目次:
- 12月下旬「真実の約束」
- 12月上旬「有名の仏」
- 11月下旬「救いの極み」
- 11月上旬「空想・連想・真実功徳相」
- 10月下旬「愛憎をこえて」
- 10月上旬「遇いがたい出遇い」
- 9月下旬「お土産」
- 9月上旬「ただ一つ」
- 8月下旬「ナモアミ座」
- 8月上旬「覆水盆に還る」
- 7月下旬「サッカーと本願」
- 7月上旬「一杯の珈琲」
- 6月下旬「助ける法」
- 6月上旬「法座と本願」
- 5月下旬「無限の出遇い」
- 5月上旬「ピカソと念仏」
- 4月下旬「クリスマスに」
- 4月上旬「わかっているなら」
- 3月下旬「代数と浄土」
- 3月上旬「どこかで生まれている」
- 2月下旬「浄土への信心開発」
- 2月上旬「如来の本命」
- 1月おまけ「宇宙から見た教え」
- 1月下旬「弥陀に本願」
- 1月上旬「言葉にならない」
真実の約束(12月下旬)
【読むくすり】
「にっしょう認定こども園」のホームページでは、
毎月、「読むくすり」と題して、
子育てに役立つ言葉を掲載しています。
言葉を選ぶのは園長、
ホームページに掲載するのは事務の私です。
先月の終わり頃です。
「至急、今の言葉を、来月の「○○」に変更してください。」
と園長からメールが来ました。
その時の「読むクスリ」は、
安定があると思うのは幻想です。
変化は前向きにとらえましょう。
変更には少し時期が早いような気がしました。
不自然な言葉にも思えません。
ただ、この言葉の発言者はカルロス・ゴーン氏。
日産を立て直した事で有名な経営者でしたが、
50億円を流用した疑いで、先月19日、逮捕。
すみやかに変更しました。
……ゴーン氏だけではありません。
条件がそろえばいつでも、
「言ってる事とやってる事が違うじゃないか!」
「あなたの言っている事は信用できない!」
と言われる私がいます。
煩悩にせめ悩む私。
最後まで末通らない言動です。
【そらごと・たわごと】
「煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、
万(よろず)のこと皆もって
そらごと・たわごと・真実(まこと)あることなきに、
ただ念仏のみぞまことにておわします」
(歎異抄後序)
お互い嘘をついている自覚はありません。
けれども条件が揃えば、
悲しいかな私たちの言葉はみな嘘になってしまうのです。
「必ず、お説教に参ります!」
と言いながら、前日ケガをしてしまったご講師。
お説教は急遽、代役を。
「絶対に、発表会までには完成させる!」
と言いながら、気づけば遊んでいる子ども達。
発表会に間に合うのか…。
約束を破るつもりはないのですが、
真実がともなわない私たちに、
本当の約束は成立しないのかもしれません。
また条件によって心も言葉もコロコロ変る私たちです。
夏の熱い日は、「はやく冬がくれば良いのに」と思い、
冬の寒い日は、「はやく夏がくれば良いのに。」
大きな包みのお歳暮が届いて、「あいつは大したやつだ!」
開けてみるとタオルセットで、「あいつは昔からそうだ!」
【いつ死んでも良い?】
そんな私たちですから、
いのちの問題に関しての言動も矛盾します。
「いつあの世に行っても構わない!」
そう言いながら薬を常用するお爺さん。
「いつお迎えがあっても(死んでも)構いません。」
そう言うお婆さんの足を見ると、
健康サンダルを履いています。
私自身も同じです。
物事が充実して、平穏無事、そんな時、
「ああ、いつ死んでも良い。」
…死にたいわけありません。
またウソを言っている私がいます。
そらごと・たわごとの多い私です。
【念仏のみぞ真実】
「長生きはしたくないな」と思いつつ、
死にたくはない私。
いつまでも定まらないわが心と言葉。
そんな私を煩悩まみれの凡夫、
無常の厳しき世界で戸惑い続ける者と知り抜き、
その者を救わんと立ちあがった方がお経に説かれます。
無明欲怒 世尊永無(無明と欲と怒りとは、世尊に長くましまさず。)
人雄獅子 神徳無量(人雄獅子にして、神徳無量なり。)
(『讃仏偈』)
私たちとは真反対に、
愚かさや貪りや怒りという煩悩皆無なのが仏さまです。
そんな仏の居られる場所は、
外ならぬ人の世、私の所です。
獅子のように雄々しく、
はかり知れないすぐれた功徳をそなえておられます。
お念仏を「我にまかせよ、必ず救う」と、
獅子の吠えるがごとき、
仏の勅命といただいた親鸞聖人。
声となってわが心に入り込み、
共に歩む仏さま。
その言動は真実(まこと)そのものです。
煩悩によって左右されることなく、
無常によって消滅することなく、
一貫して、私のいのちの問題に答えられます。
【仏の誓約】
お念仏は、冒頭から末尾まで、
仏さまの「必ず浄土へ生まれさせる」という誓約に満ちています。
仏さまの言葉に二言はありません。
最後まで末通らない、嘘偽りの世界に生きながら、
この度、偽りのないものに出遇わせていただきます。
死の問題。
私の大問題ですが、
「死は恐れるものではない。」
「死もまた自然の流れなのだ。そのまま迎え入れよう!」
そんな“私”の末通らない思考、
いつでもひっくり返ってしまう嘘偽りの言葉に用事はなくなります。
仏の言葉一つ、お念仏一つ。
それはそのまま、
現実の今、
揺るぎのない支えに立たせていただいている喜びを表しています。
平成30年もあとわずか。
「あと○○日しかない。」
「まだ○○日もある。」
いろんな言い方があって構いません。
しかし、どう思い、どう口にした後でも、
「南無阿弥陀仏」
([仏側] われにまかせよ。必ず救う。)」
([私側] おまかせします。今日も勿体ない日暮らしです)
各々、心中深く、今日もお礼のお念仏の日暮らしです。
(おわり) ※冒頭へ
有名の仏(12月上旬)
【合同誕生会】
歌手のさだまさしさんと作詞家の永六輔さんは同じ4月10日生まれです。
そこで昔、映画評論家のおすぎさんの発案で、
4月10日生まれの合同誕生会があったそうです。
集まった4月10日生まれは、
まず永六輔さん、
その他に映画評論家の淀川長治(よどがわながはる)先生、
イラストレーターの和田誠さん、
そして、歌手のさだまさしさん。
おすぎさんや、和田さんの奥さんも加わり、
東京駅の近くの寿司屋さんで開催されたそうです。
4月10日生まれの者同士が、4月10日にお互いを祝う。
面白い企画です。
「おめでとう!」
「いや〜、でも年はとりたくないものだ。」
その乾杯の発声の時、
当時おそらく80歳近い淀川先生がこう仰ったそうです。
「……辛いことも、哀しいことも、悔しいことも、
それはそれは本当に一杯あったけれど、
僕はやっぱり生まれてきて良かったと思うの。
だからね、
誕生日は自分が生まれたことをお祝いする日なんかじゃなくてね、
僕を命懸けで産んでくれたお母さんを思って一日過ごす日、って決めてあるの」(さだまさし『酒の渚』より)
日曜洋画劇場の司会をする華やかな姿の裏で、
差別に関する発言問題や、セクシャルマイノリティーの問題等、
辛い事、悲しい事、悔しい事も多かった淀川さん。
ぐっと、思わず一同静かになったそうです。
【感謝と悔恨】
十億の人に十億の母あらむも
わが母にまさる母ありなむや (暁烏敏)
母を思う歌です。
誕生日は子どもの頃楽しいお祝いでした。
しかし大人になって気づきます。
第一回目の誕生日。
母の生涯で最も苦難した日です。
「お母さん、私を産んでくれてありがとう。」
自分の誕生日に母にお礼を。
どれだけ言っても言い過ぎることはありません。
……でも、言えません。
一言も。
どうしても言えません。
そして母と別れます。
もう本人に向ってお礼は言えません。
「お母さん、ありがとう。そして申し訳ない。」
心の中で、感謝と悔恨が入り交じる大人の誕生日です。
【生死(せいし)と生死(しょうじ)】
そんな親との別れを通して、
あらためて仏さまに出遇います。
私を無事に生まれさせようと願った親、
自分と同じ一人前にせんと育てた親。
そんな親と同様、
一生涯、私を何とかしてさとりの国、浄土に生まれさせたいと願い、
生涯に渡って、自分と全く同じ、これ以上ないさとりの仏にせんとはたらく仏さま。
その仏さまに出遇うのです。
死は向こうにあると思っていました。
生死(せいし)と言います。
生きている事と死んでいる事。
今自分は生きているから、死は関係ない。
しかし真実は生死(しょうじ)、生即死です。
今、まさに生まれがたきを生まれ、同時にいつ死んでもおかしくない身の上でした。
死とは今、ここにいる、まさしく私の事。
向こう側ではありません。
「お寺さんは死の準備、死の問題を解決する所でしょ?
もうすぐお世話になります。」
少し違います。
「今」を外して死はないのです。
仏教とは、今の問題なのです。
死んでからでは手遅れです。
【有名の仏】
先ほどの合同誕生会は、その後、大いに盛り上がったそうです。
話の上手なさだまさしさんも、
いろんなエピソードを話して、会場を盛り上げました。
会の途中、仕事があった為にさださんは退席しました。
そして後日、永六輔さんから葉書をもらいます。
おそらく、こんな文面で。
「君が中座した後も、淀川先生は大層喜んでおられたよ。
ただし『いやあ、さっきの人、面白い青年だねえ。あの人、何する人?』
一同大爆笑でした。
まさし。君はまだまだ無名です。」
……忘れられない親の名前があるように、
仏さまにも名前があります。
「お母さん!」と同様、「仏さま!」でも良いのですが、
十億の母の名とわが母の名は違うのです。
十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなはし
摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる
(現代語訳:十方の数限りない世界にいる、念仏の衆生をご覧になり、
その者たちを光明の中に摂め取って捨てることがない。
それゆえに阿弥陀如来と申し上げるのである。)
今まさに死にゆく私を決して捨てない仏さま。
だからその仏さまの名は阿弥陀さまです。
「南無阿弥陀仏。」
無名のまま終わらせません。
(おわり) ※冒頭へ
救いの極み(11月下旬)
【特別な事】
浄土真宗の生活に、特別な事は何もありません。
特別な追善供養や祈祷も、願掛けもありません。
「阿弥陀さま、今日もありがとうございます。」
朝のお礼から始まり、夕方にお礼をして終わりです。
仏壇へ礼拝ができない多忙な日。
気づいた時にお念仏するだけです。
その念仏さえ忘れても、問題ありません。
法座でお聴聞したお互いです。
抜かりない阿弥陀さまの誓われた願いがありました。
その願い通り実現された功徳。
私に到り届いていました。
全くの他力。
いただくばっかりです。
私のかたくなな頑張り行為は、かえって邪魔でした。
お慈悲をいただいた上からは、
することは一つです。
「南無阿弥陀仏」と、ご恩報謝の生活。
自力、ではなく努力です。
お念仏、お礼をする癖をつけます。
無理はせず、無精もせず、
お仏壇のお給仕をさせていただきます。
どこまでも救いを聞く浄土真宗。
「この人生、自らをどうすればよいか。」
「気は長く、心は丸く、腹立てず、己は小さく、相手を大きく……」といった、
生き方指南を教わる法ではありません。
それでは間に合わない私です。
【心筋梗塞】
十年前、ある結婚披露宴に出席しました。
新郎は、同じ市内のお寺の後継者なのですが、
医学部を卒業し、当時は病院に勤めていました。
披露宴の最中、
新郎の上司がこんなスピーチをされました。
「皆さん、心筋梗塞ってどんな病気かご存じですか?
この病気は、元気な人がなる病気です。
血管にニキビのようなものができて、
それがだんだん大きくなって血管をふさぎ、
心臓に血液が流れなくなって、ある日、バタッと倒れる。
それが心筋梗塞という病気です。
私も新郎も毎日、勤め先の病院に搬送されるの人を治療しています。
その多くが心筋梗塞の方です。
最善の努力はするものの、中には残念ながら命を失ってしまう方がおられます。
浄土真宗の蓮如上人が書かれた「白骨の御文章」には、
「朝(あした)には紅顔ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり。」
というお言葉がありますが、
私も彼も日々、この言葉を痛感する事です。
……ただ医学も進歩しています。
少しでも多くの患者を彼と助けて行けるように……彼は優秀で……」
一気にほろ酔いが覚めました。
医師からの有り難い法縁でした。
【救いの極み】
「元気でぽっくり死にたい。」
お互い、選ぶことは決してできません。
家族の別れも同様です。
「単なる風邪だと思って油断していました。」
「二度目の脳出血で……」
「担当医が不在のまま薬が変わって……昨日まで元気だったのに……」
どれだけ医学が進歩しても消しがたい、煩悩をかかえた私の苦悩です。
諦めても、すぐに後悔の思いはわきおこってきます。
そんな私、ましてや故人に、
いまさら生き方指南を示されても手遅れです。
「そのまま救う」という仏さまに出遇います。
煩悩まみれのまま、
自分勝手のままの私です。
心が丸くならないまま、
抱きとられている私と気づかされます。
楽しい時も辛い時も関係なく、
「お陰様でした」と。
それが「救い」です。
音楽や笑いを聴いて和む「癒し」とは全く異質です。
【会話の裏に】
ちなみに、こうおっしゃる方が。
「来世にお浄土を信じられるのですから、
さぞ故人との別れも、死ぬ直前も、悲しみは少ないでしょうね。」
その反対です。
四苦八苦にもがく私だからこそ、
救いの極限を示された浄土真宗であり、
お浄土の話です。
「母が危篤です……。」
「今回の治療もダメでした。」
悲しみをこらえなさいという阿弥陀さまではありません。
苦しみ悲しみが愚痴となり、声に出す事は先刻ご承知です。
だからこそ「そのまま救う」と喚び続ける仏さま。
「わが事ながら、歳をとると情けない事です。」
「そうですね。」
「寝込んでしまって、ただ息するだけの親になりました。」
「辛いですね。」
しかしお互い会話をしながら、
「だからこそ、私から離れない仏さまでした。」
「再び会うことのできる世界。勿体なく……。」
各々、味わい方は自由、お念仏申させていただきます。
(おわり) ※冒頭へ
空想・連想・真実功徳相(11月上旬)
【空想】
夜寝る前、二女が絵本を持ってきました。
『にんじん、だいこん、ごぼう』という日本の昔話です。
「ある所に、人参と大根とゴボウが暮らしていました。
泥んこ遊びをして、みんな泥だらけになってしまいました。
三人はお風呂に入ることにしました。
人参は、熱いお湯にじっくり浸かっていたので、お湯にのぼせて真っ赤に、
大根は、水を足して身体を洗って入り、元のように真っ白に。
ゴボウは、お風呂が嫌いで、いい加減に洗ったので、黒いまま。
それからというもの、
にんじんは赤、だいこんは白、ごぼうは黒なんですって。
めでたしめでたし。」
読み終わると、
途中から聞いていた長女が言いました。
「それ、ウソだよね。」
「……ウソじゃないよ?」
「じゃ、ホント?」
「……いやホントでもないが。」
確かに理科のテストで、
「人参はなぜ赤いのか?」という問題に、
「お風呂にずっと浸かっていたから。」
ではペケでしょう。
「人参が赤いのは、カロテンという色素が豊富に含まれているからである。
原産地のアフガニスタンからオランダ、イギリスへと伝来するにつれて、
徐々に品種改良されていく中で、現在の赤色になったようである。」
これなら少しは点数が。
昔話や物語は空想です。
科学的な見方をすればウソかもしれません。
しかし昔話は科学の話ではありません。
人参、大根、ゴボウ。
食べ物である前に大切な「いのち」です。
そのいのちを子どもでも分かるように描いています。
いのちの不思議を知ってもらいたい。
大切に食べて、元気で大きくなって欲しい。
そんな親心がうかがえます。
【ウソ】
『無量寿経』は阿弥陀さまの物語です。
昔、法蔵菩薩が五劫思惟して、
ご本願をおこし、
兆載永劫という修行の末、
阿弥陀さまになられました……。
「それ、ウソだよね。」
今のわが長女なら言いかねません。
ウソでも科学の話でもないのです。
智慧と慈悲の仏さまに出遇った人が、
私の為に「真実の心、真実のはたらき」に出遇わせるべく、
『仏説無量寿経』というお経、「阿弥陀さまの物語」を説かれました。
『浄土論』には「真実功徳相」と示されます。
背景には「この“私”はなぜ悩み苦しむのか」という問いがあります。
欲しいものが手に入らない(求不得苦)、嫌なものと縁が切れない(怨憎会苦)、
老いて死ぬ事(老苦・死苦)、愛しい人との別れ(愛別離苦)等々、
受け入れられない出来事の数々。
通称「四苦八苦」の苦悩といいます。
そこにはどうやら私自身の心に具わるもの、
煩悩が関わっているようです。
「だから修行をして、煩悩を断じ、罪悪を止めて、
清らかな生活をすれば苦悩は消えるのだ。」
立派な答えですが、
解決とはなりえませんでした。
人参が赤い理由が“リコピン、品種改良”では、
子どもに「いのちの不思議さ、尊さ」が伝わらないように、
煩悩凡夫の私には間に合いません。
【真実】
法蔵菩薩となられての本願。
「善悪にかかわらず、罪の大小に関係なく、浄土に生まれさせる。」
「どのような者であろうと救いとげる。」
その願い・誓いのお心の通り、
できあがったものを「南無阿弥陀仏」の名号、尊号といいます。
名の声の仏さまです。
真実功徳相といふは、真実功徳は誓願の尊号なり、
相はかたちといふことばなり。(『尊号真像銘文』)
南無阿弥陀仏という仏の智慧のはたらきが、
直接、私の苦悩を解決します。
その仏に出遇います。
丁度、お風呂に入るようなものです。
水が熱せられお湯になり、温かい「お風呂」ができます。
私は裸になってお風呂に入ります。
お風呂の熱が私の肌にうつり、温まります。
法蔵菩薩が本願を仕上げられて、
温かな慈悲の南無阿弥陀仏となられました。
無碍光如来。
何ものにもさえぎられることのない光のおはたらきの仏。
私は凡夫のままその身を浸らせるだけです。
何もせぬまま、温められている私がいます。
それは真実の功徳、如来の恩徳によるものです。
真実、ありのままの心と行動にであった時、
ウソ、誤魔化していたのは私の方と知らされます。
世間の評価で左右され続ける私。
わが事にも関らず、引き受けられない私にかわり、
わが苦悩として引き受けてくださる仏さま。
その仏の名を南無阿弥陀仏といいます。
如来の願いに生きるだけです。
阿弥陀さまの喚び声を通して、そのご苦労をいただき、
その仏心の結晶である「南無阿弥陀仏」の名号を、
「南無阿弥陀仏」とお念仏、口に出してお礼するだけです。
【連想】
法座でお聴聞します。
その中心はお説教の表に出なくとも、阿弥陀さまの物語です。
「はるかな昔に仏となられた阿弥陀さまは、
すべての苦悩の人びとを救うため法蔵菩薩として現れ、
師の世自在王仏のご説法とその光輝くお姿を讃え、
自らの智慧と慈悲にあふれた仏になりたいと願われました。」
「そして、すべての人びとをさとりの岸へわたすまでは、
たとえ苦難の毒のなかに沈もうとも、
決して後悔することはない、と誓われています。」(以上、『日常勤行聖典』53頁)
「はるかな昔に仏となられた阿弥陀さまは、
すべての苦悩の人びとを救うため法蔵菩薩として現れ、
世に超えた四十八の願い(ご本願)をおこされました。」
「そして、心貧しく苦しみ悩む人々を迷いの海から救い出し、
南無阿弥陀仏の名号にこめられた心を伝えることができなければ、
決して仏にならないと、重ねて誓われています。」(以上、前掲書76頁)
…………
「南無阿弥陀仏」
それは阿弥陀さまの名前です。
阿弥陀さまの物語を聞いた人が知る、
阿弥陀さまの名前です。
物語を聞いた人は連想ができます。
「桃太郎」の物語を知っている人は、
「桃太郎」と聞いて、「きびだんご」「鬼退治」を連想します。
物語のキーワードです。
「かぐや姫」の物語を知っている人は、
「かぐや姫」と聞いて、「竹」とか「月」を連想します。
物語のキーポイントです。
「南無阿弥陀仏」と自ら称え、
自ら聞いて、
そこに「本願」や「名号(名の声の仏)」を連想します。
物語のキーワード、キーポイントです。
「願うのではなく、願われていました。」
「この私を呼び続け、寄り添ってくださる仏さまがおられました。」
みなさんは、「南無阿弥陀仏」と聞いて、
何を連想されますか?
(おわり) ※冒頭へ
愛憎をこえて(10月下旬)
【天国との違い】
「仏教について何か分からない事はありませんか?」
「天国と浄土の違いが分かりません。」
若い方からのこの質問は嬉しかったです。
大概の人は天国も浄土も、
霊界だろうが冥土だろうが、
結局どうせ同じ場所、「死者の国」と思いこんでいます。
「お浄土の人って、本当に頭に輪っかがついているの?」
仏さまも天使もごちゃまぜの質問には、
どこから答えたからよいのか。
天国と浄土の違い。
仏教では何が違うのか。
九月の直枉カレンダーにこんな言葉がありました。
「お浄土は倶会一処(くえいっしょ)の世界
愛憎を超える処」
「倶会一処」は「ともに一つの処に会す」と読みます。
『阿弥陀経』の言葉です。
別れた人々と再び会いまみえることのできる場所。
それは愛しみや憎しみという感情を超えたおさとりの世界。
それが仏さまの国、お浄土です。
【クロサイと天国】
先日の車の運転中、
ラジオからこんなニュースが流れていました。
「長寿世界一のクロサイが死ぬ。」
安佐動物園にいたハナという名の雌で、推定52歳だったそうです。
広島の安佐動物園は何度か行った事があります。
知らずに眺めていましたが、有名なサイだったようです。
ニュースの最後、
若い女性の声が別れを惜しんでいました。
「天国へ旅立っていったハナちゃん。お元気で。」
しばらくしてふと思いました。
安佐動物園には、は虫類のコーナーがあります。
シマヘビ、アオダイショウ、ニシキヘビ、トカゲ……。
そんな動物が死んだ時も私たちは同じ事を言うのだろうか。
「安佐動物園の長寿だったニシキヘビが死にました。
天国へ旅立った名もなきヘビちゃん。元気で、また会おうね。」
あまりピンときません。
ましてや、
「先日、飼育員を咬んだホワイトタイガーの○○が死亡しました。
天国へ旅立った○○。お元気で。」
……動物園の動物に限らず、
天国は結局、自分が好きなもの、愛しかった者が生まれ、
そして再会する人間の願望の世界なのかもしれません。
自分が嫌いな者、相性が合わなかった人、
憎しみ恨んだ人は天国どころか、
地獄へでもどこでも落ちてしまえと思う私。
「そう思ってはならない」と思っても、
悲しいかな、心の煩悩の霧は晴れません。
【愛憎を超えて】
そしてそんな煩悩まみれの私が何より、
地獄へまっしぐらの日常生活でした。
殺生はもとより、
「あんな人と会わなければ良かった。」
態度に表さずとも、小声で、そして心で叫ぶ事も立派な仏教的悪意です。
そんな悪業の日暮らしの私と見抜かれた阿弥陀さまは、
「南無阿弥陀仏」の声のすがたとなられて、
「われにまかせよ。必ず救う」と喚ばれます。
天国どころか地獄しか行き場のない私を、
「その罪を私が背負うぞ」
「わが仏の国、浄土へ必ず生まれさせ、仏にしてみせる」と、
誓いどおりにはたらく仏さまが阿弥陀さまです。
お浄土は倶会一処(くえいっしょ)の世界、
愛憎を超える処です。
阿弥陀さまのお誓い通り生まれさせていただくお浄土は、
どのような人とも再会をはたせる場所です。
そして阿弥陀さまと同様の仏となる世界です。
「あんな人とは二度と会いたくない。」
生前そう思い続けた人とも、
心が通じ合える世界。
お互いすれ違いのまま一生涯を過ごしてきましたが、
そうではなかったと気づかされる世界。
本当の意味で平等たりえる世界です。
【告白】
「話せば分かる」とは言いますが、
なかなかお互い、本心は話せないものです。
音楽家のベートーヴェンといえば、
いつも怒ったような顔をしているイメージ。
きっと怖い人で、周りの人も近寄りがたかったでしょう。
けれども幼なじみに、
こんな手紙を書いています。
「私はウィーンで気難しい人間として知られているが、考えてもみたまえ。
音楽家の看板を下げている私が『すいません、おっしゃることが良く聞こえないのですが?』などと聞き返せるだろうか?
それを避けるために、気難しい男の振りをしているのだ。
この苦労がわかるだろうか!」
(本田聖嗣「ベートーヴェンの告白」(日経新聞10月21日(日))より)※1
次第に耳が聞こえなくなるベートーヴェンの苦悩がうかがえます。
…………
ベートーヴェンに限らず、
各々、様々な事情をかかえた凡夫。
わかり合えず、誤解し合って、
「生涯、会えない」人ができます。
「あの人の考え方、生活はどうしても納得できない。」
しかしこの度、
不思議なことに阿弥陀さまに出遇い、
お浄土へ生まれさせていただきます。
お浄土は仏になる国。
阿弥陀さま同様、
さとりの智慧を得て、無限のお慈悲ある者とならせていただきます。
故に生前の愛しみも憎しみも全く関係なく、
お互い告白でき、
わかり合い、語り合え、敬い讃え合える世界です。
あらゆる者と堂々と再会できる場所、
それがお浄土です。
※1 故郷のドイツのボンに住む医師で幼なじみのフランツ・ゲルハルト・ヴェーラーへの手紙です。
(おわり) ※冒頭へ
遇いがたい出遇い(10月上旬)
【ついたち礼拝】
1月と8月を除いた毎月1日、
9時からの45分間、
「ついたち礼拝」を行っています。
正信偈和讃をお勤めし、
法話・茶話、解散。
今年が7年目です。
法話では親鸞聖人の和讃を一首、ご讃題にとりあげます。
三帖和讃は353首あります。
年に10首のペースですから、
すべてご讃題としていただくには、あと29年……70歳。
さて、今月の和讃は、
(68)如来の興世にあひがたく
諸仏の経道ききがたし
菩薩の勝法きくことも
無量劫にもまれらなり
「お釈迦さまの時代に生まれ、出遇うことは、
容易なことではありません。
ましてやお釈迦さま以外の仏さまから、
この上ない勝れた菩薩の教え(大乗の教え)を聞く事など、
無量劫の時間を経ても難しいことです。」
無理だという話ではありません。
そんな遇いがたく聞きがたいものに今ふれている喜びが詠まれています。
それは阿弥陀さまの救いの道理です。
【演奏会】
きっかけは先月の最初の日曜日でした。
岩国組全体の子ども会で、
流しソーメンをお手伝いくださったFさんが勧めてくださいました。
「ロシア交響楽団の演奏会、行った方が良いですよ。」
クラッシックは嫌いではありませんが、
その日はお彼岸の真っ最中です。
しかも自坊の法座の前日。
悩みに悩んだ一週間後、
「演奏会、行ってきたら?」
奥さんの一言ですぐに電話。
「Fさん、チケット一枚、手にいれて下さい!」
圧倒的な演奏でした。
「唸る弦楽器群、咆哮する金管・・・ロシアの伝統、魂の叫びに身を委ねよ!」
宣伝文句の通り、興奮の二時間でした。
クラッシック……でしたが全てチャイコフスキーでした。
オペラ『エフゲニー・オネーギン』のポロネーズ(舞曲)、
ヴァイオリン協奏曲、そして交響曲第5番。
ロシアの作曲家が音楽で表現するロシアの歴史・風土が、
ロシアの演奏家によって堂々と描かれ、
目の前に浮かびあがってきます。
圧巻はチャイコフスキーが48歳の時に作曲した交響曲5番。
まるでそこにチャイコフスキーがいるかのように、
48歳の世界的な指揮者が指揮しています。
チャイコフスキーを知らなかったわけではありません。
でも「チャイコフスキーってこんなにすごかったのか」の一言。
Fさんを始め、ロシア演奏家、西本指揮者等、
さらにはクラッシックの魅力を教えてくれた様々ご縁で、
今、チャイコフスキーに出遇うことができました。
【遠き宿縁】
一週間悩んで出遇ったチャイコフスキーどころではありません。
20年にわたる血のにじむ求道をされた親鸞聖人。
しかしついに法然上人から、阿弥陀さまという、
念仏往生のみ教えに出遇いました。
お念仏を知らなかった親鸞聖人ではありません。
しかし「お念仏とは、阿弥陀さまとはこういう事なのか」の一言。
喜びは一入だったかと。
後に親鸞聖人はこう言われます。
「遠く宿縁を慶べ。」
遇えるはずもない法でしたが、
数え切れない因縁によって、思いがけなく今生、ばったり出遇えました。
むなしく短い一生を終えるしかなかった身が、
ゆるぎない他力の信をえさせていただいた嬉しさです。
【法話会】
様々なご縁で、演奏会ではなくお寺の法会、法話会に。
科学的・合理的な考え方と、
哲学的・道徳的な考え方の私が、
もう一つの考え方、お釈迦さまのとかれたみ教えに出遇います。
私の人生のそのもの、ままならないわが苦悩を超える道です。
死を代表とする四苦八苦の問題。
受け入れられない私の心。
煩悩にまみれ、分別にとらわれた心です。
百歳超えても、死にたくはありません。
諦めろと言われても、「長生きの秘訣はね…」と聞けば、その誘惑に惹かれます。
煩悩を捨て、分別のとらわれを離れることができるなら、
こんなに簡単なことはありません。
しかし、沈む石が沈ませない船に乗るがごとく、
煩悩のままさとりの世界をもって生きる未来がありました。
念仏をもって生きる道。
それはお釈迦さまの本意、諸仏がたの真意、
阿弥陀さまの心にふれる道です。
煩悩のざわつきに左右されない、
分別のとらわれにずれる事のない、
さとりの世界へぶれずに進む道。
生涯かけても遇えるはずのないものに出遇えた道です。
(おわり) ※冒頭へ
お土産(9月下旬)
【澄みきった世界】
長雨も終わり、澄み切った秋空。
今年も秋のお彼岸が近づいてきました。
太陽が真西に沈んでいきます。
その時、仏、長老舎利弗(しゃりほつ)に告げたまはく、
「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、
名づけて極楽といふ。
その土に仏まします、阿弥陀と号す。
いま現にましまして法を説きたまふ。」
(『仏説阿弥陀経』、註釈版121頁)
十万億土では遠すぎる……ではありません。
それは法の清らかさ(清浄性:しょうじょうせい)を示しているといただきます。
私の心であるこの世は、煩悩と悪業で濁った世界です。此岸(しがん)といいます。
それに対して、
阿弥陀さまの国は、さとりと光明に澄んだ世界。彼岸(ひがん)といいます。
秋空のごとく澄み切ったお浄土があります。
【同窓会】
かつてあるお同行の方からこんな物をいただきました。
同期の御老人方よ
念仏を称えませんか。
ナンマンダブ ナンマンダブ と繰り返します。
西方浄土の阿弥陀仏の喚びかけが念仏です。
どれ程罪が深くとも 浄土に迎えて覚(さと)りの仏にするぞと来て下さってあるわけです。
それが念仏です。
仏さまが私共と一つになって下さってある姿です。
遠からず西方浄土に参ります。
楽しみな老境です
人生の未来に浄土を持って生きます。
悠然として生き、死んで往けます。
浄土は私共が仏に成る国です。
無量寿まで仏の覚(さと)りを楽しむ国です。
行き先のない老境は悲しく寂しく憐れです。
あるお寺の掲示板に掲載してあったと聞きました。
かかれたのは山口のお寺のF和上
(和上とは、高位の学階を有する人への敬称です)。
そのF和上の名前の下には、「空戦」と書いてありました。
「どういう意味でしょうか?」
「分かりません。」
一ヶ月後、遠方よりKさんが法座にお聴聞くださいました。
F和上を晩年までサポートされたKさん。
法座のお礼状と一緒に、F和上の言葉を送ると、
こんなご返事をいただきました。
「平成14,5年頃でしたが、
油谷町のホテルで陸軍航空士官学校の同窓会が開かれました折に皆様の土産にと、
準備なさったものです。
私にコピーをさせて下さいましたこと想い出します。
お帰りに成りまして「同窓会は二度と行かん…」とおっしゃいました。
有り難いことでございます。
私共は「遠く宿縁を慶ぶ」ばかりでございます。
お陰様で懐かしく思い起こすことができました。」
【戦友】
一緒に戦った戦友です。
時代の流れとはいえ、
相手を痛めつけ、仲間を傷つけられた思い出を持つお互いです。
そんな友人へ、お浄土をすすめ、お念仏をすすめられました。
土産を喜んだ人もおられたと思います。
その人は大切に持ち帰り、
近所のお寺へ持って行き、
そのお寺の掲示板になったのだと。
しかし、ピンとこない人もたくさんいた事でしょう。
「どれほど罪が深くとも?
戦争は、俺たちの責任ではない。
そんな事よりも昔は……、今は……。」
自慢話、愚痴話ばかりで、
がっかりして帰られたF和上。
【お土産】
F和上から同期の方へのお土産ですが、
私へのお土産といただきます。
悲しくも沸き起こる煩悩は、
そのまま行動にでます。
殺生を繰り返す日々の暮らし。
そんな私の現実を知り尽くした仏さまは、
みずからの功徳をすべてふり向け、
地獄行きの私を方向転換させてくださいます。
「他力の回向(えこう)」と呼ばれるそのはたらきは、
南無阿弥陀仏という名のすがたとなって、
「われに任せよ。そのまま救う」と喚び通しです。
煩悩まみれのまま、
しかし不思議と湧き上がる心持ちは、
ナンマンダブ ナンマンダブと行動にでます。
「お恥ずかしい事です。そして有り難い事です。」
自己反省でも、自己肯定でもありません。
仏さまのお救いの道理、
その道理で描かれた景色を見た不安なき慶び心です。
「間に合っていました。」
戦火のごとく、今日が最後、いつ終ってもおかしくない私のいのちの現場です。
そんな今、仏さまは「われに任せよ、そのまま来いよ」と喚ばれます。
お浄土という未来ある私。
何も焦ることなく人生を歩ませていただきます。
いつか、お浄土でF和上にお会いします。
「私もたくさんのお土産を持って参りました。
お法(みのり)と暮らした様々な土産話です。」
お彼岸の時期がやってきます。
(おわり) ※冒頭へ
ただ一つ(9月上旬)
【小麦とお茶】
「うどん粉」という言葉があります。
何も知らない20代、
うどん粉とメリケン粉は中身が違うものだと思っていました。
うどん粉はうどんの原料、メリケン粉はその他、パンやパスタの原料。
きっと讃岐は夏になると一面、うどんの花が……。
中身はどちらも同じ小麦と知った時は衝撃でした。
なぜ名称が異なるのか。
精製技術の違いです。
明治頃まで日本でつくられた小麦粉は、技術の低い石臼製粉。
褐色が強く、粒度も粗く、
うどんに用いられていたので「うどん粉」。
それに対して、
パン用に輸入されたアメリカ製の小麦粉は、近代的な機械製粉。
色白で品質もよく、
「メリケン粉」と呼ばれたのでした。
さて、最近、似たようなショックが。
緑茶と紅茶と烏龍茶。
40すぎていながら、
三者はすべて違う木だと思っていました。
烏龍茶は中国産の木で、紅茶はイギリス産の木……。
そんなイメージでした。
実は原料はどれも同じツバキ科の植物。
「色も風味も全然違うじゃないか!」
違いは加工の仕方です。
茶葉を採取した後、
すぐに蒸して発酵を止めれば「緑茶」です。
しばらく発酵させ、途中で火を入れて発酵を止めれば「ウーロン茶」。
半発酵茶と言います。
そして完全に発酵させると「紅茶」。
完全発酵茶です。
発酵の程度で全く違うお茶ができるのですが、
中身は同じなのです。
【ただ一つ】
浄土真宗はお念仏一つの救いです。
「では信心はいらないのですか?」
いえ「信心正因」(信心が正しくお浄土へ往生するための因)というように、
信心一つの救いです。
「なんまんだぶ一つ、とも聞きますが。」
そうです。
「なんまんだぶ」とは阿弥陀さまのお名前「南無阿弥陀仏」、
「名号」と言います。
名号一つのお救い、名号の一人ばたらきです。
「第十八願、第十八願とよく聞きますが。」
よくご存じです。
阿弥陀さまがかつて法蔵菩薩という名であった時、
衆生を救うための誓い、本願を建てられました。
その中心が第十八番目の願。
この誓い一つでも「本願」といいます。
ご本山の名称も「本願寺」である通り、
本願一つのお救い、すべて第十八願におさまります
「念仏、信心、名号、本願……一つではないではないか。」
いえ一つです。
どれも中身、本質は同じです。
名号「南無阿弥陀仏」とは阿弥陀さまのはたらきそのものをあらわしています。
煩悩深き私を浄土へ往生させる程の功徳の力。
そして信心と称名は共に、
名号が私のところではたらいているすがたを指します。
名号も信心も念仏も、
別個のものではなく、
本質としては同一のものなのです。
うどん粉もメリケン粉も同じ小麦です。
精製場所が違っただけです。
念仏も信心も、同じ阿弥陀さまという仏の智慧(仏智)のはたらき、他力です。
私の心にうかびあがるのが信心、
私の口で活動するのが念仏(称名)です。
本願と名号も同じです。
法蔵菩薩という因の時は本願、
阿弥陀仏という果の時は名号、
どちらも中身は阿弥陀さまの私を救うための智慧に変わりありません。
私の上に一貫してはたらくものがあります。
私の内側から、
揺るぎなく支え続ける声の存在。
「あなたを救いたい。」
願いが名号となって、信心となり念仏となるのです。
私の日々の生活、
人生の浮き沈みに左右されません。
【人生の曲調】
今年は『赤い鳥』が出版されて100年です。
「童謡」という言葉が生まれて100年、
童謡誕生100年の年なのだそうです。
ラジオ「音楽遊覧飛行」では8月6日、
いろんな童謡を流していました。
「リスリスコリス」、「赤い鳥小鳥」、「スカンポの咲く頃」、「かなりや」、「この道」、「雨」、
「雨降りおつきさん」、「ウサギのダンス」、「青い服の人形」、「七つの子」。
童謡は子どもの時、そして年をとっても口ずさめる不思議な魅力があります。
そんな中、
北原白秋が作った「雨」には面白い事に、
メロディーが二種類ありました。
しかも全く曲調が違います。
雨がふります 雨がふる♪
遊びにゆきたし 傘はなし♪
紅緒(べにお)の木履(かっこ)も緒(お)が切れた♪
「浜辺の歌」で有名な成田為三さんは子どもが歌いやすい、明るい長調のメロディーをつけました。
しかしその後、弘田龍太郎さんは哀愁漂う短調のメロディーをつけました。
どちらも素晴らしい曲です。
同じ詩で違うメロディー、
しかも長調と短調。
といえば浄土真宗の「恩徳讃」も同じです。
「如来大悲の恩徳は♪」
旧譜が発表されたのは、大正7年(1918)、今から100年前です。
その後、昭和27年(1952)、今よく歌われる新譜ができました。
旧譜は短調です。もの悲しくも荘厳な雰囲気が響きます。
新譜は長調です。大悲に出遇えたよろこびが響きます。
どちらも素晴らしい曲です。
…………
人生にも長調・短調があります。
子ども頃の無邪気に遊ぶ時、
また大きな感動、それは長調です。
また怪我をしてつらい時、
別れの涙を流す時、それは短調が似合います。
ですが共に同じ歌詞が流れています。
「如来大悲の恩徳の 雨が降ります。雨がふる♪」
人生の浮き沈みに、
変わることなく降りそそぐ慈雨。
中身は如来さまの智慧の結晶、それだけです。
南無阿弥陀仏といただきます。
心でいただきます。
口でいただきます。
「こちらから願うのではなく、
常に向こうの方が先手でした」といただきます。
中身は全く同じなのです。
(おわり) ※冒頭へ
ナモアミ座(8月下旬)
【天体観測】
先月最後の晩。
ニュースで「火星が大接近」と聞いて、
境内で天体観測をしました。
「あれが火星だよ。」
赤く輝く火星について説明していると、
息子が「あそこにはくちょう座!」
指さす方向には数箇の星。
「あそこが羽で、あそこが頭で……」
説明を受けると、はくちょうの姿が確認できました。
「そして、あれがわし座。」
しばしの説明を受けると、段々、はくちょうと向き合った鷲の姿が。
「はくちょう座のデネブと、わし座のアルタイルと、こと座のベガで夏の大三角なんだよ。」
「………なるほど。お、あっちに北斗七星があるぞ。」
「そうだね、おおぐま座だね。」
「……おおぐま座?」
またもや説明を受けると、夜空に巨大な熊が見えます。
小学生の時習ったはずなのですが、
すっかり忘れています。
(H.A.レイ『星座を見つけよう』7頁)
夜空に瞬く星たち。
その星が結びついて星座が出来ます。
昔の賢人が発見されました。
見えない線が見えるようになり、
姿が浮かび上がり、動き出します。
【ナモアミ座】
仏教の聖典は「経典」と言います。
この「経」は梵語スートラ(修多羅)の意訳。
本来はタテ糸を意味し、
転じて糸によって貫いて保持しているもの、
仏や聖者の教えを文章にまとめたものを呼ぶようになりました。
お経の説かれる教えは、私に糸を通します。
すなわち星座が星を結びつけるように、
私の様々な出来事を結びつけ、
仏さまのみ教えという筋を通すのです。
一等星のようによく輝く星もあれば、
肉眼では不可能、天体望遠鏡を使わなければ見えない星もあります。
人生も同様です。
鮮明に覚えている思い出もあれば、
ほぼ忘れてしまった些細な出来事も。
その一つ一つが、結びついています。
見えない線で結ばれた私の人生。
そこに星座のように姿形が浮かび上がります。
ナモアミ座。
「南無阿弥陀仏」という仏さまです。
おおぐま座のように、
人生の空一杯に拡がっている巨大な星座です。
「すべては如来大悲の出来事なり。」
いつでも変わることなくはたらく智慧の光があります。
「われにまかせよ」と喚び続ける慈悲の声があります。
それがナモアミ座です。
名の仏、声の仏、そして願いの仏さまです。
仏さまの方が願われています。
【星は願う】
ディズニー映画『ピノキオ』の主題歌「星に願いを」ではありませんが、
人は星に願い事をします。
今月12日のペルセウス座流星群。
子どもは必死でした。
突然音もなく現れ、すーっと消える流星。
とても願う暇はなく、
4歳の二女は大泣き。
星に願うように、
仏に願うというお経、み教えもあります。
ただし真宗の場合は逆。
真実の心を込めて「あなたを救いたい」と願われる仏さまです。
昼間は気づかない星々。
夜になっても気づかなかった星座、流星。
生まれた時からありました。
ようやく観えました。
法座で、法事で、説教を聴聞します。
「南無阿弥陀仏」のおいわれを聞きます。
「あなたを救い落とすことがあるなら仏とはならない。」
願い続け、輝き続ける阿弥陀さま。
「観仏本願力」(『願生偈』)(仏の本願の力を観ず)
ようやく観えました。
阿弥陀さまという仏の願いの力が観える者に、
お慈悲のはたらきに出遇う者になっていました。
私の裸の人生にちりばむ星々、ナモアミ座。
今日も阿弥陀さまと共に思い出を作っていく人生です。
(おわり) ※冒頭へ
覆水盆に還る(8月上旬)
【一人ずつ】
かつて落語家がこんな洒落を言ってました。
「お盆になると先祖が帰ってくると言いますが、
何人で帰るか?
必ず一人ずつ帰ってくるそうです。
一人戻れば、また次の人が帰ってくる。
決して二人以上では帰ってきません。
昔の言い伝えです。
〈複数、盆に帰らず (※1)〉。」
冗談はさて置き、
お盆は故人を思い出す季節です。
しかし初めての盆は、
まだまだ複雑です。
ついこの間、涙の別れをしました。
まだまだ後悔溢れます。
「まだまだ一緒にいたかった」と。
【早すぎる】
落語家の桂歌丸さんが7月2日、81歳で亡くなられました。
日曜の夕方、日本テレビの演芸番組『笑点』。
1966年から続くこの番組の最初から出演していたミスター笑点。
2006年から10年間、5代目司会者を務め引退。
引退のインタビューの時でした。
歌丸さんと仲の良かった三遊亭円楽さんは、
「迷惑掛けても、死ぬまでやったら良いのに……。
だってあそこ(司会者席)で死んじゃえば、
“あ、本当に死んじゃった”って私もつっこめるし。」
(歌丸)「よせよ!」
(円楽)「大きなネタが一つなくなります。」
(歌丸)「ざまぁみやがれ。」
歌丸さんにとって円楽さんは天敵。
いつも円楽さんは歌丸さんをいじり、
お茶の間を笑わせていました。
「笑点」の名物でした。
そんな歌丸さんが亡くなった後、
最初の「笑点」大喜利は「歌丸さんありがとう大喜利」。
「歌丸さんにお礼を言ってください。司会の私も『ありがとう』といいますから、もう一言。」
「歌丸師匠! 毎年毎年そうめんを送ってくださいましてありがとうございました。」
「ありがとうございました」
「で、今年はどうなるのでしょう?」
そして最後は円楽さんでした。
「歌丸師匠、一緒に回答者だった頃、そして司会になられても
私の悪口を優しく受けとめてくれて、罵詈雑言にも耐えていただいてありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
「最後に一言言わせてください。じじい!……早すぎるんだよ!」
番組が終わる最後まで、手ぬぐいで涙をぬぐう円楽さんでした。
【ご恩】
大切な人との別れの辛さ。
耳に残る故人の音声。
お礼と共に、悔やむ声も出てきます。
「まだまだ私の側にいてほしかった。」
後悔がないといえばウソです。
しかし覆水が盆に返らないような、取り返しのつかない後悔はしません。
別れを通して、出遇うものがあります。
残してくださった様々なご恩。
その中に仏の教えがあります。
「私の大切な問題がありました。
昨今の災害の報道に教えられるまでもなく、
条件揃えば、不条理とも思えるほどはかない私のいのち。
そんな私のいのちにも、
揺るぎない一筋の光がさしこんでいました。
あなたとの辛い別れでしたが、
あらためて尊いお慈悲をいただきます。」
まさに今、この上ない濃密な時間、
阿弥陀さまという永遠の中に生かされるわが身に気づかされます。
阿弥陀さまの世界、浄土という世界観との出遇い。
そこに多くのご縁、
先立たれたたくさんの先人のご苦労をいただきます。
「阿弥陀さまのお誓い通りでした。」
その心持ちに立脚した時、
お誓い通りの故人の姿、仏となられた故人が、
いつでも私の所に還り来たっておられます。
【帰る理由】
お盆に限らず、お念仏申す所、
いつでも故人は還ってきておられるといただく浄土真宗のみ教えです。
それには理由があります。
願土にいたればすみやかに
無上涅槃(むじょうねはん)を証(しょう)してぞ
すなはち大悲をおこすなり
これを回向となづけたり
(高僧和讃、註釈版聖典581頁)
浄土へと往生した方は、
阿弥陀さまの願力によってすみやかにさとりをひらき、
大いなる慈悲の心をおこします。
そして私たちの世界に還り来たり、
迷いの私を正しい道へ導いておられます。
真実の道を示す事。
阿弥陀さまとの邂逅をセッティングすること。
それが故人の還られる意味といただきます。
一度こぼれた水は二度と盆の上に戻ることはありません。
帰ることのない故人……、
いえ今、帰っておられるからこそ、
「南無阿弥陀仏」とお念仏申せる私がいるのです。
(※1) 「覆水盆に返らず」の洒落です。
(おわり) ※冒頭へ
サッカーと本願(7月下旬)
サッカーを楽しもうと思ったことはない。
楽しもうとしなくても、
どんなときもサッカーは楽しいからだ。
(クリスティアーノ・ロナウド ※1)
【ワールドカップ】
サッカーのワールドカップ、ロシア大会が16日、終わりました。
夢のような一ヶ月。
メッシ、ロナウド、ネイマール、エムバペ……、
世界の一流プレーヤーのあっと驚くプレーを堪能した1ヶ月でした。
ただ放送は主として深夜3時。
ほとんど生放送では観ていません。
観ていたのはダイジェストです。
NHKや民間放送が、90分から120分の試合を編集し、
2、3分に要約してくれます。
どれほど素晴らしい試合だったかを教えてくれます。
見所、スーパープレーもきちっと映してくれます。
【スーパープレー】
私たちが日頃お勤めする『正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ』、
略して『正信偈』は、
親鸞聖人による阿弥陀さまの讃歌です。
その『正信偈』の前半を「依経段(えきょうだん)」と言います。
「『無量寿経』を依りどころとした段落」という意味であり、
『無量寿経』の大切な内容を凝縮しています。
例えるならワールドカップのダイジェストみたいなものです。
一流のサッカー選手の阿弥陀さま。
そのスーパープレーを「本願」と言います。
『正信偈』にはたびたび「願」や「誓」の字が出てきます。
- 「建立無上殊勝願 超発希有大弘誓」
- 「本願名号正定業 至心信楽願為因」
- 「唯説弥陀本願海」
- 「聞信如来弘誓願」
- 「弥陀仏本願念仏」
何度も登場します。
【名号・本願・他力】
『正信偈』には、
「重誓名声聞十方(重ねて誓うらく、名声十方に聞かしめん)」とあります。
仏さまは名の声の仏、
私に聞こえる仏となると誓われました。
「自業自得」であり「因果応報」の世の中。
しかしどのような者も決して、
悲しい結果に落ちいる事はさせないと誓われました。
私の心の底までご覧になり、
日々の私の罪業を知りぬき、
そんな私を救い上げたいと願われました。
願いを発し、修行を起こし、功徳を成就して、
その全てを私に廻向されます。
「名号」という、名となり、声となり、
私の迷いの道を、悟りの道へ転回しようとはたらかれます。
この阿弥陀さまのはたらき、
本願他力といいます。
本願力とも、本願とも、他力とも、仏力ともいいます。
そして他力本願とも。
世間でいう「人間の希望、欲望をかなえるための願い。他人まかせ」とは違うのです。
【他力本願への批判】
世間ではどうしても「他力本願」とか「他力」というのは、
消極的で悪いイメージです。
ワールドカップの予選の最後、
日本はポーランドと戦いました。
勝つか引き分ければ決勝トーナメント進出。
もし負けたとしても、
同時刻に行われているコロンビアとセネガルの試合で、
セネガルが負ければ、
やはり決勝トーナメントに進めます。
試合の後半、日本はポーランドに1点取られます。
反撃の日本……しかし、
途中から、攻めるのをやめました。
セネガルが一点取られたからです。
終始、パスを回し、攻めませんでした。
試合は終了し、日本は負けました。
しかし数分後、
セネガルも負けたという連絡があり、
日本は決勝に進みました。
様々な意見が出た試合でした。
「日本の戦術は当然だ」という声もありますが、
「残念だ」、「スポーツマンシップに背いた」、
「フェアプレーを汚した」という意見も。
そんな批判記事の見出しに登場するのが「他力本願」。
- 〈日本がポーランド戦で他力本願なつまらない試合をした〉
- 〈日本代表は他力本願の戦いを見せた。〉
- 〈日本の他力本願な“消極的パス回し”を海外ファンが非難〉
- 〈“他力本願”の思惑が実った日本〉
【願わない】
阿弥陀さまの他力本願。
それはセネガルを負けに追いやる力ではありません。
日本が勝つとか、セネガルが負けるとか……、
もっと大きな問題があります。
ワールドカップが終わって一週間。
気づけばもう世間の話題にあがらなくなるような、
そんな問題の解決ではないのです。
どれほど厳しい人生であっても、
「空しく終わらせない」と願い、行動してくださっています。
そんな永遠の仏の存在を「南無阿弥陀仏」、名号といいます。
お念仏はそんな願い行ずる仏さまとの出遇いを意味します。
願うのではなく、
願いに気づくお念仏。
他力本願という言葉。
往生や成仏と同様、
念仏者として大切に使用したいものです。
「神様や仏さまに、
自分や他人の人生の幸せを願ったり、まして祈ろうと思ったことはありません。
願おうと思わなくても、
どんな時も仏さまの方が願ってくださっているからです。」
そんなご門徒との出遇いを夢見て。
※1 2008.6.10、ユーロ2008へ向けたポルトガル代表合宿で『クリスティアーノ・ロナウド:ヒーローの夢がかなうとき』
(おわり) ※冒頭へ
一杯の珈琲(7月上旬)
【ジョージア】
今年のはじめ頃、こんなCMを観ました。
「便利になったよなぁ。」
「うん?」
「スマホアプリだよ、作ったヤツすげぇな。」
二人の道路作業員が感心している頃、
そのスマホアプリの開発者は、
お弁当を食べていました。
「うまい! この弁当企画した人、マジ好み!」
その頃、その弁当を企画した女性は、
「お弁当は素材が命。生産農家サマサマね。」
そうつぶやいている頃、その野菜を作った農家の人は、
「野菜は鮮度やけん。運んでくれる人に感謝やね。」
そう感謝している頃、そのトラックの運転手は、
「この道完成したんだ。助かるわ。」
そう言いながら一番最初の二人、
道路作業員の側の道路を通り過ぎていきました。
「お客さん、ご安全に!」
手をふりながら二人は、
「なんか……他人とは思えないっすね。」
「つながってるのかな。」
珈琲「ジョージア」ののCMです。
【アイスコーヒー】
私の周りにも「見えないつながり」があります。
たとえば一杯のアイスコーヒーを飲みながら、
「冷たくて美味しいな。」
そう私が思っている時、
その豆を栽培したコロンビア人は、
車を運転中しながら、
「この流れている曲、すごく良い!」
そんな気分の時、
その音楽を作った日本人は、
雑誌を読みながら、
「面白い記事だな。」
そう関心している時、
その記者はインターネットをしながら、
「このHPの法話、つまらないな。」
…………。
改めて、仏教の因縁和合の道理を考えさせられます。
あらゆるものは、
お互い因となり縁となっています。
縦横無尽につながりあい、調和しあって、
お互いを生み出し、成り立たせています。
単独なものは何一つありません。
【光号摂化】
私が称えるひと声のお念仏。
そこには先ほど同様、無尽のご縁があります。
しかし何と言っても、
「南無阿弥陀仏」という仏の名には、
阿弥陀さま本人のご苦労が偲ばれます。
親鸞聖人は次のように言われます。
まことに知んぬ、徳号の慈父ましまさずは能生の因闕けなん。
光明の悲母ましまさずは所生の縁乖きなん。(『教行信証』行巻)
(いま、知ることができた。
慈悲あふれる父のごとき、弥陀の名号がなければ、
私の往生の因は欠けてしまうだろう。
また、慈悲あふれる母のごとき、弥陀の光明がなければ、
私の往生の縁はないに等しいだろう。
凡夫の私を、苦悩なき仏の世界にいたらせたいと欲した、
「法蔵」という名の菩薩がおられました。
「五劫」という頭がすりきれる程の長い時間を要し、
「本願」を発されて、ついに完成、仏となられます。
「無量寿」、永遠のいのちをもって、
「無量光」、永遠の光を放ち、
「摂取不捨」と、つかんで私を離しません。
「浄土往生」させ、仏に仕上げ、
「還相回向(げんそうえこう)」という、大悲の活動者に仕上げます。
「名号」、南無阿弥陀仏という名の由来です。
凡夫の私が仏になる事。
それは因も縁も「南無阿弥陀仏」という、
名の仏、光の仏さまによる功徳による実現です。
【真実信】
しかし親鸞聖人の言葉は、このように続きます。
能所の因縁和合すべしといへども、
信心の業識にあらずは光明土に到ることなし。
真実信の業識、これすなはち内因とす。
光明名の父母、これすなはち外縁とす。
内外の因縁和合して報土の真身を得証す。
(しかし、弥陀の名号と光明という功徳の因縁がそろっても、
肝心の信心が正しくなければ浄土に生まれることはできない。
真実の信心を内因とし、光明と名号の父母を外縁とする。
これらの内外の因縁がそろって、
ついに真実報土のさとりを得るのである。)
阿弥陀さまのお話を聞き、
阿弥陀さまの一人ばたらきを聞きます。
お念仏の心、仏さまの他力の心をいただきます。
それを世間で使われる信心と区別して、
「正信」とも「真実信心」とも言います。
阿弥陀さまを聞くより前の私。
それはたとえば、
「私にはまだ関係ない」という無関心から始まり、
「私にはよくわからない」という疑念。
「死ぬって結局、こうなんだろう」という思い込みでした。
やがて年を重ねます。
本物の死が目の前に見えてきた時、
不安と共に、心が信心めいてきます。
「助かるといいな」という期待。
「助けてほしい」という願望。
「きっと助かる!」という祈り。
どこまでも自らのはからい心です。
【本日も至福なり】
たまたま行信を獲ば、
遠く宿縁を慶べ (教行信証総序)
正信にはほど遠い、期待、願望、祈りの心に満ちていく私。
しかし何度もお育てのご縁の中で、
徐々に、正信といただける身が出てきます。
「南無阿弥陀仏」と、一声のお念仏を、
自らの口からお礼と共にいただきます。
「あなたが救われなければ、私も救われない」という、
これ以上ない仏さまの心を知り、
その大悲の心が私につながっている事をかみしめます。
阿弥陀さまの強い縁。
「すべては如来大悲にであうための出来事であった」と、
あらゆるものとのご縁を思わずにはおれないほど大きなものでした。
先ほどのCM。
一口の珈琲を飲みながら言うセリフがあります。
「本日も至福なり。」
「南無阿弥陀仏。本日も至福なり。」
本日も、この上ないお念仏のご縁、
充実した日暮らしを味わいます。
(おわり) ※冒頭へ
助ける法(6月下旬)
【救護法】
先日、夏のプール監視をするにあたって、
「救護法」の講習へ行きました。
講習の内容は心肺蘇生法とAED(自動体外式除細動器)の使用について。
- 反応を確認する。 ※「大丈夫ですか?」と耳元で声をかけ、肩をたたく。
- 助けを呼ぶ※「誰か来て下さい!」。一人に119番を。もう一人にはAEDを持ってきてもらう。
- 呼吸の確認※目視でよいそうです。
- 胸骨圧迫30回、人工呼吸2回※胸骨圧迫は強く、速く(約100回/分)。子どもの場合は片手で。
- AEDが届いたら、交代してもらい、AEDの電源を入れ、電極パッドを装着。
- 心電図の解析の結果、
- 電気ショックが必要な場合、電気ショック、その後ただちに胸骨圧迫と人工呼吸※救急車が到着するまで(岩国市は平均6分)
3年ぶりに行きました、ずいぶん忘れている自分がいました。
何事もくり返しが肝心です。
どうやって呼吸を取り戻すか。
助けるのは一度きりです。
「いのちに関わる話ですから、楽しくやりましょう。」
という指導員の言葉が印象的でした。
「こんなじじいの話を聞いてくださってありがとうございます。」
こちらこそお礼です。
【相談窓口】
話は変わります。
「岩国市困りごと相談窓口一覧」という紙があります。
「生きることがつらいです。」
「眠れません。気分が沈みます。不安でイライラします。」
アルコール依存症や、ひきこもりになる人がいます。
また癌やエイズ、B型肝炎・C型肝炎という深刻な病気により、
「一体私はどうなるのか。医療費や今後の生活費は……」、
悩んで不眠症になる人がいます。
呼吸はしていますが、
精神的に息苦しいのです。
そんな心や身体の悩みに、
各市町村にはお電話での窓口があります(※1)。
必ず助けがあります。
お寺でも結構です。
どうぞお立ち寄りください。
【スピリチュアルペイン】
しかし電話相談もできない状況があります。
今日はそのお話です。
「生きているのがつらい。」
がん患者さんは、金銭面、
そして高熱や痛み、吐き気等、
病気自体の苦しみがあります。
しかしもう一つの苦痛があります。
「あと二ヶ月ですね。」
死期を告げられなくても、
時として「死」を意識してしまいます。
死が近いと感じた時、
「どうせ死ぬのだから今生きていることなんか何の意味もない。」
生きる意味の消滅、
目に見えない苦痛です。
これを「スピリチュアルペイン」と専門家は言うそうです。
自分に価値観が持てなくなる理由として、
三つの面から考えられます。
一つは夢が消えること。
過去に積んだ体験や知識、、
それによって出てくる未来への夢、
故に精を出す健康な時の毎日。
病気はその夢を奪います。
二つ目は友人・知人・家族関係の断絶。
子どもは「お父さん」と呼んでくれ、
親は「子どもよ」と呼んでくれます。
近所は「○○さん」、会社では「△△さん」、
周りの人が様々に呼んでくれる日常。
「周りが私を認識してくれている。」
病室はその関係を奪います。
誰も来てくれなくなる病室。
三つ目は意志、自己決定の消失。
「自分はこう決める。」
この思いが自分を支えます。
物作り、自分の決定による生産。
自分が生み出した価値の誕生。
しかし、
がん患者は否が応でも人に依存しなければならない状況に陥ります。
それが怖いのです。
(以上参照、川上明「緩和ケアってなぁ〜に?」(『大乗』2018-5月号より))
【灯火】
親鸞聖人は自著『尊号真像銘文』に、
尊敬された兄弟子、聖覚法印の次の言葉を引用されます。
弥陀の誓願は無明長夜のおほきなるともしびなり。
がん患者が時として抱く、
未来が見えず、孤独を感じ、何もできない自分への情けなさ。
それは仏教が抱える、
私たちの根本問題「一切皆苦」にも通じます。
「生老病死」と言います。
生まれる事から始まり、
老い・病み・死んでいく事、どうしようもありません。
ままならならい人生です。
「独生独死」と言います。
孤独で生まれ、孤独で死んでいきます。
その不安の解決が見いだせない、
ずっと無明煩悩の闇に住む私。
それを「長夜」、終わることのない夜にたとえました。
しかし大きな灯火があります。
未来を示し、
孤独と知らされつつも温かな光、
一切をおまかせするはたらき。
「他力」とも「本願力」とも「仏力」とも言います。
無碍光如来の名号と
かの光明智相とは
無明長夜の闇を破し
衆生の志願をみてたまふ(曇鸞讃、註釈版586頁)
阿弥陀さまの智慧と慈悲の物語。
お寺でお聴聞します。
どこどこまでも離さない、
いついつまでも落とさない、
そんな引力ならぬ仏力の法を、
眺めているのではなく、
「知りませんでした」と知らされます。
私のものの見方に、
仏さまの見方が入ります。
夢も希望もなく、
孤独で何もできない自分から、
「そうではなかった」という自分に驚く見方。
また死生観の変化です。
「きっとこうだ」という希望であった死生観が、
「かたじけない」という報恩としての死生観に。
「南無阿弥陀仏」
共に呼吸をしてくださる仏さま。
親鸞聖人がただ一つお伝えくださる、
真実の救護法です。
(※1)
電話相談は他にも、
自死(自殺)で亡くされた方の相談
子どもの健康や育児に関する相談
子どものいじめや非行に関する相談
女性のさまざまな問題や人権に関する相談
障害者の生活支援に関する相談
高齢者の介護や生活支援に関する相談
権利擁護に関する相談
※認知症や知的・精神障害などで判断能力が不十分な人の財産管理や契約などに関する相談
生活困難で生活保護や各種貸付に関する相談
法律や多重債務・消費者トラブルに関する相談
労働、経営、職場問題に関する相談
どうぞお電話してみてください。
https://www.city.iwakuni.lg.jp/uploaded/attachment/19223.pdf
(おわり) ※冒頭へ
法座と本願(6月上旬)
【朝の電話事件】
それは早朝六時すぎの事。
突然電話がありました。
「葬儀の連絡か?」と思いながらおそるおそる「もしもし……」、
するとFさんからの電話で、
「おたずねしたいのですが……今月の法座はいつですか?」
Fさんからは一週間前にも電話があり、
3月に隣の市に引っ越した事を知らされていました。
法座を気にしてくださるのは有り難いですが、
何も早朝に電話しなくても。
「6月18日の昼1時半からです。
もうすぐ、寺報ができますので、それをお届けしましょう。
住所はどちらですか?」
住所を書き留めて、電話を切りました。
「何も早朝からたずねなくても…………まてよ?!」
ハッと驚きました。
寺報を送るといいながら、
寺報はいつ発送するのだ?
逆計算すると、印刷会社への提出期限、一日遅れています。
慌てて、その日の研修をキャンセルし、寺報作成に。
Fさんのお陰で気づかされました。
【法事】
ご法事は1周忌や13回忌等の他、50回忌、100回忌もあります。
「何も知らない人の法事を…………いや、まてよ?」
ハッと思うことがあります。
私は50年前、100年前、いったい何をしていたのか?
分かりません。
分かりませんから聖典の言葉をいただきます。
「現にこれ生死の凡夫、
罪障深重にして六道に輪廻せり。
苦しみいふべからず。
いま善知識に遇ひて弥陀本願の名号を聞くことを得たり。
一心に称念して往生を求願せよ。」(本典行巻・礼讃引文)
(【現代語訳】
わたしたちは現に迷いの凡夫であって、
罪のさわりが深く迷いの世界をさまよい続けている。
その苦しみはいい尽くしがたい。
今、善知識(仏教の道理を説いて、仏道に縁をむすばせる人)に遇って、
阿弥陀仏の本願に誓われた名号を聞くことができた。
一心に称えて往生を願うがよい。)
「六道」とは「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天」の世界。
その迷いの世界を経巡ってきたというのです。
人間の世界と他の五つの世界の違いは、涙です。
人間世界だけは、平生に、涙をこぼします。
迷いの苦しみに気づき、仏法のご縁があります。
法事は、故人という「善知識」が、
私に仏道に縁をむすばせてくださる一時です。
先祖を通して、
私たちが阿弥陀さまを敬う身とお育てをいただきます。
それが「善知識」といただく先祖の願いです。
【夜の提灯事件】
先日、何十年ぶりかに隣寺の「宗祖降誕会」のお祝い行事、
「ちょうちん行列」に参加しました。
小学生がたくさん参加。
外国人も多いのに少し驚きました。
夜7時にお寺を出発し、
提灯をもって一時間町内を一周しました。
終った直後です。
「お父さん、泊まりにいって良い?」
「? どこに?」
「知らない。」
聞くと、先ほど一緒に歩きながら仲良くなったのだそうです。
まだ名前も聞いていない外国の女の子。
娘より一級上の五年生。
住んでいる所は川下町。
同じ市内ですが、車で20分はかかる所。
しきりに泊まりにおいでと誘ってくれます。
「家はひろくて、こんなで、あんなで、すごいんだって!」
「ありがとう、また今度ね。」
さりげなく断りました。
【本願を聞く】
どんなに阿弥陀さまが「お浄土へ参れよ」と言っても、
阿弥陀さまの事を何も知らずに、
「ありがとうございます。参らせていただきます」は無理です。
どんなに優しそうな人でも、
素性の知れない所に行くのは無理であるように。
「また今度聞かせていただきます。」
丁寧に断って終わりです。
では阿弥陀さまとは何ものか。
分かりません。
不可称不可説不可思議の仏さまです。
ですから阿弥陀さまの願いを聞きます。
結局、阿弥陀さまの素性は、本願にあります。
どのような願いを建てられたのか?
なぜ建てられたのか?
阿弥陀さまの事を、各々が聴聞し、
あらためて「お浄土へ参れよ」という喚び声を聞く時、
「ありがとうございます。ナモアミダブツ」と言える身になるのは、
一人ひとりの問題なのです。
提灯のほのかな明かり。
小さな明かりですが、暗闇の存在を教えてくれます。
そして小さな明かりでも、この一つで前に歩んでいけます。
親鸞聖人がさし示された本願の明かり。
何のために生きているのか全く不明な暗闇の私と知らされ、
加えて煩悩に血塗られる日々を送りつつも、
確かに歩めるお念仏の道があります。
(おわり) ※冒頭へ
無限の出遇い(5月下旬)
【5.21】
5.21。
それは千円札の表紙、細菌学者・野口英世の命日です。
51歳で黄熱病で亡くなりました。
今年は没後90年とか。
また浄土真宗本願寺派にとって、
「5.21」は別の大切な日。
親鸞聖人の誕生日です。
「降誕会(ごうたんえ)」と言います。
今から845年前に誕生されました。
浄土真宗のみ教えについて、
親鸞聖人はこう言われます。
つつしんで浄土真宗を案ずるに、
二種の回向あり。
一つには往相、
二つには還相なり。(『教行信証』教巻)
回向とはめぐらし、さし向けること。
ここでは阿弥陀さまの救いのはたらきを意味します。
「南無阿弥陀仏」と仏の慈悲の心をいただくと、
二つの道がみえてきます。
一つは「往相(おうそう)」、
すなわち往生浄土への道です。
「煩悩具足の凡夫」といいます。
私には迷いの原因である煩悩がたいそうついているようです。
どのくらいついているか。
こっちは煩悩がついてて、あっちはついてない……
なんて生やさしいものではありません。
ここも煩悩なら、あそこも煩悩、
こっちも、そっちも、あっちも、むこうも……
ですから私から煩悩をとる私がなくなってしまう程です。
「煩悩成就のわられ」。
煩悩が服を着て歩いているようです。
しかしそんな私が、
阿弥陀さまのお誓い通り、
念仏のご縁でさとりの浄土へ生まれさせていただきます。
そして阿弥陀さまのお誓い通り、
ただちに阿弥陀さま同等の仏と成らせていただきます。
念仏成仏。
それは何ものにもとらわれない究極の安らかな身です。
ある意味、目的の完成、仏道の集大成です。
【還相の始まり】
ところが即座に次の道が始まります。
それが二つ目の「還相(げんそう)」、
浄土から娑婆へ還るというのです。
さとりを完成し終えた者は、
その自在なる救いの力を得たが故、
そこで「おしまい」とはしないのです。
再び、迷いの世界へ還り来たります。
阿弥陀さま同様の大悲のはたらき、
無限の衆生救済活動が始まります。
……命日は故人を思い出しやすい時です。
お浄土へ先きに生まれていかれた方々。
悲しみの別れとなりましたが、
お浄土で必ず会うことができます。
しかしもう一つの出遇いがあります。
ナモアミダブツを申す時、
阿弥陀さま同様、
故人とも出遇うのです。
何故なら故人は、
阿弥陀さまの誓い通り、
私を導く還相の活動をされているからです。
決してぼんやりと見守ってはおられません。
また単に「私の心の中で生きている」とも違います。
念仏申す私のそばで、
その南無阿弥陀仏の素晴らしさを褒め称え、
その内容をしっかりと護られています。
そして、
「この真実の道を迷うことなく歩んでくれよ」と、
説いてくださっているのです。
【3.26】
3.26。
それは「運命」で有名なベートーヴェンの命日です。
没後191年。
しかし今年、坊守の知り合いであるKさんの命日とH先生の法話で知りました。
今年は七回忌でした。
坊守と同い年のKさん。
伝道院というお寺の専門学校で、
一年間一緒に勉強した仲間でした。
……突然の病魔は30代半ばでした。
年末、急に背中が痛みだし、
病院へ行くとすぐに入院。
すい臓癌でした。
もって4ヶ月。
Kさんは治療をやめ、
姫路にあるホスピスへ入りました。
恩師のH先生が病室へ行くと、
十字架の前に阿弥陀仏が安置されていました。
血が止まらない中、
でも口の中を血でいっぱいにしながら、
KさんとH先生はたくさんの事を話したそうです。
昔話、世間話も終わると、
いつしか阿弥陀さまの事、お浄土の事へ。
お互い本音で語り尽くしました。
そして最後は、
「じゃあ、浄土で会おうね。」
「はい。」
【一仏の中に】
そんなどこまでも本音をぶつける中、
KさんはH先生にこう告白しました。
「実は……いつかH先生を超える布教使になろうと思っていた。
でもこれで終わるのかと思ったら悔しい。」
それに対してH先生は答えました。
「馬鹿いうな。
あんたはすぐ私をこえるじゃないか。
あんたは阿弥陀仏になるんやで。
あんたがわしを導かんといけんのやで。
頼むで!」
「うん。」
そして3月26日、H先生はKさんの妹さんから電話をもらいます。
「今、兄はお浄土へ参りました。」
法話の最後、H先生はこのように結ばれました。
「今、彼ははたらいています。
K君は『ナマンダブ、ナマンダブ』となって、
今ここで私を導いてくれている。
お浄土は「倶会一処」、必ず会える所だけれど、
今、私は彼と共に一緒にいます。
今先立った方と一緒にいる。
それがお念仏の味わいです。」
お念仏の心を領解する時、
私を救わんとするたった一人の仏様、
阿弥陀さまのやるせないお慈悲に出遇います。
「私を見捨てない方がおられた」と知らされます。
しかし実は、
阿弥陀さまの誓い通り、
お念仏の側には無限の仏さまもおられます。
野口さんもしかり、故人も同様です。
限りのない出遇いに今、
私が浸っている事実を、
「ナンマンダブ」はまた教えてくれるのでした。
(おわり) ※冒頭へ
ピカソと念仏(5月上旬)
【ひろしま美術館】
今年2月、13回目の結婚記念日に、
夫婦で広島へ食事へ行きました。
食事前に、奥様はデパートで買い物、
私は病院へ定期検診へ。
検診が思ったより早く終わり、
待ち合わせの時間まで半時間。
ふと、先日テレビで紹介していた、
「ひろしま美術館」を訪ねてみました。
「ひろしま美術館」のテーマは“愛とやすらぎのために”。
原爆の惨劇からの復興を願い、
気軽に本物の“美”を鑑賞してもらいたいと、
分かりやすく親しみやすい絵画が展示されてあります。
第1展示室のモネ、
第2展示室のゴッホ等、
どれもその画家らしい絵ばかりです。
噂に聞くゴッホの『ドービニーの庭』は感動しました。
さて第3展示室、
そこにはピカソの絵画が。
20世紀芸術最大の巨匠です。
【ピカソ】
こんな小咄があります。
ある女性が画廊へ来ました。
「これ、ゴッホね!」
「いいえ奥様、ユトリロでございます。」
「……じゃあ、これもユトリロね。」
「いいえ奥様、ゴッホでございます。」
「そう………これなら分かるわ。ピカソでしょ!」
「いいえ奥様、鏡でございます」
……第3展示室には、
ピカソの「女の半身像」という名の絵画が二点ありました。
いかにもピカソらしい絵。
一見すると、一方はゴツゴツした感じ。
もう一方は、もう女性というより……一つ目小僧です。
思い出すのは子供の頃、
わが家の洗面室の壁には、
ピカソの「ドラ・マールの肖像」が掛けてありました。
その絵を見るたびにいつも思うのは、
「変な絵だな。」
顔が変です。
顔の半分は正面からですが、
もう半分は真横からのアングル。
不細工です。
「こんな絵なら、子供でも描ける。」
なんでこんな絵が何億円もするのか。
しかし今は違います。
キュビズムという言葉を知りました。
日本語にすると「立体派」。
普通、絵画は一つの方向の視点から描かれています。
しかしキュビズムは様々な角度から見た物の形を一つの画面に収めます。
多視点。
それによって対象の魅力を最大限引き出します。
ルネサンス以来の遠近法をあえて否定した理知的な画法です。
美術史上、形からの解放に成功したキュビズム。
人間の美しさの大転換を行いました。
キュビズムの話を聞いた今、
ピカソの値打ち、少し分かるような気がします。
【あらゆる角度】
「ナモアミダブツ」のお念仏。
何も知らずに大人になった時、
ふと「子供でも簡単な行に、何の意味が?」
と思う私がいます。
しかし仏教の歴史、
そして親鸞聖人の教えを聴聞する中で、
「他力」という言葉の本当の意味を知りました。
親鸞作、「正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)」には、
法蔵菩薩因位の時、
世自在王仏の所にましまして、
諸仏浄土の因、
国土人天の善悪を覩見(とけん)し…
という箇所があります。
あらゆる角度から、
私の正体をじっと見つめられた法蔵菩薩、
後の阿弥陀さまがおられますというのです。
他人に公表している部分だけではありません。
秘密にしている過去の事柄。
知らずに犯している悪行。
指摘されても認めたくない罪業。
過去の罪、現在の悪、未来の苦しみ。
全てを見尽くした上で誓われたのが弥陀の本願。
結果となってあらわれたのがナモアミダブツの名号。
【大転換】
念仏にこめられた如来さまの思い。
それは「どのようなあなたであっても救いたい」と、
私たちにふり向け、与えられた如来の真心、
仏心の功徳の結晶です。
その心を聞き受けた時、
あらためて念仏は、
どんな子供でもできる簡単な行為ですが、
決して凡夫には真似できない行為と知らされます。
同時に、
「称えたらこんな効果がある」等、
私たち凡夫側の功績を、
一点も混じらせてはならないと思い知らされます。
油断すればすぐに「意味がわからない」と、
湧き上がってくるはからい心。
仏の慈悲も幾度となく裁いてきました。
罪の深さは計り知れません。
しかし今、
お念仏の値打ちに出遇います。
底知れない罪の側に、
「そんなあなたを救いたい」と、
変わることなく喚び続けておられた方に気づかされます。
「罪あるが故に聞こえました。」
深い悲しみの中に、
不可思議な仏の憐れみをいただきます。
他力の道理かつ真理である“ナモアミダブツ”。
仏教史上、救いのはたらきを鮮明に表しだしました。
人間としての罪業の問題、
苦悩の解決の大転換が、
ナモアミダブツの六字の声なのです。
(おわり) ※冒頭へ
クリスマスに(4月上旬)
【コンサート】
昨年12月23日、知人に誘われ、
広島県の大竹市、玖波公民館へ行きました。
「ポップザウルス ポップらんど ジョイント・クリスマス・コンサート」。
クリスマスは初めての体験でした。
目的は「メリークリスマス!」ではなく、
特別ゲストの二階堂和美さん。
今年の5月3日、私たちの企画する記念行事で歌っていただきます。
(記念行事のパンフレットは、「こちら」でみれます)
さてコンサート前半は、
「ポップらんど」と「ポップザウルス」、
二組の演奏でした。
「ポップらんど」は、大竹市の療育リトミックの団体。
障害のある子供達の社会的自立を目指しているそうです。
トーンチャイムや、ハンドベルを使った演奏。
何ともいえない心地よい演奏でした。
「ポップザウルス」は、本格的なバンドグループでした。
ダウン症などの知的障害を持つ8人組。
結成して10年で、現在は全員成人。
日中は仕事、夜は練習。
1曲を完成させるのに2、3ヶ月かかるそうです。
「恋するフォーチュンクッキー、恋(星野源)、ハナミズキ、糸、情熱大陸」等、
とても盛り上がりました。
偶然にも体験できたクリスマス・コンサート。
普段なかなか持てない方々との貴重な時間でした。
【ナモアミダブツ!】
コンサート後半、二階堂さん登場。
大竹の寺院出身の歌手です。
5年前のスタジオジブリの映画、
「かぐや姫の物語」の主題歌「いのちの記憶」で一躍有名になりました。
ポップザウルスとは3、4年前の24時間テレビで共演。
それがご縁で、再び一緒にコンサートが実現しました。
「私は仏教徒ですが、(こういう趣旨の)クリスマス、良いじゃないですか!」
ピアノの黒瀬みどりさん、コントラバスのガンジー(二階堂敦)さん、
三人組の楽しいパフォーマンスが始まりました。
コンサートの途中、
二階堂さんが会場の私たちに声をかけます。
「メリークリスマス!」
すると会場の人たちも、
「メリークリスマス!」
その次に、
「ナモアミダブツ!」
すると会場は、
「ナモアミダブツ……?」
声が小さい。
苦笑いの二階堂さんですが、
その後、こう言われました。
「メリークリスマスもナモアミダブツも、
‘ありがとう’という意味は同じなんですよ。」
【お礼の言葉】
クリスマスとはキリスト教において、
イエスキリストの生誕の日。
華やかなお祝いを通じて、
お礼を言う日です。
「あなたのおかげで神の言葉にであえました。」
ナモアミダブツ(南無阿弥陀仏)もお礼です。
広い意味で、真実の仏をあらわす「阿弥陀仏」。
「われにまかせよ、必ず救う」と誓い喚び続ける仏さまです。
その仏の願いの力に、
「南無阿弥陀仏」は「おまかせいたします」とたのむ言葉であり、
「仏の心にはほど遠い私なのに、かたじけない事です。
ありがとうございます」とお礼申す言葉です。
阿弥陀仏を昔から「親さま」と、
親の存在にたとえてきました。
何もできない幼児を、決して離さず、おぶったり母乳を飲ませたりする母親。
何も知らない子供を、あの手この手で道から外さないよう導く父親。
責任はすべて負い、子供の独り立ちを願い続ける親。
そんな親の心、親の苦労と同じ面が、
阿弥陀さまの願いの中に見てとれます。
煩悩凡夫の私を、決して離さないと誓われました。
「あなたが救われ、あなたが私と同じ仏にならないのなら、
仏になった私が存在する意味がない。」
責任をすべて負い、あの手この手で導き続ける仏。
それが南無阿弥陀仏の阿弥陀仏の功徳です。
【一心の願い】
コンサートが終わり、
舞台には二階堂さん達の他、
ポップらんど、ポップザウルスの方々も。
そしてその後ろにはそのご家族・両親の方々もおられます。
「今日は有り難うございました! メリークリスマス!」
生まれながらにして、
日常生活に影響の出るような制限を受けている児童。
障害を持つ我が子の子育てには、
想像できない様々な苦労があろうかとお察しいたします。
「なぜこんな……」と悩み、「ごめんね……」と涙する事も、
少なくなかった事と。
けれども「わが子を一人前に……」という親の願いの一心が、
舞台に並ぶ子供達の背後に見えます。
「こちらこそ有り難うございました。 ナモアミダブツ!」
誤解がないように言うと、
クリスマスを都合良く、
浄土真宗に引き寄せるつもりは毛頭ありません。
両者は共に真実の救いの確かさを磨き上げてきた道です。
「あなたを必ず救ってみせる」という仏の一心の願い。
年末を前に、あらためて尊いご縁をいただいた一日でした。
(おわり) ※冒頭へ
わかっているなら(4月上旬)
【出る時間】
午前10時に七日参りが一件ありました。
そこで時間になるまで、
「花まつり」の案内葉書を作成していました。
しかし始めると、
なかなか出来あがりません。
「なんとか印刷まで…」
必死にパソコンの前でもがいていました。
すると坊守が、
「もうすぐ10時ですよ。」
「うん。」
言いながらもパソコンと格闘中。
とうとう坊守が部屋まで来て、
「もう出る時間ですよ!」
「分かってる!」
どうにか印刷ボタンを押して、
着替えてお参りへ。
案の定、3分の遅刻でした。
間に合わず。
【命終の時間】
「もう出る時間ですよ!」
「分かってる!」
自分でそう言いましたが、
分かっていませんでした。
本当に分かっているのなら、
仕事をやめて、すぐに着替え始めるはずです。
……仏事も同様です。
読経の中で、
お釈迦さまや有縁の故人が、
口をそろえて無常の道理を述べられます。
条件そろえば、
あっという間に死んでしまう我が身の事実です。
しかしそれに対して無関心をよそおってしまいます。
「まもなく、あなたは死ぬよ!」
「はい、分かっています」と、
苦笑いしながら微笑んでしまう凡夫の私。
「仏法には明日と申すことあるまじく候ふ」(蓮如上人)
「わかりました!」と言うだけなら、
分かっていません。
本当に分かっているのなら、
行動が伴うはずです。
お参りの「出る時間」が分かっているなら、
仕事をやめて着替えます。
無常の道理が分かっているなら、
私のする行動はただ一つです。
「南無阿弥陀仏。」
仏事は結局、あらためて私自身が、
お念仏を申すご縁をいただく事につきるのです。
【念仏の真価】
お念仏は、いつでもどこでも口から申せる、
阿弥陀さまの救いの喚び声です。
「それなら今となえなくても。」
たしかにお念仏はいつでも称えられます。
それこそ息絶える直前でも間に合います。
しかし息絶える直前に称えても、
お念仏の真価はありません。
「はやくしないと大人になっちゃうよ。」
昔、ある文庫の帯にあったキャッチフレーズです。
10代向けの小説でした。
若いうちに読んでおかないといけない本があります。
若い時に読む事によって、真価を発揮するのです。
歳をとってからでも、もちろん読めます。
しかし若い時に読んでこその醍醐味はありません。
下手をすると、「なんでこれが名作なんだ」と疑問に思うかもしれません。
本を読むタイミングがあります。
お念仏も同様です。
お念仏を申すタイミング。
「なぜお念仏一つなのか」を知る、
法座で聴聞をするタイミングがあります。
それは仕事を引退してから、
趣味ができなくなってから、
病院で寝たきりになってからではありません。
まさに今です。
【例】
生きる意味は 一生を生きぬくこと
今日がある奇跡 今日という幸せ
ある展示会でもらった言葉です。
作者は10代で難病を発症し30代前後で亡くなられました。
イラストを描くのが好きで、
特に蟻をモチーフにした作品をたくさん描いていました。
作品の一つ一つに、
阿弥陀さまの救いも聞かせていただきました。
蟻一匹にも、阿弥陀さまのお慈悲の光はしみこんでいた事。
「今日がある奇跡 今日という幸せ」
今という瞬間は二度とやってきません。
まさに今が正しい道、お念仏の道を歩む時でした。
「ありがとうございます。南無阿弥陀仏」
図書館を後にしました。
(おわり) ※冒頭へ
代数と浄土(3月下旬)
【3ひく5】
寺田寅彦のエッセー集『柿の種』にこんな一節がありました。
「三から五をひくといくつになる」と聞いてみると、
小学一年生は「零になる」と答える。 (前掲書39頁)
ほんとうだろうかと思い、
試しに息子に尋ねました。
最近塾に行きだし、数学が得意な小学5年生。
「3ひく5は?」
「……は?」
「3から5をひくと、いくつ?」
「……0.8?」
…おそらく3と5をたして10で割ったのでしょう。
複雑な計算ですが、間違えました。
次に娘に。
数学があまり好きではない小学3年生。
「3から5をひくと、いくつ?」
「ひけるわけないじゃん!」
あっさりと。
【規約】
子ども達が「3ひく5」に答えられないのは当然です。
小学校の段階では、
「小さな数から大きな数を引くことはできない」と、
教えられるからです。
しかし中学校になると早速、
「正数・負数」、
正の数、負の数を学びます。
マイナスの世界です。
零よりも大きな数。
それはたとえば黒板にリンゴをいくつか描くなどして表現できます。
しかし零よりも小さな数は、
どんなにリンゴを並べても、切っても、
表すことはできません。
しかし小さい数から大きな数を引くことをゆるせば、
こんな便利なことはありません。
そこで小さい数から大きい数を引くことができるような規約を決め、
マイナスという数を新しく学んでいくのです。
それが寺田先生云く、「代数学」です。
3から5をひくといくつになるか。
私たち大人はすぐに「-2」と答えます。
代数を知っているからです。
【いのち終わると】
私たちのみ教えのタイトルは「浄土真宗」です。
浄土の真実の教え。
この世のいのちの終わりを、
仏さまの彼岸の世界、
阿弥陀さまの「浄土」への往生といただきます。
しかし普通、答えはありません。
「生まれてからいのち終わると、どうなる?」
そうたずねた時、
「…天国(あの世)?」
というかもしれません。
はたまた、
「そんなのわかるわけないじゃないか!」
「考えたら憂鬱になる。」
もしくは苦笑しながら、
「死んだらおしまい」、ゼロです。
なぜ答えがないのか。
それは小学校では「小さい数から大きい数をひく」事ができないように、
聞いた事がないからです。
しかし代数を学ぶと「3−5」に答えが出ます。
それによって数学の世界が一気に広がります。
同様に、
仏さまの教え、阿弥陀さまの物語を聞く事によって、
「お浄土」という答えが出てきます。
それは、
その事によって仏教でいう所の真実、
救いの意味が私の人生に一気に広がるのです。
【救いの世界】
阿弥陀さまの話を聞いて見ると、
現実は今、出した息をふたたび吸う暇もない程、
無常な世界、死にゆく私でした。
3.11の震災や9.11のテロ事件も、それを証明しています。
しかし同時に、
そんな極めて不安定な私を見立てて、
「あなたの苦しみはわが苦しみだ」と誓い、
「あなたのいのちと共にありたい」と願う心があります。
私の心に流れ込むわけ隔てのない親心。
それを仏心、大慈悲心といいます。
いつでも変わらず人生の景色を、
救いと共にある風景にかえなします。
その願い心をして、
「このいのちの終わりはお浄土への誕生でした」と言わしめるのです。
小学校の算数は大切です。
しかし中学校レベルは、社会をより便利で豊かにします。
同様に、医学や倫理から考える「いのち」の見方は大切です。
しかしさらに仏さまのみ教えをいただく「いのち」の見方、
それは人生を間違いなく豊かにします。
(おわり) ※冒頭へ
どこかで生まれている(3月上旬)
【前夜】
晩ごはんで、
「明日はおじいちゃんの誕生日だね。」
という話題になりました。
本人も少し嬉しそう。
すると娘がこう言いました。
「じゃあ今日は、
ひいおばあちゃんがとっても苦しんだ日なんだね。」
一同が驚きました。
「考えた事がなかったなぁ…」と苦笑いの本人。
実はその頃、娘もまもなく誕生日でした。
あと何日でプレゼントがもらえるかと、
毎日ワクワクしています。
だからそういう想像もしていたのでしょう。
【忍びて】
私が生まれるという喜びは、
親の産みの苦しみとセットでした。
往生も同様です。
私がお浄土へ生まれるという事は、
簡単に言ってしまいますが、
喜びと共に、
仏の方のご苦労を想います。
「忍終不侮」(忍んで終に悔いず)
『讃仏偈』
「他人まかせにはせぬぞ。
お前を必ず救ってみせる。勅命である!」
貫ぬかれた仏の願いがあります。
(仏さまの声のイメージとしては、個人的に、
NHK大河ドラマ「西郷どん」、渡辺謙が演じる島津斉彬の感じです。)
その親の側の決心と苦労に気づかされる時、
「ありがとうございます。」
お念仏は出るのかもしれません。
【どこかで春が】
「生まれる」といえば、今の季節、
この歌を思い出します。
どこかで春が 生まれてる♪
どこかで水が 流れ出す♪
どこかで雲雀(ひばり)が 鳴いている♪
どこかで芽の出る 音がする♪
山の三月 東風(こち)吹いて♪
どこかで春が 生まれてる♪
大正12年発表の歌「どこかで春が」。
95年も前ですが、色あせません。
生まれている春。
それは溶け出した水、
鳥のさえずり、
新芽の出現におのぞから現れ出ています。
春がここかしこに生まれています。
同様に、
仏さまもいたる所で生まれておられます。
【どこかであなたが】
鶯の一声は 春の至りなり 念仏の一声は 本願の至りなり(金子大栄)
今年1月から3月上旬と、
例年になくたくさんのお葬式がありました。
多くの方が亡くなられ、
悲しみの涙を見る日の多いこの頃。
けれども出遇いがご縁というように、
別れもご縁といただくのが仏教徒です。
大切な方の別離を聴聞のご縁とします。
お念仏申しつつ、
お釈迦さまのみ教え、
「南無阿弥陀仏」のおいわれを頂戴します。
なぜ「南無阿弥陀仏」があるのか。
阿弥陀さまの本願の物語を聞きます。
どのようなものも間違いなくお浄土へ生まれさせ、
“阿弥陀”という自身の功徳と同等の仏に仕上げる。
お誓い通りの証拠が南無阿弥陀仏。
お念仏の成り立ち、お慈悲の歴史を知ります。
AさんもBさんも、CさんもDさんも、
漏れなく浄土へ往生されました。
その証拠に私の口元にあらわれる名の仏様がおられます。
「再び迷いの境涯にまい戻らせはしない」と喚ぶ仏さまです。
私のつぶやくお念仏だけではありません。
見渡せば、水の流れ、鳥のさえずり、新芽の音に“春”の誕生を知るように、
生活の様々の変化に、
私を落とさぬ仏さまの到来を知らされます。
無常の風景は、無上の仏さまとの邂逅です。
「どこかで春が生まれてる♪」
今日もどこかでお念仏を喜んでいた人々が、
お浄土へ生まれておられます。
(おわり) ※冒頭へ
浄土への信心開発(2月下旬)
【教え育む】
坊守と一緒になって、今年が13年目です。
13年目…あっという間でした。
同様に13回忌のご法事をしながらふと思います。
13回忌…あっという間でした。
でもあなたが伝え残してくれた「み教え」、
大切にいただきます。
み教え…それは「教育」とあるように「お育て」です。
生涯、私を育み成長させるものです。
昨今、宗教や宗教体験の語に代わって、
スピリチュアリティー(精神性)という言葉が流行しています。
気持も分かりますが、
宗教の「教」の字、「み教え」の部分を大切にしたいものです。
【木星】
今月8日の明け方、お寺の開門後に夜空を見上げると、
半月の真下に大きく輝く星がありました。
調べると、木星でした。
真っ暗い中、燦然と輝いています。
急いで家に戻り、小学生の息子と娘を起こしました。
「観てごらん、月の下のあたり…あれが木星だよ!」
「へぇ!」
子ども達も興奮し、息子は宇宙の本を開き出す始末。
今度は結婚13年目の妻の所へ。
「観てごらん、月の下のあたり…あれが木星だよ!」
「ふ〜ん。」
しばらく観た後、すぐ台所へ。
坊守の気持ち、分かります。
そんな余裕はないのです。
3番目の子が病気で熱……明後日は生活発表会だというのに。
……
世間の事が忙しい時、なかなかお法を聞く余裕はありません。
法事の時こそ、仏法を聞くチャンスです。
真っ暗で寒い中、しかし燦然と輝く星があるように、
冷たい苦悩の闇を打ち破って届く、お慈悲の光があります。
「お念仏してごらん。これが阿弥陀さまなんだよ。観てごらん。」
法事で、故人が仏さまの光を指し示しています。
それは阿弥陀さまの光…それは願いの光です。
「仏教の理屈は難しくて…」という前に、仏さまの願い心に出遇います。
【宇宙開発】
宇宙に関して、こんなエピソードを読みました。
「なぜ有人ロケットを作らないといけないのか。」
宇宙開発に反対する人が質問しました。
ロケット一つ作るのにも何百億円かかる宇宙開発は勿体ない。
それより貧困問題といった地球上の問題にお金を回すべきだと。
「科学的成果もないのに、人が行く意味があるのか?」
それに対する宇宙開発側の答えは様々あります。
生物的欲求、地球環境の問題、等々。
しかしある人はこう答えました。
「反対の人にどう納得してもらうか。
言葉では難しいです。
ではどうするか……連れて行くしかありません。
いずれ宇宙に近い時代が来た時、誰も文句を言わなくなると思います。」
地球の世界と宇宙の世界。
同じ世界ではありますが、次元が違うようです。
宇宙の無重力の世界は、
地球のスカイダイビングで経験する「フリーフォール」とは似て非なるものです。
たしかに地球のエベレスト頂上、360度のパノラマの空間は雄大です。
しかし宇宙空間という、上も下も、全方位が無限のパノラマとは比較になりません。
宇宙開発をする理由。
そこには国の利益とか、生活の豊かさという以前に、
「みんなをこの宇宙という世界に連れていきたい」
という願いがあるのかもしれません。
【信心開発】
「生活上の問題が山積みなのに、仏壇にお礼をするなんて、
そんなことに時間を割く必要性があるのか。」
「病気の辛さや、家族の別れの悲しみもまだないのに、
お寺へ行って、仏法を聞く意味があるのか?」
勿論、仏法を聞く理由は様々あります。
煩悩の問題や罪業の問題、わたしの死の問題等。
しかしそれ以前に、
私ではなく、仏さま自身の願いがあります。
「あなたをわが国、浄土の世界へ連れていきたい。」
私たち凡夫の世界と仏の世界。
同じ世界ではありますが、次元が違います。
慈悲平等の世界は、差別をなき社会、福祉充実の社会とは似て非なるものです。
歴史が積み重ねてきた人間の知恵、科学の力は素晴らしいものです。
しかし無分別智という、仏さまのとらわれなき智慧とは比較になりません。
逆立ちしても凡夫は凡夫ですが、
凡夫だからこそ、仏の智慧と慈悲に出遇えます。
浄土真宗のお寺の存在理由です。
浄土の世界、信心開発(かいほつ)の世界。
お聴聞を通して出遇います。
ご一緒に歩いてみませんか?
(おわり) ※冒頭へ
如来の本命(2月上旬)
【第18願】
浄土真宗の根本の聖典は『仏説無量寿経』です。
お釈迦さまが私たちに阿弥陀さまのお救いを伝えてくださいます。
お経の中心になるのが法蔵菩薩(阿弥陀さま)の48願。
そしてその中でも中心が第18願です。
これを伝えんがためのお経です。
他の47願が悪いというわけではありません。
しかし第18願にこそ、
阿弥陀さまの本心が説かれてあります。
【ライターの本命】
話題になっている人を密着するテレビ番組「情熱大陸」。
昨年、コピーライターの佐々木圭一さんが出ていました。
『伝え方が9割』が100万部を超えるベストセラー中の方。
文字通り、伝え方の達人です。
番組の途中、
ある会社が佐々木さんにキャッチコピー(広告の宣伝文句)の依頼をしました。
「超高齢社会の地域包括ケアをクラウドで支える」
正しいけれど、わかりづらいので変えて欲しいとの事。
佐々木さんは依頼会社の仕事内容をよく調べ、
3日間で180パターン程の言葉を考えます。
さらに相手の立場にたってギリギリまで取捨選択。
40にしぼります。
「人を幸せにする仕事を、支えたい」
「35%時短できる 医療介護SNS」
「医療介護のダイナミックなネットワーク」
ねりあげたコピーにはそれぞれの思いがあります。
しかしそんな40の中、
「医療介護にダイナミックなこたえ」
これが密かな本命でした。
意味としても正しく、
会社名「○○ミック」とも「ダイナミック」の部分がマッチしています。
キャッチコピーを決める当日。
会社が選んだのは、「人生を抱きしめるクラウド」。
正しさよりも、感性に訴えたコピーを会社は選びました。
少し残念そうな佐々木さん。
【第19願】
阿弥陀さまの願いの本命は第18願です。
しかしかつて、
次の第19願を選ぶ人もいました。
あらゆる者よ、仏になりたいという心を発し、あらゆる功徳を積んで、
心を清め、真心(至心)から浄土に往生したいと欲へ。
さすれば臨終にあなたの前に私は現れるぞ。
ある意味、人間の感性にしっくりきます。
仏教徒として至極真面目な者がそこに願われています。
けれども阿弥陀さまの教えは、
どこまでも「お救い」の教えです。
「仏になりたい。」
そんな思いをおこす余裕もなき忙しき者。
功徳を積むどころか、
犬のようにつきまとう煩悩に心揺れ動かされ、
最後まで勝ち負け・損得・妬み嫉妬にかき乱される者。
阿弥陀さまが調べた
私という会社の仕事内容でした。
煩悩凡夫の私。
そのような者も等しく、
自分と同じ仏の境地に落ち着かせんがため、
建てられた願いは、無条件でした。
【お手回し】
あらゆる者よ、
『どのような者ももらさず救う』という私の真実の心、
そしてそのはたらきに出遇い、気づいておくれ。
その疑いのはれた心をもって、
往生を願い、念仏が申せる身になっておくれ。
必ずお浄土へ生まれさせん。
第18願という無条件の願いの内容です。
では第19願とは何か。
親鸞聖人はそこに、
「無条件の救い」以外の道を歩む者も、
決して見放さないという如来様の心をうかがわれました。
功徳を積む人。
至極真面目な人達です。
その人達も、
しかしながら「必ず間に合う救い」の第18願に誘い入れたい、
それが第19願の如来様の思し召しです。
これを方便(お手回し)といいます。
「今、ここに如来のお慈悲は余すところなく届いていました。」
「私が積むといった功徳より、はるかに大きな功徳に包まれていました。」
「気づけば自らの力をあてにする驕慢の道を歩んでいました。」
煩悩まみれの凡夫の私であった事に気づかされます。
伝え方の達人のお釈迦さま、
そして救いの達人の阿弥陀さま、
48願の中の本命は、
凡夫を救わんとする第18願。
凡夫の私とぴったりマッチする願いなのです。
(おわり) ※冒頭へ
宇宙から見た教え(1月おまけ)
【宇宙飛行士】
現在、宇宙で飛行中の金井宣茂(かない のりしげ)さん。
私と同い年です。
日々、twitterで宇宙の仕事を紹介してくださっています。
どうやって宇宙からtwitter(つぶやき)をしているのか仕組みは不明ですが、
読んでいるとなんだかそんなに遠くにいないような。
宇宙が身近に感じます。
宇宙への初飛行となる金井さんは、日本人(日系人)としては12人目だそうです。
六月の帰還が楽しみです。
【1月28日】
今月28日は、エリソン鬼塚さんの命日です。
(ウェキペディアより)
ハワイ生まれの日系三世です。
姉2人、弟1人の4人兄弟。
高校卒業の時、宇宙への夢をいだき、
コロラド大学で航空工学を専攻します。
その年、アポロ11号が月面着陸。
自分も宇宙飛行士を目指すことを決めます。
お父さんが亡くなられるという悲しみもありますが、
見事、コロラド大学を卒業、空軍少尉に任官。
9年後、
スペースシャトル計画第一期飛行士候補へ応募し、
およそ8000人の志願者から35人に選出されます。
厳しい訓練と多忙な毎日。
そして1982年、
第10回スペースシャトルの飛行士に任命されました。
日系人として初めての宇宙飛行士の誕生です。
1985年1月、
スペースシャトル・ディスカバリ−号に搭乗し始めて宇宙へ。
無事帰還した鬼塚さんは、
ハワイだけでなく、アメリカ、日本で大歓迎を受けます。
しかしその1年後、
今度はスペースシャトル・チャレンジャーに搭乗します。
5回の延期の後、ついに発射。
轟音と白煙を残して飛び立ちますが、
73秒後、爆発します。
チャレンジャー爆発事故。
宇宙飛行士七人の命が一度に失われた大惨事がおきました。
エリソンさんは39歳でした。
【法輪】
そんなエリソンさんは、仏教徒であり、
お念仏の家庭で育ちました。
五歳の時、
ハワイにご巡教された大谷光照ご門主さまより帰敬式を受けます。
「釈清隆」
お念仏をよろこぶ人に育って欲しいとの両親の強い願いのあらわれです。
またコナ本願寺のサンデースクールでお念仏のご縁にあいました。
高校時代は、ジュニア仏教青年会でご縁に。
会長に選ばれ、自分自身がご縁にあうと共に多くの会員を導きました。
また、自ら進んで、コナ本願寺のボーイスカウトにも入隊。
最高位のイーグル・スカウトに昇進しました。
【33回忌】
今年の1月28日、
エリソンさんの33回忌にあたります。
ハワイで浄土真宗の法事が営まれているでしょう。
姉や弟、さらに2人の子供たち、
親戚が集まっての仏事を想像します。
兄弟の心境はいかがなものか。
「…あれから早いもので33回忌。
思い出すと辛いけれど、
弟よ、あなたの残してくれた仏縁、
大切にしていますよ。
おそらくあなたは仏教徒として初めて宇宙へ行った人です。
そして宇宙から地球を見た感動を話してくれました。
『国境をつくり、差別をつくり、争っている私たちだが、
宇宙から見た地球は一つで全く国境なんてなかった…』
そんな話だったでしょうか。
また“地球はこわれそうだ”と。
宇宙空間に浮いている地球に、
仏教の無常観を強く感じていたのだと思います。
弟よ。
あれだけみんなから「英雄だ、ヒーローだ」と拍手を受けながら、
一年後、
別れの言葉さえかけることが出来ずに、
この世から消えてしまいました。
身をもって示してくれました。
私も同じです。
本当にこの世は無常の世界。
一瞬で消えてしまう世界。
お別れも言えない世界。
そんなままならない世界という事を、
あなたは身をもって教えてくれましたね。
如来様のお心、
お念仏のお心を聞かせてもらわないといけませんね。
別れも何も間に合わない無常の世の中で、
「いつでもどこでも間に合う」というお慈悲の世界、
別れのまま終わらない道を、
今度は私が聴聞させていただきます。
少しの間だけさようなら。
またお浄土で会いましょう。」
そんな風に故人を偲びつつ、
お礼をしておられることだと思います。
【法事の意義】
エリソンさんの法事だけではありませんでした。
どの方の命日、法事も同じです。
無常という海にただよう私と気づかされました。
自らの人生設計通りには全くいきません。
一瞬で一生が終わりになりかねない私。
だからこそ、
如来の救いの誓いを聴いた時、
全く違う風景が見えてきます。
一瞬一瞬に一生かけても出遇えないほどの広大なお徳がただよっていました。
私を落とさない功徳。
私と共にすでにありました。
お別れは言えなくても、
再び会うことのできる世界。
倶会一処(くえいっしょ)
ともにお浄土という一つの処で再会します。
(おわり) ※冒頭へ
弥陀に本願(1月下旬)
【釈迦に説法】
「釈迦に説法」という故事ことわざがあります。
その道のことを知り尽くしている人に、
それを教えようとする愚かさのたとえです。
「お坊さんに人生はどのようなものかを説くなんて、それこそ釈迦に説法だよ。」
という風に使う事もあれば、
「あなたにこんな事を言うのは‘釈迦に説法’かもしれませんが……。」
という風に謙虚に使うこともあります。
……
かつて歌手のさだまさしさんが、
友人の結婚披露宴に出席した時、
突然「一曲歌ってほしい」とリクエストされました。
突然の事でギターを準備していなかったさだまさしさんは、
会場でエレクトーンのお姉さんに「秋桜(こすもす)」の伴奏を頼みました。
エレクトーンのお姉さんはとても上手に前奏を弾き始めます。
さださんも「さすがだな」と感心しました。
そして歌い出そうとしたその時、
エレクトーンのお姉さんが「はい!」の一言。
「今です、どうぞ!」という合図なのでしょう。
さださん、思わず「知ってるよ!」
「秋桜」は作詞作曲、さだまさし。
合図されなくても当然わかります。
釈迦に説法、カッパに水練、
そして「さださんにコスモス」です。
【弥陀に本願】
法事の最初。
よく「三奉請」を唱えます。
最初は、
「奉請 弥陀如来 入道場 ♪」(ぶじょう みだにょらい にゅうどうじょう)
(書き下し文:弥陀如来を奉請す。道場に入りたまへ。)
「阿弥陀さま、どうぞこの道場へ、仏法をいただく道場へお入りください」。
いつも寄り添ってくださるアミダさまですが、
いったん外へ退出していただき、
改めてお招きする言葉です。
厳粛な場と受けとめるためです。
「奉請 釈迦如来 入道場 ♪」(ぶじょう しゃかにょらい にゅうどうじょう)
(書き下し文:釈迦如来を奉請す。道場に入りたまへ。)
法事では各々、心中にて迎えたお釈迦と対座します。
そして読経。
お釈迦さまのご説法です。
イメージをふくらませます。
「どうせ人生、楽しんだ方が勝ち…」
「知っていますよ。仏教って…因果応報でしょ。」
「悪い事してはいけませんよね。」
余計な事は言いません、心の中でも。
釈迦に説法です。
読経を通して、ただお釈迦様のお話に耳を傾けます。
それは先ほどから側におられる、阿弥陀様のお話です。
【三点】
阿弥陀さまの話は、要約すると次の3点です。
@覩見(とけん) :(私をご覧になった)
A本願(ほんがん):(私に向かって願われた)
B本願成就=名号(みょうごう):(私に向かってはたらいておられる。名の仏となられた)
@阿弥陀さまは法蔵菩薩であった時、
前々前世よりもずーっと、自ら迷い続けた凡夫の私とご覧になられました。
A凡夫の私をどうしたら救えるかと、五劫の間悩み続けた結果、
ご本願を打ち立てられます。
「そのまま救う」
仏の道と真反対の道に進まんとする私を救うためには、
自らがどこまでも摂めとって離さない慈悲の者とならなければなりませんでした。
また親鸞聖人の「正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)」には、
「重誓名声聞十方(重ねて誓うらく、名の声、十方に聞かしめん)」
とあるように、
「わが名の声をもって響き救う」と誓われた仏さま。
どのような者にも聞こえる仏、
喚び声が届く、寄りそう仏になると願われました。
【名の仏】
B本願に誓われたお慈悲を完成する為、
費やした修行の年数は実に「兆載永劫(ちょうさいようごう)」、
果てしない時間です。
そして本願のお誓い通りの仏さまになられました。
名前は阿弥陀如来です。
そして、もう一つ「南無阿弥陀仏」。
わたしの口から出るお念仏です。
それも、お誓い通りの仏さまの名前といただきます。
たしかに「南無」とは、
一般的には唱える者の帰依を意味する言葉です。
しかし阿弥陀仏さまのお話をいただいてみると、
仏さまの「南無してくれよ(あなたを救う仏はここいるよ)」、
心が浮かび上がってきます。
仏の道から離れ続けようとする私を引き戻す、仏さまのお言葉です。
「名の声をどこまでも広める」と誓われた仏さま。
「南無阿弥陀仏」の念仏は、
仏さまの名前であり、声であり、
まさに仏さまのお心そのものなのです。
「奉請 十方如来 入道場 ♪」(ぶじょう しゃかにょらい にゅうどうじょう)
(書き下し文:十方如来を奉請す。道場に入りたまへ。)
阿弥陀さま、お釈迦さま以外の、
あらゆる仏さまが十方如来。
故人もそのお一人といただきます。
みな一様に、阿弥陀さまを慕うことをすすめられます。
お念仏をすすめ、
仏さまに出遇うことをすすめ、
お浄土での再会を待ち望んでおられます。
【弥陀に本願】
お仏壇の中の阿弥陀さま。
木像ではありますが、それを生身の阿弥陀さまと見上げます。
「どうかお救いください。」
「きっとお浄土…もし無理なら天国へでも行けると信じています…」
余計な事は願ったり信じたりしません。
それはまさに、
「釈迦に説法」ならぬ「弥陀に本願」です。
「南無阿弥陀仏」と、
お念仏を通して、ただ阿弥陀様の救いの喚び声、
「われにまかせよ」を聞くばかりです。
法事はお育てです。
多くの先人が、みな十方如来、数多くの仏さまとなって、
お釈迦さま同様、
阿弥陀さまという他力の救いを知らせようとくださいます。
他ならぬ私自身に、今、間に合うご法義です。
「南無阿弥陀仏(私はここだよ)」
もう阿弥陀様に「お救いください」と頼もうとは思いません。
頼もうとしなくても、
どんなときでも阿弥陀様の法が「頼むから救われてくれ」と願ってくださっているのです。
だからこそ、
大切に大切に法事をつとめ、
「南無阿弥陀仏(ありがとうございます)」
お礼をいたします。
(おわり) ※冒頭へ
言葉にならない(1月上旬)
【称えられず】
あなたに会えて ほんとうによかった
嬉しくて 嬉しくて 言葉にできない
(小田和正「言葉にできない」)
明けまして、南無阿弥陀仏、おめでとうございます。
今年も、少しずつ法話を掲載させていただきます。
今年は戌年、干支でいえば11番目の年です。
11番目といえば、
阿弥陀さまの光の名を十二光といいますが、
11番目の名は「無称光仏(むしょうこうぶつ)」といいます。
大いなる阿弥陀さまの光は、
どれだけ言葉を並べても説きつくすことができません。
「称える事ができない光の仏さま」故に、
阿弥陀さまを無称光仏というのです。
どのような表現方法も及ばない仏さま。
言葉にならない、言葉にできない仏さま。
「無称光仏」とは、
仏さまが私たちの智慧を超えた存在であることを示しています。
そして同時に、
そんな大いなる仏に出遇った者の“喜びの心境”でもあります。
姿も形もなき光の仏、遇いがたき仏に、
今、出遇っている感動の言葉なのです。
【何もいえねぇ】
今から10年前の2008年北京オリンピック。
水泳の北島康介選手が100m平泳ぎで新記録・金メダルを獲得しました。
アテネオリンピックに続く二連覇です。
その時のインタビューで言った言葉が、
「なんも言えねえ」
新語・流行語大賞にもノミネートされました。
「お世話になった方々への感謝を口にしようとしていたが、
こみ上げてくる思いで言葉が出なかった」のだそうです。
周りから受ける重圧は相当なものだったと思います。
それがこれ以上ない結果になりました。
自分も相当苦しいトレーニングを積んだことでしょう。
しかしだからこそふり返れば、
そんな自分が精一杯精進できるように、
陰日向で支えてくれた多くの人達がいました。
どのような感謝の言葉を口にしたらよいのか。
こみ上げてくる喜びの涙を必死で抑えるため、
いよいよ言葉が出てきませんでした。
【光の道】
私たちには動物には沸き起こらない疑問があります。
・なぜ人間として生まれたのか。
・なぜ人間として生まれなければならなかったのか。
・人間として真摯に生きていくとはどういうことか。
その全ての疑問に答えるのが仏教です。
すなわち、迷いの境涯からさとり(ブッダ・仏陀・仏)の境涯に向かうための教え。
そのために、
この私をさとりの境涯へ変えなす功徳をふり向ける存在、
智慧と慈悲の仏さまに出遇います。
それが仏教徒です。
「南無阿弥陀仏」という言葉は、
仏さまの救いのはたらきを意味します。
煩悩を障害とせず、
一直線に私に届いた光の仏さま。
その光のお徳をいただく私は、
どれほどの煩悩・罪障という障害があろうとも、
全く障りとならないお浄土で仏となる道を歩みます。
この人間境涯には目的がありました。
この人間境涯には意味がありました。
正しい道、揺らぐことのない道でした。
「南無阿弥陀仏」
たった一言のお念仏ですが、
そこには阿弥陀さまとの一心同体の道、
言葉にならない程の喜びあふれる光の道を聞かせていただきます。
無称光。
称えつくすことができない光。
逆にいえば、生涯、語り尽くしてもあくことなき仏さまの話。
今年もそんな仏法を讃嘆して参りたいと思います。
(おわり) ※冒頭へ
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