山口県は岩国にある浄土真宗寺院のWebサイト

一心一向

【空欄】

 

突然ですが「四字熟語」の問題です。

 

「一【?】一【?】」

 

この前の【?】と後ろの【?】に、
あなたならどんな漢字を入れますか?

 

「一期一会」?「一進一退」?「一喜一憂」?
「一日一善」ですか?

 

「一言一句」「一字一句」というのもあります。
時間に関係するなら「一朝一夕」や「一世一代」。
ダイエットに頑張っている人なら「一汁一菜」。
マイホームを手に入れた人なら「一国一城」。

 

え?
「一向一揆」……それもありますね?
「一人一回」……ガラガラですか?
「一回一円」……何か分からないが安い。

 

他にも「一長一短」、「一挙一動」等、
「一【?】一【?】」の四字熟語は実にたくさんあります。

 

「一木一草(いちぼくいっそう)」もあります。
「(一本の木や一本の草まですべての意から、)そこにあるすべて」、
「(わずか一本の木と一本の草の意から、)きわめてわずかなもの」。
一木一草を観察して句を作る俳人松尾芭蕉、
詩人金子みすゞを連想します。

 

【一瞬一生】

 

辞書にはありませんがこんな言葉もあります。

 

「一日一生」

 

「毎日を大切に生きる。」といった意味です。

 

「一日は貴い一生なので、これを空費してはいけない」(内村鑑三:キリスト教思想家)
「一日を一生のように生きよ。明日はまた新しい人生である。」(酒井雄哉:天台宗僧侶)
「一日一日を全生涯と思って生きなさい。」(松原泰道:臨済宗僧侶)

 

松井秀喜の座右の銘でもあったそうです。
(参照:https://kokugoryokuup.com/itinitiissyou/)

 

さらにつきつめた言葉が「一瞬一生」。
画家・香月泰男が好んだ言葉です。
「一瞬に一生をかけることがある。
一生が一瞬に思える時がある。」
そんな説明をされています。

 

「もうこんな年齢まで……」

 

ふり返れば人生はある意味一瞬です。
だからこそ、
その時その時を悔いなく大切にしたいものです。

 

【一心一向】

 

さて蓮如上人は「一心一向」という言葉を大切にされました。

 

さらに余のかたへこころをふらず、
一心一向に仏たすけたまへと申さん衆生をば、
たとひ罪業は深重なりとも、
かならず弥陀如来はすくひましますべし。
(御文章「末代無智章」、『註釈版』1189頁)

 

(現代語訳)
  一心に阿弥陀如来をたのみたてまつって、
  ほかの神や仏に心を向けず、
  ひたすらみ仏におまかせしなさい。
  そのものを、どんなに罪は重くとも、
  かならず阿弥陀如来はお救いくださいます。

 

一心とは「二心をもたない」、
一向とは「ひたすら、ひとすじ」。
阿弥陀さまをより所としたお念仏一筋の道を意味します。
一日一生と同じ真面目さはありつつ、
少し違うものがあります。
安心感です。

 

一日一瞬を無駄にしない……
素晴らしいですが最後までできる人はそんなにはいないでしょう。

 

浄土真宗は誰にでもできる他力の道です。
それは自力と逆で、
一日一瞬も目を離さないのは阿弥陀さまの方と知ります。
その安心の日々から、
ご恩報謝に精を出す道なのです。

 

【一一の詩】

 

「一国一城」のわが身です。
「一日一善」と励みますが、
「一進一退」の繰り返し。
「一喜一憂」の毎日です。

 

「一木一草」まで慈しむ仏さま。
「一長一短」の私たちにあわせて、
「一世一代」の願いを建てました。
「一挙一動」、ご一緒です。

 

「一朝一夕」、朝な夕なに手を合わせます。
「一言一句」、お経の言葉、
「一字一句」、お慈悲がしみこんでいます。
「一汁一菜」、お陰様といただきます。

 

「一期一会」の仏さまの出遇い。
「一心一向」に歩む人生です。

 

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

 

参れぬものが参る

【稲垣先生】

 

浄土真宗ではお仏壇を「お内仏」と呼びます。
わが家のお内仏様の上には、
下記の写真の書の額が飾ってあります。

 

額「稲垣瑞剣」

 

今からおよそ45年前、昭和51年11月、
稲垣瑞劔先生が
専徳寺へ来寺されました。
そこで祖母が書を依頼。
先生はさらさらっと書いてくださったそうです。

 

南無阿弥陀仏 そのまま来たれ
南無阿弥陀仏 ありがとうございます。

 

本願の不思議 名号の不思議 仏智の不思議
 不思議不思議で参る極楽

 

参れると 思うて 参れぬ お浄土へ
参れぬものが 参る  不可思議

 

あ〜 あの月が
あ〜 あの月が
云うもおろかよ
 あの月が
   九十一歳  瑞劔

 

祖母が好きな書でした。

 

【父との思い出】

 

 参れると思うて参れぬ お浄土へ
 参れぬものが 参る不可思議

 

参れると思ったら参れない。
参れないものが参る。
一見してよく分からない「不思議」な歌です。

 

この歌について、
『月々のことば』(2013年、本願寺出版)に、
佐々木恵精先生の説明がありました。

 

ご両親の熱心な聴聞の生活のなかで育てられたこと、そして、ひたすらに仏道を求めるようにと導かれたことを深く感謝されていた瑞剱師ですが、「浄土往生」「浄土へ参る身となる」ということについて、次のような経験談を、自叙伝ともいうべき『仏母庵(ぶつもあん)物語』に述べておられます。

 

最三(瑞剱)三十七歳の時父は往生の素懐(そかい)を遂げたり。物心付きし頃より食事時には必ず仏法の話を父より聞き、また、予より質疑を提出したり。然るに三十七歳まで、予は自から安心(あんじん)をねり堅めて、〈これで如何〉(この私の領解でいかがでしょう、間違いないでしょうという意味)などの意を述ぶ。父はその度毎に予の安心を打ち破ること、恰(あたか)もさいの川原で子どもが石を積んだのを鬼が鉄棒にて打ち砕くが如し。数百回数千回数を知らざるほどなりき。

 

父曰く、「それでよいそれでよい、それで極楽へ参れる。じゃが、参れる様になって参れるお浄土か、参れぬこの私を如来様が喚んで下さるのと違うか云云」と云い、とうとう父の生前中、一度も父の印可(いんか)を受けし事なし。父が最三(瑞剱)に対する教導、まことに禅家の師家の風ありか。此の父を持ち、恩師桂利剱(りけん)先生を持った予の幸(しあわせ)は幾百万の富にもまさるものあり。
(『法雷』特集号(4)所収、129-130頁、1985年)

 

このように述べて、父上の教導のご恩を感謝されるとともに、
「お浄土へ参る」「お浄土に救われる」ということを、ここに明確に示されています。

 

   (参照 光明寺HP

 

 

【お聴聞】

 

お聴聞は大切です。
徐々に、阿弥陀さまの話が分かってきます。

 

しかし、分かったから救われるのではありません。
自分の理解力の度合いと救いは関係ないのです。
「自分はここまで理解できたから、これで救われる」は、
結局、自力のはからい心であり、
他力の救いのさまたげ、
浄土参りのさまたげとなります。
「参れると思う心をあてにしていたら参れない」のです。

 

ではお聴聞しても意味がないのか。
いえ、お聴聞以外に道はありません。
聞き方を間違えてはいけないという事です。

 

阿弥陀さまの話を聞きます。
それは法蔵菩薩の本願の話、
それは「南無阿弥陀仏」の名号の話、
私を救うのに何の不足もない智慧の話です。
それは結局、
お浄土などとても参れない煩悩成就の私を、
この仏さまは救うという不思議な話。
「参れぬものが参る極楽」なのです。

 

「われにまかせよ。そのまま来いよ」という弥陀の喚び声を聞くばかり。

 

浄土真宗はお聴聞で始まり、
お聴聞で終わるのです。

 

【云うもおろかよ】

 

 あ〜 あの月が
 あ〜 あの月が
 云うもおろかよ

 

闇路を照らす月の光があるように、
私の煩悩の闇を破る仏の光です。

 

この度、不思議なご縁で、
仏法を聞き、そのご恩に出遇いました。
一人、お念仏を喜ぶ身とならせていただきました。

 

ならばもう余計な事は云いません。
おしゃべりはそこそこでやめます。
しゃべればしゃべるほど、
いつの間にか他力のご恩を邪魔する習性のある私と気づきます。

 

「〜なって、〜だから、救われるのだ」

 

気づかない内に、
阿弥陀さまの智慧より自分の知恵をあてにしています。

 

 云うもおろかよ

 

南無阿弥陀仏、
もう言葉はいりません。

 

「お浄土へ参れる」とか「これでは参れない」とか、
思う必要もない程、
すでに月影に照らされた人生なのです。

 

あれごらん 親に抱かれて 寝る赤児
落ちる落ちぬの 心配はなし (稲垣瑞劔)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

院号のご縁

 

[院号]
「院」を最後に付す称号。
院とは垣根を巡らした大きな建物の意。
もとは寺院や上皇の御所などの号であったが、
そこに住むものを指す習慣が生じた。
仏教でも各宗派で院号が称されることが多い。
本願寺派では、
蓮如が信証院と号したことに始まるとされ、
現在は、
宗門の護持発展に貢献した人または宗門もしくは
社会に対する功労が顕著であると認められる人に
宗門から授与される称号である。(『浄土真宗辞典』より)

 

【澄月院】

 

お念仏者の葬儀は、
故人が「往生の素懐を遂げた事による法要」です。
故に、ある意味結婚と同じく「めでたい日」です。
しかし実際は別れを惜しむ涙の日。
涙の「祝 卒業式」と似ています。

 

先月、祖母が往生の素懐を遂げました。
8年前から施設に入り、
ここ数年は認知が進行。
最後の2年はコロナ禍のため面会できませんでした。

 

亡くなって病院から帰宅した時、
最初は悲しみよりも、
「やっと会えましたね」という奇妙な感動が。
しかし通夜の時、思い出がこみあげ、
途中から経本が読めなくなりました。

 

祖母の院号は「澄月院」。
次の和歌を思い出します。

 

月かげのいたらぬさとはなけれども
ながむる人のこころにぞすむ

 

法然聖人の歌です。
(「すむ」は「住む」かもしれません)

 

闇路を照らす月の光は誰にでも届いています。
その光の美しさを眺めた人。
その心は澄んだ月の光のように澄み切るのです。
同様に、
阿弥陀さまの救いの光に分け隔てはありません。
その光をあおぐお念仏者の心には、
いつでも阿弥陀さまが住み着いておられます。

 

【遇教院】

 

祖母の往生から三週間後、
義兄の父、O先生が往生されました。

 

葬儀に参列するため7年ぶりにK寺へ。
義兄の住職継職式(O先生の退任式)以来でした。

 

棺の中のO先生。
7年ぶりにお会いしました。
お姿はお変わりなく。
けれどももうお話することかないません。

 

子どもが大好きで、
お酒も大好きで、
本堂のお荘厳には人一倍厳しい方でした。

 

院号は「遇教院」。
次の和讃を思い出します。

 

「善知識にあふことも
おしふることもまたかたし
よくきくこともかたければ
信ずることもなをかたし」(大経讃より)

 

善知識(ぜんぢしき)とは仏教用語で、
「仏教の道理を説いて、仏道に縁を結ばせる人」です。

 

そんな特別な方に出遇える事はなかなかありません。
さらにその方が仏さまの教えを説かれることも。
仏法の話は世間話中は滅多に出てきません。
そんな法の話を、
聞き逃さなかった縁がととのい、
信心をいただく、
お念仏を喜べる身となる事、
それは本当にマレな事です。

 

澄む月の光を眺めるご縁、
他力の教えに出遇うご縁は、
それほど尊いことなのです。

 

【学成院】

 

O先生の葬儀から三日後の土曜日、
福井に向かいました。
N先生の七日参りに列席しました。

 

N先生は祖母が往生する一日前に、
突然ご往生されました。

 

福井の山中、まだ雪が残っていました。
この残雪が原因でのご往生でした。

 

七日参りで、ある門下生の一人がご法話、
N先生の思い出を語ってくれました。
自分も忘れていた先生との思い出がよみがえりました。

 

学問に厳しく、論理的で、
囲碁やバトミントン、旅行など多趣味。
フルトベングラーが大好きな先生でした。
N先生のお陰で、
世界の様々な仏跡を旅行することができました。

 

N先生の院号は「学成院」。
次の詩を思い出します。

 

少年易老学難成(少年老い易く学成り難し)
一寸光陰不可軽(一寸の光陰軽んずべからず)
未覚池塘春草夢(いまだ覚めず池塘春草の夢)
階前梧葉已秋声(階前の梧葉すでに秋声)

 

朱熹の「偶成」です。

 

「少年が年老いていくのはあっという間だが、 学問がモノになるのは大変難しい。
だから、わずかな時間も惜しんで一生懸命に勉強すべきなのだ。
春に池のほとりに草がゆらぐのを見ながらうつらうつらと夢を見ていたかと思うと、
庭先のアオギリはもう秋の気配を帯びている。」https://kanshi.roudokus.com/guusei.html

 

若者向けにも聞こえますが、
学ぶ事の大切さを語っています。

 

仏教を学ぶのも今です。

 

「学仏大悲心」
(仏の大悲の心を学ぶ)

 

善導大師のお言葉です。
仏法を学ぶとは、
仏さまのお慈悲の心を学ぶこと。
浄土真宗の場合、
阿弥陀さまのご本願成就のお名号「南無阿弥陀仏」、
そのおいわれを聞き学ぶことに他なりません。

 

【寺院】

 

四苦八苦の闇路を照らす、
澄んだ月のごとき阿弥陀さまのお慈悲です。
その教えに遇った時、
「学問成就」……ではなく、
本願成就の阿弥陀さまと共に歩む人生です。
生死の迷いをこえゆく道です。

 

「一寸の光陰軽んずべからず」です。
思いたった時、
どうぞお近くの寺院へお参りください。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

信となる言葉

 

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない。
かんじんなことは、目に見えないんだ
(It is only with the heart that one can see rightly,
what is essential is invisible to the eye)
(『星の王子様』より)

 

【式辞】

 

先日、中学の子どもの卒業式に出席しました。

 

式辞で校長先生は、
これからの時代を生きる卒業生へ
「古来から日本人が大切にしてきた事」として
次のような言葉を紹介されました。

 

「目に見えないものこそ価値がある」

 

たとえば目に見える結果の良し悪しよりも、
結果にいたるまでの道程の大切さ。
真剣に下級生に伝統を伝えていた
今年度の運動会の練習を評価されました。

 

【言葉】

 

一時間の式が終わって、
教室に移動しました。

 

最後の「学活」の時間。
あらためて担任の先生から証書授与がありました。
そして一人ひとりが挨拶。
最後に先生がたも花向けの言葉を。

 

国語の先生がこう言われました。

 

「楽しい思い出しかありません……
授業で皆さんといろんな『言葉』に触れてきました。
これからも『言葉』を大切にしてください。
スマートフォンなど便利なものは増えたけど、
言葉はかわりません。
人生の支えとなる言葉、
人生の芯となる言葉、
そんな言葉にであってもらいたいと思います。」

 

「シンとなる言葉」というのが印象的でした。

 

【思いやり】

 

心はだれにも見えないけれど
 心づかいは見える
思いは見えないけれど
 思いやりは見える

 

ACジャパンのCMで使われた言葉です。
元々は宮澤章二さんの詩「行為の意味」。

 

人に対する積極的な行為、
あたたかい行為、やさしい行為によって、
自身のあたたかい心、やさしい心も輝きます。
そんな美しい人生を讃えた詩です。

 

便利さ利益さが優先しがちな時代。
しかし「コロナ」によって、
あらためてお金には換算できない
「美しい心」をもつことの大切さを考えたいものです。

 

【荘厳】

 

こんな言葉があります。

 

「信は荘厳をあらわす」

 

元々は「信は荘厳より起こる」という言葉です。
「立派な堂を見て信仰心が起こる意で、
内容は形式によって導き出されるというたとえ」です。

 

「信心・信仰は心の問題であるが、
そのはじめは神社仏閣の荘厳な装飾や豪華な建築の美しさに感心したり、
感動したりすることから起こるものでもあり、
外観・外貌をしっかりと整えることの大切さを伝える文言。」
(新纂浄土宗大辞典)

 

ただ浄土真宗の場合、
「信は荘厳より起こる」というより、
「(他力の)信は聴聞より起こる」です。

 

お荘厳を丁寧する事はとても大切です。
しかしそれ以上に聞法「お聴聞」が肝要です。

 

荘厳の美しさから出てくる信心は、
私の場合、一時的でおわりがちでした。
すぐに曇るのです。

 

しかし聴聞より出た「他力の信」は、
「如来さまからいただいた信心」であり、
いつでも晴れ渡っています。

 

「信は荘厳をあらわす」
浄土真宗の特徴からいわれる表現かもしれません。

 

如来さまより賜った信心が、
おのずからご恩報謝の荘厳をあらわします。
お仏壇の掃除やお飾り。
私が積極的に行う行為ですが、
「積善」(しゃくぜん。善を積む)ような事にはしません。

 

「南無阿弥陀仏」

 

掃除をし、荘厳をととのえながら、
わが人生のシンとなる言葉をいただきます。
この私に信心となって行き渡る、
如来さまの目にはみえないご苦労を
かみしめる報謝の生活が、
浄土真宗なのです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

西方の浄土

【往生の素懐】

 

先月最後の日、恩師が突然往生されました。
そして今月最初の日、祖母が往生しました。
恩師は享年78、祖母は100でした。

 

まもなくやってくるお彼岸。
太陽が真西に沈み、西方浄土を示してくれます。
お浄土が賑やかに懐かしくなっていきます。

 

お聴聞が好きだった祖母。
今月は恩師のご法話を以下に紹介させていただきます。

 

【西方の浄土】

 

阿弥陀仏とその浄土について、
経典には一致して西方さいほうにあると説かれています。
たとえば、『大経』には

 

「法蔵菩薩、いますでに成仏して、現に西方にまします。
ここを去ること十万億刹なり。  
その仏の世界をば名づけて安楽といふ」(『註釈版聖典』28頁)

 

と説かれ、『阿弥陀経』には

 

「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、
名づけて極楽といふ。
その土に仏まします、阿弥陀と号す」(『同』121頁)

 

と説かれています。

 

ところで、
最近ある講演会で、
次のような趣旨の講演を聞きました。

 

――現代人には西方の浄土といっても受け入れられない。
そもそも浄土とは、
悟りの世界の一つの表現であって、
悟りの世界とは方角も無く、すがたも無いが、
人々に分かりやすい表現として、
西方にあると説かれているのである。
しかし、
経典の説かれた時代と現代とでは、
人々の科学的な知識が大きく違っている。
現代の科学技術では、
ほとんど宇宙の果てまで望遠鏡で見ることができる。
そのような時代の人々に対して、
西方に阿弥陀仏のおられる浄土があると説いても、
非科学的なおとぎ話として、
鼻先で笑われてしまうだけである。
それよりも、
方角も無く、すがたも無い悟りの世界を、
科学的な知識の無い人々に分かりやすいように西方にあると、
説かれているだけだということを明らかにした方が良い――

 

表現は違っていたかも知れませんが、
おおむね以上のような趣旨の講演でありました。

 

皆さん方は、このような主張を聞かれて、
どのような感想をいだかれるでしょうか。
その通りであると、
うなずかれる方も多いのではないかと思います。

 

私の感想を言いますと、
賛意を表する部分もあるのですが、
全面的には賛成しかねるというのが、
正直な気持ちです。

 

まず、揚げ足を取るようですが、
ほとんど宇宙の果てまで望遠鏡で見ることのできる現代の科学技術で、
浄土が見つからないのだから、
浄土は西には無い(実は東にも南にも北にも、あるいは他の方角にも無い)、
という趣旨の話がありましたが、
浄土は望遠鏡で見ることのできる世界でしょうか。
たとい科学技術の助けを借りたにしても、
最終的には私たちの感覚でとらえることのできるようなものが、
本当の浄土であるはずはありません。

 

少なくとも、
浄土が迷いの世界の感覚でとらえることのできない世界であるということは、
経典ができあがった二千年ほど前の人々も、
八百年ほど前の親鸞聖人も、
すでにご承知であります。
また、将来いくら科学技術が発達しようとも、
浄土の存在が観測できるはずがありません。
たとい現代より科学的知識の少ない八百年ほど前の人々であっても、
浄土が自力でくことができない世界であると領解りょうげしたならば、
西方を探せば浄土が見つかると考えたはずがありません。

 

『教行信証』は仏教界の知識人を対象にした書物と考えられますが、
一般民衆を対象としたと考えられるご和讃に、

 

 願力成就の報土ほうどには
  自力の心行いたらねば
  大小聖人みなながら
  如来の弘誓ぐぜいに乗ずなり(『同』591頁)

 

 安養あんにょう浄土の荘厳しょうごん
  唯仏与仏ゆいぶつよぶつの知見なり
  究竟くきょうせること虚空にして
  広大にして辺際なし(『同』580頁)

とお示しになっておられます。

 

結局、昔の人々は科学的知識がなかったから西方浄土と説いてよかったが、
現代人には科学的知識があるので西方浄土と説かない方がよい、
ということにはなりません。

 

先哲も、
すでにこの問題については考察を加え、
地動説における西方の意味まで論じています。
詳しくお知りになりたい方は、
『真宗叢書』の第2巻、201頁以下を参照してください。

 

道綽禅師どうしゃくぜんじは『安楽集』のなかで、

 

「ただ浄土の一門のみありて、
情をもってねがひて趣入すべし」(『註釈版聖典・七祖篇』184頁)

 

とお示しになっておられますが、
往生浄土の教えは、
決して知的理解の上に成り立つものではなく、
情的な把握が中心となるものでしょう。

 

情的という点から言えば、
地動説を常識として知っている現代人にとっても、
お日様が東から出て西に沈む、
という表現(地動説からいえば、地球が東へ回転するから、
太陽が見えはじめたり、隠れはじめたりするというのが正しい表現です)が、
感覚的になじむという面も考慮に入れて、
西方浄土と説かれた意味を考えてゆく必要があるでしょう。

 

先哲は、
無方が真実であって西方は方便であるのではなく、
無方も西方も真実であるが、
往生浄土の教えは西方をもって主とすると論じ、
無方にとらわれると断悪滅悪取の空(なにもないというとらわれ)に堕落するが、
西方にとらわれるままが
如来の願力によって、
西方即無方・無方即西方という真実に適合せしめられる、

と論じている意味を、
今一度考えてみるべきでありましょう。
(中央仏教学院機関誌『学びの友』、平成5年(1993)6月号)

 

(内藤知康『やわらかな眼』167頁)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

小さなよろこびは

【ふいっとわかる】

 

2月20日は「源左」(げんざ)さんのご命日です。
お念仏を喜ばれた「妙好人(みょうこうにん)」と呼ばれるお一人。
今から180年前の天保13年、鳥取県のご出身です。

 

仏縁は18歳の時。
お父さんがコレラで亡くなります。
「おらが死んで淋しけりゃ、親をさがして親にすがれ。」
そう言ってお父さんは息を引き取られました。
そこから源左さんの本気の聴聞が始まります。

 

「『親をさがせ』ちたって、どこにおられるむだらか、
『親にすがれ』ちったって、どがなふうにすがるかわかりゃせず……」(源左)

 

ご本山(西本願寺)にも何度も参りました。
ご縁のお寺や高名な方にも足を運んではたずねました。

 

「ご本願を信じ、お念仏する。
この身このままおまかせする。」
そう聞いて納得しても、
しばらくすると、淋しさや悲しさがわいてきます。
人生の根源的な疑問が解消されません。

 

30歳を過ぎた夏です。

 

百姓だった源左さんは、
牛を連れて草刈りにいきました。
朝日がのぼるころ、
刈りとった草をいくつかに束ね、
それを牛の背にのせて帰りました。

 

「みんなのせたら牛が辛いだろう」と、
一束だけ、源左さんは背負いました。
すると途中で急に腹痛におそわれました。
どうにも我慢できず、
とうとう自分の草の束も牛の背に負わせました。

 

その時、「ふいっとわからしてもらったいな」(源左)。

 

手ぶらになって、すーっと楽になった時、
「親にすがる」とはこういう事かと、
信心をいただいたのだそうです。

 

【鼻が下に】

 

「ようこそ、ようこそ」が源左さんの口ぐせでした。

 

普通の人は当たり前と気にもとめない事も、
勿体ない事と喜ばれました。

 

私の好きな話が「鼻の話」。

 

「ありがとうござんす、ご院家さん。
鼻が下に向いとるで有り難いぞなぁ」(源左)

 

夏の昼下がりに夕立にあった源左さんは、
ずぶぬれになった事よりも、
「鼻が下に向いているとは何とありがたいか。
上向きなら雨がみな鼻の中に入ってしまうのに。」
そう喜ばれたそうです。

 

またある時は、
「親からもろうた手は、つよいむんだのう。
 いっかな、さいかけせえでもええけのう。」(源左)

 

「さいかけ」とは方言で、鍬や、からすきの先に、
鋳物でできたかたい刃先をつけかえることです。

 

「つけかえなくても良い手がある。」
当たり前のように手が動くことにも大きな感動を味わう源左さんでした。

 

【私のために】

 

信心をいただいた喜び。
それは口に出せば「それがどうしたの?」と言われてもおかしくないような、
取るに足らない事かもしれません。

 

しかしそんな日常のありふれた出来事が、
常にあふれんばかりの如来のお慈悲に、
他力のお支えにみえてくるのは不思議です。

 

東井義雄さんも、
そんな「何気ないような小さな喜び」を詩にされています。

 

  私のために

 

    東井義雄

 

眠れないままに
胸に手をあててみる
心ぞうが 動いている
私のために

 

息が
休みなしに
出たりはいったりしている
私のために

 

しきぶとんが
やわらかく
下から私をささえていてくれる
着ぶとんが
ふんわり
私を休ませてくれている

 

柱が
私を守るために屋根をささえていてくれる
床や たたみが
下から私をささえてくれている

 

屋根が
私を夜つゆにぬれさせないように
今もはたらいてくれている

 

お星さまは
まばたきしながら
それらを 高い空から
いまも見守っていて下さるのだろう

 

そして
大地が
すべてを
私ごと
ささえていてくださる

 

私のために。

 

   (東井義雄『家にこころの灯を』252頁)

 

 

ある本(『一秒の世界』)を読むと、
私達は一秒間に
心臓が一回脈を打ち、
60mlの血液を身体に送り出してくれます。
(ヤクルト1本が65mlなので、それより少し少ないくらい。)
また肺は平均すると93mlの空気を呼吸しているとか。

 

無意識ですがとぎれることなく活動してくれているわが身体。

 

「呼吸なんて当たり前」、
「心臓が動くなんて……」

 

確かにそれでお金が増えるわけでも
病気が治るわけでもありません。
ささいな事ですが、
「この瞬間、自分は何もしていないのに……南無阿弥陀仏」と、
かみしめる世界があります。
それはそのまま「阿弥陀」、
無限の光、無量のいのちという大きなしあわせと直結していることを、
妙好人の方々は教えてくださいます。

 

一日が終わり何もなかったかのような退屈な日々。
しかしお念仏に耳をすませてみれば、
今日も全てを背負ってくださる親さまの温もりの中でした。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

カムカム法語

【きっかけと決め手】

 

きっかけは和菓子でした。

 

年末にMさんの家でのお勤めの後、
お茶とおはぎが出てきました。

 

「美味しいですね。」
「朝ドラの影響で作ってしまいました。」

 

すっかりご無沙汰だった朝ドラ(NHK朝の連続テレビ小説)。
初めて現在放映している「カムカムエヴリバディ」の存在を知りました。

 

昨年の11月からはじまった「カムカムエヴリバディ」。
ラジオの英語講座を中心に、
あんこ、野球、ジャズ、時代劇を題材にした、
女性三代のファミリーヒストリーです。

 

調べてみると、
脚本は藤本有紀さん。
そして、二代目主人公「るい」役は深津絵里さん。
「深津絵里……見てみよう。」
これが決め手でした。

 

【名前の由来】

 

タイトル「カムカムエヴリバディ」の名前の由来は歌詞です。

 

戦後最初のラジオ英語講座のテーマソングとして、
講師の平川唯一先生は面白い曲を作りました。
「証城寺の狸ばやし」の替え歌です。

 

「しょう しょう しょじょじ♪」を、
「カム カム エヴブリバディ(Come come everybody) ♪」に。
「しょうじょうじのにわは♪」を、
「how do you do and how are you♪」と。

 

大変な人気だったようです。

 

ドラマの初代主人公「やすこ」の親子は、
毎日このラジオを聴いては
楽しく英語を勉強するのでした。

 

【英語講座】

 

ドラマを視聴するようになって1月経過した頃、
「ラジオで!カムカムエヴリバディ」を偶然みつけました。

 

NHKのラジオ放送で、
月曜日から水曜日の午前10時30分、
朝ドラと連動した番組が放映されていました。

 

毎回、朝ドラの内容をもとにした英語の文章を
講師の大杉先生が作って解説します。
司会の3人のやりとりも面白く、
朝ドラの裏話なども聞けます。

 

(大杉先生)「オリンピックは英語でOlympics。語尾に「s(エス)」がつきます。
もしくはOlympic gamesです。」

 

勝手に英語も日本語読みで「Olympic」と思っていました。

 

(大杉先生)「Heart breakはハートがブレイクするような思い。
……多くの外国人はこの言葉を聞くと“失恋”を想像します。」

 

文字面だけでは分からないニュアンスも知ります。

 

【他力本願】

 

「「ラジオで!カムカムエヴリバディ」を聞いていると、
自然と英語と日本語の違いに気づかされます。
特に同じ言葉なのに、
日本語と英語では意味が異なるものがあります。

 

たとえば「マンション」。
日本ではアパートよりも大型の共同住宅(集合住宅)。
しかし英語の「mansion」は豪邸です。

 

同様に、同じ言葉なのに、
日常用語と仏教用語で意味が異なるものがあります。

 

たとえば「他力本願」。
一般的には「他人任せ、運命任せ。棚からぼた餅を期待する」。
しかし本来は「阿弥陀仏のこの上ないお慈悲の願い」です。

 

高級な家という意味ではマンションもmansion(豪邸)も同じかもしれません。
でも実際は大きく異なります。

 

相手の結果に委ねるという意味では、
「運任せ、風任せ、なりゆき任せ」も「弥陀任せ」も同じかもしれません。
でも見えませんが心の中は大きく異なります。
運命任せは「もう安心」とはいきませんが、
弥陀任せとは安心の境地を指します。

 

【お寺の法座】

 

英語は世界をのぞく窓である(大杉正明:NHK英会話講師)

 

英語にふれることで視野が広がるように、
仏教用語にふれることで、
人生の視野は広がります。

 

お寺の法座は学習が目的ではありませんが、
英語の講座のように、
私の勝手な先入観が消えて、
またお経の文字だけでは分からない意味合いも聞けます。
自然と仏のお慈悲を喜びいただける耳ができます。
迷いをこえ、仏となる最も早い道です。

 

法話には物語があります。
他力を中心に、
信心や念仏等を題材にした、
阿弥陀さまの、いわばブッダヒストリー。

 

コロナ禍の昨今ですが、
どうぞお寺の法座へ「カムカムエブリバディ!」、
みんな行きましょう!

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

仏の介護

【その服は】

 

  やさしくて頭が良いんだ俺の孫孫の自慢を僕にする祖父(介護百人一首より)

 

先月末に入院した祖母は施設に8年入居していました。
4〜5年前から認知症に。

 

「あなたは……○○さん?」

 

二言三言会話すると、また最初に戻ります。

 

そんな認知症の初期の頃、
ある日訪問すると祖母が嬉しそうに、

 

「この上着は温かくてありがたい。
軽くて気安いし、
そしてここを見て頂戴……ボタンの代わりにマジックテープになっている。
簡単に着ることができる!」

 

相づちを打ちながら、心の中で思ったことは、
「それは三日前に、自分が説明したのだけどな。」

 

仕方がないとあきらめた事です。

 

【介護百人一首】

 

「介護百人一首」は、NHK「ハートネットTV」の企画で、
介護の経験を詠んだ短歌です。

 

  絞り出す声で歌った「菩提樹」よ 途切れ途切れに苦しみながら(上原 詩穂子)
  コロナ禍で夫(つま)は家族に会いたいと乱れた文字が絶筆となる(大野 一与)
  車椅子使ってみると気付くこと道端に咲く可愛いお花(加藤 鈴音)

 

昨年も「介護百人一首2021」が出来ました。

 

楽しい歌、悲しい歌、
そして介護の苦労、いらだちを詠ったものもあります。

 

  またしても白寿の母に声荒げ外に出て己が頬ビシリ打つ(藤田一男)
  ほどほどにすればよかったいさかいて汁散る服を手間かけて拭く
  私がこんなにやさしくないなんて介護の日々に思い知るなり(黒木幸枝)

 

子どもの頃お世話になった方ですから、
「今度は私の番だ」と、
感謝の気持ちで接し続ける事ができれば良いのですが。
ストレスや疲労がたまり、
他ならぬ親の醜態や誹謗に、
我慢していた私の内面からは何が出てくるか。

 

【あさまし】

 

さて、1月17日は浅原才市さんの命日です(没後90年)。

 

阿弥陀さまの救いを喜び、
念仏の有り難さをたくさん書き留められました。

 

そんな才市さんに、
次のような詩があります。

 

この才市はあさましいやつであります
如来さんの前に立っておりましたら
何だろかこくさいによい(こげくさい匂い)がしましたで
よう見れば
如来さんがくぎ(焦げ)よられましたで
もみけしました
それが私の夜の夢でありました
そいからまたおこいて
お礼をさせてもらいました
何事も私が邪見なからであります
あさましあさまし。
  (『やさしい真宗講座』78頁)

 

日中は気をくばっていますが、
夜の夢の中、
そこで見た自分の本性は、
親どころか、
仏さまでさえ燃やそうとする激しい煩悩の炎でした。

 

しかしそんな凡夫の内面を見ることができたのも、
他ならぬ親様、阿弥陀さまのお育てです。

 

「お礼をさせてもらいました」

 

自分ではどうしようもない、
欲や怒りや妬み。
まして最後までお慈悲に抵抗するもの、
仏を殺さんとする程の煩悩の塊の私です。

 

そんな私を決して煩い悩み諦めず、
慈悲の願いで喚び続ける仏さま。
有り難さとかたじけなさに、
起きて手を合わさずにはおれないのでした。

 

【仏の介護】

 

私達の生活は喜怒哀楽の繰り返しです。
そして時に、
介護の現場のように、
しでかしたわが身の言動、行動で、
大いに反省する時が多々あります。

 

そのたびに「仕方ない」と気持ちを切りかえす……
しかし逆に、そんな時があるからこそ、
弥陀のご恩の深さを思い知らされます。

 

親どころか仏さまでさえ、
縁があれば何を思い、
何を言い出すか分からない私なのに、
その事も重々承知で仕上げられたのが仏の心、ご本願です。

 

「故に我、名号「南無阿弥陀仏」にて救う」

 

子を見捨てることができない母親のように、
私を見放さないための力量とお慈悲を備えられました。

 

心の中の煩悩の炎を恥じる以上に、
心の中の本願の灯への感謝です。

 

どんな認知症の私になっても、
私の救いの介護をとめない仏さま。
車椅子や寝たきりになっても、
お浄土の道は一人ではありません。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

捨身の仏さまと

【明けまして】

 

蓮如上人は新年に次の歌を詠まれました。

 

あらたまの 年のはじめは 祝うとも 南無阿弥陀仏の こころわするな
(『蓮如上人和歌集成』第202首、浄土真宗聖典全書5巻1091頁)

 

今年も悲喜こもごも、
いろいろな出来事があるでしょうが、
お念仏と共に一歩々々、大切に歩みたいと思います。

 

明けまして南無阿弥陀仏
(阿弥陀さま、いつもありがとうございます)。

 

【捨身】

 

さて、今年の干支は虎です。

 

虎にまつわる仏教で有名なお話といえば「捨身飼虎(しゃしんしこ)」。
法隆寺の「玉虫厨子」(たまむしのずし)にも描かれています。
出典は『金光明経』「捨身品」。

掲示板

 

「捨身」とは「身を捨てること」。
「飼虎」とは「虎に食べ物を与えてやしない育てること」。

 

釈迦の前世の一人であるサッタ太子が、
飢えた虎の親子に自分の身体を与える話です。
少々辛い話ですが、「布施の極み」を表現しています。
(参考までに、『仏教聖典』(山口益編)より、
ジャータカ物語 10 王子[投身して餓虎を飼う]本生」を。)

 

【身を粉にしてのご恩】

 

如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし

 

法座の最後に流れる「恩徳讃」です。

 

念仏生活は、
捨身飼虎のサッタ太子のような仏さま、
いのちをかけて私に飛び込んでくださる阿弥陀さまと一緒です。
そのご恩を知り徳に報じ得る生活。
故にたとえ今日、
わが身が粉々に砕け散るような悲劇があったとしても、
むなしく終わらない道、
すでに救いに間に合っている道です。

 

この度の人生、
大きなご縁に出遇い、
大きなご恩をいただきました。

 

寅年の本年。
虎のように勇敢にチャレンジしていきつつ、
同時に、
飢えた虎のような私への
如来の身をかけてのご恩も大切にしたいものです。

 

【おまけ】

 

……最後にダジャレで締めくくらせていただきます。

 

コロナ感染症の心配は消えませんが、
正信偈に書かれた「感染症」、
「円満徳号勧専称(えんまんとくごうかんせんしょう)」、
こちらには大いにかかりたいものです。

 

あと、「寅」といえば寅次郎。
2016年8月前半の法話「お仕舞い」
よければこちらもご覧ください。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

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