるように、
後の生まれ、今生の後です。
この度の人生の終った後、仏となる事を指します。

 

お釈迦さまはこの世に現れ『仏説無量寿経』、
阿弥陀さまの本願を説かれました。
「我にまかせよ、必ず救う」という弥陀の誓いは、
具体的には、
「今生の後、必ず浄土に往生させる」とあります。
その誓いのままに生きる者は、
命の行く末、浄土往生し、仏となります。
ですから“後生の一大事”です。

 

「死んだ後に仏となるなんて、消極的な。」
「後生の一大事より、今生の一大事だろ。」

 

そうではないのです、
親鸞聖人はこう仰せになられました。

 

臨終一念の夕べ、大般涅槃を超証す。

 

いのちが終った後(後生)、間髪いれずに“一大事”、これ以上ない仏となります。
それは即ち、
いのちが終わる迄(今生)、絶える事なく“一大事”、
これ以上ない仏さまの活動にであっていた結果なのです。

 

【ひまつぶし】

 

昨年の秋、仏婦の日帰り研修バス旅行をしました。
長戸・角島を巡った帰り道、
添乗員がDVDを流してくれました。
某有名人の漫才ライブでした。

 

「あれから40年……。」

 

「奥様、夫婦は別れちゃいけません。
別れたって、その下取りのきかない体、返品のきかない顔じゃないですか。」

 

「……損な性格です。冗談が言えないのです。」

 

下ネタも多かったですが、
楽しい二時間でした。

 

二時間のライブの後、おまけの映像が流れました。
日常のトレーニング風景や、
全国でのライブのハプニング集。
そして最後、
その方が色紙に文字を書きます。
座右の銘です。

 

「人生ひまつぶし。」

 

最後まで苦笑いさせられました。

 

とかく「人生はこうあるものだ」といった名言の多い中、
「人生ひまつぶし」、
そんな肩肘を張らずに生きましょうと。
ホッとします。
笑いと癒やしを届けるお仕事の人らしい言葉です。

 

しかしもしも本当に、
冗談ではなく、
何もする事がない、
目的がないという意味で、
残りの人生が「ひまつぶし」なら淋しいです。

 

【今づくし】

 

祖父の葬儀から、
四七日経過しました。

 

90過ぎても法務を手伝ってくれた祖父でした。
しかし徐々に体も弱り、
最後、ケアハウスで五年過ごしました。

 

100歳過ぎてから、毎年のように入院。
最後の一年は、目もみえずほとんど動けず、
口をあけ、眠ってばかりの祖父でした。
老いの厳しさ、人生の辛さを見せてもらったように思います。
しかし又、
「長い間のご苦労でした。ようこそお寺をまもり続け、幼稚園の子供達を育て続けてくれました」と、
であうたびに感謝する事でした。

 

そんな寝てばかりの祖父は、
「人生ひまつぶし」、時間をもてあそんで生きていただけなのか。

 

祖父はこう言うと思います。
「暇ではなく、今です。聖典に『摂取心光常照護』とある通り、
今、仏のお救いの光に護られ、お浄土をもって生きているではないですか。
人生は、どこまでも今、お慈悲のおはたらきづくし、最後までお念仏と共にあるいのちです。」

 

「私の人生、ひまつぶし」と思いたくなる時も確かにあります。
しかしそんな時、お念仏の心を頂戴してみると、
「仏との人生、今、お慈悲づくし」と気づかされます。
最後の最後まで油断なく、
仏さまの最も大事な目的の中に生かされていました。

 

もう一度言います。
浄土真宗は後生の一大事です。
「死んで仏となるまで、残りの人生ひまつぶし」と誤解はしません。
「死んで仏となるまで、今、如来の間断なきおはたらきの中でした」と、
喜びの余生です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

やさしい真宗の法話(2月上旬)

【一山服喪】

 

先月の21日、祖父がお浄土往生いたしました。

 

専徳寺第十二世住職であり、日照学園前理事長。
法名月光院釈聡明。
偶然ですが、満月の日の往生でした。

 

大好きだったカープの三連覇を見届け、
寺内の報恩講が終わって一息した直後の往生。
享年103歳。
「堪能した」という口癖通りの人生でした。

 

【通夜】

 

「仏事は“わたし事”ですよ。」

 

そのように法話を聞き、また法話をいたします。
葬儀や仏事を通じて、死をわが事とうけとめ、
「本当の悲しみの解決にであいたい」と、
あらためて仏法のかたじけなさを味わいます。

 

「他人ではなく、家族の葬儀。“わたくし事”と聞かせてもらおう。」

 

しかし23日の通夜は想像と違いました。

 

目の前の棺を見ながら、
「私は今、何をしているのか?」
「誰の葬儀? なぜ祖父は亡くなったのか?」
気持ちが混乱します。
沸き起こってくる故人の思い出、口癖、惜別の情。
整理するのが精一杯で、
家族の通夜の仏法聴聞とはかくも難しいものかと教えられました。

 

【密葬】

 

24日の密葬は、
17人いるひ孫の内、14人が集まり、
ひ孫の泣き声の中、棺は閉じられました。

 

火葬後の納骨をする時です。
湯かんの時も、棺へ献花する時も、
ずっとニコニコしていた4歳の娘が、
突然泣き出しました。
ようやく事の重大さに気づいたのでしょう。

 

「ひいおじいちゃんはどうなったの?」
分かりやすく母親が、
「あのね、骨になったのよ。」
「なんで、骨になったの?」
「亡くなったのよ。」
「なんで、亡くなったの?」
ボロボロ泣き出しました。

 

葬儀が終わった一週間後の夜、
またもや娘は母親に泣きついたそうです。

 

「カナは死にたくない!」
「もうカナはお誕生日はいらない!」

 

相当にショックだったのでしょう。

 

【故人との縁】

 

4歳の娘の方が、死を“わが事”としていました。
けれども引き受けられません。
その通りです。

 

煩悩凡夫である人間は、
死を受けとめられません。
歳を重ね、理屈を並べられるようになると、
多少、死ぬのは怖くなくなりますが、
けれども完全には無理です。

 

生まれたからには死んでいかねばならない私たち。
簡単なようであって、
人間の知恵では越えられません。

 

故に亡き方をご縁として、お経に出遇わなければなりません。
このご縁もなかなか難しい事です。
しかし、やはり故人の行く末を通して
お経の文字、お経の言葉、お経の心、仏さまの心に出遇うのです。

 

4歳の娘には「仏(ほとけ)さま」と言ってもピンときません。
むしろ神様の方が好きなようです。

 

「神さまはすごい! だって願いごとかなえてくれる。」

 

テレビで知った知識を披露してくれる娘。
いずれテレビには決して登場しない、
この“お念仏さま”が好きになってくれると良いのですが。

 

【浄土往生】

 

祖父は往生しました。

 

立ち往生のように困った事でも、
大往生のように良かった事でもありません。
浄土真宗のみ教え、「浄土往生」とは、
今、御仏にいだかれて、
現実に目を背け、
テレビの話等ではぐらかしがちな私が、
真実に目が開き、
報恩のお礼に生ききった人生、
その今生最後を言うのです。

 

27日の本葬の栞には、
前住職(父)が祖父の法話を掲載しました。

 

「やさしい真宗のお話」

 

満40歳の法話です。
今の私とほとんど変わらない頃の祖父の、
何とかして、真宗のみ教えに出遇ってもらおうという気持ちがよくあらわれています。

 

12世の志を受け継ぎ、
専徳寺をお念仏あふれる道場にしていきたいものです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

追記:やさしい真宗のお話は全部で55回あります。
    よろしければご覧ください。

 


「やさしい真宗のお話(1話〜30話)」


「やさしい真宗のお話(31話〜55話)」

 

 

 

撞木はつき折れ(1月下旬)

【撞木事件】

 

前回の法話にも書きましたが、
先月、鐘撞き堂の撞木(しゅもく)が折れました。
12月31日の除夜の鐘(除夜会:じょやえ)の時でした。

 

行く年・来る年の節目を知らせる除夜の鐘。
その最後の「ゴ〜〜ン」という音と共に、
大鐘とは反対側の撞木がポトリと落下。
お手伝いの人の後頭部に危なく当たる所でした。

 

そんな撞木事件をfacebookで報告した所、
ある方からこんな慰めをいただきました。

 

「通津のみなさんの煩悩が全て打ち消されたことでしょう。」

 

大晦日の夜を意味する「除夜」。
新らしい年を迎えるにあたって、
家や身体の汚れを綺麗にするだけでなく、
心の汚れ(煩悩)も落とそう意味で、
煩悩の数である「108」回、鐘をつきます。

 

ちなみに今年は平成最後だったせいか、
例年は100人もこないのに、大幅に増えて128人。
撞木が折れたのはまさに128回目でした。
耐えられなかったのかもしれません。

 

【法座案内】

 

ところで、
こんなメッセージもいただきました。

 

「『本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶれ』、そして『撞木は撞き折れ』ですね。」

 

「本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶれ」とは、
蓮如上人のお言葉です。
「ご本尊のご絵像は破れるほど掛けなさい。聖典は破れるほど読みなさい」と、
上人はよくお示しだったようです。
朝夕の礼拝、また勉学を忘れないようにしたいものです。

 

そして「撞木は撞き折れ」です。

 

お寺の大鐘は、撞木が折れるほど撞きます。
それは時報の役割や、
煩悩を退治するのが目的ではありません。

 

真宗の鐘は、行事を知らせるためです。
「一時間後に法座が始まりますよ」という合図を町中に知らせます。
毎座ごとに十回。
年間二百回撞きます。

 

お寺の行事の中心は法座です。
み教えを共に聴聞します。
朝夕の鐘(専徳寺はしませんが)、除夜の鐘などを通して、
「何が一番大切か」をあらためて感じつつ、
いよいよ法座へ参ります。

 

【つきやぶる】

 

お寺の鐘の音を通して、
如来のよび声を聞きます。

 

どんなに掃いても払っても鐘をついても、
すぐに湧いてくる煩悩の雲に覆われた私がいます。

 

愚痴のでた日はさみしい(渡辺俊明)

 

哀しいかな、油断すれば愚痴まみれの私。
平成30年どころか、
これまで過ぎ去った日々、
どれほど多くの愚痴の悪業を果たしてきたか。

 

しかし、
そんな暗雲をつき破って届いてくださる声がありました。
仏の声。
十方世界に響き渡る大音声です。
飛行機や雷鳴のような物理的な音ではなく、
声なき声、
あらゆるものを通して、
いつでもどこでも聞こえてくる声です。

 

「ただ一筋に念仏してただちに来ておくれ。あなたを必ず護らん。」

 

煩悩まみれにかわりはないものの、
わが身の行く先の安心を知ります。
平成31年の来たる年も、
変わらず仏の先手のはたらきに包まれています。

 

【仏のご恩】

 

愚痴のこの身に お念仏
ありがたい お恥ずかしい
  (直枉カレンダー・2018年12月)

 

わが事ながら、
わが身ではどうしようもできない苦悩があります。

 

「どうしたら良いのか……」とこぼす口元からも、
お念仏は出てきます。

 

「引き受けたぞ」と喚ぶ声は、
時も所も条件も選ばず、
365日、お念仏の所にあります。

 

「ゴ〜〜ン」という鐘の音。
「なんだろう?」と思う人、
「ああ、お寺の行事か」と思う人がいます。
「カルロス・ゴーン」を想像する人……(?)
しかしまた、
「(仏の)ご恩」を思う人、
さらに、「来いよ」という仏の喚び声に聞こえる方、
「すぐ参ります」とお念仏する方がおられます。
法座でお聴聞した耳を持つ人、
十方世界に満ちあふれている声を知った人です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

イノシシと仏と私(1月上旬)

【除夜会】

 

昨年も紅白歌合戦は白組が勝ちました。
勝ち負けはどうでもよく、
楽しい4時間半……観るのは無理なので、録画で。
毎年、10時半頃から除夜会の準備です。

 

平成最後の除夜会。
HPを見て遠方から来てくださった方、
また今年は久しぶりに外国人の方もお見えでした。
お陰で今年の目標に、「英語でお寺を説明・案内できるように」が一つできました。

 

深夜0時から「讃仏偈」(さんぶつげ)のお勤め・法話で、
いつも通り無事終了……と思ったら最後(128人目)で撞木が折れました。
来年、○○元年の除夜会は新品で望みます。

 

【サビ】

 

その反省会にて、
「外国の人、お経の本を渡されて戸惑ってたね。」
「読めないですしね。申し訳なかったかな。」
「でも私たちも意味は分からないしね。」
「……。」

 

確かに読経は漢字ばかりです。
お経を「あれは呪文だ」という人の気持ちも分かります。
……でも考えてみたら、英語の歌もそうです。

 

ビートルズ等、外国の歌の意味はほとんど分かりません(分かる人は勿論おられるでしょうが)。
けれどもビートルズは英語の苦手な私も聴きますし、口ずさみます。
どこを口ずさむかというと、大体、サビです。

 

「In my life...I love you more〜♪」
  (ビートルズ“In my life”より)

 

そこがメッセージの中心です。
聴き所であり、歌い所です。

 

「じゃあお経の場合、サビはどこですか?」
「どこを口ずさむ……ではなくていただいたら良いのですか?」

 

お経にサビはありませんので、どこでも構いません。
その人その人が法話を聴聞し、
何かキッカケができて、
不思議に思ったり、調べたり、読んだりして、
好きな御文(言葉)をいただいたら良いのです。

 

【救いの光】

 

「そう言わずに……どこか一つを。」

 

では親鸞聖人の「正信偈」、

 

摂取心光常照護(せっ しゅ しん こう じょう しょう ご)
(摂取の心光、つねに照護したまふ)

 

この言葉をご紹介します。
「摂取」とはお救いの事です。
「あらゆる者を救わん」という弥陀の心は光となって、
たえず私を照らし護ってくださいます。

 

そして紹介の理由はもう一つ。
この語の後に、今年の干支の「イノシシ」が。

 

【本文(読経での読み方)】
摂取心光常照護(せっ しゅ しん こう じょう しょう ご)
已能雖破無明闇(い のう すい は む みょう あん)
貪愛瞋憎之雲霧(とん ない ん ぞう うん む)
常覆真実信心天(じょう ふ しん じつ しん じん てん)

 

譬如日光覆雲霧(ひ にょ にっ こう ふ うん む)
雲霧之下明無闇(うん む し げ みょう む あん)

 

【書き下し】
摂取の心光、つねに照護したまふ。
すでによく無明の闇を破すといへども、
貪愛・瞋憎の雲霧、
つねに真実信心の天に覆へり。

 

たとへば日光の雲霧に覆はるれども、
雲霧の下あきらかにして闇なきがごとし。

 

【現代語訳】
阿弥陀仏の光明はいつも衆生を摂め取ってお護りくださる。
すでに無明の闇ははれても、
貪りや怒りの雲や霧は、
いつもまことの信心の空をおおっている。

 

しかし、たとえば日光が雲や霧にさえぎられても、
その下は明るくて闇がないのと同じである。

 

年始めのダジャレ(?)です。
お許しください。

 

【年賀】

 

今年の年賀状です。

 

年賀2019

 

イラストは花札です。
猪が煩悩の雲を見上げています。
猪が私です。

 

猪突猛進、周りが見えていない私。
自分の欲望に目がくらみ、
勝ち負けにこだわり、
怒りで我を忘れがちな日暮らしです。

 

払っても振り切っても私を覆う煩悩の雲。
正しい道、清らかな生活とはほど遠い有り様。
しかしその雲を貫いて届く光がありました。

 

私(猪)の方から仏(太陽)は見えません。
しかし仏の方からは常に私に到り通し、照らし通し、
そして「われにまかせよ」と喚び通しです。

 

今年もご一緒にお聴聞いたします。
仏の「ほ」の字も、さとりの「さ」の字も、
聴いても聞いても、
そのスケールの広大さ故、ある意味、意味不明です。

 

しかし「おかげさまでした」といえる世界があります。
私を離さない光がある。
これ一つで充分かもしれません。
充分いただいたからこそ、
安心してお聴聞を繰り返すのです。

 

見えずとも、
堂々と人生を歩み、突き進める道。
それがお念仏の日暮らしです。

 

明けまして南無阿弥陀仏。

 

今年も少しずつ、法話を書かせていただきます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

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