山口県は岩国にある浄土真宗寺院のWebサイト

 

自然(じねん)の流れ

 

【如水・流水】

 

最近、久しぶりに大河ドラマの「軍師勘兵衛」を観ましたが、
いつのまにか本名が「黒田如水(じょすい)」に変わっていて驚きました。
如水……水のごとき勢いで九州を平定せんとする勘兵衛。
来週が最終回です。

 

……
もう一つ水にまつわるお話。
枕経に向かっている時、ラジオでこんな話が流れていました。

 

「20世紀最大の知」と呼ばれる哲学者レヴィストロース。
彼が日本に来日して驚いたのが「手の洗い方」だったとか。
「日本人は必ず手を洗う時、水をためない!」

 

今の「センサー付き蛇口」のない時代のことでしょうが、
世界のどこの人間も、普通、手を洗う時は、水を“溜めて”手を洗います。
アラブでは考えられない「流水の手洗い」。
日本人は流れる水が好きなのだというのです。

 

水に対する発想がヨーロッパと全く違います。
哲学者の先生は考えました。
これは日本人の古来、縄文時代からの癖なのだと。
豊かな水量の風土により出来た習慣。
ずいぶんな深読みですが、ちょっと関心しました。
「日本人の中には縄文がある」という文句が印象的……という所で会館に到着。

 

【さらさらと】

 

さて、12月、師走です。
先週は子ども達がノロウイルスになる騒動がありました。
また葬儀があったり、事故があったり、知り合いが倒れたり……。

 

いろんな事が突然起きて、慌ててしまう時、
甲斐和里子(かい・わりこ)さんの歌を思い出します。

 

岩もあり 木の根もあれど さらさらと たださらさらと 水の流るる

 

岩や木々等、様々な障害物がどんなに行く手をふさごうとも、
水は「さらさら」と自然に流れます。
困難を困難とせず、よどみなくゆっくり流れ続けます。

 

「如水」の勘兵衛ではありませんが、
「水のように生きる」というのが、この歌の意味なのでしょう。
けれども安易に、
「(水のように)どんな困難があっても柔軟に乗り越えていくのだよ」
「……乗り越えられたらいいね。」
と理解しては、この31文字、値打ちがありません。

 

京都女子大の創立者、仏教精神を持つ女性を育てたいと願った甲斐和里子さんの歌なのです。
自然に流れ続ける水は、
私の人生航路でもある前に、
仏の本願他力のはたらきを示す喩えなのです。

 

【自然】

 

浄土真宗で大切にしている言葉に「自然(じねん)」があります。

 

「自然」といふは、「自」は、おのづからといふ、
行者のはからひにあらず。
しからしむといふことばなり。
「然」といふは、しからしむといふことば、
行者のはからひにあらず、
如来のちかひにてあるがゆゑに。(「自然法爾章」)

 

親鸞聖人は「おのずからしからしむ」(「もとよりしからしむる」)と読まれました。
すなわち、
この私が人生の行く末に浄土へ往生していくという事、
それは「行者(私)のはからい」ではなく、
おのずから「如来さま独りのはたらき」なのです。

 

弥陀仏の御ちかひの、もとより行者のはからひにあらずして、
南無阿弥陀仏とたのませたまひて、むかへんとはからはせたまひたるによりて、
行者のよからんともあしからんともおもはぬを、自然とは申すぞとききて候ふ。(「自然法爾章」)

 

如来さまがこの私の心の奥底の煩悩の澱みを見通し、
「何とかしなければ」と願い、
「必ず救ってみせる」と誓われました。
「どのようにしたら救えるか」と悩みぬいた末、
「どのようなものでも救える仏、声の仏になる(名声超十方)」と決心し、
その実現のための修行をされました。

 

比叡山・高野山の高僧の修行も相当なものですが、
それはまだまだ想像できます。
想像できない程の修行を重ね、功徳を積み重ね、それらを漏らすことなく「南無阿弥陀仏」の名号にこめ、
私の心の善し悪しを全く問題としない、「必ず往生させる」、水の流れを完成くださいました。

 

先ほどの「岩」や「木の根」といった障害物、それはある意味、私の心の中の話かもしれません。

 

【自然体】

 

現在の相撲界をリードする白鵬(はくほう)。
その白鵬が敬愛してやまなかったのが大鵬でした。

 

48代目横綱であり、
その強さは白鵬におとらず圧倒的だったとか。
史上初の32回の幕内優勝という偉業を達成。
昭和40年代の流行語「巨人・大鵬・卵焼き」に出てくる、国民にとても人気のあった力士でした。

 

相撲には様々な組み方、攻め方があります。
右四つ、左四つ、上手、下手…。
そして力士には自ずと得意とする型ができます。
得意の型ができ、力士は強くなっていきます。
けれども大鵬には型がありませんでした。
当時、「大鵬は型がない。あれではダメだ」と批判されたとか。

 

引退して、テレビのインタビューにこんな風に答えていました。
「自分のとりくみは自然体です。型がない。だからこそどんな相手にも応じることができる。」

 

「型がないのが大鵬の型」と言われるほど万能型の力士になったのでした。

 

【如来と共に】

 

自然体。
ありのままのむりのない姿。
だからこそどんな相手にも応じ、倒すことができた大鵬横綱。
その自然体に達するまで、どれほど血のにじむ、堪え“忍”んだ努力を積み重ねたことでしょう。

 

如来さまも、これ以上ない兆載永劫の修行の末、
今、私のもとにいたり届く仏となられました。

 

調子の良い時は仏さまを仰ぐ私です。
しかし状況が変われば、それこそ「神も仏もあるものか」と絶叫しかねない私です。
しかしどれほど私の心が揺れ動き、
あの手この手で仏さまをはね飛ばそうとも、
決して私を離さない「型なし」、“自然(じねん)”の仏さまとお聞かせにあずかります。

 

岩もあり 木の根もあれど さらさらと たださらさらと 水の流るる

 

如来さまは、南無阿弥陀仏の声の仏となって障害だらけの私の心に流れ込んでくださっています。
「日本人の中に縄文がある」のと同様、
「私という一人の煩悩まみれの心の中に仏がいて」くださいます。

 

そのはたらきに出遇った人生は、
如来と共に歩む“さらさら”とした航路へと景色がかわります。
どのような困難、障害物も、往生浄土への道を妨げることはできません。

 

私を往生浄土の流れの真っ直中に浮かばせる仏さま。
それを「自然」と言います。
いつでも仏さまが共に歩んでくださる道程と聞き知った言葉です。

 

さらさらと、自然を流れるような日々。
自由気ままとは意味が違います。

 

もちろん凡夫です。
「あなたのいのちはあと3年」と言われたら、
動揺するのは当然です。
けれども、悲しみの涙だけで終わらないのです。
お念仏が出るのです。
「無常でした。かねてからの仰せの通りでした」と聞き受け、
「だからこその如来さまの先手のおはたらきでした」と心中深く喜べる身に変えなしてくださった、
如来さまのご恩に深くお礼するばかりです。

 

【追記:喜ぶタイミング】

 

最近、お取り越し参りをして思います。

 

エアコンの暖房の部屋は、温かいのですが、位置によって、蝋燭がとても危ない。
温風によってロウのたれるのが早いのです。
思わず消したところも。

 

仏法も平穏な時、無常の風がまだ直接こない間に聞かないと。
いざという時では、手遅れかもしれません。
如来さまのはたらきが手遅れという意味ではありません。
喜びを喜びとして聞き受けることができないという意味です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

願い直す

 

【テスト】

 

ここ数年、冬になると体調が悪くなる祖父母。
身体に気をつけてもらいたいものです。

 

……3年位前の5月だったと思います。
祖母が嘔吐を始め、1月に続いて再び救急車搬送されました。
幸い大事にはいたりませんでしたが、
帰宅して、しばらく寝込んでいました。

 

毎日、家のベッドで寝ている祖母。
数日後、朝の挨拶に行った時です。

 

「お婆ちゃん、おはよう。今日は一日出かけてきますので。」
「………」

 

なかなか起きない祖母。
ゆっくり目を開けると、
「昨日は眠れなかった。」
「どうしました?」
「《人間、何のために生まれてきたのか》って思うと、気になって眠れなかった。」

 

九十近い祖母。
高齢になるとそのような事を考えこんでしまうのかなと、聞いていました。
すると祖母が、私を見て、
「あんたは、どう思う?」

 

突然の質問に驚きました。
朝からそんな哲学的な質問。
とりあえず2つ3つ、しどろもどろに返答。
すると祖母は、
「そうかねぇ」という力のない返事。

 

仕方なく部屋を出ようとする私。
すると、
「ご院さんに、こんな薄い本をみせるのも恥ずかしいけど、
 昨日読んだ本。よかったらどうぞ。」

 

それはT氏の法話の小冊子でした。
何気なく、パラパラッとひらくと「人間は何のために生まれてきたのか」という太字の小見出しが。
苦笑しながら借りました。

 

祖母は答えを知っていました。
実に20年ぶり、高校生以来の朝テストでした。

 

【畢竟依】

 

「人間は何のために生まれてきたのか」

 

T氏の答えは簡潔でした。

 

「それは真実に出遇うためです。」

 

真実とは、普遍ということ。
変わらない、一貫しているということです。

 

その反対は虚仮です。
いつわりです。
必ず変わり、崩れていくものです。

 

崩れないもの…それこそ人生の究極のよりどころ“畢竟依”となるのです。
しかし哀しいかな、私たちは真実ならざるものをよりどころとしがちです。

 

相田みつをさんにも、
「損か得か 人間のものさし うそかまことか 仏さまのものさし」
  (2012年法話「無比の世界」もどうぞ)
という言葉があります。

 

人間の損得勘定は決して消えることがありません。
ぬぐえない私たちの判断基準です。
けれども私の欲望まじりの知恵で考え、手に入れたものは、必ずその価値を失います。
決してよりどころになりません。

 

物品がそうです。
新品を手に入れると、それまでのものは途端に色あせ、魅力を失います。

 

時代に関わらず、老若に関係なく、国・地域に限定されない……。
どんな時でもたよりにできるもの、それを真実と言います。
仏さまは、それをお慈悲とお示しくださいました。
そして親鸞さまは、如来の本願に、お慈悲のありったけを聞いていかれました。

 

今の時代、物が豊かで、科学、医療も福祉も進みました。
一方で、
@過疎・過密な地域バランス、
A血縁・地縁の希薄化、
自らが高慢になり、逆に他からも無視され、
Bえてして誰もが“孤独”になりがちな時代でもあります。
某評論家の言葉を借りれば“個がむき出し”の時代なのです。
そんな時代だからこそ、
真実のよりどころ、
本願名号という本当のよりどころが必要なのかもしれません。

 

【願い直し】

 

この頃お参りをしているとご高齢のご門徒さんが、こんな事をおっしゃいます。

 

「一体、あと何年生きられることやら。」
「家族の為にも、元気で、そして、スッと眠るように終わりたいものです。」
「もう何も残すことはないですが……あとは楽にいのちが終われば。」

 

人間として切実な気持ち・願いだと思います。
「考えても仕方のない事だよ!」と叱咤激励されても、
また自ら言い聞かせても、じわっと浮かんでくることでしょう。
身体が動けなくなり、部屋で一人物思いにふけってしまうと、
なおさらだと思います。

 

しかし如来さまは、そんな事を願えとはおっしゃっていません。

 

重誓偈には、
「我至成仏道 名声超十方 究竟靡所聞 誓不成正覚」
とあります。

 

「われ“南無阿弥陀仏”の声の仏となってあなたに入り満ちる仏となる。
共に歩み、共にお浄土に向かう仏がここにいるよ」と。

 

如来さまは、この私がお浄土へ生まれることを願う身となるように、
あらゆる手を施して私を支えてくださっています。
私が浄土へ参って、自分と同じ“この上ない仏”となってくれることを願い、
必ずそうさせる為に固く誓い、兆載永劫の修行をしてくださった仏さま。

 

如来さまのお慈悲のご恩をいただいた時、
私の煩悩まみれの願いは一端脇に置いておきましょう。

 

「どのような人生でも、決して空しく終わらせはしない」と喚ぶ、仏さまの声です。
「私が引き受けた。死ぬのではない、生まれるのだよ」と諭される、“南無阿弥陀仏”です。
左から右に、そのまま聞き受けます。

 

今日という一日を、どのような身であっても変わらず支えてくださる如来さまです。
念仏は、
「心配ないよ」
「心配ないのですね」
という如来さまとの言葉のキャッチボールです。

 

「元気で長生き…」とか「こう死にたい…」と考え願っていたのでは、勿体ないです。
自らの願いで悶々とする前に、お念仏し、
如来さまの願いにひたります。

 

そうです、願い直すのです。
お浄土を願う。
「いやぁ、お浄土なんて、そんな先の話…」
いいえ、ずっと先の遠い未来の事を願っているのではありません。
今の私の願い、欲望が背景に潜んだ小賢しい願い、切りがない願いを払拭してくださる、
如来さまの「大きな願い」に支えられた願いです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

無常を生きる道

 

【海藻】

 

9月のある新聞にこんな事が書いてありました。
平安期の遺跡の土器片の文字が解明されたというのです。

 

最初はさっぱり分かりませんでした。
まるで「ヒジキをばらまいたような」下手な文字。
どうやら字の練習をしたと考えられ、
どうせ大したことも書いていないと思っていたら、
なんと古今和歌集の一首でした。

 

  「幾世しもあらじ我が身をなぞもかく 海人(あま)の刈る藻に思ひ乱るる」

 

意味は、大体次のようです。
「永遠に生きてはいけない私、
いつか死ぬと知ってはいるつもりなのに、
なぜ心が乱れるのだろう。
あの漁師が刈る海藻のゆらめきのように。」

 

字は下手ですが、中身は相当上手でした。

 

平安時代に限らず、電気のない昔は本当に暗かったと思います。
その暗闇を通して、
心の暗闇にも深く着目していたのが私たちの先祖でした。
今の私たちには、忘れがちな暗闇です。
けれども確かにある暗闇です。

 

【後生】

 

人間は死を知っています。
そのため、どんなに豊かな社会を生きようとも、
その先にある死を思うと、不安になります。

 

「不安こそ実存、私が生きている証拠だ」と開き直る人もいます。
けれども不安は不安です。
どこまでも解決、喜びにはならないのです。

 

不安を安心にかえる道がお念仏です。
仏の願いを聞き受けて歩む道です。
「お願いだから、いのちの終わりを“死”と見るのではなく、“往生”と見ておくれ」と聞かせていただきます。

 

蓮如上人は「後生の一大事」と言われました。
「後生の一大事なんておかしい。今生の一大事なのだ。今が大事だ」と批判される方もおられました。
けれどそうではありません。
後生の一大事、それは私たち人間の尺度ではなく、仏さまの尺度をもつということなのです。

 

【露の世】

 

今月の11月19日は小林一茶の祥月命日です。
今から200年前の方。
歌った自由詩の俳句は、2万首。
類似した句を数えれば正岡子規よりも多いとか。

 

生き物を題材にした歌は子供にも有名です。

 

雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る。

 

やれ打つな ハエが手をすり 足をする

 

やせ蛙 まけるな一茶 これにあり

 

我ときて 遊べや親のない雀

 

けれどもこんな歌もあります。

  露の世は 露の世ながら さりながら

 

無常のきびしさを歌いました。

 

意味は次のようです。
「朝露のように消えてしまうわが人生。
お釈迦さまはそのことを既にご教授くださった。
しかし知ってはいても、それを受け止めることはできず、涙がとまらず。」

 

一茶は最初の奥さんと4人の子を授かりました。
しかし全員、死別。
無常の厳しさはよくご存じでした。

 

けれどもこの歌にはもう一つの意味がみてとれます。
「朝露のように消えてしまった娘よ。
たしかにあなたの命は短かった。
けれども大切なことを教えてくれた。」

 

死別という厳しい現実がありながらも「さりながら」。
死は大切なことを教えてくれる。
亡き娘は身をもって「後生の一大事」、仏さまの大切さを教えてくれた、と。

 

【帰り花】

 

一茶には以下の3首の歌もあります。

 

涼しさや 弥陀成仏(みだじょうぶつ)のこのかたは

 

ハエひとつ 打って南無阿弥陀仏かな

 

ともかくも あなたまかせの年の暮れ

 

無常というどうにもならない境遇を見抜いた仏さまがおられました。
「無常から抜け出せないのなら、私が抜け出させてみせる」という願いを誓い、
兆載永劫の苦労の末、「弥陀成仏」、阿弥陀さまという仏となって、今、私に寄り添ってくださいます。

 

その仏の光に出遇った時、わが身の境遇の見方がかわります。
無常の原因は他ならぬ私でした。
「ハエひとつ」どころではありません、これまでにどれほどの悪業をかさねてきたか。
けれどもそれを知りつつも、何もいわず。
喚ぶ仏の声は「南無阿弥陀仏」、「われにまかせよ 必ず救う」。

 

娑婆は「忍土」といいます。
年を重ねると重ねるほど、どうしようもない事が起こり、堪え忍ぶ事が増える一方です。
堪忍をやめたら、周りは誰もよってきません。

 

念仏は仏心の結晶と聞きました。
年を重ねれば重ねるほど、その味わいは深くなります。
無常であればあるほど、仏さまの願いの手立てが頼もしく。

 

「どのような道を歩もうが、必ず生まれさせる」。
辛さ苦しみ、悩み悲しみの度合いはかわりません。
しかしそれでも歩んでいく手応えがあるのがお念仏の道です。

  ちる一つ 咲のも一つ 帰り花

 

去年見つかった一茶の歌だそうです。
秋にぽつんと咲いている季節外れの花。
孤独と見るか、美しいと見るか。
あなたはどのように見えますか?

 

一人で生まれ一人散っていく私。
しかしそこにはいつも仏さまが、お念仏一つ、寄り添ってくださいます。
散って終わりとせず、浄土に咲かせる身の上と仕上げてくださった、仏さまの慈悲を味わいます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

連研が終わって

 

【第11期】

 

先日、「第11期 岩国組連続研修会(連研)」が終わりました。
連研とは、毎月1回、読経・作法、そして様々な仏教に関するテーマの話し合いをする研修会。
約1年間ほど、岩国組から40人近くの方が参加されました。連研担当の私も、ほぼ毎回出席しました。

 

参加されたご門徒さんは勿論ですが、私たち僧侶側も多くの事を学べます。
読経の上手な先生、作法に厳しい先生、お話しの上手な先生……
ご門徒向けの研修ですが、脇で私もこっそりメモをとります。

 

【焼香】

 

そんな今回の連研で一番思い出すのは、第二回の焼香のお作法です。
一連の作法の説明の後、班ごとに実際に焼香をする事になりました。
「スタッフのお寺さんは、どこかの班について指導してください」と言われ、一つの香炉の側に坐りました。

 

始まって二回目の時でした。
皆さん緊張しながら慎重に焼香されます。

 

  1. 香炉の前で一礼
  2. 香をひとつまみして、(頭におしいただかず)そのまま香炉の中心へ。
  3. 合掌(お念仏)、礼拝。
  4. もう一度一礼して、退出。

 

大体こんな流れです。
一人ひとりに終った後、
「ちょっとここを注意してください」「こうしたらもっと良いですよ」とアドバイスしました。

 

ところで4、5人と進んでいくうちに、気づいてきた事がありました。
それは「合掌」の時のお念仏です。
一人ひとり、全く違うのです。

 

お念仏は「南無阿弥陀仏」です。
けれども一人ひとり、アクセントの場所、音程、強弱、スピード、のばし方が違います。
たった六文字なのに、そんなにバレーションが違うとは。

 

ましてや私と同じ感じのお念仏は一人もいないのです。
自分のお念仏の発声が一番オーソドックスだと思っていたので、ショックでした。

 

考えてみると、他人のお念仏をちゃんと聞くことなんて滅多にありません。
「次はどんなお念仏だろう」と、ひそかに楽しみに指導していました。

 

【手を携えて】

 

一声一声のお念仏の中に 仏がおられ 私を呼んでおってくださる  
(山本仏骨『人間に花ひらく』より)

 

これが領解できれば、もう浄土真宗の研修は終わりです。
いつでもどこでも口に出せるお念仏。
それがそのまま声の仏の「阿弥陀さま」でした。

 

仏さまとは私に教えを説いてくださる方です。
けれどもこの仏さまは、
「ちょっとここを注意してください」「こうしたらもっと良いですよ」と生き方のアドバイスをするのではなく、
「われにまかせよ。必ず救う」と喚んでくださっています。
私の生き方を全く問わず、
「あたなを救いたい」と願い、
「あなたを救わなければ私は仏の座を降ります」と誓われ、
誓い通りの手はずを整えた仏さま故、
「(道草喰わずに)そのまま来いよ」と喚んでおられました。

 

十人十色。
人生はみな違います。
ですから救いの作法を決めず、その人に応じた救いを展開される仏さま。
故に一人ひとりお念仏の声は全然違います。
それで良いのです。

 

人によっては阿弥陀さまの喚び声は応援であったり、慰めであったり、共感であったりするでしょう。
その人を丸ごとうけとめ、「心配するなよ。必ず救う。胸をはって生きていいよ」との仏さま。
お念仏申すことは、仏さまと手を携えて歩むことなのです。

 

(一応、おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

価値観の大転換

 

人間 (地上をあゆみつつ)わしは産まれた。
そして太陽の光を浴び、大気を呼吸して生きている。
ほんとに私は生きている。
見よ。
あのいい色の弓なりの空を。
そしてわしのこの素足がしっかりと踏みしめている黒土を。
はえしげる草木、飛び回る禽獣(きんじゅう)、さては女のめでたさ、子供の愛らしさ、
あゝわしは生きたい生きたい。

 

(間)

 

わしはきょうまでさまざまの悲しみを知って来た。
しかし悲しめば悲しむだけこの世が好きになる。
あゝ不思議な世界よ。
わしはお前に執着する。
愛すべき娑婆しゃばよ、わしは煩悩の林に遊びたい。
千年も万年も生きていたい。
いつまでも。いつまでも。

 

顔蔽(おお)いせる者 (あらわる)お前は何者じゃ。
人間 私は人間でございます。
顔蔽(おお)いせる者 では「死ぬるもの」じゃな。
人間 私は生きています。私の知っているのはこれきりです。
顔蔽(おお)いせる者 お前はまたごまかしたな。
人間 私の父は死にました。父の父も。おゝ私の愛する隣人の多くも死にました。しかし私が死ぬるとは思われません。
顔蔽(おお)いせる者 お前は甘えているな。
人間 (やや躊躇ちゅうちょして後)わたしは恐れてはいます。
もしや死ぬのではなかろうかと。
……あゝあなたは私の心を見抜きましたな。
ほんとうは私も死ぬのだろうと思っているのです。
私の祖先の知恵ある長老たちも昔から自分らのことをモータルと呼んでいますから。
(『出家とその弟子』より)

 

【娘の質問】

 

先日、お葬式が続いてバタバタしていた2,3日の事です。
通夜から戻って遅めの夕食をとっていると、
お風呂から上がってきた娘が話しかけてきました。

 

「お父さん、お参りって人が死んだらいくの?」

 

突然の質問に少しビックリ。
「葬儀、法事だけが仏事ではない」と思いつつ、
幼稚園生に説明するのは難しく、
また疲れていたので面倒くさく、
「そうだ‥…ね」と答えました。

 

するとまた娘が聞いてきます。

 

「そしたら、お参りってののさまに『どうか長生きさせてください』ってお願いしてるの?」

 

とても驚きました。
そしてこちらの質問はすぐに返答できず。
しばらくして、遊んでいる娘に、

 

「さっきの話だけど、『長生きさせてください』ってお願いするのは違うよ。
“お礼”をしてるんだよ。
“ありがとう”って。
『ののさま、(亡くなった)あの人と会わせてくれてありがとうございました』ってね。」

 

すると娘は言いました。
「さすが、ご院ちゃん!」
「違う」と言われて恥ずかしかったのでしょう。
しばらくずっと「ご院ちゃん」呼ばわれです。

 

【夢】

 

しかしその晩、夢を見ました。
母親が死ぬ夢。
棺桶の亡骸をみながら、悲しみと同時に、こんな事を考えました。

 

「やっぱり、死にたくない。」

 

朝起きて考えます。
人間の心とはこの程度なのだなと。
大切な人が亡くなったその直後でさえ、
油断すれば、死をみつめることのできない私なのです。

 

【モータル】

 

5歳の娘は勿論お経の意味も何もかも分かりません。
仏さまの前で手を合わせムニャムニャと何か唱えているのが、一体何なのか。
自分で考えた結果、「長生きのお願い」という答えが出ました。
けれども、これは娘というより、誰もが思う素朴な答えかもしれません。
そして人間の誰もが奥底にもっている願いです。

 

人間はモータルな(死にゆく)存在です。
でも誰も死にたくはありません。
寿命という枠からはみ出た神・仏へ、
「どうか少しでも長生きを」とすがるのは自然な思いかもしれません。

 

けれども浄土真宗のご法義のお念仏は違うのです。
どこまでも仏さま側の願いとはたらきに聞き触れていく行為(口業)です。
「どこまでも、私がいるよ。」という阿弥陀様の仰せに、
安堵の思いからお念仏させていただく。
お礼のお参りをするのです。

 

【他人まかせではなく】

 

浄土真宗の教えは「他力本願」です。
けれどもこれを、
「自分ではどうしようもなくなったので、仏さまにお願いする」とか、
さらには、
「努力する事を怠けて、他人まかせでいる」と調子の良いように誤解している人が割と多いようです。
そうなれば、
「他力本願をやめよ! 自力本願でいけ!」という広告ができるのは当然です。

 

本願とは私の側で使う言葉ではありません。
「他力といふは如来の本願力なり」(行巻、『浄土真宗聖典』190頁)と親鸞聖人は述べられました。
私ではなく、仏さまが願い(誓い)、その願い通りにはたらきいてくださっているのだという内容です。

 

子供は親の願いの中でのびのびと大きくなります。
同様に、
私たちは親様(阿弥陀)の願いの中で生かされて過ごしているのです。
どのような人生模様であろうと決してくずれない大地を踏みしめて歩みます。
仏の道を楽しみながら歩みます。
何をしていても仏さまとの二人三脚の時間なのです。

 

「(私が精進して)仏になる」のではなく、「(阿弥陀さまが)仏にする」という教え。
価値観が大きく転換されるご法義、それが他力本願です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

ただの念仏

 

【歎異抄】

 

浄土真宗の教えを一言でいえば、念仏の教えです。

 

『歎異抄』には、親鸞聖人の次のような名言が遺されています。
よかったら覚えてみてください。お聴聞が十倍楽しくなると思います。

 

「親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、
よきひと(法然)の仰せをかぶりて信ずるほかに別の子細なきなり。」(第二条)

 

「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、
よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、
ただ念仏のみぞまことにておはします」(後序)

 

両句に共通する言葉は「ただ念仏」です。
念仏一つで充分であり、
念仏こそ決して揺らぐことのないよりどころとなるものだと、
お示しくださいました。

 

けれども人によって、この「ただ念仏」がピンときません。
「本当に念仏だけで良いのだろうか」、
「他にも必要なことがいるのでは」と思う人。

 

逆に、最近では法事でお念仏することが少なくなりました。
慣れていないのもあるでしょう。
また「念仏一つにどれほどの意味があるのか」と思う人も。
住職としてきちんとお伝えできていないことに反省です。

 

【つりが欲しい】

 

禅宗の僧侶、沢木興堂老子が、
こんなユニークな表現をされています。

 

「タダ坐禅、タダ念仏−−このタダということが、
凡夫にはツマラナク見える。
凡夫はいつでもなんぞツリがほしいんじゃ」

 

人間は自らの行為に対して、
何らかの成果や効果、見返りが欲しいものです。
念仏や坐禅をしたら次の日から頭が冴えわたって……とは残念ながらいきません。

 

曹洞宗の坐禅は無念無想です。
効果を期待するのはお門違いです。
しかし、
浄土真宗の念仏は無念無想ではありません。
お礼です。
報恩謝徳のお念仏です。

 

もうすでに「我にまかせよ。必ず救う」と誓い、
その誓い通りに成し遂げた仏さまが、
「南無阿弥陀仏となってお前を救う」という仰せです。
その事に聞き触れるのがお念仏であり、
同時に御恩の深さに、お礼申さずにはおれないのがお念仏なのです。

 

【ただ信心】

 

こちらから投げかける念仏ではないのです。
口からこぼれでるお念仏。
他力のお念仏です。
ただ念仏……お念仏一つとは、如来さまの一方的なはたらきかけをいただく一つということです。

 

ですから言い方を変えることもできます。
『歎異抄』第一条には、次の名言もあります。

 

弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、
往生をばとぐるなりと信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、
すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。
弥陀の本願には老少善悪の人をえらばず、ただ信心を要とすと知るべし

 

さっきは「ただ念仏」」、今は「ただ信心」。
2つになっているのではありません。
本体は阿弥陀さまのはたらきです。
それは「本願」と言ったり、また「名号(南無阿弥陀仏)」と言ったりします。

 

如来さまの「必ず救う」という南無阿弥陀仏のはたらきかけを聞き触れた私の心が信心。
それに呼応したのが南無阿弥陀仏のお念仏です。

 

【お母さん】

 

こんな詩があります。

 

おかあさん おかあさん
おかあさんてば おかあさん
なんにもご用はないけれど
なんだか呼びたい おかあさん
(おかあさん 作詞 西條八十)

 

子供の健やかな成長をただ一つの願いとして日々はたらく「おかあさん」。
そのはたらきを丸ごと受けて育つ子供は嬉しさから用事もないのに「おかあさん」と呼びます。
言い方を変えることはありません。「おかあさん」一つ。人によっては「ママ」でしょうが。
呼びたいのです。
「この人は私を本当に育ててくれるだろうか」と心配で呼びかけるのではありません。
愛情の確認ではありません。
疑いようのない心のうれしさがもたらす「おかあさん」です。
そしてそれ以外に用事がない。
掃除・洗濯・食事…何から何までお母さんの仕事です。

 

念仏は如来さまのはたらきに聞き触れて、もれ出るたった一つの私の行為なのです。

 

そしてそこから人によってさまざまな報謝の行為はあるでしょう。
「この上ないものをいただいた。
このいのち、如来さまのご苦労にドロをぬらない生活・仕事をしなければ」と。

 

朝、お仏壇で“お礼”をし、お念仏をします。
今日も御恩報謝の生活が始まります。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

弥陀料理

 

【一飯の恩】

 

故人の事を思い出す時、一つに食べものの思い出があります。

 

Kさんご夫婦の所でいつもいただいたメロン。
Tさんは帰りにいつも栄養ドリンクをくださいました。
Dさんのおからの煮付け、
Mさんのおはぎ……、
法事の時作ってくださった岩国寿司も懐かしい味です。

 

先日亡くなられたIさん。
岩国では有名な割烹料理の店主でした。
葬儀にはたくさんの方が参列されました。
私も含めて、会場にいる人全員、Iさんの料理を一度は味わい喜んだ者です。
「あの料理、美味しかった」。
口には出しませんが皆そう思っていた筈です。

 

一飯の恩ではありませんが、
舌の上の味わいというのは大きなものがあります。

 

【仏の言葉】

 

キリスト教のイエスが荒野で40日間断食していた時、
悪魔がこんな風にささやいたそうです。
「お前は神の子なのか。
ならば奇跡を起こしてみろ。
その力で、ここにある石をパンに変えろ(貧しい人を救ってみろ)」と。
イエスは言いました。
「人はパンのみにおいて生きるにあらず。神の言葉によって生きる」と。

 

食べ物なしに人は生きていけません。
けれども食べ続けても、いつか人は死んでいきます。
モータルなる(定命。死すべき)存在なのです。

 

人は死を認識できる者です。
同時に、
人は死から眼を遠ざけます。
「死ぬことなんて考えてたら仕事にならない」と。

 

そうではないと示すのが宗教です。
私の上に必ずおとずれる死の不安の解決。
宗教の大きな仕事の一つです。

 

キリストは神のメッセージを説きました。
そしてお釈迦さまは仏法を説きました。
さとりにいたる道、大別して2つです。

 

【身の程に合う教え】

 

一つは自力の教え。
欲を捨てる教え、煩悩を断つ教えです。
戒律を守り、悪をやめ、善を行います。
そして瞑想し、心を清らかにして、煩悩を断ちます。

 

けれども、もう一つ、他力の教えも説かれました。
阿弥陀さまの教えです。
欲を捨てきれない、煩悩を断ちきれない者をそのまま救うというお慈悲のお話です。
『正信偈』には「不断煩悩得涅槃(煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり)」とあります。
凡夫の教え、念仏の教えです。

 

自分を変えていく自力の教えは崇高です。
けれども変わりようのない自分と、
諦めるのではなく、むしろ喜んで受け入れられる他力の教えは、
今ここにある「ありのまま」の私を認めることのできる尊さがあります。
私という“身の程にあう”教えがお念仏です。

 

【仏法の食事】

 

才市は何をたべて生きてをるか
わたしは仏法をたべて生きてをります
仏法をたべて生きてをられるものか
へ、生きてをられます
あなたでも そうであります
世界は仏法であります
世界の作りが仏法であります
これがなむあみだぶつであります
世界草木がみなこの通りであります
これによって私が生きております
これがなむあみだぶつでありますよ
  (久馬慧忠『仏のモノサシ』75頁より引用)

 

妙好人浅原才市さんの詩です。
パンではなく、仏法を食した82年。
仏さまが私のために五劫という永い歳月、手塩にかけて作ってくださった功徳の食事をいただきます。
割烹料理ならぬ仏法料理。
その献立は「浄土の炊き合わせ」、「本願の酢の物」、「名号の煮付け」……、
お念仏の度に、一飯の恩を思います。

 

私が食べなかったら冷めます。
私がいただかないと。

 

さいちよ、へ。たりきをきかせんかい。へ、たりき、じりきはありません。ただいただくばかり。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

悪人の救い

 


女学生で学徒として、城山で松根油を取っていました。
「どーん」と大きな音がして、思わず地面に伏せました。
B29がブーンと飛んでいて、顔をあげてみると、東の空にもくもくきのこ雲が上に上に上がっていました。
岩徳線で帰る時、西岩国駅に、焼けただれた、男女の区別もつかない大勢の人が横たわり無残な姿に言葉が出ませんでした。
あくる日見ると、体にはハエが飛びかわし、ウジ虫がはっていました……。
(今津町 女性 84歳)


8月14日岩国空襲の時は、帝人製機に動員で行っていました。
いまだに忘れません。
帰りの道中、死体をまたがって帰りました。
馬が死んでいたり、人の頭がころげていたりしていました。
(和木町 女性 81歳)

 

  (第15回岩国 原爆と戦争展アンケート集より)
  

 

【ヒロシマ・パイロット】

 

先月の6日は言うまでもなく原爆の日、ピカドンの日。
平和式典は43年ぶりの雨の中の式典でした。
また岩国は、土砂災害が各所で発生し、鉄道・道路の交通が半日以上麻痺した大変な日でした。

 

今年の7月、B29エノラ・ゲイのパイロット、セオドア・バンカーク氏の訃報が流れました。
93歳。
12人の“ヒロシマのパイロット”はもう誰もいなくなりました。

 

彼らを含め、原爆投下作戦に関わった多くの人は、
「原爆があったから戦争が終わった」、「後悔はしていない」、
「必要悪だった」、「むしろ日本を、文化財を守ったのだ」等々と回想しています。

 

ただ中にはクロード・イーザリー氏のように、罪の意識にさいなまれ、
精神錯乱のため病院へ収容された人もいました。
指揮官機ストレート・フラッシュの機長でした。
「準備OK、投下!」の暗号命令を送った事を生涯悔やみ、
広島の人々の焼かれていく記憶や幻影に苦しみ続けました。
苦しむイーザリー氏に広島の少女たちが「敵意は全くありません」という慰めの手紙を送ったそうです。

 

【仏教的善悪】

 

法律で決められた悪、犯罪は国や地域、また時代で異なります。
そして道徳的善悪の問題も、国や地域、また時代で異なります。

 

けれども宗教的善悪は、国や地域、また時代をこえて一貫します。

 

仏教でいう悪、それは「十悪」が代表的です。

 

十悪(じゅうあく):10種の悪い行為のこと。

  • @殺生(せっしょう)(生きものを殺す)
  • A偸盗(ちゅうとう)(ぬすみ)
  • B邪淫(じゃいん)(よこしまな性のまじわり。不倫)
  • C妄語(もうご)(うそいつわり)
  • D両舌(りょうぜつ)(人を仲たがいさせる言葉)
  • E悪口(あっく)(ののしりの言葉。あらあらしい言葉)
  • F綺語(きご)(まことのない[うわべだけの]かざった言葉)
  • G貪欲(とんよく)(むさぼり・我欲)
  • H瞋恚(しんに)(いかり)
  • I愚痴(ぐち)(おろかさ・真理に対する無知)。

 

仏になる道をさえぎるものが、仏教的悪です。
人間は煩悩を持つ存在であり、それを身体で、言葉で、心で、
悪業として表現してしまい、
結果、仏道を閉ざしてしまうのです。

 

【悪人の誤解】

 

ところで浄土真宗は日本で比較的広く知られている宗教です。
けれどもそのせいか、他の教えにくらべ、誤解されている部分が多い教えでもあります。

 

その代表が、「悪人正機(あくにんしょうき)」。
率直にいえば、
「悪人こそが阿弥陀如来の本当の救いのおめあてである」という意味です。

 

勤行「正信偈(しょうしんげ)」には「悪」という文字が11回使われています。
非常に多い頻度で用いられています。

 

数ある誤解の中でも、この「悪人正機」が最も強い誤解を受けます。
「犯罪者こそが救われるなんて理不尽ではないか?」。
浄土真宗の人でも、中々、わかってもらえない教えです。

 

ここでいう「悪人」というのは人間の本質的なものを指しています。
悲しいかな私たちは日々、生き物を殺しながら生きています。
また心の中で、どれほど恐ろしい事を考えるか分からない自分です。
仏になるどころか、真反対の道、地獄行きの道を歩む私。
それが仏教の基準、ここでいう「悪人」です。

 

そんな私を救うとおっしゃったのが阿弥陀さまなのです。
社会的犯罪者、道徳的善悪を問題にした言葉ではありません。

 

【ノーモアヒロシマ】

 

去年、山口仙二(やまぐち せんじ)さんが亡くなられました。
反核・平和運動家の方です。
NHK「あの人にあいたい」の放映で知りました。

 

長崎で被爆しました。
一度は生きる事に絶望されたそうですが、
「自分にできることを」と原爆反対運動に生涯をささげました。

 

1982年の国連軍縮特別総会でNGO民間代表として演説されました。
「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ……」
(広島・長崎の惨劇を繰り返すな。戦争、被爆者はもうたくさんです)
世界中の人々の心を動かしました。

 

山口さんは日本だけでなく世界でも核の廃絶を訴えました。
アメリカでも自らの被爆の写真を見せながら、原爆の恐ろしさを説きました。

 

そんな渡航中のこと。
真珠湾で亡くなられたアメリカ人の墓地をたずねました。
その時、アメリカ人女性から、
「この中に私の親の遺骨がある。日本人の攻撃で死んだ。
日本人の奇襲さえなければ。……
あの原爆投下は正しい行為だと思う。」
そんな内容でした。

 

真剣に話を聞く山口さん。
その後、遺族とどんな話をされたのかはわかりません。
直後のインタビューで、
「原爆の問題を理解してもらえるのはなかなか難しいです。けれども少しずつでも続けていきたい。」
そのようにおっしゃっていました。

 

山口さんを始め、核廃絶を訴える日本人が一番言いたいのは、
原爆そのものの恐怖、非尋常性です。
「私たちは被害者です」とか、原爆投下の謝罪の有無ではないのです。

 

けれどもそれがアメリカ人に誤解されます。
「謝罪せよ」「あなた達は間違いを起こした」と責められているように聞こえるのでしょう。
当然、戦争の正当性の思いが雑ります。
そして「日本人も悪い……原爆投下は悪くない」と反論したくなるのでしょうか。

 

【ピカドン】

 

広島在住のアメリカ人詩人、アーサー・ビナードさんは「ピカドン」という言葉の衝撃を語ります。
アメリカでは一度も聞いたことがなかったと。

 

原爆(atomic bomb)や核兵器(nuclear weapon)は作る側、利用する側の言葉です。
けれども「ピカドン」は生活者からの言葉です。
起こった現象そのものを忠実に、瞬時に伝えています。
立ち位置がかわる言葉。本質をとらえるレンズとなる言葉です。

 

兵器とかいう次元のものではないのです。
たった一発、ほんの1キログラムのウランがはじけただけです。
ピカーッと光って、全てを焼き、消し去る。
本来、世の中にあってはならないもの。
長崎の原爆のプルトニウム、そして現在の原発にも通じます。

 

【悪人とは】

 

ピカドンが本質をつかむ言葉であるように、
浄土真宗でいう「悪人正機」の「悪人」も、
人間、いや私自身の本質をつかんだ言葉です。

 

社会的犯罪者、道徳的善悪を問題にした言葉ではありません。
他を殺す、嘘をつく、貪りの心…。
「人間なんだから仕方ない」ではないのです。

 

「悪人こそが阿弥陀如来の本当の救いのおめあてである」とは、
言い方をかえれば、
「阿弥陀如来の救いにであった私の姿は罪悪深重の悪人でした」という事です。

 

悪人とは、今、如来さまの光をあびた私が
自分自身を指していう言葉です。
他人がどうのこうのいう言葉ではないのです。

 

また「私は悪人」とわざわざ口に出す言葉でもありません。
口に出せばすぐ嘘になります。
聴聞をする中で阿弥陀さまの救いにであい、
心中深くで、
自身の罪に慚愧(ざんぎ)の涙を流し、
同時に、救いに歓喜(かんぎ)の涙を流します。
それを「悪人」と喚び、正信偈では11回も使用された「悪」の文字とお聞かせにあずかります。

 

【言い換え】

 

さらにもう一言。
悪人正機は、「悪を自覚しなければならない」、という意味でもありません。
私の心は水の上に字をかくようなもので、すぐに消えてしまいます。
みな虚仮(こけ。虚偽(うそ)、仮もの)です。
自分でおこす「自分は悪人だ」という思いは、すぐに消えてしまいます。

 

「悪人」という言葉は、如来さまのお慈悲にであった時にいただいた言葉なのです。
ちょうど如来さまは鏡のようなものです。
そこに自分の姿がうつります。
その姿が、罪悪の傷跡にまみれ、泣いている「悪人」だったというのです。
自分で理解して言う程度の「悪人」ではないのです。

 

悪人正機は本当に誤解をうけやすい教えです。
けれども、その真意はこれ以上ない救いの話です。
「他力本願」「往生浄土」と全く同じ味わいなのです。

 

視点を変えているだけといっても良いかもしれません。
「如来さまが私を救う(仏にする)」という構図の浄土真宗。
如来さまにスポットをあてれば「他力本願」、
私にスポットをあてれば「悪人正機」。
救う(仏にする)にスポットあてれば「往生浄土」。
他力本願をただ言い換えただけです。

 

……次回は「他力本願」の誤解の話をします。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

【追記】

 

戦争の別れのつらさを語った有名な手紙を、最後に付記しておきます。

 

母からの手紙
「爆弾をかかへて行く時は、必ず忘れまいぞ
「南無阿弥陀仏」と称えてくれ。
これが母の頼みである。
これさえ忘れないで居てくれたら母はこの世心配事はない。
忘れないで称えてくれ。
今度会う時は「アミダ様」で会おうではないか。
これが何よりも母の頼みである。
忘れてはならないぞ。 母より」
(石倉三郎大尉(石川県七尾市)

 

 

 

 

キュウリとナスに出番なし

 

【常識と偏見】

 

  「常識とは、18歳までに身につけた偏見の寄せ集めである。」(アインシュタイン)

 

アインシュタインは常識というものが大嫌いだったようです。
「○○は、こういうものなのだ」という既成概念は、
時として新しい発見や本当の事実を覆いかくしてしまうのかもしれません。

 

お盆の時期が終わりました。
「お盆? そりゃあ祖先の霊をまつる行事だろう」って思いこんでいませんか?

 

【キュウリとナスに出番なし】

 

初盆のお参りに行った時のこと。
仏壇の目の前に夏野菜がお供えしてありました。
大きなキュウリとナス。
そしてそれらには爪楊枝がさしてあります。

 

(家)「初盆のおかざり、これで良いでしょうか?」
(私)「いえ、こんなキュウリに爪楊枝をさしたものはお供えしませんよ。」
(家)「でも、お寺さんでもらった本に書いてありましたよ。」

 

指さすのは、『仏事のイロハ』(本願寺出版)にあったイラストです。
そこにはキュウリとナスがつまらなそうに、
「ボクたちの出番ないね……」とつぶやいている場面。

 

キュウリとナス

 

初めての初盆のお飾りに緊張した方でした。
いつもは出番がないキュウリとナスの唯一の出番が“お盆”なのだろうと、
イラストをみて深読み(早合点?)したのでした。
そのイラストの頁には大きく「真宗では精霊棚(しょうりょうだな)は用いない」とあったのですが。

 

お盆は先祖があの世から帰ってくる日と考えている人が数多くいます。
テレビでもそんな事を言います。
けれど、違います。

 

お仏壇は、少なくとも真宗では当然ですが、
先祖のためのものではありません。

 

【日経に親鸞聖人の言葉が】

 

先日の日経新聞の8月14日の「春秋」にこんな事がかいてありました。

 

親鸞は、墓の下に死者の霊が集まることなどないと教えた。
自らの死期が近づいたときに、こう語ったと伝えられる。
「某(それがし)閉眼(へいがん)せば賀茂河にいれて魚に与うべし」(改邪鈔(がいじゃしょう))。
それでも人は亡き親や友に手を合わせる所がほしい。
墓とは去った者のためでなく、
残された者が己の心に向き合うための装置であるに違いない。
(※1)

 

お墓は故人の為ではなく、残されたものの為のものです。
そしてお仏壇もそうです。
故人の為ではなく、
むしろ、
先に往生された多くの方々が「仏法にあえよ」「ご法義を聞けよ」と残してくださったものと受けとります。

 

【比較】

 

『アナと雪の女王』はビデオも好調です。
エルサの歌う「Let it go(ありのままに)」の歌の影響でしょうか。
(「Let it go」と「ありのままに」は微妙に意味が違うらしいですが。)
そのせいか、最近、
「ありのままに(生きよう)」とか「自分らしく(生きよう)」といった言葉をよく聞きます。
その背景には、そのように生きられない現実があります。

 

人間は「分別をもった」生き物です。
周りをいつも気にしつつ生きています。
自分をどうしても他人と較べてしまい、優劣を抱いてしまいます。
「あちらはあんなに素晴らしいのに……」とか、「こっちに較べたら私はまし……」とか。
どちらも心を傷つけます。

 

どうせ分別、比較してしまう心ならば、
まずは仏さまと較べ合いをするのが仏教徒です。

 

お仏壇で(お墓で)、仏さまと向かい合います。
仏さまとの較べ合いは、対人の場合と違い、決して優劣がおこりません。

 

それどころか仏さまは「われにまかせよ」と願ってくださっています。
わが身の根底を支えると誓ってくださいました。

 

大地のない無重力(ゼロ・グラヴィティ)の宇宙空間では、人は思い通りに動けません。
決して崩れない大地の上だからこそ、人は思う存分、立ち上がり、歩き、走れるのです。

 

ありのままに生きるための方法。
それは(エルサのように)人里離れて嫌なことを忘れ(let it go)、
一人でくらすのも良いでしょうが、
普段の生活の中でも、較べようのない本当の支えをもつ事で可能なのです。
それが家に必ずお仏壇を構える大切さかもしれません。

 

【GNH】

 

世の中、何となく不安な要素が増えてきました。
法義中心の世の中であってもらいたいものです (某暑中見舞いに)

 

日本人男性の幸福量が30%をきったそうです。
10人のうち7人以上が「生きづらい」と感じているのだとか。
原因の多くは「仕事との人間関係」、
次に「収入の少なさ」「労働時間の多さ」と、それに並んで「家族との関係」
(参照 クローズアップ現代2014.7.31放送「男はつらいよ 2014」より)

 

原因は他にもたくさんあると思います。

 

欲望中心の生活では、
どこまでも幸福度(国民総幸福量/Gross National Happiness(GNH))は満足に達しません。
法義中心の生活を続けていった時、
人は人間関係がつらくても、収入が少なくても、労働がつらくても、
たとえ家族との関係がぎくしゃくしても、
どんなに辛くても、前にすすむことができるのです。
仏さまはそのことをずっと説き続けてくださいます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

(※1)
残りも一応引用すると、

 

ならば墓は近い方がよい。
豪華な本堂の改修やら行事やら、
高額の寄進を催促する手紙を送ってくるばかりの寺との関係には、
いささか疲れてしまった。
そう嘆く声が少なくない。
不義理を病むより、
思い立ったら行ける近場で簡素に樹木葬を、
という人も多い。
親鸞が現代の宗教の姿を見たら、なんと言うだろうか。

 

たしかに「寄進を催促する手紙を送ってくるばかりの寺」では親鸞聖人、嘆かれるかも。
法義中心のお寺でありたいものです。
……本来は、
寄進によってそのお寺との距離が近づき(敷居がなくなり)、
「綺麗になったのだから参らねば」と、
いよいよ仏法の教えを聴聞し喜ぶご縁になれば良いのですが……悪循環は拙いですね。

 

 

 

動き通しの阿弥陀さま

【読経のお手伝い】

 

夏休みに入りました。
子ども達は毎日夢中で遊んでいます。
けれども時々、暇なようで……。

 

お寺参りの時の事です。
私とお参りにこられた2人の方で『阿弥陀経』をおつとめしていました。

 

しばらくして経本を見ている視線の端に、チラッと動くものがありました。
「あれ、扇風機かな?」
と思いながら、とにかく読経に集中。

 

でも気になります。
ゆっくり顔を上げて外陣の方を見てみると、
何と、次男が座っています。
ご門徒さんの後ろ、イスに座って足をブラブラさせています。
ビックリしました。

 

とにかく落ち着いて、読経に集中。
するとしばらくして、次男がスタスタと前にやってきました。
そして焼香台のさらに前、経机の座布団に座るのです。
いつもお朝事で私が座る場所です。
いやでも視界に入ります。

 

吹き出しそうになるのを我慢しながら、読経に集中。
すると今度は、祖師前へ移動。
私の真横に立っています。
私をジッと見上げています(実際に目は合わせていないので分かりませんが)。

 

可笑しくて声が震えるのを必至にこらえつつ、読経に集中。
「早く帰りなさい」と心の中で思う私。
すると立ち上がりました。
帰るのかなと思いきや、先ほどの経机の前へ。
そこにある大キンを桴(ばち)で叩き始めました。

 

『阿弥陀経』のおつとめでした。
調子をととのえる為、節柝という拍子木状の二本の棒を「カチ、カチ」と叩いていました。
その音にあわせて、息子はキンを叩くのです。
私を手伝おうとしたのでしょう。

 

ついに読経を中断。
おかしくて、可笑しくて。
「〜くん、もう庫裏に戻りなさい。」
言われて、驚いたように帰る息子。
お参りにこられたご門徒に申し訳ないと謝ると、お二人は喜んでいました。

 

【物まね】

 

そんな次男には、もう一つ、こんなエピソードがあります。

 

お参りにから帰ると、長女がたずねるのです。
「お父さん、ののさまって動かないよね?」
どういう事かと聞くと、
弟(次男)が「仏さまの物まね」をして遊び出したとか。
右手を上げて、左手を下げて、本堂の阿弥陀さまの真似です。
そしてニコニコしながら家中を歩くというのです。

 

お姉ちゃんは言いました。
「〜くん、ののさまは動かんよ!」
確かに本堂の仏さまは立ったままです。
でも構わず歩く弟。
いうことをきかないので、お母さんへ。
すると「お父さんに聞きなさい」と言われ、そこで帰るのを待っていたのでした。

 

「なるほどね。わかりました。」
「ののさまは動かないよね?(私の方があっているよね?)」
「あのね…………ののさまは動くんだよ。」
「なんで?」
「〜ちゃん、あなた毎日動くでしょう?」
「?」
「本堂のののさまは仮の姿。本当のののさまは、あなたが行く所にいつも一緒なんだよ。
 どんなに遠くても、一緒。ね、動いてるでしょ?」
「?」
わかったような、わからないような顔で去っていく娘。

 

【摂取の左訓】

 

  十方微塵世界の
  念仏の衆生をみそなはし
  摂取してすてざれば
  阿弥陀となづけたてまつる

 

と親鸞聖人は『阿弥陀経』の和讃を詠まれました。
微塵世界……数限りのな世界です。
その世界の誰一人として見すてることができなかった仏さまが、阿弥陀さまでした。
「摂取してすてざる」……つかんで離さない仏さまです。

 

  「摂取……摂めとる。ひとたびとりて永く捨てぬなり。
   摂はものの逃ぐるを追はえとるなり。摂はをさめとる、取は迎へとる」

 

と親鸞聖人は「摂取」に左訓をつけられました。
どこまで行っても、どこまで落ちていっても、
一緒に歩んでくださるのが「南無阿弥陀仏」です。

 

【動きどおし】

 

こんな話を聞いたことがあります。

 

あるお同行さんが、町へ出かける前にお仏壇にお礼しました。

 

「阿弥陀さま、町へ行ってまいります。お留守番よろしゅう。」

 

そして町へ。
道中、日頃の癖でお念仏がでます。
「ナンマンダブ……あ、阿弥陀さま、留守番されておられるかと思ったら、一緒についてござった。
申し訳ありませんでした。ナンマンダブ。」

 

浄土真宗の本尊の仏さまは立ち姿です。
立ち通しの仏さま、
動き通しの仏さま、
働き通しの仏さま。
お礼せずにはおれないと、日々、お仏壇に手をあわせたいものです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

正しい羅針盤

【好きな天才】

 

突然ですがあなたの好きな天才、誰ですか?

 

先日、「日本人が好きな天才ベスト100」という番組が放映されていました。

 

ショパン、モーツァルト、ベートーヴェンといった音楽家や、
スティーブ・ジョブズ、エジソンという発明家、
ニュートンやガリレオといった発見者をおさえて堂々の一位は、
アルバート・アインシュタインでした。

 

アインシュタインは相対性理論で有名です。
何でも時間の相対性を発見した?らしいのですが、詳しくは分かりません。
とにかく物理学の基礎である力学の弱点を見事に克服した、
万有引力の法則で有名なニュートンを超えた人物なのだそうです。

 

そんな科学者のアインシュタインは、平和を誰よりも強く願った人でありました。

 

【誤算】

 

今日も子供たち3人、よく一緒に遊びます。
そしてよく一緒に喧嘩します。

 

週末の学校や幼稚園が休みの時、四六時中、遊んでは喧嘩しています。
その主な原因が、おもちゃの取り合い。
私が買ったおもちゃです。

 

私としては3人で仲良く遊んでもらいたいから買ったのです。
ところがその玩具がもとで喧嘩に。
親として誤算です。
「なぜ喧嘩になるのか」、時々情けなくなります。

 

アインシュタインは科学者です。
自分の物理研究は人類に大いなる豊かさをもたらすと願い、日夜、研究したはずです。
けれどもその結果、原子爆弾が生まれました。
一発で何百万人のいのちが犠牲になります。
彼にとって大きな誤算だったことでしょう。

 

日本人を代表する物理学者の湯川秀樹さんが、
かつてアメリカのプリンストン高等研究所に客員教授として招かれた時のことです。
その滞在中にアインシュタインが湯川さんのもとを訪ねて、日本への原爆投下をわびて涙を流したそうです。

 

アインシュタイン博士は私達の顔を見るなり、
二人の手をご自分の両手で強く握りしめて、
「罪のない日本人を原爆で殺傷して、申しわけない」と、
涙をポロポロ流してわびられた。
            湯川スミ(秀樹夫人)
  (武田龍精編『龍谷パドマ8 アインシュタインの平和主義と宗教観』より)

 

ちなみに「日本人が好きな天才ベスト100」8位のアルフレッド・ノーベルさんも似た境遇でした。
炭坑の命がけの作業を楽にするために生み出したダイナマイトが、
戦争兵器に使用されました。
以前よりも大きな被害がもたらされるようになった戦争に心を痛めた彼は、
死後、「ノーベル賞」をつくりました。

 

【正しい宗教】

 

そんな彼に有名な名言が残っています。

 

  宗教なき科学は未完成であり、科学なき宗教は狂信である。

 

「宗教なき科学は未完成」、
アインシュタインの切なる願いでした。
科学は人類に大きな幸福をもたらす。
けれどもそれは正しい使い方をすればです。
人間の欲望にそまった科学は、何をしでかすかわからないのです。
宗教は科学という船を正しい方向に導く羅針盤です。

 

けれどももう一つあります。
「科学なき宗教は狂信」。
宗教は人間の智慧を超えた話です。
けれども理性を無視した、単に神秘的、摩訶不思議なもの、人間の都合のよいものであれば、
それは正しい羅針盤といえるでしょうか。
「これをもとめれば(買えば)、病気がなおりますよ、心が晴れますよ」と、
“奇跡”という名のもとに人を呼びこむ宗教のいかに多いことか。
欲望の延長は、本当の宗教の目的ではありません。

 

科学が悪いのではありません。
宗教をもたない人が、間違った宗教をもった人が科学を狂わすのです。

 

【科学のある仏教】

 

お釈迦様はみずからの境地を、様々な方法で理路整然とお説きくださいました。
四諦八聖道に始まり、十二因縁、五蘊十二処などなど。
どれも合理的なお話です。

 

そして大乗仏教ではさらに多くの教えが展開します。
どの教えも、人間の知性・理性を無視したものではありません。

 

親鸞聖人は「お念仏一つでなぜ救われるのか」、
その道理を生涯かけてお示しくださいました。

 

正しい羅針盤となるお念仏のおいわれ。
そこを聴聞できるのが、お聴聞の喜びでもあるかもしれません。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

他力船

テレフォン聴聞

 

「仏法は聴聞につきる」が浄土真宗のかわらないテーマ。

 

法座にまいっていただけたら一番なのですが、
他にも聴聞の方法はあります。
法話の本、法話のテープ、そして「テレフォン法話」です。

 

山口教区では、青年布教使が10日がわりで3分のテレフォン法話をしています。
電話番号は、

 

083−973−0111
(覚え方:親様と、苦難の道を、
日々、一緒に、生きていく)

 

よかったら電話してみてください。

 

他力船

 

こちらは山口別院テレフォン法話です。本日は岩国組専徳寺、弘中満雄がお取り次ぎ申しあげます。

 

私の曾祖父の逸話で、個人的に好きな話があります。

 

曾祖父はかつて学生時代、ボート部でした。
あるとき一念発起して、ボート作りをはじめました。
汗を流して、一夏かけて、ついに完成。
子供を連れて通津の海へ進水式にでかけました。
近所の人も一緒でした。

 

ボートは海に浮かべると、あっという間に沈みました。
どこかに穴があいていたのです。進水式ならぬ「沈水(ちんすい)式」となりました。
さびしくボートをさげて帰る曾祖父親子、ご近所の方々。
おいたわしい。

 

親鸞聖人の大変有名な和讃(わさん)があります。

 

  生死(しようじ)の苦海(くかい) ほとりなし
  ひさしくしづめる われらをば
  弥陀(みだ)弘誓(ぐぜい)の ふねのみぞ  ※弘誓:ご本願のこと
  のせてかならず わたしける

 

まよいの世界(此岸(しがん))からさとりの世界(彼岸(ひがん))へ。
彼岸へ渡るため、私はどんな船にのったらよいのでしょう。
船は少しでも穴があいていたら沈みます。
自力の船は間違いなく沈みます。
どんなに人が真面目に厳しく修行して、知識をつみ、経験をつみ、また心を清らかにしても、そこには悲しいかな、必ず煩悩という穴があいています。
ましてや凡夫の私の作った船は穴だらけです。

 

彼岸を渡るのに「私はこう思います」、「私はこんな良い事を心がけています」と自力の船を作ろうとする私。
曾祖父が笑っています。
「それじゃあ、沈水式行きだ」と。
自力船にのって、これまでどれ程まよいの海、苦しみの世界に沈んできたことか。

 

ようやく生まれた人間世界。
勿体なくもここまで生かされてきました。
弥陀の船、他力の船にのれよと聖人。
功徳一杯の本願の船、一点の穴なき仏の船。
この度は乗船場を間違えないようにしたいものです。

 

他力船「阿弥陀丸」の乗船場は、何と言っても聴聞の場にあります。
一緒に乗船いたしませんか。

 

(山口別院テレフォン法話(tel. 083-973-0111) 7月上旬に放送)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

お祓い知らず

【トラブル】

 

私事ですが先月から、毎週のように病気・怪我をしていました。

 

  1.5月の最後の土曜日、子どもの運動会直前、「風邪をひくなよ」と言っていた自分が風邪を引く。
  2.翌週、元気になったのでゴミ出しへ行こうとして、靴を履いたらスズメバチに刺される。
  3.週末、衣替えの最中にギックリ腰。ショックなのか風邪が戻り、熱が。
  4.翌週、膝をベットの角で強打。
  5.数日後、太ももの裏が虫にさされたように腫れる。
  6.週末、子ども会で派手に転倒。体中にすり傷。
  7.翌週末、Wカップの応援に気を取られ交通違反。
  8.翌週末、忙しさからか顔面に軽い痙攣。

 

一つ、病気・怪我ではないのもありましたが……。

 

よくぞこうも毎週、不幸が続いたものです。
こんな時、世間では「お祓い」とか「運気をかえる」とか言ったり、実際に行ったりするのでしょうか。
でも浄土真宗には全く関係ありません。

 

浄土真宗の教章「生活」にはこうあります:

親鸞聖人の教えにみちびかれて、
阿弥陀如来のみ心を聞き、
念仏を称えつつ、
つねにわが身をふりかえり、
慚愧(ざんぎ)と歓喜(かんぎ)のうちに、
現世祈祷(げんぜきとう)などにたよることなく、
御恩報謝の生活を送る。

 

現世祈祷や迷信とは縁遠き教え、それが浄土真宗の生活様式です。

 

【ユリゲラー】

 

そんな昨今、大学の恩師N先生の法話を思い出しました。

 

N先生は若い頃、こんな質問をうけたそうです。

 

「ユリゲラーの超能力はどうなのか? 私もスプーンくらいなら曲げれるような気がするのですが。」

 

当時、ユリゲラーの超能力は大流行でした。
N先生は思っていた事を即答されたそうです。

 

「スプーンを曲げるくらいではお浄土へ行けない。」

 

仏典には神通力ということも述べています。
ですから、世間で騒がれる“超能力”を無理に否定する必要はありません。

 

しかし問題は、今、私は「何が一番大切か」、「何をよりどころとするのか」なのです。

 

迷いの苦しみを超えていくのが仏教徒の目的です。
私たちはその目的として、浄土に生まれていく道を歩みます。
その往生の道に、果たしてユリゲラーの超能力は応えてくれるのか。
全く関係ありません。
肝心要のところを忘れて、単なる“不思議なもの”はあるのかないのか、という議論に惑わされてはならないのです。

 

【お札】

 

N先生はもう一つお話してくださいました。
N先生の恩師M先生のことです。

 

M先生は龍大の在職中に脳血栓を患われました。
当初は動くことも、言葉も勿論でてこなかったそうです。
そういう状態の時、いろんな方が励ましにこられたそうです。
そして中には、「脳血栓に非常によくきくお札をもらってきました」という方もおられたそうです。
M先生は、N先生に言われたそうです。
「私はたまたま寺に生まれ、ご法話などを聞いてきたからそういうものには惑わされないけれども、
もし私が寺に生まれなくて、ご法義に全然であっていなかったら、
同じようにそういうことを気にしただろうな。」
惑わされなくなったのはまさしくご法義の力でした。
そういう姿勢をM先生はみせてくださったそうです。

 

何が大事なのか。何をよりどころとするのか。
私たちは他力、如来さまの本願の力をよりどころといたします。
欠け目のない功徳をいただいたゆえ、欠け目多き超能力やお札に迷信性を感じます。
それも本願の力なのです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

ふたりは

法を聞きてよく忘れず、見て敬ひ得て大きに慶ばば、すなわちわが善き親友(しんぬ)なり」と。
  (親鸞聖人『教行信証』信文類より)
【現代語訳】教えを聞いてよく心にとどめ、仏を仰いで信じよろこぶものこそわたしのまことの善き友である

 

【おてがみ】

 

子どもと一緒に生活していると、思わぬ懐かしいものにであいます。
懐かしいアニメ、懐かしい遊び、懐かしい歌等など。
そして懐かしい絵本にも。

 

……

 

おやつを食べ終わった後、
息子がランドセルから教科書をひっぱりだし、
声に出して読み始めました。
どうやらそういう宿題らしいのですが、
「はて、どこかで聞いたような」。

 

思い出しました。
「おてがみ」です。
子どもの頃読んだ懐かしいお話でした。

 

著者はアーノルド・ローベルさん。
訳は三木卓(みき たく)さん。
童話『ふたりはともだち』に出てくる5篇のお話の中の一つです。
1972年に日本語訳が出版。42年前の本です。

 

がまくんとかえるくんの友情をユーモラスに描いた、静かで心温まるお話です。
まさか教科書に載っているとは驚きました。

 

「おてがみ」の内容はこうです。

 

……

 

がまくんはいままで一度も手紙をもらったことがありません。
それを知ったかえるくんは、家に戻ってこっそりがまくんに手紙を書き、かたつむりに配達を頼みます。

 

たのんだ相手を間違えました。
いつまでたっても手紙は届きません。

 

「かえるくん、どうして、きみ、ずっと、まどの外を見ているの。」
「だって、今、ぼく、お手紙をまっているんだもの。」
「でも、来やしないよ。」
「きっと来るよ。だって、ぼくが、きみにお手紙出したんだもの。」
「きみが! お手紙に、なんて書いたの?」
「ぼくは、こう書いたんだ。
  『親愛なるがまがえるくん。
   ぼくは、きみがぼくの親友であることを、
   うれしく思っています。きみの親友、かえる。』

「ああ。とてもいいお手紙だ。」

 

二人は幸せな気持ちで手紙を待つのでした。
四日過ぎて、ようやく手紙は届きます。
がまくんはとても喜ぶのでした。

 

……………

 

懐かしいです。
大人になっても良い本だなと思います。

 

そしておもしろい。
普通、手紙の送り主も内容も分かってしまったのだから手紙を待つ必要はありません。
では何故、二人は幸せそうに待つのか。
それは分かっていても受け取りたい手紙、そして言葉だから。
親友…うれしい言葉です。

 

【おちば】

 

さて数日後、息子が「おちば」という本が読みたいと言い出しました。
そこで図書館へ。
するとなんと「おちば」というお話は、またもやアーノルド・ローベルさん作、
『ふたりはいつも』という本の中にあるお話でした。
1977年出版です。
その時初めて、「ふたりはともだち」のがまくんとかえるくんのシリーズには、
続編があった事を知りました。

 

「おちば」の内容はこうです。

 

……

 

落ち葉が家の周りに積もりました。
がまくんとかえるくんは、それぞれ、相手の家の庭の“落ち葉かき”を思いつき、熊手を持って出かけます。
かえるくんは森の道から。
がまくんは草原の道から。
二人は途中、出会いませんでした。

 

「よおし、がまくん(かえるくん)はいないぞ。誰が落ち葉かきしたか絶対にわからないよ。」
二人はせっせと落ち葉を集めて山にしました。
お互いの庭はとても綺麗になりました。
二人は相手が驚いて喜ぶ姿を想像しながら、家に戻りました。

 

ところが二人が自分の家に戻る途中、風が吹いて、葉っぱの山がちりぢりになってしまいます。
落ち葉は元の状態になってしまいました。

 

帰宅した二人はつぶやきました。
「ぼくんち、葉っぱだらけだなあ。明日はぼくんちの落ち葉かきをするよ。
それにしてもがまくん(かえるくん) びっくりしているだろうなあ!」
二人は幸せな気持ちでふとんに入って寝ました。

 

………

 

相手を思いやる気持ちが素敵な、とても心温まるお話です。
けれど、もう一つハッとすることが。

 

普通、家の周りに落ち葉が積もっていたら、まずは自分の家から落ち葉かきを始めます。
するとどうなるでしょう。
途中、風で葉っぱの山がちりちりになります。
それをみて、お互いがっかりして、疲れた気持ちでふとんに入って寝たことでしょう。

 

けれども今、二人は幸せです。
相手の幸せを思ったが故、そのまま自分が幸せになれたのです。
葉っぱが残っていても、全く問題なく。

 

【いつも一緒】

 

  掃けば散り 払えばまたも ちり積もる 人の心も 庭の落ち葉も

 

詠み人は不明ですが、本堂の縁を毎朝掃除しながら、時々思い出します。

 

掃けども払えども、次の日には埃が。
けれどもそれはこの歌のように、大切な事を教えてくれます。
それは心の中の煩悩です。

 

  「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、
  欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、
  臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえずと、
     (親鸞聖人『一念多念文意』より)

 

払っても払っても消えない煩悩があります。
けれども、そのような私の様子を見抜き、
「あなたを救わなければ私は仏にならない」と願い、
修行し、完成し、
今、私に内緒で、私の心の落ち葉かきをしているひとがいます。

 

来る日も来る日もそのひとは南無阿弥陀仏の声となって言いました。
『親愛なる君へ。
ぼくは、きみがぼくの親友であることを、
うれしく思っています。きみの親友』

 

今日も、いつも、一緒にいてくれるひとがいます。
どのような私の生き方にも、そっとよりそうひと。
そのひとの事をほとけさま、南無阿弥陀仏さまとお呼びします。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

苺も砂も

 

【苺】

 

さて、ここでクイズです。
毎月、22日は“ショートケーキの日”なのだそうです。
なぜだか、分かりますか?

 

………

 

カレンダーの「22」の所を見てください。
22の上は必ず「15」になっています。

 

  15→「いちとご」→苺

 

ショートケーキといえば苺がつきもの。
だからショートケーキの日。

 

ところで上に何かつくといえば、
恩という漢字は、心の上に「因」がつきます。
因は「よる」と読みます。
「下になにかをふまえて、その上に乗る」という意味だそうです
また因種と言います。タネなのです。

 

種がないと何も始まりません。
もっとも大事なよりどころです。
私たちの命は、多くの命の上に乗ったものです。
今の生活は、たくさんの歴史・社会の苦労の上に乗ったものです。
先祖の恩、社会の恩、親の恩。
普段は忘れていますが。

 

息子の音読を聞いて知りました。
たんぽぽの根は100センチ以上あるそうです。
あの小さくて黄色い花の下にもそれほど大きな支えがありました。

 

  「きれいなお花が咲きました。 見えないねっこのおかげです。」

 

恩は決して見えませんが、それを知っていると知らないとでは大違いです。

 

【砂】

 

風呂のすな

 

おとうさんが
湯からあがってきた
わたしが そのあとにはいった

 

底板をさわったら
すこしすながあった
真っ黒になって
はたらいたからだ

 

わたしは
だまってはいっていた

 

  『お父さんはとうめい人間』(45頁、昭和61年、発行・光雲社、発売元・星雲社)より

 

福島県耶麻郡山都町 山都第一小学校5年 佐藤和代さんの詩です。

 

普通は風呂の中の砂は汚れです。
「綺麗に身体を洗ってから入ればよいのに」と思うわたし。
けれども、この詩の子は砂を「汚れ」とは見ませんでした。

 

この砂の上にわたしは裸で乗っています。
そして想像するのです。
当たり前のように学校に行き、遊び、勉強する日々。
自分は今日も頑張ったなと自分をほめながら入ろうとしていたお風呂。
そんなわたしを丸ごと支えているものがあった事に、砂を見て感じたのでした。

 

【念仏の声】

 

  木も草も鳥も巌も声あげて 南無阿弥陀仏と 喚びわたるかも

 

お念仏はわたしの命をまるごと支える仏さまです。
悩み抜くわたしをそのまま受けとめ、おごったわたしも哀しみの目をもって決して離しません。
今、ここに、ともにいてくださる仏がいたことを知らされた時、
ありとあらゆる物事からお念仏が聞こえてきます。
苺も、砂も、何もかもです。
こちらが称える前から、南無阿弥陀仏は喚んでくださっていました。

 

仏の恩の深さを思い、日々、『正信念仏偈』の読経をする暮らしが念仏者、私たちのご宗旨です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

寄りそう「命」

 

※これは『宝章』26号に寄稿したものです。

 

 

今年の四月、三年ぶりに子どもを授かりました。新しいいのちの誕生はやはり感動します。驚くほど小さいそのいのちを両手に抱きつつ、「大きくなりなよ」と願うばかりです。

 

誕生の六日後、家族でお祝いをしました。上の子ども達がいろいろと尋ねてきます。

 

「赤ちゃんはどうして生まれたの?」
「さあ、どうしてかねぇ。いのちって不思議だね。」

 

何故にいのちは誕生するのか、本当に不思議です。生物学的な説明をいくら聞かされても、それでは納得できないものがあります。やはり赤ちゃんは授かりもの、仏さまからの預かりものです。

 

 

突然、長男が言いました。

 

「僕、いのちっていう漢字書けるよ。《命》でしょ?」

 

まだ学校で習っていないのに大したものだと褒めつつ、つい親の余計な教育心が口からこぼれました。

 

「あのね、《命》という漢字は、命令の《命》でもあるんだよ。」
「ふーん、なんで?」
「何故って、それは……」

 

なぜ命(ルビ:いのち)に命令という意味があるのか。分かりません。

 

その晩、辞書で調べてみました。すると逆でした。つまり命(命ずる)に「いのち」という意味があるのです。

 

「命」の字は、「令」に「口」の字を加えた形です。つまり口から声を上げて叫ぶという意味なのです。それは具体的に、上の者が下の者に対して意向を表明する場合を指します。よって「命」は、「使なり」(いいつける)というのが本来の意味なのです。

 

では、何故「命」が「いのち」なのか。辞書には一様に天命だからとあります。

 

「天がこの世を支配している」という考えが大昔から漢字の文化圏にはありました。それを天命といいます。天は世の中を統治するため、人間に「このように生きなければならない」と使命を与えるのです。その力は強く、人間の幸・不幸も決めてしまいます。人間にはさけられない世のなりゆき、人のさだめ。それを意味するのが「運命」です。そして更に、人間の生涯の長さも天命によって決められているというのです。それが「寿命」。結局、天命である「命」は、人のいのち(生命力)そのものも表す漢字として使用されるに到ったというわけです。

 

 

ところで仏教で「命」といえば、とても大切な言葉があります。「帰命」です。『正信偈』の冒頭にも「帰命無量寿如来(無量寿如来に帰命す)」とあります。
「帰命」とは帰依のことです。しかしこの帰命の「命」を親鸞聖人は「勅命」と言われました。

 

帰命と申すは如来の勅命にしたがふこころなり。(『尊号真像銘文』、註釈版六五七頁)

 

すなわち勅命とは、如来さまの勅命なのです。そしてそれは阿弥陀さまの仰せを意味します。

 

帰命とは本願招喚の勅命なり。(『教行信証』、註釈版一七〇頁)

 

阿弥陀さまは「我にまかせよ」と願い、「必ず救う」と誓われ、「そのまま来いよ」と喚びかけられます。その喚び声は私の口から出る「南無阿弥陀仏」となって私に至り届いています。

 

如来さまの勅命は、天命とは全く異質なものでした。すなわち「あなたの人生はこうなのだ。こうしなければいけないのだ」という使命のお告げではありません。「私(如来)は南無阿弥陀仏の声の仏となってあなたの身に寄りそう。あなたを救わずにはおれないのだ」。私への生き方ではなく、むしろ如来さま自身のはたらきぶりが説かれています。私の人生を決めたり支配するのではなく、どのような辛い人生であろうと決して離さない仏になると誓われたのでした。

 

赤ちゃんを胸に抱きしめながら、唯々、親は子どもの名前を喚びます。反応を期待しているのではありません。喚ばずにはおれないのです。それは「ここに親がいるよ」という喚びかけであり、「安心しなよ」「大きくなれよ」という親の願いが込められています。

 

今、如来さまも煩悩まみれの私を最も大切なわが子として抱き、決して落としはしないぞと叫んでくださっています。

 

 

「いのちは大切だ」。「いのちを大切に」
そんなこと何千何万回言われるより
「あなたが大切だ」
誰かがそう言ってくれたら
それだけで生きて行ける。

 

数年前に制作された、公共広告機構(AC)の言葉です。
どんなにいのちが大切と分かっていても、いじめや辛い体験に出遭った時、人は「何のために生きているのか」と生きている理由が分からなくなる事があります。
その苦悩を消してくれたのは「あなたが大切だ」という声でした。ありのままの自分を受けとめ、かけがえのない存在と思ってくれている人の言葉です。自分を必要としてくれる人がいる。一人ではなかった。そう思った時、人は思いとどまれるのかもしれません。

 

私の口からこぼれる「南無阿弥陀仏」。それは今、私のいのちに真正面から喚びかけてくださる如来さまの勅命です。

 

その声を聞いたとき、この人生の意味が再びみえてきます。「何のためのいのちか」という憂いは取り除かれていきます。

 

私のいのちに常に寄りそう「命」がありました。運命でもなければ、天命でもなく、如来さまの勅命です。私を決して離さない親の喚び声です。その声から本当のいのちの大切さが見えてきます。「たった一つのいのちなんだから」、「いのちは何よりも尊い」という世間の常識では見えなかった一味違う深みです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

行き先が分からないと

 

【嫌な客】

 

先月、タクシーに乗っていた時の事。

 

ふと見ると、「防犯ブザー設置車」と書いてありました。
話を聞くと、タクシー犯罪が時々あるのだそうです。

 

「こないだ隣町ではありましたよ。」
「物騒ですね。」
「実はここをこうすると、すぐ本部にSOSの連絡が送れるのですよ。」

 

そんな会話をしていました。

 

「ところで、どんなお客さんが一番、嫌ですか?」
「そうですね…たった一人なのに運転席の真後ろに座る人は、ちょっと嫌ですね。
普通は斜め後ろですから、ドキッとします。
でも何と言っても気味が悪いのは、『行き先を言わない人』ですね。
乗ってから『そこ右』『そこ左』としか言わない。
だんだん町から離れていく。
はやく目的地を言ってくれればいいのに、私はどこに連れていかされるのか。
気持ち悪いですよ(笑)。」

 

たしかに、行き先を知らないというのは不安です。

 

【行き先と往き先】

 

何年か前ですが、浄土真宗の新聞広告にこんな言葉が載っていました。

 

  行き先が分かれば 行き方が分かる

 

  往き先が分かれば 生き方が分かる

 

人の行動には目的が必要です。
旅行する場合、まず行き先を決めます。
その後、計画・仕度にとりかかります。

 

ところで人生自体にも、実は目的が必要なのではないでしょうか。
数十年の生涯、結局、何に向かって生きているのか。
人生の目的がなければ、結局、今の生き方が不透明なままといえます。
「何のために生きているのか」という、漠然と、けれども深い悩みに行き着きます。

 

浄土真宗は往生浄土の道を歩みます。
それは死んでからの話ではないのです。

 

今現に、生き方に悩み悲しむ私がいます。
その悲しみを救わずにはおれない慈悲の仏さまが「かならず浄土へ往生させる」と喚んでくださっています。

 

私の未来を切り開き、今行き詰まって苦しむ私の足を歩ませます。
「つらい人生です。けれども如来さまとの二人三脚なら、歩んでいけます。」
お念仏申しつつ、他力の生き方を恵まれす。

 

  人生は ありのままに生きる道 慈愛の中に 生かされる道 (某医師の母)

 

他力の生き方こそ、自らを精一杯出し切る生き方なのです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

良寛さんの長生き指南

【桜と大和心】

 

散る桜 落ちる桜も 散る桜(辞世の句 良寛)

 

今年もサクラの季節となりました。
岩国では錦帯橋を中心に、様々なところで花見が行われています。
楽しく会話しながら、食べて飲みます。
けれども時に、一人ふっと桜を見上げて思うことがあります。

 

桜吹雪…桜の散る様子は美しくも、人を物憂げな気分にさせます。
次々と散っていく花びらに、世のうつりかわりを想い、自らの人生を振りかえさせられます。
今は亡きお世話になった数々の人、昔なつかしい仲間。
私もずいぶん年をとった、等と。
そして死の必然。
潔く受けとめていくべきなのでしょうが、受け入れがたいものがあります。
できることなら長生きしたい。

 

サクラは日本人に大和心、日本人の心である「わび」・「さび」の境地をレッスンしてくれる花です。

 

【無常なる道】

 

お釈迦さまは仏教を語る上で、まず無常を説かれました。
この私を含め、因縁によって生じたものは、
日々、生滅変化して、
少しの間も同じ状態にとどまりません。
ずっと元気で長生きとはいきません。
老い、病気になり、死にます。
厳しいものがあります。

 

けれども無常の道理は、同時に「変化していける」ことも意味します。
人は、仏になれるのです。
この上ない大きな目的の道を歩んでいけます。

 

ではどのように歩めばよいのか。
親鸞聖人は、

 

  如来所以興出世(如来、世に興出したまふゆゑは、)
  唯説弥陀本願海(ただ、弥陀の本願海を説かんとなり。)(正信偈より)

 

と述べられました。

 

お釈迦さまの説かれた「仏になる道」、それは結局、
弥陀の本願を聞く以外にはないというのです。
阿弥陀仏という「限りない光、限りない寿命」が、
「あなたを救いたい」と願い、
今、「あなた」と共に歩むと誓われました。
そのお慈悲の法をありのままに聞き受けていく道こそが、
間違いなく「仏になる道」というのです。

 

【長寿の秘訣】

 

  「災難にあうときは災難にあうがよく候、死ぬときは死ぬがよく早々、これ災難をまぬがれる妙法にて候」

 

そんな言葉で有名な良寛さんに次のようなエピソードがあります(多少、編集していますが)。

 

…………

 

ある裕福なご老人が良寛さんの所へ来て言いました。

 

「良寛さん。私は今70歳です。お陰様で元気に古希を迎えられましたが、できることなら喜寿の80歳まで生きたいのです。
 何かよい秘訣が仏教にはありませんか?」
「勿論ありますよ。しかし貴方みたいな裕福な方が喜寿までで良いのですか?」
「……そうですね。では米寿(88歳)ということで。」
「米寿で良いのですか?それ以上は生きなくて良いのですね?」
「いや、失礼しました。もうちょっと、卒寿(90歳)までお願いします。」
「分かりました。では卒寿まで長生きできる秘訣を教えましょう。
 ちなみに教えた後で、『それ以上生きたい』と言われても駄目ですよ。
「……やっぱり白寿(99歳)まで生きたいです!」

 

「白寿までですね?」「いや!100歳まで!」
「100歳ですね?」「いや!110歳!」
「110歳ですね?」「ならば120歳!」
「120歳ですね?」「130歳!」
「130歳?」「140歳!」
「……?」「………!」

 

「(少し疲れながら)きりがありませんね。
 ……では鶴亀と同じ、千年・万年まで長生きできる秘訣がありますが、それにしますか?」
「そこまで長生きできたら満足です。それでお願いします。
 なんだ、最初からそれを教えてくだされば良かったのに、人が悪い。(笑)」
「失礼しました。それではお教えしましょう。よく聞くのですよ。
 あなたが千年生きたいのでしたら、死ぬ間際、『ああ、良かった! 私は千年生きた!』と味わえばよいのです。
 もしも一万年生きたいのでしたら、死ぬ間際、『ああ、良かった! 私は一万年生きた!』と味わえばよいのです。
 どうですか?千年・万年長生きできるでしょう?」

 

そう言って良寛さんは笑ったとか、笑わなかったとか。

 

【無量寿の生涯】

 

良寛さんの長寿の方法、
理屈としては成り立っているのかもしれませんが、実際にはピンときません。
死ぬ間際に、「〜歳まで生きた!良かった!」と思える境地に果たしてなれるか。
結局、年齢に執着しても仕方ない教授なのかもしれません。

 

ただ、本願の教えには、この良寛さんの長生き指南と似た境地があります。

 

私の限りある寿命、悟りには程遠い人生を知った仏さま。
その無常の事実をあわれみ、その苦悩を自らの苦悩として立ち上がられました。
決して「あなたを救うまで離さない」と誓われ、
その誓いの実現のため精進くださり、
今、「南無阿弥陀仏」の声の仏となって活動くださっています。

 

阿弥陀さまと二人三脚の人生です。
いつ終わるかわからない限りある寿命ですが、千年・万年を優に勝る仏さまと一緒です。
私の「寿命」に関する心配は、仏さまが引き受けてくださいました。
私の「千年・万年生きたい」という浅ましい願いも、仏さまが奪ってくださいます。

 

「千年でも長生きしたい」ではなく、「無量寿の仏さまと一緒に生きました」なのです。
死ぬ間際、「ああ、良かった! この度の人生、私は無量寿の仏さまとご一緒させていただけた」と味わいます。

 


「良寛に 辞世あるかと人問はば 南無阿弥陀仏といふと答へよ」(良寛)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

見守られていることの幸せ

最後のメッセージ

 

先日、夫婦で広島のデパートに買い物に行きました。
妻は出産準備の買い物で忙しい中、
時間があいた私は本屋へ。
仏教コーナーへいくと、なんとご門主の本が積み上げられていました。

 

   『いまを生かされて』

 

いまを生かされて

 

内容は親鸞聖人の書かれた「和讃」の法話でした。
しばし立ち読み、そして購入。

 

如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も 骨をくだきても謝すべし

 

法座の最後で歌う「恩徳讃」の歌詞は、親鸞聖人の和讃の一首です。

 

漢文ではなく和文で書かれたものなので、慣れれば意味が分かります。
なんとか一般の人に、阿弥陀如来の法を知ってもらいたいと、親鸞聖人が苦労されてつくられた和讃。
500首以上あります。

 

ご門主は今年の6月に退任されます。
最後のメッセージとして「和讃」を選ばれたのでした。

 

今回はその中の1つを紹介いたします。

 

見守られていることのしあわせ

 

宇野浩二(うの こうじ)(明治14〜昭和36)が書いた童話に『聞く地蔵と聞かぬ地蔵』という作品がありました。
比較的有名な話だったと思いますが、次のような話です。

 

 

昔、ある貧しい村に旅のお坊さんがやってきます。
お坊さんを村人は手厚くもてなしてくれました。
お坊さんは御礼に一対の地蔵を村に残しました。
一つは何でも願いをかなえてくれる「聞く地蔵」、
一つは何にも願いをかなえてくれない「聞かぬ地蔵」です。

 

お坊さんは、「本当は聞かぬ地蔵にお参りする方が良いのだよ」と言い残して村を去って行きました。
村人は次々と、聞く地蔵にお願いして願いをかなえ、
病気や災難をまぬがれて、豊かになっていきました。
しかし、豊かになった村では諍(いさか)いが絶えなくなっていました。
村人たちは働かなくなったうえに、他人と比べてより豊かにと望み、
果ては他人の不幸さえ願うようになっていたのです。

 

村の混乱ぶりがここまできた時、
お坊さんがふたたび村を訪れます。
そして「聞かぬ地蔵にお参りなさい」と繰り返すのです。
村人は初めに言われたことの意味にようやく気づいて、
「聞かぬ地蔵」にお参りするようになったということです。

 

 

この短い物語には、
人間の願いや幸せと欲望の問題が示されています。
人間の欲望には際限がありません。

 

この物語を思うとき、
地蔵ではないですが、
阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩のことを述べられた、
次の和讃が心に浮かびます。

 

観音(かんのん)・勢至(せいし)もろともに
慈光世界(じこうせかい)を照曜(しょうよう)し
有縁(うえん)を度(ど)してしばらくも
休息(くそく)あることなかりけり

(浄土和讃19)

 

(阿弥陀如来は、観音菩薩と勢至菩薩とともに、
慈悲の光でこの世界を照らしてくださる。
そして縁に恵まれ導かれた者を、休むことなく救い続けられているのです。)

 

誰かが見守ってくれているという感覚のありがたさを思います。
「聞かぬ地蔵」のように、
阿弥陀如来にお願いをしてもお金が儲(もう)かるわけではありません。
病気が治る訳でもないけれど、
ただ苦しんでいる自分を、愚かな自分を、どこかで見つめてくれている方がいる。

 

そういう感覚や視点を持てれば、
何も支えのないところで一人苦しんでいるのと、
自分が何をしていても見守られていると知っているのでは、
日々の生活がまったく違ってきます。
もちろん後者の生き方は、本当の孤独ではないということです。

 

  (大谷光真『いまを生かされて』、pp. 56-58)

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

追伸:『いまを生かされて』は定価1200円です。

 

 

 

漢字の意味

【先生と名前】

 

10年くらい前の某漫才のネタ。

 

…………

 

最近は変わった名前をわが子につけるというのが問題になっています。
親ならば人とはちがった個性的な名前をと思うのでしょうが、
それが行き過ぎています。

 

「一二三」と書いて「どれみ」ちゃん。
「黄熊」と書いて「ぷう」ちゃん。
「純粋」と書いて「ぴゅあ」ちゃん等など。
とても普通は読めません。

 

だから学校では先生が大変です。

 

「では出席をとるぞ。
佐藤……これは「なおみ」かな?
田中……のり……「まさ」でいいのかな?
山本……しん?……あ、「すすむ」ね。ありがとう。

 

いやぁ、最近の子どもの名前は難しいなぁ(苦笑)。

 

では授業を始めましょう。
1192年、鎌倉幕府を開いた、源……よりあさ?」

 

名前でなくて、先生側に問題があるということもたまにあります。

 

【庄松と仏壇】

 

漢字は読み方がいくつかありますし、なかなか難しいものがあります。
仏教が嫌いな人の理由に、お経が読めない、というのがあるかもしれません。
そんな人に聞いてもらいたい話が。

 

3月4日は、讃岐の庄松(しょうま)さんの祥月命日です。
明治4年に亡くなったので、もう143年前の人です。
念仏の救いをありのままに喜んだ人で、
平易な笑いとユーモアあふれる人でした(3年前にも法話で紹介)。

 

……余談ですが、庄松さんはお仏壇を大切にされていました。
それも他人には行き過ぎに見えるほどに。

 

夏の暑い日、仏壇から絵像を取り出して「やれやれ親様も御涼しかろう」と涼ませたとか。

 

また庄松さんは夕方になると、
「こんばんは。ご法義話でもしませんか」と、
いろんな家を訪問しては、まず仏間へ。
その時、お花が枯れていたり、お仏飯がないと、「ご本尊がやせてござる」と悲しんだそうです。
逆に、掃除が行き届いて、香華がきちんとしてあると、「ここのご本尊はよく肥えていらっしゃる!」と喜ばれました。

 

皆さんのお仏壇、きれいですか?……(うちは大丈夫かしら。)

 

【庄松と三部経】

 

「どうも庄松は常なみのお方ではなかった。
お聖教のお心のわからぬところを質問するから、言うて聞かせると、
もういっぺん聞かせろというから、もういっぺん聞かせると、
『わかった』と言って、すぐに諒解してくれた。
そうしてそのわかったことを庄松流に話してくれた。
それがまた有難かった。
この世のことについては、
この上なしのバカであったが、仏法となったらとても及ぶべきものでなかった」
  (京都一条、浄教寺の脇谷覚行師の話より)(楠恭『妙好人を語る』NHK出版)

 

世間の知識にはうとく、けれども仏法の智慧を心ゆくまで味わった庄松さん。
僧侶にもようしゃなかったようです。
そんな庄松さんを困らせてやろうとした、ある小僧さん。
ある日、
「庄松さん、ここになんて書いてるのでしょうか?」
『三部経』を開いて庄松さんに渡しました。
漢文びっしりのお経。
もともと字を読むのは苦手だったようです。
けれども平気な顔をして庄松さんは読み始めました。

 

「庄松を助くるぞよ、助くるぞ」。

 

このお経には仏のこの上ないお慈悲がみちみちている。
そしてそれは他でもない私のためにできあがっている。
ならば難しい漢字で書いてあっても、内容はただ一つ、「庄松、お前を必ず助けるぞ!」の弥陀の喚び声でした。

 

 

お経は確かに漢字ばかりです。
けれども中身は難しくありません。
どうか一緒にお聴聞してみませんか?

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

シフゾウの結婚

【熊本から広島へ】

 

今月15日、友人が結婚しました。
熊本から広島に養子に。

 

家族全員、披露宴に招待していただき、子ども達も大興奮でした。
当人が病気中のため、時々、マスクをしているというハプニングもありましたが、
多くの旧友・知人と交流もできた、楽しい一時でした。

 

最後のお礼の言葉の時です。
新郎のお父さんがこんな話を。

 

「先月、熊本動物園のシフゾウが、
 繁殖のため広島の安佐動物園に婿入りしたというニュースをみました。
 息子はシフゾウと同様、広島にいくのだなと。
 どっちが先にできる(出産する)か……。」

 

会場は笑いにつつまれました。

 

けれども後で調べてみました。

 

シフゾウという動物は、
四不像

 

@頭が馬、A体はロバ、Bひづめは牛、C角はシカに似ていて、
この4種の動物のいずれにも属さないことから「四不像(しふぞう)」というのだそうです。

 

大変珍しい動物で、
熊本では1月25日の最後の一般公開の時、
来園客はみな、その別れを惜しんだそうです。
息子の養子……嬉しくも淋しい複雑な親心を、シフゾウに重ねたのでしょう。

 

「皆さまには、今後ともどうぞ“お育て”をお願いいたします。」
力強く言い切って、お礼の言葉を終えておられました。

 

【四煩悩】

 

ところでシフゾウ同様、私の心は4種の煩悩でできています。
「我見、我愛、我癡、我慢」といいます。

 

@ 我見(がけん):誤った見方(よこしまな見方、自己中心の見方)をする心。邪見とも。

 

 A 我愛(があい):むさぼりの心。貪愛。貪欲とも。

 

 B 我癡(が ち):真実をありのままに正しく知ることができない心。全ての煩悩の根源。

 

 C 我慢(がまん):相手を見下す心。うぬぼれ。驕慢とも。   (注)

 

親鸞聖人は『正信偈』で@とCを用いて、

 

  「邪見驕慢悪衆生」(よこしまな考えを持ち、おごりたかぶる悪人)

 

と言われます。

 

いつでも自分を都合良くとらえます。
どんなに間違った事をしても、「自分は悪くない(相手が悪い)」と言い訳し、
逆に少しでも良い事をすれば、「やっぱり私はすごい」と誇ります。

 

そして物事を、自分に都合良くとらえます。
自分の好むものであれば愛し、自分の嫌いな者であれば腹を立て、見下したりします。

 

決して物事をありのままに見ることができません。
普段は理性といったものでおさえていますが、
いざという時、人間の本性は煩悩まみれというのです。

 

【法のお育て】

 

『蛙の子は逆立ちしても蛙だが、人の子は育て方で仏にもなり鬼にもなる』という言葉があります。

 

煩悩を抱えている私たち人間は、どのような人に育てられるかで、人生が変わります。
育てられ方によって、人は美しくも、そして恐ろしくもなります。
どのような教えを受けて育つべきか。

 

親鸞聖人は『正信偈』で、

 

  「弥陀仏本願念仏」(阿弥陀仏の本願念仏の法)

 

と言われました。

 

この私のすべてをありのままに正しく見てくださる人がいます。
私が悩むはるか前から、私の悩みを承知して、
どうしたらよいか、はるかに深く悩まれました。
そして「わが名にかけて、必ず救う」と誓い、
果てしない苦労の末、「阿弥陀」という名の仏となられました。

 

阿弥陀(アミダ)とはどういう意味か。

 

・アミターバ(無量光) :かぎりないひかりをもった仏。
・アミターユス(無量寿):かぎりないいのちをもった仏。

 

無量光で「いついつまでも」、
無量寿で「どこどこまでも」、私を離さない仏となられました。
「どうか救われてくれ」と願っておられます。

 

念仏は「南無阿弥陀仏」といいます。
阿弥陀さまの「必ず救う」「どうか救われてくれ」という仏の智慧・お慈悲の喚び声です。

 

念仏の法にであった者は、生涯、お育てをいただくばかりです。
仏さまと二人三脚での生活です。
煩悩まみれ、故に苦悩だらけの凡夫が誰なのか、おのずと知らされます。
けれどもそれは喜びの裏返しでもあります。
「(こんな私を)勿体ないことです」とお念仏感謝申しつつ、
今日も二人で苦労を、明日も二人で報恩の生活に勤しみます。

 

(おわり)

 

 

【注】
Aの我愛(貪愛)が充たされない時、心はD「怒り(瞋恚)」という煩悩の心になります。
またCの我慢(相手を見下す心)の相手が真理であった場合、心はE「疑」(真理を受け入れない心)という煩悩になります。
@〜Eの煩悩で、「六大煩悩」とも言います。

 

なお、よくいわれる「三毒」(三種類の煩悩)という煩悩は、A貪欲、D瞋恚、A愚痴です。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

鏡の光、月の光

【卑弥呼の鏡】

 

先日、新聞にこんな記事がありました。
卑弥呼の鏡は「魔鏡」だったというのです。

 

魔鏡というのは何か。
とても珍しい鏡のことです。
どう珍しいかというと、鏡の裏の模様が反射光の中に浮かび上がるというのです。
古代の中国には存在していましたが、今回、日本でも初めて見つかったのだそうです。

 

魔鏡

 

魔鏡は鏡の表面を、徹底的に磨き込んでいます。
すると裏に彫り込まれた模様の凹凸の影響で、
目には見えませんが、同じような凹凸が表面に僅かながらもできるのです。
その結果、魔鏡は反射光の中に、表にはない、裏の模様を映し出します。
まるで光が鏡をすりぬけているかのようです。

 

浄土真宗の根本聖典である『仏説無量寿経』には、
仏さまの光の顔について、

 

  光顔巍々とましますこと、明浄なる鏡の影、表裏に暢(とお)るがごとし。

 

とあります。
影はここでは「ひかり」、反射光のことでしょう。
如来さまの光のお顔は非常にこうごうしく、
たとえるならあの魔鏡の反射光に映し出されたお姿のようなのです。
    ※なおこの「鏡の影」を「鏡に映った像」、その映像が透き通っているようだという解釈もあります。

 

鏡のように光輝く如来さまの姿、
それは私の心の闇を照らし、滅さんとするおはたらきを示しています。
如来さまという鏡にであって、本当の私にであうのです。
私たちが普段使う鏡では、私の心までは映せません。

 

【車いす用の鏡】

 

先日、京都のホテルに宿泊しました。
前日に宿泊予約をする際、
「大人一名用の部屋がないので、車いすの方用の部屋になります」
と言われました。

 

当日、チェックインをして部屋に入りました。
なるほど、部屋全体が車いすの人向けに出来ています。

 

まず部屋がひろい。
車いすで移動できるためでしょう。
これは良いと喜んでクローゼットを開けると、ハンガーの位置が低い。
スーツのズボンが床についてしまいます。
困ったなと思って浴室をみると、これまた車いす用です。
シャワーの位置がバスタブから離れています。
つまりシャワーを使うと、浴室の床が濡れてしまうのです。
(何故なのか、どうやって使ったらよいのか、いまだにわかりません。)

 

そして翌朝、髭をそる時に気づいたのが、鏡でした。
若干斜めに傾いているのです。
仕方がないので膝を曲げてひげ剃りを。
膝・腰が痛くてしょうがありません。

 

鏡

 

その時、ハッとしました。
何故、鏡が斜めなのか。

 

別に傾いていなくても、車いすの人は髭がそれるはずです。
では何故、斜めなのか。

 

他人の視線なのです。
普通に立っている人が、車いすの人を見る時、見下ろします。
車いすの自分は他人の目にどう映っているか、
それが分かるのか傾いた鏡の理由です。

 

考えてみると私たちもそうです。
鏡は自分を見ているというよりも、他人の目線を気にしているのではないでしょうか。
化粧したり、髭をそったり…気取ります。
たった一人の無人島生活なら、たぶん、鏡はそう必要ではないでしょう。

 

普段の鏡の中の私は、気取った心持ちの私しか映しません。
如来さまの鏡は、本当の私の心を映すというのです。
先の見えない、不安にある私の心を映すのです。

 

【月影の道】

 

  月影の いたらぬ里は なけれども. 眺むる人の 心にぞすむ(法然上人)

 

月影

 

月影は月のひかりのことです。
真っ暗な夜、煌々と照る月は全てのものを平等に照らしています。

 

私の心が夜なのです。
何の為に生きているのか、何に向かって生きているのか。
その私を、いつでもどこでも照らしてくださるのが、月の光、如来さまです。
中秋の月ならぬ、美しく輝いた、欠け目のない満月です。
“そのままのあなたを丸ごと離さない”はたらきの姿です。

 

けれども一夜明けて隣人が、
「昨日の月は美しかったね」と言った時、
見なかった人は「そうでしたね」とは言えないのです。
喜びがないからです。

 

どんなに救いの手が差し出されていても気づかなかったら救われません。
救いの手に気づくこと、それが聴聞です。
聴聞によってお念仏が喜べる身と人生にかわります。

 

如来さまは光のお姿です。
鏡の影、月影のようにこうごうしく私の心の中を照らし救うお慈悲のはたらき。
今日も勿体なくお念仏申させていただきます。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

何もしない教え

 

こちらは本願寺山口別院テレフォン法話です。

 

私たちのご宗旨は他力の教えです。
言い換えると「何もしない教え」。
けれども「何もしなくてよい教え」、ましてや「何も知らなくてよい教え」ではありません。

 

今、話題の映画があります。絶対不可能といわれた無農薬のリンゴにとりくんだ、あるリンゴ農家の実話です。

 

リンゴはちょっとのことで虫がつき病気になります。
ですからリンゴの栽培に農薬は当然でした。
けれども農薬で苦しむ妻を救う為、彼は農薬の使用をやめます。

 

彼を支えたのが『自然農法』という名の一冊の本。
その本には「何もしない農法」とありました。

 

彼はその本をたよりに無農薬を始めます。
案の定、3ヶ月でリンゴの木は病気に。
そこで彼は様々な農薬に代わるものを撒布しました。
ワサビ、酢、醤油。その効果を一つ一つ試しました。

 

8年が経過。
全くその苦労はむくわれず、借金だらけに。
家族は貧乏のどん底でした。心が折れた彼は、一人森をさまよいます。
そして首をくくろうとした瞬間、1本の木が目にとまりました。

 

クルミの木です(実際にはドングリだったようですが)。
虫だらけの森の中で全く虫がついていません。

 

彼は気がつきました。

 

土が違うのでした。
自然の森の土は虫や微生物が分解してつくったフカフカの土。
「何もしない農法」といいながらセッセと雑草をとっていた彼。
「農薬は無駄だ」といいながら、一番無駄なことをしていた自分に気がついたのでした。
リンゴの木は大自然の環境に身をおいて初めて無農薬で育つのです。
苦節11年。
ついに『奇跡のリンゴ』が誕生しました。

 

親鸞聖人は「心を弘誓の仏地に樹つ」と言われました。
如来さまの「必ず救う」という広大な誓いの大地にたつ私だったのです。
それなのに気づけば勝手にこちらの方があれこれ不安がって、「これもした方がいいのでは」「あのように考えたら」と雑草取りを始めてしまいます。
それはかえって如来さまのお慈悲の仕事の邪魔になるのです。

 

ただ如来さまの誓いを聴聞するばかりです。
聞けば聞くほど、私たちの側には何の用事もいりませんでした。
何もしない教えでした。
だからこそ日々、感謝と報謝の日暮らしに邁進するばかりです。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

 

 

馬になった如来さま

 

今年も少しずつ、法話を掲載してまいります。

 

【四馬のたとえ】

 

今年は午年です。
弁舌たくみだったお釈迦さまにこんなのたとえ話があります。
だいぶ編集していますが・・・。

 

……

 

ある時、仏さまが弟子達にこう言われました。

 

「世の中には四種類の良馬がいます。

 

最初の良馬はとても賢く乗りやすい馬です。
鞭の影の動きをみただけで動きます。
乗り手の動きをよく観察し、
早足、ゆっくり、左へ右へ、乗り手の思い通りに動きます。

 

次の良馬は、影では動きません。
だから尻尾や毛に触れます。するとすばやく動きだします。
左へ右へ、乗り手の思い通りに動きます。

 

次の馬は、触っただけでは動きません。
だからかわいそうですが鞭をひとついれます。するとすばやく動きだします。
一応、乗り手の思い通りに動きます。

 

そして次の馬ですが、鞭でも動きません。
だから鉄のキリで身体を刺します。すると、痛いので動きだします。
ゆっくりですが、乗り手の思い通りに動きます。

 

同じように、世の中には四種類の善い人がいます。

 

最初の人は、自分と関係のない人の苦しみを見たり、葬儀を見て、
わが事とうけとめ、「私を本当に支えてくれるものは何か」と、仏の話を聞こうとする人。

 

次の人は、ご近所や親戚・友人の苦しみを見たり、葬儀に参列して、
わが事とうけとめ、いのちの行く末は何かと、聞法をこころざす人。

 

次の人は、両親・伴侶・子どもといった、最愛の人の苦しみを見たり、葬儀をつとめたりして、
わが事とうけとめ、「本当の悲しみの解決にであいたい」と、聞法する人。

 

最後の人は、自分が病気などで苦しみんだ時、
「一体、何の為に私は生きてきたのか」と、その答えを持つ仏の話を聞く人。

 

世の中にはこんな四種類の人がいるのです」と。

 

   ※『雑阿含経』、『別訳雑阿含経』にあるお話。道元禅師の『正法眼蔵』にもあります。

 

……

 

  自分の事しか考えない人
  自分の事として考える人
  似てるけど、全然ちがうんだよなぁ  (みつお)

 

人生には多くの別れの悲しみがあります。
その悲しみの縁を通して、
私たちは仏教にであっていきます。
自分の中にある苦しみ・悲しみの本当の解決にであうのです。

 

【他力の馬】

 

ところで浄土真宗は、
「お釈迦さまがこの世にでられて最も言いたかった事は、阿弥陀さまのご本願のおみのりです」という教えです。
阿弥陀さまは五劫という長い間、悩みに悩んでご本願を建てられました。
なぜ悩んだかというと、この私が「良馬」ではなかったからです。

 

すなわち、たとえ鉄のキリで刺したとしても、頑としていうことをきかない馬。
悪馬といってよいかもしれません。
すなわち、自分が病気などで苦しみんだとしても、
「はやく治りたい。死にたくない」ばかり考えています。
いっこうに人生の意味に目を向けない私。

 

目を向いても、目だけで足は動きません。
たとえ足は動けども、ただ動くだけ。
乗り手の指示通りには動けない私です。

 

そんな私をどうしたらよいか。
法蔵菩薩は考え抜かれ、決心されます。
  「動けないなら、こちらが動こう」と。
ムチや錐を捨てました。
そしてはるかな苦労の末、南無阿弥陀仏という仏となられました。

 

如来が馬となって私が乗り手となりました。
何もわからない乗り手の私。
馬である仏さまの方が知っていて、すたすた歩いていきます。
鞭を入れるなんて、もってのほかです。
私は何もしてはいけないのです。

 

浄土真宗は他力の教えです。
自力の教えとは、ある意味、逆なのです。

 

私を振り落とさない頼もしい馬に乗った人生の旅路。
一人であって一人ではありません。

 

(おわり)    ※冒頭へ

 

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